INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2015/04

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2015年04月29日(Wed)▲ページの先頭へ
電子と光の連関:⇒+1が光であり、電子であることの整合性:揺動する電子は磁場と電磁波(光)を作る
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12020434051.html

電子と光の連関:⇒+1が光であり、電子であることの整合性:揺動する電子は磁場と電磁波(光)を作る

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

先に以下(参考)のように書いた。
ここで、先ず、陰陽ガウス平面と陰陽方程式を見ていただこう。

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            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。
 *は陰陽極性力学を意味する。実際は乗法である。陰凹iが主導のときは+1,陽凸iが主導のときは、−1となる。

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さて、以下で次のように書いた。「凸i*凹i⇒±1(今は発生なので、⇔は考えない)において、⇒−1が正電荷で、⇒+1が負電荷ではないだろうか。
 というより、そのように作業仮説してきたのである。
 つまり、⇒−1は原子核(の方向)であり、水素原子で言えば、陽子である。そして、⇒+1は電子(の方向)である。
 そして、陰陽方程式凸i*凹i⇒±1は水素原子方程式と考えることができる。つまり、物質単位方程式である。」
 陰陽方程式凸i*凹i⇒±1において、⇒−1は原子核、⇒+1は電子と捉えている。
 しかし、上図の応用ガウス平面では、⇒−1は重力であり、⇒+1は光である。
 今は議論を⇒+1に限定する。
 問題は、水素原子方程式においては、⇒+1は電子であるが、宇宙方程式においては、⇒+1は光(光子)である。
 当然、電子と光は異なるのである。いわば、この齟齬をどう解決するのか。
 今日、帰宅途中の路上で、ふと、次のことを思いついた。
 即ち、⇒+1が電子ならば、それは、電流となる。もっとも、流れは電子の流れと逆であるが、電流が生じることは確かである。
 電流があれば、例えば、電気の流れる線の周囲には磁気、磁場が発生することは、物理学の常識である。

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0からはじめる磁気
 <Case 1> 電荷を直線に動かす(直線電流)
電荷を直線に動かす(直線導線に電流 I [A]を流す)と、直線導線から半径r [m]離れたところに[図1]のように磁場 H(大きさ= I / 2πr)が生じる。
電荷を直線に動かす(直線電流)
[図1] 電荷を直線に動かす(直線電流)

http://doraneco.com/physics/lecture/em/jiki.html 

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 議論を続けよう。
 そうすると、⇒+1の電子(電流)は、周囲に磁場を形成する。もし、これが静的、固定的であれば、そのままである。
 しかし、陰陽は振動しているのである。だから、当然、揺れているのである。つまり、⇒+1の電子(電流)は、揺らいでいるのである。そのため、単に、電流と磁場が生じるだけでなく、電磁波が生じることになろう。なお、電磁波発生のメカニズムは以下の参照を見られたい。
 ⇒+1の、揺動する電子は磁場だけでなく、電磁波を形成するということであり、その電磁波は、⇒+1=光(光子)としたのだから、光でなくてはならない。
 これで、⇒+1が電子であり、且つ、光でもあるという一見齟齬が解決されたと考える。
 ここで本件の検討を終える。 

追記:⇒+1に関して、電子と光を電磁波を介して、連関させたわけだが、では、⇒−1についてはどうだろうか。つまり、原子核と重力との連関は考えられるだろうか。
 直観では、重力波が仲介として考えられる。
 とまれ、今、水素原子に限定して考えると、原子核は一つの陽子であり、質量をもつ。思うに、この質量が重力を形成するのではないだろうか。そして、正電荷をもち、電子の負電荷と釣り合うのである。
 とまれ、原子核=陽子は正電荷と質量(重力)をもつ。
 直観では、原子核は地球とアナロジーになる。電子が天とアナロジーになる。
 地球は正電荷をもつ「原子核」ということなのだろうか。
 アナロジーを展開すると、電子⇒天は太陽ではないだろうか。
 (ならば、太陽は負電荷?)
 原子核ー重力ー地球ー正電荷ということなのだろうか。
すると、天空は負電荷で、例えば、雷は、地球の正電荷と天空の負電荷の間の結合によって生じると見られないだろうか。
 雷は水蒸気の問題があると思うが、今はおいておく。そう、春、植物の発芽における水の問題がある。
 先に見たように、水素結合が関係するのかもしれない。
 とまれ、水蒸気、水の問題をおいておくと、単純に地の正電荷と天の負電荷の結合が雷である。
 真夏に起りやすいのは、太陽光の熱エネルギー(光だから、電磁波であり、電荷をもつ)によって、電荷が強化されているからではないだろうか。
 重力波(重力子)の問題に戻ると、それは、端的に原子核=陽子の質量ではないだろか。
 そして、質量は正電荷をもつということなのだろうか。
 つまり、質量子である。あるいは、質量波である。
ふと思ったのは、ダークマター(暗黒物質)のことである。
 原子核と重力の仲立ちとして、ダークマターがあるのではないのか。
 よくわからないが、原子核=陽子が形成されるときに、ダークマターがどこかに形成されるのではないのか。そして、ダークマターの一部が重力ではないのか。あるいは、ダークマターと対になるのが重力ではないのか。
 今は思いつきとして、ダークマターは⇒−1の⇒の先端、ないし、⇒と−1の中間に存しているのではないだろうか。ダークマターを★とすれば、⇒★−1となる。
 今は問題提起に留める。

1.
ダークマター(暗黒物質)2010 - YouTube
► 8:47


2.
ダークマターの正体を説明する画期的理論 - アストロアーツ
3.
銀河団衝突でも、ダークマター同士はすり抜ける - アストロアーツ
4.
ダークマターの「雲」にずれ、実在の証拠か | ナショナルジオグラフィック ...
5.
WIXOSS TCG Wiki - 《ダーク・マター》
6.
冷たい暗黒物質
7.
【宇宙ヤバイ】 太陽核から「ダークマター(暗黒物質)」が放出されている ...
8.
天の川は巨大なワームホール? 鍵はダークマター : ギズモード・ジャパン


追記2:
また、思いついたが、象限を使うといいのではないかと思った。


             凸i陽(原光:自我)
                 |
                 |
       第二象限    |      第一象限 
                 |
    −1(地)_____MP(心)_____+1(天)
                 |
       第三象限    |      第四象限
                 |
                 |
            凹i陰(原闇:感性体)
    
          陰陽ガウス平面図


上図において、第二象限が重力で、第三象限がダークマターではないかと思う。第二象限は凸i陽の同一性によって観察されるが、第三象限は凹i陰の領域であり、これは、直観領域で観測されないのである。
 では、第一象限と第四象限はどうなのだろうか。
 第一象限は光であり、第四象限が氣ではないだろうか。このことは、同様に、凸i陽の領域は同一性で観測あるいは通常知覚できるが、凹i陰の領域は直観領域ないし無意識の領域であるため、観測や通常知覚は不可能と考えられる。
 作図すると以下のようになる。

             凸i陽(原光:自我)
                 |
                 |
  第二象限(重力)     |   第一象限(光)
                 |
 −1(地)______MP(心)______+1(天)
                 |
  第三象限(暗黒物質)   |    第四象限(氣)
                 |
                 |
            凹i陰(原闇:感性体)
    
          陰陽ガウス平面図
 

追記3:上図に原子核と電子を入れると次になる。

            凸i陽(原光:自我)
                 |
                 |
  第二象限(重力)     |   第一象限(光)
                 |
−1(原子核)_____MP(心)______+1(電子)
                 |
  第三象限(暗黒物質)   |    第四象限(氣)
                 |
                 |
            凹i陰(原闇:感性体)
    
          陰陽ガウス平面図
 
追記4:上図のMP(心)をより物理学的に言うと、ゼロ・ポイントや空(仏教の空ではなく、量子真空である。しかし、両者は一致すると思う。)や空隙であろう。


            凸i陽(原光:自我)
                 |
                 |
  第二象限(重力)     |   第一象限(光)
                 |
−1(原子核)_____MP(空)______+1(電子)
                 |
  第三象限(暗黒物質)   |    第四象限(氣)
                 |
                 |
            凹i陰(原闇:感性体)
    
          陰陽ガウス平面図


参照:
【電磁波】電磁波の発生と受信の仕組み - 自然の摂理から環境を考える
【電磁波】電磁波の発生と受信の仕組み

電磁波の特性を理解していくため、まずは最も単純な電気回路を見ながら電磁波発生と受信の仕組みを理解していきましょう。

るいネットから投稿 を引用し、模式図で補完していきます。

電磁波を発生させる最も簡単な仕組みは、交流電源とコンデンサによって作ることができます。
●1.電界の発生

「コンデンサ」とは、2枚の電極を少しだけ離して置いたものだと考えてください。間には空気があります。このコンデンサに、まずは電池、つまり直流電源をつないでみます。

コンデンサの電極は離れていますから、電気は通しません。しかし、この時、2枚の電極には電荷が溜まります。電流は流れませんが、近接した電極に+−の電荷が蓄積された状態、「電界」が発生しています。ただ、この時は電流が流れていないので、静的な「電界」です。

con080101u.gif

●2.交流を流すコンデンサ

次に、コンデンサに交流をつないでみます。交流は、直流と違い、+と−が交互に切り替わります。
そうすると、コンデンサの2枚の電極に溜まる電荷も交互に変化します。変化する過程で、一瞬だけ、電極の電荷(例えば+)と異なる電流(例えば−)が繋がることで、一瞬電流が流れることになります。

「一瞬」と書きましたが、交流において、電流の向きが変化するのも一瞬ですから、結果としては始終電流が流れていることになります。つまり、コンデンサは、直流は流さないのに、交流なら流すのです。

condencer02.jpg

●3.電界の変化→電磁波の発生

さて、そうしてコンデンサに交流が流れている間、コンデンサにある2枚の電極の間には、直流の時と同様、やはり「電界」が作られます。

しかし、今度は電荷の向きが周期的に変化しますから、静的な電界では無く、電荷の向きが常に変化し続ける電界が作られます。

この電界が変化する状態が、磁界の変化を誘導します。すると磁界の変化が電界の発生を誘導する、という風に、電界の変化と磁界の変化が交互に繰り返し起こります。

これが電磁波発生の仕組みです。

condencer03.jpg

http://blog.sizen-kankyo.com/blog/2012/05/1090.html

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参考:

陰陽の牽引と反発の矛盾力学:−1が正電荷で、+1が負電荷:水素結合私見

思うに、私は陰陽とは、牽引と反発の矛盾する性質をもつと直観的に受け入れてきたが、考えてみると、その力学は説明がいる。
 私はこれまで、陰陽において、陽が主導すると、陰が否定されて、あるいは、陰を支配されて、陽的同一性が生まれるとみた。
 そして、陰が主導すると、陰陽調和が起きて、生命が生成すると見た。
 しかし、この説明は短絡的である。
 陰陽において、陽主導も陰主導も交替するように考えられるからである。
 思うに、両主導において、生命の誕生を見るべきであろう。
 先に、水素結合に関係して、電荷の発生について考察しようとしたが、思うに、凸i*凹i⇒±1(今は発生なので、⇔は考えない)において、⇒−1が正電荷で、⇒+1が負電荷ではないだろうか。
 というより、そのように作業仮説してきたのである。
 つまり、⇒−1は原子核(の方向)であり、水素原子で言えば、陽子である。そして、⇒+1は電子(の方向)である。
 そして、陰陽方程式凸i*凹i⇒±1は水素原子方程式と考えることができる。つまり、物質単位方程式である。

 水素結合を考えると、H-O-Hにおいて、Oが負電荷を帯び、Hが正電荷を帯びるといことである。
 これは、私見では、水素原子の電子が酸素の原子核に引きつけられ、そして、水素原子の原子核(陽子)が電荷的に生きているということではないだろうか。つまり、水素原子は正電荷を帯びるということである。
 そして、これが、電子を引きつけた酸素原子の電子による負電荷と結合するというのが、水素結合ではないだろうか。
 ところで、「H-Oは共有結合で電子が2個入っているのですが、酸素原子は強いので(電気陰性度)電子を自分の方に引っ張っています。したがって、H-Oの共有結合にある2個の電子は、中間にあるのではなく、酸素の方に偏っているのです。」ということであるが、「酸素原子は強い」というは簡単に説明できると思う。つまり、酸素の原子核の方が電荷が水素原子の原子核の電荷より強いということだと思う。だから、酸素に水素の電子が引っ張られると考えられる。
 とまれ、以上からだいぶ氣哲理学における電荷の問題はだいぶ整理されたと思う。
 ところで、以下の、「双極子ー双極子相互作用」とはとても興味深い。双極子と双極子が牽引力と反発力があるというが面白い。これは、陰陽の性質に似ているのである。
 しかし、これは表面的な類似であり、本質的なものではない。
 陰陽の双極子は、それ自体において、牽引と反発が共存しているのである。これは、通常の物質にはないことである。
 ところで、問題は、諸原子の発生のメカニズムである。
水素原子は陰陽方程式=水素原子方程式になるので、説明できるが、その他の原子のメカニズム(方程式)はどうなのか。
 直観では、氣の質によって、諸原子が発生するのではないだろうか。
 氣の振動の相違によってと言えるかもしれない。
 これは検討課題である。

