INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2015/06

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2015年06月21日(Sun)▲ページの先頭へ
新概念の誕生=創造:氣精心Qi-Spirit-Heart(QSH:救世主と読む?)
リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12041458646.html

新概念の誕生=創造:氣精心Qi-Spirit-Heart(QSH:救世主と読む?)

テーマ:氣精心Qi-Spirit-Heart

直近で、以下の記事を記した。
唯物論超克を説いている。
初め、精心・氣的生命有機体哲理技学であったが、氣と精心を結合して、氣精心というタームを造語した。
 なお、精心は、精神から来ているが、「神」より、直接は「ココロ」に関わるので、そう命名した。
 だから、二つの創造があるのである。精神でなく、精心、そして、精心・氣という二元性ではなく、氣精心という一元性にしたのである。

追記:氣精心に体をつけた方がベターかも。すなわち、氣精心体Qi-Spirit-Heart-Body(QSHB)である。救世主菩薩と読むのか?

悪vs善:唯物科学・技術VS氣精心的生命有機体哲理技学
テーマ:唯物科学から物質包摂の氣サイエンスへ
闇本(あんぽん:丹をつけると、アンポンタン【あんぽんたん - 語源由来辞典】 である:別名日本)は、噴く威笞に拠る大悲劇の様相である。また単に放射能汚染だけでなく、食品添加物、農薬、工場廃水、等々による超大汚染物質列島になっている。
 今、飯山一郎「大明神」が、乳酸菌(豆乳ヨーグルト)、あらびき茶、放射能ゼロ空間など、放射能大洪水のサバイバルの叡知技学を無料で公開・伝授している。
飯山一郎のLittleHP - GRNBA.com
 日本の超大悲劇は、結局、薬局、マツキヨ、唯物科学・技術、近代科学と国家資本主義に拠るものである。
 日本人は生命について、精心(ココロ)について、あまりに疎かにしてしまい、貴重な超世界遺産級の日本大地風土を荒廃させ、破壊してきたのである。
 とまれ、唯物論からの脱却、これが、根本である。
 生命と物質とはまったく異なること、そして、生命は氣に拠ること、また、氣と精心(ココロ)は連関していること、すべて、やり直しである。
 宇宙樹心母権森人類として、日本人は生まれ変わる、「千載一隅」のラスト・チャンスである。


参考:

* 躰を創る 16 (06/20)

東洋医学という医療の枠組みからイメージするものは、鍼灸指圧などの物理療法と生薬医療の漢方薬という二つの顔であることは言うまでもありません。

また医療というよりも養生というカテゴリーに拡大するとそこには様々な長生法である食養や、導引などのエクササイズや、気功や按摩などいわゆる東洋式の健康法のたぐいが含まれてきます。

ザックリとまとめて東洋式養生法というカテゴリーを創れば、上記の鍼灸指圧や漢方薬部門からあらゆる養生法のすべてが包含されてしまうと言えます。

こうした中国を発祥とする医術養生体系は専門的には中医学体系と呼ばれております。

ではこの中医学の由来はどこにあるのか?というと、これは漢民族が中国を支配した今から2300年前頃に成立したと言われており、つまりは中医学とは漢民族に伝承されていた漢医学であるとも囁かれます。


躰を創る 15 (06/19)

「わたしたちは近代文明、科学技術文明、資本主義社会などと言われる位相システムで否応なく生きていかねばならないヒトという存在です。

こうした反自然な文明システムはヒトと自然とのつながりを分断する弊害があることは論を待ちません。

また西欧に発祥した近代科学思想はヒトの心と身体を二つに分けることで、心理学と身体学を分離してしまったとも言われております。

心の問題は心療内科や精神科、身体の問題は内科や外科と、このように分類するのが西欧式の医学体系です。

こうした近代の分析分断思考をベースとした自然支配システムの終局的な局面として今や3.11原発事故が顕在化していることも周知です。



この問題が山積した近代システムを、自然や生命と共に生きる新しいサスティナブルな共生パラダイムに組みかえることは急務です。」

養生法の探求

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12041438565.html


2015年06月13日(Sat)▲ページの先頭へ
二つのユダヤ人:シオニストVS隠然ユダヤ人:戦争資本主義VS平和資本主義
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12038207532.html

二つのユダヤ人:シオニストVS隠然ユダヤ人:戦争資本主義VS平和資本主義

テーマ:賤民資本主義と共同体的資本主義

以下の田中宇(さかい)氏の記事は啓蒙的である。
 私は以前、ユダや資本が二つに分れているのではないかと述べたが、その検証ともなる記事である。
 隠然ユダヤ人(ロスチャイルド他)は平和資本主義を目指し、シオニストらの戦争資本主義(戦争屋)を排除する方向に向ったのである。それが、今年初頭の『エコノミスト』の表紙に表現されていると言えよう。

