INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2015

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




[PR]



2015年04月12日(Sun)▲ページの先頭へ
量子(光子)の非局所性とは何か:GP陰陽哲理学から見る:氣と電磁波
画像、リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12013186621.html

量子(光子)の非局所性とは何か:GP陰陽哲理学から見る:氣と電磁波

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

だいぶ以前、非局所的長距離的相関について、氣の視点から考察したことがある。(参考:『量子的な非局所性(長距離相関)とMedia Point 双極子:精神的前物 ... )
 今回の量子の非局所性の理論の検証であるが、これも、氣の視点から解明できるように思える。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

           参考図


            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)
 また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 光子ないし光とは、凸i*凹i⇒±1の+1である。
 これは、当然、粒子である。しかし、先に述べたように、現象には、氣が背景としてあるのである。つまり、左辺の凸i*凹iの氣のデュナミスがあり、また、⇒の氣のエネルギーがあるのである。
 つまり、光子+1は、氣をもっているのである。
 だから、波動ないし振動としての氣は凸i*凹i⇒であり、それが、光子として観測されるということは、⇒+1の+1を検証するということになり、実数化されるのである。
 そう、思うに、電磁波の波動であるが、それは、氣の波動・振動の物質像だと思うのである。 
 今は簡単に指摘するに留める。

追記:少し補足する。


   電磁波(氣の物質的波動像)
        
          Y軸
          |   
          |
          |
          |
          |
−1・・・・・・・・・・MP・・・・・・・・・+1(光子)  X軸
          |
          |
          |   
          |
          |

応用陰陽ガウス平面図を変形すると上図になる。
 つまり、虚軸の氣を仮に電磁波と見るである。もっとも、電磁波とは、氣の物質的波動像と見ている。
 とまれ、上図のY軸に電磁波を置き、X軸に量子(光子)を置くのである。波動と粒子の二面性、二重性を量子自体はもっているのである。
 そして、観測される前は、電磁波として存在するが、観測されると、粒子として収束すると考えられるのである。
 思うに、粒子としての量子は、物質的結果であり、本来、氣波動として生動していると考えられる。電磁波は氣波動の物質的波動像と見るのである。

追記2:敷延すると、氣が物質を形成するというGP陰陽哲理学としては極く当たり前の事柄が理解される。
 氣と思考や感情は結びついているのである。だから、氣によって、身体や現象をある程度変化させることはできるのである。
 私は先に、表情や顔はこころが作ると言ったが同じことである。
 これまで述べたことはないが、写真撮影するとき、写真を撮る人の「氣」が現象に反映されるということがあるのではないだろうか。これは検討の必要があるが。


【朗報】運命は自分で決められることが科学的に判明!アインシュタイン提唱理論、100年来の論争決着か!量子の非局所性の厳密検証に成功! (04/11)
真実を探すブログ

アインシュタイン提唱の「物理学の100年論争」が決着!:量子の非局所 ...
2015年3月24日 ... 東京大学 教授の古澤明氏らの研究チームは2015年3月、約100年前にアインシュタインが提唱した「量子(光子)の非局所性」を世界で初めて厳密に検証したと発表した。検証に用いた技術は、「新方式の超高速量子暗号や超高効率量子 ...


2015年04月09日(Thu)▲ページの先頭へ
新母権文明への人類進化:旧父権文明(專葬邪や奸猟体制)は滅びつつある
リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12011522824.html

新母権文明への人類進化:旧父権文明(專葬邪や奸猟体制)は滅びつつある

テーマ:新母権世界文明への進化:旧父権文明の崩壊

以下の京の風/新井信介氏の説明から、中国の指導層の変革の意味するものは、私の視点では、父権的体制から新母権体制への脱却である。
 どうして、このようなことが可能になったのか。何故、日本ではできないのか。
 まったくざっくり言うが、それは、中国文明とは、基盤が母権文明であり、それを支配するような父権文明が起ったのである。
 秦の統一王朝がそうであろう。それから、漢民族、遊牧民族の交替が続く。
 簡単には決めつけられないが、図式化すれば、漢民族は母権民族であり、遊牧民族は父権民族(遊牧民族には母権民族もあるが、今は、おいておく)である。
 思うに、現代中国とは、基底の母権民族の覚醒があるのである。そのために、根本的な変革、つまり、新母権的変革が可能になったと考える。新母権革命進化である。
 しかるに、日本の場合、近現代日本の場合、明治維新からの父権民族の支配があり、底辺の母権民族が衰退したのである。
 思うに、中国母権民族文化は強靱である。私が唱えるGP陰陽哲理学にしろ、基本は中国母権文化、老荘文化、道教文化、気功文化である。氣の文化である。(ただし、易は父権化されている面があるので要注意である。)
 言い換えれば、東洋文化文明を保持しているのである。
 それに対して、日本維新以降、日本は脱亜入欧で、伝統の東洋文化文明を排除してきたのであり、その点で、日本母権文化の衰退があると言えよう。
 そう、根本的には、母胎の日本母権民族の衰退が根因としてあろうが。
 ということで、日本の場合、新母権進化は極めて困難である。というか、退化しているだろう。だから、日本民族はいったん滅亡すると考えられる。
 生まれ変われるには、悲劇、大悲劇が必要である。もっとも、生まれ変わらずに、消滅してしまう民族もあるが。
 そう、日本父権集団民族(私見では、後期弥生民族を率いる伽倻・新羅民族である)は、創造性が欠落し、硬直しているので、時代の変化に対応できず、滅亡すると思われる。
 好き嫌いではなく、必然である。打開できる創造力のない民族は淘汰されるのである。

追記:日本父権集団主義に大半の日本人は染まっているが、このイデオロギー・ヘゲモニーの盲目性、盲信性について簡単に言うと、父権集団主義は個的創造的思考を覆ってしまうベールであり、この集団ベールは二項対立であり、他の視点、個の視点を排除するのである。「異端」、異説を認めないのである。
 そう、二項対立であることが父権主義の証しではあるが。
 また、父権集団主義は愚民政策である。個として思考させないようにし、また、支配するための意識の武器である。

追記2:明治維新(明治父権革命)で、日本国は分裂してしまったと思われる。大和朝廷・天皇制とは、思うに、倭民族と百済・新羅・伽倻民族の共生国家ではなかったか。
 この異民族共生国家である日本国が、明治維新という父権革命によって、分裂・崩壊・解体してしまったのではないだろうか。
 この時、日本亡国の播種(はしゅ)が行われたと言えよう。

 

2015年4月 6日 08:17
さあ、霞ヶ関に代わって、国民の最大幸福を考えよう。まずは基礎生活条件の無料化だ。
(その点、1984~1988年の中国の改革・・・省庁の壁を越えた改革指導小組。私の友人がいた・・・は、完全に、既存体制を離れ、それを壊すことから始まり、何を始めるか根本の原理と実験とその応用を、この30年間、継続してきた。時代にあった変革のための専門部会、国家発展改革委員会をつくり、そこに、既得権と縁のない30代から40歳前半の俊英を集め、常時、次の改革の対象と内容、その具体策を研究させた。その結果が今の中国の姿なのだ。かれらは、「天地」の次元で、 「金融ワンワールド」との融合点を見つけ出した。戦後の日本で10~20年かかってもできない次元の改革を、彼らは1994 年以後、数ヶ月から1年単位で次々と実行して行った。そして、世界銀行からカネをもらう立場でなく、21世紀に稼ぎ出した外貨で、新たな世銀を作る立場にまでなった。これはすべて、国家戦略として着実に駒を進めてやってきたことだ。急いだ資本主義化は、汚職と環境汚染を生んだが、この改革の方法論は、絶対的に正しい。しかし、マネーの罠から、彼らは自分だけでは抜け出せないことを知っている。 )

新井信介 「京の風」 K2O 新井ワールド

参考:
再考「扇」〜第5回 正常位の素晴らしさ (2015/04/02)

私たちと近縁なチンパンジーとボノボの生態の違いがヒトの社会性を読み解くカギになります。
テレビなどで見るチンパンジーは愛嬌があり親しみを感じますが、野生のチンパンジーは恐ろしいほどの暴力があります。同種間の集団闘争では相手を死に至らしめます。オスの序列変化によっては子殺しも行います。小型のサルを捕まえ、肉食の嗜好が強いです。共食いもします。オス同士の仲間意識が強く、オスの政治力が強い父系社会を形成しています。
チンパンジーは群れ社会の問題解決に「力」を多用します。

ボノボは「セックスと平和を愛する」ユニークな生態で有名です。ボノボとチンパンジーの大きな違いは性行動にあります。飼育下でも野生でも、ボノボは驚くほど多様な性行動を行います。チンパンジーの性行為はあまり変わりばえしませんが、ボノボは多様な体位で交尾を行います。メスからの誘いでよく行われるのが正常位です。


縄文と古代文明を探求しよう!


2015年04月06日(Mon)▲ページの先頭へ
二つの氣?:デュナミスの氣とエネルゲイアの氣:潜在体の氣と活動体の氣
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12010747481.html

二つの氣?:デュナミスの氣とエネルゲイアの氣:潜在体の氣と活動体の氣

テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性

氣について提唱しながら、実はよくわかっていないのである。
 経験的に提唱しているのであるが、理論的には、不明の部分が多い。

 
            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)


上図の陰陽ガウス平面から見ると、氣は虚軸に存するのであり、現象は実軸で表現される。
 しかし、生命エネルギーと言ったとき、それは何処に位置するのだろうか。
 感ずる氣とは何処に位置するのか。
 これまでの検討から言えば、エネルギーとしての氣も虚軸に存するのである。
 先に、フィボナッチ数列による等分割による形態形成原理を考察してきた。
 五芒星をもつ正五角形であるが、それは、いわば、イデアである。あるいは、エイドスである。形相、原型としてもいいだろう。
 今閃いたが、その図形を陰陽ガウス平面上に置いているが、それだと、イデアではなく、現象にも関係してしまうと思う。
 だから、以前述べたように、ガウス平面と直交する、いわば、超越軸を設定して、それと虚軸が作る平面において、五芒星等を見たらどうだろうか。
 それは、その平面はいわば、超陰陽ガウス平面である。
 そこに形成される図形ならば、実軸とは関係しないから、イデア的存在として肯定される。
 そして、それが、陰陽共振によって、実軸上に現象展開されると見られる。
 では、本題に戻ると、氣エネルギーは何処に位置するのかである。
 それは、虚軸であり、また、以上の超陰陽ガウス平面に属するだろう。
 では、現象化するときのエネルギーとは何か。
 それは、物質エネルギーでいいのではないだろうか。磁気や電気や熱エネルギーで。
 しかしながら、植物に感じる生命エネルギーには、氣があると思う。
 それは、イデア論的に言えば、分有ではないだろうか。
 現象は氣エネルギーを分有しているのではないだろうか。
 超陰陽ガウス平面の形態氣エネルギーが現象形態に分有されているのではないだろうか。
 確かに、氣次元から現象次元への変換は次元変換であるが、そのとき、高次元を内在しているのではないだろうか。
 おそらく、原点MPを介して、氣エネルギーが現象体から発しているのではないだろうか。
 あえて今、仮説、思考実験するなら、虚軸や超陰陽ガウス平面は現象体に超越的に内在しているのではないだろうか。あるいは、高次元(氣次元)の背景をもって現象しているのではないだろうか。
 問題は虚軸次元と実軸次元の関係である。
 原点・交点・中心MPの問題である。これについては、だいぶ以前、PS理論の段階で執拗に検討した。
 簡単に復習する。
         
           凸i陽
           /       
         /
      虚MP
     /↓
    /  ↓
 凹i陰  ↓
       ↓
−1・・・・・実MP・・・・・+1
  
下手な図であるが、今、原点MPを立体化した。
即ち、虚軸と実軸の間に距離をおき、立体化させたのである。
 そして、原点MPが二つできるのである。虚軸上のMP(虚MP)と実軸上のMP(実MP)である。
 氣は虚MPから実MPへと転移する。
 陰陽方程式は凸i*凹i⇒±1であるが、この⇒は虚MP⇒実MPに相当しよう。
 そして、虚MP⇒実MPの⇒が実は氣エネルギー、生命エネルギーではないだろうか。
 そして、このエネルギーは実MPに達しているために、実軸界、現象界、物質界においても感知できるということではないだろうか。
 そう、陰陽方程式凸i*凹i⇒±1の⇒を氣エネルギー=生命エネルギーと見ることができるのである。
 潜在体の氣とは左辺の凸i*凹iと言えよう。
 これで、本件の問題を解明したことになる。

注:デュナミスとエネルゲイアはアリストテレス哲学の重要な用語である。前者はわかりやすく言えば、潜在エネルギー(ポテンシャル・エネルギー)であり、後者は活動しているエネルギーである。しかし、このエネルギーを物質エネルギーととってはいけない。これは、理念的エネルギーである。


2015年04月05日(Sun)▲ページの先頭へ
五芒星(ペンタグラム)の生成力学:フィボナッチ数列的均等均衡平面原理
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12010369875.html

五芒星(ペンタグラム)の生成力学:フィボナッチ数列的均等均衡平面原理

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

本件については、かつて、以下参照のように、論じたことがあるが、現段階で再考したい。
 以前は、フィボナッチ数列と等分割原理と結合させた作業仮説を立てた。
 かなり強引だったので、もっと明快な考え方をしたい。
 参照にある図1は、フィボナッチ数列と90度回転を結びつけている。
 90度回転は自然の根源的な動きと見る。
 結局、フィボナッチ数列(あるいは、それと90度回転)から、黄金比が発生する。
ここで、次の記事を参考にしたい。
尚、青色文字は管理人による強調。

〜〜〜引用開始〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
黄金比…そして五芒星について〜エウドクソスからのメッセージなどから ...
「『黄金分割について・エウドクソスより』


『宇宙の根源は無であり有であり、無のなかに有が存在しています』


このような状態はちょうど球体の中に【有】と【無】が混在した、いわゆる『ダークマター』という物質も発生していない、ただエネルギーだけが強い密度で充満している状態をいい、その中に、自然界の五大要素『空・火・水・地・風』というものが作用したことを意味します


【水】と【火】は全く性質が違うもので正反対の性質を持ち合わせており、その2つがあるがゆえに【光】が発生するのです


【火】と【水】が反作用したとき【光】はなくなり【闇】となり、【光】は『フォトン』という光子体となり宇宙空間に降り注いでいるのです


つまり、この相反する性質を五大要素の中に取り入れて構成してゆくと、【風】と【地】という正反対の要素が必要になってきます


【地】は生命維持のために必要な重力場の領域を形成し、【風】は、その重力場を分散させたり収束させる性質をもっています


この二つがうまく相互作用したときに、強力な【龍脈】という磁場が発生するようになっています


これらの4つの要素をうまくバランスをとり、調整し、場を形成する役割をなすのが【空】の性質で、言い換えると、生命維持の為のあらゆるエネルギー源を与えるために転換したり、拡散したり、収束させたり、回転させたり、消滅させたり、する性質を持つもを【五大要素】と呼んでいます


【五大要素】が均等に作用したとき、『星形の五角形』を作り上げます


この五大要素が『創造宇宙のトーラス』の中を回転しているのです


そして『星形五角形』の中に、きれいな【黄金分割比】が現れるのです


【黄金分割比】とは、調和的で美しい比の事を表し、ファイ(Phi)とは、ギリシャ文字のφが由来で、黄金分割の比率1.61803399のことです

(1+√5)/2 ≒ 1:1.618」
http://ameblo.jp/hirokazuakari/entry-11066948579.html
天然な日常から、溢れる想いを綴りつつ〜(≧∇≦)/
〜〜〜引用終了〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

四つの要素と一つの中心で五大原理としている。
 この考え方を借りれば、GP陰陽哲理学における凸i(陽)と凹i(陰)と+1と−1で四つの要素、そして、原点・交点MP(Media Point)を一つの中心とすれば、五大原理ができる。


            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)


 そして、この五大原理が均衡原理によって、正五角形を形成し、その内部において、五芒星(☆)を形成するということになる。
 この考え方は、シンプルで、明快である。現時点では、この仮説を提起する。
 後で、また、見直したい。

追記:確かに、上記の考えは簡潔ではあるが、今一つ、ぴんと来ない。つまり、どうして、四つの要素と一つの中心が均等に作用して、正五角形を形成するのかが、力学的にわからないのである。
 牽強付会と言われても仕方ないだろう。
 では、こう考えたらどうだろうか。
 どうも、以前、考えたフィボナッチ数列と均等・均衡原理を使用することになるが、少し異なる。
 とまれ、初めに0(空?)ありき。そして、それが、1(存在)となる。そして、0+1⇒1の右辺の1が原初(0)をもつ存在だろう。
 そして、1+1⇒2の右辺の2は二元の形成である。正しくは、対極(陰陽)の形成だろう。
 そして、1+2⇒3の右辺の3は、陰陽+MPの三元である。これは、陰陽ガウス平面で言えば、凸i陽と凹i陰とMPの虚軸である。
 そして、2+3⇒5の右辺の5は、凸i、凹i、MP、+1、−1の五元と考えられる。これで、ガウス平面が要素が形成されたことになり、ここで、ガウス平面が完成したことになる。
 次に、このフィボナッチ数列原理に均等・均衡原理を適用するのである。
 わかりやすくするため、3の場合を考えよう。
 3とは一体を形成していて、三つの要素が均等に均衡すると見るのである。平面で言えば、正三角形を意味する。
 そして、5の場合も同様で、五つの要素が均等均衡するのである。平面的には正五角形を形成するのである。
 この内部に五芒星(星形)が生成するのである。
 考え方としては、正三角形に二つの要素が入り、五元(仏教で言えば、五大:地水火風空)となり、正五角形に変形すると見るのである。
 結局、均等均衡原理の力学を明快にする必要がある。
 もっとも、以前、これについては考察済みである。
 すなわち、常に全体ないし一体性で考えるのである。2は二元性(語弊があるが、このままにしておく)であるが、これは全体・一体性である。つまり、陰陽対極性である。
 つまり、一(いつ)における2なのである。だから、
 そして、3も同様で、一(いつ)における3である。全体・一体性を3等分割し、均衡化するのである。だから、3における三つの1は、それぞれ、均衡するのである。
 問題は、均等均衡原理によって、どうして、平面化が起きるのかということになる。
 ここで作業仮説というか思考実験であるが、一(いつ)を円、この場合、ガウス平面上の単位円(簡単に円と呼ぶ)と見るのである。
 そして、均等均衡原理を円に適用するのである。
 そして、均等均衡原理は角度に適用するのである。そうすると、当然、360度÷3=120度であり、正三角形が形成されるのである。
 同様に、5の場合も角度の均等均衡原理が生起して、
360度÷5=72度であり、正五角形が生まれるのである。
 そして、この辺と対角線の関係において、黄金比(黄金分割)が形成されるということになるのである。
 だから、均等均衡原理は、均等均衡平面原理と呼ぶことができる。そして、フィボナッチ数列原理を加えて、
フィボナッチ数列的均等均衡平面原理と呼ぶことができる。これで、黄金比の力学原理ということになる。

追記2:そうすると、この原理に拠る五元とは、いわば、相互交流して、根本的ないし原型的形態形成原理になっているということかもしれない。
 おそらく、陰陽ガウス平面における五芒星(ペンタグラム)と現象する星形(☆)は意味的に異なるだろう。
 前者の五元は質的差異があるが、後者の五元は等価ないし同質化されているだろう。
 簡単に言えば、差異の同一性化ということではないだろうか。

追記3:追記2のように言う必要はないのかもしれない。
 なぜなら、均等均衡平面原理とは、数的原理だからである。
 つまり、質ないし差異を数へ転化しているのである。
 しかし、数は量とは言えないだろう。そう、数的形式普遍原理というものが生じるのだろう。一種の構造主義だろう。
 思うに、この数的形式普遍原理とは、イデアではないだろうか。あるいは、形相ではないだろうか。そして、カントの超越論形式ではないだろうか。さらに、ゲーテのいう原型ではないだろうか。
 とても意義深い、興味深いところで、さらに検討したい。

追記4:0は原点で、1が円で、0+1=1が原点+円で、そして、1+1=2が虚軸形成で、1/2分割で、1+2=3が、円の三等分割で、正三角形が形成され、2+3=5で、円が五等分割されて、正五角形、五芒星が形成されるというように見られないだろうか。
 つまり、単位円の平面で等分割・均衡原理が考えるのである。

 
参照:

Fri, April 11, 2014
陰陽からのフィボナッチ数列ベクトル的生命現象形成の力学
テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合 以下の図1と図2を念頭に以下のことを読んでいただきたい。


                        図1

生命に宿る黄金比とらせんエネルギー - ゴルフィーライフ(New) 〜 We ...
http://blog.goo.ne.jp/lifelongpassion/e/4e9068485f459e834966f46bc21bf8e7



                   虚軸(陰陽軸)
                     陽凸i
                      |
                      |
                      |
                      |
−1_____MP_____+1 実軸(日光軸)
                      |
                      |
                      |
                      |
                     陰凹i


                     図2


図1のフィボナッチ数列(ベクトル)の螺旋は意味深長である。
 これをわかりやすくするため、弦巻植物や樹木の生長曲線と見るといいだろう。螺旋を描いて、

0+1=1⇒1+1=2⇒1+2=3⇒2+3=5⇒3+5=8・・・

となる。(等号もベクトルでいいかもしれない。)
 例えば、1本の芽が出、2本の双葉となり、さらに芽が出て、3本となり、そして、例えば、5本の枝が出て、五弁の花が生まれて等々と読める。
 問題は、図2と図1を関連させることである。
 図2のガウス平面はいわば、イデア界で、ほぼ不可視界である。物質科学では、ここは存在しないと見ている。ただ、実軸は日光軸であり、日光は当然可視である。
 結局、図2は現象は、陰陽が日光、時間を介して、次元変換したものということを意味する。
 フィボナッチ数列の0+1=1であるが、0(ゼロ)は、図2のガウス平面ならば、原点(MP:メディア・ポイント)と見て、左辺の+1は、ガウス平面の実軸の+1と見られないだろうかということである。(思うに、0+1であるが、0が陰陽イデア情報であり、+1がエネルギー、日光エネルギーと見られないだろうか。そして、0+1=1ないし0+1⇒+1の右辺の1ないし+1が生命体ではないだろうか。)
 そうすると、以前のPS理論の自己認識方程式凸i*凹i⇒+1が再び、使用できるのではないだろうか。
 この場合、左辺の*は積(掛け算)を意味するのである。もっとも、PS陰陽論では、*は90°回転を意味するのであり、陰陽方程式は凹i*凸i⇒±1であり、−1が右辺に入る点で、自己認識方程式とは異なるのであるが。
 いちおう、PS理論の自己認識方程式を、日光方程式と見ておき、PS陰陽方程式の中に組み込むことににする。即ち、90°回転は続くのであり、最初の90°回転で、日光が形成されるというようなことである。
 だから、根本の原動力は、陰陽の90°回転運動に存することになる。それが、いわば、不可視の原エネルギーであり、それが、現象を発現させているということになる。
 ただし、実軸=日光軸であるが、それは、実エネルギーなので、生成消滅するということになる。つまり、エントロピーが作用するということになる。
 それに対して、虚軸の陰陽であるが、それは、いわば、無限のエネルギーであり、反エントロピー的であるということになる。
 以上、ざっとであるが、陰陽ガウス平面とフィボナッチ数列螺旋を組み合わせてみた。

参考:尚、フィボナッチ数列螺旋は以下の図では、z軸=時間軸=天地軸に沿って、展開すると、いちおう考えたい。

氣⇒日光(太陽)⇒有機体物質:x軸=実軸=日光軸、y軸=虚軸=陰陽軸、z軸=天地軸=時間軸
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11803090704.html


この三次元直交座標で、x軸を実軸、y軸を虚軸、z軸を時間軸とする。x軸とy軸でガウス平面を形成する。
 そして、虚軸=y軸=陰陽軸となる。これが、90°回転して、x軸=実軸の±1を形成する。これが日光である。だから、
x軸=実軸=日光(太陽)軸である。 
 そして、90°回転と同時に、z軸=時間軸が生起する。
 これが、日光を物質化するのである。そう、有機体化である。
結局、z軸=時間軸=有機体軸である。
 結局、ガウス平面とは、氣平面であり、実軸において、太陽となり、視覚化されるのである。

****************************

参照:

仮説:フィボナッチ数列は等分割の数だけでなく、均等原理を内在する:フィボナッチ数列ベクトル
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11819109717.html

先に以下のように述べたが、補足すると、90°回転において、形成されるフィボナッチ数列であるが、単に等分割の数だけでなく、そこには、均等原理(原則、法則)が働くのではないだろうか。即ち、たとえば、1+2=3の場合は、円を3つに等分割するような均等原理が働き、正三角形が形成されるということになる。2+3=5の場合は、円を5つに等分割にする均等原理がはたらき、正五角形が形成されるということになる。
 均等原理という考え方は、無理のない自然な考え方だと思う。つまり、常に、全体の一(いつ)、統一の一(いつ)、つまり、円があるが、そこに各数列の数が生起すると、全体がその数によって等分割されるという均等原理、均等力学が作用するというのは、わかりやすいと思う。
 つまり、全体の一、統一の一の中の数列の数ということであり、全体が分子、数列の数が分母になるということである。
 後で整理したい。

追記:言い換えると、力の均衡原理とも言える。一(いつ)の力の場において、ある整数が発生する場合、常に、全体の一(いつ)における整数であり、バランスをとって、等分割されるということである。つまり、全体の原理が整数にはたらくのであり、全体の原理が整数を均等分離すると思われるのである。
 簡単に言えば、例えば、5という整数ならば、1に還元されて、五等分、五等分割されるということである。つまり、単位数の1に還元されるということである。
 あるいは、別の考え方をすれば、整数分のベクトルが生じると見てもいいだろう。円の中心に複数の等しいベクトルが生じるとすると、それは、当然、相互のバランスをとって、等分割するように、分離すると考えられる。つまり、均衡原理である。
 だから、フィボナッチ数列を、数列を均衡するベクトルと見るといいだろう。3ならば、3つの等しいベクトルが中心から発生して、3等分割するということになる。角度は、当然、360°÷3=120°で分割されるのである。
 だから、フィボナッチ数列ベクトルである。

フィボナッチ数列の数の意味:等分割数ではないか:2は2等分割、3は3等分割、5は5等分割、等々

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11818362360.html

直近で、以下の図を参考にしたが、フィボナッチ数列の数であるが、これは、単なる量としての数ではなくて、等分割の等分数ではないかと思った。つまり、最初の1は1分割せよ、とうことになり、それは、全体である。つまり、おそらく、最初に0(ゼロ)ないし原点があるのであり、0+1=1であり、これは、半径1の90°回転である。次に、半径1をまた90°回転させると、最初の半径1と今度の半径1を加えて、1+1=2の半径ができる。この半径2は同時に2等分割を意味するということではないだろうか。少し曲解的だが、1+1が二つの部分ではないだろうか。
 次に、半径2が90°回転すると、1+2=3となり、半径3が形成される。これは、1+1+1=3であり、左辺の1+1+1が3等分を意味するのではないだろうか。
 次に、半径3が90°回転して、1+1+3=5で、半径5が形成される。これは、同様に、1+1+1+1+1=5であり、左辺の1+1+1+1+1が5等分を意味するのではないか。
 以下同様である。
 このように考えると、等分割が形成されて、例えば、正三角形、正五角形、正八角形の形成が簡単に説明できよう。
 ピュタゴラス派がいちばんの神聖数の5であるが、これは、5等分割で説明できよう。そして、これが、黄金比と関係するのである。つまり、自然現象、有機的現象ともっとも関係すると考えられるのであり、当然、人間(私は人間動植体とでも呼びたい)にも当てはまるのである。五本の指、頭と手足、合わせて、5つの部分、あるいは、五臓六腑の五、等々である。
 以上の説明で、かなり、形態発生力学が論理的に説明できるようになっただろう。これまでとは、格段の差である。
 結局、フィボナッチ数列を導入したことが正解であったと言える。


この1,1,2,3,5,8,…という数字の並びはフィボナッチ数列と呼ばれるもの。
隣り合った数字を足し合わすと、
 1+1=2、
 1+2=3、
 3+5=8、、
と続いていきます。

これらの数字の間隔は、5:8 ≒ 1: 1.618、という風に、黄金比率に近づいていきます。

上の図のように「らせん」にも黄金比率が存在するし、
360°の円も、黄金分割すると、約137.5°という黄金角になります。

検討問題:形態はどうやって形成されるのか:螺旋、フィボナッチ数列、黄金分割(黄金比)
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11818276963.html


2015年04月01日(Wed)▲ページの先頭へ
直観又はエウレカ:氣が五芒星形の現象に転換するが、氣は継続する
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12008681829.html

直観又はエウレカ:氣が五芒星形の現象に転換するが、氣は継続する

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

昨日(3/31)閃いたことだが、丁寧に述べるには時間がかかるので、今、簡単に触れておく。
 先に、桜の花の五芒星形(ごぼうせいけい)について述べたが、五芒星形とは、端的に、正五角形であり、それは、黄金比を含み、また、フィボナッチ数列を導くのである。
 これはいわば、自然のもつ形態原理である。私はそれを美的原理とは呼びたくない。それは、いわば、(氣的)快的形態原理とでも呼びたい。
 言いたいことは、この五芒星形ないし正五角形であるが、これは、氣の発現原理に拠るのであり、この形態自体において、なんらかの氣が発動するのではないかということである。
 黄金比は美的であると言われている。私見では、快的と言いたいが。用語概念的には、快的というより、生命快(生快)的という言う方が的確である。
 とまれ、今は直観を言うが、五芒星形(☆)は氣を発しているのではないかということである。
 私は森に接すると、氣を感じるが、それは、基本的には森の場が氣を発しているとは思うが、森の樹木の形態(そして色、緑色)が氣を発しているからではないだろうか。
 つまり、植物有機体の形態は氣を発しているのではないかということである。
 今は、GP陰陽哲理学による理論的考究は行わずに、直観を述べるに留めるのであるが、この形態と氣の相関は十分考察の必要があると思っている。
 いわゆる美はこれで説明がつくと思う。
 美というより、美快は氣の発現形態で説明がつくように思うのである。
 宇宙はcosmosであるが、それは、秩序を意味する。この秩序は、いわば美的秩序である。化粧のcosmeticはここに由来する。
 これは、orderの秩序とは違う。
 そう、cosmosは、古代ギリシア語のピュシスである。自然(じねん)である。
 これは、氣の発現形態と思われるのである。
 自然が何故、生命快(「美」)的なのかと言えば、氣が発現しているからだと思うのである。
 問題は、陰陽ガウス平面から見ると、氣は虚軸にあるのに、どうして、実軸である現象の形態において氣は発動するのかということである。
 今思うことは、形態とは実は、イデア(エイドス、原型・原形)的であり、それは、氣の次元、つまり、虚軸に通じているということである。
 つまり、陰陽ガウス平面図から見ると、形態は原点・交点MP(Media Point)において発生すると思われるのである。
 つまり、形態(イデア、エイドス、原型)とは、高次元と現象次元の中間次元つまりメディア次元にあるということになる。
 このメディア次元、中間次元とは、高次元である氣を帯びると同時に、可視的な現象に体現しているものと考えられる。
 今はここで留める。

参照:

         
            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)

かたちと力―原子からレンブラントへ/潮出版社
¥10,800
Amazon.co.jp


2015年03月29日(Sun)▲ページの先頭へ
PS(プラトニック・シナジー)理論からGP(ガウス平面)陰陽哲理学への発展:論文を執筆する時期だ
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12007410959.html

PS(プラトニック・シナジー)理論からGP(ガウス平面)陰陽哲理学への発展:論文を執筆する時期だ

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

2年前の無双太極陰陽論に比べて、現段階のGP陰陽哲理学はだいぶ安定してきた。そう、確立されてきたと言えよう。(参照を見られたい。)
 そろそろ、論文にして、発表してもいい頃である。
 2004年9月、ブログ上で、「海舌」氏と遭遇して、偶然生まれた不連続的差異論から見ると、既に、11年目に入るのである。
 思えば、試行錯誤、紆余曲折の連続であった。
 もっとも、重大のポイントは2013年における、それまでの共同作者の「海舌」氏との理論的分離であった。
 私はPS理論(プラトニック・シナジー理論)から離脱し、出発点の不連続的差異論に基づき、哲学主導の理論を構築しようとした。
 正に、試行錯誤、ほとんど混乱と言っていいような状況になった。しかし、PS理論の数学的公式(凸i*凹i⇒+1)が活用できることを発見して、ほぼ、今のGP陰陽哲理学が形成されたと言えよう。
 即ち、凸i*凹i⇒±1という新たな公式を、桜沢如一氏の無双原理の視点を活用して、形成したのである。

無双原理・易―「マクロビオティック」の原点/サンマーク出版
¥1,728
Amazon.co.jp

 一見、PS理論に似ているが、「海舌」氏の仮説とは、ガウス平面的に左右逆になるのであった。
 ⇒+1が光であるのは、PS理論とGP陰陽哲理学とでは同じであるが、物質世界を「海舌」氏は、第一象限においたのである。 
 しかし、GP陰陽哲理学は、物質は第二象限に置かれるのである。
 相違点を説明すると長くなるので、止めるが、私は陰陽原理に基づき、GP陰陽哲理学へと進展したのである。(尚、「海舌」氏はその後、ガウス平面的理論構築を放棄して、四元数(しげんすう)を用いて、立体的構築へと進んだ。)
 とまれ、PS理論における凸i*凹i⇒+1の解釈における混乱が分離・離脱の原因であったと言えよう。
 私自身の思考の相当の懐疑・混乱・混沌があった。
 一例をあげると、凸i*凹iであるが、私は陰陽共振・調和には、
凸i*−凹iとなるのではないかと考えた。凹iの陰を否定しないといけないと考えたのである。すると、凸i*−凹i⇒−1となってしまい、齟齬が生じたのである。
 これは、私の思考の未熟さから来たのであった。「海舌」氏は正しかったのである。
 以下の「海舌」氏の人間認識図を見ていただくわかりやすいだろう。
 一番の相違点は、実軸−1の捉え方である。私は、−1を重力、質量の方向と見ているのであるが、「海舌」氏は、超越的存在と見たのである。(これは、オイラーの等式から来ていると思う。

オイラーの等式 e^{i\pi} +1=0 を変形して、e^iπ=−1となる。この−1を究極のものと「海舌」氏は捉えたと思われる。)
 また、虚軸の凸が光で、凹が闇とするのも、私と異なる。
 私は凸iを陽とし、凹iを陰としたのである。私の基本的思考は、陰陽論であったのである。
 以上簡単ながら、PS理論、「海舌」氏からの分離・離脱の原因を述べた。
 結局、GP陰陽哲理学は、PS理論の方程式を陰陽論に即して、変形した方程式、公式をもつと言える。
 PS理論はいわば母胎であったのである。「海舌」氏は数学・自然科学的な発想であったが、私は陰陽論を基礎にしたのである。この点が「海舌」氏と私の発想の根本的相違点であったと考えられる。
 とまれ、PS(プラトニック・シナジー)という用語であるが、それは、プラトンのイデア論に基づいている。しかし、今や、私はハイデッガーの存在論に立っているので、もはや、その用語は使用できないので、GP(ガウス平面)陰陽哲理学となったわけである。そう、簡単に言えば、PS理論を陰陽存在論化したのが、GP陰陽哲理学と言えよう。

形而上学入門 (平凡社ライブラリー)/平凡社
¥1,677
Amazon.co.jp

 付け加えれば、桜沢如一氏の無双原理の一元論(太極論ないし太一論)も取り入れているのが、PS理論との相違である。
 PS理論は、あくまで、二元的極性論であり、陰陽の根本の太極までは、捉えていなかった。
 とにかく、PS理論からの飛躍は、桜沢如一氏の『無双原理』を読んだことが大きいと言えよう。そこで、陰陽原理に即して、理論を発展させたのである。(しかし、先に述べたように、桜沢氏は、氣=物質としているのであり、私はこれを間違いと考えている。氣は物質より高次元存在と見るのである。)
 公式に関して言えば、PS理論の自己認識方程式凸i*凹i⇒+1を陰陽原理的に変形したと言えよう。
 とまれ、「海舌」氏の自己認識方程式とガウス平面(複素数平面)の導入は天才的に画期的であったと言えよう。
 この数学的哲理によって、陰陽原理の数理・科学的土台が構築されたと言っても言い過ぎではない。
 


         「海舌」氏の人間認識図


参照:
作用反作用と陰陽対極性:陽主導は作用反作用が、陰主導は「コーラ」・受容体の力があろう
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12007299410.html

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

陰陽極性を、牽引と反発の矛盾力学と見ている。
これと、ニュートン力学の作用反作用はどういう関係にあるのだろうか。
これまで考えたことはなかったので少し考察してみたい。
 力1→に対して、正反対の力2←が対応するということが、ざっくり言えば、作用反作用の法則であろう。
 陰と陽の氣の対極性(両極性、双極性)力学を見てみよう。
陽の「力1」↓は陰へ作用する。確かに反作用として、「力2」↑が生じると言えよう。
 だから、この点で、陰陽極性においても、作用反作用は成り立つ。
 しかしながら、これは、陽の「力」の場合である。
 陰の場合の「力」は、陽とは正反対である。陰の「力」とは、共振力、共鳴力、共感力、親和力、調和力、等である。つまり、陰の「力1」↑は、反作用の「力2」↓をもたらさないのである。
 ある意味で、吸収、吸引する能力である。
陽が主導的であるとき、 陽の「力1」は、反作用の「力2」をもたらすが、陰が主導的であるとき、陰の「力1」は、反作用をもたらさずに、陽の「力2」を吸収し、共振するのである。
 いったい、これを「力」と言っていいのか問題である。
 果たして、陰に力があるのかも問題である。
 つまり、陰が主導的な場合とはどういう事態なのかである。
 陽が主導的な場合は、陰はただ受け身に過ぎず、陽に支配され、つまり、陽と同一性化され、反作用を引き起こされると言えよう。
 しかし、陰が主導的な場合は、いわば、積極的に陽を吸収し、共振調和をもたらすと考えられる。
 思うに、陽の力をforceとするなら、陰の力はpowerではないだろうか。あるいは、別のネーミング、命名が必要だろう。
 そう、プラトンが『ティマイオス』で述べた有名な「コーラ」の概念を想起する。
 どうも、陰の「力」とは、いわば、容器、場所、あるいは、子宮のような力ではないのか。受け入れる「力」である。感受性のようなものかもしれない。
 途中(今、帰宅しないといけないので、ここでひとまず、止める)。

 さて、続けよう。
 今の段階では、この陰の「力」はプラトンを借りて、「コーラ」ないし、「コーラの力」とするのがいいだろう。
 GP陰陽哲理学では、陰凹iの凹の形が正に、「コーラ」的と言えよう。
 ところで、今、最下部の記事を見たが、それによると、「コーラ」は、陰の「力」というよりも、陰主導の陰陽共振・調和のことかもしれないと思った。
 とまれ、陰主導、陰の「力」によって、陰陽共振・調和が生まれるのだから、そのような「コーラ」と陰の「力」は近いと言えよう。
 とまれ、「コーラ」を受容体と見るなら、やはり、陰の「力」でいいだろう。
 そう、だから、受容力としての陰の「力」ということになる。
 思うに、天才的人物はこれをもっていると思う。英国詩人のジョン・キーツはnegative capability(否定的能力:自己否定して、他者を感受する能力とでも言おうか)と言ったが、それは、正に、受容力に通じよう。
 とまれ、本題に戻ると、作用反作用と陰陽対極性の関係であるが、簡単にまとめれば、陽主導においては、作用反作用は成立すると思われるが、陰主導の場合は、成り立たないと思う。陰の「力」である「コーラ」の力、受容体の力が作用するのであり、陽を受容し、共振調和して、光や自然を産み出すと考えられるのである。これは、反エントロピー的である。
 それに対して、陽主導の作用反作用はエントロピー的ではないだろうか。
 今はここで留めたい。

参考:

作用反作用の法則(第3法則):物理学解体新書
http://www.buturigaku.net/main01/Mechanics/Mechanics08.html
2005年6月3日 ... ここでは、運動の法則の第3法則、作用反作用の法則について解説しよう。 例えば、机 の表面を手で押すとしよう。 押す力を強めるほど、手が感じる力は大きくなる。 これは、 手が机を押すと、机も同じ大きさの力で手を押し返すからだ。

プラトンの宇宙論:神秘主義思想史:So-netブログ
また、興味深いことに、「ティマイオス」ではこのイデア=「存在」と宇宙=「生成」に対する第3の説明し難いものが語られます。
これは「場所(コーラ)」です。
イデア=「原型」=「父」、宇宙=「模像」=「子」であるのに対して、この「場所」はすべてを受け入れる「受容器」=「乳母」だとも表現されます。
つまり、「場所」は一切の形・性質を欠いているので、それ自体を知覚することはできないけれど、イデアを受け入れることで宇宙を生むような根源的な素材 のような存在なのです。
デミウルゴスはこの素材を用いて宇宙を作ったのです。

ジャック・デリダ『コーラプラトンの場』 - 『10+1』 DATABASE

db.10plus1.jp > ... > BACKNUMBER > 『10+1』 No.35 - キャッシュ

コーラ」とは、プラトンの宇宙創世論『ティマイオス』の用語で、場所のこと、それも たんなる空虚な場ではなく、そのなかに何かがあったり、誰かが割り当てられて住んで いるような場所のことである。製作者であるデミウルゴスは、範型となる形相を眺め ながら、それ ...