追記:以下の双極子と双極子の相互作用は磁気のような作用をもつ云々とある。
 思ったのは、電気や磁気であるが、それは、物質ではなく、量子ではないだろうか。
 そう、電磁波は電気と磁気からなるのであり、量子である。
 電気と磁気を量子と見ると、それは、氣を背景にもつのである。
 雷、稲妻の電気であるが、それは、天地の陰陽に拠るのではないだろうか。
 また、地磁気であるが、それは、地球の陰陽に拠るのではないだろうか。
 ただし、天地の陰陽と言ったとき、単に、+1と−1の負電荷と正電荷を見るべきではなく、根源の陽凸iと陰凹iの陰陽振動があると見るべきように思う。
 また、地球の陰陽も同様である。
 ただし、今の段階では、電気と磁気が数式的に区別つかないのである。
 これも検討課題である。


陰陽の牽引と反発の矛盾力学:−1が正電荷で、+1が負電荷:水素結合私見
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12020154774.html

陰陽の牽引と反発の矛盾力学:−1が正電荷で、+1が負電荷:水素結合私見

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

思うに、私は陰陽とは、牽引と反発の矛盾する性質をもつと直観的に受け入れてきたが、考えてみると、その力学は説明がいる。
 私はこれまで、陰陽において、陽が主導すると、陰が否定されて、あるいは、陰を支配されて、陽的同一性が生まれるとみた。
 そして、陰が主導すると、陰陽調和が起きて、生命が生成すると見た。
 しかし、この説明は短絡的である。
 陰陽において、陽主導も陰主導も交替するように考えられるからである。
 思うに、両主導において、生命の誕生を見るべきであろう。
 先に、水素結合に関係して、電荷の発生について考察しようとしたが、思うに、凸i*凹i⇒±1(今は発生なので、⇔は考えない)において、⇒−1が正電荷で、⇒+1が負電荷ではないだろうか。
 というより、そのように作業仮説してきたのである。
 つまり、⇒−1は原子核(の方向)であり、水素原子で言えば、陽子である。そして、⇒+1は電子(の方向)である。
 そして、陰陽方程式凸i*凹i⇒±1は水素原子方程式と考えることができる。つまり、物質単位方程式である。

 水素結合を考えると、H-O-Hにおいて、Oが負電荷を帯び、Hが正電荷を帯びるといことである。
 これは、私見では、水素原子の電子が酸素の原子核に引きつけられ、そして、水素原子の原子核(陽子)が電荷的に生きているということではないだろうか。つまり、水素原子は正電荷を帯びるということである。
 そして、これが、電子を引きつけた酸素原子の電子による負電荷と結合するというのが、水素結合ではないだろうか。
 ところで、「H-Oは共有結合で電子が2個入っているのですが、酸素原子は強いので(電気陰性度)電子を自分の方に引っ張っています。したがって、H-Oの共有結合にある2個の電子は、中間にあるのではなく、酸素の方に偏っているのです。」ということであるが、「酸素原子は強い」というは簡単に説明できると思う。つまり、酸素の原子核の方が電荷が水素原子の原子核の電荷より強いということだと思う。だから、酸素に水素の電子が引っ張られると考えられる。
 とまれ、以上からだいぶ氣哲理学における電荷の問題はだいぶ整理されたと思う。
 ところで、以下の、「双極子ー双極子相互作用」とはとても興味深い。双極子と双極子が牽引力と反発力があるというが面白い。これは、陰陽の性質に似ているのである。
 しかし、これは表面的な類似であり、本質的なものではない。
 陰陽の双極子は、それ自体において、牽引と反発が共存しているのである。これは、通常の物質にはないことである。
 ところで、問題は、諸原子の発生のメカニズムである。
水素原子は陰陽方程式=水素原子方程式になるので、説明できるが、その他の原子のメカニズム(方程式)はどうなのか。
 直観では、氣の質によって、諸原子が発生するのではないだろうか。
 氣の振動の相違によってと言えるかもしれない。
 これは検討課題である。

追記:以下の双極子と双極子の相互作用は磁気のような作用をもつ云々とある。
 思ったのは、電気や磁気であるが、それは、物質ではなく、量子ではないだろうか。
 そう、電磁波は電気と磁気からなるのであり、量子である。
 電気と磁気を量子と見ると、それは、氣を背景にもつのである。
 雷、稲妻の電気であるが、それは、天地の陰陽に拠るのではないだろうか。
 また、地磁気であるが、それは、地球の陰陽に拠るのではないだろうか。
 ただし、天地の陰陽と言ったとき、単に、+1と−1の負電荷と正電荷を見るべきではなく、根源の陽凸iと陰凹iの陰陽振動があると見るべきように思う。
 また、地球の陰陽も同様である。
 ただし、今の段階では、電気と磁気が数式的に区別つかないのである。
 これも検討課題である。

 
分子間力について説明して下さい - キリヤ: Q&A

共有結合
 水の分子はH-O-Hですが、このH-O-の結合が共有結合です。水素(H)と酸素(O)がそれぞれ電子を1個ずつ出し合って共有し、1つの結合を作っているのです。共有結合は−で表しますが、そこには電子が2個入っています。
 2個の電子は酸素と水素の間で均等に存在するのではなく、酸素が電子を引き付けて酸素側に片寄っています。それぞれの原子の極性は酸素が-0.820、水素が+0.410となっています。したがって、水分子は極性を持つことになり、食塩(NaCl)などの極性物質を溶かすことができるのです。



水分子の極性


電子の偏り

 例えばポリ袋はポリエチレンですが、-CH2-CH2-CH2-CH2-とC-Cの共有結合が何十万、何百万と続いていますし、C-Hの間も共有結合です。有機化合物はほとんど共有結合からできています。このように、有機化合物は共有結合でできていて1つの分子を作っています。したがって、分子とは共有結合だけでできているものと考えていいでしょう。

・・・

双極子−双極子相互作用
 いま、X原子とY原子が共有結合で結びついているとします(X−Y)。XとYの間は共有結合で2個の電子がありますが、Xが電子を引っ張る力が強い(電気陰性度)と、電子を自分の方に引っ張っているのです。したがって、X−Yの共有結合にある2個の電子は、中間にあるのではなく、Xの方に偏っているのです。Xは中性でイオンにはなっていませんが、少しマイナスになっています(δ−と書きます)。電子を引っ張られたYは電子が少なくなって少しプラス(δ+)になっています。したがって、X−Yの共有結合はX側がマイナス、Y側がプラスに偏った結合になっているのです(双極子)。双極子はN極S極を持った磁石のようになっているので、双極子には引っ張る力(引力)と反発する力(斥力)が働くのです。



電子の偏り


双極子−双極子相互作用

水素結合
 双極子−双極子相互作用の最も強い例が水素結合です。水は液体ですから、水の分子は自由に動き回っています。では、氷になるとどうして固まるのでしょう。それは、水の分子(H-O-H)の間に水素結合ができているからです。H-Oは共有結合で電子が2個入っているのですが、酸素原子は強いので(電気陰性度)電子を自分の方に引っ張っています。したがって、H-Oの共有結合にある2個の電子は、中間にあるのではなく、酸素の方に偏っているのです。H- O-Hの酸素は中性ですが、少しマイナスになっています(δ(デルタ)−と書きます)。電子を引っ張られた水素は電子が少なくなって少しプラス(δ+)になっています。イオンではないですが、δ−とδ+は引き合い、これが水素結合です。水素結合は生物にとって重要な結合で、タンパク質がらせん構造を作ったり、遺伝子DNAが情報を伝達するのに使われます。水素結合については次のQ&Aで説明します。

水分子の水素結合

http://www.kiriya-chem.co.jp/q&a/q49.html


2015年04月26日(Sun)▲ページの先頭へ
細菌とは何ぞ哉?:細菌方程式凸i*凹i⇔±1
リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12018971716.html

細菌とは何ぞ哉?:細菌方程式凸i*凹i⇔±1

テーマ:乳酸菌:豆乳ヨーグルト;免疫力と自然治癒

私はだいぶ以前、乳酸菌は氣と関係するのではないかと言った。もっとも、これは愚問である。すべては氣と関係すると考えられるからである。
 乳酸菌と氣は密接に関係するのではと問わなくてはならないのである。
 今はとっかかりがないので、やはり、生命体、生命有機体とは何かと見ないといけない。
 これは、氣哲理学からは簡単である。氣が生命体の根源であり、それが、物質現象化するとき、生命体、生命有機体を作ると見るのである。
 物質自体はエントロピーに支配されるが、氣自体は反エントロピー作用をする。それは、反復する、回帰する作用である。
凸i*凹i⇒±1の陰陽方程式であるが、実は、これは、エントロピー方程式である。正しくは、凸i*凹i⇔±1であり、左方向が回帰なのである。
 左方向は植物で言えば、種子の形成作用であろう。そう、死は同時に、新生を内包するのである。
 今は簡単に⇒−1を向心力、⇒+1を遠心力とする。あるいは、中心性と周縁性である。大地性と天空性である。
 思うに、±1の両極により、球体が生まれる。これが、細菌等の形態である。そして、内部には⇔±1の生命力動があるのである。
 思うに、光合成細菌のメカニズムは、この⇔±1ではないだろうか。吸収する光は、凸i*凹i⇒+1の光である。
 しかし、光合成細菌の氣メカニズム、例えば、凸1i*凹1i⇔±1とすると、光の陰陽エネルギーが左辺と共振して、右辺を形成生産するようになるのではないだろうか。だから、⇔±1が生命有機体である。
 とまれ、今は思いつきに留める。


追記:上記は実に大雑把なもの、てきとうなものなので、無視されたい。
 ところで、⇔±1として、←の方向を種子の方向としたが、これは、言葉でいうとなんであろうか。
 ⇒は天の方向であり、←−1は地の方向である。
⇔±1の左方向は原点回帰である。思うに、それは、原天ないし元天と言えるのではないだろうか。
 もっとも、種子であるから、物質である。生命物質である。それは、氣の活性化、つまり、春を待っているのである。
 端的に、春は光や熱や水である。これが、種子にエネルギーとしてはたらきかけるのである。
 私は氣とは光、熱の原因だと思う。(水はおいておく。)氣の振動・共振が、次元転換して、光、熱となる。
 つまり、春の光や熱には、氣振動、氣共振、氣エネルギーがあるのである。
 それを種子の生命物質が受けて、振動し、発芽を始めるように思えるのである。
 もっとも、種子の生命物質も、氣的回路をもっているから、光と熱の氣振動によって共鳴して、光と熱エネルギーを発動させるということも考えられる。
 ちょっと混乱している。わかりやすく、氣的光、氣的熱と言おう。これが、種子の生命物質に作用する。
 すると、生命物質は氣的物質エネルギー(正しく、氣的量子エネルギー)を受けて、共振を起こし、発芽開花するようになるのではないだろうか。
 今のところは、直観的イメージに留める。

1.
生命の誕生と40億年の進化
www.geocities.jp/msakurakoji/900Note/15.htm


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* 類似ページ
シアノバクテリアの出現(32億年前) 数億年ほど生命はさしたる進化をせずに自然に
化学合成された有機物を利用して細々と命をつないできました。しかし,32億年前に光を
使用することによってエネルギーとなる有機物を作り出す光合成細菌(シアノバクテリア)
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2.
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4.
原始生命体 - Wikipedia
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病原体の進化(人間の世代時間は約30年、細菌の世代 ... - カラダの教科書
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6. [PDF]
光合成の進化 解説 - 日本光合成学会
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7.
地球の誕生と生物の進化
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ゲノムから見た細菌の進化 - J-Stage
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...
9. [PDF]
小林研究室:細菌ゲノムの動態・進化 - 東京大学医科学研究所
www.ims.u-tokyo.ac.jp/ikobaya/docs/shingaku2013.pdf


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1. 1. 東京大学・新領域創成科学研究科・メディカルゲノム専攻・基幹研究室:バイオ
医療知財分野. および 東京大学・医科学研究所(連携). 小林研究室:細菌ゲノムの動態
・進化 www.ims.u-tokyo.ac.jp/ikobaya. 医科学研究所(メトロ白金台駅)2号館2階
西側.
10.
古細菌の進化には遺伝子の取り込みが重要だった - natureasia.com
www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/59502


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2015年1月1日 ... シアノバクテリアやプロテオバクテリアなどの原核生物では、個々の細胞間の水平
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2015年04月20日(Mon)▲ページの先頭へ
知性とは何か:陽自我が極大化すると、他者的陰を全く否定して、狂気化・錯誤・妄想する
知性とは何か:陽自我が極大化すると、他者的陰を全く否定して、狂気化・錯誤・妄想する

