INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2015/01

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2015年01月28日(Wed)▲ページの先頭へ
新仮説:二つの日本民族:百済・出雲・縄文母権民族と大陸系父権民族が従えた後期弥生農耕母権集団民族
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11982543599.html

新仮説:二つの日本民族:百済・出雲・縄文母権民族と大陸系父権民族が従えた後期弥生農耕母権集団民族

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

『日本書紀』(二)の第十一巻、仁徳天皇の記事の最後の方になってようやく、騎馬の記述が出てきた。もっとも、それ以前にあったのを見過ごしているかもしれないが。

日本書紀〈2〉 (岩波文庫)/岩波書店
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 「精騎」(すぐれるうまいくさ:p. 270)の言葉があり、これは、騎馬と考えられる。これは、「田道(たぢ)」が率いるのであり、彼は、百済出身の考えられる。
 以下の東海アマ氏の記事と相関させて、百済騎馬民族が倭国に到来したのは確かなようである。
 私はこれまで、簡単に、百済人は母権民族と考えてきた。しかし、『日本書記』での記述は、倭国の土着的ないわば、反抗的な異民族(蝦夷:えみし)に対して、執拗に攻撃を行なっているのである。
 好戦性が強いのである。好戦性は父権民族の特性である。そうならば、百済民族は父権民族となる。
 ただし、私の作業仮説、『日本書記』は父権民族の視点で母権民族を含めた大和朝廷の形成の史的神話が語られているということから見ると、『日本書記』に見られる百済騎馬民族に当たるとされる民族の好戦性は、必ずしも、実際の百済騎馬民族のものではなく、父権民族のそれが投影されていると見ることは可能である。
 そうすると、百済騎馬民族とは母権民族であり、それとは別に、好戦的な父権民族が支配的ということになろう。
 仁徳天皇は、確かに聖王として、理想化潤色されているのは確かだろうが、しかし、やはり、そこには母権民族の共同体の精神が感じられるのである。
 百済騎馬母権民族の史的神話があり、それに父権民族の好戦性が上塗りされているように思えてきたのである。
 そして、父権民族をこれまで、ユダヤ・大陸系としたのが、一端、ユダヤ民族は外したい。
 今は後期弥生農耕集団民族と大陸系父権民族の混淆が日本父権民族ではないかとしたい。好戦的なのは、当然後者だと思う。だから、大陸系父権民族が率いた後期弥生農耕集団民族が日本父権民族としたい。
 問題は、後期弥生農耕集団民族が父権なのか母権なのかである。農耕民族ならば、母権民族ととるのが普通である。だから、大陸系父権民族が従える後期弥生農耕集団母権民族が、日本父権民族ということになる。
 しかしながら、それは齟齬を来す。父権+母権だから、純粋父権にはならないはずである。そうすると、私が考えた日本父権民族とは、誤りであり、日本父母権集団民族とでもしないといけない。
 とまれ、そう見ると、「日本父権民族」の脆弱さがよく見えてこよう。もし、純粋に父権民族ならば、愚鈍のはずはないからである。
 そう、父権・母権未分化集団民族とでもするといいかもしれない。(本文内追記:しかし、以下の追記にあるように、ベースに後期弥生農耕母権集団民族を置き、それとは別に大陸系父権民族を考えれば、日本父権民族とは考えられることである。それが、スキタイ・新羅系父権民族と言えるのかどうかはわからない。でも、二つのツングース民族が考えられよう。母権的ツングース民族と父権的ツングース民族である。)
 ということで、新たな作業仮説として、二つの日本民族とは、
一つは百済・出雲・縄文的母権民族であり、
一つは大陸系父権ー後期弥生農耕母権集団民族ということになる。
 『日本書記』は後者の視点から前者の神話を改竄的に包摂して、書かれていると思われる。
 もっとも、圧倒的力をもつ大中国に対抗するために大和朝廷史実に似せた神話であることは確かと思われる。
 最後に大陸系父権民族であるが、それに新羅を含めるのかはまだ未確定である。東海アマ氏は、女真族をあげている。その可能性はあるだろう。
 とまれ、日ユ同祖論はいったん、取り下げよう。

追記:後期弥生農耕母権集団民族を従えたと述べたが、そうではなく、既に存在していた後期弥生農耕母権集団民族を到来後に支配したというように考えた方が適切かもしれない。
 ところで、百済母権騎馬民族と仮説したが、思うに、大陸系父権騎馬民族というのも考えられる。後者が、いわゆる江上波夫氏の騎馬民族説に当たるのではないだろうか。
 また、東海アマ氏が聖徳太子に見る騎馬民族は、百済母権騎馬民族ということになろう。
 つまり、二つの騎馬民族の到来の仮説である。

追記2:ひょっとして、母権騎馬民族と父権騎馬民族の闘争が古代日本においてあり、後者優位の下で、前者の神話を取り込み、改竄的に書かれたのが『日本書記』かもしれない。
 結局、土着的倭国が下敷きにあり、両騎馬民族の相克的日本国家創建のフィクション的史実が『日本書記』ということかもしれない。

参照:
日本父権民族と母権民族:だいぶその出来がわかってきた:母権的百済と父権的新羅・高句麗
テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

アマちゃんだ @tokaiama · 1時間 1時間前

私の住む蛭川村は、家々が孤立し、大きな城のようだ
これは百済由来の騎馬民俗に共通する「一所懸命」思想から来ている
満州高句麗を本拠地とした女真族は武家社会で「家=国」の価値観を創り出してきた
こうした民俗は、二千年前から変わっていない
日本の地域社会に深く息づいている


アマちゃんだ @tokaiama · 1時間 1時間前
歴史というものの本質は民族大移動と融合である
民族と民俗の変遷の法則を解き明かすのが考古学であり民俗学である
日本史を語るにあたって、弓月氏、満州族と天皇家の関わりを抜いてはアンのないぼた餅にすぎない
その本質は民俗にある
例えば聖徳太子のズボンは乗馬風俗を意味する
騎馬民俗だ

参考:きわめて、私の説に関係すると思われるので、全文を資料として転載させていただく。
 なお、緑色文字且つイタリック且つ下線は、管理者resurrectionに拠る。
 また、紫色・下線部は管理者が疑問をもつ箇所である。
 
追記:以下の記述は私の新仮説に通じるものがある。「百済(ツングース)や新羅(モンゴル)に追い詰められた伽耶(韓倭農耕部族連合)の一派が、日本列島に逃れてきた。そして、先着していた新羅勢力(オオクニヌシやニギハヤヒ)を追い出しor服属させたのが、第一期大和朝廷(天孫族)である。」という箇所であるが、これは、私が仮定する後期弥生農耕母権集団民族に通じよう。
 しかしながら、後半の部分はそのまま受け取れない。私はそこには、なんらかの大陸系父権民族が支配的であったと思うからである。私の仮説(「妄想」)では、おそらく、スキタイ系新羅の父権民族が、伽倻(韓倭農耕部族連合)を主導したのである。
天皇制国家の源流7 ツングース(百済)やモンゴル(新羅)に追われた呉越 ...