ジャック・デリダ『コーラプラトンの場』 | Flaschenpost

晩年のプラトンの対話篇『ティマイオス』には、造化の神デミウルゴスによる宇宙開闢が物語られるが、そのなかで存在の母胎のような場として、「受容体であり、すべての誕生の乳母のごときもの」として語られる「コーラ(khôra)」。デリダによると、それを「定冠詞付きで」語ることはできない。「コーラ」が、ある種の主体ないし実体として存在することを、あらかじめ想定することはできないのだ。

プラトンによると、「コーラ」は存在の二つの類、すなわち不易にして叡知的な存在と、滅びやすく生成状態にあり、感性的な存在とのあいだにある、「第三の類」に属するわけだが、「コーラ」を語る言説を厳密に辿るならば、それはいかなる類別も、ジャンルの分類も、さらにはジェンダーをも逃れ去っていく。それは「第三の類」でありながら、他の存在の類と対を、すなわちカップルをなさないのだ。デリダに言わせれば、「誕生の乳母のごとき」ものでありながら、「コーラは、一人の乳母ではないのと同様に一人の母ではなく、また一人の女でもない」。そのようなものとして「コーラ」は、事物を類別して同定するロゴス、あるいはミュトスとしての言葉を逃れ去る。もしかすると、そのことによって「コーラ」は、両者の分別そのものを問題にするのかもしれない。

とすれば、「コーラ」とは「コスモス」としての宇宙の存在を可能にする何かでありながら、その存在を語る論理、つまりプラトンのディアロゴスとしてのロゴスに穿たれた穴である。デリダの『コーラ』は、この穴を厳密に歩測する試みと言えよう。その試みは、哲学すること自体を試す。それは哲学する言葉を、深淵の前に立たせるのである。しかし、そこからこそ考えられうる次元があるのではないか。「コーラ」をめぐる思考は、言葉をそこへ誘うものでもあろう。「彼女=それは、あらゆる人間−神学的図式から、あらゆる歴史=物語から、あらゆる啓示から、あらゆる真実から逃れ去る。前−起源的であり、あらゆる世代=生殖の前かつ外にあって、それはもはや一つの過去や過ぎ去った一つの現在という意味すら持たない」。

しかし、そのような「コーラ」においてこそ、何ものかが存在するようになるとすれば、しかもデリダが言うように、「コーラとは、まさに、その『うえに』、その主体に、それも、その主体にじかに、みずからを書き込みにやって来るものの総体ないしプロセス『である』」とすれば、それをどのように考えたらよいのか。もしかすると「コーラ」とは、そこにおいてある何ものかが存在する、立ち現われてくる、鳴り響いてくるようになる媒体であることそれ自体を指し示す、未だ言葉ならざる言葉なのかもしれない。しかも、デリダによると「コーラ」となるのは、それ自体「独自の事物」でもある。そうだとすれば、宇宙の開闢と関連づけられる「コーラ」は個としても遍在しうる存在の媒体そのものということにもなろう。

ただし、このことは忘れられてはならない。「コーラを思考するためには、はじまりよりも、すなわち宇宙の誕生よりも古いはじまりまで立ち戻る必要があるのだ」。例えば、クリステヴァのような母胎の主体化と実体化に陥ることなく、思考を深淵に曝しながら、起源よりも古い次元を考え抜くこと。デリダの『コーラ』は、思考をその危険へ誘うのである。

[守中高明訳、未來社、2004年]
Flaschenpost


作用反作用と陰陽対極性:陽主導は作用反作用が、陰主導は「コーラ」・受容体の力があろう

リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12007299410.html

作用反作用と陰陽対極性:陽主導は作用反作用が、陰主導は「コーラ」・受容体の力があろう

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

陰陽極性を、牽引と反発の矛盾力学と見ている。
これと、ニュートン力学の作用反作用はどういう関係にあるのだろうか。
これまで考えたことはなかったので少し考察してみたい。
 力1→に対して、正反対の力2←が対応するということが、ざっくり言えば、作用反作用の法則であろう。
 陰と陽の氣の対極性(両極性、双極性)力学を見てみよう。
陽の「力1」↓は陰へ作用する。確かに反作用として、「力2」↑が生じると言えよう。
 だから、この点で、陰陽極性においても、作用反作用は成り立つ。
 しかしながら、これは、陽の「力」の場合である。
 陰の場合の「力」は、陽とは正反対である。陰の「力」とは、共振力、共鳴力、共感力、親和力、調和力、等である。つまり、陰の「力1」↑は、反作用の「力2」↓をもたらさないのである。
 ある意味で、吸収、吸引する能力である。
陽が主導的であるとき、 陽の「力1」は、反作用の「力2」をもたらすが、陰が主導的であるとき、陰の「力1」は、反作用をもたらさずに、陽の「力2」を吸収し、共振するのである。
 いったい、これを「力」と言っていいのか問題である。
 果たして、陰に力があるのかも問題である。
 つまり、陰が主導的な場合とはどういう事態なのかである。
 陽が主導的な場合は、陰はただ受け身に過ぎず、陽に支配され、つまり、陽と同一性化され、反作用を引き起こされると言えよう。
 しかし、陰が主導的な場合は、いわば、積極的に陽を吸収し、共振調和をもたらすと考えられる。
 思うに、陽の力をforceとするなら、陰の力はpowerではないだろうか。あるいは、別のネーミング、命名が必要だろう。
 そう、プラトンが『ティマイオス』で述べた有名な「コーラ」の概念を想起する。
 どうも、陰の「力」とは、いわば、容器、場所、あるいは、子宮のような力ではないのか。受け入れる「力」である。感受性のようなものかもしれない。
 途中(今、帰宅しないといけないので、ここでひとまず、止める)。

 さて、続けよう。
 今の段階では、この陰の「力」はプラトンを借りて、「コーラ」ないし、「コーラの力」とするのがいいだろう。
 GP陰陽哲理学では、陰凹iの凹の形が正に、「コーラ」的と言えよう。
 ところで、今、最下部の記事を見たが、それによると、「コーラ」は、陰の「力」というよりも、陰主導の陰陽共振・調和のことかもしれないと思った。
 とまれ、陰主導、陰の「力」によって、陰陽共振・調和が生まれるのだから、そのような「コーラ」と陰の「力」は近いと言えよう。
 とまれ、「コーラ」を受容体と見るなら、やはり、陰の「力」でいいだろう。
 そう、だから、受容力としての陰の「力」ということになる。
 思うに、天才的人物はこれをもっていると思う。英国詩人のジョン・キーツはnegative capability(否定的能力:自己否定して、他者を感受する能力とでも言おうか)と言ったが、それは、正に、受容力に通じよう。
 とまれ、本題に戻ると、作用反作用と陰陽対極性の関係であるが、簡単にまとめれば、陽主導においては、作用反作用は成立すると思われるが、陰主導の場合は、成り立たないと思う。陰の「力」である「コーラ」の力、受容体の力が作用するのであり、陽を受容し、共振調和して、光や自然を産み出すと考えられるのである。これは、反エントロピー的である。
 それに対して、陽主導の作用反作用はエントロピー的ではないだろうか。
 今はここで留めたい。

参考:

作用反作用の法則(第3法則):物理学解体新書
http://www.buturigaku.net/main01/Mechanics/Mechanics08.html
2005年6月3日 ... ここでは、運動の法則の第3法則、作用反作用の法則について解説しよう。 例えば、机 の表面を手で押すとしよう。 押す力を強めるほど、手が感じる力は大きくなる。 これは、 手が机を押すと、机も同じ大きさの力で手を押し返すからだ。

プラトンの宇宙論:神秘主義思想史:So-netブログ
また、興味深いことに、「ティマイオス」ではこのイデア=「存在」と宇宙=「生成」に対する第3の説明し難いものが語られます。
これは「場所(コーラ)」です。
イデア=「原型」=「父」、宇宙=「模像」=「子」であるのに対して、この「場所」はすべてを受け入れる「受容器」=「乳母」だとも表現されます。
つまり、「場所」は一切の形・性質を欠いているので、それ自体を知覚することはできないけれど、イデアを受け入れることで宇宙を生むような根源的な素材 のような存在なのです。
デミウルゴスはこの素材を用いて宇宙を作ったのです。

ジャック・デリダ『コーラプラトンの場』 - 『10+1』 DATABASE

db.10plus1.jp > ... > BACKNUMBER > 『10+1』 No.35 - キャッシュ

コーラ」とは、プラトンの宇宙創世論『ティマイオス』の用語で、場所のこと、それも たんなる空虚な場ではなく、そのなかに何かがあったり、誰かが割り当てられて住んで いるような場所のことである。製作者であるデミウルゴスは、範型となる形相を眺め ながら、それ ...


ジャック・デリダ『コーラプラトンの場』 | Flaschenpost

晩年のプラトンの対話篇『ティマイオス』には、造化の神デミウルゴスによる宇宙開闢が物語られるが、そのなかで存在の母胎のような場として、「受容体であり、すべての誕生の乳母のごときもの」として語られる「コーラ(khôra)」。デリダによると、それを「定冠詞付きで」語ることはできない。「コーラ」が、ある種の主体ないし実体として存在することを、あらかじめ想定することはできないのだ。

プラトンによると、「コーラ」は存在の二つの類、すなわち不易にして叡知的な存在と、滅びやすく生成状態にあり、感性的な存在とのあいだにある、「第三の類」に属するわけだが、「コーラ」を語る言説を厳密に辿るならば、それはいかなる類別も、ジャンルの分類も、さらにはジェンダーをも逃れ去っていく。それは「第三の類」でありながら、他の存在の類と対を、すなわちカップルをなさないのだ。デリダに言わせれば、「誕生の乳母のごとき」ものでありながら、「コーラは、一人の乳母ではないのと同様に一人の母ではなく、また一人の女でもない」。そのようなものとして「コーラ」は、事物を類別して同定するロゴス、あるいはミュトスとしての言葉を逃れ去る。もしかすると、そのことによって「コーラ」は、両者の分別そのものを問題にするのかもしれない。

とすれば、「コーラ」とは「コスモス」としての宇宙の存在を可能にする何かでありながら、その存在を語る論理、つまりプラトンのディアロゴスとしてのロゴスに穿たれた穴である。デリダの『コーラ』は、この穴を厳密に歩測する試みと言えよう。その試みは、哲学すること自体を試す。それは哲学する言葉を、深淵の前に立たせるのである。しかし、そこからこそ考えられうる次元があるのではないか。「コーラ」をめぐる思考は、言葉をそこへ誘うものでもあろう。「彼女=それは、あらゆる人間−神学的図式から、あらゆる歴史=物語から、あらゆる啓示から、あらゆる真実から逃れ去る。前−起源的であり、あらゆる世代=生殖の前かつ外にあって、それはもはや一つの過去や過ぎ去った一つの現在という意味すら持たない」。

しかし、そのような「コーラ」においてこそ、何ものかが存在するようになるとすれば、しかもデリダが言うように、「コーラとは、まさに、その『うえに』、その主体に、それも、その主体にじかに、みずからを書き込みにやって来るものの総体ないしプロセス『である』」とすれば、それをどのように考えたらよいのか。もしかすると「コーラ」とは、そこにおいてある何ものかが存在する、立ち現われてくる、鳴り響いてくるようになる媒体であることそれ自体を指し示す、未だ言葉ならざる言葉なのかもしれない。しかも、デリダによると「コーラ」となるのは、それ自体「独自の事物」でもある。そうだとすれば、宇宙の開闢と関連づけられる「コーラ」は個としても遍在しうる存在の媒体そのものということにもなろう。

ただし、このことは忘れられてはならない。「コーラを思考するためには、はじまりよりも、すなわち宇宙の誕生よりも古いはじまりまで立ち戻る必要があるのだ」。例えば、クリステヴァのような母胎の主体化と実体化に陥ることなく、思考を深淵に曝しながら、起源よりも古い次元を考え抜くこと。デリダの『コーラ』は、思考をその危険へ誘うのである。

[守中高明訳、未來社、2004年]
Flaschenpost


2015年03月27日(Fri)▲ページの先頭へ
父権民族の自我と母権民族の自我の相違を精神身体力学から説明する
図は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12006684281.html

父権民族の自我と母権民族の自我の相違を精神身体力学から説明する

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

これは既述事項であるが、よく知ってもらうために、復習する。もっとも、父権自我と母権自我は理念型、理想型として構築されている。
 先ず、GP陰陽ガウス平面図を見ていただきたい。


            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面


簡潔に言えば、父権自我とは、陽凸iが主導的であり、陰凹iを支配するのである。
 数式化すれば、

父権自我方程式

凸i*凹i⇒凸i×−凹i=i×〔−(−i)〕=i×i=−1

(二番目の式の−凹iの−は陽凸iの主導性によって、陰凹iが否定されるという意味をもつ)

となる。つまり、陰陽ガウス平面図の実軸の−1に位置する。
 これは、結論を言えば、同一性、物質主義、利己主義を意味すると考えられる。
 陰陽ガウス平面的には、虚軸(i軸、-iの軸を含めて)が−1へと回転したと考えられる。つまり、+の虚軸は、反時計回りに90度回転し、−の虚軸は時計回りに90度回転して、両者−1で一致するということと考えられる。
 もっとわかりやすく作図すると、


     陽=父権自我
      ↓↓↓↓
      ↓抑圧↓         意識
      ↓↓↓↓
      同一性化
      ↓↓↓↓
ーーーーーーーーーーーー
    MP=こころ・精神・愛
                     無意識

       陰=肚
  
父権自我構造図
  
となる。
  父権自我がこころ(精神・愛・霊)と陰=肚の二つの要素を(連続的)同一性化して抑圧・支配しているのである。自我同一性が支配するのであり、他者は否定される。

 次に母権自我を考える。

母権自我方程式

凹i*凸i⇒i×(−i)=+1

これは、陰陽ガウス平面図において、実軸の+1である。 
この方程式は正に、陰陽共振、陰陽調和を意味する。
つまり、陰凹iを主導にした方程式である。陰凹iが主導的になると、それは、共感的なので、陽凸iを受容して、共鳴均衡調和が可能になると考えられる。
 その結果、+1の光が生まれるのである。これは、いわば、真善美の精神と考えられる。
 これは、虚軸と実軸の交点・原点MP(こころ)を積極的に生成するのである。つまり、精神・愛を内在するのである。
 つまり、自我と感性体(感情・欲望)のバランスをもつ精神・こころ・愛・生命精神をもっているのである。
 陰陽ガウス平面的には、+の虚軸が時計回りに90度回転、−の虚軸が反時計回りに90度回転し、両者+1において、一致したと考えることができる。
 これをわかりやすく作図する。


       陽凸i(頭)
       ↓↑↓↑
       ↓↑↓↑
       ↓↑↓↑
・・・・・・・・・↓↑↓↑・・・・・・・MP(こころ、精神、愛、霊)
       ↓↑↓↑
        ↓↑↓↑
        ↓↑↓↑
       陰凹i(肚)

   母権自我構造図

 すなわち、陽と陰が共振調和して、MP(こころ、精神、愛、霊)が誕生しているのである。
 
 以上、簡単に父権自我と母権自我の質的相違を述べたが、日本民族の場合、明治維新から、前者が後者を牛耳るような体制が構築されたと考えられるのである。
 その帰結が今日の全体主義体制である。
 これは、悪魔的体制であり、新母権主義のポスト日本近代を目指すしか根本的解決はないと考えられる。
 そう、GP陰陽ガウス平面図をわかりやすくするため、身体部位を入れてみる。


          凸i陽(頭脳)
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・心臓______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
          凹i陰(肚・腹)


      応用身体的陰陽ガウス平面図


新母権自我を形成するには、凹i陰である肚へと測深する必要があるのである。つまり、自我を内的発掘して、肚まで到達しないといけないのである。
 肚はいわば、マグマである。ここはエネルギーが蓄積されているのである。
 だから、凸i陽自我(頭)の知性を喪失しないように、均衡をとる内的発掘作業が必要である。瞑想はその有力な一方法であろう。
 言い換えると、意識を肚の志向と頭の志向へと両極化するのである。そして、胸(こころ)を中点にするのである。
 つまり、意識は肚ー胸ー頭の三位一体となるのである。


2015年03月25日(Wed)▲ページの先頭へ
水素原子とヘリウム原子:中性子生成の力学原理をGP陰陽哲理学から試論する
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12006073136.html

水素原子とヘリウム原子:中性子生成の力学原理をGP陰陽哲理学から試論する

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

先に以下最下部のように書いたが、実に怪しいので、再検討したい。
 即ち、水素原子*水素原子⇒ヘリウム原子としたが、そうではなく、⇒水素分子ではないだろうか。
 また、

〔i*(-i)〕◎〔i*(-i)〕⇒−1

としたが、これは、⇒+1の間違いだろう。
 思うに、◎を掛け算としたが、足し算と見る方が妥当ではないだろうか。
 つまり、±1+(±1)と見るのである。そうすると、±2となる。
 これは陽子が2個、電子が2個ということではないだろうか。
 とまれ、足し算にすると、水素分子になるようである。
 では、ヘリウムはどういう力学から生成するのか。
 やはり、掛け算、積から考えるべきではないだろうか。即ち、

〔i*(-i)〕×〔i*(-i)〕⇒±1×(±1)=+1、+1

だろうか。これは意味不明である。
 いったい、中性子とは何かと見る必要がある。

**************************
物質を作っているもの その2 - 宇宙論グループ
http://astr.phys.saga-u.ac.jp/~funakubo/BAU/chapter3/chapter3-2.html

中性子は原子核の中にいるときは安定なのですが、単独でいると900秒ほどで

という過程で3つの粒子に崩壊します。ここで反ニュートリノという粒子が初めて出てきましたが、これはニュートリノという電荷を持たない、核力がはたらかない、ほとんど質量を持たない粒子の反粒子です。


*************************

〔i*(-i)〕×〔i*(-i)〕⇒±1×(±1)=+1、+1

〔i*(-i)〕×〔(-i)*i〕⇒±1×(−1,+1)=−1,−1

について、さらに考えてみたいが、この式ではどうやっても、対称性しかでてこないだろう。中性子の質量が出てこないだろう。
 強弁、屁理屈、牽強付会気味であるが、陽主導の場合を特化して考えよう。
 陰主導のときは、陰陽調和が生起するが、陽主導のときは、陽的同一性化が生起するのである。つまり、陰陽調和⇒+1は起らないのである。
 思うに、ここがポイントというか、詭弁というか、であるが、陽主導のとき、可能性として、陰陽調和が潜在していると見るのである。つまり、⇒−1は、未形成のi*(-i)⇒+1を巻き込んでいると見るのである。
 そして、巻き込まれた「未形成のi*(-i)⇒+1」は−1の領域にあるために、+1×(−1)=−1となるのではないだろうか。
 この−1を中性子と考えられないだろうか。
 おそらく、中性子は奇妙な振る舞いをするのではないだろうか。
 では、もしそうならば、水素原子の場合は、どうして、中性子は発生しないかが問われなくてはならない。
 どうも、行き詰まってしまった。
 視点を変えよう。陽子が1個のときは、陽子が2個以上の場合における陽子同士の反発は考えなくていい。
 ヘリウムのような陽子が2個が形成されるとき、当然、反発が起きる。それを緩和するのが、中性子ということである。
 ともかく、中性子を正当化する力学を考える必要がある。
 私は⇒−1は陽主導であると言ったが、それは、陽による陰の同一性化を意味するのであり、それは、桜沢如一(ゆきかず)氏の考えからいうと、凝縮、収縮を意味するのである。
 極小化と言ってもいいだろう。
 そうすると、水素原子の場合は、極小化があっても、陽子が1個なので、中性子の存在は必要ない。
 こう考えたらどうだろうか。
 ⇒−1は原子核化であり、それは極小化を意味する。しかし、陽子が2個以上あると+の電荷で反発する。だから、それを抑止する力が必要となる。思うに、反発は⇒+1の方向としていいのではないだろうか。
 すると、それに対抗する⇒−1が加わると見ていいのではないだろうか。
 つまり、水素原子結合において、⇒+1,+1,−1、−1(+1は電子、−1は陽子)となるが、−1と−1は反発する。それは、⇒+1と⇒+1の志向をもつ。
 それに対抗するには、⇒+1⇦−1、⇒+1⇦−1というように、二つの⇦−1(あるいは、⇒−1)が必要となる。 
 この2つの−1がヘリウムにおける中性子ではないだろうか。
以上で、強引であるが、いちおう、中性子の力学の原理的説明を試みた。思考実験である。
 
**************************
『素粒子』の世界28 〜陽子と中性子は常に入れ替わっている?
中性子の発見はなかなかの偉業と言えます。原子核の質量と電荷の両方を説明できるし、原子核の中に陽子が2個以上ある場合には、プラス電荷を持つ陽子同士の電気的反発に対して電荷ゼロの中性子が“接着剤”として機能し、原子核が安定する構造も説明できます。
また、中性子はだいたい15分ほどでβ崩壊して陽子になってしまうこともほぼ同時期に確認されました。後に現代量子力学の発展に大きく貢献したパウリは、『中性子が崩壊 → 陽子 + 電子 +未発見粒子(現在では「反ニュートリノ」と判明)』との解釈を発表しました。これも中性子を組み込んだ原子核モデルの説明には都合のよいものだったのです。なぜなら、「じゃあ、陽子に電子と未発見粒子(=反ニュートリノ)を与えれば、中性子になるのではないか?」という想定(=パウリの解釈の→の向き変えるだけ)をすぐに思いつくからです。
これらのイメージと事実を組み合わせて、当初の原子核モデルは以下のようなものでした。
【1】まず陽子Aと中性子Bがある。
%EF%BC%91%EF%BC%89.gif

【2】中性子Bが壊れて陽子Bになる。電子と反ニュートリノを放出。
%EF%BC%92%EF%BC%89.gif

【3】陽子Aが電子と反ニュートリノを受け取って中性子Aになる。
%EF%BC%93%EF%BC%89.gif

【4】陽子と中性子の位置が入れ替わった状態。※以後、その繰り返し
このモデルは素人にも非常にわかりやすいもので、現代的に表現すると「原子核内の中性子はβ(−)崩壊して陽子に変わり、陽子はβ(+)崩壊して中性子に変わる・・・この繰り返しによって原子核は陽子同士の電気的斥力に打ち勝って安定している」と表現できます。さらに、原子核内に中性子が存在する必然性も説明できますし、陽子と中性子が(電荷を除いて他は)非常に類似している事実とも折り合いがいいのです。
%E5%8E%9F%E5%AD%90%E3%81%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0.jpg

ところが、事はそう簡単には運びませんでした。実際に中性子が媒介するこの結合力を正確に計算してみたところ、プラスの電荷で陽子同士が反発する力よりも遥かに小さかったのです。もっとも当時の科学者が認識していた「力」は「重力」と「電磁気力」だけでしたから、要は電子または陽電子の質量があまりにも小さかったということだったのです。
こんな経緯を経て、1935年に原子核を安定的に保つための中間子の存在を予言する論文(=「素粒子の相互作用について」)を発表したのが湯川秀樹でした。湯川はこの論文で1949年に日本人初のノーベル物理学賞を受賞しましたが、湯川の論文が今日では定説となっている『4つの力』の理論化の基礎をつくります。少し話がずれますが、もともと「素粒子」という概念は『物質を構成する最小単位』という意味で使われ出しました。したがって、ミクロ世界の研究が進むにつれて、【原子】 【電子・陽子・中性子】 【中間子・クォークetc】へとどんどん細分化され、次々と新しい素粒子が提唱されていきます。それと歩調を合わせるように、新物理量を定義してはその物理量の演算を推し進めることで、物理学の新しい地平を開拓しようとする量子力学分野が花形の地位を不動のものとしていきます。素粒子や原子核の研究は量子力学の最大の“舞台”となって、自然存在や物理現象の摂理やルールを数学的・演算的に解明しようとする傾向が急速に高まったのが20世紀全般の特徴です。その発端のひとつがアインシュタインの相対性理論であり、もう一方の旗頭が今述べた原子核物理学と素粒子物理学を専門とする科学者たちと言えるのです。
ところで、現代の最新の素粒子論や量子論においても、「『強い相互作用』を媒介するΠ中間子のやり取りによって・・・」云々の解説付きではありますが、陽子と中性子は相互に入れ替わりながら原子核を安定させているという構造モデルは変わっていません。しかし、このような描像にはめったにお目にかかりません。このような動的な原子核イメージは、中学・高校の段階で教えるようにすべきだと思います。
http://www.seibutsushi.net/blog/2013/09/1418.html

**************************
楽しい高校化学(第1章−第9講)
http://www2.yamamura.ac.jp/chemistry/chapter1/lecture9/lect1091.html

■ 水素分子
水素原子は、お互い電子を1個取り入れて安定なヘリウムと同じ電子配置になろうとする。

分子式 電子式 構造式 共有電子対 非共有電子対
H2 H:H H−H 1個 0個


 
検討課題:氣の生命力学を具体化する:陰陽メカニズム構築 http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12005096637.html
今、簡単に原子番号2のヘリウムについて考えてみる。
 陽子2個、中性子2個で原子核を構成し、電子2個をもつ。
 
ヘリウム原子           
原子の構造
思うに、水素原子をなんらかの方法で重ねればヘリウムになるのではないだろうか。
 ただし、中性子の存在をどう説明するかである。
 水素原子には中性子がないが、ヘリウムには生じているのである。
 ここで、思考実験する。便宜的に、陽はi、陰は−iとする。そして、水素原子はi*(-i)とする。そして、1個の水素原子と別の1個の水素原子を重ねる作業を考える。それを積、掛け算とみる。

i*(-i)◎i*(-i)⇒i*(-i)*i◎i*(-i)*(-i)=-i◎-i=−1  ・・・A式

(ただし、◎は積算である。)

右辺の−1であるが、これが、中性子と見ることはできないだろうか。
 この負号は、本来は、重力を意味するから、質量と見ることができる。
 そして、A式の左辺の先頭、i*(-i)◎i*(-i)が、ヘリウムにおいて、残っていると見るのである。結局、
 
i*(-i)◎i*(-i)⇔−1   ・・・B式

がヘリウム陰陽方程式となる。
 以上、思いつきであり、かなり怪しいが、いちおう、少しは進展したとしたい。

追記:陰と陽であるが、氣陰と氣陽と呼ぶこともできる。それはいったい何なのか。かつて、イデア論から、氣=イデアとしたが、今は、ハイデッガー哲学から、「存在」と見ている。
 だから、陰存在、陽存在、氣存在という言い方ができる。
 長いので、陰在、陽在、氣在にしてもいい。
 シュタイナーは氣をエーテル体と呼んでいるが、陰陽の対極性は指摘してない。もっとも、ゲーテゆずりで対極性の概念は好んで使用しているが。
 思うに、何故、シュタイナーは陰陽の概念を使用しなかったのか。陰陽概念を使用すれば、エーテル体がわかりやすくなるのに。


2015年03月23日(Mon)▲ページの先頭へ
検討課題:氣の生命力学を具体化する:陰陽メカニズム構築
画像等、以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12005096637.html

検討課題:氣の生命力学を具体化する:陰陽メカニズム構築

テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性

これまで、氣=陰陽から自然、生命有機体が生まれると述べてきたが、具体的なメカニズムは述べていないのである。
 どうも、シュタイナーの『神秘学概論』(An Outline of Occult Science - Rudolf Steiner Archive http://wn.rsarchive.org/Books/GA013/English/AP1972/GA013_index.html)を再読する必要があるだろう。

神秘学概論 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
¥1,404
Amazon.co.jp

 シュタイナーは熱の生成から始めているのである。
 そう、シュタイナーは人体と太陽系(土星までを太陽系に入れて、海王星、天王星を入れていない。冥王星は今や、太陽系外の星である。)を対応させている。
 また、桜沢如一氏の『無双原理』

無双原理・易―「マクロビオティック」の原点/サンマーク出版
¥1,728
Amazon.co.jp

を参考にするといいかもしれない。ただし、桜沢氏は、氣=物質としてしまっている点が問題である。氣⇒物質としないといけない。氣から物質の生成には、次元転換があると見るのである。
 あまりいい例ではないが、もっともシンプルな原子、水素原子の発生を再確認しよう。
 応用陰陽ガウス平面図を使うと、電子が⇒+1、原子核(陽子)が⇒−1である。(符号の+、−であるが、これは電荷の符号ではなく、光と重力の逆性を意味していると考えられる。)
 結局、もっとも単純な陰陽から水素原子が生まれるということになる。すなわち単純陰と単純陽の結合から、水素原子が生まれるのである。
 陰を- -、陽をーと表記すれば、

--*ー⇒水素原子

である。
 問題は原点MP(Media Point)は虚軸と実軸の交叉する点であるが、水素原子はMPを内在しているのであり、ここにおいて、水素原子は単なる物質というより、氣に通じているということである。
 そして、氣を強くもつ水素原子と氣の強くない水素原子があると考えられる。
 思うに、生命体にある水素原子とは、前者であり、氣の活性作用が強く、単なる物体にある水素原子は後者であると思われる。
 つまり、物質というのは、厳密には、純粋物質というよりは、氣の衰退した物質体ということになろう。
 以上は復習であるが、問題は水素原子以外の複雑な原子をどのようにGP陰陽方程式で解明するのかである。  
 これは検討課題であるが、今、簡単に原子番号2のヘリウムについて考えてみる。
 陽子2個、中性子2個で原子核を構成し、電子2個をもつ。
 
ヘリウム原子           
原子の構造
思うに、水素原子をなんらかの方法で重ねればヘリウムになるのではないだろうか。
 ただし、中性子の存在をどう説明するかである。
 水素原子には中性子がないが、ヘリウムには生じているのである。
 ここで、思考実験する。便宜的に、陽はi、陰は−iとする。そして、水素原子はi*(-i)とする。そして、1個の水素原子と別の1個の水素原子を重ねる作業を考える。それを積、掛け算とみる。

i*(-i)◎i*(-i)⇒i*(-i)*i◎i*(-i)*(-i)=-i◎-i=−1  ・・・A式

(ただし、◎は積算である。)

右辺の−1であるが、これが、中性子と見ることはできないだろうか。
 この負号は、本来は、重力を意味するから、質量と見ることができる。
 そして、A式の左辺の先頭、i*(-i)◎i*(-i)が、ヘリウムにおいて、残っていると見るのである。結局、
 
i*(-i)◎i*(-i)⇔−1   ・・・B式

がヘリウム陰陽方程式となる。
 以上、思いつきであり、かなり怪しいが、いちおう、少しは進展したとしたい。

追記:陰と陽であるが、氣陰と氣陽と呼ぶこともできる。それはいったい何なのか。かつて、イデア論から、氣=イデアとしたが、今は、ハイデッガー哲学から、「存在」と見ている。
 だから、陰存在、陽存在、氣存在という言い方ができる。
 長いので、陰在、陽在、氣在にしてもいい。
 シュタイナーは氣をエーテル体と呼んでいるが、陰陽の対極性は指摘してない。もっとも、ゲーテゆずりで対極性の概念は好んで使用しているが。
 思うに、何故、シュタイナーは陰陽の概念を使用しなかったのか。陰陽概念を使用すれば、エーテル体がわかりやすくなるのに。

参考:
   
            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)
 また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。
 *は陰陽極性力学を意味する。実際は乗法である。陰凹iが主導のときは+1,陽凸iが主導のときは、−1となる。
  ⇒は次元転換を意味する。氣エネルギーが現象エネルギーへと転換する事象を意味している。
 ハイデッガー哲学の存在は、この⇒と見るのが適切かもしれない。おそらく、時間が⇒である。

 追記:虚軸の凸i陽に自我が、凹i陰に感性体(アストラル体)、そして、虚軸は氣軸であり、実軸は物質・生命現象である。


2015年03月18日(Wed)▲ページの先頭へ
天とは何か:原点MP=内的天=太極・太一・元一=超越的天(天の公式=マニ教公式)
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12002867315.html

天とは何か:原点MP=内的天=太極・太一・元一=超越的天(天の公式=マニ教公式)

テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性

         
            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)



resurrectionのブログ
(この画像は、映画『スライブ』のトーラスであるアップル像である。この画像と応用陰陽ガウス平面図を対応させるには、アップル像は、時計回りに90度回転すれば、いい。アップルの中の上部の白いらせんと軸のようなものがあるが、それが、+1になるのである。)