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

先に以下のように書いた。
 しかし、まだ、陽凸iの第一自我と陰凹iの第二自我との関係が明晰ではないので、再検討したい。
 今は余裕がないので、簡単に指摘するに留める。
 記述上明快にするため、陽凸iの第一自我を陽自我、第一自我、同一性自我等と呼ぶ。
 そして、陰凹iの第二自我と陰自我、第二自我、差異自我と呼ぶ。
 陽自我の他者とは、陰自我でいいのではないだろうか。
 そう、簡単に言えば、陽の他者は陰であるということだろう。
 つまり、他者的陰に対して、陽自我は、連続的同一性によって、支配しようとするのである。
 つまり、他者的陰を同一性化するのである。
 これは、父権的二項対立である。優劣、善悪二元論である。
 問題は、同一性化された他者的陰の力である。
 (否定的)感情とはここに存するであろう。
 この陽自我の同一性力学は確かに、攻撃的ではあるが、知性を保っている。
 しかるに、他者的陰が反動的になる場合のことを考えよう。
 私が想定しているのは、衝動、情動、非合理な力動のことである。
 どう、暴力・攻撃・殺戮的衝動も含まれる。
 陽自我の同一性主義はそれなりに、知性的である。
 しかるには、他者的陰の場合、本質が感性、感情、欲望である。
 陽自我=同一性自我によって、支配された他者的陰は、当然、反動性を帯びるのである。
 これは、衝動、情動、力動となる。
 以下では、陽自我は知性であるとした。
 しかし、反動的衝動をもつ陽自我・同一性自我とは何だろうか。そもそも同一性自我とは何か。
 本当に知性なのか。
 知性は他者性がなくてはならない。
 しかし、同一性自我は他者性(陰)を否定するのである。
 そうならば、同一性自我とは、必然的に錯誤・狂気をもっているのではないだろうか。
 そう、同一性自我と知性は異なるのである。
 では、知性は何処に帰属しているのだろうか。
 直観では、それは、陰、他者的陰に帰属しているのである。
 だから、陽自我は、陰、他者的陰を肯定して、知性を形成するのである。
 言い換えると、陰陽調和によって知性を形成するのである。
 だから、陽自我が極大化すると、他者的陰をまったく否定することになり、それは、知性の喪失を意味する。つまり、陽自我の狂気化である。
 どうもこの説明の方が以下のよりも明晰であると思う。
 今はここで留める。


追記:他者的陰の肯定とは実に難しいことである。不連続的差異論は、確かに、他者的陰を肯定したが、陰とこころ(MP)の区別がほとんどできなかった。
 陰は、他者として肯定されると、陰陽調和から、こころを新生させるのである。ここがミソなのである。

追記2:上記の説明は下記のそれと、いわば、正反対である。しかし、従来の説明は上記の方向にあるのである。
 さて、上記のように考えると、これまで、自我と知性は結びついているとした私の考えを改めないといけないだろう。知性は、自我ではなく、他者性に存するのであるから。
 自我、陽自我凸iは自我同一性であり、それは言語的同一性であり、知的同一性ではないのである。
 知的同一性とは、他者的同一性である。差異である。
 後で、このことについて検討したい。

再掲:父権集団自我(日本父権民族)の集団的利己主義精神力学解明

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

(作図がOSの違いによって、ブレるので、今度は自宅のパソコンから作図して投稿する。)

今は余裕がないので、簡単に(追記:簡単ではなかった)述べるに留める。
 父権化している(正しくは、集団的父権化であるが)日本人の自我のもっている利己主義、自己中心主義について考えていたが、ふと、その力学の主導性は、陰凹i(ルシファー)にあるのではないかと思ったのである。(これは、うつ病や狂気にも関係すると思われるのである。)
 つまり、陰凹i=ルシファーは自己中心性をもっているのであり、それが、陽凸i=アーリマンと結びついて、あるいは、癒着して(連続的同一性化して)、いわゆる、利己主義(エゴイズム)を形成しているのではないかと思ったのである。
 単に、陽凸iの主導性だけでは、自我同一性が進展するのであり、それは、積極的には、知性の進展を意味するのである。
 しかし、問題となる利己主義の場合、自我が知性から逸脱するのである。(今日の某国の支配層をみればいいだろう。)
 自我欲望が主導的になり、知性が歪曲されて、悪用されているのである。騙しであったり、ペテン、詐欺、虚言、等々。端的には、暴力、迫害、殺戮である。
 自我欲望とは、シュタイナーでは、アストラル体であり、私の用語では、感性体である。

 
             凸i陽(原光:自我)
                 |
                 |
    第二象限       |      第一象限 
                 |
    −1(地)_____MP(心)_____+1(天)
                 |
       第三象限    |      第四象限
                 |
                 |
            凹i陰(原闇:感性体)
    
          陰陽ガウス平面図


 上図において、凹i陰が凸i陽に作用して、凸i陽自我のもっている知性を欲望的にねじ曲げると考えられるのである。
 それは、象限でいうと、第三象限の領域になると思われる。(因みに、第二象限は、知性や物質科学の領域だろう。第一象限は、哲学、理性の領域だろう。第四象限は、芸術や宗教の領域だろう。補足すると、技術をどの象限に置くのかと考えると、技術には、創造性と実験・実践性が必要である。技術とは意外に全象限に入るのではないかと思えるのである。これは検討課題である。)
 日本の支配層や父権化された日本人の精神は、今日、この悪徳(ルシファー主導)領域(第三象限)にあると思われる。(本来、日本民族は母権民族が基盤であり、母権的自我をもっていた。母権的自我とは、陰陽調和のこころをもっているのである。しかし、これが、自我欲望の強化によって、否定排除されていったのである。そして、こころが未発達のままに埋没したのである。)
 何故、このように腐敗堕落するかといえば、集団自我であるため、個のこころ(MP)が作用しないからである。ここに善があるのであるが、それは集団主義によって、未発達、排除されているのである。
 いわゆる、傲慢、驕慢、慢心、尊大、高慢の根拠はこの陰凹i(ルシファー)にあると言えよう。
 そのように考えると、父権自我とは、単に、陽凸i(アーリマン)主導だけでなく、陰凹i(ルシファー)の主導性が強いと言えよう。
 あえて言えば、後者の方が強いと言えよう。日本の場合は明らかにそうである。
 そう、女性の場合も、陰凹i(感性体・ルシファー)が主導的なので、そうなる傾向が強いと言えよう。(今日、日本の女性が高慢ちきなのは、このためと言えよう。)
 思うに、父権自我メカニズムの歴史的経緯は、最初は、陽凸i(自我/アーリマン)が主導的であったが、世俗化すると、陰凹i(感性体/ルシファー)の影響が支配的になり、陽凸i(自我/アーリマン)の同一性知性をねじ曲げてしまうようになるということではないだろうか。いわば、父権自我腐敗精神力学である。
 また、この陰凹i(感性体/ルシファー)の支配は、知性をねじ曲げるので、狂気をもたらすということである。
 陽凸i(自我/アーリマン)から外れてしまうので、狂気、妄想、妄信等になると考えられる。
 つまり、いわば、陰凹i的自我ができてしまうのである。
 端的に狂気自我である。
  しかし、理論的にはこの陰凹i的自我は、第二の自我である。あるいは、疑似自我である。
 なぜなら、本来の自我は、陽凸iであるからである。
 つまり、陰的自我とは、第二人格である。陽的自我が第一人格であるからである。
 しかしながら、これは、二重人格である。
  陰凹i(感性体/ルシファー)が支配的になると第二人格が主体となり、陽凸i(自我/アーリマン)を利用し悪用するということになるだろう。
 これが、現代日本の支配層の精神力学と考えられる。政治家が二枚舌となる力学はこれで説明できよう。
 また、森鴎外の『阿部一族』の柄本又七郎の二重人格もこれで説明できよう。すなわち、「情は情であり、義は義である」というダブルスタンダードは、陰凹i(感性体/ルシファー)から「情」を、陽凸i(自我/アーリマン)から「義」を引き出して、説明できよう。
 結局、父権集団主義の力学なのである。
 父権的個があれば、このような錯誤にはならないと考えられる。
 端的に、こころ(光)、MP、陰陽調和が欠落しているのである。
 
追記:陽凸iから陰凹iへの父権集団自我の精神腐敗力学であるが、陰凹i(感性体ないし感情欲望体/ルシファー)が支配的になるのは単に経験的原因に拠るのだろうか。
 理論的に言えば、本来、陽凸iが主導支配的である。
 しかし、陽凸iに対して、陰凹iが支配的になるとはどういうメカニズムなのだろうか。
 理論的には齟齬、矛盾撞着である。
 やはり、陽凸iの自我のもつ連続的同一性作用によって説明できるのではないだろうか。
 すなわち、陰陽方程式的には、凸i*凹i→−1が、陽凸i主導の陰陽方程式である。
 結局、陽凸iと陰凹iは−1として、一致するのである。同一性化するのである。
 だから、本来、陽凸iが主導支配的であるが、それが、陰凹iと一致してしまうので、陽凸iの主導支配性が陰凹iに作用すると言えよう。まさに、陽凸iと陰凹iが連続的同一性化し、陰凹iも陽凸iの主導支配性を帯びると考えられるのである。
 これでいちおう、理論的に説明できた。

追記2:個の発生をどうみるのか。よく、個人はキリスト教がもたらしたと言われる。果たしてそうか。
 私はイタリア・ルネサンスではないかと思う。つまり、個の発生には、母権主義が必要なのである。
 より正確に言えば、父権と母権の均衡において、個が発生したのではないだろうか。イタリア・ルネサンスはそのような力学をもっていたのではないだろうか。
 欧州の父権文化下において、イタリアの土着的母権文化が発露したのではないだろうか。私見では、プロテスタンティズムも明らかに、イタリア・ルネサンスの個の発生がなければ、生じなかったのではないだろうか。


再掲:父権集団自我(日本父権民族)の集団的利己主義精神力学解明
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12016428324.html

再掲:父権集団自我(日本父権民族)の集団的利己主義精神力学解明

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

(作図がOSの違いによって、ブレるので、今度は自宅のパソコンから作図して投稿する。)

今は余裕がないので、簡単に(追記:簡単ではなかった)述べるに留める。
 父権化している(正しくは、集団的父権化であるが)日本人の自我のもっている利己主義、自己中心主義について考えていたが、ふと、その力学の主導性は、陰凹i(ルシファー)にあるのではないかと思ったのである。(これは、うつ病や狂気にも関係すると思われるのである。)
 つまり、陰凹i=ルシファーは自己中心性をもっているのであり、それが、陽凸i=アーリマンと結びついて、あるいは、癒着して(連続的同一性化して)、いわゆる、利己主義(エゴイズム)を形成しているのではないかと思ったのである。
 単に、陽凸iの主導性だけでは、自我同一性が進展するのであり、それは、積極的には、知性の進展を意味するのである。
 しかし、問題となる利己主義の場合、自我が知性から逸脱するのである。(今日の某国の支配層をみればいいだろう。)
 自我欲望が主導的になり、知性が歪曲されて、悪用されているのである。騙しであったり、ペテン、詐欺、虚言、等々。端的には、暴力、迫害、殺戮である。
 自我欲望とは、シュタイナーでは、アストラル体であり、私の用語では、感性体である。

 
             凸i陽(原光:自我)
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    第二象限       |      第一象限 
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    −1(地)_____MP(心)_____+1(天)
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       第三象限    |      第四象限
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            凹i陰(原闇:感性体)
    
          陰陽ガウス平面図


 上図において、凹i陰が凸i陽に作用して、凸i陽自我のもっている知性を欲望的にねじ曲げると考えられるのである。
 それは、象限でいうと、第三象限の領域になると思われる。(因みに、第二象限は、知性や物質科学の領域だろう。第一象限は、哲学、理性の領域だろう。第四象限は、芸術や宗教の領域だろう。補足すると、技術をどの象限に置くのかと考えると、技術には、創造性と実験・実践性が必要である。技術とは意外に全象限に入るのではないかと思えるのである。これは検討課題である。)
 日本の支配層や父権化された日本人の精神は、今日、この悪徳(ルシファー主導)領域(第三象限)にあると思われる。(本来、日本民族は母権民族が基盤であり、母権的自我をもっていた。母権的自我とは、陰陽調和のこころをもっているのである。しかし、これが、自我欲望の強化によって、否定排除されていったのである。そして、こころが未発達のままに埋没したのである。)
 何故、このように腐敗堕落するかといえば、集団自我であるため、個のこころ(MP)が作用しないからである。ここに善があるのであるが、それは集団主義によって、未発達、排除されているのである。
 いわゆる、傲慢、驕慢、慢心、尊大、高慢の根拠はこの陰凹i(ルシファー)にあると言えよう。
 そのように考えると、父権自我とは、単に、陽凸i(アーリマン)主導だけでなく、陰凹i(ルシファー)の主導性が強いと言えよう。
 あえて言えば、後者の方が強いと言えよう。日本の場合は明らかにそうである。
 そう、女性の場合も、陰凹i(感性体・ルシファー)が主導的なので、そうなる傾向が強いと言えよう。(今日、日本の女性が高慢ちきなのは、このためと言えよう。)
 思うに、父権自我メカニズムの歴史的経緯は、最初は、陽凸i(自我/アーリマン)が主導的であったが、世俗化すると、陰凹i(感性体/ルシファー)の影響が支配的になり、陽凸i(自我/アーリマン)の同一性知性をねじ曲げてしまうようになるということではないだろうか。いわば、父権自我腐敗精神力学である。
 また、この陰凹i(感性体/ルシファー)の支配は、知性をねじ曲げるので、狂気をもたらすということである。
 陽凸i(自我/アーリマン)から外れてしまうので、狂気、妄想、妄信等になると考えられる。
 つまり、いわば、陰凹i的自我ができてしまうのである。
 端的に狂気自我である。
  しかし、理論的にはこの陰凹i的自我は、第二の自我である。あるいは、疑似自我である。
 なぜなら、本来の自我は、陽凸iであるからである。
 つまり、陰的自我とは、第二人格である。陽的自我が第一人格であるからである。
 しかしながら、これは、二重人格である。
  陰凹i(感性体/ルシファー)が支配的になると第二人格が主体となり、陽凸i(自我/アーリマン)を利用し悪用するということになるだろう。
 これが、現代日本の支配層の精神力学と考えられる。政治家が二枚舌となる力学はこれで説明できよう。
 また、森鴎外の『阿部一族』の柄本又七郎の二重人格もこれで説明できよう。すなわち、「情は情であり、義は義である」というダブルスタンダードは、陰凹i(感性体/ルシファー)から「情」を、陽凸i(自我/アーリマン)から「義」を引き出して、説明できよう。
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 端的に、こころ(光)、MP、陰陽調和が欠落しているのである。
 