天皇制国家の源流7 ツングース(百済)やモンゴル(新羅)に追われた呉越(伽耶)が大和朝廷

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画像はこちら からお借りしました。
「天皇制国家の源流6 朝鮮の支配階級の源流」 では、次のことを明らかにした。
【1】韓人(呉人)・倭人(越人)が農耕部族連合を形成していた朝鮮半島に、遊牧騎馬民族である扶余族(ツングース系)が断続的に南下してきた。彼らが建てたのが、辰国→馬韓→百済や高句麗である。
このように、辰国→辰韓→百済と高句麗は元々は同じ扶余族(ツングース系)である。
【2】それに対して、秦に追われて華北から逃れてきた秦亡民(主力はモンゴル系)が建てたのが辰韓→新羅である。
馬韓(後の百済)ではツングース系の扶余族が呉越系の韓人・倭人を直接支配し、
弁韓(後の伽耶)では扶余族が韓倭農耕連合を服属させ、
辰韓(後の新羅)では秦に追われたモンゴル系部族がツングース系の扶余族に服属しながら、韓人・倭人を支配していた。
これが、古代朝鮮の支配構造である。
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以下、『「日本=百済」説〜原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)「第四章 謎の辰国を追ってみると」 から、辰国→馬韓→百済や高句麗の出自を要約する。

ユーラシア大陸の極東に位置する韓半島の地理は、西海岸から大陸文化が流れ込みやすいようになっている。もちろんシベリア沿岸州経由で東海岸ルートもあるが、山脈が海岸線に迫り、島もなく、文明の主流は西側であり、国家の形成も遅れた。そのような地勢学を背景に南韓には馬韓・辰韓・弁韓(弁辰)があった。
三韓の馬韓・辰韓・弁韓の後身が百済・新羅・伽耶。伽耶は6世紀に滅亡し、韓半島の三国(百済・新羅・高句麗)となる。
重要なことは、南韓のほとんどの国の王が扶余系出身だったということ。
辰国領土の各地に馬韓・辰韓・弁韓の三韓が派生するが、実質的に辰王族出身の馬韓王系が、辰韓・弁韓の王になった。
倭国を訪れた隋の使節は『隋書』に、倭の秦王の国があるとしている(この「秦」は「辰」の誤写)。
倭国は7世紀半ばまでも辰王の国と見なされていた。韓半島と日本列島の古代王国の首長は、すべて騎馬民族出身で同じ扶余系、つまり辰王家出身者であった。
天皇の辰王系説を正式に否定したのは『記紀』以後のことで、それまでは辰王・辰国につらなる正当性を以って、半島と列島での主権を主張していた。

辰国は扶余族の一部で、同じ扶族出身の高句麗建国に先立ち紀元前4世紀頃、韓半島に入り、遼河と平壌にわたる一帯に建国し、鴨緑江流域に高句麗勢力が建国すると南下し、平壌が中心となる。
その後、漢の植民地漢四郡が設置されると、辰国はそれに押されて帯方郡に隣接した漢江以南に国を移した。
それ以前、南韓には、緩い組織の稲作中心の諸部族国家が散在していた。
辰国は馬韓以外の地域を直接統治してはいなかったものの、辰国の王族の子弟を派遣して在地の諸部族の連合体を構成し、辰韓・弁韓にまとめあげた。
それら分国(辰韓・弁韓)の王が辰王家出身で、辰王の直系が馬韓で「辰王(馬韓)だけが南韓の王になれる」という信仰は、北から民族移動をしてきた扶余系の騎馬民族集団が共有した。
但し、辰王は宗教的・象徴的な性格の存在であり、強力な統一国家ではなかった。
『後漢書』によると、辰王は馬韓の中に別途に目支国を置き、そこで南韓全体を支配していたという。それはヴァチカン市国がローマの中にあり、ローマ法王が宗教面で欧州の各王の上にあったのに相当する権威が、辰王にもあったと考えられる。すなわち、「扶余系の太陽神の直系が各国を治める権威を持つ」という思想である。
辰王は、宗教的権威で三韓に君臨して馬韓の中にある目支国を拠点にしていた。辰王を戴く辰国から農耕民を母胎とした三韓が生まれ、紀元前後に扶余系の遊牧騎馬民族が南下し、三韓をもとにした三国を樹立する。しかし尚、その初期においては辰王の権威は無視できなかった。
辰王の直系が馬韓王、その王族が辰韓・弁韓の王となって派遣されたという。
扶余系の高句麗から百済が分派・南下し(つまり、百済と高句麗は同根)、辰国の正当継承者である馬韓を吸収することで、百済王が辰王の地位を得る。百済王はその権威をもって新羅・加耶の王を任命した。初期三国の王家は辰王家出身であることが原則で、その権威は大きかった。
紀元前2世紀から紀元後1世紀にかけて、三韓から三国(百済・新羅・伽耶)に移行する。その変革の最も大きな理由は鉄器の普及にあり、百済・新羅がはっきりした国の体制になり、伽耶も統一こそしなかったものの連合勢力の王権が強化された。
初期の新羅王までは辰王系を継承した百済王家出身だったが、その後の新羅ではその原則が守られなくなった。新羅には姓の異なる複数の王が登場し、その後の新羅は辰王推戴の原則が守られなくなり、その時点で百済は扶余王直系と主張するようになってゆくと考えられる。
三国間の争いが激しくなるにしたがい、辰王の物理的な実力のない宗教的な権威は無視され、半島の正史にすらその名を留められないようになる。韓国史家の間でも、辰国は想像の産物と思われるようになった。

【2】このように、辰国→辰韓→百済と高句麗は元々は同じ扶余族(ツングース系)だが、新羅は別の部族(モンゴル系)らしい。
以下、『「日本=百済」説〜原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)「第四章 謎の辰国を追ってみると」 から、新羅の出自を要約する。

