INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2015/07

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2015年07月26日(Sun)▲ページの先頭へ
父権自我力学分析:同一性自我(陽自我)×感情欲望身体(陰自我):陽陰両自我の融合
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12054764338.html

父権自我力学分析:同一性自我(陽自我)×感情欲望身体(陰自我):陽陰両自我の融合

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

現代の日本の女性の多くは父権化していて、ココロが欠落している。
 とまれ、父権自我の解明を再確認したい。
 精神は自我体+感情欲望体(アストラル体)、言い換えると、陽自我+陰自我、シュタイナー悪魔論的には、アーリマン+ルシファーの二元論ないし極性論である。
 簡潔にするため、陽自我と陰自我で説明したい。
 陽自我は、同一性自我であり、単独の一へと志向する。つまり、唯一化、「唯一神」化である。物質的には、原子核へと中心化する志向と言えるだろう。
 それに対して、陰自我は、感情欲望自我、あるいは、拡散志向自我、宇宙大自我である。物質的には、原子の電子の志向である。そう、陽自我の極力を向心力、陰自我の極力を遠心力と言うこともできよう。中心化力と脱中心化力である。集中と発散である。【この陰陽の様態については、桜沢如一〔ゆきかず〕氏の『無双原理:易』から得た。

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 そう、注目すべきことは、「東洋的」、「アジア」的小説家D. H. ロレンスは独特の評論『無意識の幻想Fantasia of the Unconscious』でほぼ同様のことを述べているのである。
 宇宙と一体としての太陽神経叢(肚)と宇宙とは別個としての独一としての腰椎神経節(間違っているかもしれない)である。
 前者が陰自我であり、後者が陽自我である。

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さて、父権自我であるが、それは、当然、陽自我に傾斜しているのである。
 だから、同一性主義、自己中心化主義、唯一主義に向うのである。
 だから、陰自我、感情欲望体、差異・他者に対して、同一性を押し付けるのである。つまり、同一性によって、陰自我、感情欲望体、差異・他者を支配するのである。
 ここで、陽自我は陰自我に同一性を刻印して、取り込むのである。それは、同一性的一体化・一致・一元化と言っていいだろう。
 そう、陽自我は同一性によって、陰自我と融合するのである。
 これは、陽自我の意識においては、二元論的であるが、実際は、同一性主義であり、一元論である。
 さて、陽自我に同一性を刻印され、支配された陰自我であるが、これは、それ独自の力学をもっているから、陽自我にいわば復讐するのである。つまり、反動化するのである。
 そう、陰自我はわかりやすく言えば、大宇宙である。森羅万象である。コスモスである。
 それが、陽自我の同一性的一元的支配に反抗するのである。
 では、その様態はというと、それは、情動・欲動・衝動(・狂気)となるのである。無意識の衝動である。ニーチェで言えば、ディオニュソスである。
 ここで簡単に作図しよう。

陽自我・・・同一性、中心化、唯一・独一化
      ↓ ↓ ↓
      ↓ ↓ ↓
      ↓ ↓ ↓
・・・・・・・・↓ ↓ ↓・・・・・・・意識の縁・境界
      ↓ ↓ ↓ 
      ↑ ↑ ↑(反抗、復讐、反動)
      ↑ ↑ ↑
陰自我・・・感情欲望、差異・他者、大宇宙


(追記:ココロの領域を記していない。ココロは意識の縁・境界に形成されていくと考えられる。後ほど、ココロ形成の力学と図を書いてみたい。)

陰自我の↑ ↑ ↑は、陽自我に対する反抗、復讐、反動である。反射とも言える。
 ついでに言えば、二重人格はこの陽自我力学から生まれると言えようし、また、陰自我の反動が過剰になる場合、精神の病も生まれよう。
 以上で父権自我の基礎構造を説明した。
 では、今日におけるハイパーな父権自我、タイトな父権自我の様態を考えてみよう。
 父権自我の意識において、陰自我は否定・抑圧・排除されているのである。そうすると、陰自我は別人格となり、陽自我、父権自我を動かすのである。
 端的に、陽自我、父権自我の知性を狂わすのである。陰自我の盲目の衝動が発動・発現・発露して、陽自我の知を混濁させるのである。
 知性は本来、陽自我と陰自我のバランスのココロと繋がっている。しかし、陽自我がハイパーになると、陰自我やココロを排除するので、自我のもつ観念は、知性から逸脱し、妄想・倒錯・狂気化するのである。
 しかし、父権自我自身はそれに気付かないのである。
 そう、ハイパーな父権自我は、差異・他者を否定・抑圧・排除するので、外的差異・他者を否定・抑圧・排除する情動・衝動・欲動をに支配されるのである。
 これは発作的である。病理的である。当然、暴力・破壊・殺意が入ってくるのである。
 これが、現代日本の社会心理状況と考えられる。
 そう、これに放射能の脳障害や身体障害が入るので、途方もない暴力・狂気・殺意が生じるのである。
 最後にタイトルに、陽自我×陰自我というように掛け算を入れたが、陽自我の同一性志向の掛け算ということである。つまり、陰自我否定的掛け算、つまり、マイナスが入る掛け算である。
 それに対し、陰自我は優勢であると、つまり、母権自我の場合、プラスの掛け算である。
 前者は物質的力であり、後者は生命的力と言えよう。