追記:陽凸iから陰凹iへの父権集団自我の精神腐敗力学であるが、陰凹i(感性体ないし感情欲望体/ルシファー)が支配的になるのは単に経験的原因に拠るのだろうか。
 理論的に言えば、本来、陽凸iが主導支配的である。
 しかし、陽凸iに対して、陰凹iが支配的になるとはどういうメカニズムなのだろうか。
 理論的には齟齬、矛盾撞着である。
 やはり、陽凸iの自我のもつ連続的同一性作用によって説明できるのではないだろうか。
 すなわち、陰陽方程式的には、凸i*凹i→−1が、陽凸i主導の陰陽方程式である。
 結局、陽凸iと陰凹iは−1として、一致するのである。同一性化するのである。
 だから、本来、陽凸iが主導支配的であるが、それが、陰凹iと一致してしまうので、陽凸iの主導支配性が陰凹iに作用すると言えよう。まさに、陽凸iと陰凹iが連続的同一性化し、陰凹iも陽凸iの主導支配性を帯びると考えられるのである。
 これでいちおう、理論的に説明できた。

追記2:個の発生をどうみるのか。よく、個人はキリスト教がもたらしたと言われる。果たしてそうか。
 私はイタリア・ルネサンスではないかと思う。つまり、個の発生には、母権主義が必要なのである。
 より正確に言えば、父権と母権の均衡において、個が発生したのではないだろうか。イタリア・ルネサンスはそのような力学をもっていたのではないだろうか。
 欧州の父権文化下において、イタリアの土着的母権文化が発露したのではないだろうか。私見では、プロテスタンティズムも明らかに、イタリア・ルネサンスの個の発生がなければ、生じなかったのではないだろうか。


2015年04月18日(Sat)▲ページの先頭へ
視覚とこころ:肚を作って、自我と肚のバランスを形成して、こころ・視覚・光を新生させ、大自己となる
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12015786922.html

視覚とこころ:肚を作って、自我と肚のバランスを形成して、こころ・視覚・光を新生させ、大自己となる

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

本テーマについて何回か既述したが、あらためて検討したい。
 視覚と自我が結びついていると見る。問題は、視覚とこころの関りである。
 陰陽哲理学(氣哲理学)から見ると、視覚は凸i陽と結びついていることになる。
 以前、海舌氏が、人間認識図で、凸iを光ととっていたが、それは正しいのかもしれない。

  海舌氏による人間認識図

氣哲理学では、光は+1においてあるのであり、凸iを光とすると齟齬になる。この点をどう整理するのかである。
 ここで作業仮説、思考実験であるが、陽凸iを光ではなく、原光としたらどうだろうか。そうならば、陰凹iは闇ではなく、原闇である。
 そして、原光と原闇が共鳴して、光が生まれると見るのである。(勿論、原光が主導だと重力が生まれるのであるが。)
 では、原光(凸i陽)と視覚ないし自我はどう関係するのだろうか。
 氣哲理学から言えば、当然、直結していることになるが、そのメカニズムはいかに?
 まず、視覚、光を感覚するとはどういうことなのか。
 いったい視覚器官のメカニズムは何か。
 直観で言えば、光の根源は原点MP(Media Point)、中心点にある。だから、そこに視覚器官があるのではないだろうか。
 つまり、視覚は陽凸iないし原光にあるのではなく、原点MPに存するということになる。
 ならば、それは、こころと一致することになるのである。
視覚器官=こころということになる。
 そうすると、私の上記したことやこれまでの考えが破綻するのである。私は視覚は自我と直結すると見てきたからである。
 この新たな視点から考えてみたい。
 では、なぜ、視覚と自我が結びつくと考えたのだろうか。それは経験的な判断からである。
 確かに、視覚と頭脳は結びつくのである。頭脳は自我と関係するのである。だから、結びつけたのである。
 とまれ、自我は凸i、陽、原光の主導的能力と言えよう。
 では、自我とこころの関係は、自我がこころを否定、抑圧、排除、隠蔽するというものである。
 つまり、自我形式とは自己同一性主義(簡単に同一性)なのであり、他者性をもつこころを同一性で支配するのである。つまり、自我は、こころの領域をいわば隷属させるのである。
 しかし、基本的には原初的こころが存在するのである。
 そう、こころに視覚があるならば、当然、自我はこころ・視覚に通じていないといけない。
 少し見方を変えると、陽と陰の調和共振でこころ=視覚が生まれるが、そのとき陽が強化された場合、つまり、自我が形成されるとき、こころ=視覚はその影響を受けて、いわば、不透明化するのではないだろうか。
 つまり、こころ=視覚=光は、陽化、原光化するということではないだろうか。思うに、この陽化ないし原光化したこころ=視覚=光とは、物質的光ではないだろうか。氣的背景を喪失した光ではないだろうか。
 それは当然、自我の物質主義に相応する光と言えよう。
 私が自我と視覚が結びつくと見たのは、この点を意味しているのだろう。
 ならば、こころ=本来の視覚(本視覚)=本来の光(本光)を取り戻すには、どうしたらいいのだろうか。
 近代は自我主導的であるので、それは難しいのである。
 自我を失わずに、こころ・本視覚・本光を新生させるにはどうしたらいいのか。
 簡単に言えば、やはり、肚を作ることである。
 陽凸i、原光の主導的であるのに対して、陰凹i、原闇を強化しバランス・均衡をとることが大事である。
 つまり、主導的な陽凸i=原光に対して、能動的に陰凹i=原闇(肚)を形成する必要があるということになるのである。
 それによって、自我と均衡する肚が形成されるのであり、新しい陰陽調和が形成されると考えられる。
 そう、これは、原初のこころ=視覚=光ではなく、生まれ変わったこころ=視覚=光である。
 正に、開眼である。
 この新しい自己はいわば、大自己である。それまでは、自我的自己に過ぎなかったが、自我を包摂した大なる自己なのである。ここには、他者との共生感(仁倫)があるのである。
 今はここで留めたい。

追記:私見では、シュタイナーの説く悪魔アーリマンは陽凸i、原光であり、悪魔ルシファーは陰凹i、原闇であり、キリストは両者の均衡調和である。それは、こころである。

追記2:こころ=視覚=光と上述したが、気哲理学の「座標」とは齟齬となる。
 後者では光は+1である。しかるにで、上記では、原点MPが光となる。
 この矛盾をどう解決するのか。
 原点MPにおいて、陰陽共振調和が為されると光が発生する。だから、原点MPから+1の領域が光と言うことができよう。
つまり、つまり、MP⇒+1の総体が光であり、+1はあえて言えば、天である。もっとも、天は光の総体の終点と見られる。
 今はここで留める。


2015年04月15日(Wed)▲ページの先頭へ
凹i陰*凸i陽⇒±1の±1について再考:±1ないし実軸は量子ではないか
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12014518064.html

凹i陰*凸i陽⇒±1の±1について再考:±1ないし実軸は量子ではないか

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

先に(参照記事)、−1=重力、+1=光子に関して、それらは、純粋物質ではなく、高次元と物質との境界存在ではないかと述べた。
 しかし、実軸については、それを原子の領域ともとっているのである。つまり、−1=原子核、+1=電子である。
 だから、やはり、±1は物質、純粋物質、あるいは、量子ととるのが的確なように考えられるのである。
 また、これまで考察してきたように、実軸、重力、光子、原子、量子には、高次元の氣が浸透しているということになる。
 つまり、純粋物質と言っても、なんらかの氣が浸透しているということになる。ただし、生命体、自然現象になるには、氣における有機体的情報が必要である。単なる物質の場合は、そのような有機体的情報が欠けていると考えられる。
 とまれ、現時点で見ると、量子論というのは、陰陽ガウス平面における実軸の領域だけを扱っているのであり、虚軸の本来の氣の領域を対象にしていないということになる。
 しかし、量子の領域である実軸には、氣が作用するので、量子の「不思議な」現象が観測されるのである。
 例えば、先に検証された、光子の非局所的相関のような現象である。根本的には、量子の粒子と波動の二重性という現象である。(電磁波は、氣の物質的映像であると考えている。)
 とまれ、以下の実軸とは高次元と現象界の境界という視点は、それ自体は間違っていないと言えよう。
 そう、純粋物質について言えば、やはり、実軸の領域は純粋物質というよりは、量子的物質と見るべきだろう。あえて言えば、氣的物質である。あるいは、メディア的物質である。
 純粋物質はやはり、直近において見たように、±jklを純粋物質と見るべきであろう。
 以下、陰陽GPQ(ガウス平面ー四元数)図を上記の視点で書き換えてみる。


     虚軸(凸i*凹i):氣の領域
            ↓
            ↓
            時
            間
            ↓
            ↓
−1(重力)・・・・・・MP(霊)・・・・・・+1(光子) 量子領域
           ↙↓↘
         ↙  ↓  ↘
       ↙    ↓    ↘
     ↙      ↓      ↘
   j軸       k軸       l軸

       三次元現象空間領域


 陰陽ガウス平面/四元数世界図

思考実験:自然現象発生メカニズム:(凹i陰*凸i陽⇒)±1=⇒が原生命で、±jklが純粋物質
「図示すれば、=⇒☆±jklの☆が宇宙や生命体である。ここに、太陽系や蔓植物が生成しているということになる。
 もう少し考えると、原生命である±1=⇒が±jklを帯びたときが、物質現象化するということではないだろうか。
 すると、物質、純粋物質とは、±jklということではないだろうか。
 これは、原生命の±1=⇒とはまったく別の存在である。
 氣ないしエーテル体とは、±1=⇒であるが、±jklは純粋物質ということになる。 」

***************************

参照:
陰陽ガウス平面の実軸とは高次元と現象界との境界ではないだろうか
テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合 先に以下にあるように、「・・・理論的には、±1が純粋物質である。そうすると、+1の純粋物質と−1の純粋物質があることになる。それらは何か。これまでの仮説からは、+1が光であり、−1が重力である。」と書いた。
 しかし、重力は物質なのだろうか。また、光も物質なのだろうか。物理学では、光子には、質量がないのである。
 物質ならば、質量はあるはずである。
 ということから、推測するに、重力や光は物質というよりは、高次元の氣と物質との境界存在ではないだろうかということが考えられるのである。
 そうならば、陰陽ガウス平面の実軸とは現象界、物質界というよりは、高次元の氣界と現象物質界の境界を意味するのではないだろうか。
 分かりやすく言えば、重力と光には氣が浸透しているのではないだろうか。
 今はここで留める。


2015年04月14日(Tue)▲ページの先頭へ
思考実験:自然現象発生メカニズム:(凹i陰*凸i陽⇒)±1=⇒が原生命 で、±jklが純粋物質
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12014219543.html

思考実験:自然現象発生メカニズム:(凹i陰*凸i陽⇒)±1=⇒が原生命
で、±jklが純粋物質

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

先に以下のように書いたが、まだ、物質ないし純粋物質を記述していないのである。
 今は余裕がないので、簡単に触れるだけだが、思うに、四元数の三つの空間軸に、言わば、沿うようにして、天地軸を中心に螺旋ないし渦巻の宇宙や植物が生成するのではないだろうか。それは物質というより有機体、生命体であるが。
 否、天地軸(実軸)に沿うような渦巻やらせんの宇宙や植物が、四元数の三つの空間軸の三次元空間において現象するということではないだろうか。
 その際、氣エネルギー=時間=情報エネルギーは原点MPで発生する原型的形態(イデア、エイドス)を三次元空間において具象、実現していくということではないだろうか。
 数式化するとどうなるのだろうか。