新羅は高句麗・百済とは別系統でありながらも、初期に馬韓王に指名された王、すなわち百済人を推戴している。中国史書の記録では「新羅人は辰韓の出身でありながら、辰韓王は常に馬韓人」(『梁書』「新羅伝」)、「新羅の前身辰韓王は馬韓人」(『晋書』「辰韓伝」)とある。
しかし、その後の王族は扶余系ではない別系統の王を輩出する。
新羅王家には朴・昔・金という3つの姓氏があった。
王の称号も第1代が「居西干(コセガン)」、2代が「次次雄(チャチャウン)」、3代から18代が「尼師今(イサグム)」、19代から22代は「麻立干(マリッカン)」であり、23代以後は中国式の「王」を使うが、それ以前は4つの王号があった。号が異なるということは民族が異なることを示唆する。
新羅の支配階級は、シベリアを横断して日本海側を南下して、迎日湾付近から慶州平野へ進出したスキタイ族に近い勢力であったと思われる。
実際、新羅の文化は、扶余系の高句麗・百済のものと大きく異なり、シベリア・スキタイ系文化の特色が見られる。また、『後漢書』「辰韓伝」によると新羅の前身である辰韓の言葉は高句麗や百済の言語とは違っていた。
中国史書『晋書』「辰韓伝」によると、新羅の前身である辰韓の建国は、秦の始皇帝の
万理の長城建設に動員された塞外地帯の民がその労役をさけて移動をしてきたため、馬韓が領土の東部の一部を割譲したことから始まったとある。このことは、辰韓→新羅が扶余族とは異なる民族であることを示唆している。
新羅王家は少なくとも朴・昔・金の三家が交代していることから、「王は神であり、他の姓とは替えられない」という扶余系の現人神思想が新羅にはなかったと推測できる。

まとめると、次のようになる。


【1】紀元前5〜4世紀、中国戦国時代に滅んだ呉人(韓人)、越人(倭人)が朝鮮半島に流れ着き、農耕社会を形成した。(一部は日本列島に流れ着き、弥生社会を形成)。


【2】紀元前4世紀〜、遊牧騎馬民族であるツングース系の扶余族が朝鮮半島を南下。朝鮮半島西部に辰国をつくり、朝鮮半島南部・東部の韓倭農耕部族連合を服属させた。
これがそのまま、馬韓(西部)・弁韓(南部)・辰韓(東部)となる。
つまり、三韓とは、ツングース族(扶余族)が韓人・倭人(呉越人)を服属させた社会である。


【3】スキタイ系部族の影響を受けた(or混融した?)モンゴル系部族が、秦に追われて南下し、馬韓から辰韓の地を割譲してもらい支配した。これが新羅の源流である。そして、辰韓は馬韓に服属していた。
秦支配から逃げる過程で一部は海に脱出、出雲・敦賀に流れ着き丹波・大和に拠点をつくったのがスサノオ・オオクニヌシ・ニギハヤヒなどの新羅勢力だと考えられる。(管理者:この点は疑問がある。)
(秦の始皇帝を騙して日本列島に脱出した徐福の伝説と同じ構図である。)


【4】さらに、辰国とは別の扶余系部族が、高句麗を建て南満州〜北朝鮮を支配。その分派の百済が朝鮮半島を南下し馬韓を奪取。弁韓(→伽耶)と辰韓(→新羅)を服属させた。
つまり、ツングース系の扶余族(百済)が、韓倭農耕部族連合(伽耶)とモンゴル系(新羅)を服属させた。ところが、新羅はすぐに百済から独立し、弁韓(→伽耶)を侵食しながら、百済と対抗するようになる。
そして、百済(ツングース)や新羅(モンゴル)に追い詰められた伽耶(韓倭農耕部族連合)の一派が、日本列島に逃れてきた。そして、先着していた新羅勢力(オオクニヌシやニギハヤヒ)を追い出しor服属させたのが、第一期大和朝廷(天孫族)である。
つまり、大和朝廷の原点は、春秋戦国時代に滅亡した呉越の生き残り(韓人・倭人)が、さらに、ツングース系の扶余族(高句麗・百済)やモンゴル族(新羅)に追われて日本列島にやってきた二重の敗残者である。
これが「属国意識の源流〜日本の支配階級に刻印された敗北思考(体裁思考)」 の理由ではないだろうか。
敗北主義にもかかわらず彼が生き延びることができたのは、流れ着いた先の日本列島は、圧倒的大多数を縄文人が占める平和な共同体社会とお上捨象体質だったからである。それをいいことに、彼ら伽耶勢力は日本に君臨することになった。
つまり、大和朝廷(伽耶勢力)とは、敗北思考にも拘わらず君臨するという、世界中でも稀に見る特異な性格の支配者なのである。
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2012/11/2410.html


2015年01月26日(Mon)▲ページの先頭へ
思考実験:陰陽振動と物質振動の差異:何故、原子力は生命自然に危険なのか:付天皇制論
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11981750702.html

思考実験:陰陽振動と物質振動の差異:何故、原子力は生命自然に危険なのか:付天皇制論

テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

最近は、『日本書紀』読解に関っていて、理論的考察をしていない。久しぶりに行ないたい。
 
            凸i陽
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−1地______MP______+1天
(重力)         |          (光)
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            凹i陰


         陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等である)

虚軸に陰陽極を置いている。陰と陽が共振し、そこから、生命が生まれる。氣的生命である。
 そして、それは、実軸において、現象するのである。
+1が天の方向であり、それは、植物の芽や枝葉が伸びる方向であり、−1が地の方向であり、植物の根が伸びる方向と考える。
 つまり、生命現象(この場合植物)は、陰陽振動=氣をもって、発現しているということになるのである。
 陰陽方程式では、凹i*凸i⇒±1となる。
 しかしながら、物質科学は、実軸の物質現象だけに限定して、虚軸の陰陽氣は無視しているのである。
 そして、ミクロ的に物質現象の原子をとり出すわけであるが、それは、電子が+1で、原子核が−1であろう。
とまれ、物質現象において、+1と−1の相互作用があると考えられる。それを対極性と呼んでいいのか、問題である。
 両者に反発力はあると考えられる。あるいは、相互否定力である。
 しかし、牽引力はあるのだろうか。原子における原子核と電子の電荷を見れば、それは考えられる。
 そうすると、±1は、物質的対極性があるということになろう。
これは、陰陽対極性とは区別されなくてならない。
 さて、生命は陰陽振動、陰陽エネルギーをベースにしているのであるが、単なる物質は物質振動(±1の振動)をベースにしているのである。両者に明確な質的差異(絶対的差異)があるのである。
 陰陽振動があれば、生命に通じる。しかしながら、物質振動は、即、生命に通じているわけではない。
 勿論、陰陽振動は氣的物質振動をもつが、それ自体、純粋な物質振動ではない。
 物質振動とは、物質自体のもつ振動であり、必ずしも生命に通じるとは言えないのである。
 そして、原子力の場合、物質振動を利用して、本来、自然現象には存在しない原子を作り出すのであるが、その原子振動は、生命の物質振動を破壊するものと考えられるのである。
 何故なら、生命の物質振動は、自然的物質振動であり、反自然的物質振動である原子振動をポジティブに受容できないと考えられるからである。
 つまり、原子力とは自然の鬼っ子なのである。鬼っ子とはまだ美称である。
 自然の悪魔っ子である。
 以上が思考実験ながらも、私の原子力科学批判である。

