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2007年02月20日(Tue)
非局所的長距離相関をどう見るのか:自己認識方程式と量子:原波即非粒としてのイデアと連続的同一性
夕飯時だというのに、人の少ないドトゥールで、ミラノサンドAとブレンドを注文して、夕飯代わりにしたが、引き込まれている『量子力学入門』を取り出して、最後の方を読んで、素粒子の波動と粒子性の排他的二重性を確認して、先の私の考察(思いつき)では、波動が説明できていないことがわかったので、また、考え直すため、シャーペンを取り出して、本の余白に書き込んだ。メモはそのままにして、内容を簡潔に記そう。
すなわち、自己認識方程式i*(-i)⇒+1において、iを原波動、-iを原粒子と考えてみた。すると、方程式は、 原波動-即非-原粒子⇒光 となるだろう。簡単にするため、原波動を原波、原粒子を原粒としよう。即ち、 原波-即非-原粒⇒光 となる。光は光子であり、電磁波であるから、粒子であり、波動である。しかし、これは、排他的二重性である。 電子の場合でも、当然、かまわない。電子波動と電子粒子である。 さて、問題は、観測である。波動関数が収縮するという問題である。つまり、波動が粒子に変換する問題である。(この収縮であるが、なにか、クザーヌスの無限の縮限としての有限・現象の考えを想起した。おそらく、通じるだろう。) ここで、原点(メディア・ポイント)を考えたのである。素粒子(この場合、光子)は、原波・即非・原粒⇒光である。つまり、原点(メディア界ないしメディア・フィールドないしメディア場)において、素粒子(正しくは、原素粒子)は、原波・即非・原粒様相である。つまり、簡単に言えば、波動と粒子との二重矛盾様態にあるということである。しかし、正確に言えば、前波動と前粒子の二重矛盾様態である。ここは微妙である。 とまれ、私が想像したのは、この原点の素粒子を観測するとき、i*i⇒-1、(-i)*(-i)⇒-1となると考えたのである。即ち、前者が、波動であり、後者が粒子である。粒子として観測すれば、粒子となり、波動と観測すれば、波動となるということである。 もう少し正確に述べよう。原点の素粒子とは何か。それは、イデア/現象境界の素粒子ということである。メディア場の素粒子ということである。ここは、イデア界と現象界の境界である。即ち、原波動/原粒子が作用しているのである。原二重性が作用しているのである。これが、観測によって、現象・物質化して、波動なり、粒子なりと実測されると考えられよう。 素粒子は、これまで述べてきたように、イデア/現象境界、すなわち、メディア界(メディア場、メディア・フィールド)の「存在」であり、中間・両義的である。 だから、原波動・即非・原粒子というイデアと、波動と粒子という物質の両面を帯びていると考えられるのである。そして、観測によって、素粒子は、物質化されて、波動か粒子のどちらかに分化すると考えられるだろう。 ここから、本件の非局所的長距離相関という仮説を考えると、量子力学は根本的に書き換えられなくてはならないように考えられるのである。 すなわち、素粒子は、粒子と波動との相補性というよりは、原粒子と原波動との即非様相(事相)にあると見るべきなのである。つまり、非局所性は成立しないのである。なぜなら、粒子でも波動でもなく、ただ、原粒子・即非・原波動の二重矛盾様態(「絶対矛盾的自己同一」)にあるのであるから。イデア空間は、即非空間であり、純粋な粒子性はないからである。 ならば、量子力学は書き換えられて、PS素粒子論(PS量子論)ないしイデア素粒子論(イデア量子論)ないし即非素粒子論(即非量子論)にならなくてはならないだろう。 |
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カレンダ
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