応用陰陽ガウス平面図において、天は⇒+1の+1に存する。
 樹木が伸びる方向に存する。
 地は⇒−1の方向に位置する。重力の方向である。
 だから、天を+1,地(地球)を−1,そして、人間を原点MPに位置させてもいいと思う。
 そうすると、宇宙ないしコスモスは天と同じ位置に存するだろう。
 いったい何を問題にしたいのか。
 つまり、コスモス(内外宇宙)とは、単に、マクロコスモス(大宇宙)だけでなく、ミクロコスモス(小宇宙)であり、人体、心身に内在すると考えられるのである。
 では、天=大宇宙が+1に存するなら、小宇宙はどこに存するのだろうか。
 ここでシュタイナーの独特な植物とは逆なポジションにある人体を参考にすると、人体における天は肚であり、応用陰陽ガウス平面図では、−1となり、人体における地は頭で+1となる。だから、人体における天=小宇宙は−1に存することになる。
 言い換えると、地球、大地の中心に天があるようなものである。
 つまり、人体において、−1から+1へと「光」が向うことになろう。この「光」は、内的光だろう。だから、氣の光である。
 そうすると、これは、虚軸から原点MPにおいて、形成されるものである。
 とまれ、人体において、MP⇒−1の「光」が形成され、それが、⇒+1の天と呼応すると考えられる。
 問題は、MP⇒−1の「光」とは何かである。
 それは、通常の日光、陽光でいいのだろうか。
 思うに、これは、内的太陽、内的日光、内的陽光である。
 そして、氣の光と上記したのである。
 ⇒−1の「光」を氣の光としたがそれいいのだろうか。
 とまれ、この「光」は、普通の日光、あるいは、氣の光の二通りの可能性があるのである。
 理論的に整合化するなら、普通の日光であるべきである。氣の光ではないのである。
 だから、今の時点では、⇒−1の「光」を内的日光としておく。(もっとも、正確に云うと、⇒−1ではなく、⇒+1である。つまり、人体において、虚軸の陽凸i下部に、陰凹iを上部にする必要があると考えられる。)
 とまれ、人体において、肚(−1)と天(+1)が呼応すると見るのである。これが、ミクロコスモスとマクロコスモスの呼応・照応と見ることができよう。
 しかしである。この場合、マクロコスモスは外的宇宙、物質的宇宙であり、内秘的宇宙ではないのである。
 少なくとも、氣的宇宙(氣的コスモス)ではないのである。
 直観では、ミクロコスモスとは、氣的コスモスである。
 この齟齬、自己撞着をどう見るか。
 そう、天の問題がある。天とは、外的宇宙でもあるし、同時に、内的宇宙である。つまり、内秘的宇宙、氣的宇宙、霊的宇宙である。
 直観で言えば、外的天は+1であり、内的天は原点MPである。そして、後者が前者に投影されるのである。
 とすると、肚−1の宇宙とは、やはり、内的天になるはずである。
 つまり、ミクロコスモス・小宇宙⇔マクロコスモス・大宇宙の照応とは、内的天に関することと言えよう。
 また、当然、外的天に投影されるのであるが。
 つまり、肚と外的天とは、本来、内的天の投影であるということになろう。
 元は同じ、原点MPということになる。
 つまり、原点MP=内的天が、例えば、植物の場合は⇒+1の外的天へ向かい、人体の場合は、上下逆転して、⇒+1の大地的肚へと向うのであるが、それは、内的には、内的天の投影なのである。
 つまり、確かに、外的天と大地的肚は物質的に存するのであるが、原点MP=内的天が両者に投影されるということと考えられるのである。
 そして、この原点MP=内的天であるが、これは、太極・太一、即ち、根源的一(いつ)に通じるのであるから、それは、超越的天と一致すると言えよう。即ち、

原点MP=内的天=太極・太一・元(根)一=超越的天

ということになる。(これを天の公式と呼ぼう。)
 宗教的にはこれらは神、神仏である。
 思うに、この天の公式は実は、マニ教の公式と呼べるのではないだろうか。
 仮説として、天の公式=マニ教公式としておく。

追記:占星術とは、内的天の外的天への投影に起因していよう。そして、内的天と外的天を混同しているのである。
 占星術を哲理学(フィロソフィエンス)にするためには、内的天の力学を考察しないといけないのであるが、内的天と外的天の混同によって、もっぱら、外的天の動きに、内的力学を見ようとしているのである。いわば、本末転倒であり、迷信である。
 しかし、内的天のもつ作用のなんらかの結果は見ていると言えよう。


http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12002847789.html
こころ・精神・氣*知性の均衡としての理性:知性があっても、自我主導ならば、知性は捩じ曲げられる

テーマ:生命力/氣自衛医智学:唯物機械論医学批判

知性(悟性)は、自我に結びついていると考えている。
 だから、自我主導だと、利己主義が知性を歪曲するようになる。
 日本の「科学者」はそのようなものだろう。
 既述済みであるが、知性を知性として、純粋知性として、活かすには、理性が必要なのである。
 それは、こころ、精神の意識、あえて言えば、氣の意識が必要である。
 こころ、精神、氣は他者と自我との共生を目指すから、自我の知性を利己主義的ではなく、利他的に使用するのである。しかし、無私の愛ということではない。自我と他者との均衡を目指するのである。
 また、知性の進展について考えると、実は、自我中心では、それは無理なように思えるのである。
 知性とは事物や事象等の認識である。だから、自我に執着していては、その認識は不可能である。脱自我主義が必要である。
 そのためにも、こころ、精神、氣が必要と考えられる。
 こころ、精神、氣には、思うに、直観、イメージ力、ヴィジョン力があるのである。だから、それを生き生きとさせることで、創造・独創的な知性が生まれると考えられるのである。
 私自身の創意、発見はそのようなものである。
 ということで、ざっとであるが、知性を知性として、純粋知性と活かすには、また、知性を進展させるには、こころ、精神、氣が必要であるということになる。
 そして、理性というものは、このこころ・精神・氣⇔知性のバランスの取れた認識力のことではないだろうか。
 今はここで留める。

図は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12002835893.html

作業仮説:キリストの愛とは生命、氣、陰陽調和のこと?:聖霊は氣ないし氣的霊?:水瓶座の啓示?

テーマ:こころ教共同網:「まことの教え」共同体

私は以前、キリストの愛とは生命のことではないかと示唆した。生命は氣であるから、愛=氣という図式が成り立つことになる。
 また、一般に人間より動物の方が「愛」があるのである。これは、やはり、動物に作用している氣の作用ではないだろうか。個体と他者の共存愛である。
 ただし、猿山のようなボス支配は、父権自我の先駆体ではないだろうか。
 人間の場合、愛が貧乏なのは、当然、自我、とりわけ、父権自我が支配的であるからだと思われる。
 また、父権集団的自我の場合は尚更である。
 そう、父権自我は一種、愛盲であろう。あるいは、理性盲である。(そう、後で、知性と理性の相違を再度確認したい。)
 簡単に図示した方がわかりやすいだろう。
 以下の応用ガウス陰陽平面図を見ていただこう。


            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)

氣とは、陰陽調和によって存すると考えられる。とまれ、虚軸に存し、原点を中心に振動していると考えられる。
 自我は上図から、虚軸のプラス軸に存すると見るのである。
 そして、父権自我の場合は、感性体を(連続的)同一性化するのである。言い換えると、自我と感性体(他者)が癒着するのである。そして、自我の陽と感性体の陰が共振しなくなるのである。
 そう、陰陽共振によって、調和が生まれ、本来の氣が形成されると考えるのである。
 しかし、陽の自我と陰の感性体が(連続的)同一性化によって癒着した場合、もはや、陰陽共振、陰陽調和、氣は形成されないのである。
 しかしながら、その癒着は意識においてである。癒着下の無意識においては、なんらかの陰陽共振はあると思われる。
 さて、意識において、氣がなくなるということは、生命がなくなるということである。愛がなくなるということである。
 だから、自我、とりわけ、父権自我は氣盲、生命盲、愛盲と考えられるのである。
 故に、自我の利益のために、平気で人を騙し、殺戮したりするだろう。ペテン師、詐欺師、殺戮狂、殺人狂、虐殺屋である。
 專争邪や某国の奸凌や葬理や背慈禍は、この典型と考えられるのである。
 では、彼らに覚醒するときが来るのだろうか。
 こころが発芽するときがあるのだろうか。
 そう、無意識においては、生命、氣、愛、こころはあるのであるが、まったく埋没しているのである。
 一般的には不可能に思える。
 しかし、現代は、新古代は、水瓶座エポックである。これは、陰陽調和宇宙を意味する。つまり、陽極まりて陰に転ずの転換が起っていると考えられる。
 すると、陽ではなく、陰が主導化すると、陰陽調和が啓けてくるのである。
 そうすると、父権自我の悪人も覚醒する可能性が出てくると言えよう。マニ教的転換と言おうか。
 今はざっと述べるに留める。


2015年03月09日(Mon)▲ページの先頭へ
ストレスと応用陰陽ガウス平面図:自我*感性体のストレスが氣を介して、身体を阻害し、支障をもたらす
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11998875048.html

ストレスと応用陰陽ガウス平面図:自我*感性体のストレスが氣を介して、身体を阻害し、支障をもたらす

テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性

以下の記事は、いわばストレスが身体に支障をもたらすことを、わかりやすく解説していると思うが、応用陰陽ガウス平面図(下図:尚、身体は実軸と見るのである。物理的に、+1が上半身で、−1が下半身だろう。しかし、質的には、真逆になるようだ。)を見れば、より霊・氣・身体的に納得できるのではないだろうか。

            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


    
    応用陰陽ガウス平面図

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)


 即ち、虚軸の感性体を見られたい。ここは、感情・情感・気持ち・欲望・衝動の領域であり、ここに苦痛があると、当然、その基礎には、氣、陰の氣があるので、それに伝導し、ネガティブな氣は物質身体へと作用するので、そこで、身体が阻害されると考えられる。
 思うに、より正確に言えば、虚軸の陽に自我があるが、この陽の自我と陰の感性体が連結しているのであり、その連結による知覚からストレスが生じると見た方が的確だろう。
 とまれ、

自我*感性体のストレス⇒氣のネガティブ化⇒身体の故障

という連鎖力学があると考えられる。
 ストレスに対処する精神方法は、自我と感性体を、氣の陰陽調・均衡作用によって、落ち着かせ、また、それにより、原点MP=霊=太極からの霊的治癒力をもたらすことではないだろうか。
 霊的治癒力はとまれ、氣の陰陽調和・均衡をもたらすはたらきかけが必要である。例えば、森の木々に接して、森の氣に触れて、それと共振・共鳴することである。
 思うに、氣的調和は、原点MPに高次元界から下降する霊的初期力・元力をもたらすのではないだろうか。
 とは言え、まだ、そのいわば、霊的調和の力の力学システムが不明であるが。

その痛みどんな感情からきてる?負の感情が及ぼす体の痛みを部位別で表した「ペインチャート図」
no title

 「身体は魂を入れる器である」と言ったのはファイナルファンタジー・タクティクスに登場するキャラ「アラズラム・J・デュライ」である。少し中2じみた表現ではあるが、物事の本質を射ていると言えよう。私たちの身体は心の動きによって痛みを負うのだ。

 「ネガティブな感情が健康に及ぼす影響」という記事によると、” 感情と経験は私たちのエネルギーであり、それは個々の細胞に記録され続けている。" と表現されている。

 体の痛みを感じた時、病院にいっても原因が不明なことも多い。その原因は心の変化や負の感情、いわゆるストレスから来ている場合がある。海外サイトで、どんな感情の変化によって、体のどの部分に痛みを感じるのかがわかるチャート図が紹介されていた。
カラパイア


http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11998454858.html
何故、原子力科学、唯物自然科学は危険なのか:生命自然現象の根源の氣を否定している

テーマ:生命力/氣自衛医智学:唯物機械論医学批判

既述のことであるが、簡単に再論する。
 近代科学、自然科学は物質主義・唯物科学であり、自然生命現象の根源に氣を見ていない。
 物質が根源なのである。
 しかし、物質、あるいは、原子を基本としたため、天然自然には本来、存在しない、核物質、原子力というものを生んでしまったのである。
 以下の陰陽ガウス平面でいうと、虚軸が欠落して、実軸だけの科学が近代科学、自然科学、即ち、唯物科学なのである。
 物質を悪、闇とすれば、近代科学、自然科学は悪魔科学である。そう、技術を入れれば、悪魔技術である。


            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)
 また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。
 *は陰陽極性力学を意味する。実際は乗法である。陰凹iが主導のときは+1,陽凸iが主導のときは、−1となる。
  ⇒は次元転換を意味する。氣エネルギーが現象エネルギーへと転換する事象を意味している。
 ハイデッガー哲学の存在は、この⇒と見るのが適切かもしれない。おそらく、時間が⇒である。

 追記:虚軸の凸i陽に自我が、凹i陰に感性体(アストラル体)、そして、虚軸は氣軸であり、実軸は物質・生命現象である。


http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11998422361.html
シュタイナー霊学とGP陰陽哲理学の比較:霊と氣

テーマ:シュタイナー高次元・霊的哲理学(霊学)

GP陰陽哲理学は、基本は氣の哲理学であるが、精神・霊・スピリットも対象としている。
 ルドルフ・シュタイナーの霊学・霊的哲理学は、簡単に言えば、人体に関しては、四元論で、自我ーアストラル体ーエーテル体(氣)ー物質体(単に、体。又は鉱物体)から構成されている。
 氣はエーテル体とほぼ一致する。だから、GP陰陽哲理学(簡単にGP陰陽論)とシュタイナー霊学はとても相違する。
 問題は、自我とアストラル体(感情・欲望・衝動)をどう捉えるのかである。


            凸i陽
             |
             |
             |
             |
             |
−1地______MP______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             |
             |
             |
            凹i陰


       陰陽ガウス平面

上図の陰陽ガウス平面において、氣の領域である虚軸に、自我とアストラル体を重ねれば、いちおう、シュタイナー霊学に対応できると思う。
 思うに、アストラル体(簡単に言えば、感性であるから、感性体と言おう)は、原点MP(Media Point)から発して、凹i陰の虚軸に存しよう。
 そして、自我であるが、それは、同様に、原点MPから発して、凸i陽の虚軸に存しよう。
 シュタイナーが精神・霊・スピリットというものは、原点MPに存すると見ればいいだろう。つまり、太極・太一の根源界である。
 ということで、現段階では、氣の領域である虚軸に、シュタイナー霊学で説く自我とアストラル体(感性体)は重なっている、二重・重層化されていると見ることとする。
 これで一応、シュタイナー霊学をGP陰陽論に組み込んだことにはなる。
 以下、組み込んだ陰陽ガウス平面を図示する。


            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面



http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11998294346.html
不連続的差異論からGP陰陽哲理学へ:心身構造図による推移

テーマ:不連続的差異論とGP陰陽哲理学

先に以下のように書いたが、実は、実際とは少し違うのである。
だから、より正確に図示する。
 以下の2が不連続的差異論の段階の図示である。
3がGP陰陽哲理学の段階である。
 つまり、不連続的差異論の場合、頭脳自我から不連続化したものが、「こころ」なのか肚なのか未分化であったのである。当時は訳が分からないものだったのである。神秘的ではあった。
 でも、その後、時熟し、こころと肚は分化した。頭脳自我が陽であり、肚が陰であり、こころは、陰陽調和と考えられる。

1)

   頭脳・自我
     ↓
「こころ」と肚の未分化


2)

    頭脳・自我

・・・・・不連続的切断・・・・・

  「こころ」と肚の未分化


3)

   陽凸i: 頭脳・自我

・・・・・不連続的切断・・・・・

 「こころ」=陰陽調和=太極・太一=根源的一(いつ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    陰凹i:肚

追記:不連続的差異論について補足すると、何故、それが、精神革命になるかと言うと、通常、頭脳自我がこころや肚を支配しているのである。抑圧していると言ってもいい。頭脳自我とは同一性の力学をもち、こころや肚は同一性に支配される。
 しかし、頭脳自我とこころ・肚を不連続化(より理論的に言うと、不連続的差異化)すると、こころと肚は頭脳自我の同一性支配から解放されて、それ自体の生命・力をもって活動するのである。
 こころ・肚の解放は、生命の解放であり、新たな氣が流入して、心身は若返ると考えられるのである。

***************************
不連続的差異論の図式:頭脳・自我とこころ・肚の切断認識

テーマ:不連続的差異論とPS哲科学

今は簡単に図示する。
通常、以下の1のように頭脳とこころと肚が連続しているように知覚するだろう。
 しかし、不連続的差異論は、連続性を否定したのである。
頭脳・自我とこころ・肚は不連続であると認識したのである。
これで、精神革命が起きるのである。
 2004年、海舌氏と共作で不連続的差異論が誕生した。そのときは、歓喜で有頂天であった。2のこころ・肚はコスモスへ通じていると感じたものである。この頭脳・自我とこころ・肚の切断によって、こころ・肚は頭脳・自我から解放されて、生命が蘇るのである。そう、若返るのである。お試しあれ。


1)

   頭脳・自我
     ↓
    こころ
     ↑
     肚



2)

    頭脳・自我

・・・・・不連続的切断・・・・・

     こころ

      肚


http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11998288000.html
オイラーの公式の実部が物質的要素で、虚部が氣的要素ではないのか

テーマ:GP陰陽哲理学(ガウス平面陰陽哲理学)

以前、以下のように記したが、

P : e^i θ=cosθ+i sinθ

Q : e^i (θ+π)=cos(θ+π)+i sin(θ+π)

とすれば、PとQの対、ペア、両極で、陰陽が考えられる。
 陰陽をP*Qとする。

P*Q=e^i θ*e^i (θ+π)

=〔cosθ+i sinθ〕*〔cos(θ+π)+i sin(θ+π)〕

となる。
 とまれ、今言いたい事は、複素数の実部は物質で、虚部が氣であり、また、複素数自体(追記:正確に言えば、陰陽複素数ないし陰陽対極複素数)は、氣による物質現象を記述しているのではないのかという問題提起である。
 多忙なので、今はここで留める。

***************************
陰陽ガウス平面は、虚軸が氣の軸で、実軸が物質の軸で、原点MPは氣⇒物質次元転換点:四象限構成

ところで、PS理論の段階では、これにオイラーの公式

e^{i\theta} =\cos\theta +i\sin\theta.

(数学の至宝 分かりやすいオイラーの公式 - NAVER まとめ )
を持ち込んだのである。今のGP陰陽哲理学においても、オイラーの公式を適用することもできようが、今は課題にしておく。

追記:簡単にオイラーの公式の適用についてのポイントを言うと、陰陽極性があるのだから、π回転(180度回転)の位置も含めて、対にする必要がある。
 だから、

e^i (θ+π)=cos(θ+π)+i sin(θ+π)

を加える必要がある。
 故に、陰陽モード(陰陽極性モード)とは、

e^iθ*e^i (θ+π)

となろう。〔θがπ/2(90度)のとき、凸i*凹i、純粋陰陽極性となる。〕ただし、*は交点MPにおける対となる陰陽モードの力学・ダイナミクスである。
 これについては、検討する必要がある。(追記:陰陽振動と回転への展開を結びつければいいだろう。)



  四つの象限




オイラーの公式の空間図


2015年03月05日(Thu)▲ページの先頭へ
日本の精神・霊的伝統(霊統・法統)には、秘儀・秘智・ソフィアの本格正統的な伝統が喪失している?
日本の精神・霊的伝統(霊統・法統)には、秘儀・秘智・ソフィアの本格正統的な伝統が喪失している?

テーマ:シュタイナー高次元・霊的哲理学(霊学)

直近に以下(参照)のように述べた。
 日本母権文化の衰退の原因を単に、こころ・精神の衰退だけでなく、哲学の欠乏症候群に見たのである。
 しかし、もっと的確に言えば、西洋、その他の文化の底流にあるような秘儀文化、秘智・隠秘文化(「オカルト」文化)、ソフィア(叡知)の文化の衰退・衰弱・頽落・堕落にあるのではないだろうか。あるいは、それらが明確に伝播(でんぱ)伝承されなかったということかもしれない。
 西洋には、多様な秘智文化の伝統が底流にあり、それが、危機的な時代において、大地肚綿奥底から噴出し、形象と結合し、芸術創造が為されるのである。。
 その点でわかりやすい文学芸術は、シェイクスピアの演劇であり、ゲーテの『ファウスト』であり、フランスならボードレールの『悪の華』だろう。
 秘智文化が主要な芸術(この場合は文学)と結合するのである。
 しかし、日本において、先に述べたように、父権精神と母権精神との乖離があったと考えられる。
 日本における秘智文化は、芸術とは結びつかなく、宗教や神秘学に結びついただろう。例えば、大本教や日月神示のようなものである。(そう、シャーマニズムの復興である。しかし、シャーマニズムはあまりにも非合理な面が強いので、シュタイナー霊学のような理智学化、理智的瞑想主義への転換が必要と考えられる。)
 空海密教も秘智学であるが、それの創造的後継者はいないのではないか。ただ反動的な仏教界があるだけではないか。
 そう、今想起したが、折口信夫の『死者の書』(『死者の書』 あらすじ・登場人物・章別あらすじ・系図 )、これは、日本文化における最高度に稀有な秘智の文学である。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
折口信夫 死者の書 - 青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/4398_14220.html

彼 ( か ) の人の眠りは、 徐 ( しず ) かに覚めて行った。まっ黒い夜の中に、更に冷え圧するものの 澱 ( よど ) んでいるなかに、目のあいて来るのを、覚えたのである。 した した した。耳に伝うように来るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくような暗闇の中で、 ...

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 しかし、この秘智小説の、後継者はいるのか。
 思うに、三島由紀夫が暴発しなければ、このような後継者にはなれた資質はもっていたと思う。(追記:うっかり失念していたが、『豊饒の海』は、近現代日本における秘智小説の一つである。しかし、ニヒリズムに浸透されている。三島の闇である。三島には、光が失われていた。霊の光である。)
 澁澤龍彦のエッセイは、啓蒙的ではあったが、流行に終わってしまったと思う。
 結局、日本において、秘智学の発展は、ルドルフ・シュタイナーの霊学・霊的哲理学の本格的紹介(高橋巌、西川隆範、他に拠る)を俟つことになったと言えよう。

神智学 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
¥1,080
Amazon.co.jp


追記:大皇室は、百済大女神文化(太陽大女神王制:「天皇制」)を今でも引き継いでいると考えられる。大母権文化なのである。

追記2:ふと思ったが、沖縄・琉球文化とは土着的な縄文文化に、百済太陽大女神王制文化(渡来人も含めて)が伝播して、誕生したものではないだろうか。(追記:海洋民族文化もあるだろう。)

追記3:百済大女神文化=太陽大女神天皇王制母権文化とは、父権文明以前の、秘儀文化以前の世界史的稀有な国政文化ではないだろうか。

***************************
***************************

参照:
近代日本における高次元・超越性・精神-霊-スピリット性の欠落は国学イデオロギーに起因する?
テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史
先に以下のことを述べたが、背景には、なぜ、超越性が、メジャーな近代日本文化からほぼ消えているのかという疑問がある。
 私が若い頃悩んだ理論的問題は、唯物論と内在的心情論の分離と結合の問題であった。
 この解決は、氣の存在の認識に因るのが大きい。身体を超えて存在する氣の認識である。
 しかし、事は簡単には済まなかった。
 結局、時間、時熟が解決したようなものである。
 さて、超越性の喪失の原因であるが、これは、本居宣長の「もののあはれを知る」に存するのではないかと思えるのである。
「もののあはれ」はいわば、心情、情感、リリシズムである。
 これは、内在的個体に留まり、超越性が欠落すると思われるのである。
 そう、有名な
「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」という宣長の和歌があるが、この場合、「もののあはれ」を「山桜花」という現象に同一化しているのである。つまり、内在と現象を結合しているのである。
 ここには、超越性はない。きわめて、感覚的である。あえて言えば、即物的である。
 西洋ロマン主義の場合は、たとえば、山桜花の背景に超越界ないし精神界のようなものが現われるのである。
 どうして、宣長の場合、超越性が欠落するのかと言えば、それは、父権的自我の発現があるからだと考えるのである。
 父権的自我は、物質的傾向が強いのである。
 これが、「もののあはれ」から超越性を抑圧しているもののように思えるのである。
 そして、敗戦後は、この父権的自我に唯物科学が結びつくことになったと言えよう。
 今はここで留める。

追記:勿論、近代日本において、超越性を説いたものは多くいるが、それは、神秘学・霊学者、宗教家、民俗学者である。
 芸術においては、稀少であったと思う。勿論、宮沢賢治等には、あるが、明確ではない。
 つまり、近代日本文化において、感覚知覚認識とこころ・精神の乖離があったということになる。
 これは、端的に、父権文化と母権文化の乖離と言えるのではないだろうか。そして、主流は前者であり、後者はマイナーである。
 近代日本人は父権文化に染まり、本来基盤の文化である母権文化を喪失してしまったということのように思えるのである。

追記2:母権文化の喪失であるが、それは、母権文化の基層が衰退したということではないだろうか。
 制度的には、神仏分離令・排仏毀釈で日本伝統精神文化が破壊されたという側面があるが、それとは別に、母権文化の衰退という事態があったのではないだろうか。
 意外に思われるかもしれないが、西洋には、母権文化が残っているのである。イタリアには強く感じるし、英国のケルト文化圏もそうである。
 日本では、沖縄・琉球文化がそうであろう。
 でも、日本では、母権文化は衰弱していると思う。何が原因なのか。
 一つは父権的自我と唯物性が強いことであるが、何か本質的な問題がありはしないだろうか。
 今は一つの可能性を提起するが、それは、肚の文化の衰退が原因である。

追記3:より明快に言えば、こころの文化の衰退があるということである。純心の喪失である。
 そう、こころ、純心を維持するには、集団的ではなく、個的であることが必要である。個的自己を保持する強い姿勢が必要である。
 父権的集団主義が優勢であり、それに、個的自己保持力がないと、こころ・純心が屈しやすいということが考えられる。
 こころ、純心をもって、個的自己を保持すること、これが新母権文化である。

追記4:「こころ、純心をもって、個的自己を保持する」には、思うに、哲学が必要である。
 一般に哲学は難解な抽象的な論理のように思われているが、それは完全な間違いである。
 哲学とは、精神的思考である。だから、誰でもできることなのである。
 自分のこころと知性をもって思考すれば、哲学になるのである。
 そう、自然科学と違う点は、知性だけでなく、こころをもって思考する点であろう。もっとも正しい科学には、こころ・精神、つまり、哲学が必要であるが。
 デカルトの「我思う(コギト)」の自己・主体思考も、単に知性だけでなく、こころ・精神を含めれば、正解である。ただ、デカルトは主知主義である。
 以上から、近代日本において、母権文化が衰弱したのは、単に、こころ・精神が衰退しただけでなく、哲学の欠乏に因ると考えられる。
 そうすると、教育の貧困・貧弱・貧乏に突き当たる。
 思うに、どうして、哲学の授業が義務教育にはないのか。支配者は、自主・独創的思考を恐れるのである。
 思考するには、哲学するには、個的になる必要があるのである。集団では、思考・哲学はできないのである。
 ということで、日本母権文化の衰退は、哲学の欠乏にあるということになった。哲学は、精神・知性・感性の栄養・滋養・養分である。

追記5:単に知性だけでなく、こころ・精神でも思考するということは、ヴィジョン的に思考するということでもある。イメージ的思考である。直観的思考である。ここで、哲学は芸術と結びつくのである。
 また、こころ・精神は超越性をもつので、宗教・霊学に結びつくである。
 また、知性を特化すれば、科学と結びつくのである。
 そして、実践的になれば、技術と結びつくのである。
今でも、哲学は学問の王者である。

 
検討課題:本居宣長の国学イデオロギー力学問題

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

今日は疲れて、眠いので十分検討できないが、一言問題点を述べておく。
 本居宣長の「もののあはれを知る」であるが、これは、先に述べたように父権主義的枠内に収められた母権主義ではないか。
 つまり、国学はこれまで批判してきたような父権イデオロギーだけではないということになる。
 母権主義を取り込んだ新父権主義ということになる。
 そして、この思考パターンが近代日本人の思考パターンを形成したのではないか。
 つまり、母権主義は利用されているのである。情感が父権主義に利用されて、情感本来の超越性が抑圧されているのではないだろうか。
 西洋において、ロマン主義は、超越性を包摂していたのである。
 つまり、日本ロマン主義になるべき母権的情感が、父権的枠組みに閉塞されたのではないだろうか。つまり、超越性の否定である。単なる情感に閉じて、超越的感性を否定したのではないだろうか。
 しかし、平田篤胤になると、神道がキリスト教的に一神教化されるのである。
 父権的超越性である。これが、尊王攘夷イデオロギーになったのではないだろうか。
 某国ナニガシ首相の好戦的イデオロギーはここに由来するのではないだろうか。
 とまれ、江戸時代後期に発動したと今の段階で作業仮説する新母権主義が、宣長によって、父権的ナショナリズムに枠に嵌められたのではないだろうか。
 つまり、母権的精神・霊・スピリットを奪われたのではないのか。
 今は問題提起に留める。

追記:宣長ー篤胤ラインによって、尊王攘夷イデオロギー=明治維新イデオロギーが形成されたのではないか。
 つまり、情感を父権的一神教=明治天皇制へと展開させたのではないだろうか。
 宣長では、情感は内在的に留まるが、篤胤によって、一神教化されたのではないだろうか。
 シュタイナー霊学から言えば、情感(アストラル体)は、霊・精神へと繋がるものである。それが、篤胤イデオロギーによって、天皇制へと導かれたのではないか。
 そう、江戸時代後期、新父権主義はあったが、同時に、新母権主義もあったが、それが、前者に抑圧されたということではないだろうか。
 本来、新母権主義は、霊・精神へと発展すべきであったのが、明治天皇制へと展開したのではなかったか。
 つまり、父権的集団主義へと取り込まれたということである。


2015年02月25日(Wed)▲ページの先頭へ
陰陽ガウス平面は、虚軸が氣の軸で、実軸が物質の軸で、原点MPは氣⇒物質次元転換点:四象限構成
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11993969508.html

陰陽ガウス平面は、虚軸が氣の軸で、実軸が物質の軸で、原点MPは氣⇒物質次元転換点:四象限構成

テーマ:GP陰陽哲理学(ガウス平面陰陽哲理学)

陰陽ガウス平面は実に簡潔明快で、現象存在の本質を捉えていると考えている。(追記:この統合・結合・融合はいったい何を意味しているのだろうか。陰陽力学、氣の力学は、複素数とガウス平面によって、数理化できるということである。つまり、陰陽力学、氣の力学は、複素数とガウス平面という数理的システムを内在させているということである。
 また、ついでながら、映画『スライヴ』のアップル像、つまり、トーラス像へ展開できると考える。)
 近代合理主義とは、虚軸を否定して、実軸だけの世界、つまり、唯物論世界を認証したと言えよう。
 それは、象限で言えば、第二象限と第三象限の世界で、第一象限と第四象限がないと言えよう。(追記:マニ教的に言えば、第二と第三象限が闇の世界であり、第一と第四象限が光の世界である。)
 第二象限は唯物科学、資本主義の世界であり、第三象限は、感覚・感情・欲望・肉体中心主義の世界であろう。
 悪魔アーリマンは主に第二象限、悪魔ルシファーは主に第三象限に存するのではないだろうか。
 第一象限と第四象限であるが、今は簡単に述べるに留めるが、第一象限とは、哲学、数学の理智の世界であり、第四象限は、芸術、宗教、直観・直感の霊的感性(神秘・霊感・不思議)の世界ではないだろうか。(追記:PS理論において、kaisetsu(海舌)氏の作成した人間認識図が便利であるが、左右を逆転し、また、以下の第二象限と第三象限を上下逆転する必要がある。)


      《海舌氏に由る人間認識図》


 ところで、PS理論の段階では、これにオイラーの公式

e^{i\theta} =\cos\theta +i\sin\theta.