安倍が…

 やはり、私のユダや資本の二分化仮説は正しかったのである。
 そう、旧約聖書かみると、二つの神がいる。ヤハウェとエローヒーム(神の複数形)である。
 これは、父権神と母権神である。
 つまり、ユダヤ民族は父権民族と母権民族がいるのである。
そして、前者がシオニストとなり、戦争屋となったのであり、そして、今や、母権民族の隠然ユダヤ人が台頭し、世界を共同体平和資本主義へと転換させていると言えよう。
 そう、これは私が提唱している新母権主義の強力な発動である。
 では、翻って、阿米背犬やそれを支配する戦争屋の動かす日本をみたとき、何が見えるだろうか。
 戦争屋のピエロの阿米PMは、日中戦争を画策する。そして噴く威笞を、悪魔的に放置する。
 そう、戦争屋の悪魔の憑依した阿米背犬が見えるのである。
 とまれ、新母権主義に切り替わりつつある世界環境において、フクイチは地球破壊の様相である。放置できない。
 新母権勢力が、管理するはずである。 二階氏の動きはそれに連動するだろう。
 新母権隠然ユダヤ資本の力学によって、日本の政治力学が急激に転換すると思われる。
 そう、放射能汚染によっても急展開するだろう。
 日本企業が日本政府に反旗を翻せば、戦争屋政権は崩壊するだろう。
 とまれ、以下の記事はたいへん秀逸な必読記事である。超推薦である。



イスラエル支配を脱したい欧州
2015年6月12日  田中 宇


「ユダヤ人差別」と戦うふりをして欧州を支配し続けるイスラエル右派との戦いは、本質的に「ユダヤ人と非ユダヤ人の戦い」でなく「親イスラエルのユダヤ人と反イスラエルのユダヤ人の戦い(百年戦争の一環)」である。産業革命とフランス革命以来(つまり近現代の始まり以来)欧州の政財界はユダヤ系の力が強い。彼らは自分たちの素性を隠し、隠然した支配を好む「隠れユダヤ人エリート層」(ロスチャイルド家など)である。そこに19世紀末から殴り込みをかけて「お前らユダヤ人ならカムアウトしてイスラエルを支持しろ」と恫喝してきたのがシオニスト(イスラエル建国主義者、昨今のイスラエル右派)のユダヤ人勢力だった。(イスラエルとロスチャイルドの百年戦争 )

http://tanakanews.com/150612israel.htm


氣が形而上学的存在であると同時に、量子的エネルギーをもつこと:MP次元転換、虚軸から実軸へ

画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12038096605.html

氣が形而上学的存在であると同時に、量子的エネルギーをもつこと:MP次元転換、虚軸から実軸へ

テーマ:唯物科学から物質包摂の氣サイエンスへ

以下は明敏に氣の力学を説明している。
氣の形而上学性と形而下性であるが、
この相関の力学は非常に微妙である。
 陰陽哲理学はその点、10年以上に渡って、探求してきた。
問題は、虚軸と実軸は不連続であることである。
ここがポイントなのである。
いわば、虚軸の影像が実軸の量子であり、物質なのである。
 何度も検討したが、今は余裕がないので、説明できない。

追記:少し説明しよう。
虚軸に陰と陽の氣がある。それが、原点MP(メディア・ポイント)で陰陽結合と陽陰結合をする。
前者が本来の共振であり、生命的活動であるが、後者はより物質的な活動である。
しかし、もっとも、生命体には、両者が複合していると見られる。
 さて、氣⇒量子的生命的物質体(身体)であるが、量子的生命的物質体(身体)が氣へと転換することはない。ただし、後者の作用が氣の活動を向上させることは考えられる。
 とまれ、簡単に言えば、氣⇒量子であるが、量子⇒氣はないのである。
 氣は『養生法の探求』氏が述べるように、物理的発動をもっているのである。しかし、氣=物理的現象ではないのである。この点がいくら強調しても強調しすぎることはない。
 しかし、血液であるが、それは、氣が強く作用している生命物質であると思われる。
それは、GP陰陽哲理学では、原点MPに強く関わっていると考えられる。
 また、乳酸菌であるが、それは、植物と強く関係している。どうも、先に触れたように、植物と人間のミッシング・リンクのようである。
 思うに、植物は、陰陽共振による陰陽結合が強い。それに対して、動物は陽陰結合が強いと思う。人間も動物的な側面ではそうである。しかしながら、人間には植物的本質がある。
 結局、人間の植物的本質に作用するのが、乳酸菌ではないだろうか。
 つまり、やはり、乳酸菌も血液と同様に、MPに強く関係しそうである。
 そう、血液を含めて、MP生命物という概念を立てられるかもしれない。
今はここで留める。


         
            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)
 また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。
 *は陰陽極性力学を意味する。実際は乗法である。陰凹iが主導のときは+1,陽凸iが主導のときは、−1となる。
  ⇒は次元転換を意味する。氣エネルギーが現象エネルギーへと転換する事象を意味している。


躰を創る 11 (06/12)