2015年07月25日(Sat)▲ページの先頭へ
日本文化の最大の欠陥は主語なき日本語にあるのでは?
日本文化の最大の欠陥は主語なき日本語にあるのでは?

テーマ:日本亡国の凶相:黙示録日本

先に、主語subjectは主体subjectであり、主語なき言語は主体なき言語ではないかと述べた。
 自我はあるのであるが。
 主語=主体が対象=他者object or othersにはたらきかけるのであり、ここで、主語=主体と対象=他者の対極があるのである。
 しかし、主語=主体がない場合、対象=他者はどうなるのか。
 おそらく、自我と対象の未分化の一体性があるのではないだろうか。
 日本人の場合、自我と対象(他者)の区別があいまいのであり、未分化ではないだろうか。
 これでは、主体と対象を区別する科学は成立しないのではないだろか。
 そう、自我と対象(他者)の未分化あいまいな関係があるのであり、主体ないし個、さらに、他者が成立していないのではないだろうか。
 私は日本語に愛着をもってきたが、最近は、時代遅れ、時代錯誤の言語の可能性があるように思えている。

追記:
 主語=主体と対象=他者の相互関係において、主語=主体の精神において、ココロの端緒が発生するのではないだろうか。
 つまり、主語=主体とは異質なものとしての対象=他者があり、そこで、主語=主体は自我に抑制をかけると思われる。
 この自我抑制において、ココロの端緒や領域が発生すると思われるのである。
 問題は、主語=主体における感情・欲望である。
 しかし、自我の抑制は、自我の観念と同時に、自我の感情・欲望へ抑制ということではないだろうか。
 日本の「科学」が出鱈目で、妄想・妄念的なのは、以上から説明できるのではないだろうか。


2015年07月22日(Wed)▲ページの先頭へ
氣とDNA
氣とDNA

テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性

豆乳ヨーグルトの多食は先に述べたように、別人のように活力をもたらす。
 思うに、氣と免疫力はどう関係しているのか。
今は、氣とDNAの関係について予備考察したい。
 直観では、陰陽対(つい)とDNAの塩基の相関が考えられる。
陰陽ガウス平面を観ていただきたい。

**************************


            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)
 また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。
 *は陰陽極性力学を意味する。実際は乗法である。陰凹iが主導のときは+1,陽凸iが主導のときは、−1となる。
  ⇒は次元転換を意味する。氣エネルギーが現象エネルギーへと転換する事象を意味している。
 ハイデッガー哲学の存在は、この⇒と見るのが適切かもしれない。おそらく、時間が⇒である。

***************************

虚軸の陽凸iと陰凹iの陰陽対が次元転換して、実軸の+1と−1の対に転換すると考えられるのである。
 DNAの塩基対は実軸に存すると言えよう。
 (そして、放射能はこの実軸のDNAを破壊し、生命更新を損なうのである。)
 問題はこの次元転換の力学事象である。
 実軸のDNAが放射能によって破壊されたとき、当然、生命が破壊されるが、虚軸の陰陽対(生命氣対)は、破壊されないはずである。
 豆乳ヨーグルトの乳酸菌は、実軸のDNAの保護すると考えられる。
 当然、元気になるのである。
 では、虚軸の陰陽対氣はどうなっているのか。
上図において、陰陽方程式は凸i*凹i⇒±1となっているが、実は、これは、簡略化したものである。本来は、凸i*凹i⇔±1である。つまり、両辺の相関性があるのである。
 だから、実軸において、つまり、DNAにおいて、たとえば、乳酸菌によって免疫強化された場合、それは、左辺へと関係するのである。つまり、虚軸の陰陽氣対が影響されて、氣が強化されるということのように思えるのである。
 つまり、乳酸菌による免疫力強化とは、氣の強化、つまり、生命力の強化になると考えられるのである。
 私が豆乳ヨーグルトの多食により、別人のような活力を獲得したことは、これで説明がつくのではないだろうか。
 今は簡単であるが、ここで留める。