(数学の至宝 分かりやすいオイラーの公式 - NAVER まとめ )
を持ち込んだのである。今のGP陰陽哲理学においても、オイラーの公式を適用することもできようが、今は課題にしておく。

追記:簡単にオイラーの公式の適用についてのポイントを言うと、陰陽極性があるのだから、π回転(180度回転)の位置も含めて、対にする必要がある。
 だから、

e^i (θ+π)=cos(θ+π)+i sin(θ+π)

を加える必要がある。
 故に、陰陽モード(陰陽極性モード)とは、

e^iθ*e^i (θ+π)

となろう。〔θがπ/2(90度)のとき、凸i*凹i、純粋陰陽極性となる。〕ただし、*は交点MPにおける対となる陰陽モードの力学・ダイナミクスである。
 これについては、検討する必要がある。(追記:陰陽振動と回転への展開を結びつければいいだろう。)



  四つの象限




オイラーの公式の空間図


resurrectionのブログ
      映画『スライヴ』のトーラス像
(THRIVE Japanese) スライブ―いったい何が必要になるのか - YouTube
***************************

GP陰陽哲理学
(ガウス平面陰陽哲理学)
Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience


            凸i陽
             |
             |
             |
             |
             |
−1地______MP______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             |
             |
             |
            凹i陰


       陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等である。)
 また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。
 *は陰陽極性力学を意味する。実際は乗法である。陰凹iが主導のときは+1,陽凸iが主導のときは、−1となる。
  ⇒は次元転換を意味する。氣エネルギーが現象エネルギーへと転換する事象を意味している。
 ハイデッガー哲学の存在は、この⇒と見るのが適切かもしれない。おそらく、時間が⇒である


参照:
超越軸における回転による超越円の形成と超越円をマトリクスとする現象螺旋形成
テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学 先に、ガウス平面において、凸i(+i)と凹i(-i)との揺動によって、回転が生じることを述べた。
 問題は時間現象である。私は先に、凸iが空間形式で、凹iが時間形式ではないかと言った。カント哲学的には、前者は、外的感覚(外官)であり、後者は内的感覚(内官)である。
 差異共振現象という自然現象は、当然、時空間の発現を意味するから、凸i*凹i⇒凸(+1)の右辺の凸(+1)が時空間現象を意味するかもしれない。
 しかし、螺旋運動こそが、自然現象であるから、凸(+1)は自然現象自体ではない。
 それは、これまでの考えでは、超光エネルギーである。あるいは、超氣である。
 思うに、⇒凸(+1)の活動において、螺旋運動が形成されるのであるから、螺旋を空間とすれば、運動が時間と関係すると言えよう。ここで作業仮説であるが、⇒凸(+1)の超光のベクトルが時間ベクトルと一致するとしよう。つまり、凸(+1)は時間を意味することになる。
 そう、時間は内的なものであり、不可視であるから、それは、考えられることである。
 これで、現象螺旋運動の説明は済んだとしよう。
 次に、超越軸における回転・螺旋運動である。
 凸j*凹jも揺動しているとすると、超越円において、回転すると考えられる。(ここで説明しておかないといけないのは、凸i*凹iが形成する螺旋運動であるが、その三次元は現象空間三次元であり、超越軸をもつ三次元ではない。つまり、ここで、現象三次元空間と超越軸を区別する必要があることである。
 結局、ガウス平面に直交する二つの軸があることになる。一つは超越軸であり、一つは、現象空間の第三次元の軸である。)
 しかしながら、果たして、超越円の回転は、螺旋運動を形成するだろうか。
 運動となるには、時間が必要であるが、超越円は時間を形成するだろう。そう、凸j*凹j⇒凸(+1)と形式化したのであり、右辺は時間を意味するのであるから、超越円も螺旋運動を形成することになろう。
 ここで整理したい。
 順序から言うと、超越軸における凸jと凹jの共振的揺動があり、それが回転をもたらし、超越円を形成する。
 この超越円の意味するものは、虚軸y軸の形成ではないだろうか。
 つまり、超越軸z軸と直交する虚軸y軸の形成である。これで、超越界からの凸i(光)と凹i(闇)の形成が説明できると言えよう。
 そして、凸i(光)と凹i(闇)の共振からの現象創造の説明もできる。
 そうすると、上述した超越軸と現象空間第三軸は異なるということはどうなるだろうか。
 つまり、超越軸と虚軸における超越平面と超越円が現象螺旋運動(時空四次元)を形成する基盤、マトリクスであり、それは、現象時空間とは一致しないと考えられる。
 そう、超越円はイデア界と言ってもいいだろう。それは、現象界からは不可視の存在であるが、現象創造の超越的根源ということになる。
 超越円(言わば、イデア・サークル)から可視の螺旋的現象界が形成されるということになる。
 そう、一見、超越軸と現象第三軸は重なるように見えるが、やはり、根本的には別物である。
 つまり、こう言ってもいいだろう。超越軸z軸と現象第三軸は表面的には重なるが、それは、見掛け上のことに過ぎないのであり、両者はまったく別個のものとして存在するのである。(追記:そのように区別したものの、凸j*凹j⇒凸(+1)であるから、media pointにおいて、両者は重なることになるだろう。思うに、media pointは、この重なりにおいて、超越軸の情報を受け取り、それを物質化するのである。そう、いわば、超越情報[イデア情報]を受け取り、それを物質・現象的に具現化すると考えられる。)
 さて、そういうことで、超越円(イデア・サークル)から螺旋形状が形成されるが、それは、黄金比を基本的にもっていると言えよう。だから、五芒星形がなんらかの超越円において、形成された可能性が考えられる。(ピュタゴラス派)
 そうすると、超越軸には何らかの超越的意志が考えられないだろうか。超越的意志によって、現象形成が決められているのではないだろうか。
 しかし、そのように考えると、超越軸を超越した超-超越界を想定する必要があるのではないだろうか。
 この問題は難しいので保留しておき、一応、超越軸における超越円の創造に留めておきたい。
 最後に凸jと凹jについて簡単に考察してみたい。凸iが光、凹iが闇ならば、凸jは原光、凹jは原闇ということになるのではないだろうか。
 原闇と原光が共振して、闇と光の宇宙世界が生まれる。
 原闇が原母であり、原光が原父ということになろう。
 問題は、原父が主導的な場合である。最初期は、原母が主導性をもっていたと考えられるが、あるとき、原父が主導的になったと思われる。
 もし、原父が決定的に自身を原母に押し付けるならば、凸j*凹凹j⇒凹(−1)となり、それは、質料となるのではないだろうか。
 一神教がこのような性格をもっていると考えられる。そう、原母を質料化して、卑賎化するのである。「父」が上位であり、「母」が下位である。そして、それの極端化したものがユダヤ教、ないしは、旧約聖書であり、「母」はほぼ不在となっているのである。
 ここで簡単に日本神話について触れると、それは、原母による原父との共振による現象創造を語っていると思われる。
 天之御中主神とは、原母と原父との共振を意味するのではないだろうか。そう、超越的media pointである。
 そして、高産霊神と神産霊神は凸iと凹iを意味するのではないだろうか。
 では天照御大神とは何であろうか。それは、超光であろう。単に光ではなく、原母と原父との共振、光と闇との共振による超光を意味しよう。
 マニ教の光はそれであろうし、アフラ・マズダ、キリストもそれであろう。
 今はここで留める。後で、再考したい。


凸(+1)を転換点とする脱物質体化・差異共振純粋超光過程
テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学 映画THRIVEのトーラスとPS理論:その2:上部から下部への動き
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11242890795.html

以上において、次のように述べた。

「少なくとも、凸(+1)は転換点、折り返し点、回帰点と考えられる。
 超光エネルギーは宇宙を形成し、凸(+1)に到達するのであるが、その後の問題である。
 今、直観で言うと、凸(+1)までの動きは春から夏への成長の動きである、しかるに、凸(+1)から凹(−1)への外皮上の動きは秋から冬の動きである。言い換えると、生から死への動きである。つまり、成長から衰退への動きである。しかし、この衰退は内的成熟への動きである。そう、外的成長から内的成熟への動きである。
 思うに、簡単に言えば、超光エネルギーの衰退があり、それが、外皮的動きとなっているのではないだろうか。物質体の衰退であるが、内的「精神」の成長である。」

映画Thriveのトーラスにおける、上部極から下部極へ移動し、言わば、外殻、外皮、外面形成する力動について、それは、超光エネルギーの衰退を意味すると述べたが、それはある意味では正しく、ある意味では間違いである。
 というのは、螺旋的、乃至は、黄金比(白銀比もおそらく入れられよう)的物質体(身体)形成は確かに、そこ(凸[+1])からは衰退するから、それは、それまでの超光エネルギーから見ると、超光エネルギーの衰退を見ることは可能である。
 しかしながら、視点を変えてみると、凸(+1)に到達した、超光エネルギー、乃至は、差異共振エネルギーは実は、螺旋的物質体(身体)形成過程(Aプロセス)から脱螺旋的物質体(身体)過程(Bプロセス)へと転換するのではないだろうか。
 つまり、Aプロセスは同一性物質化を伴っていた、Bプロセスにおいては、同一性的物質化が消滅して、純粋な差異共振化、超光化が発生するのではないだろうか。これを聖霊プロセスと呼んでもいいだろう。
 つまり、超光エネルギーは衰退するのではなく、ただ、変態したと考えられるのである。喩えれば、蛹から蝶へと変態するようなものである。そう、それをヒントにして言えば、プシュケー・プロセスとも言えよう。
 思うに、それは、超越軸、超越界、神霊界、霊界における差異共振による超光形成と重なるように思えるのである。だから、聖霊プロセスなのでもあるが。
 結局、Bプロセスは物質体・身体形成としては衰退過程であるが、精神形成としては成熟過程である。
 さて、問題は、Bプロセスがどうして、凸(+1)からリンゴや梨のような外殻、外皮、外面である湾曲した球面を辿り、凹(−1)へと進行するのかである。その力学はどういうものか。
 これは単純に、磁界を考えればいいのではないだろうか。即ち、凸(+1)をN極とし、凹(−1)をS極とするのである。磁力がN極からS極へと作用するのであり、それとほぼ同様なことが、Bプロセスに起きている考えればいいのではないだろうか。
 つまり、下部極から上部極の螺旋的物質体化過程(Aプロセス)の方向、即ち、凹(−1)から凸(+1)への実軸x軸の左方から右方への方向を、純粋超光は取ることがもはやできないのであり、つまり、言わば、内的な方向を取ることはできないのであり、そのため、外的な方向を取ることになると考えられるのである。
 しかしながら、内的方向とは実は、外的物質体化の過程であり、外的方向とは内的精神化の過程であるというパラドクシカルな意味合いをもっているのである。
 しかし、外的方向=内的精神化の過程=Bプロセスは、凹(−1)という物質が終点であり、それは、死を意味すると言えよう。だから、その意味では、衰退消滅の過程なのである。純粋超光、純粋差異共振はそこで終了するのである。
 とは言え、それは、新生の過程に入ることである。新たな螺旋的物質体(身体)の過程に入ることになるからである。輪廻転生である。即ち、 凹(−1)の物質において、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神を宿していた物質体・身体は消滅すると考えられるが、そのとき、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神は完全に脱物質化するのであり、それは、超越軸=超越界=神霊界=霊界に帰還すると考えられるのである。
 そう、凸(+1)において、脱物質化すると言ったが、それは完全な脱物質化ではなく、脱物質化のプロセスの開始を意味するのであり、完全な脱物質化は、凹(−1)の物質において、為されると考えられるのである。説明すると、凹(−1)の物質とは無機的な物質、いわば、鉱物のようなものであり、生命的有機体はそこには存しないと考えられるのである。
 今はここで留める。



映画THRIVEのトーラスとPS理論:その2:上部から下部への動き
テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学

* Zero-point energy:ゼロ・ポイント・エネルギー(ゼロ点エネルギー)
* 現象三次元化の力学へ向けて:超光(霊光)による螺旋的現象生成の力学についての思考実験
* 映画THRIVEのトーラスとPS理論

映画ThriveのトーラスとPS理論の比較論は以上において考察したが、まだ、トーラスのいわば外皮における動きについては述べていなかった。今は余裕がないので、簡単に予見を言うだけだが、少なくとも、凸(+1)は転換点、折り返し点、回帰点と考えられる。
 超光エネルギーは宇宙を形成し、凸(+1)に到達するのであるが、その後の問題である。
 今、直観で言うと、凸(+1)までの動きは春から夏への成長の動きである、しかるに、凸(+1)から凹(−1)への外皮上の動きは秋から冬の動きである。言い換えると、生から死への動きである。つまり、成長から衰退への動きである。しかし、この衰退は内的成熟への動きである。そう、外的成長から内的成熟への動きである。
 思うに、簡単に言えば、超光エネルギーの衰退があり、それが、外皮的動きとなっているのではないだろうか。物質体の衰退であるが、内的「精神」の成長である。
 後で、精緻に検討したい。


2015年02月24日(Tue)▲ページの先頭へ
陰陽ガウス平面は、虚軸が氣の軸で、実軸が物質の軸である:4つの象限領域も意味がある
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11993969508.html

陰陽ガウス平面は、虚軸が氣の軸で、実軸が物質の軸である:4つの象限領域も意味がある

テーマ:GP陰陽哲理学(ガウス平面陰陽哲理学)

陰陽ガウス平面は実に簡潔明快で、現象存在の本質を捉えていると考えている。(追記:この統合・結合・融合はいったい何を意味しているのだろうか。陰陽力学、氣の力学は、複素数とガウス平面によって、数理化できるということである。つまり、陰陽力学、氣の力学は、複素数とガウス平面という数理的システムを内在させているということである。
 また、ついでながら、映画『スライヴ』のアップル像、つまり、トーラス像へ展開できると考える。)
 近代合理主義とは、虚軸を否定して、実軸だけの世界、つまり、唯物論世界を認証したと言えよう。
 それは、象限で言えば、第二象限と第三象限の世界で、第一象限と第四象限がないと言えよう。
 第二象限は唯物科学、資本主義の世界であり、第三象限は、感覚・感情・欲望・肉体中心主義の世界であろう。
 悪魔アーリマンは主に第二象限、悪魔ルシファーは主に第四象限に存するのではないだろうか。
 第一象限と第四象限であるが、今は簡単に述べるに留めるが、第一象限とは、哲学、数学の理智の世界であり、第四象限は、芸術、宗教、直観・直感の霊的感性の世界ではないだろうか。
 ところで、PS理論の段階では、これにオイラーの公式

e^{i\theta} =\cos\theta +i\sin\theta.

(数学の至宝 分かりやすいオイラーの公式 - NAVER まとめ )
を持ち込んだのである。今のGP陰陽哲理学においても、オイラーの公式を適用することもできようが、今は課題にしておく。



  四つの象限




オイラーの公式の空間図


resurrectionのブログ
      映画『スライヴ』のトーラス像
(THRIVE Japanese) スライブ―いったい何が必要になるのか - YouTube
***************************

GP陰陽哲理学
(ガウス平面陰陽哲理学)
Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience


            凸i陽
             |
             |
             |
             |
             |
−1地______MP______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             |
             |
             |
            凹i陰


       陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等である。)
 また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。
 *は陰陽極性力学を意味する。実際は乗法である。陰凹iが主導のときは+1,陽凸iが主導のときは、−1となる。
  ⇒は次元転換を意味する。氣エネルギーが現象エネルギーへと転換する事象を意味している。
 ハイデッガー哲学の存在は、この⇒と見るのが適切かもしれない。おそらく、時間が⇒である


参照:
超越軸における回転による超越円の形成と超越円をマトリクスとする現象螺旋形成
テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学 先に、ガウス平面において、凸i(+i)と凹i(-i)との揺動によって、回転が生じることを述べた。
 問題は時間現象である。私は先に、凸iが空間形式で、凹iが時間形式ではないかと言った。カント哲学的には、前者は、外的感覚(外官)であり、後者は内的感覚(内官)である。
 差異共振現象という自然現象は、当然、時空間の発現を意味するから、凸i*凹i⇒凸(+1)の右辺の凸(+1)が時空間現象を意味するかもしれない。
 しかし、螺旋運動こそが、自然現象であるから、凸(+1)は自然現象自体ではない。
 それは、これまでの考えでは、超光エネルギーである。あるいは、超氣である。
 思うに、⇒凸(+1)の活動において、螺旋運動が形成されるのであるから、螺旋を空間とすれば、運動が時間と関係すると言えよう。ここで作業仮説であるが、⇒凸(+1)の超光のベクトルが時間ベクトルと一致するとしよう。つまり、凸(+1)は時間を意味することになる。
 そう、時間は内的なものであり、不可視であるから、それは、考えられることである。
 これで、現象螺旋運動の説明は済んだとしよう。
 次に、超越軸における回転・螺旋運動である。
 凸j*凹jも揺動しているとすると、超越円において、回転すると考えられる。(ここで説明しておかないといけないのは、凸i*凹iが形成する螺旋運動であるが、その三次元は現象空間三次元であり、超越軸をもつ三次元ではない。つまり、ここで、現象三次元空間と超越軸を区別する必要があることである。
 結局、ガウス平面に直交する二つの軸があることになる。一つは超越軸であり、一つは、現象空間の第三次元の軸である。)
 しかしながら、果たして、超越円の回転は、螺旋運動を形成するだろうか。
 運動となるには、時間が必要であるが、超越円は時間を形成するだろう。そう、凸j*凹j⇒凸(+1)と形式化したのであり、右辺は時間を意味するのであるから、超越円も螺旋運動を形成することになろう。
 ここで整理したい。
 順序から言うと、超越軸における凸jと凹jの共振的揺動があり、それが回転をもたらし、超越円を形成する。
 この超越円の意味するものは、虚軸y軸の形成ではないだろうか。
 つまり、超越軸z軸と直交する虚軸y軸の形成である。これで、超越界からの凸i(光)と凹i(闇)の形成が説明できると言えよう。
 そして、凸i(光)と凹i(闇)の共振からの現象創造の説明もできる。
 そうすると、上述した超越軸と現象空間第三軸は異なるということはどうなるだろうか。
 つまり、超越軸と虚軸における超越平面と超越円が現象螺旋運動(時空四次元)を形成する基盤、マトリクスであり、それは、現象時空間とは一致しないと考えられる。
 そう、超越円はイデア界と言ってもいいだろう。それは、現象界からは不可視の存在であるが、現象創造の超越的根源ということになる。
 超越円(言わば、イデア・サークル)から可視の螺旋的現象界が形成されるということになる。
 そう、一見、超越軸と現象第三軸は重なるように見えるが、やはり、根本的には別物である。
 つまり、こう言ってもいいだろう。超越軸z軸と現象第三軸は表面的には重なるが、それは、見掛け上のことに過ぎないのであり、両者はまったく別個のものとして存在するのである。(追記:そのように区別したものの、凸j*凹j⇒凸(+1)であるから、media pointにおいて、両者は重なることになるだろう。思うに、media pointは、この重なりにおいて、超越軸の情報を受け取り、それを物質化するのである。そう、いわば、超越情報[イデア情報]を受け取り、それを物質・現象的に具現化すると考えられる。)
 さて、そういうことで、超越円(イデア・サークル)から螺旋形状が形成されるが、それは、黄金比を基本的にもっていると言えよう。だから、五芒星形がなんらかの超越円において、形成された可能性が考えられる。(ピュタゴラス派)
 そうすると、超越軸には何らかの超越的意志が考えられないだろうか。超越的意志によって、現象形成が決められているのではないだろうか。
 しかし、そのように考えると、超越軸を超越した超-超越界を想定する必要があるのではないだろうか。
 この問題は難しいので保留しておき、一応、超越軸における超越円の創造に留めておきたい。
 最後に凸jと凹jについて簡単に考察してみたい。凸iが光、凹iが闇ならば、凸jは原光、凹jは原闇ということになるのではないだろうか。
 原闇と原光が共振して、闇と光の宇宙世界が生まれる。
 原闇が原母であり、原光が原父ということになろう。
 問題は、原父が主導的な場合である。最初期は、原母が主導性をもっていたと考えられるが、あるとき、原父が主導的になったと思われる。
 もし、原父が決定的に自身を原母に押し付けるならば、凸j*凹凹j⇒凹(−1)となり、それは、質料となるのではないだろうか。
 一神教がこのような性格をもっていると考えられる。そう、原母を質料化して、卑賎化するのである。「父」が上位であり、「母」が下位である。そして、それの極端化したものがユダヤ教、ないしは、旧約聖書であり、「母」はほぼ不在となっているのである。
 ここで簡単に日本神話について触れると、それは、原母による原父との共振による現象創造を語っていると思われる。
 天之御中主神とは、原母と原父との共振を意味するのではないだろうか。そう、超越的media pointである。
 そして、高産霊神と神産霊神は凸iと凹iを意味するのではないだろうか。
 では天照御大神とは何であろうか。それは、超光であろう。単に光ではなく、原母と原父との共振、光と闇との共振による超光を意味しよう。
 マニ教の光はそれであろうし、アフラ・マズダ、キリストもそれであろう。
 今はここで留める。後で、再考したい。


凸(+1)を転換点とする脱物質体化・差異共振純粋超光過程
テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学 映画THRIVEのトーラスとPS理論:その2:上部から下部への動き
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11242890795.html

以上において、次のように述べた。

「少なくとも、凸(+1)は転換点、折り返し点、回帰点と考えられる。
 超光エネルギーは宇宙を形成し、凸(+1)に到達するのであるが、その後の問題である。
 今、直観で言うと、凸(+1)までの動きは春から夏への成長の動きである、しかるに、凸(+1)から凹(−1)への外皮上の動きは秋から冬の動きである。言い換えると、生から死への動きである。つまり、成長から衰退への動きである。しかし、この衰退は内的成熟への動きである。そう、外的成長から内的成熟への動きである。
 思うに、簡単に言えば、超光エネルギーの衰退があり、それが、外皮的動きとなっているのではないだろうか。物質体の衰退であるが、内的「精神」の成長である。」

映画Thriveのトーラスにおける、上部極から下部極へ移動し、言わば、外殻、外皮、外面形成する力動について、それは、超光エネルギーの衰退を意味すると述べたが、それはある意味では正しく、ある意味では間違いである。
 というのは、螺旋的、乃至は、黄金比(白銀比もおそらく入れられよう)的物質体(身体)形成は確かに、そこ(凸[+1])からは衰退するから、それは、それまでの超光エネルギーから見ると、超光エネルギーの衰退を見ることは可能である。
 しかしながら、視点を変えてみると、凸(+1)に到達した、超光エネルギー、乃至は、差異共振エネルギーは実は、螺旋的物質体(身体)形成過程(Aプロセス)から脱螺旋的物質体(身体)過程(Bプロセス)へと転換するのではないだろうか。
 つまり、Aプロセスは同一性物質化を伴っていた、Bプロセスにおいては、同一性的物質化が消滅して、純粋な差異共振化、超光化が発生するのではないだろうか。これを聖霊プロセスと呼んでもいいだろう。
 つまり、超光エネルギーは衰退するのではなく、ただ、変態したと考えられるのである。喩えれば、蛹から蝶へと変態するようなものである。そう、それをヒントにして言えば、プシュケー・プロセスとも言えよう。
 思うに、それは、超越軸、超越界、神霊界、霊界における差異共振による超光形成と重なるように思えるのである。だから、聖霊プロセスなのでもあるが。
 結局、Bプロセスは物質体・身体形成としては衰退過程であるが、精神形成としては成熟過程である。
 さて、問題は、Bプロセスがどうして、凸(+1)からリンゴや梨のような外殻、外皮、外面である湾曲した球面を辿り、凹(−1)へと進行するのかである。その力学はどういうものか。
 これは単純に、磁界を考えればいいのではないだろうか。即ち、凸(+1)をN極とし、凹(−1)をS極とするのである。磁力がN極からS極へと作用するのであり、それとほぼ同様なことが、Bプロセスに起きている考えればいいのではないだろうか。
 つまり、下部極から上部極の螺旋的物質体化過程(Aプロセス)の方向、即ち、凹(−1)から凸(+1)への実軸x軸の左方から右方への方向を、純粋超光は取ることがもはやできないのであり、つまり、言わば、内的な方向を取ることはできないのであり、そのため、外的な方向を取ることになると考えられるのである。
 しかしながら、内的方向とは実は、外的物質体化の過程であり、外的方向とは内的精神化の過程であるというパラドクシカルな意味合いをもっているのである。
 しかし、外的方向=内的精神化の過程=Bプロセスは、凹(−1)という物質が終点であり、それは、死を意味すると言えよう。だから、その意味では、衰退消滅の過程なのである。純粋超光、純粋差異共振はそこで終了するのである。
 とは言え、それは、新生の過程に入ることである。新たな螺旋的物質体(身体)の過程に入ることになるからである。輪廻転生である。即ち、 凹(−1)の物質において、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神を宿していた物質体・身体は消滅すると考えられるが、そのとき、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神は完全に脱物質化するのであり、それは、超越軸=超越界=神霊界=霊界に帰還すると考えられるのである。
 そう、凸(+1)において、脱物質化すると言ったが、それは完全な脱物質化ではなく、脱物質化のプロセスの開始を意味するのであり、完全な脱物質化は、凹(−1)の物質において、為されると考えられるのである。説明すると、凹(−1)の物質とは無機的な物質、いわば、鉱物のようなものであり、生命的有機体はそこには存しないと考えられるのである。
 今はここで留める。



映画THRIVEのトーラスとPS理論:その2:上部から下部への動き
テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学

* Zero-point energy:ゼロ・ポイント・エネルギー(ゼロ点エネルギー)
* 現象三次元化の力学へ向けて:超光(霊光)による螺旋的現象生成の力学についての思考実験
* 映画THRIVEのトーラスとPS理論

映画ThriveのトーラスとPS理論の比較論は以上において考察したが、まだ、トーラスのいわば外皮における動きについては述べていなかった。今は余裕がないので、簡単に予見を言うだけだが、少なくとも、凸(+1)は転換点、折り返し点、回帰点と考えられる。
 超光エネルギーは宇宙を形成し、凸(+1)に到達するのであるが、その後の問題である。
 今、直観で言うと、凸(+1)までの動きは春から夏への成長の動きである、しかるに、凸(+1)から凹(−1)への外皮上の動きは秋から冬の動きである。言い換えると、生から死への動きである。つまり、成長から衰退への動きである。しかし、この衰退は内的成熟への動きである。そう、外的成長から内的成熟への動きである。
 思うに、簡単に言えば、超光エネルギーの衰退があり、それが、外皮的動きとなっているのではないだろうか。物質体の衰退であるが、内的「精神」の成長である。
 後で、精緻に検討したい。


2015年02月23日(Mon)▲ページの先頭へ
故陳舜臣氏の『桃源郷』読了:宗教的叙事詩的小説:ユートピア小説ではない
リンク等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11993550143.html

故陳舜臣氏の『桃源郷』読了:宗教的叙事詩的小説:ユートピア小説ではない

テーマ:こころ教共同網:「まことの教え」共同体

印象ではあっという間、文庫本で上下で750頁弱の本書を読了してしまった。
 これまで読んだことのない、独創的な小説である。
先に、ユートピア小説と呼んだが間違いである。ユートピアは何処にもない理想郷を意味するが、この小説の桃源郷はフィクション上であれ、存在するからである。詳細は言わない。
 また、文学というより歴史を読んでいるようだとも言ったが、これも訂正する。
 登場人物の内面が生きている。
 宗教を扱った文学は多いが、マニ教とそのマニ教の自己超克をテーマにした作品は空前ではないだろうか。
 とまれ、マニの名を捨てた「まことの教え」、「まことの信仰」が中心的主題であるが、内容的に魅かれる。
 思うに、マニ教本来の意義から言って、名を捨てることは、マニ教の完成成就のように考えられる。
 つまり、マニ教とは、いわば、純粋宗教で、何々が神、仏ということはないのである。つまり、本質は、名なき宗教なのである。
 でも、哲学的に、名をなくすことの意味は何だろうか。
 たとえば、こころに感ずるなんらかの形而上学的なものを、
国之常立神 (くにのとこたちのかみ)
と呼ぶのと、なにも名をもたない存在とするのとでは、どう違うのか。
 当然、名をつければ、その存在は限定される。特定される。哲学用語があったが忘れた。(追記:言葉は現実、物質界を指すことが大半である。だから、言葉の分節化は、いわば、物質的実体化である。だから、宗教の次元における、言語化、特に、固有名化は、物質化なのである。これは、当然、排他的になるのである。形而上学的次元に形而下的次元を持ち込んで、前者の秩序を破壊すると言えよう。)
 有神化と一応言えようが、名をもたない場合は、無神ではなく、非神である。非神非仏的前宗教である。そう、プレ宗教である。
 そう、どうやら、このプレ宗教という視点が大事ではないだろうか。
 陳舜臣氏は、思うに、既成の宗教を超えて、いわば、先祖返り的に、プレ宗教を小説芸術化したのではないだろうか。
 しかし、それは、ポスト宗教ないし超宗教(トランス宗教)ということになる。プレ宗教を今日的に復活させたポスト宗教、トランス宗教がマニの名を捨てた「まことの教え」、「まことの信仰」ということではないだろうか。
 これは、実に水瓶座エポックに相応しい精神・霊のあり方ではないだろうか。
 そのように考えると、本作品はたいへんな傑作であることがわかる。
 とまれ、マニ教⇒マニの名を捨てた「まことの教え」
である。しかし、マニ教=「まことの教え」とも言えよう。
あるいは、真マニ教とも言えよう。ママニ教である。

追記:単純に固有名をもつ宗教と固有名を捨てた「宗教」を比べてみよう。
 X神と言えば、非X神があり、対立が生じるのである。
実は、啓典の宗教は一神教で本来、同じ神を崇拝するのであるが、歴史的に対立していることが多い。(オスマン・トルコの場合、諸宗教は共存していたのであるが。)
 一方ではヤハウェであり、他方では、アッラーである。
 本来、同じ神なのである。
つまり、ヤハウェと非ヤハウェが存在することになり、ヤハウェは非ヤハウェを排除しよう。これは、アッラーの場合も同じである。
 つまり、これは、宗教というより、言葉の概念の力学に由るのではないだろうか。
 例えば、目の前に、デスクがあるとする。そうすると、デスクと非デスクの対立が生じるのである。これは、言語概念力学である。たとえば、その存在をチェアと呼べば、否定されるだろう。
 これは二元論ないし二項対立である。
 これは、知性(悟性)の精神力学である。
(それに対して、陰陽対極・両極性は、知性の力学ではなく、精神・霊の力学ないし、こころ、理性の力学である。つまり、デスク=非デスクという即非の力学【鈴木大拙】、絶対矛盾的自己同一【西田幾多郎】という力学がはたらくのである。)
 だから、固有名を宗教においてもつことは、一種の知性化であり、それは、宗教本来の精神性から逸脱することということになろう。
 だから、『桃源郷』で、主要人物たちが、隠れマニを止めて、マニの名を捨てて「まことの教え」に到達したのは、宗教的見地から、本来・本質的であると考えられる。
 だから、宗教戦争とは、知性戦争なのである。特に、父権宗教は自我が強固なので、宗教戦争となるのである。
 そう、宗教から固有名を捨てて、こころ教になるのは、今日的である。それは、戦争宗教から平和宗教への進化である。

追記2:ここで、千争邪について考えると、それは、明らかに、二項対立主義である。自分は正しく、他者は間違っている。だから、自分たちの生存のために、他者から略奪したり、他者を湮滅させることは正しいということになろう。
 父権主義の極大化である。

追記3:今日の日本が息苦しいのは、上述したような、知性=悟性的自我が主導化しているからである。特に、若い世代に見受けられる。
 完全に二項対立であり、容赦がないのである。これは、知性(悟性)的自我(父権的自我)はあるが、精神・こころ的自我(母権的自我)が欠落しているということと言えよう。
 そう、唯物化である。氣・精神-霊・こころの次元・領域・世界が欠落しているのである。これは、悪魔化である。


陳舜臣 長い長い旅の話: SilverFish Files
sfish.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_1ce1.html


* キャッシュ
* 類似ページ

2008年3月23日 ... 桃源郷(上・下)/陳舜臣(集英社,2001) 陳舜臣の歴史説の主人公は旅をすることが
多いが、この作品の移動距離はこれまでの最長記録ではないだろうか。 時代は12世紀
前半、新興王朝「金」が「北宋」と「遼」を滅ぼし、中国の北半分を占領 ...

桃源郷〈上〉 (集英社文庫)/集英社
¥720
Amazon.co.jp


桃源郷〈下〉 (集英社文庫)/集英社
¥720
Amazon.co.jp


桃源郷 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/桃源郷


* キャッシュ
* 類似ページ

創作されてから約1600年経った現在でも『桃花源記』が鑑賞されているのは、既に人々
の心の内にある存在を、詩的に具象化したものが桃源郷であるためとされる。既に知っ
ているものであるため地上の何処かではなく、魂の奥底に存在している。桃源郷に漁師
...

1.
桃源郷 の画像検索結果

2.
桃源郷ってどういう意味ですか? - 国語 | 教えて!goo
oshiete.goo.ne.jp/qa/1551843.html


* キャッシュ
* 類似ページ
2005年8月1日 ... 桃源郷って、どういう意味ですか? 楽園、、、という意味のような気がするのですが、も
うすくし詳しく、語源も(たしか中国の話だったような気がするんですが)教えてください。
手持ちの辞書や検索で意外と見つからなかったので、桃源郷の意味、 .


2015年02月22日(Sun)▲ページの先頭へ
有機農耕基盤新共同体社会のイメージ:小家族、独居人、子供老人、障害者、等々のマニ共同体へ
リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11993107110.html

有機農耕基盤新共同体社会のイメージ:小家族、独居人、子供老人、障害者、等々のマニ共同体へ

テーマ:新共同体・マニ共同体:減価通貨マニ

新母権共同体を唱えているが、具体的なイメージが湧かなかったが、陳舜臣氏の『桃源郷』(下)も残り、60頁強となり、そこに活写されるマニの名を捨てた「まことの信仰」による共同生活から、そのイメージが浮んだ。
 隠れマニであった夫婦あり、単独者あり、商人あり、学者あり、武人あり、等々が集まる共同生活である。
 これから、放射能汚染や貧困等の地獄社会がやってくるが、それに対抗するには、単独では無力であり、共同するのがサバイバルであると思う。血縁地縁を超えた共同体社会である。
 有機農法が基盤となるだろう。
精神的基盤は「まことの教え」、「まことの信仰」がいいだろう。
 これは、私なりに云うと、氣身体(氣身)の教えである。氣だけというより、氣身体という方が、現実的、実際的である。
 これは、特に宗教ではない。もちろん、宗教性へ展開はできるのであるが。
 氣身体の教えとは、個人を中核とする教えであり、集団主義ではない。あえて言えば、「私だけの宗教、神」であり、他の誰にも適用できないものである。
 とまれ、そのような、氣身体の個人と個人が共同する社会である。
 とまれ、出発点は、宗教を超えた「まことの教え」、「まことの信仰」である。神なき宗教である。無神論的宗教、無神論的信仰、無神論的精神・霊である。

追記:共同体というより、共同ネットワーク、あるいは、ネットワーク協同社会とでも言う方が移動性、ノマッド性があっていいだろう。

追記2:神なき宗教では不十分だ。仏教がそうだからだ。だから、神仏なき宗教・信仰・教えである。氣的身体の哲理学である。

追記3:タイトルからもわかるように、これはユートピア文学である。それにしても、作者の博覧強記には驚かされる。

追記4:共同体の営為において、通貨や銀行をどうするかである。これは、「まことの通貨」、「まことの貨幣」を使用し、「まことの銀行」、「まことの金融」を設計すべきである。
 「まこと通貨」、「まこと貨幣」は、減価貨幣がいいだろう。
蓄財させないためである。自然経済にするためである。
 そして、起業するに当たり、「まこと銀行」、「まこと金融」を活用できるようにしないといけない。
 通貨の単位はマニにしようか。1マニ、10マニ、千マニ、等々である。
 思うに、スーパー等でやっているようなポイントにすればいいだろう。1マニ・ポイント、千マニ・ポイント、1万マニ・ポイント、等々。
 これは、現行の資本主義と併存できる。現在の通貨をまこと共同体のマニ・ポイントに変換すれば、いいのだ。
 まこと共同体の成員は、そのマニ・ポイントを使用して、売買すればいいのである。マニ・ポイントをマニ・バンクに貯蓄すればいいのである。
 思うに、マニ共同体(追記:スーパー・マニぐらいでもいいかもしれない)でもいいような気がしてきた。
 マニ教というより、マニ精神、マニ智、マニ・ソフィア、マニ哲理である。
 今はざっと指摘するに留める。

追記5:考えたら、『桃源郷』では、マニ教本来の教えを説いていないのである。マニ教の教えは実に意義深いものがあるのである。いったい、このなにか排除のような省略は何なのか。

追記6:スーパー・マニ・ネットワークにおいて、マニ・ポイントは、スーパー・マニでの営業もあるし、また、現行の貨幣を獲得できるので、その点、現実的である。
 いわば、通貨両制である。マネー両制である。マニのマネー?
 マニーと言おうか。マニ・ポイント=マニーと現行通貨(マネー)の通貨両制である。


参考:
第二章 四 マニ教と薔薇十字会のクリスティアン・ローゼンクロイツ B ...
blogs.yahoo.co.jp/sakimorikeikan/63365673.html


* キャッシュ

2010年6月20日 ... 第二章 □四□ マニ教と薔薇十字会のクリスティアン・ローゼンクロイツ B (三)
シュタイナーが語ったマニ教の本質 マニの教えは、光神に闇の神が反抗するという経緯
を語っており、その意味では先にご紹介したミトラ神話に類...

悲しき秀才・改: マニ教とフリーメーソン・・・
sassasa1234.seesaa.net/article/64281261.html


* キャッシュ
* 類似ページ

2007年11月3日 ... マニ教」 ルドルフ・シュタイナー(西川隆範・訳)より. 聖アウグスティヌスはマニ教に対し
て戦ったが、カトリック教会に加入する以前は、マニ教に属していた。 マニ教は、西暦三
世紀に生きたマニという人物によって樹立された。マニ教は中近東の ...

叡智の光_マニ教概説・序説 Introduction of Manichaean Religion
www.joy.hi-ho.ne.jp/sophia7/mani-ri.html


* キャッシュ
* 類似ページ

2004年8月2日 ... マニは、マニ教の教義綱要をみずから著した最初の教典『シャープーラカーン』を王に献
げる。これに続いてマニは、数多くのマニ教教典を著すが、その大部分は散逸し今日
残っていない。マニは大宗教の開祖であって、かつみずから教典を著 ...