 次に、天皇制について考察する。
陰陽ガウス平面を変形する。

            凸i陽
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           T _
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(重力)         |          (光)
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            凹i陰


         陰陽ガウス平面

(尚、SSはSpritual Sun霊的太陽であり、T、U、Vが地球より外側の太陽系の惑星、つまり、火星、木星、土星である。(尚、シュタイナーに倣って、天王星、海王星は外している。冥王星は今は、太陽系外の惑星である)
 そして、1、2、3は地球より内側の惑星である。即ち、月、金星、水星である。
 そして、太陽は+1であり、地球は−1である。
 因みに、虚軸の陽軸に三つのバー、陰軸に三つのバーがあるが、これは、易の陽における三種類の爻、陰における三種類の爻に倣ってもいる。


http://www.keisho.server-shared.com/qa.html )

さて、天皇制であるが、これは、太陽神を受容する天皇が統治する政体である。
 では、太陽神ないし太陽霊とは何かと言うと、上図のSS(スピリチュアル・サン、霊的太陽)である。
 そして、シュタイナーの霊的科学では、太陽霊とはキリストのことである。
 そうすると、天皇制とは、キリスト的政体であるということになるのである。
 コスモスの基である太陽霊=キリストに基づく政体ということになるのである。宇宙的政体なのである。
 私は天皇陛下のオーラは太陽霊ではないかと思うのである。

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りょうへいかおおてふり

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天皇陛下81歳の誕生日 会見全文
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141223/k10014209511000.html

http://migigimi.blog.fc2.com/blog-entry-657.html

かけだし鬼女の 今が日本の一大事! 〜よければ一緒に凸しよう!〜

追記:『日本書紀』読解は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10056900602.html


2015年01月12日(Mon)▲ページの先頭へ
仮説:出雲神話は日本母権民族の神話:天孫降臨・アマテラス神話は日本父権民族の神話
リンク等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11976232153.html

仮説:出雲神話は日本母権民族の神話:天孫降臨・アマテラス神話は日本父権民族の神話

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私は先に日本書紀を読んでいて、スサノヲは母権神話の英雄であり、また、当然、出雲神話が母権神話の源流と考えた。
 アマテラスは基本的には父権民族の神である。
 飯山一郎「大博士」の説くツングース族=扶余=百済日本民族起源説であるが、それは、私見では、日本母権民族と重なるのである。
 つまり、出雲神話と百済・日本母権民族は結びつくのである。
 そう、作業仮説として、扶余・百済⇒出雲と日本母権民族の国の流れがあり、日本母権国があったと思う。
 それに対して、天孫降臨の「アマテラス」を中心とする好戦的な日本父権民族が侵略してきたのである。私はそれは弥生民族を従えたユダヤ民族(中国系父権遊牧民族も入るかもしれない)だと仮説しているのである。
 分かりやすく言えば、古代日本とは、百済・出雲母権民族とユダヤ・ヤマト父権民族の闘争が行われた場であり、ほぼ後者の勝利を作為的に記述したものが日本書紀ではないだろうか。
 しかし、まったく父権民族が母権民族に対して勝利したということではなく、後者は実際、存続していたのではないだろうか。
 そう、端的に、日本書紀は、一つの役割として、母権民族の洗脳があったと思うし、それが、今日までも続いて、単一民族説を為していると思うのである。二つの異質な民族を見ないといけない。
 また、もう一つの役割は、大中国に対する日本国家権力の誇示にあったろう。

追記:日本父権民族を弥生民族を従えたユダヤ民族と仮説したが、以下からわかるように、出雲の遺跡は弥生中期である。それを考えると、弥生民族を従えていたのは、父権民族ではなく、母権民族ではなかっただろうか。それを、父権民族はあたかも自分たちが弥生民族(稲作民族)を従えたようなフィクションを日本書紀で作ったのではないだろうか。

参考:

倭国の時代 (ちくま文庫)/筑摩書房
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内容(「BOOK」データベースより)
日本建国以前の列島の状況を知るには、当時の文献の活用が欠かせない。しかしそのことが、さまざまな誤解を生んできたのも事実だ。本書では、中国大陸の政治動向が列島に及ぼした影響をたどることによって「魏志倭人伝」「日本書紀」の成立事情を解明し、卑弥呼の出現、倭国王家の成立から日本建国までの倭人の実像を、世界史的視点で描き出す。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
岡田/英弘
1931年東京都生まれ。東京大学文学部卒。57年『満文老档』の研究で日本学士院賞受賞。東京外国語大学名誉教授。その研究は中国史、モンゴル史、満洲史など広範にわたる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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New! 【出雲学談義(4)】「出雲神話=虚構」は崩れ去った…空白地帯の山陰で青銅器が次々発見

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古代史を書き換える発見として注目を浴びた荒神谷遺跡(島根県出雲市提供)
 

 昭和59年夏のことであった。出雲市斐川町神庭(かんば)の谷奥の道路建設予定地から、358本という驚愕的な数の銅剣が発見された。そもそも出雲は青銅器文化の空白地帯とされ、ほとんど出土例はなかった。全国から出土した銅剣は約300本とされていたから、空白地帯のただ1カ所から出た数量は圧倒的であった。この遺跡は、付近に荒神が祀ってあったことから荒神谷(こうじんだに)遺跡と名づけられた。全国の熱いまなざしが荒神谷に注がれた。

 誰が、何のために埋めたのか。何故、整然と並べて埋めてあるのか。そして、最大の謎は、何故、神庭の谷の最奥部に埋められていたのか。

 翌60年の夏、再び荒神谷は熱気にわいた。前年出土した大量の銅剣のわずか右7メートルの地点から、今度は銅矛16本、銅鐸6個が発見されたのである。今回も数々の驚きがあったが、なんといっても最大の驚きは、銅矛・銅剣という武器型祭器と銅鐸という鳴り物祭器が同じ場所に埋納されていたということであった。