凹i*凸i⇒±1=⇒±jkl

これは、いわば、陰陽ガウス平面・四元数時空間現象方程式である。
 例えば、生命現象は、±1=⇒±jklで表記されよう。
 ±1に生命現象の原型(イデア、エイドス、形相)があると言えよう。そして、±1=⇒に、生命現象の発現があるのではないだろうか。
 だから、これが、物質(生命有機体的物質)である。とりわけ、±1ー=⇒の⇒がそうであろう。
 =⇒±jklは、その生命現象の空間化を意味しよう。
 思うに、この⇒が原初生命ではないだろうか。⇒±jklにおいて、空間的発現をするということであるが。
 だから、正確には、やはり、=⇒±jkl総体、全体が生命体、生命現象、自然現象、物質現象ではないだろうか。
 つまり、この⇒は原生命体であり、生成する直前の様態ということになろう。(追記:原生命体は思うに、五芒星〔ペンタグラム〕を帯びているのではないだろうか。ここから、黄金比的宇宙・生命的現象展開が為されるのではないだろうか。思うに、五芒星は、正確には、±1=⇒の±1と=の間に発生するのではないだろうか。つまり、±1★=⇒の★の位置である。)
 丁寧に見れば、=⇒±jklの⇒と±jklの中間、境界が生命体ということではないか。
 図示すれば、=⇒☆±jklの☆が宇宙や生命体である。ここに、太陽系や蔓植物が生成しているということになる。
 もう少し考えると、原生命である±1=⇒が±jklを帯びたときが、物質現象化するということではないだろうか。
 すると、物質、純粋物質とは、±jklということではないだろうか。
 これは、原生命の±1=⇒とはまったく別の存在である。
 氣ないしエーテル体とは、±1=⇒であるが、±jklは純粋物質ということになる。 
 今はここで留める。

追記:以下の映画『スライブ』のトーラスであるアップル像であるが、中央の渦巻(星雲)が±1=⇒で、その中心から垂直に伸びる軸が天地軸であり、それに巻き付くような螺旋が±1=⇒jklで記述されるのではないだろうか。
 もっとも、可視化されている渦巻は実際は現象化されているので、⇒jklと見てもいいだろう。
 ただし、理論的には渦巻は不可視である。

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(THRIVE Japanese) スライブ―いったい何が必要になるのか - YouTube

 
**************************
陰陽ガウス平面の実軸とは高次元と現象界との境界ではないだろうか
テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合
先に以下にあるように、「・・・理論的には、±1が純粋物質である。そうすると、+1の純粋物質と−1の純粋物質があることになる。それらは何か。これまでの仮説からは、+1が光であり、−1が重力である。」と書いた。
 しかし、重力は物質なのだろうか。また、光も物質なのだろうか。物理学では、光子には、質量がないのである。
 物質ならば、質量はあるはずである。
 ということから、推測するに、重力や光は物質というよりは、高次元の氣と物質との境界存在ではないだろうかということが考えられるのである。
 そうならば、陰陽ガウス平面の実軸とは現象界、物質界というよりは、高次元の氣界と現象物質界の境界を意味するのではないだろうか。
 分かりやすく言えば、重力と光には氣が浸透しているのではないだろうか。
 今はここで留める。

追記:そうすると、陰陽ガウス平面とは内在超越平面(略して、内超平面)である。これは、いい視点だと思う。
 そして、物質とは何かという問いが生じる。
 結局、現象界、物質界、自然界は、陰陽ガウス平面の外部に形成されることになろう。
 原点MPから発現する時空四次元としての現象界である。
 それは、海舌氏がかつて活用したように、四元数(しげんすう)〔四元数 [物理のかぎしっぽ] 、四元数 - Wikipedia 〕で説明がつくかもしれない。(以下の参考を見られたい。)
 つまり、陰陽ガウス平面の原点MPから外部に四元数的な時空四次元現象界が形成されるということではないだろうか。
 もっとも、この視点は以前考えたものである。

            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)

追記2:簡単に四元数を使った、いわば、現象界を作図してみる。

−1・・・・・・・・・・MP・・・・・・・・・・+1
          ↓
          ↓
          ↓
          時
          間
          ↓
          ↓
          ↓
         ↙↓↘
       ↙  ↓  ↘
     ↙    ↓    ↘
    j軸    k軸    l軸
    

 四元数的時空四次元現象界図

追記3:時間であるが、上記では原点MPから下降するエネルギーと見ているが、それを虚軸(凸iと凹i)の作用と見ることがいいのかもしれない。
 つまり、陰陽エネルギーに時間が含まれるということになる。
 陰陽氣エネルギー=時間ということになる。
 そして、そこから、光と重力が生まれ、また、現象三次元世界が生じるということになる。
 そうすると、次のような図となる。

        虚軸(凸i*凹i)
            ↓
            ↓
            時
            間
            ↓
            ↓
−1(重力)・・・・・・MP・・・・・・+1(光) 天地軸
           ↙↓↘
         ↙  ↓  ↘
       ↙    ↓    ↘
     ↙      ↓      ↘
   j軸       k軸       l軸
    
  
陰陽ガウス平面・四元数的内在超越的現象界図

追記4:空間三次元と天地軸(実軸)とは異なることになる。通常は天地軸と空間三次元の一つの軸は重ねられてしまうが、そうではなく、別のものと考えられる。
 つまり、実は、空間は四次元であると考えられるのである。
 これは、実は、映画『スライブ』のトーラスであるアップル像をGP陰陽哲理学に適応したとき考えたことであるが。
 そう、四元数を入れた場合は、理論名称に四元数quaternionを入れる必要がある。
 だから、GPQ陰陽哲理学となる。
つまり、Gaussian Plane - Quaternion Yin-Yang Philosophienceである。

追記5:精神・霊の軸と超虚軸とすれば、図は例えば、以下のようになる。         
    
   超虚軸(凸I*凹I):精神・霊軸
            ↓
            ↓
            ↓
            ↓
            ↓
        虚軸(凸i*凹i)
            ↓
            ↓
            時
            間
            ↓
            ↓
−1(重力)・・・・・・MP・・・・・・+1(光) 天地軸
           ↙↓↘
         ↙  ↓  ↘
       ↙    ↓    ↘
     ↙      ↓      ↘
   j軸       k軸       l軸
    

霊的陰陽ガウス平面・四元数的世界(コスモス)図

追記6:そうすると、理論名称はSGPQ陰陽哲理学になる。即ち、Spiritual Gaussian Plane - Quaternion Yin-Yang Philosophienceとなる。

追記7:思うに、超虚軸を作らずに、これまで通りに、原点MPに精神・霊を入れて考えることができるのである。そうすると、図は以下になる。
 もっとも、原点MP=精神・霊と超虚軸は一体化して考えることもできるのではないだろうか。
 しかし、陰陽ガウス平面における単位円=原点MPを精神・霊と見れば、殊更、超虚軸は必要ない。

        虚軸(凸i*凹i)
            ↓
            ↓
            時
            間
            ↓
            ↓
−1(重力)・・・・・・MP(霊)・・・・・・+1(光) 天地軸
           ↙↓↘
         ↙  ↓  ↘
       ↙    ↓    ↘
     ↙      ↓      ↘
   j軸       k軸       l軸


霊的陰陽ガウス平面・四元数的世界(コスモス)図
    
***************************
凸i*凹i⇒−1とは何か
テーマ:陰陽方程式:陰凹i*陽凸i⇔±1 GP陰陽方程式は、凸i*凹i⇒±1である。
⇒+1は、陰陽調和、例えば、植物を意味する。
 では、⇒−1とは端的に何か。
これまで、陽主導的発現と見てきたが、何か。
 人間ならば、自我的存在である。
 一般的には何か。
 これまでは、植物ならば、根と見てきた。
 一応、それで説明はつく。
 実は、私が問題にしたいのは、純粋物質のことである。
 それは、⇒±1の±1のことである。おそらく、鉱物の結晶は+1である。では、−1は何か。
 これが純粋物質だろうか。
 しかし、理論的には、±1が純粋物質である。
 そうすると、+1の純粋物質と−1の純粋物質があることになる。それらは何か。
 これまでの仮説からは、+1が光であり、−1が重力である。
 いちおう、それで説明はつく。
 中途であるが、今はここで留める。

・・・


追記(2015年4月14日記載):
上の参考記事に、

凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=±lmn

とあるが、これは現時点では、

凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=⇒±lmn

というように、±1=⇒±lmnにした方がいいのではないだろうか。
 つまり、+1を光、−1を重力としたとき、それは、現象界で観測されるものであるから、等号はそのままでいいが、両者は、また高次元との境界と考えられるのであるから、⇒記号が必要ではないかということである。
 そうすると、四元数(しげんすう)の実数+1あるいは、±1は、非常に深い意味があることになる。
 それは、光や重力だけでなく、時間をも意味するように思われる。
 否、±1=⇒±lmnの⇒が時間ではないだろうか。
この方が整合性がある。
 今はここで留める。

追記2:
上の追記では

凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=⇒±lmn

と表記したが、

凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=⇒±jkl

の方が記号の順番に適応している。
こちらに訂正する。

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12014039374.html


陰陽ガウス平面の実軸とは高次元と現象界との境界ではないだろうか
画像やリンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12014039374.html

陰陽ガウス平面の実軸とは高次元と現象界との境界ではないだろうか

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

先に以下にあるように、「・・・理論的には、±1が純粋物質である。そうすると、+1の純粋物質と−1の純粋物質があることになる。それらは何か。これまでの仮説からは、+1が光であり、−1が重力である。」と書いた。
 しかし、重力は物質なのだろうか。また、光も物質なのだろうか。物理学では、光子には、質量がないのである。
 物質ならば、質量はあるはずである。
 ということから、推測するに、重力や光は物質というよりは、高次元の氣と物質との境界存在ではないだろうかということが考えられるのである。
 そうならば、陰陽ガウス平面の実軸とは現象界、物質界というよりは、高次元の氣界と現象物質界の境界を意味するのではないだろうか。
 分かりやすく言えば、重力と光には氣が浸透しているのではないだろうか。
 今はここで留める。

追記:そうすると、陰陽ガウス平面とは内在超越平面(略して、内超平面)である。これは、いい視点だと思う。
 そして、物質とは何かという問いが生じる。
 結局、現象界、物質界、自然界は、陰陽ガウス平面の外部に形成されることになろう。
 原点MPから発現する時空四次元としての現象界である。
 それは、海舌氏がかつて活用したように、四元数(しげんすう)〔四元数 [物理のかぎしっぽ] 、四元数 - Wikipedia 〕で説明がつくかもしれない。(以下の参考を見られたい。)
 つまり、陰陽ガウス平面の原点MPから外部に四元数的な時空四次元現象界が形成されるということではないだろうか。
 もっとも、この視点は以前考えたものである。

            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)

追記2:簡単に四元数を使った、いわば、現象界を作図してみる。

−1・・・・・・・・・・MP・・・・・・・・・・+1
          ↓
          ↓
          ↓
          時
          間
          ↓
          ↓
          ↓
         ↙↓↘
       ↙  ↓  ↘
     ↙    ↓    ↘
    j軸    k軸    l軸
    

 四元数的時空四次元現象界図

追記3:時間であるが、上記では原点MPから下降するエネルギーと見ているが、それを虚軸(凸iと凹i)の作用と見ることがいいのかもしれない。
 つまり、陰陽エネルギーに時間が含まれるということになる。
 陰陽氣エネルギー=時間ということになる。
 そして、そこから、光と重力が生まれ、また、現象三次元世界が生じるということになる。
 そうすると、次のような図となる。

        虚軸(凸i*凹i)
            ↓
            ↓
            時
            間
            ↓
            ↓
−1(重力)・・・・・・MP・・・・・・+1(光) 天地軸
           ↙↓↘
         ↙  ↓  ↘
       ↙    ↓    ↘
     ↙      ↓      ↘
   j軸       k軸       l軸
    
  
陰陽ガウス平面・四元数的内在超越的現象界図

追記4:空間三次元と天地軸(実軸)とは異なることになる。通常は天地軸と空間三次元の一つの軸は重ねられてしまうが、そうではなく、別のものと考えられる。
 つまり、実は、空間は四次元であると考えられるのである。
 これは、実は、映画『スライブ』のトーラスであるアップル像をGP陰陽哲理学に適応したとき考えたことであるが。
 そう、四元数を入れた場合は、理論名称に四元数quaternionを入れる必要がある。
 だから、GPQ陰陽哲理学となる。
つまり、Gaussian Plane - Quaternion Yin-Yang Philosophienceである。

追記5:精神・霊の軸と超虚軸とすれば、図は例えば、以下のようになる。         
    
   超虚軸(凸I*凹I):精神・霊軸
            ↓
            ↓
            ↓
            ↓
            ↓
        虚軸(凸i*凹i)
            ↓
            ↓
            時
            間
            ↓
            ↓
−1(重力)・・・・・・MP・・・・・・+1(光) 天地軸
           ↙↓↘
         ↙  ↓  ↘
       ↙    ↓    ↘
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   j軸       k軸       l軸
    

霊的陰陽ガウス平面・四元数的世界(コスモス)図

追記6:そうすると、理論名称はSGPQ陰陽哲理学になる。即ち、Spiritual Gaussian Plane - Quaternion Yin-Yang Philosophienceとなる。