***************************
桃源郷: 雲外の峰 ‎
http://takusen2.seesaa.net/article/114435516.html

* キャッシュ

2009年2月18日 ... 桃源郷. 陳舜臣 集英社 01.10 桃源境といえば、陶淵明の「桃花源記」による「武陵桃源」だが、著者は場所を武陵から離れて雲南に求めた。それによって「境」を「郷」に
替えたという。そのため、大理や麗江に旅をした。
 

桃源郷〈上〉 (集英社文庫)/集英社
¥720
Amazon.co.jp


桃源郷〈下〉 (集英社文庫)/集英社
¥720
Amazon.co.jp


2015年02月21日(Sat)▲ページの先頭へ
科学とこころ:知性とこころと肚:こころは「理性」、太極(太極氣、太一氣)、精神・霊=スピリット
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11992649752.html

科学とこころ:知性とこころと肚:こころは「理性」、太極(太極氣、太一氣)、精神・霊=スピリット

テーマ:GP陰陽哲理学(ガウス平面陰陽哲理学)

近代(西洋)文化史的には、啓蒙思想とロマン主義の対立があった。合理主義と情感主義の対立とでも言えばいいだろう。(追記:本居宣長の漢心VS大和心は類似していよう。しかし、宣長には、パラドクシカルであるが、前者が強くあったと思う。)
 科学は、当然、前者であり、後者を排除してきた。そう、デカルト哲学の(負の)遺産である。
 私は個人的に、大いに、知性と感性の分離と再結合の問題に関ってきた。結局、それで生まれたのが、不連続的差異論であり、PS理論であり、今や、太極陰陽哲理学(GP陰陽哲理学と改称した。ガウス平面陰陽哲理学Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience)である。
 私なりに問題が片づいたのであり、諒解してしまえば、何てことはないのである。
 結局、二元論では解決できないのである。知性と感性の二元論では、両極に振幅して、統合できないのである。(追記:カントの『判断力批判』は、知性と感性を統合するため、媒体・媒介として、構想力=想像力を提起した。しかし、構想力は「こころ」=太極のもつ一元的根源性、いわば、ドンス・スコトゥスのいう「存在の一義性」が欠落していると思われる。)
 結局、感性を「こころ」性と「肚」性に分ける必要があるのである。この点で、東洋哲理学が完全に正解であった。
 道教の上丹田、中丹田、下丹田という三元論、あるいは、ヨーガの7つのチャクラのいわば七元論の視点は、二元論を超えているのである。
 陰陽哲理学(ガウス平面陰陽哲理学、略して、GP陰陽哲理学と呼んだ方が明快である。あるいは、複素平面陰陽哲理学だから、CP陰陽哲理学である。

***************************

参照:

            凸i陽
             |
             |
             |
             |
             |
−1地______MP______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             |
             |
             |
            凹i陰


         陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等である。)
 また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。
 *は陰陽極性力学を意味する。実際は乗法である。陰凹iが主導のときは+1,陽凸iが主導のときは、−1となる。
 ⇒は次元転換を意味する。氣エネルギーが現象エネルギーへと転換する事象を意味している。
 ハイデッガー哲学の存在は、この⇒と見ると適切かもしれない。おそらく、時間が⇒である。

***************************

GPは、Gaussian plane、CPはcomplex planeである。)から云うと、陽が知性であり、陰が肚性であり、陰陽調和がこころ性である。こころは、理性、氣、精神・霊=スピリット(追記:太極でもある。太極氣ないし太一氣という言い方も可能ではないだろうか。)とも言えようか。
 この陰陽バランスによって、知性と感性は統合化されるのである。もちろん、自然の揺らぎはあるが。
  
 ところで、現代日本人であるが、自我に傾斜しているのである。そう、自我とは、知性と結びついているが、自我は感情・欲望があるので、知性は曇り、濁る(曇濁する)のである。
 自我感情・欲望から知性は離脱する必要がある。
それは、私において、不連続的差異論によってもたらされたのである。
 自我は同一性作用をもっているので、感情・欲望と同一化するのである。ここで、知性が感情・欲望と結合するのである。そして、知性が利己主義化し、曇濁するのである。
 GP陰陽哲理学(GP陰陽哲理)の視点から見ると、知性を自我の感情・欲望から分離するには、前者と後者の不連続的切断意識が必要なのである。
 それは、「こころ」(中丹田)を支点にするのである。
 「こころ」は精神・霊であり、自我的感情・欲望とは別の次元にあるのである。そこで、「こころ」と自我を意識的に不連続的に切断するのである。
 「こころ」の領域・次元によって、自我感情・欲望は、抑制されるようになるのである。もっとも、「こころ」の陶冶涵養が必要であるが。
 とは言え、自我感情・欲望(「煩悩」)が消滅するわけではなく、制御されるのである。
 この「こころ」であるが、実は、ロマン主義における情感に内在するものであり、ロマン主義を完全に否定するのは誤りである。
 だから、合理主義はそれだけでは、誤りである。
 とまれ、ロマン主義的情感の「こころ」を取り出して、頭(自我)と肚(おそらく、意志)とのバランスを取るようにすべきである。
 そう、頭脳とこころと肚との三幅対・三一体・トライアッドを形成すべきである。
 現代日本人に戻ると、「こころ」、肚が未発達であり、そのために、自我作用が主導的である。しかし、個的自我ではなく、集団的自我である。自己と他者の同一性反射回路における自我である。
 思うに、そこにおいて、悪が支配していると思う。
 善である「こころ」を排除しているものがそこにあると思われる。
 それは、自我のルシファー&アーリマン結合体制ではないだろうか。
 いわば、悪魔の憑依である。某国の首相やその支配層は完全にそうである。
 つまり、自我を構成する「存在」として、ルシファーとアーリマンの二元論があるということではないだろうか。
 この悪の二元論は形而上学的なのだろう。
 とまれ、この悪の自我は、自我中心主義、利己主義であるから、他者を否定排除していくだろう。有り体に言えば、殺戮するということである。
 これが、今の日本が嵌り込んだ事態である。
 私見では、これは日本父権民族が中心となるのである。どうも、これは、日本民族のカルマである。カルマの清算としての亡国そして復興・復活ということなのではないだろうか。新母権民族の新倭国である。

追記:キリスト教三位一体(父ー子ー聖霊)を、GP陰陽哲理学の視点から見ると、父=太極・太一、子=⇒+1、聖霊が陰陽調和であろうか。しかし、陰陽極性が欠落しているのがわかる。
聖母マリアをもってくるのは、その点で適切だろう。
 何故なら、聖母マリアとは、母権的であり、陰陽調和的であるからである。
 とまれ、陰陽対極・両極・双極性を欠落していること、これが西洋文明文化の最大の欠陥であろう。二元論(二項対立)に陥ってしまったのである。陰陽極性と二元論(二項対立)は似て非なるものである。

追記2:ヘーゲル弁証法であるが、それは、陰陽対極性と二元論の混淆ではないだろうか。
 正反合であるが、合は陰陽バランスと見ることができる。
 しかし、反の否定が強い。正と反は背反するのである。しかし、両者を牽引するものが見えないのである。
 思うに、合の作用において、牽引があるということなのであろう。
 しかし、陰陽的牽引はそこには見えないと思う。何故なら、正反の二元論は二項対立であり、陰陽対極性の牽引要素がないからである。つまり、ヘーゲル弁証法は二元論(二項対立)と陰陽対極性(陰陽論)の折衷であると言えるのではないだろうか。


参照:
「もののあわれを知る」とは、マニ教的では?

テーマ:マニ教新時代:対立を超えて赦し寛恕仁慈
たまたま、小林秀雄の『本居宣長』を見つけて、ふとんの中で、拾い読みした。
 引用されている本居宣長の文章は、気持ち悪いのである。
 相当な曲者である。
 私は、漢心(からごころ)を批判し、大和心を説く宣長は、狭量なナショナリズムの提唱者と感じ、反発してきたのである。
 しかし、ふと視点が変わった。
 「もののあわれ」ないし「もののあわれを知る」とは、実は、マニ教的普遍的視点ではないのかということである。
 「大和」に「こころ」を限定している点で狭量なナショナリズムがある。しかし、それをとり払ってしまえば、「こころ」の普遍主義ではないかと思ったのである。
 今の勘では、宣長は、母権文化を父権文化の枠に限定して説いているのではいうことである。

本居宣長〈上〉 (新潮文庫)/新潮社
¥767
Amazon.co.jp


本居宣長〈下〉 (新潮文庫)/新潮社
¥767
Amazon.co.jp

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11992526320.html


2015年02月15日(Sun)▲ページの先頭へ
二つの日本:明治維新以前の日本と以後の日本:母権・父権統合日本と母権排除父権日本
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11990085177.html

二つの日本:明治維新以前の日本と以後の日本:母権・父権統合日本と母権排除父権日本

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私の日本民族仮説は以下の参照2に一番よく表れている。
 簡単に復習すると、古代において、三つの民族が大和朝廷を構成した。伽倻族、新羅族、百済族である。三つの民族の三幅対・三重構造・三位一体である。
 しかし、伽倻族が主導支配的であり、全体を指導した。
伽倻族は敗北主義的農耕集団父権主義であり、新羅族はスキタイ系好戦性をもち、百済族は天皇王制で母権民族である。
 この三幅対は、伽倻族が主導的であったとは言え、全体においては、いわば、父権⇔母権陰陽バランスを保ち、それが明治維新まで継続した。
 しかし、明治維新は、伽倻・新羅の父権主義が百済母権主義を排除して、それが突出して生まれたものであり、伝統的な日本国政体は破壊された。
 伽倻・新羅的父権的国家であるが、それは、排他的な自民族中心主義であり、また、狂信的好戦性をもっていた。
 狂信は思うに、伽倻族から、好戦性は新羅族からのものである。
 この狂信的好戦性は、凶暴残虐非道無道であり、これが、東・東南アジア戦争をもたらし、諸国民に膨大な犠牲をもたらした。
 しかし、敗戦後において、似非日本国は、伽倻・新羅民族に拠る権力体制を解体せず、残存させてしまったのである。
 この残存した明治維新後の戦前・戦中の狂信暴虐好戦的な伽倻・新羅民族権力体制が今日の某首相の政府へと帰結していると考えられる。
 極論すれば、まったく異質な二つの民族が「日本」に併存しているのであるが、国民はそれに気付かないのである。
 例えば、英国の場合、ケルト系とアングロ・サクソン系に分れる。前者は母権的であり、後者は父権的である。
 それは見やすいことである。
 そのような二元性が「日本」において、認識されていないのである。
 それは、大和朝廷による天皇制が、単一民族的統一国家を形成したというイデオロギー(イデオロギーには映像が関係するので、
ヴィデオロギーという語を造語してもいいだろう。)に拠るのではないだろうか。
 否、それより、明治維新に拠る「天皇制」による統一国家のイデオロギー=ヴィデオロギーに拠ると言えよう。本来、多様な民族から成る日本国が単一民族から成る国家とされたのである。
 結局、現某国の破滅的事態は明治維新の帰結・負の遺産と言えよう。

追記:ロシアがロシア革命を否定したように、日本も明治維新革命を否定する必要があるだろう。
 そう、母権民族が主導する必要があるのである。先に唱えた神聖天皇制は無理であるから、母権天皇文化は残し、母権的政体を形成する必要がある。
 ロシアの同じように、内部に巣くった專争邪を追い出す必要がある。
 とまれ、放射能汚染で、能天気な伽倻的民族の国民は滅亡するだろう。そこから、日本の精華である母権民族が新倭国を創建すべきである。

参照:
陰陽均衡の日本伝統文化から父権中心母権排除の明治維新の狂信的精神風土への転移

参照2:

伽耶主導三極父権・母権陰陽体制(明治以前)と伽耶・新羅二極父権体制(明治維新後)
テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史
先に以下のように書いたが、思うに、明治維新まで、日本の政体は、伽耶主導の三極体制(伽耶-新羅-百済)であったと思われる。
 もっとも、江戸時代後期になって、それが分裂しだしたと思われる。伽耶-新羅父権路線と百済母権路線の分裂である。前者は国学イデオロギーをもち、尊王攘夷を振り翳し、そして、父権化された天皇制国家を形成したと思う。それは、伽耶−新羅の二極路線であり、それまで護持していた百済母権路線を排除したものと思われ、日本の政体の伝統を逸脱したものと思われる。
 父権と母権、つまり、陰陽バランスをもっていた、日本の政体が崩壊し、父権に傾斜した体制ができあがったと考えられる。
 問題は、伽耶-新羅体制の意味するものである。私は国学イデオロギーを問題にするのである。
 私は国学は父権的反動であると見ているが、それは、好戦的新羅父権的反動というより、伽耶稲作集団父権民族の反動が主体ではないかと思う。
 民族集団中心主義が生まれたと思うのである。そう、自民族中心主義であり、中国、朝鮮他を排他的に排除したのである。
 これに私は新羅父権民族の好戦性が重なり、尊皇攘夷イデオロギーが生まれて、きわめて排他かつ戦闘的イデオロギーが生まれたと思うのである。国家神道の前身である。
 この伽耶主導の伽耶・新羅二極父権体制、このいわば狂信的体制が明治維新以後、支配的になった思われる。
 しかし、伽耶の敗北主義、強者に媚び諂い、従属し、弱者を暴虐する姿勢態度がそれには色濃く残っていると考えられる。
 伽耶の敗北主義的狂信排他的民族集団、これが、ベースにあり、新羅父権民族の好戦性を吸収したとものと思われる。
 これは、悪霊的破滅・自滅集団である。

******************************************
伽倻主導三元体制:伽倻稲作集団父権民族と新羅スキタイユダヤ父権民族と百済ツングース・扶余母権民族
テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に、以下のように、伽倻族が、母権百済族と父権新羅族を支配していると仮説した。もっとも、土着母権縄文族、母権海洋族等は便宜上、省いているが。
 似本の支配・権力層は確かに、好戦的姿勢を取っているが、果たして、本質的に好戦性をもっているのだろうか。
 狡猾なので、新羅族の好戦性を利用しているだけではないだろうか。
 一見、某首相の姿勢は好戦的であるが、果たして、本質的にそうなのか。
 やはり、古代において、伽倻族が新羅族を支配したとき、後者の好戦性を利用する狡猾な手段を取るようになったのではないだろうか。好戦的なポーズをとれば、好戦的な新羅族を利用できるはずである。
 どうも、このように考えた方が、伽倻族が好戦的であると見るより、合理的であるようだ。
 伽倻族が好戦的であると見る場合は、やはり、伽倻族が、新羅族と融合した見ることになるだろう。
 しかし、融合だと、新羅族にも主導性が生じるのである。
 ちょっと、あいまいになってきた。
 後代の武士層の生成を考えると、やはり、好戦的新羅族がなんらか、支配層に存したと見るべきではないのか。
 そうならば、伽倻族だけが主導的であったのはなく、伽倻族と新羅族の融合した民族(融合民族)が主導的であったことになる。
 そうすると議論は元に戻る。それは、私の最初の作業仮説であったからである。
 ここで、新たな作業仮説を提示すると、日本古代においては、伽倻族、新羅族、百済族の三民族の三幅対、三重構造、三つ巴の権力体制があったとするのである。
 三元ないし三極民族体制である。これが、古代天皇制の実体、本体となる。
 だから、『日本書紀』は、この三元(三極、三重)民族体制の様相が描写・活写・実写されているというようにも考えられる。(追記:思うに、この三元体制の実相が、装飾・潤色・創作はあるものの、活写されていると言う方が適切だろう。汩
 神武天皇、雄略天皇の好戦性は、新羅族のそれを表現しているということになるし、仁徳天皇の仁慈ある治世は、百済族主導の統治を意味し、また、中央集権体制=律令制は、伽倻族の専制に因るものではないだろうか。
 ということで、現時点での新仮説として、日本古代は、伽倻族、新羅族、百済族の三つの異なる民族の併存併合混合混淆する三元・三極・三重体制であったとしたい。

追記:伽倻ー新羅ー百済の三元体制を仮説したが、やはり、その中では、伽倻族がもっとも主導的であったのではないだろうか。
 だから、伽倻主導的三元・三極・三重体制を大和朝廷の政体の本質としたい。

追記2:明治国家であるが、それは、この伽倻主導の三元体制から、百済母権民族が抜けている(追記:というよりは、百済母権民族の天皇王制が形式化され、つまり、「天皇制」化されて、きわめて、抑圧されたものになったのではないだろうか。完全には排除はしていないだろう)、伽倻主導伽倻・新羅二元体制ではなかっただろうか。百済母権民族の天皇王制は、形式として形骸的に利用されたということだろう。いわば、父権天皇制、独裁天皇制、専制天皇制となったと思われる。

**************************
後期弥生稲作民族(伽倻族)が、母権(扶余百済族)的と父権的(スキタイ新羅族)両騎馬民族を支配する

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に以下のように、日本国を主導(支配)している民族を推測した。
 やはり、2が支配的であると思う。その力学をもう少し説明すると、以下に仮説したように、日本古代において、三つの主要な民族の三幅対、三重構造、三つ巴があったとする。
 しかし、主導・支配的なのは、後期弥生農耕集団父権民族(伽倻族)と考える。
 彼らが背後、影で、母権的な百済族(天皇族)と父権的な新羅族(好戦的民族)を利用-操作-支配しているように推察されるのである。
 『日本書紀』はそれを物語っているように思える。
 例えば、有名な神武東征であるが、それは、伽倻族が好戦的な新羅族を利用して、為さしめた(あるいは、創作した、虚構した)ことではないだろうか。
 また、天皇制自体であるが、それは、母権的な百済族の天皇王国の政体を簒奪して、加工利用しているように推測できるのである。
 好戦性と平和性がイデオロギー的に利用されているのである。
 そして、伽倻族の集団主義が、日本国民全体に「伝染」しているように思うのである。これは、支配者「伽倻族」の思うつぼである。
 また、強調すべきは、伽倻族は、狡猾で利に敏いが、頭はよくない点である。つまり、集団的思考なので、明晰明確・的確正確な思考ができないと考えられる。
 そして、敗北主義であり、強者に媚び、屈従・隷従し、弱者に強圧暴虐的に振る舞うのである。
 それで、その末裔が後代、千争邪に騙されて、殲滅破滅を被るという図式ではないかと思う。
 東アジア世界戦争(「大東亜戦争」)は、伽倻族が千争邪の謀略・計略に嵌められた戦争だと思う。
 犠牲になったのは、母権的天皇族であり、父権的好戦的新羅族であろう。もっとも、伽倻的人民も犠牲になったことは当然であるが。

追記:上記のように考えれば、アマテラスがスサノヲを嫌ったことの意味も判明するだろう。つまり、伽倻族が、百済天皇王制を利用しつつ、好戦的新羅族をアマテラスに投影しつつも、天皇制イデオロギーから同じく、新羅族であるスサノヲを排除したということではないだろうか。
 ただ、問題は、出雲神話とスサノヲ(新羅族)の関係である。出雲神話は母権神話と考えるが、それと新羅をどう結びつけるのか。
 思うに、母権と父権の違いはあれ、二つの騎馬民族は友好的であったのではないだろうかと今仮説するのである。


追記2:果たして、スサノヲを父権的新羅族と見ていいのか。ちょっとマザコンぽいスサノヲは、母権民族ではないだろうか。ならば、新羅族の好戦性を投影されたアマテラスが、天皇制父権的イデオロギー位階秩序から、母権的スサノヲを否定排除するのは、まったく必然の力学である。

結局、薬局、北極、日本において何民族が主導しているのか

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私の仮説では、二つの主導民族がある。

1.後期弥生農耕集団父権民族とスキタイ(/ユダヤ)系遊牧父権新羅民族の融合した民族

2.後期弥生農耕集団父権民族

である。
 最近のイメージでは、2に傾いている。しかし、確定的ではない。
 私の脳裏では、藤原不比等の存在がある。彼は、1というより、2に属するような感じである。
 どうも、今のイメージでは、三つの主要な民族が基本にある。後期弥生民族(伽倻)と父権遊牧民族(新羅)と母権遊牧民族(扶余・百済)の三つである。
 日本古代において、この三幅対が存在していたのではないだろうか。そして、後期弥生民族(伽倻)が支配的であり、他の二つの民族を服属させていたのではないだろうか。
 伽倻は敗北主義ながら、隠微狡猾である。これは、今の現政権に繋がると思うのである。
 そう、現政権の好戦性であるが、実は、これは、父権遊牧民族(新羅)のそれを利用しているだけではないだろうか。ずる賢い、悪賢い賤民である。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11988393633.html


天皇制国家の源流7 ツングース(百済)やモンゴル(新羅)に追われた呉越 ...
天皇制国家の源流7 ツングース(百済)やモンゴル(新羅)に追われた呉越(伽耶)が大和朝廷

%E5%8A%A0%E8%80%B6%E5%9C%B0%E5%9B%B3.jpg
画像はこちら からお借りしました。
「天皇制国家の源流6 朝鮮の支配階級の源流」 では、次のことを明らかにした。
【1】韓人(呉人)・倭人(越人)が農耕部族連合を形成していた朝鮮半島に、遊牧騎馬民族である扶余族(ツングース系)が断続的に南下してきた。彼らが建てたのが、辰国→馬韓→百済や高句麗である。
このように、辰国→辰韓→百済と高句麗は元々は同じ扶余族(ツングース系)である。
【2】それに対して、秦に追われて華北から逃れてきた秦亡民(主力はモンゴル系)が建てたのが辰韓→新羅である。
馬韓(後の百済)ではツングース系の扶余族が呉越系の韓人・倭人を直接支配し、
弁韓(後の伽耶)では扶余族が韓倭農耕連合を服属させ、
辰韓(後の新羅)では秦に追われたモンゴル系部族がツングース系の扶余族に服属しながら、韓人・倭人を支配していた。
これが、古代朝鮮の支配構造である。
いつも応援ありがとうございます。
 にほんブログ村 政治ブログへ



middle_1160654009.png
以下、『「日本=百済」説〜原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)「第四章 謎の辰国を追ってみると」 から、辰国→馬韓→百済や高句麗の出自を要約する。

ユーラシア大陸の極東に位置する韓半島の地理は、西海岸から大陸文化が流れ込みやすいようになっている。もちろんシベリア沿岸州経由で東海岸ルートもあるが、山脈が海岸線に迫り、島もなく、文明の主流は西側であり、国家の形成も遅れた。そのような地勢学を背景に南韓には馬韓・辰韓・弁韓(弁辰)があった。
三韓の馬韓・辰韓・弁韓の後身が百済・新羅・伽耶。伽耶は6世紀に滅亡し、韓半島の三国(百済・新羅・高句麗)となる。
重要なことは、南韓のほとんどの国の王が扶余系出身だったということ。
辰国領土の各地に馬韓・辰韓・弁韓の三韓が派生するが、実質的に辰王族出身の馬韓王系が、辰韓・弁韓の王になった。
倭国を訪れた隋の使節は『隋書』に、倭の秦王の国があるとしている(この「秦」は「辰」の誤写)。
倭国は7世紀半ばまでも辰王の国と見なされていた。韓半島と日本列島の古代王国の首長は、すべて騎馬民族出身で同じ扶余系、つまり辰王家出身者であった。
天皇の辰王系説を正式に否定したのは『記紀』以後のことで、それまでは辰王・辰国につらなる正当性を以って、半島と列島での主権を主張していた。

辰国は扶余族の一部で、同じ扶族出身の高句麗建国に先立ち紀元前4世紀頃、韓半島に入り、遼河と平壌にわたる一帯に建国し、鴨緑江流域に高句麗勢力が建国すると南下し、平壌が中心となる。
その後、漢の植民地漢四郡が設置されると、辰国はそれに押されて帯方郡に隣接した漢江以南に国を移した。
それ以前、南韓には、緩い組織の稲作中心の諸部族国家が散在していた。
辰国は馬韓以外の地域を直接統治してはいなかったものの、辰国の王族の子弟を派遣して在地の諸部族の連合体を構成し、辰韓・弁韓にまとめあげた。
それら分国(辰韓・弁韓)の王が辰王家出身で、辰王の直系が馬韓で「辰王(馬韓)だけが南韓の王になれる」という信仰は、北から民族移動をしてきた扶余系の騎馬民族集団が共有した。
但し、辰王は宗教的・象徴的な性格の存在であり、強力な統一国家ではなかった。
『後漢書』によると、辰王は馬韓の中に別途に目支国を置き、そこで南韓全体を支配していたという。それはヴァチカン市国がローマの中にあり、ローマ法王が宗教面で欧州の各王の上にあったのに相当する権威が、辰王にもあったと考えられる。すなわち、「扶余系の太陽神の直系が各国を治める権威を持つ」という思想である。
辰王は、宗教的権威で三韓に君臨して馬韓の中にある目支国を拠点にしていた。辰王を戴く辰国から農耕民を母胎とした三韓が生まれ、紀元前後に扶余系の遊牧騎馬民族が南下し、三韓をもとにした三国を樹立する。しかし尚、その初期においては辰王の権威は無視できなかった。
辰王の直系が馬韓王、その王族が辰韓・弁韓の王となって派遣されたという。
扶余系の高句麗から百済が分派・南下し(つまり、百済と高句麗は同根)、辰国の正当継承者である馬韓を吸収することで、百済王が辰王の地位を得る。百済王はその権威をもって新羅・加耶の王を任命した。初期三国の王家は辰王家出身であることが原則で、その権威は大きかった。
紀元前2世紀から紀元後1世紀にかけて、三韓から三国(百済・新羅・伽耶)に移行する。その変革の最も大きな理由は鉄器の普及にあり、百済・新羅がはっきりした国の体制になり、伽耶も統一こそしなかったものの連合勢力の王権が強化された。
初期の新羅王までは辰王系を継承した百済王家出身だったが、その後の新羅ではその原則が守られなくなった。新羅には姓の異なる複数の王が登場し、その後の新羅は辰王推戴の原則が守られなくなり、その時点で百済は扶余王直系と主張するようになってゆくと考えられる。
三国間の争いが激しくなるにしたがい、辰王の物理的な実力のない宗教的な権威は無視され、半島の正史にすらその名を留められないようになる。韓国史家の間でも、辰国は想像の産物と思われるようになった。

【2】このように、辰国→辰韓→百済と高句麗は元々は同じ扶余族(ツングース系)だが、新羅は別の部族(モンゴル系)らしい。
以下、『「日本=百済」説〜原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)「第四章 謎の辰国を追ってみると」 から、新羅の出自を要約する。

新羅は高句麗・百済とは別系統でありながらも、初期に馬韓王に指名された王、すなわち百済人を推戴している。中国史書の記録では「新羅人は辰韓の出身でありながら、辰韓王は常に馬韓人」(『梁書』「新羅伝」)、「新羅の前身辰韓王は馬韓人」(『晋書』「辰韓伝」)とある。
しかし、その後の王族は扶余系ではない別系統の王を輩出する。
新羅王家には朴・昔・金という3つの姓氏があった。
王の称号も第1代が「居西干(コセガン)」、2代が「次次雄(チャチャウン)」、3代から18代が「尼師今(イサグム)」、19代から22代は「麻立干(マリッカン)」であり、23代以後は中国式の「王」を使うが、それ以前は4つの王号があった。号が異なるということは民族が異なることを示唆する。
新羅の支配階級は、シベリアを横断して日本海側を南下して、迎日湾付近から慶州平野へ進出したスキタイ族に近い勢力であったと思われる。
実際、新羅の文化は、扶余系の高句麗・百済のものと大きく異なり、シベリア・スキタイ系文化の特色が見られる。また、『後漢書』「辰韓伝」によると新羅の前身である辰韓の言葉は高句麗や百済の言語とは違っていた。
中国史書『晋書』「辰韓伝」によると、新羅の前身である辰韓の建国は、秦の始皇帝の
万理の長城建設に動員された塞外地帯の民がその労役をさけて移動をしてきたため、馬韓が領土の東部の一部を割譲したことから始まったとある。このことは、辰韓→新羅が扶余族とは異なる民族であることを示唆している。
新羅王家は少なくとも朴・昔・金の三家が交代していることから、「王は神であり、他の姓とは替えられない」という扶余系の現人神思想が新羅にはなかったと推測できる。

まとめると、次のようになる。


【1】紀元前5〜4世紀、中国戦国時代に滅んだ呉人(韓人)、越人(倭人)が朝鮮半島に流れ着き、農耕社会を形成した。(一部は日本列島に流れ着き、弥生社会を形成)。


【2】紀元前4世紀〜、遊牧騎馬民族であるツングース系の扶余族が朝鮮半島を南下。朝鮮半島西部に辰国をつくり、朝鮮半島南部・東部の韓倭農耕部族連合を服属させた。
これがそのまま、馬韓(西部)・弁韓(南部)・辰韓(東部)となる。
つまり、三韓とは、ツングース族(扶余族)が韓人・倭人(呉越人)を服属させた社会である。


【3】スキタイ系部族の影響を受けた(or混融した?)モンゴル系部族が、秦に追われて南下し、馬韓から辰韓の地を割譲してもらい支配した。これが新羅の源流である。そして、辰韓は馬韓に服属していた。
秦支配から逃げる過程で一部は海に脱出、出雲・敦賀に流れ着き丹波・大和に拠点をつくったのがスサノオ・オオクニヌシ・ニギハヤヒなどの新羅勢力だと考えられる。(管理者:この点は疑問がある。)
(秦の始皇帝を騙して日本列島に脱出した徐福の伝説と同じ構図である。)


【4】さらに、辰国とは別の扶余系部族が、高句麗を建て南満州〜北朝鮮を支配。その分派の百済が朝鮮半島を南下し馬韓を奪取。弁韓(→伽耶)と辰韓(→新羅)を服属させた。
つまり、ツングース系の扶余族(百済)が、韓倭農耕部族連合(伽耶)とモンゴル系(新羅)を服属させた。ところが、新羅はすぐに百済から独立し、弁韓(→伽耶)を侵食しながら、百済と対抗するようになる。
そして、百済(ツングース)や新羅(モンゴル)に追い詰められた伽耶(韓倭農耕部族連合)の一派が、日本列島に逃れてきた。そして、先着していた新羅勢力(オオクニヌシやニギハヤヒ)を追い出しor服属させたのが、第一期大和朝廷(天孫族)である。
つまり、大和朝廷の原点は、春秋戦国時代に滅亡した呉越の生き残り(韓人・倭人)が、さらに、ツングース系の扶余族(高句麗・百済)やモンゴル族(新羅)に追われて日本列島にやってきた二重の敗残者である。
これが「属国意識の源流〜日本の支配階級に刻印された敗北思考(体裁思考)」 の理由ではないだろうか。
敗北主義にもかかわらず彼が生き延びることができたのは、流れ着いた先の日本列島は、圧倒的大多数を縄文人が占める平和な共同体社会とお上捨象体質だったからである。それをいいことに、彼ら伽耶勢力は日本に君臨することになった。
つまり、大和朝廷(伽耶勢力)とは、敗北思考にも拘わらず君臨するという、世界中でも稀に見る特異な性格の支配者なのである。
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2012/11/2410.html

天皇制国家の源流(葛城ネットワーク)まとめ1 日本と朝鮮の支配部族の源流

http://blog.nihon-syakai.net/blog/2013/01/2475.html


2015年02月14日(Sat)▲ページの先頭へ
陰陽均衡の日本伝統文化から父権中心母権排除の明治維新の狂信的精神風土への転移
リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11989675549.html

陰陽均衡の日本伝統文化から父権中心母権排除の明治維新の狂信的精神風土への転移

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に以下のように書いた。

天皇(雄略天皇)、琴の声を悟りたまひて、その罪を赦したまふ
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11989226760.html

「明治維新は、先に仮説したように、伽倻ー新羅父権民族に拠るものであった。そこには、百済母権文化が欠落しているのであり、それが、今日まで尾を引いているのである。
 ナニガシ首相は、正に、伽倻ー新羅父権民族の好戦性をもっていると思う。しかし、本質は伽倻的で、新羅的好戦性を利用していると思うが。
 国民も、伽倻ー新羅父権民族「文化」・ヘゲモニー的「空気」に汚染・感化され、百済母権文化を喪失してしまった。天皇皇后両陛下は、それを護持しているが。」

 私は明治維新以前にあった百済母権文化、正確に言うと、縄文母権文化=前期弥生農耕母権文化=海洋母権文化=百済母権文化の母権文化複合体は明治維新以後、どうなったかと思った。
 私は昔から、神仏分離令、排仏毀釈が日本伝統文化を破壊したと感じていた。神仏習合に直感的に私は親和していた。
それは、森(森と言っても、雑木森や原生森である。杉が植樹された人工森ではない)に対する情感と似る。それは、抽象的に言えば、多様なものの交錯・混淆体・渾然一体性への親和性である。
 とまれ、日本母権文化は仏教あるいは神仏習合が担ってきたと思う。
 そう、百済母権文化ないし日本母権文化は仏教が神道と結び担ってきたと思う。
 しかし、国学イデオロギー(日本父権主義)から進展した明治維新は、神仏分離令によって、日本母権文化を破壊したと思う。
伝統的日本が壊れたのである。日本は別の國になったのである。
 仏教ないし神仏習合が担ってきた日本母権文化が排除否定され崩壊した後、それはどうなったのだろうか。
 現天皇皇后両陛下は日本母権文化を体現されているが、それ以外にどのような事態になっているのだろうか。
 今や仏教はビジネス仏教である。もっとも反抗的仏教徒はいるが。
 そう、民俗学が母権的である。南方熊楠、柳田国男、折口信夫。
 そして、哲学者の西田幾多郎や仏教者の鈴木大拙がそうだろう。
 文学者は漱石、宮沢賢治、等々がそうだろう。(追記:俳句は母権文化であろう。芭蕉の俳句は最深の倭国・日本母権文化だと思う。芭蕉の凄みは一見わからない。短歌もそうだろうが、日本人には俳句がぴんときよう。)
 青鞜社もそうだろう。
 しかし、何か、決定的なものを欠いていたようである。
 日本には父権文化と母権文化があるということの認識の欠落だと思う。
 結局、明治維新と戦後の脱亜入欧や近代主義イデオロギーによって、日本人の認識力が破壊されたと思う。
 とまれ、明治維新まで、仏教ないし神仏習合が日本母権文化を保持してきたと仮説することができた。
 思うに、この習合文化、日本母権文化は、マニ教的なのではないだろうか。マニ教は、宗旨にこだわらない、直感の宗教である。
 日本母権文化はマニ教の影響があるのではないだろうか。日本人の、一見杜撰な行動様式はそれではないだろうか。初詣、葬式仏教、クリスマス等々。何でもありである。
 無宗教と云われているが、本質はマニ教的純粋性ではないだろうか。

追記:弓道等の武芸は日本陰陽文化である。母権と父権の結合である。剣道、柔道、等々。風朕が柔道や日本の武芸に魅かれるのは、日本伝統文化への親和性があるからだろう。
 

参考:

1.
廃仏毀釈 - Wikipedia


* キャッシュ
* 類似ページ
廃仏毀釈(廢佛毀釋、排仏棄釈、はいぶつきしゃく)は、仏教寺院・仏像・経巻を破毀し、
僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃することを指す。「廃仏」は仏を廃し(破壊)
し、「毀釈」は、釈迦(釈尊)の教えを壊(毀)すという意味。日本においては一般に、神仏
...
2.
排仏毀釈は日本人の精神を狂わせた:国学こそ、反日本思想である:脱 ...

2010年3月22日 ... 廃仏毀釈(はいぶつきしゃく、廢佛毀釋)とは仏教 寺院 ・仏像・経巻を破毀し僧尼など
出家 者や寺院が受けていた特権を廃するなどを指す。排仏棄釈とも。文献によっては「
廃仏稀釈」と表記されることもあるが、誤用である。 明治の廃仏毀釈 ...
3.
明治維新の秘話 大寧寺と豊川稲荷-一歩も引かぬ豊川閣


* キャッシュ
* 類似ページ
政府によるこの警告の背後には、排仏毀釈と称して仏教寺院を襲い仏様を破壊し、財宝
を略奪し、ひいては寺院の打ち壊しや放火に及ぶ暴動のエスカレートがあった。社会
変革の手段として文化破壊のエネルギーが利用されるのは歴史の常套だが、この排仏
毀 ...
4.
排仏毀釈と国家神道:「一神教」思想が二方面に - 實川幹朗の世界学ブログ

2014年3月5日 ... 排仏毀釈は近代の日本に大きく影を落とす運動である。しかも下から盛り上がった動き
で、不可思議な歴史であった。私にはそう映る。島薗進氏によると背後に儒教がある
そうだ。なるほど気付かなかった。だが儒教はずっと幕府の官学だった。


1.
神仏習合 - Wikipedia


* キャッシュ
* 類似ページ
神仏習合(しんぶつしゅうごう)とは、日本土着の神祇信仰と仏教信仰が混淆し一つの
信仰体系として再構成(習合)された宗教現象。神仏混淆(しんぶつこんこう)ともいう。
目次. [非表示]. 1 概要; 2 歴史. 2.1 仏教の伝来; 2.2 神宮寺の建立; 2.3 大乗密教
による ...
2.
7. 日本の神々と仏たちの正体 - 5. 「神仏習合」とは何か



* キャッシュ
* 類似ページ
ところが、朝鮮から「日本の朝廷に献上される」という形で日本に「仏教」が伝来してくると
、この伝来の神々と仏教とは融合してしまうのでした。それを一般に「神仏習合」と呼んで
います。 この「仏教」と「神道」の習合の原因や仕方はさまざまですが、それを見ること ...
3.
神仏習合



* キャッシュ
* 類似ページ
神仏習合については、説明が非常に難しく、私自身も理解が十分ではありません。 (*^_
^*) そこで、「神社ふしき探検」( ... 一方、仏教も、古代インドの在来宗教との習合、中国
の道教との習合を経て、日本に伝えられました。 それだけに豊かな経験と柔軟性が ...
4.
日本の宗教−神道と仏教の歴史的関係− - Biglobe


* キャッシュ
* 類似ページ
日本の宗教−神道と仏教の歴史的関係−. 神仏習合(しんぶつしゅうごう). 日本固有の
神祇信仰と仏教が混ざり合い、独特の行法・儀礼・教義を生み出した宗教現象。他文化
と交流のある世界では一般的な現象のこと。たとえば、中国でも仏教と道教が習合し、 ...
5.
第13回講座−神仏習合−

* キャッシュ
* 類似ページ
3、何故、神仏習合は続いたのか? 10、天皇の姿勢が左右した. 4、神仏習合を成立
させた仏教側の要因, 11、昔からあった舶来信仰. 5、仏の多身説, 12、公的には神道、
私的には仏教. 6、神仏習合を成立させた神道の要因, 13、神仏習合のモデル理論.


1.
マニ教 - Wikipedia


* キャッシュ
* 類似ページ
マニ教( -きょう、 摩尼教、英: Manichaeism)は、サーサーン朝ペルシャのマニ(216年 -
276年または277年)を開祖とする二元論的な宗教である。 ユダヤ教・ゾロアスター教・
キリスト教・グノーシス主義などの流れを汲んでおり、経典宗教の特徴をもつ。かつては
...
2.
マニ教 −消えた世界宗教− - nifty


* キャッシュ
* 類似ページ
民族の枠を越え、広い範囲に多くの信者を持つ宗教を世界宗教という。現在では、仏教
、キリスト教、イスラム教がそれにあたる。しかし、かつてスペイン・北アフリカから中国に
まで広がる第4の世界宗教があったことは、ほとんど知られていない。その宗教が、マニ
...
3.
10.キリスト教の光と影 - 2. 最大のライバル「マニ教」と「グノーシス主義」



* キャッシュ
* 類似ページ
はじめに ここでは、初期キリスト教の時代にキリスト教の最大のライバルであった「マニ
教」と「グノーシス思想」を見ます。これは初期キリスト教の時代にライバルであっ
たばかりではなく、「中世においても」その影響力を失うことがなかったのでした。そして、
...
4.
マニ教 の画像検索結果

5.
中国におけるマニ教



* キャッシュ
* 類似ページ
マニ教」って、世界史の授業で習いましたよね? 3世紀初めにササン朝ペルシャでマニ
が始めた宗教で、西はギリシャからシリア、エジプト、北アフリカ、東はシルクロードを
通ってウイグルの国教となり、中国まで広がったが、その後衰退してしまい消滅。その
原因 ...
6.
叡智の光_マニ教概説・序説 Introduction of Manichaean Religion



* キャッシュ
* 類似ページ
2004年8月2日 ... マニ教(Manichaeism)とは、西暦3世紀半ば、ササン朝ペルシア帝国治下のイランで、
マニ(Mani, Manichaeus)によって創始された啓示宗教である。古代ユーラシアの世界
宗教の一つで、民族・言語・文化・国境を越えて、イベリア半島から、 ...
7.
【歴史】マニ教 ー消えた世界宗教の謎ー - NAVER まとめ

2012年11月2日 ... かつて民族の枠を超え、広い範囲に多くの信者を持った第4の世界宗教『マニ教』。 ... 明
(善)と暗(悪)の二元的世界観で知られるマニ教の宇宙観を描いたとみられる絵画が
国内に現存していることが、京大大学院文学研究科の吉田豊教授( ...