 荒神谷遺跡はいくつかの定説を覆すとともに、多くの謎を提示した。その謎はほとんど解明されないまま30年が過ぎた。ただ一つ言えることは、荒神谷を中心とする西出雲に、弥生中期頃、大きな政治勢力が存在していたのではないかということである。
2015年01月12日[ 産経WEST ]
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【出雲学談義(3)】「出雲神話」は政治性の強いフィクションだった?
 壬申の乱(672年)に勝利して樹立した天武天皇の中央集権国家において、その中核となったのは、天皇家の祖神アマテラス大神を祭る伊勢神宮である。その宗教的権威を高めようとするとき、邪魔になるのが大和の古い豪族たちが斎(いつ)く神々であった。この神々を何処かへ流し...
2014年12月14日[ 産経WEST ]
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【出雲学談義(2)】日本の代表的神話は「出雲」発なのに、平凡な遺跡が謎を呼ぶ
 ヨーロッパ人が日本人に対して、「われわれヨーロッパには、ギリシャ神話、ローマ神話などたくさんの神話があります。日本にも神話がありますか」と尋ねたら、おそらく日本人は憤然たる面持ちで、こう答えるだろう。「もちろんありますよ。日本はヨーロッパに劣らぬほど、長い歴...
2014年12月07日[ 産経WEST ]
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【出雲学談義(1)】下世話な話も飛びだす「無住法師」のような面白い説法を
 この作業をすすめるためには、歴史学をはじめ、関連諸科学の学際的研究が必要であるが、残念ながら、とても私にはそんな能力はない。だから、これから述べる内容は、極めて粗っぽいものになることは必定であるが、ただ、馬齢を重ねた者のわずかばかりの知識が、お役に立てばと思...
2014年11月30日[ 産経WEST ]

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2015年01月06日(Tue)▲ページの先頭へ
仮説:日本民族における、天照大神を介する二つの神の衝突:ヤハウェVS太陽女神(大日孁貴)
仮説:日本民族における、天照大神を介する二つの神の衝突:ヤハウェVS太陽女神(大日孁貴)

テーマ:『日本書紀』解読:日本民族の根源書を読む

『日本書紀』は今や第二巻(岩波文庫)に入った。垂仁天皇の記事を読んでる。狭穂姫(さほひめ)の悲劇が痛ましいが、素晴らしい。『平家物語』の白拍子、仏御前の物語で感動して以来の久々の感動である。
 とまれ、今言いたいのはそのことではない。もっとも、本質では関係するが。
 今、私の仮説は、先に、アマテラスは二神であると言ったが、そのことの発展である。
 即ち、アマテラスの二神とは、端的に、一つは父権神であり、それは、ヤハウェであり、一つは母権神であり、大日孁貴(おおひるめのむち)、または、日の神(日の大女神、太陽女神ないし太陽大女神)である。
 西洋民族の代表神と東洋民族の代表神が激突しているのが日本古代であり、『日本書紀』である。
 かつて古代において、世界中で、父権神と母権神の闘争が行われ、前者が後者を殲滅させるようにして、父権文明が誕生したのである。
 しかし、例外的に、地域があった。例えば、古代ギリシアである。そこは、アナトリア(今のトルコ)に接し、古代母権文化の協力な場所であるが、そこへ父権的遊牧民像が侵入して、母権と父権の大衝突が起きたのであるが、古代ギリシアは、父権優位とは言え、希有な母権と父権の結合文化を生んだのである。それは、ニーチェの天才的視点、アポロとディオニュソスに提示されている。そう、古代ギリシア、陰陽極性を形成したのである。
 その他は、アイルランドであろう。ケルト文化があり、それは、母権文化であるが、キリスト教と融合したのである。
 そして、三番目が古代日本である。
 私の仮説では、失われたイスラエルの十支族が日本に到来したのである。当然、ヤハウェ信仰をもっていたはずである。
 しかし、日本は、世界に稀なる長期な縄文時代を経ていた。それは、母権文化である。
 そして、飯山一郎「大博士」が説く日本民族ツングース族起源源流説を借りれば、ツングース族は太陽神母権文化をもっていたのであり、それが、私の唱える母権天皇文化の原点である。
 今思うに、ツングース族の太陽女神母権文化であるが、同時に、強力なシャーマニズム文化であったと思うのである。
 とまれ、縄文的土着シャーマニズム母権文化とツングース族太陽女神母権シャーマニズムが結合したのが、古代倭国母権文化である。
 そう、父権宗教の最勝であるヤハウェと母権宗教の最勝である太陽女神が衝突したのが、古代日本、『日本書記』ということである。
 そして、何が生まれたのか。それは古代天皇制である。
 それは、その宗教の主宰神は天照大神である。そして、それが、媒介となって、ヤハウェと太陽女神が衝突していると考えられるのである。
 ヤハウェが優位なときが、父権天皇制である。神武天皇、崇神天皇の御代である。
 しかし、太陽女神が優位なときが、例えば、上記した、狭穂姫悲劇であり、あるいは、豊玉姫の物語(海幸山幸の物語)である。
 そう、決定的なのは、伊勢神宮の起源である。
 岩波文庫の補注から引用したい。

「これらの諸学説は細部では異なる見解を示しているけれど、はじめは伊勢の地方神であった伊勢神宮が、紀[日本書紀]の所伝よりもはるかに新しい時期になってから皇室の神に転化した、と考える点では共通しており、その点に関するかぎり、今日学界の通説として認められているといってよい。記紀神代巻の天照大神が太陽神であるとともに皇祖神でもあるという二重の性格は、このような伊勢神宮の祭神の転化と考え合わせるとき、いっそうよく理解されよう。」 『日本書紀』(二) 351−2頁

この引用箇所の太陽神が私の言う太陽女神であり、皇祖神がヤハウェとなる。
 つまり、ヤハウェが天照大神の仮面をつけて、太陽女神をヤハウェ化しようとしているのである。その結果が古代天皇制である。
 しかし、日本という大地世界はあまりに太陽女神が強烈なのであるから、男性神を中心化することができなかったと言えよう。 
 これは、世界において、唯一の事象ではなかっただろうか。
 とまれ、天照大神という神の仮面を用いて、ヤハウェは、古代天皇制という支配システムを創るのに成功したと言えよう。
 そう、日本父権民族(弥生民族を従えたユダヤ民族)は、日本母権民族のアニミズム、シャーマニズム等の母権文化の破壊に取りかかったと言えよう。
 そう、それはほぼ成功したのではないだろうか。その結果、日本母権民族の精神・霊的世界観が破壊されたと言えよう。精神・霊的次元が忘れられて、物質・感覚・世俗的次元、あるいは、内在的感情次元が強調されていったと考えられるのである。
 分かりやすく言えば、氣の世界を喪失していったのである。