追記7:思うに、超虚軸を作らずに、これまで通りに、原点MPに精神・霊を入れて考えることができるのである。そうすると、図は以下になる。
 もっとも、原点MP=精神・霊と超虚軸は一体化して考えることもできるのではないだろうか。
 しかし、陰陽ガウス平面における単位円=原点MPを精神・霊と見れば、殊更、超虚軸は必要ない。

        虚軸(凸i*凹i)
            ↓
            ↓
            時
            間
            ↓
            ↓
−1(重力)・・・・・・MP(霊)・・・・・・+1(光) 天地軸
           ↙↓↘
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   j軸       k軸       l軸


霊的陰陽ガウス平面・四元数的世界(コスモス)図

***************************

凸i*凹i⇒−1とは何か

テーマ:陰陽方程式:陰凹i*陽凸i⇔±1

GP陰陽方程式は、凸i*凹i⇒±1である。
⇒+1は、陰陽調和、例えば、植物を意味する。
 では、⇒−1とは端的に何か。
これまで、陽主導的発現と見てきたが、何か。
 人間ならば、自我的存在である。
 一般的には何か。
 これまでは、植物ならば、根と見てきた。
 一応、それで説明はつく。
 実は、私が問題にしたいのは、純粋物質のことである。
 それは、⇒±1の±1のことである。おそらく、鉱物の結晶は+1である。では、−1は何か。
 これが純粋物質だろうか。
 しかし、理論的には、±1が純粋物質である。
 そうすると、+1の純粋物質と−1の純粋物質があることになる。それらは何か。
 これまでの仮説からは、+1が光であり、−1が重力である。
 いちおう、それで説明はつく。
 中途であるが、今はここで留める。

参考:
2014年07月23日 (08:25)
凹i*凸i⇒±1=±lmn:陰陽極性=虚数=時間は原点で実数=四元数的三次元空間を発現する

テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

陰陽方程式凹i*凸i⇒±1において(今は、両界曼荼羅方程式両界曼荼羅方程式:凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=±jkl
http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-2096.html
はおいておく)、左辺凹i*凸iの陰陽極性は、時間を意味し、そして、右辺の±1の実数極性は、空間、三次元空間を意味するのではないだろうか。
 次元転換を意味する⇒であるが、そこにおいて、時間が空間を形成する力学がはたらくのであるが、それは、思うに、四元数(しげんすう:四元数 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%85%83%E6%95%B0 )で記述できるのではないだろうか。

i^2 = j^2 = k^2 = ijk = -1

この四元数の基本式において、三つの虚数i, j, kであるが、これは、実は、陰陽極性凹i*凸iが⇒において、仮に、±ijkに変容し、そして、結局、±ijk⇒±1になるということではないだろうか。まとめると、

凹i*凸i⇒±ijk⇒±1

ということになる。
 言い換えると、凹i*凸i⇒±1の⇒には、⇒±ijkが内在しているということになる。
 とまれ、±ijkとは、三次元空間の言わば、原型(プロトタイプ)であり、まだ、物理的三次元空間にはなっていないと思われる。
 三次元空間として、現象するには、±1になる必要があるだろう。

否、今、ふと想起したことであるが、以上のようではなく、

凹i*凸i⇒±1=±ijk

が正しいのではないか。
 つまり、右辺の±1=±ijkは、正に、物理的三次元空間現象を意味しているのではないだろうか。
 そう、左辺凹i*凸iの陰陽極性が時間であり、右辺の±1=±ijkを空間(三次元空間)と読むのである。
 ポイントは、現象において、左辺凹i*凸iの陰陽極性=時間が当然、作用・活動していることである。それが、三次元空間現象の生成消滅を発動させていると考えられるからである。
 すると、陰陽極性凹i*凸i=時間であるが、これは、現象、三次元空間現象において、内在し、且つ、超越して、存在すると言えよう。つまり、陰陽極性凹i*凸i=時間とは、内在超越的存在であるということである。 
 このように見ると、時間と空間の哲学・科学的問題が解明されるのではないだろうか。
 そう、ハイデガーの存在論も、これで、説明できよう。ハイデガーの難解な『存在と時間』であるが、以上のように、陰陽極性凹i*凸iを時間存在すれば、そして、±1=±ijkを空間存在とし、それに、時間存在が内在超越すると見れば、世界内存在も明快になろう。これについては、別に論じたいが。
 そして、また、氣学、氣論もより哲学=科学的に解明されるだろう。つまり、氣の本質は時間存在であり、それは、空間現象するということである。そして、その空間現象、あるいは、時間空間現象とは、自然現象であり、それは、根本的には、生命現象であるということになる。
 最後に、先に仮説した両界曼荼羅方程式凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1であるが、それは、上記から以下のように書き換えられる。

凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=±ijk

である。
 そう、精神・霊極性凹I*凸Iの精神・霊(スピリット)であるが、それも、現象しているのであるから、やはり、内在超越存在である。つまり、存在とは、二つの存在があるのである。
 精神・霊存在と氣的生命時間存在である。
 思うに、精神・霊存在と時間存在の関係はどうなるのだろうか。
 両界曼荼羅方程式から、精神・霊存在が時間存在を形成するのであるから、精神・霊存在とは、超時間存在である。
 超時間存在とは、何だろうか。
 それは、原時間、元時間である。つまり、非時間である。つまり、永遠である。精神・霊界は、永遠界である。

追記:±1=±ijkであるが、右辺は三次元空間であるが、左辺は物理的極性を意味しているのではないだろうか。電気の±極性であり、磁気のNS極性ではないだろうか。

追記2:虚数の表記が混乱している。陰陽極性の凹i*凸iと四元数のi, j, kのiが同じになっている。
 これは、陰陽極性の虚数を訂正して、Iにすれば、いいだろう。即ち、凹I*凸Iである。
 すると、玉突きで、精神・霊極性の超虚数であるが、これまで、Iにしたが、永遠のeternityから、Eか、あるいは、Iより以前のHにするか、あるいは、最初のαにするか、等である。
 とりあえず、αにしよう。すると、両界曼荼羅方程式は、

凹α*凸α⇒凹I*凸I⇒±1=±ijk

となる。
 しかし、ijkを変えてもいいのである。すなわち、ijkをlmnにするのである。すると、

凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=±lmn

となる。
http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-2095.html

追記(2015年4月14日記載):
上の参考記事に、

凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=±lmn

とあるが、これは現時点では、

凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=⇒±lmn

というように、±1=⇒±lmnにした方がいいのではないだろうか。
 つまり、+1を光、−1を重力としたとき、それは、現象界で観測されるものであるから、等号はそのままでいいが、両者は、また高次元との境界と考えられるのであるから、⇒記号が必要ではないかということである。
 そうすると、四元数(しげんすう)の実数+1あるいは、±1は、非常に深い意味があることになる。
 それは、光や重力だけでなく、時間をも意味するように思われる。
 否、±1=⇒±lmnの⇒が時間ではないだろうか。
この方が整合性がある。
 今はここで留める。

追記2:
上の追記では

凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=⇒±lmn

と表記したが、

凹I*凸I⇒凹i*凸i⇒±1=⇒±jkl

の方が記号の順番に適応している。
こちらに訂正する。


2015年04月12日(Sun)▲ページの先頭へ
量子(光子)の非局所性とは何か:GP陰陽哲理学から見る:氣と電磁波
画像、リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12013186621.html

量子(光子)の非局所性とは何か:GP陰陽哲理学から見る:氣と電磁波

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

だいぶ以前、非局所的長距離的相関について、氣の視点から考察したことがある。(参考:『量子的な非局所性(長距離相関)とMedia Point 双極子:精神的前物 ... )
 今回の量子の非局所性の理論の検証であるが、これも、氣の視点から解明できるように思える。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

           参考図


            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)
 また、GP陰陽方程式がある。即ち、

凹i*凸i⇒±1

である。
 凹iは陰を、凸iは陽を表わし、両者、虚軸にあり、±1は実軸にある。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 光子ないし光とは、凸i*凹i⇒±1の+1である。
 これは、当然、粒子である。しかし、先に述べたように、現象には、氣が背景としてあるのである。つまり、左辺の凸i*凹iの氣のデュナミスがあり、また、⇒の氣のエネルギーがあるのである。
 つまり、光子+1は、氣をもっているのである。
 だから、波動ないし振動としての氣は凸i*凹i⇒であり、それが、光子として観測されるということは、⇒+1の+1を検証するということになり、実数化されるのである。
 そう、思うに、電磁波の波動であるが、それは、氣の波動・振動の物質像だと思うのである。 
 今は簡単に指摘するに留める。

追記:少し補足する。


   電磁波(氣の物質的波動像)
        
          Y軸
          |   
          |
          |
          |
          |
−1・・・・・・・・・・MP・・・・・・・・・+1(光子)  X軸
          |
          |
          |   
          |
          |

応用陰陽ガウス平面図を変形すると上図になる。
 つまり、虚軸の氣を仮に電磁波と見るである。もっとも、電磁波とは、氣の物質的波動像と見ている。
 とまれ、上図のY軸に電磁波を置き、X軸に量子(光子)を置くのである。波動と粒子の二面性、二重性を量子自体はもっているのである。
 そして、観測される前は、電磁波として存在するが、観測されると、粒子として収束すると考えられるのである。
 思うに、粒子としての量子は、物質的結果であり、本来、氣波動として生動していると考えられる。電磁波は氣波動の物質的波動像と見るのである。

追記2:敷延すると、氣が物質を形成するというGP陰陽哲理学としては極く当たり前の事柄が理解される。
 氣と思考や感情は結びついているのである。だから、氣によって、身体や現象をある程度変化させることはできるのである。
 私は先に、表情や顔はこころが作ると言ったが同じことである。
 これまで述べたことはないが、写真撮影するとき、写真を撮る人の「氣」が現象に反映されるということがあるのではないだろうか。これは検討の必要があるが。


【朗報】運命は自分で決められることが科学的に判明!アインシュタイン提唱理論、100年来の論争決着か!量子の非局所性の厳密検証に成功! (04/11)
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アインシュタイン提唱の「物理学の100年論争」が決着!:量子の非局所 ...
2015年3月24日 ... 東京大学 教授の古澤明氏らの研究チームは2015年3月、約100年前にアインシュタインが提唱した「量子(光子)の非局所性」を世界で初めて厳密に検証したと発表した。検証に用いた技術は、「新方式の超高速量子暗号や超高効率量子 ...


2015年04月09日(Thu)▲ページの先頭へ
新母権文明への人類進化:旧父権文明(專葬邪や奸猟体制)は滅びつつある
リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12011522824.html

新母権文明への人類進化:旧父権文明(專葬邪や奸猟体制)は滅びつつある

テーマ:新母権世界文明への進化:旧父権文明の崩壊

以下の京の風/新井信介氏の説明から、中国の指導層の変革の意味するものは、私の視点では、父権的体制から新母権体制への脱却である。
 どうして、このようなことが可能になったのか。何故、日本ではできないのか。
 まったくざっくり言うが、それは、中国文明とは、基盤が母権文明であり、それを支配するような父権文明が起ったのである。
 秦の統一王朝がそうであろう。それから、漢民族、遊牧民族の交替が続く。
 簡単には決めつけられないが、図式化すれば、漢民族は母権民族であり、遊牧民族は父権民族(遊牧民族には母権民族もあるが、今は、おいておく)である。
 思うに、現代中国とは、基底の母権民族の覚醒があるのである。そのために、根本的な変革、つまり、新母権的変革が可能になったと考える。新母権革命進化である。
 しかるに、日本の場合、近現代日本の場合、明治維新からの父権民族の支配があり、底辺の母権民族が衰退したのである。
 思うに、中国母権民族文化は強靱である。私が唱えるGP陰陽哲理学にしろ、基本は中国母権文化、老荘文化、道教文化、気功文化である。氣の文化である。(ただし、易は父権化されている面があるので要注意である。)
 言い換えれば、東洋文化文明を保持しているのである。
 それに対して、日本維新以降、日本は脱亜入欧で、伝統の東洋文化文明を排除してきたのであり、その点で、日本母権文化の衰退があると言えよう。
 そう、根本的には、母胎の日本母権民族の衰退が根因としてあろうが。
 ということで、日本の場合、新母権進化は極めて困難である。というか、退化しているだろう。だから、日本民族はいったん滅亡すると考えられる。
 生まれ変われるには、悲劇、大悲劇が必要である。もっとも、生まれ変わらずに、消滅してしまう民族もあるが。
 そう、日本父権集団民族(私見では、後期弥生民族を率いる伽倻・新羅民族である)は、創造性が欠落し、硬直しているので、時代の変化に対応できず、滅亡すると思われる。
 好き嫌いではなく、必然である。打開できる創造力のない民族は淘汰されるのである。

追記:日本父権集団主義に大半の日本人は染まっているが、このイデオロギー・ヘゲモニーの盲目性、盲信性について簡単に言うと、父権集団主義は個的創造的思考を覆ってしまうベールであり、この集団ベールは二項対立であり、他の視点、個の視点を排除するのである。「異端」、異説を認めないのである。
 そう、二項対立であることが父権主義の証しではあるが。
 また、父権集団主義は愚民政策である。個として思考させないようにし、また、支配するための意識の武器である。