2015年02月13日(Fri)▲ページの先頭へ
伽耶主導三極父権・母権陰陽体制(明治以前)と伽耶・新羅二極父権体制(明治維新後)
伽耶主導三極父権・母権陰陽体制(明治以前)と伽耶・新羅二極父権体制(明治維新後)

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に以下のように書いたが、思うに、明治維新まで、日本の政体は、伽耶主導の三極体制(伽耶-新羅-百済)であったと思われる。
 もっとも、江戸時代後期になって、それが分裂しだしたと思われる。伽耶-新羅父権路線と百済母権路線の分裂である。前者は国学イデオロギーをもち、尊王攘夷を振り翳し、そして、父権化された天皇制国家を形成したと思う。それは、伽耶−新羅の二極路線であり、それまで護持していた百済母権路線を排除したものと思われ、日本の政体の伝統を逸脱したものと思われる。
 父権と母権、つまり、陰陽バランスをもっていた、日本の政体が崩壊し、父権に傾斜した体制ができあがったと考えられる。
 問題は、伽耶-新羅体制の意味するものである。私は国学イデオロギーを問題にするのである。
 私は国学は父権的反動であると見ているが、それは、好戦的新羅父権的反動というより、伽耶稲作集団父権民族の反動が主体ではないかと思う。
 民族集団中心主義が生まれたと思うのである。そう、自民族中心主義であり、中国、朝鮮他を排他的に排除したのである。
 これに私は新羅父権民族の好戦性が重なり、尊皇攘夷イデオロギーが生まれて、きわめて排他かつ戦闘的イデオロギーが生まれたと思うのである。国家神道の前身である。
 この伽耶主導の伽耶・新羅二極父権体制、このいわば狂信的体制が明治維新以後、支配的になった思われる。
 しかし、伽耶の敗北主義、強者に媚び諂い、従属し、弱者を暴虐する姿勢態度がそれには色濃く残っていると考えられる。
 伽耶の敗北主義的狂信排他的民族集団、これが、ベースにあり、新羅父権民族の好戦性を吸収したとものと思われる。
 これは、悪霊的破滅・自滅集団である。

********************************

伽倻主導三元体制:伽倻稲作集団父権民族と新羅スキタイユダヤ父権民族と百済ツングース・扶余母権民族

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に、以下のように、伽倻族が、母権百済族と父権新羅族を支配していると仮説した。もっとも、土着母権縄文族、母権海洋族等は便宜上、省いているが。
 似本の支配・権力層は確かに、好戦的姿勢を取っているが、果たして、本質的に好戦性をもっているのだろうか。
 狡猾なので、新羅族の好戦性を利用しているだけではないだろうか。
 一見、某首相の姿勢は好戦的であるが、果たして、本質的にそうなのか。
 やはり、古代において、伽倻族が新羅族を支配したとき、後者の好戦性を利用する狡猾な手段を取るようになったのではないだろうか。好戦的なポーズをとれば、好戦的な新羅族を利用できるはずである。
 どうも、このように考えた方が、伽倻族が好戦的であると見るより、合理的であるようだ。
 伽倻族が好戦的であると見る場合は、やはり、伽倻族が、新羅族と融合した見ることになるだろう。
 しかし、融合だと、新羅族にも主導性が生じるのである。
 ちょっと、あいまいになってきた。
 後代の武士層の生成を考えると、やはり、好戦的新羅族がなんらか、支配層に存したと見るべきではないのか。
 そうならば、伽倻族だけが主導的であったのはなく、伽倻族と新羅族の融合した民族(融合民族)が主導的であったことになる。
 そうすると議論は元に戻る。それは、私の最初の作業仮説であったからである。
 ここで、新たな作業仮説を提示すると、日本古代においては、伽倻族、新羅族、百済族の三民族の三幅対、三重構造、三つ巴の権力体制があったとするのである。
 三元ないし三極民族体制である。これが、古代天皇制の実体、本体となる。
 だから、『日本書紀』は、この三元(三極、三重)民族体制の様相が描写・活写・実写されているというようにも考えられる。(追記:思うに、この三元体制の実相が、装飾・潤色・創作はあるものの、活写されていると言う方が適切だろう。汩
 神武天皇、雄略天皇の好戦性は、新羅族のそれを表現しているということになるし、仁徳天皇の仁慈ある治世は、百済族主導の統治を意味し、また、中央集権体制=律令制は、伽倻族の専制に因るものではないだろうか。
 ということで、現時点での新仮説として、日本古代は、伽倻族、新羅族、百済族の三つの異なる民族の併存併合混合混淆する三元・三極・三重体制であったとしたい。

追記:伽倻ー新羅ー百済の三元体制を仮説したが、やはり、その中では、伽倻族がもっとも主導的であったのではないだろうか。
 だから、伽倻主導的三元・三極・三重体制を大和朝廷の政体の本質としたい。

追記2:明治国家であるが、それは、この伽倻主導の三元体制から、百済母権民族が抜けている(追記:というよりは、百済母権民族の天皇王制が形式化され、つまり、「天皇制」化されて、きわめて、抑圧されたものになったのではないだろうか。完全には排除はしていないだろう)、伽倻主導伽倻・新羅二元体制ではなかっただろうか。百済母権民族の天皇王制は、形式として形骸的に利用されたということだろう。いわば、父権天皇制、独裁天皇制、専制天皇制となったと思われる。

**************************

後期弥生稲作民族(伽倻族)が、母権(扶余百済族)的と父権的(スキタイ新羅族)両騎馬民族を支配する

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に以下のように、日本国を主導(支配)している民族を推測した。
 やはり、2が支配的であると思う。その力学をもう少し説明すると、以下に仮説したように、日本古代において、三つの主要な民族の三幅対、三重構造、三つ巴があったとする。
 しかし、主導・支配的なのは、後期弥生農耕集団父権民族(伽倻族)と考える。
 彼らが背後、影で、母権的な百済族(天皇族)と父権的な新羅族(好戦的民族)を利用-操作-支配しているように推察されるのである。
 『日本書紀』はそれを物語っているように思える。
 例えば、有名な神武東征であるが、それは、伽倻族が好戦的な新羅族を利用して、為さしめた(あるいは、創作した、虚構した)ことではないだろうか。
 また、天皇制自体であるが、それは、母権的な百済族の天皇王国の政体を簒奪して、加工利用しているように推測できるのである。
 好戦性と平和性がイデオロギー的に利用されているのである。
 そして、伽倻族の集団主義が、日本国民全体に「伝染」しているように思うのである。これは、支配者「伽倻族」の思うつぼである。
 また、強調すべきは、伽倻族は、狡猾で利に敏いが、頭はよくない点である。つまり、集団的思考なので、明晰明確・的確正確な思考ができないと考えられる。
 そして、敗北主義であり、強者に媚び、屈従・隷従し、弱者に強圧暴虐的に振る舞うのである。
 それで、その末裔が後代、千争邪に騙されて、殲滅破滅を被るという図式ではないかと思う。
 東アジア世界戦争(「大東亜戦争」)は、伽倻族が千争邪の謀略・計略に嵌められた戦争だと思う。
 犠牲になったのは、母権的天皇族であり、父権的好戦的新羅族であろう。もっとも、伽倻的人民も犠牲になったことは当然であるが。

追記:上記のように考えれば、アマテラスがスサノヲを嫌ったことの意味も判明するだろう。つまり、伽倻族が、百済天皇王制を利用しつつ、好戦的新羅族をアマテラスに投影しつつも、天皇制イデオロギーから同じく、新羅族であるスサノヲを排除したということではないだろうか。
 ただ、問題は、出雲神話とスサノヲ(新羅族)の関係である。出雲神話は母権神話と考えるが、それと新羅をどう結びつけるのか。
 思うに、母権と父権の違いはあれ、二つの騎馬民族は友好的であったのではないだろうかと今仮説するのである。


追記2:果たして、スサノヲを父権的新羅族と見ていいのか。ちょっとマザコンぽいスサノヲは、母権民族ではないだろうか。ならば、新羅族の好戦性を投影されたアマテラスが、天皇制父権的イデオロギー位階秩序から、母権的スサノヲを否定排除するのは、まったく必然の力学である。

結局、薬局、北極、日本において何民族が主導しているのか

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私の仮説では、二つの主導民族がある。

1.後期弥生農耕集団父権民族とスキタイ(/ユダヤ)系遊牧父権新羅民族の融合した民族

2.後期弥生農耕集団父権民族

である。
 最近のイメージでは、2に傾いている。しかし、確定的ではない。
 私の脳裏では、藤原不比等の存在がある。彼は、1というより、2に属するような感じである。
 どうも、今のイメージでは、三つの主要な民族が基本にある。後期弥生民族(伽倻)と父権遊牧民族(新羅)と母権遊牧民族(扶余・百済)の三つである。
 日本古代において、この三幅対が存在していたのではないだろうか。そして、後期弥生民族(伽倻)が支配的であり、他の二つの民族を服属させていたのではないだろうか。
 伽倻は敗北主義ながら、隠微狡猾である。これは、今の現政権に繋がると思うのである。
 そう、現政権の好戦性であるが、実は、これは、父権遊牧民族(新羅)のそれを利用しているだけではないだろうか。ずる賢い、悪賢い賤民である。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11988393633.html


2015年02月12日(Thu)▲ページの先頭へ
伽や主導三元政体:伽や稲作集団父権民族と新羅スキタイユダヤ父権民族と百済ツングース・扶余母権民族
伽やの「や」(人偏の右に耳、左に郎の作りを入れる)の字体が文字化けするので、以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11988839848.html

伽倻主導三元体制:伽倻稲作集団父権民族と新羅スキタイユダヤ父権民族と百済ツングース扶余母権民族

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に、以下のように、伽倻族が、母権百済族と父権新羅族を支配していると仮説した。もっとも、土着母権縄文族、母権海洋族等は便宜上、省いているが。
 似本の支配・権力層は確かに、好戦的姿勢を取っているが、果たして、本質的に好戦性をもっているのだろうか。
 狡猾なので、新羅族の好戦性を利用しているだけではないだろうか。
 一見、某首相の姿勢は好戦的であるが、果たして、本質的にそうなのか。
 やはり、古代において、伽倻族が新羅族を支配したとき、後者の好戦性を利用する狡猾な手段を取るようになったのではないだろうか。好戦的なポーズをとれば、好戦的な新羅族を利用できるはずである。
 どうも、このように考えた方が、伽倻族が好戦的であると見るより、合理的であるようだ。
 伽倻族が好戦的であると見る場合は、やはり、伽倻族が、新羅族と融合した見ることになるだろう。
 しかし、融合だと、新羅族にも主導性が生じるのである。
 ちょっと、あいまいになってきた。
 後代の武士層の生成を考えると、やはり、好戦的新羅族がなんらか、支配層に存したと見るべきではないのか。
 そうならば、伽倻族だけが主導的であったのはなく、伽倻族と新羅族の融合した民族(融合民族)が主導的であったことになる。
 そうすると議論も元に戻る。それは、私の最初の作業仮説であったからである。
 ここで、新たな作業仮説を提示すると、日本古代においては、伽倻族、新羅族、百済族の三民族の三幅対、三重構造、三つ巴の権力体制があったとするのである。
 三元ないし三極民族体制である。これが、古代天皇制の実体、本体となる。
 だから、『日本書紀』は、この三元(三極、三重)民族体制の様相が描写・活写・実写されているというようにも考えられる。(追記:思うに、この三元体制の実相が、装飾・潤色・創作はあるものの、活写されていると言う方が適切だろう。)
 神武天皇、雄略天皇の好戦性は、新羅族のそれを表現しているということになるし、仁徳天皇の仁慈ある治世は、百済族主導の統治を意味し、また、中央集権体制=律令制は、伽倻族の専制に因るものではないだろうか。
 ということで、現時点での新仮説として、日本古代は、伽倻族、新羅族、百済族の三つの異なる民族の併存併合混合混淆する三元・三極・三重体制であったとしたい。

追記:伽倻ー新羅ー百済の三元体制と仮説したが、やはり、その中では、伽倻族がもっとも主導的であったのではないだろうか。
 だから、伽倻主導的三元・三極・三重体制を大和朝廷の政体の本質としたい。

追記2:明治国家であるが、それは、この伽倻主導の三元体制から、百済母権民族が抜けている(追記:というよりは、百済母権民族の天皇王制が形式化され、つまり、「天皇制」化されて、きわめて、抑圧されたものになったのではないだろうか。完全には排除はしていないだろう)、伽倻主導伽倻・新羅二元体制ではなかっただろうか。百済母権民族の天皇王制は、形式として形骸的に利用されたということだろう。いわば、父権天皇制、独裁天皇制、専制天皇制となったと思われる。

**************************


後期弥生稲作民族(伽倻族)が、母権(扶余百済族)的と父権的(スキタイ新羅族)両騎馬民族を支配する

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に以下のように、日本国を主導(支配)している民族を推測した。
 やはり、2が支配的であると思う。その力学をもう少し説明すると、以下に仮説したように、日本古代において、三つの主要な民族の三幅対、三重構造、三つ巴があったとする。
 しかし、主導・支配的なのは、後期弥生農耕集団父権民族(伽倻族)と考える。
 彼らが背後、影で、母権的な百済族(天皇族)と父権的な新羅族(好戦的民族)を利用-操作-支配しているように推察されるのである。
 『日本書紀』はそれを物語っているように思える。
 例えば、有名な神武東征であるが、それは、伽倻族が好戦的な新羅族を利用して、為さしめた(あるいは、創作した、虚構した)ことではないだろうか。
 また、天皇制自体であるが、それは、母権的な百済族の天皇王国の政体を簒奪して、加工利用しているように推測できるのである。
 好戦性と平和性がイデオロギー的に利用されているのである。
 そして、伽倻族の集団主義が、日本国民全体に「伝染」しているように思うのである。これは、支配者「伽倻族」の思うつぼである。
 また、強調すべきは、伽倻族は、狡猾で利に敏いが、頭はよくない点である。つまり、集団的思考なので、明晰明確・的確正確な思考ができないと考えられる。
 そして、敗北主義であり、強者に媚び、屈従・隷従し、弱者に強圧暴虐的に振る舞うのである。
 それで、その末裔が後代、千争邪に騙されて、殲滅破滅を被るという図式ではないかと思う。
 東アジア世界戦争(「大東亜戦争」)は、伽倻族が千争邪の謀略・計略に嵌められた戦争だと思う。
 犠牲になったのは、母権的天皇族であり、父権的好戦的新羅族であろう。もっとも、伽倻的人民も犠牲になったことは当然であるが。

追記:上記のように考えれば、アマテラスがスサノヲを嫌ったことの意味も判明するだろう。つまり、伽倻族が、百済天皇王制を利用しつつ、好戦的新羅族をアマテラスに投影しつつも、天皇制イデオロギーから同じく、新羅族であるスサノヲを排除したということではないだろうか。
 ただ、問題は、出雲神話とスサノヲ(新羅族)の関係である。出雲神話は母権神話と考えるが、それと新羅をどう結びつけるのか。
 思うに、母権と父権の違いはあれ、二つの騎馬民族は友好的であったのではないだろうかと今仮説するのである。


追記2:果たして、スサノヲを父権的新羅族と見ていいのか。ちょっとマザコンぽいスサノヲは、母権民族ではないだろうか。ならば、新羅族の好戦性を投影されたアマテラスが、天皇制父権的イデオロギー位階秩序から、母権的スサノヲを否定排除するのは、まったく必然の力学である。


画像は以下のリンクを見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11988314822.html

結局、薬局、北極、日本において何民族が主導しているのか

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私の仮説では、二つの主導民族がある。

1.後期弥生農耕集団父権民族とスキタイ(/ユダヤ)系遊牧父権新羅民族の融合した民族

2.後期弥生農耕集団父権民族

である。
 最近のイメージでは、2に傾いている。しかし、確定的ではない。
 私の脳裏では、藤原不比等の存在がある。彼は、1というより、2に属するような感じである。
 どうも、今のイメージでは、三つの主要な民族が基本にある。後期弥生民族(伽倻)と父権遊牧民族(新羅)と母権遊牧民族(扶余・百済)の三つである。
 日本古代において、この三幅対が存在していたのではないだろうか。そして、後期弥生民族(伽倻)が支配的であり、他の二つの民族を服属させていたのではないだろうか。
 伽倻は敗北主義ながら、隠微狡猾である。これは、今の現政権に繋がると思うのである。
 そう、現政権の好戦性であるが、実は、これは、父権遊牧民族(新羅)のそれを利用しているだけではないだろうか。ずる賢い、悪賢い賤民である。


参考:尚、緑色文字、イタリック、下線は管理人resurrectionに拠る。
天皇制国家の源流7 ツングース(百済)やモンゴル(新羅)に追われた呉越 ...
天皇制国家の源流7 ツングース(百済)やモンゴル(新羅)に追われた呉越(伽耶)が大和朝廷

%E5%8A%A0%E8%80%B6%E5%9C%B0%E5%9B%B3.jpg
画像はこちら からお借りしました。
「天皇制国家の源流6 朝鮮の支配階級の源流」 では、次のことを明らかにした。
【1】韓人(呉人)・倭人(越人)が農耕部族連合を形成していた朝鮮半島に、遊牧騎馬民族である扶余族(ツングース系)が断続的に南下してきた。彼らが建てたのが、辰国→馬韓→百済や高句麗である。
このように、辰国→辰韓→百済と高句麗は元々は同じ扶余族(ツングース系)である。
【2】それに対して、秦に追われて華北から逃れてきた秦亡民(主力はモンゴル系)が建てたのが辰韓→新羅である。
馬韓(後の百済)ではツングース系の扶余族が呉越系の韓人・倭人を直接支配し、
弁韓(後の伽耶)では扶余族が韓倭農耕連合を服属させ、
辰韓(後の新羅)では秦に追われたモンゴル系部族がツングース系の扶余族に服属しながら、韓人・倭人を支配していた。
これが、古代朝鮮の支配構造である。
いつも応援ありがとうございます。
 にほんブログ村 政治ブログへ



middle_1160654009.png
以下、『「日本=百済」説〜原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)「第四章 謎の辰国を追ってみると」 から、辰国→馬韓→百済や高句麗の出自を要約する。

ユーラシア大陸の極東に位置する韓半島の地理は、西海岸から大陸文化が流れ込みやすいようになっている。もちろんシベリア沿岸州経由で東海岸ルートもあるが、山脈が海岸線に迫り、島もなく、文明の主流は西側であり、国家の形成も遅れた。そのような地勢学を背景に南韓には馬韓・辰韓・弁韓(弁辰)があった。
三韓の馬韓・辰韓・弁韓の後身が百済・新羅・伽耶。伽耶は6世紀に滅亡し、韓半島の三国(百済・新羅・高句麗)となる。
重要なことは、南韓のほとんどの国の王が扶余系出身だったということ。
辰国領土の各地に馬韓・辰韓・弁韓の三韓が派生するが、実質的に辰王族出身の馬韓王系が、辰韓・弁韓の王になった。
倭国を訪れた隋の使節は『隋書』に、倭の秦王の国があるとしている(この「秦」は「辰」の誤写)。
倭国は7世紀半ばまでも辰王の国と見なされていた。韓半島と日本列島の古代王国の首長は、すべて騎馬民族出身で同じ扶余系、つまり辰王家出身者であった。
天皇の辰王系説を正式に否定したのは『記紀』以後のことで、それまでは辰王・辰国につらなる正当性を以って、半島と列島での主権を主張していた。

辰国は扶余族の一部で、同じ扶族出身の高句麗建国に先立ち紀元前4世紀頃、韓半島に入り、遼河と平壌にわたる一帯に建国し、鴨緑江流域に高句麗勢力が建国すると南下し、平壌が中心となる。
その後、漢の植民地漢四郡が設置されると、辰国はそれに押されて帯方郡に隣接した漢江以南に国を移した。
それ以前、南韓には、緩い組織の稲作中心の諸部族国家が散在していた。
辰国は馬韓以外の地域を直接統治してはいなかったものの、辰国の王族の子弟を派遣して在地の諸部族の連合体を構成し、辰韓・弁韓にまとめあげた。
それら分国(辰韓・弁韓)の王が辰王家出身で、辰王の直系が馬韓で「辰王(馬韓)だけが南韓の王になれる」という信仰は、北から民族移動をしてきた扶余系の騎馬民族集団が共有した。
但し、辰王は宗教的・象徴的な性格の存在であり、強力な統一国家ではなかった。
『後漢書』によると、辰王は馬韓の中に別途に目支国を置き、そこで南韓全体を支配していたという。それはヴァチカン市国がローマの中にあり、ローマ法王が宗教面で欧州の各王の上にあったのに相当する権威が、辰王にもあったと考えられる。すなわち、「扶余系の太陽神の直系が各国を治める権威を持つ」という思想である。
辰王は、宗教的権威で三韓に君臨して馬韓の中にある目支国を拠点にしていた。辰王を戴く辰国から農耕民を母胎とした三韓が生まれ、紀元前後に扶余系の遊牧騎馬民族が南下し、三韓をもとにした三国を樹立する。しかし尚、その初期においては辰王の権威は無視できなかった。
辰王の直系が馬韓王、その王族が辰韓・弁韓の王となって派遣されたという。
扶余系の高句麗から百済が分派・南下し(つまり、百済と高句麗は同根)、辰国の正当継承者である馬韓を吸収することで、百済王が辰王の地位を得る。百済王はその権威をもって新羅・加耶の王を任命した。初期三国の王家は辰王家出身であることが原則で、その権威は大きかった。
紀元前2世紀から紀元後1世紀にかけて、三韓から三国(百済・新羅・伽耶)に移行する。その変革の最も大きな理由は鉄器の普及にあり、百済・新羅がはっきりした国の体制になり、伽耶も統一こそしなかったものの連合勢力の王権が強化された。
初期の新羅王までは辰王系を継承した百済王家出身だったが、その後の新羅ではその原則が守られなくなった。新羅には姓の異なる複数の王が登場し、その後の新羅は辰王推戴の原則が守られなくなり、その時点で百済は扶余王直系と主張するようになってゆくと考えられる。
三国間の争いが激しくなるにしたがい、辰王の物理的な実力のない宗教的な権威は無視され、半島の正史にすらその名を留められないようになる。韓国史家の間でも、辰国は想像の産物と思われるようになった。

【2】このように、辰国→辰韓→百済と高句麗は元々は同じ扶余族(ツングース系)だが、新羅は別の部族(モンゴル系)らしい。
以下、『「日本=百済」説〜原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)「第四章 謎の辰国を追ってみると」 から、新羅の出自を要約する。

新羅は高句麗・百済とは別系統でありながらも、初期に馬韓王に指名された王、すなわち百済人を推戴している。中国史書の記録では「新羅人は辰韓の出身でありながら、辰韓王は常に馬韓人」(『梁書』「新羅伝」)、「新羅の前身辰韓王は馬韓人」(『晋書』「辰韓伝」)とある。
しかし、その後の王族は扶余系ではない別系統の王を輩出する。
新羅王家には朴・昔・金という3つの姓氏があった。
王の称号も第1代が「居西干(コセガン)」、2代が「次次雄(チャチャウン)」、3代から18代が「尼師今(イサグム)」、19代から22代は「麻立干(マリッカン)」であり、23代以後は中国式の「王」を使うが、それ以前は4つの王号があった。号が異なるということは民族が異なることを示唆する。
新羅の支配階級は、シベリアを横断して日本海側を南下して、迎日湾付近から慶州平野へ進出したスキタイ族に近い勢力であったと思われる。
実際、新羅の文化は、扶余系の高句麗・百済のものと大きく異なり、シベリア・スキタイ系文化の特色が見られる。また、『後漢書』「辰韓伝」によると新羅の前身である辰韓の言葉は高句麗や百済の言語とは違っていた。
中国史書『晋書』「辰韓伝」によると、新羅の前身である辰韓の建国は、秦の始皇帝の
万理の長城建設に動員された塞外地帯の民がその労役をさけて移動をしてきたため、馬韓が領土の東部の一部を割譲したことから始まったとある。このことは、辰韓→新羅が扶余族とは異なる民族であることを示唆している。
新羅王家は少なくとも朴・昔・金の三家が交代していることから、「王は神であり、他の姓とは替えられない」という扶余系の現人神思想が新羅にはなかったと推測できる。

まとめると、次のようになる。


【1】紀元前5〜4世紀、中国戦国時代に滅んだ呉人(韓人)、越人(倭人)が朝鮮半島に流れ着き、農耕社会を形成した。(一部は日本列島に流れ着き、弥生社会を形成)。


【2】紀元前4世紀〜、遊牧騎馬民族であるツングース系の扶余族が朝鮮半島を南下。朝鮮半島西部に辰国をつくり、朝鮮半島南部・東部の韓倭農耕部族連合を服属させた。
これがそのまま、馬韓(西部)・弁韓(南部)・辰韓(東部)となる。
つまり、三韓とは、ツングース族(扶余族)が韓人・倭人(呉越人)を服属させた社会である。


【3】スキタイ系部族の影響を受けた(or混融した?)モンゴル系部族が、秦に追われて南下し、馬韓から辰韓の地を割譲してもらい支配した。これが新羅の源流である。そして、辰韓は馬韓に服属していた。
秦支配から逃げる過程で一部は海に脱出、出雲・敦賀に流れ着き丹波・大和に拠点をつくったのがスサノオ・オオクニヌシ・ニギハヤヒなどの新羅勢力だと考えられる。(管理者:この点は疑問がある。)
(秦の始皇帝を騙して日本列島に脱出した徐福の伝説と同じ構図である。)


【4】さらに、辰国とは別の扶余系部族が、高句麗を建て南満州〜北朝鮮を支配。その分派の百済が朝鮮半島を南下し馬韓を奪取。弁韓(→伽耶)と辰韓(→新羅)を服属させた。
つまり、ツングース系の扶余族(百済)が、韓倭農耕部族連合(伽耶)とモンゴル系(新羅)を服属させた。ところが、新羅はすぐに百済から独立し、弁韓(→伽耶)を侵食しながら、百済と対抗するようになる。
そして、百済(ツングース)や新羅(モンゴル)に追い詰められた伽耶(韓倭農耕部族連合)の一派が、日本列島に逃れてきた。そして、先着していた新羅勢力(オオクニヌシやニギハヤヒ)を追い出しor服属させたのが、第一期大和朝廷(天孫族)である。
つまり、大和朝廷の原点は、春秋戦国時代に滅亡した呉越の生き残り(韓人・倭人)が、さらに、ツングース系の扶余族(高句麗・百済)やモンゴル族(新羅)に追われて日本列島にやってきた二重の敗残者である。
これが「属国意識の源流〜日本の支配階級に刻印された敗北思考(体裁思考)」 の理由ではないだろうか。
敗北主義にもかかわらず彼が生き延びることができたのは、流れ着いた先の日本列島は、圧倒的大多数を縄文人が占める平和な共同体社会とお上捨象体質だったからである。それをいいことに、彼ら伽耶勢力は日本に君臨することになった。
つまり、大和朝廷(伽耶勢力)とは、敗北思考にも拘わらず君臨するという、世界中でも稀に見る特異な性格の支配者なのである。
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2012/11/2410.html



天皇制国家の源流(葛城ネットワーク)まとめ1 日本と朝鮮の支配部族の源流
天皇制国家の源流(葛城ネットワーク)まとめ1 日本と朝鮮の支配部族の源流

 いままで十数回にわたり天皇制国家の源流を追求してきました。ここで、いままでのまとめを行いたいと思います。ちょうど年末のなんでや劇場で、日本の闇勢力について追求が行われました。その内容も併せて、四回程でまとめてみたいと思います。
まず、古代以前のユーラシア大陸の状況からです。
●北方モンゴロイドの南下
・5万年前〜2.1万年前、極寒化で北方モンゴロイドは小部族で南下。シベリアは無人状態に。
・2.1万年前〜1.3万年前、温暖化で人口爆発し、モンゴル平原に北上。アルタイ系3祖族を形成(新モンゴロイド)。父系集団で垂直的な上天信仰、熊神信仰、冬祀りetcの文化。
・1.3万年前、急激な冷え戻りで、南下。チュルク族は西方に、モンゴル族は南方に、ツングース族は東方に拡散。(下図参照)
%25E5%258C%2597%25E6%2596%25B9%25E3%2583%25A2~1.jpg
(画像はリンク よりお借りしました)
 にほんブログ村 政治ブログへ



・6千年前〜4千年前、中央アジアの乾燥を契機にアーリア族による略奪闘争が発生し、東西に玉突き的に伝播。アーリア族→チュルク族→モンゴル族→ツングース族と玉突き的に急激な移動・拡散が起こる。
チュルク族は、早くからアーリア族と混融。馬と金属の文化で、西アジアから地中海、あるいは東欧・ロシアにまで分布。
モンゴル族は、東アジアから中央アジアに広域に拡散。北方は遊牧を続け、南下した部族は農耕に転換。
ツングース族は、極東で長く狩猟を維持(馬とトナカイを飼い慣らす)。モンゴル族と混融。シベリア・満州・朝鮮の源流。
・3.5千年前、モンゴル族が殷を建国。3.1千年前、チベット族が周を建国。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆日本には3〜1万年前から、主に南方のスンダランドから列島にやってきた人々が縄文人を形成、そこに新たに大陸の戦乱から逃れた江南人がやってきて弥生人が生まれます。
●縄文人+江南流民=弥生人
 日本人の基層を成すのは縄文人であるが、2480年前の呉、2340年前の越、2235年前の楚の滅亡に伴って江南人の一部が日本列島に亡流した。彼ら江南流民は、何れも少人数で、周りの縄文人に受け入れられ、混融していった。これら少数の江南流民と縄文人の混血を弥生人と呼ぶことにする。
 彼らは2400年前〜2200年前までに、九州、出雲、北陸、あるいは瀬戸内、高知、尾張、紀伊、伊豆に国を作っていった。=弥生人の小国。
 ここで、倭人について触れたいと思います。倭人とは、日本史では古代の日本人そのもののように言われていますが、明らかに間違いで、上記の中国南方からの流民(江南人)を指しています。日本列島に流れ着いたのは一部であり、その主力は朝鮮半島へ流れ着いていました。
●倭人とは江南人(呉・越・楚人)
 倭人とは、2500年前〜2200年前に発生した江南人(呉人、越人、楚人)の流民である。2480年前の呉滅亡→呉人が弁韓へ、2340年前の越滅亡→越人が馬韓へ、2235年前の楚滅亡→楚人が辰韓へ(いずれも一部は日本列島へ亡流)。
go_etu_tokai%E5%80%AD%E4%BA%BA.jpg
〔呉・越・楚の滅亡と遺民(倭人)の移動〕(図版はリンク よりお借りしました。)
 倭人が江南人のことであることの証拠に、中国からみた倭(人)の範囲が時代を追うにつれ南に下がってゆく。
 最初、中国は南朝鮮全体を倭と呼んでいたが、百済・新羅国家が形成されると、国家が形成されずに部族連合として残った伽耶を倭と呼ぶようになり、伽耶滅亡後には、倭は日本列島だけを指すようになった。
 魏志倭人伝の時代は主に伽耶の倭人が活躍していた時代であり、そこで登場する倭は日本ではなく、朝鮮半島にあったのである。高句麗の広開土王が戦った倭も朝鮮半島の伽耶のことである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆倭人は、朝鮮半島で水田稲作を始めていました。そこに稲作民を支配する様式を持つ北方部族が南下して、国家を形成し始めます。
●倭人+扶余族=韓人
 朝鮮半島では、これら江南流民がほぼ原住民=倭人であるが、後に朝鮮半島へツングース族(一部モンゴル族)が南下する。後から侵入してきた扶余族との倭人との混血を韓人と呼びます。
1.2300年前、ツングース系の扶余族が南下し、半島西部に辰国を作り、南部(弁韓)、東部(辰韓)を服属させる。つまり、三韓とは、扶余族が韓倭人(呉・越人)を服属させた国である。扶余族と倭人(呉・越人)が混血したのが韓人である。
2.2235年前、秦に強制移住させられていたモンゴル系部族(スキタイとも混融?)が大量の楚人と共に脱出・南下。辰国(中心が馬韓)から東部の辰韓を割譲してもらい、これを支配。
3.1950年前、別の扶余族が半島北部に高句麗を建国。その分派が南下して馬韓を奪い百済に。百済が、弁韓(→伽耶)と辰韓(→新羅)を支配。
 新羅は、百済=扶余族に従属するモンゴル系部族が江南流民(主に楚人)を支配した国である。新羅が扶余族ではない証拠に、新羅はシベリア・スキタイ系文化の色彩を帯び、言葉も扶余系とは異なる。従って新羅には「王は神で、他の姓は替れない」という扶余族の現人神(天孫降臨)信仰はなかった。
 秦の長城建設の為に強制移住させられていた楚人とモンゴル族(スキタイ族?)が、モンゴル族に率いられて脱出し、極東を東端まで横断した後、日本海沿岸を南下して慶州平野に進出した。中国「辰韓伝」によると、馬韓が脱出してきた民に、馬韓領土の東部を割譲したとあり、辰韓は馬韓に服属することで成立した。
%E7%B7%A8%E9%9B%86%E5%BE%8C%E3%80%80%E5%9C%B0%E5%9B%B3.jpg
〔秦帝国と万里の長城、朝鮮半島の付け根まで万里の長城が伸びている。そこで強制労働させられていた人々が逃げ出し(図中の矢印)朝鮮半島の辰韓を形成 〕
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆この時代までは、日本へは流民として命からがらやって来て、原住民の縄文の人々に受け入れられた人々でしたが、中国の秦の時代になると様相が変わってきます。計画的に大集団がまとまってやってきます。伝説でも有名な徐福です。彼らが、それ以後の日本でネットワークを形成し支配勢力の中核となっていきます。(続く)

http://blog.nihon-syakai.net/blog/2013/01/2475.html

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11988393633.html


後期弥生稲作民族(伽倻族)が、母権(扶余百済族)的と父権的(スキタイ新羅族)両騎馬民族を支配する
リンクは以下から見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11988393633.html

尚、本記事は直近の記事の一部修正したものである。

後期弥生稲作民族(伽倻族)が、母権(扶余百済族)的と父権的(スキタイ新羅族)両騎馬民族を支配する

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に以下のように、日本国を主導(支配)している民族を推測した。
 やはり、2が支配的であると思う。その力学をもう少し説明すると、以下に仮説したように、日本古代において、三つの主要な民族の三幅対、三重構造、三つ巴があったとする。
 しかし、主導・支配的なのは、後期弥生農耕集団父権民族(伽倻族)と考える。
 彼らが背後、影で、母権的な百済族(天皇族)と父権的な新羅族(好戦的民族)を利用-操作-支配しているように推察されるのである。
 『日本書紀』はそれを物語っているように思える。
 例えば、有名な神武東征であるが、それは、伽倻族が好戦的な新羅族を利用して、為さしめた(あるいは、創作した、虚構した)ことではないだろうか。
 また、天皇制自体であるが、それは、母権的な百済族の天皇王国の政体を簒奪して、加工利用しているように推測できるのである。
 好戦性と平和性がイデオロギー的に利用されているのである。
 そして、伽倻族の集団主義が、日本国民全体に「伝染」しているように思うのである。これは、支配者「伽倻族」の思うつぼである。
 また、強調すべきは、伽倻族は、狡猾で利に敏いが、頭はよくない点である。つまり、集団的思考なので、明晰明確・的確正確な思考ができないと考えられる。
 そして、敗北主義であり、強者に媚び、屈従・隷従し、弱者に強圧暴虐的に振る舞うのである。
 それで、その末裔が後代、千争邪に騙されて、殲滅破滅を被るという図式ではないかと思う。
 東アジア世界戦争(「大東亜戦争」)は、伽倻族が千争邪の謀略・計略に嵌められた戦争だと思う。
 犠牲になったのは、母権的天皇族であり、父権的好戦的新羅族であろう。もっとも、伽倻的人民も犠牲になったことは当然であるが。

追記:上記のように考えれば、アマテラスがスサノヲを嫌ったことの意味も判明するだろう。つまり、伽倻族が、百済天皇王制を利用しつつ、好戦的新羅族をアマテラスに投影しつつも、天皇制イデオロギーから同じく、新羅族であるスサノヲを排除したということではないだろうか。
 ただ、問題は、出雲神話とスサノヲ(新羅族)の関係である。出雲神話は母権神話と考えるが、それと新羅をどう結びつけるのか。
 思うに、母権と父権の違いはあれ、二つの騎馬民族は友好的であったのではないだろうかと今仮説するのである。