追記:古代インドのことを失念していた。古代インドもベースは母権文化であり、そこへいわゆるアーリア民族(今は、この言葉は違う意味になっている)、印欧語族が侵入したのである。
 生まれたのは、インド哲学である。ブラフマン(梵)が中心的神である。しかし、それは女神ではないのである。
 梵我一如というすばらしい哲学が生まれたが、大女神は消えているのである。ブラフマンこそ、大女神と見るべきなのである。
 そう、大女神文明は、端的に、古代エジプト文明と言えよう。イシス・オシリス神話が完全に大女神神話である。
 

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『日本書紀』の中でも、特に好きな部分です。
投稿者 e90j77gn 投稿日 2004/8/27
形式: 文庫

 第2巻には、第11代垂仁天皇から第20代安康天皇を収録しています。『日本書紀』の歴史観は、この巻で一つの画期を迎えます。つまり国内統一事業をほぼ終えて、いよいよ海外に進出し始める過渡期として描かれているのです。そのため、ヤマトタケルや神功皇后といった、皇位継承はしないけど、英雄的な活躍をする人物が登場するわけです。
 しかし、史実性を帯びてくる一方で、『日本書紀』の記述と実際の年代が一致しないという《紀年問題》も深刻に…。たとえば神功皇后の場合、皇后が摂政になってから死ぬまでは69年ですが、この69年間に起きたと述べられている海外の出来事を実際の年代に照らし合わせると、神功皇后は189年間摂政の地位にいたことに…。なぜこんなことになってしまったかというと、神功皇后を邪馬台国の女王卑弥呼に模したためらしいですが。
 ところで個人的には垂仁天皇が興味深かったです。皇后が謀反に手を貸すという悲劇が語られたり、伊勢神宮が創始されたり、古墳文化が始まったと述べられたり、民俗学などからも注目されている人物です。
 史実と伝説、あるいは史実と虚構の境界を散歩できる、面白い1冊です。


2015年01月03日(Sat)▲ページの先頭へ
二神のアマテラス:『日本書紀』に日本民族の秘密が:『聖書』とホメロスの叙事詩と並ぶだろう
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11972474237.html

二神のアマテラス:『日本書紀』に日本民族の秘密が:『聖書』とホメロスの叙事詩と並ぶだろう

テーマ:『日本書紀』解読:日本民族の根源書

今や、『日本書紀』に魅せられ、虜になっている(今風に言えば、ハマっている)。
 とまれ、主観的な修辞は止めて、端的に、真夜中過ぎに思いついたことを備忘録しよう。
 イザナキノミコト(伊弉諾尊)とイザナミノミコト(伊弉冉尊)は、創造する対極的根源神である。そして、彼らは、天神族(以下、天族)に属する。
 しかしながら、私は先に、イザナキを父権民族、イザナミを母権民族に配した。
 こう定置することは、実は、視点(パースペクティブ)の革命なのである。
 天族を実は、異質な二つのものに分化するからである。これは、いわば、脱構築である。
 つまり、天族は、地族とは本来別である。しかし、イザナキを父権民族、イザナミを母権民族とすることは、天族を天族と地族に分化することであり、天族はその時点で解体しているのである。
 つまり、天族はフィクションなのである。
 また、冥界から帰還したイザナキは、「みそぎ」によって多様な神々を生むが、アマテラス、ツクヨミ、スサノヲも生み出すのである。(追記:この箇所を引用する。「〔主語はイザナキである〕 然(しかう)して後に、左の眼を洗ひたまふ。因(よ)りて生める神を、号(なづ)けて天照大神(あまてらすおほみかみ)と曰(まう)す。復(また)右の眼を洗ひたまふ。因りて生める神を、号けて月読尊(つくよみのみこと)と曰す。復鼻(みはな)を洗ひたまふ。因りて生める神を、号けて素戔鳴尊(すさのをのみこと)と曰す。『日本書紀』(第1巻)48頁)
 しかしながら、ジョーゼフ・キャンベル的神話的解釈では、この神を産み出す、イザナキは、実は、母神的なのである。つまり、この場合、イザナミ的要素を帯びているということである。
 とまれ、天族と地族の結合によって、神々が誕生すると言えよう。
 問題は、アマテラスである。
 アマテラスは天族の主宰神である。しかるに、実は、地族的なものを背景にしているのである。
 とまれ、アマテラスは天族の代表、つまり、父権民族の代表の神である。これが、私の考える父権的天皇に通じるのである。
 しかるに、母権的天皇はどう考えたらいいのだろうか。
 その前に整理すると、PS陰陽哲理学から見ると、凹i=陰に当たるのは、イザナミであり、凸i=陽に当たるのはイザナキである。
 そして、両者の結合からある造化が起るのである。
 PS陰陽方程式凹i*凸i⇒±1から見ると、⇒+1は光であり、⇒−1が重力である。


        陽凸i
         |
         |
         |
         |
地−1___________MP_______________天+1
         |
         |
         |
         |
        陰凹i

     陰陽ガウス平面

 だから、太陽は⇒+1と関係する。そして、大地は⇒−1と関係する。私見では、前者は陰主導であり、後者は陽主導である。
 そして、前者は母権主義であり、後者は父権主義である。
 だから、天族的アマテラスは後者であると思うのである。
 そして、地族的アマテラスは前者である。地族=母権的アマテラスとは、いわば、陰主導の太陽である。
 それは、陰陽ガウス平面のMP=原点=交点に存するのである。(追記:この点は以下の考察から否定される。)
 『日本書紀』の天族・父権的アマテラスではない、地族・母権的アマテラスは『日本書紀』の何なのだろうか。
 今、思いつきで留めるが、それは、国生みの説話以後の山川草木、月日などを産む説話にある「日の神」、「大日孁貴(オオヒルメノムチ)」ではないだろうか。それは一書では、天照大神と、ある一書では、天照大日孁尊(アマテラスオオヒルメノミコト)と呼んでいる。
 しかし、私はこの「日の神」、「大日孁貴」、こそ、地族・母権的アマテラスだと思う。
 そして、これが、母権的天皇制に通じると思うのである。
 本文を引用したい。