2015年07月18日(Sat)▲ページの先頭へ
弁証法と陰陽極立原理
検討問題:弁証法と陰陽極立原理

テーマ:GP陰陽哲理学(ガウス平面陰陽哲理学)

私はこれまで、弁証法、とりわけヘーゲル弁証法を批判的に捉えてきたが、つい最近、弁証法で説明が可能なものもあるとわかった(後記:以下でわかるように、これは間違いであった)。
 これまでの私の観方と齟齬を来すので、検討したい。
 今は詳論できないので、簡単に指摘するに留める。
たとえば、Aさんが、「私は昼が好きである」と言う。それに対して、Bさんが、「私は夜が好きである」と言う。
 昼が正・テーゼ、夜が反・アンチテーゼ、すると、黄昏、夜明け(英語のtwilight〔薄明〕がぴったしの言葉である)が合・ジンテーゼになるだろう。
 そう、私が気にしていたのは、弁証法のマルクス的変形、即ち、唯物弁証法である。それは、正反合の合において、正が新たに復活するというような内容である。
 しかし、それは弁証法の歪曲である。あくまでも、合は正と反との結合・統合でなくてはならないのであり、合において、新たに正が復活するというのは、反の否定であり、それは、合ではなく、新正に過ぎない。それは、偽弁証法である。
 マルクスの共産主義の弁証法はそのようなものである。初めに、原始共産主義(正)があり、次ぎに、資本主義(反)があり、そして、共産主義が資本主義を止揚・揚棄aufhebenする(合)というものである。
 しかし、当然、ここでは、資本主義(反)が否定されて、合に入っていないのである。これは、弁証法ではなく、二項対立主義である。マルクスの唯物弁証法は偽弁証法であり、端的に、二項対立主義なのである。
 しかしながら、このような二項対立性はヘーゲル弁証法にあったのではないか。
 ヘーゲル弁証法はざっと言えば、精神(正)⇒物質(反)⇒物質形式(形相)をもった新精神(合)である。
 確かに、物質形式を含むという点では合の作用をもつ。しかし、精神(正)が回帰するのであり、合本来の正と反の共立性が成立するのではないのである。正と反の共立性とは端的に、陰陽極性、陰陽氣一性のことと考えられるのである。
 以上で、簡単であるが、弁証法批判を行なった。だから、上記の昼と夜の「弁証法」は、昼と夜の陰陽極立性とでも言うべきものである。

後記:弁証法、とりわけ、ヘーゲル弁証法であるが、それは、陰陽共立原理であると同時に二項対立を含んでいると言える。それは、これまで私が述べてきたではあるが。
 弁証法というタームは確かに今でも有効ではあるが、二項対立を内包しているので、批判的使用すべきである。
 思うに、対極弁証法、陰陽弁証法と呼ぶのが、適切である。


構造主義革命:今更ではなく、本当の知的革命・進化だ
テーマ:哲学:叡知学、哲理学、哲科学

うっかり忘れるところだったが、構造主義のシニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの)の区別が浮んだ。
 思うに、これは、「モダニズム」の二つの様相ではないだろうか。
 ここで構造主義言語学の用語を使うと、シニフィアンとは、たとえば、「政府」を「凄腐」というような表記する場合の「凄腐」である。
 シニフィエとは、この場合、端的に国制である。
 「モダニズム」、これは、ポスト・モダンないしトランス・モダンとか言えよう。
 とまれ、二つの様態があるのである。
 しかし、どちらが根本かと言うと、後者ではないかと思う。
たとえば、「豆腐」を考えた場合、シニフィアン派は、私がよくするように、「頭腑」というような表記を考えるだろう。
 これはそれなりに、「滑稽」であるが、実際的ではない。
 「豆腐」のシニフィエ、つまり、本質を理解することがもっとも重要と考えられる。
 「モダニズム」はシニフィアン中心に進展し、シニフィエの本質を看過したということではないだろうか。
 簡単であるが、筆者なりに極めて重要な哲学的問題点を指摘しておく。

追記:「豆腐」のシニフィエについて、説明が必要である。
 視点を変えて、たとえば、「森」を考えたい。
森の「シニフィエ」とは、実は、氣になるのである。氣精心、氣身体となるのである。
 「モダニズム」は、この点を排除しているのである。