追記2:果たして、スサノヲを父権的新羅族と見ていいのか。ちょっとマザコンぽいスサノヲは、母権民族ではないだろうか。ならば、新羅族の好戦性を投影されたアマテラスが、天皇制父権的イデオロギー位階秩序から、母権的スサノヲを否定排除するのは、まったく必然の力学である。

結局、薬局、北極、日本において何民族が主導しているのか

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私の仮説では、二つの主導民族がある。

1.後期弥生農耕集団父権民族とスキタイ(/ユダヤ)系遊牧父権新羅民族の融合した民族

2.後期弥生農耕集団父権民族

である。
 最近のイメージでは、2に傾いている。しかし、確定的ではない。
 私の脳裏では、藤原不比等の存在がある。彼は、1というより、2に属するような感じである。
 どうも、今のイメージでは、三つの主要な民族が基本にある。後期弥生民族(伽倻)と父権遊牧民族(新羅)と母権遊牧民族(扶余・百済)の三つである。
 日本古代において、この三幅対が存在していたのではないだろうか。そして、後期弥生民族(伽倻)が支配的であり、他の二つの民族を服属させていたのではないだろうか。
 伽倻は敗北主義ながら、隠微狡猾である。これは、今の現政権に繋がると思うのである。
 そう、現政権の好戦性であるが、実は、これは、父権遊牧民族(新羅)のそれを利用しているだけではないだろうか。ずる賢い、悪賢い賤民である。


2015年02月11日(Wed)▲ページの先頭へ
母権(扶余百済族)的と父権的(スキタイ新羅族)両騎馬民族を後期弥生稲作民族(伽倻族)が支配する
リンクは以下から見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11988393633.html


母権(扶余百済族)的と父権的(スキタイ新羅族)両騎馬民族を後期弥生稲作民族(伽倻族)が支配する

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

先に以下のように、日本国を主導(支配)している民族を推測した。
 やはり、2が支配的であると思う。その力学をもう少し説明すると、以下に仮説したように、日本古代において、三つの主要な民族の三幅対、三重構造、三つ巴があったとする。
 しかし、主導・支配的なのは、後期弥生農耕集団父権民族(伽倻族)と考える。
 彼らが背後、影で、母権的な百済族(天皇族)と父権的な新羅族(好戦的民族)を利用-操作-支配しているように推察されるのである。
 『日本書紀』はそれを物語っているように思える。
 例えば、有名な神武東征であるが、それは、伽倻族が好戦的な新羅族を利用して、為さしめた(あるいは、創作した、虚構した)ことではないだろうか。
 また、天皇制自体であるが、それは、母権的な百済族の天皇王国の政体を簒奪して、加工利用しているように推測できるのである。
 好戦性と平和性がイデオロギー的に利用されているのである。
 そして、伽倻族の集団主義が、日本国民全体に「伝染」しているように思うのである。これは、支配者「伽倻族」の思うつぼである。
 また、強調すべきは、伽倻族は、狡猾で利に敏いが、頭はよくない。つまり、集団的思考なので、明確な思考ができないと考えられる。
 そして、敗北主義であり、強者に媚び、屈従・隷従し、弱者に強圧暴虐的に振る舞うのである。
 それで、千争邪に騙されて、破滅を被るということではないかと思う。
 東アジア世界戦争(「大東亜戦争」)は、伽倻族が千争邪の謀略・計略に嵌められた戦争だと思う。
 犠牲になったのは、母権的天皇族であり、父権的好戦的新羅族であろう。もっとも、伽倻的人民も犠牲になったことは当然であるが。

追記:上記のように考えれば、アマテラスがスサノヲを嫌ったことの意味も判明するだろう。つまり、伽倻族が、百済天皇王制を利用しつつ、好戦的新羅族をアマテラスに投影しつつも、天皇制イデオロギーから同じく、新羅族であるスサノヲを排除したということではないだろうか。
 ただ、問題は、出雲神話とスサノヲ(新羅族)の関係である。出雲神話は母権神話と考えるが、それと新羅をどう結びつけるのか。
 思うに、母権と父権の違いはあれ、二つの騎馬民族は友好的であったのではないだろうかと今仮説するのである。


追記2:果たして、スサノヲを父権的新羅族と見ていいのか。ちょっとマザコンぽいスサノヲは、母権民族ではないだろうか。ならば、新羅族の好戦性を投影されたアマテラスが、天皇制父権的イデオロギー位階秩序から、母権的スサノヲを否定排除するのは、まったく必然の力学である。

結局、薬局、北極、日本において何民族が主導しているのか

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私の仮説では、二つの主導民族がある。

1.後期弥生農耕集団父権民族とスキタイ(/ユダヤ)系遊牧父権新羅民族の融合した民族

2.後期弥生農耕集団父権民族

である。
 最近のイメージでは、2に傾いている。しかし、確定的ではない。
 私の脳裏では、藤原不比等の存在がある。彼は、1というより、2に属するような感じである。
 どうも、今のイメージでは、三つの主要な民族が基本にある。後期弥生民族(伽倻)と父権遊牧民族(新羅)と母権遊牧民族(扶余・百済)の三つである。
 日本古代において、この三幅対が存在していたのではないだろうか。そして、後期弥生民族(伽倻)が支配的であり、他の二つの民族を服属させていたのではないだろうか。
 伽倻は敗北主義ながら、隠微狡猾である。これは、今の現政権に繋がると思うのである。
 そう、現政権の好戦性であるが、実は、これは、父権遊牧民族(新羅)のそれを利用しているだけではないだろうか。ずる賢い、悪賢い賤民である。


2015年02月08日(Sun)▲ページの先頭へ
鯊似本に、風朕、緒葉真、秋欣瓶が畿内のか?:父権遊牧民的好戦性と農耕父権集団民的屈従性の融合
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11987177642.html

鯊似本に、風朕、緒葉真、秋欣瓶が畿内のか?:父権遊牧民的好戦性と農耕父権集団民的屈従性の融合

テーマ:総て出鱈目日本の元凶ヤハウェ父権自我悪魔

私は日本父権民族批判をしている。今の支配層・権力層の人間をそう見るのである。
 強者に媚び、屈従隷従し、弱者は暴虐的に利用する。
 私は後期弥生農耕的集団民族と遊牧系父権民族の混淆が源泉と考えている。
 しかし、私の疑念は、農耕的集団民族は、母権的なのだろうかという点である。意外に父権的なのではないだろうか。
 そうすると、遊牧系父権民族を仮説する必要がなくなるのである。
 しかしながら、問題は好戦性の源泉である。それを考えると、遊牧系父権民族が想定されるのである。
 思うに、農耕的集団父権民族と遊牧系父権民族の混合(追記:これを融合と見れば、明快になるのである)が、日本父権民族を形成したのではないかということが考えられる。
 つまり、後者の好戦性と前者の屈従性が融合して、日本父権民族の性格が生まれたということではないだろうか。

追記:以下の最初の参考記事「天皇制国家の源流7 ツングース(百済)やモンゴル(新羅)に追われた呉越(伽耶)が大和朝廷」に、日本支配層の敗北主義の説明があるが、私の説とは異なる。
 伽倻(これが、私の仮説する農耕父権集団民族)が日本に到来するのは、肯定しよう。しかし、伽倻が既に到来していた新羅勢力を服属させるという点は肯定しない。
 私は思うに、新羅民族(スキタイ系遊牧民族)が、伽倻民族を服属させたように思うのである。新羅民族の好戦性と伽倻民族の屈従性の混合が日本父権民族の性格を形成したのではないだろうか。
 さらに、検討しないといけない。

追記2:日本父権民族の好戦性を、後期弥生農耕父権集団民族(伽倻民族)の性格で説明できるだろうか。
 もしできるなら、以下の説明は納得できることになるが。
 しかし、凶暴無惨残虐暴虐な好戦性は、農耕民族の性格からは説明できないのではないだろうか。
 しかし、私の仮説の新羅民族の好戦性にも欠点がある。何故、スキタイ系遊牧民族が伽倻民族と融合して、屈従・敗北主義的になるのかという問題があるからである。
 今、思いついたが、日本民族は、二重構造ではなく、三重構造ないし四重構造ではないかということである。
 つまり、日本民族は、

1,ツングース系扶余・百済母権民族
2.スキタイ系新羅父権民族
3.後期弥生農耕父権集団民族
4.土着的縄文母権民族

の四つの民族から、少なくとも構成されると見るのである。
 三重構造というのは、4を外して考える場合である。
 いちおう、三重構造で考えると、以下の記事にあるように、3が主体になって、1と2を服属させ、支配したとしよう。
 3は狡猾な民族であり、1の母権天皇制と2の父権遊牧民族の好戦性を利用して、『日本書記』をメイクアップしたのではないだろうか。
 そう、日本父権民族の好戦性は新羅民族から来ていて、それを、巧妙狡猾卑怯卑劣な3の父権民族が利用しているのではないだろうか。
 つまり、後期弥生農耕父権集団民族が二つの、異なる遊牧民族(母権扶余民族と父権スキタイ系新羅民族)を利用支配しているということではないだろうか。 
 四重構造で見れば、さらに、土着的母権縄文民族を新羅民族を利用して、迫害虐殺したと考えられる。ターゲットは蝦夷や隼人等である。
 3はとんでもない賤民民族である。

追記3:3が日本父権民族の主体としても、その好戦性は、2の好戦性を狡猾に利用しているということではないだろうか。本当は、好戦性はないのである。2をイデオロギー的に利用していると考えられるのである。
 つまり、現実的に言えば、椅子羅謀黒への闘争を宣言すれば、日本民族の構成員の2が反応すると現似本背腐は重っているということではないだろうか。

追記4:今、ふと想起したが、3の農耕父権集団民族と2のスキタイ系新羅父権民族は、一国両制の統治システムをとったのではないだろうか。つまり、スキタイ系新羅父権民族は「北面官」が、後期弥生的農耕集団父権民族を「南面官」が支配するようになったのではないだろうか。つまり、二つの民族を並行的に支配するシステムである。だから、中心は二つのあるのであり、「北面官」と「南面官」である。
 そして、新羅系は、扶余・百済系の母権天皇制を簒奪して、父権制に変えてしまったのではないだろうか。その改竄的記録が『日本書記』ではないか。
 とまれ、一国両制システムを仮説したい。
尚、この制度概念は、陳舜臣氏の『桃源郷』の冒頭の説明にある。
 「遼の独特の制度は、なんといっても、契丹族をはじめ遊牧の人民は北面官が治め、定住の漢族は南面官が担当するという一国両制のシステムである。」 (上巻)7頁

追記5:一国両制システムをとっていたとしよう。しかし、時間が経つに連れて、後期弥生農耕集団父権民族(伽倻民族)とスキタイ系遊牧父権民族(新羅民族)は融合して、上述したような、強者に服従し、弱者を虐待する性格が生まれたのではないだろうか。敗北主義と暴政主義である。

追記6:好戦的遊牧父権民族であるが、それにユダヤ民族を含めてもいいかもしれない。つまり、多重複合的な好戦的遊牧父権民族を見ていいのではないだろうか。

追記7:天孫降臨族とは、2と3の融合した父権民族であり、天孫ないし天孫降臨という理念は、1の扶余・百済母権民族の天皇王国制度のそれをイデオロギー的に借用・利用した、奪った・横取りした、「パクった」ものではないだろうか。父権民族は狡猾である。

桃源郷〈上〉 (集英社文庫)/集英社

¥720
Amazon.co.jp


参考:尚、緑色文字、イタリック、下線は管理人resurrectionに拠る。

天皇制国家の源流7 ツングース(百済)やモンゴル(新羅)に追われた呉越(伽耶)が大和朝廷

%E5%8A%A0%E8%80%B6%E5%9C%B0%E5%9B%B3.jpg
画像はこちら からお借りしました。
「天皇制国家の源流6 朝鮮の支配階級の源流」 では、次のことを明らかにした。
【1】韓人(呉人)・倭人(越人)が農耕部族連合を形成していた朝鮮半島に、遊牧騎馬民族である扶余族(ツングース系)が断続的に南下してきた。彼らが建てたのが、辰国→馬韓→百済や高句麗である。
このように、辰国→辰韓→百済と高句麗は元々は同じ扶余族(ツングース系)である。
【2】それに対して、秦に追われて華北から逃れてきた秦亡民(主力はモンゴル系)が建てたのが辰韓→新羅である。
馬韓(後の百済)ではツングース系の扶余族が呉越系の韓人・倭人を直接支配し、
弁韓(後の伽耶)では扶余族が韓倭農耕連合を服属させ、
辰韓(後の新羅)では秦に追われたモンゴル系部族がツングース系の扶余族に服属しながら、韓人・倭人を支配していた。
これが、古代朝鮮の支配構造である。
いつも応援ありがとうございます。
 にほんブログ村 政治ブログへ



middle_1160654009.png
以下、『「日本=百済」説〜原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)「第四章 謎の辰国を追ってみると」 から、辰国→馬韓→百済や高句麗の出自を要約する。

ユーラシア大陸の極東に位置する韓半島の地理は、西海岸から大陸文化が流れ込みやすいようになっている。もちろんシベリア沿岸州経由で東海岸ルートもあるが、山脈が海岸線に迫り、島もなく、文明の主流は西側であり、国家の形成も遅れた。そのような地勢学を背景に南韓には馬韓・辰韓・弁韓(弁辰)があった。
三韓の馬韓・辰韓・弁韓の後身が百済・新羅・伽耶。伽耶は6世紀に滅亡し、韓半島の三国(百済・新羅・高句麗)となる。
重要なことは、南韓のほとんどの国の王が扶余系出身だったということ。
辰国領土の各地に馬韓・辰韓・弁韓の三韓が派生するが、実質的に辰王族出身の馬韓王系が、辰韓・弁韓の王になった。
倭国を訪れた隋の使節は『隋書』に、倭の秦王の国があるとしている(この「秦」は「辰」の誤写)。
倭国は7世紀半ばまでも辰王の国と見なされていた。韓半島と日本列島の古代王国の首長は、すべて騎馬民族出身で同じ扶余系、つまり辰王家出身者であった。
天皇の辰王系説を正式に否定したのは『記紀』以後のことで、それまでは辰王・辰国につらなる正当性を以って、半島と列島での主権を主張していた。

辰国は扶余族の一部で、同じ扶族出身の高句麗建国に先立ち紀元前4世紀頃、韓半島に入り、遼河と平壌にわたる一帯に建国し、鴨緑江流域に高句麗勢力が建国すると南下し、平壌が中心となる。
その後、漢の植民地漢四郡が設置されると、辰国はそれに押されて帯方郡に隣接した漢江以南に国を移した。
それ以前、南韓には、緩い組織の稲作中心の諸部族国家が散在していた。
辰国は馬韓以外の地域を直接統治してはいなかったものの、辰国の王族の子弟を派遣して在地の諸部族の連合体を構成し、辰韓・弁韓にまとめあげた。
それら分国(辰韓・弁韓)の王が辰王家出身で、辰王の直系が馬韓で「辰王(馬韓)だけが南韓の王になれる」という信仰は、北から民族移動をしてきた扶余系の騎馬民族集団が共有した。
但し、辰王は宗教的・象徴的な性格の存在であり、強力な統一国家ではなかった。
『後漢書』によると、辰王は馬韓の中に別途に目支国を置き、そこで南韓全体を支配していたという。それはヴァチカン市国がローマの中にあり、ローマ法王が宗教面で欧州の各王の上にあったのに相当する権威が、辰王にもあったと考えられる。すなわち、「扶余系の太陽神の直系が各国を治める権威を持つ」という思想である。
辰王は、宗教的権威で三韓に君臨して馬韓の中にある目支国を拠点にしていた。辰王を戴く辰国から農耕民を母胎とした三韓が生まれ、紀元前後に扶余系の遊牧騎馬民族が南下し、三韓をもとにした三国を樹立する。しかし尚、その初期においては辰王の権威は無視できなかった。
辰王の直系が馬韓王、その王族が辰韓・弁韓の王となって派遣されたという。
扶余系の高句麗から百済が分派・南下し(つまり、百済と高句麗は同根)、辰国の正当継承者である馬韓を吸収することで、百済王が辰王の地位を得る。百済王はその権威をもって新羅・加耶の王を任命した。初期三国の王家は辰王家出身であることが原則で、その権威は大きかった。
紀元前2世紀から紀元後1世紀にかけて、三韓から三国(百済・新羅・伽耶)に移行する。その変革の最も大きな理由は鉄器の普及にあり、百済・新羅がはっきりした国の体制になり、伽耶も統一こそしなかったものの連合勢力の王権が強化された。
初期の新羅王までは辰王系を継承した百済王家出身だったが、その後の新羅ではその原則が守られなくなった。新羅には姓の異なる複数の王が登場し、その後の新羅は辰王推戴の原則が守られなくなり、その時点で百済は扶余王直系と主張するようになってゆくと考えられる。
三国間の争いが激しくなるにしたがい、辰王の物理的な実力のない宗教的な権威は無視され、半島の正史にすらその名を留められないようになる。韓国史家の間でも、辰国は想像の産物と思われるようになった。

【2】このように、辰国→辰韓→百済と高句麗は元々は同じ扶余族(ツングース系)だが、新羅は別の部族(モンゴル系)らしい。
以下、『「日本=百済」説〜原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)「第四章 謎の辰国を追ってみると」 から、新羅の出自を要約する。

新羅は高句麗・百済とは別系統でありながらも、初期に馬韓王に指名された王、すなわち百済人を推戴している。中国史書の記録では「新羅人は辰韓の出身でありながら、辰韓王は常に馬韓人」(『梁書』「新羅伝」)、「新羅の前身辰韓王は馬韓人」(『晋書』「辰韓伝」)とある。
しかし、その後の王族は扶余系ではない別系統の王を輩出する。
新羅王家には朴・昔・金という3つの姓氏があった。
王の称号も第1代が「居西干(コセガン)」、2代が「次次雄(チャチャウン)」、3代から18代が「尼師今(イサグム)」、19代から22代は「麻立干(マリッカン)」であり、23代以後は中国式の「王」を使うが、それ以前は4つの王号があった。号が異なるということは民族が異なることを示唆する。
新羅の支配階級は、シベリアを横断して日本海側を南下して、迎日湾付近から慶州平野へ進出したスキタイ族に近い勢力であったと思われる。
実際、新羅の文化は、扶余系の高句麗・百済のものと大きく異なり、シベリア・スキタイ系文化の特色が見られる。また、『後漢書』「辰韓伝」によると新羅の前身である辰韓の言葉は高句麗や百済の言語とは違っていた。
中国史書『晋書』「辰韓伝」によると、新羅の前身である辰韓の建国は、秦の始皇帝の
万理の長城建設に動員された塞外地帯の民がその労役をさけて移動をしてきたため、馬韓が領土の東部の一部を割譲したことから始まったとある。このことは、辰韓→新羅が扶余族とは異なる民族であることを示唆している。
新羅王家は少なくとも朴・昔・金の三家が交代していることから、「王は神であり、他の姓とは替えられない」という扶余系の現人神思想が新羅にはなかったと推測できる。

まとめると、次のようになる。


【1】紀元前5〜4世紀、中国戦国時代に滅んだ呉人(韓人)、越人(倭人)が朝鮮半島に流れ着き、農耕社会を形成した。(一部は日本列島に流れ着き、弥生社会を形成)。


【2】紀元前4世紀〜、遊牧騎馬民族であるツングース系の扶余族が朝鮮半島を南下。朝鮮半島西部に辰国をつくり、朝鮮半島南部・東部の韓倭農耕部族連合を服属させた。
これがそのまま、馬韓(西部)・弁韓(南部)・辰韓(東部)となる。
つまり、三韓とは、ツングース族(扶余族)が韓人・倭人(呉越人)を服属させた社会である。


【3】スキタイ系部族の影響を受けた(or混融した?)モンゴル系部族が、秦に追われて南下し、馬韓から辰韓の地を割譲してもらい支配した。これが新羅の源流である。そして、辰韓は馬韓に服属していた。
秦支配から逃げる過程で一部は海に脱出、出雲・敦賀に流れ着き丹波・大和に拠点をつくったのがスサノオ・オオクニヌシ・ニギハヤヒなどの新羅勢力だと考えられる。(管理者:この点は疑問がある。)
(秦の始皇帝を騙して日本列島に脱出した徐福の伝説と同じ構図である。)


【4】さらに、辰国とは別の扶余系部族が、高句麗を建て南満州〜北朝鮮を支配。その分派の百済が朝鮮半島を南下し馬韓を奪取。弁韓(→伽耶)と辰韓(→新羅)を服属させた。
つまり、ツングース系の扶余族(百済)が、韓倭農耕部族連合(伽耶)とモンゴル系(新羅)を服属させた。ところが、新羅はすぐに百済から独立し、弁韓(→伽耶)を侵食しながら、百済と対抗するようになる。
そして、百済(ツングース)や新羅(モンゴル)に追い詰められた伽耶(韓倭農耕部族連合)の一派が、日本列島に逃れてきた。そして、先着していた新羅勢力(オオクニヌシやニギハヤヒ)を追い出しor服属させたのが、第一期大和朝廷(天孫族)である。
つまり、大和朝廷の原点は、春秋戦国時代に滅亡した呉越の生き残り(韓人・倭人)が、さらに、ツングース系の扶余族(高句麗・百済)やモンゴル族(新羅)に追われて日本列島にやってきた二重の敗残者である。
これが「属国意識の源流〜日本の支配階級に刻印された敗北思考(体裁思考)」 の理由ではないだろうか。
敗北主義にもかかわらず彼が生き延びることができたのは、流れ着いた先の日本列島は、圧倒的大多数を縄文人が占める平和な共同体社会とお上捨象体質だったからである。それをいいことに、彼ら伽耶勢力は日本に君臨することになった。
つまり、大和朝廷(伽耶勢力)とは、敗北思考にも拘わらず君臨するという、世界中でも稀に見る特異な性格の支配者なのである。
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2012/11/2410.html



天皇制国家の源流(葛城ネットワーク)まとめ1 日本と朝鮮の支配部族の源流
天皇制国家の源流(葛城ネットワーク)まとめ1 日本と朝鮮の支配部族の源流

 いままで十数回にわたり天皇制国家の源流を追求してきました。ここで、いままでのまとめを行いたいと思います。ちょうど年末のなんでや劇場で、日本の闇勢力について追求が行われました。その内容も併せて、四回程でまとめてみたいと思います。
まず、古代以前のユーラシア大陸の状況からです。
●北方モンゴロイドの南下
・5万年前〜2.1万年前、極寒化で北方モンゴロイドは小部族で南下。シベリアは無人状態に。
・2.1万年前〜1.3万年前、温暖化で人口爆発し、モンゴル平原に北上。アルタイ系3祖族を形成(新モンゴロイド)。父系集団で垂直的な上天信仰、熊神信仰、冬祀りetcの文化。
・1.3万年前、急激な冷え戻りで、南下。チュルク族は西方に、モンゴル族は南方に、ツングース族は東方に拡散。(下図参照)
%25E5%258C%2597%25E6%2596%25B9%25E3%2583%25A2~1.jpg
(画像はリンク よりお借りしました)
 にほんブログ村 政治ブログへ



・6千年前〜4千年前、中央アジアの乾燥を契機にアーリア族による略奪闘争が発生し、東西に玉突き的に伝播。アーリア族→チュルク族→モンゴル族→ツングース族と玉突き的に急激な移動・拡散が起こる。
チュルク族は、早くからアーリア族と混融。馬と金属の文化で、西アジアから地中海、あるいは東欧・ロシアにまで分布。
モンゴル族は、東アジアから中央アジアに広域に拡散。北方は遊牧を続け、南下した部族は農耕に転換。
ツングース族は、極東で長く狩猟を維持(馬とトナカイを飼い慣らす)。モンゴル族と混融。シベリア・満州・朝鮮の源流。
・3.5千年前、モンゴル族が殷を建国。3.1千年前、チベット族が周を建国。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆日本には3〜1万年前から、主に南方のスンダランドから列島にやってきた人々が縄文人を形成、そこに新たに大陸の戦乱から逃れた江南人がやってきて弥生人が生まれます。
●縄文人+江南流民=弥生人
 日本人の基層を成すのは縄文人であるが、2480年前の呉、2340年前の越、2235年前の楚の滅亡に伴って江南人の一部が日本列島に亡流した。彼ら江南流民は、何れも少人数で、周りの縄文人に受け入れられ、混融していった。これら少数の江南流民と縄文人の混血を弥生人と呼ぶことにする。
 彼らは2400年前〜2200年前までに、九州、出雲、北陸、あるいは瀬戸内、高知、尾張、紀伊、伊豆に国を作っていった。=弥生人の小国。
 ここで、倭人について触れたいと思います。倭人とは、日本史では古代の日本人そのもののように言われていますが、明らかに間違いで、上記の中国南方からの流民(江南人)を指しています。日本列島に流れ着いたのは一部であり、その主力は朝鮮半島へ流れ着いていました。
●倭人とは江南人(呉・越・楚人)
 倭人とは、2500年前〜2200年前に発生した江南人(呉人、越人、楚人)の流民である。2480年前の呉滅亡→呉人が弁韓へ、2340年前の越滅亡→越人が馬韓へ、2235年前の楚滅亡→楚人が辰韓へ(いずれも一部は日本列島へ亡流)。
go_etu_tokai%E5%80%AD%E4%BA%BA.jpg
〔呉・越・楚の滅亡と遺民(倭人)の移動〕(図版はリンク よりお借りしました。)
 倭人が江南人のことであることの証拠に、中国からみた倭(人)の範囲が時代を追うにつれ南に下がってゆく。
 最初、中国は南朝鮮全体を倭と呼んでいたが、百済・新羅国家が形成されると、国家が形成されずに部族連合として残った伽耶を倭と呼ぶようになり、伽耶滅亡後には、倭は日本列島だけを指すようになった。
 魏志倭人伝の時代は主に伽耶の倭人が活躍していた時代であり、そこで登場する倭は日本ではなく、朝鮮半島にあったのである。高句麗の広開土王が戦った倭も朝鮮半島の伽耶のことである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆倭人は、朝鮮半島で水田稲作を始めていました。そこに稲作民を支配する様式を持つ北方部族が南下して、国家を形成し始めます。
●倭人+扶余族=韓人
 朝鮮半島では、これら江南流民がほぼ原住民=倭人であるが、後に朝鮮半島へツングース族(一部モンゴル族)が南下する。後から侵入してきた扶余族との倭人との混血を韓人と呼びます。
1.2300年前、ツングース系の扶余族が南下し、半島西部に辰国を作り、南部(弁韓)、東部(辰韓)を服属させる。つまり、三韓とは、扶余族が韓倭人(呉・越人)を服属させた国である。扶余族と倭人(呉・越人)が混血したのが韓人である。
2.2235年前、秦に強制移住させられていたモンゴル系部族(スキタイとも混融?)が大量の楚人と共に脱出・南下。辰国(中心が馬韓)から東部の辰韓を割譲してもらい、これを支配。
3.1950年前、別の扶余族が半島北部に高句麗を建国。その分派が南下して馬韓を奪い百済に。百済が、弁韓(→伽耶)と辰韓(→新羅)を支配。
 新羅は、百済=扶余族に従属するモンゴル系部族が江南流民(主に楚人)を支配した国である。新羅が扶余族ではない証拠に、新羅はシベリア・スキタイ系文化の色彩を帯び、言葉も扶余系とは異なる。従って新羅には「王は神で、他の姓は替れない」という扶余族の現人神(天孫降臨)信仰はなかった。
 秦の長城建設の為に強制移住させられていた楚人とモンゴル族(スキタイ族?)が、モンゴル族に率いられて脱出し、極東を東端まで横断した後、日本海沿岸を南下して慶州平野に進出した。中国「辰韓伝」によると、馬韓が脱出してきた民に、馬韓領土の東部を割譲したとあり、辰韓は馬韓に服属することで成立した。
%E7%B7%A8%E9%9B%86%E5%BE%8C%E3%80%80%E5%9C%B0%E5%9B%B3.jpg
〔秦帝国と万里の長城、朝鮮半島の付け根まで万里の長城が伸びている。そこで強制労働させられていた人々が逃げ出し(図中の矢印)朝鮮半島の辰韓を形成 〕
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
☆この時代までは、日本へは流民として命からがらやって来て、原住民の縄文の人々に受け入れられた人々でしたが、中国の秦の時代になると様相が変わってきます。計画的に大集団がまとまってやってきます。伝説でも有名な徐福です。彼らが、それ以後の日本でネットワークを形成し支配勢力の中核となっていきます。(続く)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2013/01/2475.html


2015年01月28日(Wed)▲ページの先頭へ
新仮説:二つの日本民族:百済・出雲・縄文母権民族と大陸系父権民族が従えた後期弥生農耕母権集団民族
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11982543599.html

新仮説:二つの日本民族:百済・出雲・縄文母権民族と大陸系父権民族が従えた後期弥生農耕母権集団民族

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

『日本書紀』(二)の第十一巻、仁徳天皇の記事の最後の方になってようやく、騎馬の記述が出てきた。もっとも、それ以前にあったのを見過ごしているかもしれないが。

日本書紀〈2〉 (岩波文庫)/岩波書店
¥1,426
Amazon.co.jp

 「精騎」(すぐれるうまいくさ:p. 270)の言葉があり、これは、騎馬と考えられる。これは、「田道(たぢ)」が率いるのであり、彼は、百済出身の考えられる。
 以下の東海アマ氏の記事と相関させて、百済騎馬民族が倭国に到来したのは確かなようである。
 私はこれまで、簡単に、百済人は母権民族と考えてきた。しかし、『日本書記』での記述は、倭国の土着的ないわば、反抗的な異民族(蝦夷:えみし)に対して、執拗に攻撃を行なっているのである。
 好戦性が強いのである。好戦性は父権民族の特性である。そうならば、百済民族は父権民族となる。
 ただし、私の作業仮説、『日本書記』は父権民族の視点で母権民族を含めた大和朝廷の形成の史的神話が語られているということから見ると、『日本書記』に見られる百済騎馬民族に当たるとされる民族の好戦性は、必ずしも、実際の百済騎馬民族のものではなく、父権民族のそれが投影されていると見ることは可能である。
 そうすると、百済騎馬民族とは母権民族であり、それとは別に、好戦的な父権民族が支配的ということになろう。
 仁徳天皇は、確かに聖王として、理想化潤色されているのは確かだろうが、しかし、やはり、そこには母権民族の共同体の精神が感じられるのである。
 百済騎馬母権民族の史的神話があり、それに父権民族の好戦性が上塗りされているように思えてきたのである。
 そして、父権民族をこれまで、ユダヤ・大陸系としたのが、一端、ユダヤ民族は外したい。
 今は後期弥生農耕集団民族と大陸系父権民族の混淆が日本父権民族ではないかとしたい。好戦的なのは、当然後者だと思う。だから、大陸系父権民族が率いた後期弥生農耕集団民族が日本父権民族としたい。
 問題は、後期弥生農耕集団民族が父権なのか母権なのかである。農耕民族ならば、母権民族ととるのが普通である。だから、大陸系父権民族が従える後期弥生農耕集団母権民族が、日本父権民族ということになる。
 しかしながら、それは齟齬を来す。父権+母権だから、純粋父権にはならないはずである。そうすると、私が考えた日本父権民族とは、誤りであり、日本父母権集団民族とでもしないといけない。
 とまれ、そう見ると、「日本父権民族」の脆弱さがよく見えてこよう。もし、純粋に父権民族ならば、愚鈍のはずはないからである。
 そう、父権・母権未分化集団民族とでもするといいかもしれない。(本文内追記:しかし、以下の追記にあるように、ベースに後期弥生農耕母権集団民族を置き、それとは別に大陸系父権民族を考えれば、日本父権民族とは考えられることである。それが、スキタイ・新羅系父権民族と言えるのかどうかはわからない。でも、二つのツングース民族が考えられよう。母権的ツングース民族と父権的ツングース民族である。)
 ということで、新たな作業仮説として、二つの日本民族とは、
一つは百済・出雲・縄文的母権民族であり、
一つは大陸系父権ー後期弥生農耕母権集団民族ということになる。
 『日本書記』は後者の視点から前者の神話を改竄的に包摂して、書かれていると思われる。
 もっとも、圧倒的力をもつ大中国に対抗するために大和朝廷史実に似せた神話であることは確かと思われる。
 最後に大陸系父権民族であるが、それに新羅を含めるのかはまだ未確定である。東海アマ氏は、女真族をあげている。その可能性はあるだろう。
 とまれ、日ユ同祖論はいったん、取り下げよう。

追記:後期弥生農耕母権集団民族を従えたと述べたが、そうではなく、既に存在していた後期弥生農耕母権集団民族を到来後に支配したというように考えた方が適切かもしれない。
 ところで、百済母権騎馬民族と仮説したが、思うに、大陸系父権騎馬民族というのも考えられる。後者が、いわゆる江上波夫氏の騎馬民族説に当たるのではないだろうか。
 また、東海アマ氏が聖徳太子に見る騎馬民族は、百済母権騎馬民族ということになろう。
 つまり、二つの騎馬民族の到来の仮説である。

追記2:ひょっとして、母権騎馬民族と父権騎馬民族の闘争が古代日本においてあり、後者優位の下で、前者の神話を取り込み、改竄的に書かれたのが『日本書記』かもしれない。
 結局、土着的倭国が下敷きにあり、両騎馬民族の相克的日本国家創建のフィクション的史実が『日本書記』ということかもしれない。

参照:
日本父権民族と母権民族:だいぶその出来がわかってきた:母権的百済と父権的新羅・高句麗
テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

アマちゃんだ @tokaiama · 1時間 1時間前

私の住む蛭川村は、家々が孤立し、大きな城のようだ
これは百済由来の騎馬民俗に共通する「一所懸命」思想から来ている
満州高句麗を本拠地とした女真族は武家社会で「家=国」の価値観を創り出してきた
こうした民俗は、二千年前から変わっていない
日本の地域社会に深く息づいている


アマちゃんだ @tokaiama · 1時間 1時間前
歴史というものの本質は民族大移動と融合である
民族と民俗の変遷の法則を解き明かすのが考古学であり民俗学である
日本史を語るにあたって、弓月氏、満州族と天皇家の関わりを抜いてはアンのないぼた餅にすぎない
その本質は民俗にある
例えば聖徳太子のズボンは乗馬風俗を意味する
騎馬民俗だ

参考:きわめて、私の説に関係すると思われるので、全文を資料として転載させていただく。
 なお、緑色文字且つイタリック且つ下線は、管理者resurrectionに拠る。
 また、紫色・下線部は管理者が疑問をもつ箇所である。
 
追記:以下の記述は私の新仮説に通じるものがある。「百済(ツングース)や新羅(モンゴル)に追い詰められた伽耶(韓倭農耕部族連合)の一派が、日本列島に逃れてきた。そして、先着していた新羅勢力(オオクニヌシやニギハヤヒ)を追い出しor服属させたのが、第一期大和朝廷(天孫族)である。」という箇所であるが、これは、私が仮定する後期弥生農耕母権集団民族に通じよう。
 しかしながら、後半の部分はそのまま受け取れない。私はそこには、なんらかの大陸系父権民族が支配的であったと思うからである。私の仮説(「妄想」)では、おそらく、スキタイ系新羅の父権民族が、伽倻(韓倭農耕部族連合)を主導したのである。
天皇制国家の源流7 ツングース(百済)やモンゴル(新羅)に追われた呉越 ...