《既にして、伊弉諾尊(イザナキノミコト)・伊弉冉尊(イザナミノミコト)、共に議(はか)りて、曰(のたま)はく、
「我已(われすで)に大八洲国(オオヤシマノクニ)及び山川草木(ヤマカワクサキ)を生めリ。何(いかに)ぞ天下(あめした)の主者(きみたるもの)を生まざらむ」とのたまふ。是(ここ)に、共に日の神を生みまつります。大日孁貴(オオヒルメノムチ)と号(まう)す。・・・ 一書に云はく、天照大神といふ。一書云はく、天照大日孁尊といふ。此の子、光華明彩(ひかりうるは)しくして、六合(くに)の内に照り徹る。故(かれ)、二(ふたはしら)の神喜びて曰(のたま)はく、「吾が息(こ)多(さわ)あれと雖(いへど)も、未だ若此霊(かくくしび)に異(あや)しき児有らず。久しく此の国に留めてまつるべからず。自づから当(まさ)に早(すみやか)に天(あめ)に送(おくりまつ)りて、授(さづ)くるに天上(あめ)の事を以(も)てすべし」とのたまふ。》 『日本書紀』(第1巻)34頁

(追記:この箇所の「日の神」、大日孁貴(オオヒルメノムチ)である「アマテラス」がある一方、上記(上述の青色の追記を参照)にあるように、明らかに、イザナギの居る黄泉の国から帰還して、穢れを濯ぐイザナキの身体から、ツクヨミ、スサノヲとともに「アマテラス」が生まれるのである。
 この二つの事柄は明らかに矛盾である。一方において、イザナキとイザナミが協力して、「天照大神」である「日の神」、大日孁貴を生んでいるのに対して、他方では、イザナキの「ミソギ」によって、「天照大神」が生まれているのである。)

さて、最後に陰陽ガウス平面を本文に合わせて変形すると、以下のようになる。


            陽凸i(イザナキ)
               |
               |
               |
               |
父権天照−1______________MP_____________日の神+1(母権天照)
               |
               |
               |
               |
            陰凹i(イザナミ)

        陰陽ガウス平面(『日本書紀』版)

追記:思うに、本当のアマテラスは、霊的アマテラスでなくてはならないだろう。しかし、『日本書紀』のアマテラスは霊的というよりも、物質的な太陽光である。
 しかし、日の神、大日孁貴は、霊的意味合いが感じられるのである。
 思うに、征服民族である父権民族は、霊的太陽であるアマテラスを利用して、父権的太陽=物質的太陽としてのアマテラス像を構築したのではなかったろうか。
 それは、権力的太陽神像である。

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5つ星のうち 4.0 なぜ神話は広範に日本をカバーしているのでしょう, 2007/10/5
投稿者
DJ LINDSAY (山口県周南市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 日本書紀〈1〉 (岩波文庫) (文庫)
 日本書紀にはなぞがいくらかあります。日本の国生み神話が、島を生むこと自体大陸を意識しています。そこでまずスサノオがなぜ出雲に降り立ったのか、ヤマト中心の世界観とは反します。出雲に一大勢力があったことが神話上証明されたことになるのではないでしょうか。神無月には神々が出雲に集まります。
 天孫降臨はなぜ高千穂なんでしょう。天岩戸も高千穂にあるとされています。九州が神話に取り込まれています。九州にも勢力があったのでしょう。神武天皇の日向の国からヤマトへの東征は何を表しているのでしょうか。ヤマトが日本という国、日本という国号自体音読みで、訓読みに直せばヒノモトですが、これ自体、中国、朝鮮を意識した名称なんですが、を統合する過程を表しているのではないでしょうか。古事記ではヤタガラスが天つ神を導いて国つ神に引き合わせるという場面がありますが、なぜからすなんでしょう。そういう日本の国の成り立ちを神話から想像すること自体楽しいのではないでしょうか。
 途中で突然海幸彦と山幸彦の逸話が出てきますが、古事記、日本書紀が日本に伝わる数々の神話を集めたものであることがわかるのではないでしょうか。
 日本書紀は聖書のように、天孫降臨、天岩戸の高千穂とか、スサノオの八岐大蛇の出雲とか、神武東征の日向、ヤマトとか大まかな地域名は出てきますが、もっと細かい具体的な地名は出てきません。かなり曖昧です。その辺が解釈の分かれる元でしょう。 



2015年01月02日(Fri)▲ページの先頭へ
祝新年!:アマテラス父権民族(天族)とスサノヲ母権民族(地族):アポロとディオニュソス:宇宙と地球(大地)

リンク等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11971838303.html

アマテラス父権民族(天族)とスサノヲ母権民族(地族):アポロとディオニュソス:宇宙と地球(大地)

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

『日本書紀』はスリリング、エキサイティング、刺激的に面白い。
 アマテラス民族は天族(父権民族)であり、スサノヲ(又はオホアナノムチノミコト)民族は地族(母権民族)である。
天族は、いかにも超越的である。地族は、大地的である。
 しかし、『日本書紀』では、前者が当然、優位で、後者が劣位なのである。二項対立が成立しているのである。
 しかし、ジョーゼフ・キャンベル的神話学(以下、J.C神話学)の視点から見ると、実質においては、後者が劣位ということはないのである。『日本書紀』は征服民族のイデオロギー書であるから、地族を貶めて書いてあると考えられるのである。
 思うに、この天地二項対立イデオロギーが今日でも続いていると思うのである。
 ポスト構造主義は二項対立批判を行なったが、完全ではなかった。
 思うに、シュタイナー精神科学的に見ると、天族は逆に、物質に作用する力で、地族は、精神に作用する力を意味するのではないだろうか。
 シュタイナーは植物と人間は垂直性において真逆であると述べている。
 植物における天への志向は、人間では地への志向となるのである。また、その逆でもある。
 だから、天族は、逆に物質的作用の力で、地族は精神的作用の力だと思う。
 結局、今は、予備考察的に予見するが、日本文化において、天族が支配したため、物質的作用力が強化され、精神的作用力が弱化したと思われるのである。
 日本人にとり、大地の力とは、真の天の力、精神の力なのである。日本人が原発地獄に陥ったのは、この点を認識していないからであろう。天族の物質主義に傾斜して、地族の精神主義を排除しているのである。
 とまれ、『日本書紀』を逆に読むことを奨めたい。

追記:以上は作業仮説である。

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日本書紀 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/日本書紀


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シュタイナー「精神科学と医学」
https://r5.quicca.com/~steiner/novalisnova/steiner/.../Medizin.html