追記2:明治維新(明治父権革命)で、日本国は分裂してしまったと思われる。大和朝廷・天皇制とは、思うに、倭民族と百済・新羅・伽倻民族の共生国家ではなかったか。
 この異民族共生国家である日本国が、明治維新という父権革命によって、分裂・崩壊・解体してしまったのではないだろうか。
 この時、日本亡国の播種(はしゅ)が行われたと言えよう。

 

2015年4月 6日 08:17
さあ、霞ヶ関に代わって、国民の最大幸福を考えよう。まずは基礎生活条件の無料化だ。
(その点、1984~1988年の中国の改革・・・省庁の壁を越えた改革指導小組。私の友人がいた・・・は、完全に、既存体制を離れ、それを壊すことから始まり、何を始めるか根本の原理と実験とその応用を、この30年間、継続してきた。時代にあった変革のための専門部会、国家発展改革委員会をつくり、そこに、既得権と縁のない30代から40歳前半の俊英を集め、常時、次の改革の対象と内容、その具体策を研究させた。その結果が今の中国の姿なのだ。かれらは、「天地」の次元で、 「金融ワンワールド」との融合点を見つけ出した。戦後の日本で10~20年かかってもできない次元の改革を、彼らは1994 年以後、数ヶ月から1年単位で次々と実行して行った。そして、世界銀行からカネをもらう立場でなく、21世紀に稼ぎ出した外貨で、新たな世銀を作る立場にまでなった。これはすべて、国家戦略として着実に駒を進めてやってきたことだ。急いだ資本主義化は、汚職と環境汚染を生んだが、この改革の方法論は、絶対的に正しい。しかし、マネーの罠から、彼らは自分だけでは抜け出せないことを知っている。 )

新井信介 「京の風」 K2O 新井ワールド

参考:
再考「扇」〜第5回 正常位の素晴らしさ (2015/04/02)

私たちと近縁なチンパンジーとボノボの生態の違いがヒトの社会性を読み解くカギになります。
テレビなどで見るチンパンジーは愛嬌があり親しみを感じますが、野生のチンパンジーは恐ろしいほどの暴力があります。同種間の集団闘争では相手を死に至らしめます。オスの序列変化によっては子殺しも行います。小型のサルを捕まえ、肉食の嗜好が強いです。共食いもします。オス同士の仲間意識が強く、オスの政治力が強い父系社会を形成しています。
チンパンジーは群れ社会の問題解決に「力」を多用します。

ボノボは「セックスと平和を愛する」ユニークな生態で有名です。ボノボとチンパンジーの大きな違いは性行動にあります。飼育下でも野生でも、ボノボは驚くほど多様な性行動を行います。チンパンジーの性行為はあまり変わりばえしませんが、ボノボは多様な体位で交尾を行います。メスからの誘いでよく行われるのが正常位です。


縄文と古代文明を探求しよう!


2015年04月06日(Mon)▲ページの先頭へ
二つの氣?:デュナミスの氣とエネルゲイアの氣:潜在体の氣と活動体の氣
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12010747481.html

二つの氣?:デュナミスの氣とエネルゲイアの氣:潜在体の氣と活動体の氣

テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性

氣について提唱しながら、実はよくわかっていないのである。
 経験的に提唱しているのであるが、理論的には、不明の部分が多い。

 
            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)


上図の陰陽ガウス平面から見ると、氣は虚軸に存するのであり、現象は実軸で表現される。
 しかし、生命エネルギーと言ったとき、それは何処に位置するのだろうか。
 感ずる氣とは何処に位置するのか。
 これまでの検討から言えば、エネルギーとしての氣も虚軸に存するのである。
 先に、フィボナッチ数列による等分割による形態形成原理を考察してきた。
 五芒星をもつ正五角形であるが、それは、いわば、イデアである。あるいは、エイドスである。形相、原型としてもいいだろう。
 今閃いたが、その図形を陰陽ガウス平面上に置いているが、それだと、イデアではなく、現象にも関係してしまうと思う。
 だから、以前述べたように、ガウス平面と直交する、いわば、超越軸を設定して、それと虚軸が作る平面において、五芒星等を見たらどうだろうか。
 それは、その平面はいわば、超陰陽ガウス平面である。
 そこに形成される図形ならば、実軸とは関係しないから、イデア的存在として肯定される。
 そして、それが、陰陽共振によって、実軸上に現象展開されると見られる。
 では、本題に戻ると、氣エネルギーは何処に位置するのかである。
 それは、虚軸であり、また、以上の超陰陽ガウス平面に属するだろう。
 では、現象化するときのエネルギーとは何か。
 それは、物質エネルギーでいいのではないだろうか。磁気や電気や熱エネルギーで。
 しかしながら、植物に感じる生命エネルギーには、氣があると思う。
 それは、イデア論的に言えば、分有ではないだろうか。
 現象は氣エネルギーを分有しているのではないだろうか。
 超陰陽ガウス平面の形態氣エネルギーが現象形態に分有されているのではないだろうか。
 確かに、氣次元から現象次元への変換は次元変換であるが、そのとき、高次元を内在しているのではないだろうか。
 おそらく、原点MPを介して、氣エネルギーが現象体から発しているのではないだろうか。
 あえて今、仮説、思考実験するなら、虚軸や超陰陽ガウス平面は現象体に超越的に内在しているのではないだろうか。あるいは、高次元(氣次元)の背景をもって現象しているのではないだろうか。
 問題は虚軸次元と実軸次元の関係である。
 原点・交点・中心MPの問題である。これについては、だいぶ以前、PS理論の段階で執拗に検討した。
 簡単に復習する。
         
           凸i陽
           /       
         /
      虚MP
     /↓
    /  ↓
 凹i陰  ↓
       ↓
−1・・・・・実MP・・・・・+1
  
下手な図であるが、今、原点MPを立体化した。
即ち、虚軸と実軸の間に距離をおき、立体化させたのである。
 そして、原点MPが二つできるのである。虚軸上のMP(虚MP)と実軸上のMP(実MP)である。
 氣は虚MPから実MPへと転移する。
 陰陽方程式は凸i*凹i⇒±1であるが、この⇒は虚MP⇒実MPに相当しよう。
 そして、虚MP⇒実MPの⇒が実は氣エネルギー、生命エネルギーではないだろうか。
 そして、このエネルギーは実MPに達しているために、実軸界、現象界、物質界においても感知できるということではないだろうか。
 そう、陰陽方程式凸i*凹i⇒±1の⇒を氣エネルギー=生命エネルギーと見ることができるのである。
 潜在体の氣とは左辺の凸i*凹iと言えよう。
 これで、本件の問題を解明したことになる。

注:デュナミスとエネルゲイアはアリストテレス哲学の重要な用語である。前者はわかりやすく言えば、潜在エネルギー(ポテンシャル・エネルギー)であり、後者は活動しているエネルギーである。しかし、このエネルギーを物質エネルギーととってはいけない。これは、理念的エネルギーである。


2015年04月05日(Sun)▲ページの先頭へ
五芒星(ペンタグラム)の生成力学:フィボナッチ数列的均等均衡平面原理
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12010369875.html

五芒星(ペンタグラム)の生成力学:フィボナッチ数列的均等均衡平面原理

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

本件については、かつて、以下参照のように、論じたことがあるが、現段階で再考したい。
 以前は、フィボナッチ数列と等分割原理と結合させた作業仮説を立てた。
 かなり強引だったので、もっと明快な考え方をしたい。
 参照にある図1は、フィボナッチ数列と90度回転を結びつけている。
 90度回転は自然の根源的な動きと見る。
 結局、フィボナッチ数列(あるいは、それと90度回転)から、黄金比が発生する。
ここで、次の記事を参考にしたい。
尚、青色文字は管理人による強調。

〜〜〜引用開始〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
黄金比…そして五芒星について〜エウドクソスからのメッセージなどから ...
「『黄金分割について・エウドクソスより』


『宇宙の根源は無であり有であり、無のなかに有が存在しています』


このような状態はちょうど球体の中に【有】と【無】が混在した、いわゆる『ダークマター』という物質も発生していない、ただエネルギーだけが強い密度で充満している状態をいい、その中に、自然界の五大要素『空・火・水・地・風』というものが作用したことを意味します


【水】と【火】は全く性質が違うもので正反対の性質を持ち合わせており、その2つがあるがゆえに【光】が発生するのです


【火】と【水】が反作用したとき【光】はなくなり【闇】となり、【光】は『フォトン』という光子体となり宇宙空間に降り注いでいるのです


つまり、この相反する性質を五大要素の中に取り入れて構成してゆくと、【風】と【地】という正反対の要素が必要になってきます


【地】は生命維持のために必要な重力場の領域を形成し、【風】は、その重力場を分散させたり収束させる性質をもっています


この二つがうまく相互作用したときに、強力な【龍脈】という磁場が発生するようになっています


これらの4つの要素をうまくバランスをとり、調整し、場を形成する役割をなすのが【空】の性質で、言い換えると、生命維持の為のあらゆるエネルギー源を与えるために転換したり、拡散したり、収束させたり、回転させたり、消滅させたり、する性質を持つもを【五大要素】と呼んでいます


【五大要素】が均等に作用したとき、『星形の五角形』を作り上げます


この五大要素が『創造宇宙のトーラス』の中を回転しているのです


そして『星形五角形』の中に、きれいな【黄金分割比】が現れるのです


【黄金分割比】とは、調和的で美しい比の事を表し、ファイ(Phi)とは、ギリシャ文字のφが由来で、黄金分割の比率1.61803399のことです

(1+√5)/2 ≒ 1:1.618」
http://ameblo.jp/hirokazuakari/entry-11066948579.html
天然な日常から、溢れる想いを綴りつつ〜(≧∇≦)/
〜〜〜引用終了〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

四つの要素と一つの中心で五大原理としている。
 この考え方を借りれば、GP陰陽哲理学における凸i(陽)と凹i(陰)と+1と−1で四つの要素、そして、原点・交点MP(Media Point)を一つの中心とすれば、五大原理ができる。


            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)


 そして、この五大原理が均衡原理によって、正五角形を形成し、その内部において、五芒星(☆)を形成するということになる。
 この考え方は、シンプルで、明快である。現時点では、この仮説を提起する。
 後で、また、見直したい。

追記:確かに、上記の考えは簡潔ではあるが、今一つ、ぴんと来ない。つまり、どうして、四つの要素と一つの中心が均等に作用して、正五角形を形成するのかが、力学的にわからないのである。
 牽強付会と言われても仕方ないだろう。
 では、こう考えたらどうだろうか。
 どうも、以前、考えたフィボナッチ数列と均等・均衡原理を使用することになるが、少し異なる。
 とまれ、初めに0(空?)ありき。そして、それが、1(存在)となる。そして、0+1⇒1の右辺の1が原初(0)をもつ存在だろう。
 そして、1+1⇒2の右辺の2は二元の形成である。正しくは、対極(陰陽)の形成だろう。
 そして、1+2⇒3の右辺の3は、陰陽+MPの三元である。これは、陰陽ガウス平面で言えば、凸i陽と凹i陰とMPの虚軸である。
 そして、2+3⇒5の右辺の5は、凸i、凹i、MP、+1、−1の五元と考えられる。これで、ガウス平面が要素が形成されたことになり、ここで、ガウス平面が完成したことになる。
 次に、このフィボナッチ数列原理に均等・均衡原理を適用するのである。
 わかりやすくするため、3の場合を考えよう。
 3とは一体を形成していて、三つの要素が均等に均衡すると見るのである。平面で言えば、正三角形を意味する。
 そして、5の場合も同様で、五つの要素が均等均衡するのである。平面的には正五角形を形成するのである。
 この内部に五芒星(星形)が生成するのである。
 考え方としては、正三角形に二つの要素が入り、五元(仏教で言えば、五大:地水火風空)となり、正五角形に変形すると見るのである。
 結局、均等均衡原理の力学を明快にする必要がある。
 もっとも、以前、これについては考察済みである。
 すなわち、常に全体ないし一体性で考えるのである。2は二元性(語弊があるが、このままにしておく)であるが、これは全体・一体性である。つまり、陰陽対極性である。
 つまり、一(いつ)における2なのである。だから、
 そして、3も同様で、一(いつ)における3である。全体・一体性を3等分割し、均衡化するのである。だから、3における三つの1は、それぞれ、均衡するのである。
 問題は、均等均衡原理によって、どうして、平面化が起きるのかということになる。
 ここで作業仮説というか思考実験であるが、一(いつ)を円、この場合、ガウス平面上の単位円(簡単に円と呼ぶ)と見るのである。
 そして、均等均衡原理を円に適用するのである。
 そして、均等均衡原理は角度に適用するのである。そうすると、当然、360度÷3=120度であり、正三角形が形成されるのである。
 同様に、5の場合も角度の均等均衡原理が生起して、
360度÷5=72度であり、正五角形が生まれるのである。
 そして、この辺と対角線の関係において、黄金比(黄金分割)が形成されるということになるのである。
 だから、均等均衡原理は、均等均衡平面原理と呼ぶことができる。そして、フィボナッチ数列原理を加えて、
フィボナッチ数列的均等均衡平面原理と呼ぶことができる。これで、黄金比の力学原理ということになる。