天皇制国家の源流7 ツングース(百済)やモンゴル(新羅)に追われた呉越(伽耶)が大和朝廷

%E5%8A%A0%E8%80%B6%E5%9C%B0%E5%9B%B3.jpg
画像はこちら からお借りしました。
「天皇制国家の源流6 朝鮮の支配階級の源流」 では、次のことを明らかにした。
【1】韓人(呉人)・倭人(越人)が農耕部族連合を形成していた朝鮮半島に、遊牧騎馬民族である扶余族(ツングース系)が断続的に南下してきた。彼らが建てたのが、辰国→馬韓→百済や高句麗である。
このように、辰国→辰韓→百済と高句麗は元々は同じ扶余族(ツングース系)である。
【2】それに対して、秦に追われて華北から逃れてきた秦亡民(主力はモンゴル系)が建てたのが辰韓→新羅である。
馬韓(後の百済)ではツングース系の扶余族が呉越系の韓人・倭人を直接支配し、
弁韓(後の伽耶)では扶余族が韓倭農耕連合を服属させ、
辰韓(後の新羅)では秦に追われたモンゴル系部族がツングース系の扶余族に服属しながら、韓人・倭人を支配していた。
これが、古代朝鮮の支配構造である。
いつも応援ありがとうございます。
 にほんブログ村 政治ブログへ



middle_1160654009.png
以下、『「日本=百済」説〜原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)「第四章 謎の辰国を追ってみると」 から、辰国→馬韓→百済や高句麗の出自を要約する。

ユーラシア大陸の極東に位置する韓半島の地理は、西海岸から大陸文化が流れ込みやすいようになっている。もちろんシベリア沿岸州経由で東海岸ルートもあるが、山脈が海岸線に迫り、島もなく、文明の主流は西側であり、国家の形成も遅れた。そのような地勢学を背景に南韓には馬韓・辰韓・弁韓(弁辰)があった。
三韓の馬韓・辰韓・弁韓の後身が百済・新羅・伽耶。伽耶は6世紀に滅亡し、韓半島の三国(百済・新羅・高句麗)となる。
重要なことは、南韓のほとんどの国の王が扶余系出身だったということ。
辰国領土の各地に馬韓・辰韓・弁韓の三韓が派生するが、実質的に辰王族出身の馬韓王系が、辰韓・弁韓の王になった。
倭国を訪れた隋の使節は『隋書』に、倭の秦王の国があるとしている(この「秦」は「辰」の誤写)。
倭国は7世紀半ばまでも辰王の国と見なされていた。韓半島と日本列島の古代王国の首長は、すべて騎馬民族出身で同じ扶余系、つまり辰王家出身者であった。
天皇の辰王系説を正式に否定したのは『記紀』以後のことで、それまでは辰王・辰国につらなる正当性を以って、半島と列島での主権を主張していた。

辰国は扶余族の一部で、同じ扶族出身の高句麗建国に先立ち紀元前4世紀頃、韓半島に入り、遼河と平壌にわたる一帯に建国し、鴨緑江流域に高句麗勢力が建国すると南下し、平壌が中心となる。
その後、漢の植民地漢四郡が設置されると、辰国はそれに押されて帯方郡に隣接した漢江以南に国を移した。
それ以前、南韓には、緩い組織の稲作中心の諸部族国家が散在していた。
辰国は馬韓以外の地域を直接統治してはいなかったものの、辰国の王族の子弟を派遣して在地の諸部族の連合体を構成し、辰韓・弁韓にまとめあげた。
それら分国(辰韓・弁韓)の王が辰王家出身で、辰王の直系が馬韓で「辰王(馬韓)だけが南韓の王になれる」という信仰は、北から民族移動をしてきた扶余系の騎馬民族集団が共有した。
但し、辰王は宗教的・象徴的な性格の存在であり、強力な統一国家ではなかった。
『後漢書』によると、辰王は馬韓の中に別途に目支国を置き、そこで南韓全体を支配していたという。それはヴァチカン市国がローマの中にあり、ローマ法王が宗教面で欧州の各王の上にあったのに相当する権威が、辰王にもあったと考えられる。すなわち、「扶余系の太陽神の直系が各国を治める権威を持つ」という思想である。
辰王は、宗教的権威で三韓に君臨して馬韓の中にある目支国を拠点にしていた。辰王を戴く辰国から農耕民を母胎とした三韓が生まれ、紀元前後に扶余系の遊牧騎馬民族が南下し、三韓をもとにした三国を樹立する。しかし尚、その初期においては辰王の権威は無視できなかった。
辰王の直系が馬韓王、その王族が辰韓・弁韓の王となって派遣されたという。
扶余系の高句麗から百済が分派・南下し(つまり、百済と高句麗は同根)、辰国の正当継承者である馬韓を吸収することで、百済王が辰王の地位を得る。百済王はその権威をもって新羅・加耶の王を任命した。初期三国の王家は辰王家出身であることが原則で、その権威は大きかった。
紀元前2世紀から紀元後1世紀にかけて、三韓から三国(百済・新羅・伽耶)に移行する。その変革の最も大きな理由は鉄器の普及にあり、百済・新羅がはっきりした国の体制になり、伽耶も統一こそしなかったものの連合勢力の王権が強化された。
初期の新羅王までは辰王系を継承した百済王家出身だったが、その後の新羅ではその原則が守られなくなった。新羅には姓の異なる複数の王が登場し、その後の新羅は辰王推戴の原則が守られなくなり、その時点で百済は扶余王直系と主張するようになってゆくと考えられる。
三国間の争いが激しくなるにしたがい、辰王の物理的な実力のない宗教的な権威は無視され、半島の正史にすらその名を留められないようになる。韓国史家の間でも、辰国は想像の産物と思われるようになった。

【2】このように、辰国→辰韓→百済と高句麗は元々は同じ扶余族(ツングース系)だが、新羅は別の部族(モンゴル系)らしい。
以下、『「日本=百済」説〜原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)「第四章 謎の辰国を追ってみると」 から、新羅の出自を要約する。

新羅は高句麗・百済とは別系統でありながらも、初期に馬韓王に指名された王、すなわち百済人を推戴している。中国史書の記録では「新羅人は辰韓の出身でありながら、辰韓王は常に馬韓人」(『梁書』「新羅伝」)、「新羅の前身辰韓王は馬韓人」(『晋書』「辰韓伝」)とある。
しかし、その後の王族は扶余系ではない別系統の王を輩出する。
新羅王家には朴・昔・金という3つの姓氏があった。
王の称号も第1代が「居西干(コセガン)」、2代が「次次雄(チャチャウン)」、3代から18代が「尼師今(イサグム)」、19代から22代は「麻立干(マリッカン)」であり、23代以後は中国式の「王」を使うが、それ以前は4つの王号があった。号が異なるということは民族が異なることを示唆する。
新羅の支配階級は、シベリアを横断して日本海側を南下して、迎日湾付近から慶州平野へ進出したスキタイ族に近い勢力であったと思われる。
実際、新羅の文化は、扶余系の高句麗・百済のものと大きく異なり、シベリア・スキタイ系文化の特色が見られる。また、『後漢書』「辰韓伝」によると新羅の前身である辰韓の言葉は高句麗や百済の言語とは違っていた。
中国史書『晋書』「辰韓伝」によると、新羅の前身である辰韓の建国は、秦の始皇帝の
万理の長城建設に動員された塞外地帯の民がその労役をさけて移動をしてきたため、馬韓が領土の東部の一部を割譲したことから始まったとある。このことは、辰韓→新羅が扶余族とは異なる民族であることを示唆している。
新羅王家は少なくとも朴・昔・金の三家が交代していることから、「王は神であり、他の姓とは替えられない」という扶余系の現人神思想が新羅にはなかったと推測できる。

まとめると、次のようになる。


【1】紀元前5〜4世紀、中国戦国時代に滅んだ呉人(韓人)、越人(倭人)が朝鮮半島に流れ着き、農耕社会を形成した。(一部は日本列島に流れ着き、弥生社会を形成)。


【2】紀元前4世紀〜、遊牧騎馬民族であるツングース系の扶余族が朝鮮半島を南下。朝鮮半島西部に辰国をつくり、朝鮮半島南部・東部の韓倭農耕部族連合を服属させた。
これがそのまま、馬韓(西部)・弁韓(南部)・辰韓(東部)となる。
つまり、三韓とは、ツングース族(扶余族)が韓人・倭人(呉越人)を服属させた社会である。


【3】スキタイ系部族の影響を受けた(or混融した?)モンゴル系部族が、秦に追われて南下し、馬韓から辰韓の地を割譲してもらい支配した。これが新羅の源流である。そして、辰韓は馬韓に服属していた。
秦支配から逃げる過程で一部は海に脱出、出雲・敦賀に流れ着き丹波・大和に拠点をつくったのがスサノオ・オオクニヌシ・ニギハヤヒなどの新羅勢力だと考えられる。(管理者:この点は疑問がある。)
(秦の始皇帝を騙して日本列島に脱出した徐福の伝説と同じ構図である。)


【4】さらに、辰国とは別の扶余系部族が、高句麗を建て南満州〜北朝鮮を支配。その分派の百済が朝鮮半島を南下し馬韓を奪取。弁韓(→伽耶)と辰韓(→新羅)を服属させた。
つまり、ツングース系の扶余族(百済)が、韓倭農耕部族連合(伽耶)とモンゴル系(新羅)を服属させた。ところが、新羅はすぐに百済から独立し、弁韓(→伽耶)を侵食しながら、百済と対抗するようになる。
そして、百済(ツングース)や新羅(モンゴル)に追い詰められた伽耶(韓倭農耕部族連合)の一派が、日本列島に逃れてきた。そして、先着していた新羅勢力(オオクニヌシやニギハヤヒ)を追い出しor服属させたのが、第一期大和朝廷(天孫族)である。
つまり、大和朝廷の原点は、春秋戦国時代に滅亡した呉越の生き残り(韓人・倭人)が、さらに、ツングース系の扶余族(高句麗・百済)やモンゴル族(新羅)に追われて日本列島にやってきた二重の敗残者である。
これが「属国意識の源流〜日本の支配階級に刻印された敗北思考(体裁思考)」 の理由ではないだろうか。
敗北主義にもかかわらず彼が生き延びることができたのは、流れ着いた先の日本列島は、圧倒的大多数を縄文人が占める平和な共同体社会とお上捨象体質だったからである。それをいいことに、彼ら伽耶勢力は日本に君臨することになった。
つまり、大和朝廷(伽耶勢力)とは、敗北思考にも拘わらず君臨するという、世界中でも稀に見る特異な性格の支配者なのである。
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2012/11/2410.html


2015年01月26日(Mon)▲ページの先頭へ
思考実験:陰陽振動と物質振動の差異:何故、原子力は生命自然に危険なのか:付天皇制論
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11981750702.html

思考実験:陰陽振動と物質振動の差異:何故、原子力は生命自然に危険なのか:付天皇制論

テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

最近は、『日本書紀』読解に関っていて、理論的考察をしていない。久しぶりに行ないたい。
 
            凸i陽
             |
             |
             |
             |
             |
−1地______MP______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             |
             |
             |
            凹i陰


         陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等である)

虚軸に陰陽極を置いている。陰と陽が共振し、そこから、生命が生まれる。氣的生命である。
 そして、それは、実軸において、現象するのである。
+1が天の方向であり、それは、植物の芽や枝葉が伸びる方向であり、−1が地の方向であり、植物の根が伸びる方向と考える。
 つまり、生命現象(この場合植物)は、陰陽振動=氣をもって、発現しているということになるのである。
 陰陽方程式では、凹i*凸i⇒±1となる。
 しかしながら、物質科学は、実軸の物質現象だけに限定して、虚軸の陰陽氣は無視しているのである。
 そして、ミクロ的に物質現象の原子をとり出すわけであるが、それは、電子が+1で、原子核が−1であろう。
とまれ、物質現象において、+1と−1の相互作用があると考えられる。それを対極性と呼んでいいのか、問題である。
 両者に反発力はあると考えられる。あるいは、相互否定力である。
 しかし、牽引力はあるのだろうか。原子における原子核と電子の電荷を見れば、それは考えられる。
 そうすると、±1は、物質的対極性があるということになろう。
これは、陰陽対極性とは区別されなくてならない。
 さて、生命は陰陽振動、陰陽エネルギーをベースにしているのであるが、単なる物質は物質振動(±1の振動)をベースにしているのである。両者に明確な質的差異(絶対的差異)があるのである。
 陰陽振動があれば、生命に通じる。しかしながら、物質振動は、即、生命に通じているわけではない。
 勿論、陰陽振動は氣的物質振動をもつが、それ自体、純粋な物質振動ではない。
 物質振動とは、物質自体のもつ振動であり、必ずしも生命に通じるとは言えないのである。
 そして、原子力の場合、物質振動を利用して、本来、自然現象には存在しない原子を作り出すのであるが、その原子振動は、生命の物質振動を破壊するものと考えられるのである。
 何故なら、生命の物質振動は、自然的物質振動であり、反自然的物質振動である原子振動をポジティブに受容できないと考えられるからである。
 つまり、原子力とは自然の鬼っ子なのである。鬼っ子とはまだ美称である。
 自然の悪魔っ子である。
 以上が思考実験ながらも、私の原子力科学批判である。

 次に、天皇制について考察する。
陰陽ガウス平面を変形する。

            凸i陽
             |
           T _
           U _
           V _
             |
             |
−1地______SS______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             1_
             2_
             3_
             |
             |
            凹i陰


         陰陽ガウス平面

(尚、SSはSpritual Sun霊的太陽であり、T、U、Vが地球より外側の太陽系の惑星、つまり、火星、木星、土星である。(尚、シュタイナーに倣って、天王星、海王星は外している。冥王星は今は、太陽系外の惑星である)
 そして、1、2、3は地球より内側の惑星である。即ち、月、金星、水星である。
 そして、太陽は+1であり、地球は−1である。
 因みに、虚軸の陽軸に三つのバー、陰軸に三つのバーがあるが、これは、易の陽における三種類の爻、陰における三種類の爻に倣ってもいる。


http://www.keisho.server-shared.com/qa.html )

さて、天皇制であるが、これは、太陽神を受容する天皇が統治する政体である。
 では、太陽神ないし太陽霊とは何かと言うと、上図のSS(スピリチュアル・サン、霊的太陽)である。
 そして、シュタイナーの霊的科学では、太陽霊とはキリストのことである。
 そうすると、天皇制とは、キリスト的政体であるということになるのである。
 コスモスの基である太陽霊=キリストに基づく政体ということになるのである。宇宙的政体なのである。
 私は天皇陛下のオーラは太陽霊ではないかと思うのである。

img7938_120219-99heika.jpg
20100307081452.jpg
ph1-shuki2.jpg
りょうへいかおおてふり

h19-1223-2.jpg
goseiso.jpg


d0252916_8451587.jpg

天皇陛下81歳の誕生日 会見全文
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141223/k10014209511000.html

http://migigimi.blog.fc2.com/blog-entry-657.html

かけだし鬼女の 今が日本の一大事! 〜よければ一緒に凸しよう!〜

追記:『日本書紀』読解は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10056900602.html


2015年01月12日(Mon)▲ページの先頭へ
仮説:出雲神話は日本母権民族の神話:天孫降臨・アマテラス神話は日本父権民族の神話
リンク等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11976232153.html

仮説:出雲神話は日本母権民族の神話:天孫降臨・アマテラス神話は日本父権民族の神話

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私は先に日本書紀を読んでいて、スサノヲは母権神話の英雄であり、また、当然、出雲神話が母権神話の源流と考えた。
 アマテラスは基本的には父権民族の神である。
 飯山一郎「大博士」の説くツングース族=扶余=百済日本民族起源説であるが、それは、私見では、日本母権民族と重なるのである。
 つまり、出雲神話と百済・日本母権民族は結びつくのである。
 そう、作業仮説として、扶余・百済⇒出雲と日本母権民族の国の流れがあり、日本母権国があったと思う。
 それに対して、天孫降臨の「アマテラス」を中心とする好戦的な日本父権民族が侵略してきたのである。私はそれは弥生民族を従えたユダヤ民族(中国系父権遊牧民族も入るかもしれない)だと仮説しているのである。
 分かりやすく言えば、古代日本とは、百済・出雲母権民族とユダヤ・ヤマト父権民族の闘争が行われた場であり、ほぼ後者の勝利を作為的に記述したものが日本書紀ではないだろうか。
 しかし、まったく父権民族が母権民族に対して勝利したということではなく、後者は実際、存続していたのではないだろうか。
 そう、端的に、日本書紀は、一つの役割として、母権民族の洗脳があったと思うし、それが、今日までも続いて、単一民族説を為していると思うのである。二つの異質な民族を見ないといけない。
 また、もう一つの役割は、大中国に対する日本国家権力の誇示にあったろう。

追記:日本父権民族を弥生民族を従えたユダヤ民族と仮説したが、以下からわかるように、出雲の遺跡は弥生中期である。それを考えると、弥生民族を従えていたのは、父権民族ではなく、母権民族ではなかっただろうか。それを、父権民族はあたかも自分たちが弥生民族(稲作民族)を従えたようなフィクションを日本書紀で作ったのではないだろうか。

参考:

倭国の時代 (ちくま文庫)/筑摩書房
¥1,026
Amazon.co.jp


内容(「BOOK」データベースより)
日本建国以前の列島の状況を知るには、当時の文献の活用が欠かせない。しかしそのことが、さまざまな誤解を生んできたのも事実だ。本書では、中国大陸の政治動向が列島に及ぼした影響をたどることによって「魏志倭人伝」「日本書紀」の成立事情を解明し、卑弥呼の出現、倭国王家の成立から日本建国までの倭人の実像を、世界史的視点で描き出す。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
岡田/英弘
1931年東京都生まれ。東京大学文学部卒。57年『満文老档』の研究で日本学士院賞受賞。東京外国語大学名誉教授。その研究は中国史、モンゴル史、満洲史など広範にわたる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

*
New! 【出雲学談義(4)】「出雲神話=虚構」は崩れ去った…空白地帯の山陰で青銅器が次々発見

PR
古代史を書き換える発見として注目を浴びた荒神谷遺跡(島根県出雲市提供)
 

 昭和59年夏のことであった。出雲市斐川町神庭(かんば)の谷奥の道路建設予定地から、358本という驚愕的な数の銅剣が発見された。そもそも出雲は青銅器文化の空白地帯とされ、ほとんど出土例はなかった。全国から出土した銅剣は約300本とされていたから、空白地帯のただ1カ所から出た数量は圧倒的であった。この遺跡は、付近に荒神が祀ってあったことから荒神谷(こうじんだに)遺跡と名づけられた。全国の熱いまなざしが荒神谷に注がれた。

 誰が、何のために埋めたのか。何故、整然と並べて埋めてあるのか。そして、最大の謎は、何故、神庭の谷の最奥部に埋められていたのか。

 翌60年の夏、再び荒神谷は熱気にわいた。前年出土した大量の銅剣のわずか右7メートルの地点から、今度は銅矛16本、銅鐸6個が発見されたのである。今回も数々の驚きがあったが、なんといっても最大の驚きは、銅矛・銅剣という武器型祭器と銅鐸という鳴り物祭器が同じ場所に埋納されていたということであった。

 荒神谷遺跡はいくつかの定説を覆すとともに、多くの謎を提示した。その謎はほとんど解明されないまま30年が過ぎた。ただ一つ言えることは、荒神谷を中心とする西出雲に、弥生中期頃、大きな政治勢力が存在していたのではないかということである。
2015年01月12日[ 産経WEST ]
*
【出雲学談義(3)】「出雲神話」は政治性の強いフィクションだった?
 壬申の乱(672年)に勝利して樹立した天武天皇の中央集権国家において、その中核となったのは、天皇家の祖神アマテラス大神を祭る伊勢神宮である。その宗教的権威を高めようとするとき、邪魔になるのが大和の古い豪族たちが斎(いつ)く神々であった。この神々を何処かへ流し...
2014年12月14日[ 産経WEST ]
*
【出雲学談義(2)】日本の代表的神話は「出雲」発なのに、平凡な遺跡が謎を呼ぶ
 ヨーロッパ人が日本人に対して、「われわれヨーロッパには、ギリシャ神話、ローマ神話などたくさんの神話があります。日本にも神話がありますか」と尋ねたら、おそらく日本人は憤然たる面持ちで、こう答えるだろう。「もちろんありますよ。日本はヨーロッパに劣らぬほど、長い歴...
2014年12月07日[ 産経WEST ]
*
【出雲学談義(1)】下世話な話も飛びだす「無住法師」のような面白い説法を
 この作業をすすめるためには、歴史学をはじめ、関連諸科学の学際的研究が必要であるが、残念ながら、とても私にはそんな能力はない。だから、これから述べる内容は、極めて粗っぽいものになることは必定であるが、ただ、馬齢を重ねた者のわずかばかりの知識が、お役に立てばと思...
2014年11月30日[ 産経WEST ]

http://www.sankei.com/apr_news/images/v1/basic/logo_header_news.png


2015年01月06日(Tue)▲ページの先頭へ
仮説:日本民族における、天照大神を介する二つの神の衝突:ヤハウェVS太陽女神(大日孁貴)
仮説:日本民族における、天照大神を介する二つの神の衝突:ヤハウェVS太陽女神(大日孁貴)

テーマ:『日本書紀』解読:日本民族の根源書を読む

『日本書紀』は今や第二巻(岩波文庫)に入った。垂仁天皇の記事を読んでる。狭穂姫(さほひめ)の悲劇が痛ましいが、素晴らしい。『平家物語』の白拍子、仏御前の物語で感動して以来の久々の感動である。
 とまれ、今言いたいのはそのことではない。もっとも、本質では関係するが。
 今、私の仮説は、先に、アマテラスは二神であると言ったが、そのことの発展である。
 即ち、アマテラスの二神とは、端的に、一つは父権神であり、それは、ヤハウェであり、一つは母権神であり、大日孁貴(おおひるめのむち)、または、日の神(日の大女神、太陽女神ないし太陽大女神)である。
 西洋民族の代表神と東洋民族の代表神が激突しているのが日本古代であり、『日本書紀』である。
 かつて古代において、世界中で、父権神と母権神の闘争が行われ、前者が後者を殲滅させるようにして、父権文明が誕生したのである。
 しかし、例外的に、地域があった。例えば、古代ギリシアである。そこは、アナトリア(今のトルコ)に接し、古代母権文化の協力な場所であるが、そこへ父権的遊牧民像が侵入して、母権と父権の大衝突が起きたのであるが、古代ギリシアは、父権優位とは言え、希有な母権と父権の結合文化を生んだのである。それは、ニーチェの天才的視点、アポロとディオニュソスに提示されている。そう、古代ギリシア、陰陽極性を形成したのである。
 その他は、アイルランドであろう。ケルト文化があり、それは、母権文化であるが、キリスト教と融合したのである。
 そして、三番目が古代日本である。
 私の仮説では、失われたイスラエルの十支族が日本に到来したのである。当然、ヤハウェ信仰をもっていたはずである。
 しかし、日本は、世界に稀なる長期な縄文時代を経ていた。それは、母権文化である。
 そして、飯山一郎「大博士」が説く日本民族ツングース族起源源流説を借りれば、ツングース族は太陽神母権文化をもっていたのであり、それが、私の唱える母権天皇文化の原点である。
 今思うに、ツングース族の太陽女神母権文化であるが、同時に、強力なシャーマニズム文化であったと思うのである。
 とまれ、縄文的土着シャーマニズム母権文化とツングース族太陽女神母権シャーマニズムが結合したのが、古代倭国母権文化である。
 そう、父権宗教の最勝であるヤハウェと母権宗教の最勝である太陽女神が衝突したのが、古代日本、『日本書記』ということである。
 そして、何が生まれたのか。それは古代天皇制である。
 それは、その宗教の主宰神は天照大神である。そして、それが、媒介となって、ヤハウェと太陽女神が衝突していると考えられるのである。
 ヤハウェが優位なときが、父権天皇制である。神武天皇、崇神天皇の御代である。
 しかし、太陽女神が優位なときが、例えば、上記した、狭穂姫悲劇であり、あるいは、豊玉姫の物語(海幸山幸の物語)である。
 そう、決定的なのは、伊勢神宮の起源である。
 岩波文庫の補注から引用したい。

「これらの諸学説は細部では異なる見解を示しているけれど、はじめは伊勢の地方神であった伊勢神宮が、紀[日本書紀]の所伝よりもはるかに新しい時期になってから皇室の神に転化した、と考える点では共通しており、その点に関するかぎり、今日学界の通説として認められているといってよい。記紀神代巻の天照大神が太陽神であるとともに皇祖神でもあるという二重の性格は、このような伊勢神宮の祭神の転化と考え合わせるとき、いっそうよく理解されよう。」 『日本書紀』(二) 351−2頁

この引用箇所の太陽神が私の言う太陽女神であり、皇祖神がヤハウェとなる。
 つまり、ヤハウェが天照大神の仮面をつけて、太陽女神をヤハウェ化しようとしているのである。その結果が古代天皇制である。
 しかし、日本という大地世界はあまりに太陽女神が強烈なのであるから、男性神を中心化することができなかったと言えよう。 
 これは、世界において、唯一の事象ではなかっただろうか。
 とまれ、天照大神という神の仮面を用いて、ヤハウェは、古代天皇制という支配システムを創るのに成功したと言えよう。
 そう、日本父権民族(弥生民族を従えたユダヤ民族)は、日本母権民族のアニミズム、シャーマニズム等の母権文化の破壊に取りかかったと言えよう。
 そう、それはほぼ成功したのではないだろうか。その結果、日本母権民族の精神・霊的世界観が破壊されたと言えよう。精神・霊的次元が忘れられて、物質・感覚・世俗的次元、あるいは、内在的感情次元が強調されていったと考えられるのである。
 分かりやすく言えば、氣の世界を喪失していったのである。

追記:古代インドのことを失念していた。古代インドもベースは母権文化であり、そこへいわゆるアーリア民族(今は、この言葉は違う意味になっている)、印欧語族が侵入したのである。
 生まれたのは、インド哲学である。ブラフマン(梵)が中心的神である。しかし、それは女神ではないのである。
 梵我一如というすばらしい哲学が生まれたが、大女神は消えているのである。ブラフマンこそ、大女神と見るべきなのである。
 そう、大女神文明は、端的に、古代エジプト文明と言えよう。イシス・オシリス神話が完全に大女神神話である。
 

日本書紀〈2〉 (岩波文庫)/岩波書店
¥1,426
Amazon.co.jp


『日本書紀』の中でも、特に好きな部分です。
投稿者 e90j77gn 投稿日 2004/8/27
形式: 文庫

 第2巻には、第11代垂仁天皇から第20代安康天皇を収録しています。『日本書紀』の歴史観は、この巻で一つの画期を迎えます。つまり国内統一事業をほぼ終えて、いよいよ海外に進出し始める過渡期として描かれているのです。そのため、ヤマトタケルや神功皇后といった、皇位継承はしないけど、英雄的な活躍をする人物が登場するわけです。
 しかし、史実性を帯びてくる一方で、『日本書紀』の記述と実際の年代が一致しないという《紀年問題》も深刻に…。たとえば神功皇后の場合、皇后が摂政になってから死ぬまでは69年ですが、この69年間に起きたと述べられている海外の出来事を実際の年代に照らし合わせると、神功皇后は189年間摂政の地位にいたことに…。なぜこんなことになってしまったかというと、神功皇后を邪馬台国の女王卑弥呼に模したためらしいですが。
 ところで個人的には垂仁天皇が興味深かったです。皇后が謀反に手を貸すという悲劇が語られたり、伊勢神宮が創始されたり、古墳文化が始まったと述べられたり、民俗学などからも注目されている人物です。
 史実と伝説、あるいは史実と虚構の境界を散歩できる、面白い1冊です。


2015年01月03日(Sat)▲ページの先頭へ
二神のアマテラス:『日本書紀』に日本民族の秘密が:『聖書』とホメロスの叙事詩と並ぶだろう
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11972474237.html

二神のアマテラス:『日本書紀』に日本民族の秘密が:『聖書』とホメロスの叙事詩と並ぶだろう

テーマ:『日本書紀』解読:日本民族の根源書

今や、『日本書紀』に魅せられ、虜になっている(今風に言えば、ハマっている)。
 とまれ、主観的な修辞は止めて、端的に、真夜中過ぎに思いついたことを備忘録しよう。
 イザナキノミコト(伊弉諾尊)とイザナミノミコト(伊弉冉尊)は、創造する対極的根源神である。そして、彼らは、天神族(以下、天族)に属する。
 しかしながら、私は先に、イザナキを父権民族、イザナミを母権民族に配した。
 こう定置することは、実は、視点(パースペクティブ)の革命なのである。
 天族を実は、異質な二つのものに分化するからである。これは、いわば、脱構築である。
 つまり、天族は、地族とは本来別である。しかし、イザナキを父権民族、イザナミを母権民族とすることは、天族を天族と地族に分化することであり、天族はその時点で解体しているのである。
 つまり、天族はフィクションなのである。
 また、冥界から帰還したイザナキは、「みそぎ」によって多様な神々を生むが、アマテラス、ツクヨミ、スサノヲも生み出すのである。(追記:この箇所を引用する。「〔主語はイザナキである〕 然(しかう)して後に、左の眼を洗ひたまふ。因(よ)りて生める神を、号(なづ)けて天照大神(あまてらすおほみかみ)と曰(まう)す。復(また)右の眼を洗ひたまふ。因りて生める神を、号けて月読尊(つくよみのみこと)と曰す。復鼻(みはな)を洗ひたまふ。因りて生める神を、号けて素戔鳴尊(すさのをのみこと)と曰す。『日本書紀』(第1巻)48頁)
 しかしながら、ジョーゼフ・キャンベル的神話的解釈では、この神を産み出す、イザナキは、実は、母神的なのである。つまり、この場合、イザナミ的要素を帯びているということである。
 とまれ、天族と地族の結合によって、神々が誕生すると言えよう。
 問題は、アマテラスである。
 アマテラスは天族の主宰神である。しかるに、実は、地族的なものを背景にしているのである。
 とまれ、アマテラスは天族の代表、つまり、父権民族の代表の神である。これが、私の考える父権的天皇に通じるのである。
 しかるに、母権的天皇はどう考えたらいいのだろうか。
 その前に整理すると、PS陰陽哲理学から見ると、凹i=陰に当たるのは、イザナミであり、凸i=陽に当たるのはイザナキである。
 そして、両者の結合からある造化が起るのである。
 PS陰陽方程式凹i*凸i⇒±1から見ると、⇒+1は光であり、⇒−1が重力である。


        陽凸i
         |
         |
         |
         |
地−1___________MP_______________天+1
         |
         |
         |
         |
        陰凹i

     陰陽ガウス平面

 だから、太陽は⇒+1と関係する。そして、大地は⇒−1と関係する。私見では、前者は陰主導であり、後者は陽主導である。
 そして、前者は母権主義であり、後者は父権主義である。
 だから、天族的アマテラスは後者であると思うのである。
 そして、地族的アマテラスは前者である。地族=母権的アマテラスとは、いわば、陰主導の太陽である。
 それは、陰陽ガウス平面のMP=原点=交点に存するのである。(追記:この点は以下の考察から否定される。)
 『日本書紀』の天族・父権的アマテラスではない、地族・母権的アマテラスは『日本書紀』の何なのだろうか。
 今、思いつきで留めるが、それは、国生みの説話以後の山川草木、月日などを産む説話にある「日の神」、「大日孁貴(オオヒルメノムチ)」ではないだろうか。それは一書では、天照大神と、ある一書では、天照大日孁尊(アマテラスオオヒルメノミコト)と呼んでいる。
 しかし、私はこの「日の神」、「大日孁貴」、こそ、地族・母権的アマテラスだと思う。
 そして、これが、母権的天皇制に通じると思うのである。
 本文を引用したい。

《既にして、伊弉諾尊(イザナキノミコト)・伊弉冉尊(イザナミノミコト)、共に議(はか)りて、曰(のたま)はく、
「我已(われすで)に大八洲国(オオヤシマノクニ)及び山川草木(ヤマカワクサキ)を生めリ。何(いかに)ぞ天下(あめした)の主者(きみたるもの)を生まざらむ」とのたまふ。是(ここ)に、共に日の神を生みまつります。大日孁貴(オオヒルメノムチ)と号(まう)す。・・・ 一書に云はく、天照大神といふ。一書云はく、天照大日孁尊といふ。此の子、光華明彩(ひかりうるは)しくして、六合(くに)の内に照り徹る。故(かれ)、二(ふたはしら)の神喜びて曰(のたま)はく、「吾が息(こ)多(さわ)あれと雖(いへど)も、未だ若此霊(かくくしび)に異(あや)しき児有らず。久しく此の国に留めてまつるべからず。自づから当(まさ)に早(すみやか)に天(あめ)に送(おくりまつ)りて、授(さづ)くるに天上(あめ)の事を以(も)てすべし」とのたまふ。》 『日本書紀』(第1巻)34頁

(追記:この箇所の「日の神」、大日孁貴(オオヒルメノムチ)である「アマテラス」がある一方、上記(上述の青色の追記を参照)にあるように、明らかに、イザナギの居る黄泉の国から帰還して、穢れを濯ぐイザナキの身体から、ツクヨミ、スサノヲとともに「アマテラス」が生まれるのである。
 この二つの事柄は明らかに矛盾である。一方において、イザナキとイザナミが協力して、「天照大神」である「日の神」、大日孁貴を生んでいるのに対して、他方では、イザナキの「ミソギ」によって、「天照大神」が生まれているのである。)

さて、最後に陰陽ガウス平面を本文に合わせて変形すると、以下のようになる。


            陽凸i(イザナキ)
               |
               |
               |
               |
父権天照−1______________MP_____________日の神+1(母権天照)
               |
               |
               |
               |
            陰凹i(イザナミ)

        陰陽ガウス平面(『日本書紀』版)

追記:思うに、本当のアマテラスは、霊的アマテラスでなくてはならないだろう。しかし、『日本書紀』のアマテラスは霊的というよりも、物質的な太陽光である。
 しかし、日の神、大日孁貴は、霊的意味合いが感じられるのである。
 思うに、征服民族である父権民族は、霊的太陽であるアマテラスを利用して、父権的太陽=物質的太陽としてのアマテラス像を構築したのではなかったろうか。
 それは、権力的太陽神像である。

日本書紀〈1〉 (岩波文庫)/岩波書店
¥1,296
Amazon.co.jp


5つ星のうち 4.0 なぜ神話は広範に日本をカバーしているのでしょう, 2007/10/5
投稿者
DJ LINDSAY (山口県周南市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 日本書紀〈1〉 (岩波文庫) (文庫)
 日本書紀にはなぞがいくらかあります。日本の国生み神話が、島を生むこと自体大陸を意識しています。そこでまずスサノオがなぜ出雲に降り立ったのか、ヤマト中心の世界観とは反します。出雲に一大勢力があったことが神話上証明されたことになるのではないでしょうか。神無月には神々が出雲に集まります。
 天孫降臨はなぜ高千穂なんでしょう。天岩戸も高千穂にあるとされています。九州が神話に取り込まれています。九州にも勢力があったのでしょう。神武天皇の日向の国からヤマトへの東征は何を表しているのでしょうか。ヤマトが日本という国、日本という国号自体音読みで、訓読みに直せばヒノモトですが、これ自体、中国、朝鮮を意識した名称なんですが、を統合する過程を表しているのではないでしょうか。古事記ではヤタガラスが天つ神を導いて国つ神に引き合わせるという場面がありますが、なぜからすなんでしょう。そういう日本の国の成り立ちを神話から想像すること自体楽しいのではないでしょうか。
 途中で突然海幸彦と山幸彦の逸話が出てきますが、古事記、日本書紀が日本に伝わる数々の神話を集めたものであることがわかるのではないでしょうか。
 日本書紀は聖書のように、天孫降臨、天岩戸の高千穂とか、スサノオの八岐大蛇の出雲とか、神武東征の日向、ヤマトとか大まかな地域名は出てきますが、もっと細かい具体的な地名は出てきません。かなり曖昧です。その辺が解釈の分かれる元でしょう。 



1 2 3    全61件




新着トラックバック/コメント


カレンダ
2015年8月
           
         

アーカイブ
2006年 (104)
7月 (9)
8月 (6)
9月 (7)
10月 (9)
11月 (39)
12月 (34)
2007年 (542)
1月 (48)
2月 (49)
3月 (67)
4月 (45)
5月 (44)
6月 (1)
7月 (33)
8月 (67)
9月 (47)
10月 (42)
11月 (49)
12月 (50)
2008年 (623)
1月 (40)
2月 (29)
3月 (26)
4月 (38)
5月 (32)
6月 (48)
7月 (49)
8月 (61)
9月 (68)
10月 (86)
11月 (86)
12月 (60)
2009年 (472)
1月 (82)
2月 (66)
3月 (58)
4月 (32)
5月 (27)
6月 (34)
7月 (35)
8月 (26)
9月 (36)
10月 (30)
11月 (28)
12月 (18)
2010年 (251)
1月 (19)
2月 (29)
3月 (29)
4月 (11)
5月 (25)
6月 (33)
7月 (28)
8月 (23)
9月 (15)
10月 (18)
11月 (8)
12月 (13)
2011年 (126)
1月 (11)
2月 (12)
3月 (13)
4月 (12)
5月 (6)
6月 (4)
7月 (5)
8月 (11)
9月 (15)
10月 (7)
11月 (16)
12月 (14)
2012年 (117)
1月 (10)
2月 (13)
3月 (6)
4月 (6)
5月 (14)
6月 (8)
7月 (11)
8月 (7)
9月 (3)
10月 (24)
11月 (9)
12月 (6)
2013年 (145)
1月 (12)
2月 (11)
3月 (9)
4月 (21)
5月 (10)
6月 (9)
7月 (17)
8月 (9)
9月 (5)
10月 (22)
11月 (13)
12月 (7)
2014年 (91)
1月 (6)
2月 (13)
3月 (18)
4月 (5)
7月 (4)
8月 (26)
9月 (7)
10月 (5)
11月 (6)
12月 (1)
2015年 (61)
1月 (6)
2月 (12)
3月 (8)
4月 (14)
5月 (10)
6月 (4)
7月 (6)
8月 (1)

アクセスカウンタ
今日:386
昨日:564
累計:4,604,334