父権自我(陽自我)と知性・ココロ・理性
テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

東海アマ氏の記事は311以前から、HPで読んでいた。
直観的洞察力というべきもの、また、倫理感をもっている。
しかし、自己認識を過信・盲信する傾向がある(追記:端的に、短絡的ということである)。地震予知や以下にあるような韓国人批判等においてである。
 とまれ、今考察したいのはそのことではなく、『「他人を見下したい」とする自尊心』についてである。
このような性質をもつ自我は父権自我であると考えられる
 これまで数え切れないくらい述べたように、父権自我は陽自我であり、同一性主義自我である。言い換えると、二項対立、優劣志向をもつ自我である。
 復習をしよう。
 陰陽氣精心(氣精芯)、又は、陰陽精神において、陽とは同一性志向であり、中心化志向、唯一化志向をもつ。
 それに対して、陰は非同一性志向、他者志向、脱中心化志向をもつ。
 この正反対な性質をもつ陰と陽によって一体化しているのが、陰陽氣である。
 これは、鈴木大拙氏の即非の論理と通じるものである。否、陰陽極性とは即非の論理であると言っていいのである。
 さて、父権自我=陽自我は自我同一性中心主義であり、他者を排除する。極論すれば、独我・唯我論である。
 父権陽自我は、「我は同一性知識をもっている。故に、知っている。故に、真理であり、賢い。」というような様相をもつだろう。
だから、「我は正しい。我は倫理・道徳・道である。」というように展開する。端的に、独善論である。
 とまれ、そのような視点を父権・陽自我はもつと考えられる。
故に、自我は優位であり、他者は劣位である。「我は優れているのであり、他者は劣っているのである。」これは、埴谷雄高氏が批判した自同律である。某国の首相の言う「私は首相だから、正しい」というような発想と共通である。
 結局、何が言いたいのかと言うと、父権・陽自我は、自己中心に他者を破壊するということである。
 日本では父権民族が支配してしまった。
 今は余裕がないので、簡単に言うと、

続き:

結局、父権自我、陽自我は同一性自我であり、他者を同一性化するのである。ここには他者としての他者はない。
 本記事の問題点は、父権自我と知性の問題であり、これは先に述べたが、さらに深めたい。
 端的に言えば、父権自我は知性というより、知識を得るのである。それも物質的知識である。つまり、同一性である父権自我は、同一性知識=物質的知識を得るのである。
 しかし、これを知性と一致させることはできない。
なぜなら、知性とは、自我とは別の次元の知であるからである。
 日本の「科学者」の問題点はここにある。自我観念の知識はもっているが、知性はないのである。
 自我を超えたところに知性はあるのであり、ほぼ理性と一致するのである。
 確かに、知識は知性の一端ではあるが、知性そのものではないのである。脱自我化しないと真知性はないのである。
 そう、真知性、ないし、本知性というタームを作ってもいい。
 だから、科学者とは、真知性人でなくてはならないのであるが、日本の「科学者」のほとんどは、知識主義者に過ぎない。
 というか、本当は、科学者は創造者であるが、日本の「科学者」は、模倣者に過ぎない。似非科学者である。
 以前述べたように、知性はココロと関係するのである。
 つまり、脱自我の精神、ココロにおける知が知性なのである。
これは、実は理性と言っていいのである。知性=理性である。
 ココロとは他者性に通じているのであり、他者性とは、普遍性である。
 結局、薬局、今日の「科学」は、自我欲望と一体であり、既成の知識をドグマ化しているのであり、本当の科学、つまり、創造的知ではないのである。
 そう、言おう。哲学なき科学とは、盲目であり、誤謬である。
 日本の「科学・技術」とは、単なる唯物科学・技術であり、本来の創造的知・技ではないのである。

amaちゃんだ ‏@tokaiamada 5 時間5 時間前
韓国言論界重鎮 韓国人は日本人より優れているとの思い込み
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150716-00000002-pseven-kr … 全くその通り 韓国人には「他人を見下したい」とする自尊心がめちゃくちゃに強い いつでも他人を小馬鹿にしている


2015年07月07日(Tue)▲ページの先頭へ
氣の内超体とは構造論(内超構造力学)でイメージ化可能:專葬邪が支配する某国
図は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12047536934.html

氣の内超体とは構造論(内超構造力学)でイメージ化可能:專葬邪が支配する某国

テーマ:内超近代:intrans-modern

氣をイメージ化するのは困難を極めているが、ふと、戦争屋⇒某国政治の構造力学で図示できると思った。実に簡単である。


       戦争屋   
        ↓
        ↓ 
       官僚           X・・・・・氣界
        ↓ 
        ↓
ーーーーーーーーーーー
        ↓
        ↓
      某国政府         Y・・・・・量子界
        ↓           
        ↓
ーーーーーーーーーーー
        ↓
        ↓           Z・・・・・・現象界
        ↓
       国民