「活きた凝り」には生命のもとである気が凝縮しており

気とは物理的な生物電磁気などの各種エネルギーであると同時に

生命情報としての心、意念、意識、愛の

この顕然秩序としての形而下学的な物理科学的要素と、

内臓秩序としての形而上学的な心理学的要素の、

エクスプリシットオーダーな明在系と

インプリシットオーダーな暗在系の、

二つながらの気フォースのありようが融合したまさに命そのものの姿が

「活きた凝り」には見られることが判明いたしました。

養生法の探求


2015年06月04日(Thu)▲ページの先頭へ
他者をどうしたら感知、認知、認識できるのか
他者をどうしたら感知、認知、認識できるのか

テーマ:個と他者の相関:個⇔他者:脱集団主義

今は余裕がないので、詳論できないが、一言いおう。(追記:一言ではなかった。)
 近現代日本は父権自我が支配する。父権自我には他者認識はない。常に、自我中心に外界を認識するのであり、他者自体を捉えられないのである。
 カントが物自体は認識できないと述べたが、思うに、カントの認識とは、自我(父権自我)中心であるので、当然、物自体、つまり、他者自体を認識できないのである。
 共感性がなければ、他者は認知できない。
共感性は母権自我、陰的自我がもっているのである。
 では、父権自我においては、まったく他者は認識できないのであろうか。
 陰陽哲理学においては、理論的には、できない。
 視点を変えよう。
どうしたら、他者が自我精神に入ってくるのか。
 私の場合は、二十歳前後聴いた、シューベルトの歌曲である。確か、フィッシャーディスカウが歌っていた『冬の旅』がココロを私に喚起したのである。
 芸術がココロを喚起したのである。私の場合は音楽である。
 思うに、他者はココロと同じものである。
ココロを培うには、芸術や宗教や哲学が必要である。
 また、その他、自然体験が必要である。
そして、ココロは一日でできるものでなく、数十年、何十年も、あるいは、来世も必要である。
 でも、端的に、他者=ココロはどうして発露するのか。
 実は、ポイントは感情であろう。自己感情である。
自己感情とは、私だけのものであり、これは、いわば、個である。 
 合理主義は通じないのである。そう、ドストエフスキーの『地下生活者の手記』がこれを露骨に描いている。
 しかし、自己感情主義では、コミュニケーションはできない。観念や概念、すなわち、言語が必要である。
 自己感情と言語は齟齬を来すのである。
 普通は、言語へと帰属し、自己感情は捨てられる。その結果、個や他者がなくなるのである。
 自己感情は身体と言ってもいい。そして、言語は精神である。
両者の分裂が近代の特徴である。
 私の場合、自己感情を陰とし、言語を陽として、陰陽において、均衡させることにより清算した。もっとも、陰と陽は不連続である。これが、ポイントである。
 結局、自己感情と言語の不連続、非連続性を認めることで、他者が生じると思えるのである。つまり、他者とは、実は自己感情なのである。
 個は他者なのである。
 普通の人は、自己感情と言語が癒着ないし未分化である。
 結局、自己感情と言語を分離することから、前者である他者性が生まれるように思えるのである。
 まだ、整理されていないが、今はここで留める。

追記:まだ、十分言い得てないが、自己感情の視点は重要である。言語観念ないし言語概念は、自我、父権自我と結びつき、それは、それで、自己完結的である。しかし、自己感情は言語では清算できないのである。
 言語は一般的なものであり、自己感情は個的なものだからである。
 個的なものに対処するには、個的なものに忠実であることが必要である。それは、苦である。
しかし、それを自我、言語、一般性から切り離すことで、自己解放の道が開けるのである。
 自我や言語から、自己感情を解放することから、自己感情は個となり、他者となるのである。
 それは、いわば、異文化なのである。自分の中の異邦人なのである。
 ということで、父権自我においても、他者を形成することは可能なのである。自己感情と自我を分離させることによって、他者形成が可能になるのである。
 しかし、父権自我は自己感情認識を排除する傾向にあるのである。
 つまり、父権自我と言語観念は結びつき、それによって、自己感情を排除、廃棄、排他するのである。
 そう、デカルト哲学の問題点もこの点にある。自我観念はあるが、自己感情は排除しているのである。陽哲学で、陰哲学がないのである。
 そう、さらに言えば、自己感情、陰哲学は、実は、自我超越性をもつのである。形而上学的なのである。超越的なのである。
 ここで氣が到来するのである。
 そう、宇宙的、コスモス的なのである。あるいは、神秘的なのである。霊的なのである。
 ここまで言えば、近現代文化の限界がよくわかるだろう。
 そう、自己感情とは、個=他者とは、形而上学的に宇宙的であり、物質的経験を超越してしまうのである。
 父権自我が他者を恐れる、排除するのは、ほとんど必然である。

追記2:さらに正確に言えば、自己感情を認識する必要がある。それには、シュタイナーのような精神哲理学(シュタイナーは精神科学と呼んでいるが、精神哲理学というべきである)が必要である。つまり、内省哲理学である。
 自己感情を観察する必要があるのである。内観である。
内観による自己感情吟味によって、自己精神が鍛練されるのである。
 今日の日本人にはまったく欠落しているものである。

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