追記2:そうすると、この原理に拠る五元とは、いわば、相互交流して、根本的ないし原型的形態形成原理になっているということかもしれない。
 おそらく、陰陽ガウス平面における五芒星(ペンタグラム)と現象する星形(☆)は意味的に異なるだろう。
 前者の五元は質的差異があるが、後者の五元は等価ないし同質化されているだろう。
 簡単に言えば、差異の同一性化ということではないだろうか。

追記3:追記2のように言う必要はないのかもしれない。
 なぜなら、均等均衡平面原理とは、数的原理だからである。
 つまり、質ないし差異を数へ転化しているのである。
 しかし、数は量とは言えないだろう。そう、数的形式普遍原理というものが生じるのだろう。一種の構造主義だろう。
 思うに、この数的形式普遍原理とは、イデアではないだろうか。あるいは、形相ではないだろうか。そして、カントの超越論形式ではないだろうか。さらに、ゲーテのいう原型ではないだろうか。
 とても意義深い、興味深いところで、さらに検討したい。

追記4:0は原点で、1が円で、0+1=1が原点+円で、そして、1+1=2が虚軸形成で、1/2分割で、1+2=3が、円の三等分割で、正三角形が形成され、2+3=5で、円が五等分割されて、正五角形、五芒星が形成されるというように見られないだろうか。
 つまり、単位円の平面で等分割・均衡原理が考えるのである。

 
参照:

Fri, April 11, 2014
陰陽からのフィボナッチ数列ベクトル的生命現象形成の力学
テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合 以下の図1と図2を念頭に以下のことを読んでいただきたい。


                        図1

生命に宿る黄金比とらせんエネルギー - ゴルフィーライフ(New) 〜 We ...
http://blog.goo.ne.jp/lifelongpassion/e/4e9068485f459e834966f46bc21bf8e7



                   虚軸(陰陽軸)
                     陽凸i
                      |
                      |
                      |
                      |
−1_____MP_____+1 実軸(日光軸)
                      |
                      |
                      |
                      |
                     陰凹i


                     図2


図1のフィボナッチ数列(ベクトル)の螺旋は意味深長である。
 これをわかりやすくするため、弦巻植物や樹木の生長曲線と見るといいだろう。螺旋を描いて、

0+1=1⇒1+1=2⇒1+2=3⇒2+3=5⇒3+5=8・・・

となる。(等号もベクトルでいいかもしれない。)
 例えば、1本の芽が出、2本の双葉となり、さらに芽が出て、3本となり、そして、例えば、5本の枝が出て、五弁の花が生まれて等々と読める。
 問題は、図2と図1を関連させることである。
 図2のガウス平面はいわば、イデア界で、ほぼ不可視界である。物質科学では、ここは存在しないと見ている。ただ、実軸は日光軸であり、日光は当然可視である。
 結局、図2は現象は、陰陽が日光、時間を介して、次元変換したものということを意味する。
 フィボナッチ数列の0+1=1であるが、0(ゼロ)は、図2のガウス平面ならば、原点(MP:メディア・ポイント)と見て、左辺の+1は、ガウス平面の実軸の+1と見られないだろうかということである。(思うに、0+1であるが、0が陰陽イデア情報であり、+1がエネルギー、日光エネルギーと見られないだろうか。そして、0+1=1ないし0+1⇒+1の右辺の1ないし+1が生命体ではないだろうか。)
 そうすると、以前のPS理論の自己認識方程式凸i*凹i⇒+1が再び、使用できるのではないだろうか。
 この場合、左辺の*は積(掛け算)を意味するのである。もっとも、PS陰陽論では、*は90°回転を意味するのであり、陰陽方程式は凹i*凸i⇒±1であり、−1が右辺に入る点で、自己認識方程式とは異なるのであるが。
 いちおう、PS理論の自己認識方程式を、日光方程式と見ておき、PS陰陽方程式の中に組み込むことににする。即ち、90°回転は続くのであり、最初の90°回転で、日光が形成されるというようなことである。
 だから、根本の原動力は、陰陽の90°回転運動に存することになる。それが、いわば、不可視の原エネルギーであり、それが、現象を発現させているということになる。
 ただし、実軸=日光軸であるが、それは、実エネルギーなので、生成消滅するということになる。つまり、エントロピーが作用するということになる。
 それに対して、虚軸の陰陽であるが、それは、いわば、無限のエネルギーであり、反エントロピー的であるということになる。
 以上、ざっとであるが、陰陽ガウス平面とフィボナッチ数列螺旋を組み合わせてみた。

参考:尚、フィボナッチ数列螺旋は以下の図では、z軸=時間軸=天地軸に沿って、展開すると、いちおう考えたい。

氣⇒日光(太陽)⇒有機体物質:x軸=実軸=日光軸、y軸=虚軸=陰陽軸、z軸=天地軸=時間軸
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11803090704.html


この三次元直交座標で、x軸を実軸、y軸を虚軸、z軸を時間軸とする。x軸とy軸でガウス平面を形成する。
 そして、虚軸=y軸=陰陽軸となる。これが、90°回転して、x軸=実軸の±1を形成する。これが日光である。だから、
x軸=実軸=日光(太陽)軸である。 
 そして、90°回転と同時に、z軸=時間軸が生起する。
 これが、日光を物質化するのである。そう、有機体化である。
結局、z軸=時間軸=有機体軸である。
 結局、ガウス平面とは、氣平面であり、実軸において、太陽となり、視覚化されるのである。

****************************

参照:

仮説:フィボナッチ数列は等分割の数だけでなく、均等原理を内在する:フィボナッチ数列ベクトル
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11819109717.html

先に以下のように述べたが、補足すると、90°回転において、形成されるフィボナッチ数列であるが、単に等分割の数だけでなく、そこには、均等原理(原則、法則)が働くのではないだろうか。即ち、たとえば、1+2=3の場合は、円を3つに等分割するような均等原理が働き、正三角形が形成されるということになる。2+3=5の場合は、円を5つに等分割にする均等原理がはたらき、正五角形が形成されるということになる。
 均等原理という考え方は、無理のない自然な考え方だと思う。つまり、常に、全体の一(いつ)、統一の一(いつ)、つまり、円があるが、そこに各数列の数が生起すると、全体がその数によって等分割されるという均等原理、均等力学が作用するというのは、わかりやすいと思う。
 つまり、全体の一、統一の一の中の数列の数ということであり、全体が分子、数列の数が分母になるということである。
 後で整理したい。

追記:言い換えると、力の均衡原理とも言える。一(いつ)の力の場において、ある整数が発生する場合、常に、全体の一(いつ)における整数であり、バランスをとって、等分割されるということである。つまり、全体の原理が整数にはたらくのであり、全体の原理が整数を均等分離すると思われるのである。
 簡単に言えば、例えば、5という整数ならば、1に還元されて、五等分、五等分割されるということである。つまり、単位数の1に還元されるということである。
 あるいは、別の考え方をすれば、整数分のベクトルが生じると見てもいいだろう。円の中心に複数の等しいベクトルが生じるとすると、それは、当然、相互のバランスをとって、等分割するように、分離すると考えられる。つまり、均衡原理である。
 だから、フィボナッチ数列を、数列を均衡するベクトルと見るといいだろう。3ならば、3つの等しいベクトルが中心から発生して、3等分割するということになる。角度は、当然、360°÷3=120°で分割されるのである。
 だから、フィボナッチ数列ベクトルである。

フィボナッチ数列の数の意味:等分割数ではないか:2は2等分割、3は3等分割、5は5等分割、等々

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11818362360.html

直近で、以下の図を参考にしたが、フィボナッチ数列の数であるが、これは、単なる量としての数ではなくて、等分割の等分数ではないかと思った。つまり、最初の1は1分割せよ、とうことになり、それは、全体である。つまり、おそらく、最初に0(ゼロ)ないし原点があるのであり、0+1=1であり、これは、半径1の90°回転である。次に、半径1をまた90°回転させると、最初の半径1と今度の半径1を加えて、1+1=2の半径ができる。この半径2は同時に2等分割を意味するということではないだろうか。少し曲解的だが、1+1が二つの部分ではないだろうか。
 次に、半径2が90°回転すると、1+2=3となり、半径3が形成される。これは、1+1+1=3であり、左辺の1+1+1が3等分を意味するのではないだろうか。
 次に、半径3が90°回転して、1+1+3=5で、半径5が形成される。これは、同様に、1+1+1+1+1=5であり、左辺の1+1+1+1+1が5等分を意味するのではないか。
 以下同様である。
 このように考えると、等分割が形成されて、例えば、正三角形、正五角形、正八角形の形成が簡単に説明できよう。
 ピュタゴラス派がいちばんの神聖数の5であるが、これは、5等分割で説明できよう。そして、これが、黄金比と関係するのである。つまり、自然現象、有機的現象ともっとも関係すると考えられるのであり、当然、人間(私は人間動植体とでも呼びたい)にも当てはまるのである。五本の指、頭と手足、合わせて、5つの部分、あるいは、五臓六腑の五、等々である。
 以上の説明で、かなり、形態発生力学が論理的に説明できるようになっただろう。これまでとは、格段の差である。
 結局、フィボナッチ数列を導入したことが正解であったと言える。


この1,1,2,3,5,8,…という数字の並びはフィボナッチ数列と呼ばれるもの。
隣り合った数字を足し合わすと、
 1+1=2、
 1+2=3、
 3+5=8、、
と続いていきます。

これらの数字の間隔は、5:8 ≒ 1: 1.618、という風に、黄金比率に近づいていきます。

上の図のように「らせん」にも黄金比率が存在するし、
360°の円も、黄金分割すると、約137.5°という黄金角になります。

検討問題:形態はどうやって形成されるのか:螺旋、フィボナッチ数列、黄金分割(黄金比)
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11818276963.html


2015年04月01日(Wed)▲ページの先頭へ
直観又はエウレカ:氣が五芒星形の現象に転換するが、氣は継続する
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12008681829.html

直観又はエウレカ:氣が五芒星形の現象に転換するが、氣は継続する

テーマ:GP陰陽哲理学:ガウス平面と陰陽論の統合

昨日(3/31)閃いたことだが、丁寧に述べるには時間がかかるので、今、簡単に触れておく。
 先に、桜の花の五芒星形(ごぼうせいけい)について述べたが、五芒星形とは、端的に、正五角形であり、それは、黄金比を含み、また、フィボナッチ数列を導くのである。
 これはいわば、自然のもつ形態原理である。私はそれを美的原理とは呼びたくない。それは、いわば、(氣的)快的形態原理とでも呼びたい。
 言いたいことは、この五芒星形ないし正五角形であるが、これは、氣の発現原理に拠るのであり、この形態自体において、なんらかの氣が発動するのではないかということである。
 黄金比は美的であると言われている。私見では、快的と言いたいが。用語概念的には、快的というより、生命快(生快)的という言う方が的確である。
 とまれ、今は直観を言うが、五芒星形(☆)は氣を発しているのではないかということである。
 私は森に接すると、氣を感じるが、それは、基本的には森の場が氣を発しているとは思うが、森の樹木の形態(そして色、緑色)が氣を発しているからではないだろうか。
 つまり、植物有機体の形態は氣を発しているのではないかということである。
 今は、GP陰陽哲理学による理論的考究は行わずに、直観を述べるに留めるのであるが、この形態と氣の相関は十分考察の必要があると思っている。
 いわゆる美はこれで説明がつくと思う。
 美というより、美快は氣の発現形態で説明がつくように思うのである。
 宇宙はcosmosであるが、それは、秩序を意味する。この秩序は、いわば美的秩序である。化粧のcosmeticはここに由来する。
 これは、orderの秩序とは違う。
 そう、cosmosは、古代ギリシア語のピュシスである。自然(じねん)である。
 これは、氣の発現形態と思われるのである。
 自然が何故、生命快(「美」)的なのかと言えば、氣が発現しているからだと思うのである。
 問題は、陰陽ガウス平面から見ると、氣は虚軸にあるのに、どうして、実軸である現象の形態において氣は発動するのかということである。
 今思うことは、形態とは実は、イデア(エイドス、原型・原形)的であり、それは、氣の次元、つまり、虚軸に通じているということである。
 つまり、陰陽ガウス平面図から見ると、形態は原点・交点MP(Media Point)において発生すると思われるのである。
 つまり、形態(イデア、エイドス、原型)とは、高次元と現象次元の中間次元つまりメディア次元にあるということになる。
 このメディア次元、中間次元とは、高次元である氣を帯びると同時に、可視的な現象に体現しているものと考えられる。
 今はここで留める。

参照:

         
            凸i陽
             |
             |
             自
             我
             |
             |
−1地_____MP・霊______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             感
             性
             体
             |
             |
            凹i陰


      応用陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等であり、太極・太一、そして、霊である。)

かたちと力―原子からレンブラントへ/潮出版社
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