以上のXYZの三層世界を考えると、氣の世界とは端的に、Xであり、それが、Yの電磁波・量子界を支配し、また、それが、Zの現象界を支配していると見ればいいのである。
 この三層構造は、二重内超体と言えよう。
 とまれ、この構造論、構造主義であるが、ただそう呼ぶだけでいいのだろうか。
 思うに、構造論・構造主義は概念主導であった。
しかし、この三層内超構造であるが、それは、力学を意味するのである。だから、構造力学論と言うべきであろう、少なくとも。
 結局、内超構造力学ということになろう。
 だから、氣とは、内超構造力学をもつということになるのである。

追記:内超とは内在超越の略である。内在超越とは、内在しつつ、超越していること、内在且つ超越のことである。


2015年07月05日(Sun)▲ページの先頭へ
氣をイメージ化する:樹木が風に揺れ動いている事象において、その風を氣と観る
図は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12046720008.html

氣をイメージ化する:樹木が風に揺れ動いている事象において、その風を氣と観る

テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性

氣をどうイメージ化するのか、ずっと考えている。
私には今、イメージがある。うまく図示できないので、違う例を考える。
 
             z軸
             |
             |      y軸
             |     /
             |   /
             | /
_________/________x軸
            /|
          /  |
        /    |
      /      |


下手な図であるが、がまんしていただきたい。
 xyの直交座標を現象界、物質界と観る。
そして、z軸を氣の軸と観る。
 当然、現象界からは、z軸、氣軸は不可視である。
しかし、例えば、z軸=氣軸を氣振動していて、それが、xy座標=xy平面に発現すると見ることができる。
 確かに、現象界においては、なんらかの物質振動があるだろう。しかし、本来、z軸=氣軸の氣振動があると見るのである。
 そして、現象界においては、電磁波が観測されるだろう。
 そう、だから、時間軸を例えば、t軸として、作ればいいだろう。しかし、上図には書き込めない。
思うに、氣軸であるが、氣平面を考えるといいだろう。例えば、z軸とそれに直交するα軸による平面を考えるのである。そこには、陰陽円があるだろう。そして、その氣平面=陰陽平面であるが、それは、プラトンのイデア界に相当するのではないだろうか。
 そこには、形相(エイドス)があるのであり、それが、次元転換によって、三次元化するのである。時間軸と三次元軸の四次元時空間である。

氣平面⇒時間軸⇒三次元現象

というようなプロセスだろうか。
 ざっと図示する。

氣平面ーーーーーーーーーーーーーー z軸⊥α軸
             |
             |
             |
             |時間軸 t軸
             |
             |
             |
________現象界_______三次元空間


現象界は当然、三次元空間である。
 陰陽ガウス平面と比較すると、虚軸が氣平面になり、MPが時間軸であり、実軸が現象界となろう。
 思うに、氣平面=陰陽平面(z軸⊥α軸)であるが、それは、動的な、ダイナミックな動きをしていよう。それが、時間エネルギーを生み、また、物質現象化すると考えられる。
 そう、生命というものも、実は、氣平面=陰陽平面でのダイナミズムと言えよう。それが、時間軸を通して、現象界において、生命現象として発現するということではないだろうか。
 今は簡単な指摘に留める。

追記:思うに、遺伝子とは、本来、遺伝氣だろう。それが、物質化して、DNAになると言えよう。そして、例えば、放射能は、このDNAを破壊すると言えよう。
 しかし、遺伝子ならぬ、遺伝氣は消滅しないと考えられる。
 抗放射能の対策とは、破壊される以上に、生成メカニズムを強化するということではないだろうか。
 乳酸菌の摂取とは、そのような意味があるのではないだろうか。
 ならば、乳酸菌や腸内細菌とは、直接、氣に関係するというよりは、遺伝氣から発生するDNAの再生強化に役立つということではないだろうか。
 そうすると、氣自体を強化するという方策もある。
 森氣浴はそのような機能があるのではないだろうか。
あるいは、よい音楽を聴くということ。
また、瞑想も役立つだろう。あるいは、日光浴。
 とりあえず、問題提起である。


         
            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面



気を観る 4 (07/04)

東洋医学と言えば気、気と言えば東洋医学と言えるほどに、東洋医学と気は切っても切れない間柄であることは周知の事実だ。

ではあるけれど、気とは何ぞや?というこの気の実体の理解に関しては、まったくもっていっこうに進展はしていない。

養生法の探求


   




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