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スサノヲと出雲神話:倭母権神話と朝鮮

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

『日本書紀』を読み続け、神代上まで読了。
 先に、イザナミ/スサノヲ路線は母権神話ではないかと提起した。
 そして、スサノヲと出雲神話が深い関係にあることがわかり、出雲神話は母権神話ではないかと思った。
 イザナギ/アマテラス路線が父権神話であり、それは、大和朝廷に通じるのであり、それに対抗するものに出雲神話=母権神話があると思うのである。
 また、スサノヲは、オオアナムチノミコト、オオクニヌシノミコト等に関係するのであり、それはいかにも母権神話的ニュアンスが感じられるのである。私は『古事記』を読んだとき、大国主命のもつ父性に強く共感をもったが、それは、父権的父性ではなく、母権的父性と言えよう。
 また、スサノヲは、朝鮮とも関係するのである。やはり、なにか、扶余との関係を想起するのである。
 どうも、扶余・百済と出雲は関係するのではないだろうか。両者、母権文化である。
 また、推測で言えば、国譲りとは、実際は、支配ではなかっただろうか。父権民族が母権民族を支配したのではないだろうか。
 母権国を簒奪したのではないだろうか。そう、端的に、父権民族が母権民族を侵略したと思うのである。
 とまれ、これまで見えなかった母権神話領域が見えてきた。
 最後に一つ、八岐大蛇退治であるが、それは、西洋神話では、龍退治である。
 しかし、スサノヲを母権神話の英雄とすると、龍は殺さないはずである。龍退治をするのは、父権神話においてである。
 つまり、スサノヲは父権神話(アマテラス神話)に利用されているのではないだろうか。

追記:『日本書紀』では、スサノヲは新羅に降ったことになっている。新羅はどうも、父権民族に関係すると思うのである。
 そうすると、作者は、母権神話のスサノヲを、強引に父権神話に結びつけたかったのではないだろうか。

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出雲神話
www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/izumosinwa.html


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『日本書記』:やはり、父権民族が母権民族を支配するイデオロギー神話ではないだろうか

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

今、『日本書紀』の神代の巻を読んでいるが、イザナミ、スサノヲ(面倒なので、神名はカタカナで表記する)がとても悪く書かれているのである。なにか生々しいというか毒々しいのである。
 スサノヲは本当に邪悪という感じであり、少し、これは、邪神ではないかと思ってしまった。
 また、イザナミの黄泉の國に行き、それを夫のイザナギが探しに行き、そこで見たイザナミがきわめて、悪しく、穢く描かれている。非常におぞましい様子である。
 しかるに、イザナギやアマテラスはきれいに描かれている。ツクヨミもそうである。
 神話を批判的に読むことに慣れていない人なら、以上を真に受けてしまうだろう。
 しかし、私は神話学者ジョーゼフ・キャンベルの主著全4巻を読んでいるし、翻訳も多数読んでいるので、それなりに神話の読み方を学んでいるのである。

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 古代神話は、母権神話と父権神話の争闘と見るのが、いいのである。
 このテーゼを『日本書紀』に当てはめると、以上の視点は逆になるのである。
 母権神話がイザナミ/スサノヲ路線であり、父権神話がイザナギ/アマテラス路線だと推察できるのである。
 母権民族の倭国に侵入した父権民族が、正反対に書いたのが、『日本書記』ではないかと思うのである。前者を貶めて、後者を賛美するのである。どうもそう思えてきたのである。
 問題は、「侵略」した父権民族である。これは、何か。騎馬民族か?
 私の直観では意外に、失われたユダヤの十支族を含んだ遊牧的民族である。
 飯山一郎「大博士」は、ツングース民族を見ているが、ツングース民族は私見では、遊牧民族であるが、母権民族だと思う。
 そう、意外に弥生民族を従えたユダヤ民族ではないかというイメージが浮ぶのである。そうすると、『日本書紀』の稲作文化性と好戦性が説明できると考えられるのである。 
 とまれ、面白くなった。読み続けよう。

追記:弥生民族を従えたユダヤ民族と言ったが、もう少し丁寧に言うと、弥生民族を従えた中国系父権遊牧民族且つユダヤ民族ではないだろうか。
 では、ツングース族はどうなるだろうか。これが微妙である。
私見では、彼らは、太陽信仰をもっていて、それが母権天皇文化になるのである。
 それに対して、中国系父権遊牧民族/ユダヤ民族の父権的太陽信仰があり、両者が『日本書紀』で混淆するのであるが、主体は、後者であり、前者は利用されていると見るのである。

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J人父権自我は超一神教自我だろう:自我は自己の正当な拠り所をどこにもつのか

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

現代J人の異常さ・狂気であるが、それは、自我主義であることから来ていると考えられる。
 自我とは、陽であり、同一性であり、二項対立主義であり、他者の陰を否定するものである。
 つまり、自我VS自我となり、戦争状態なのである。ホッブズの万人の万人に対する戦争ということである。
 自我は自我を自我の正当さの拠り所にすると考えられる。つまり、独善なのである。自己は正しいという僭越さ、先入観、独断、妄想、傲慢等々があるのである。
 某国の腫症は超典型である。
 ここには、他者との対話関係が生じないのである。二項対立原理で、自己は正しく、他者は誤りであるという優劣二元論が作用するのである。 
 思うに、一神教の場合は、自我を超えた、超越神・唯一神が存するのであるから、それが、正当さの根拠になるから、まったくの自我独善とはならないだろう。 
 しかるには、J人の場合は、一神教ではないので、超越神・唯一神に当たるものが、自我に内在すると思うのである。
すると、これは、超一神教・超唯一神となるのではないだろうか。
 J人の一人一人が、超超越神、超唯一神になっているのである。これでは、超異常・超狂気にならない方がおかしいだろう。
 今は簡単な指摘に留める。





こころ=精神=氣=霊(スピリット:der Geist)

テーマ:唯物科学から物質包摂の氣サイエンスへ

多忙なので、後で検討したい。
 ところで、だんだん、私の内的世界における結構が見えてきた。こころ(心ではない)は精神であり、それは、氣であり、また、霊・スピリットである。
 霊・スピリットというと、普通、引いてしまうが、何て言うことはない、自分の内面に端的にあるものなのである。
 こころ(ココロ)は、胸というか、心臓にあると思う。英語のheartは的確である。フランス語のcoeurもそうだ。古い言い方では、心の臓である。
 こころ=精神=氣=霊・スピリットである。どうして、こんな簡単なことがわからなかったのだろうか。
 それは、近代の主知主義、近代合理主義、唯物論、利己主義に囚われていたからである。
 そう、ベースに肚があり、トップに頭があり、中間に均衡部として、こころがあるのである。こころで、バランスを取るのである。
 もちろん、健康のためには、これに身体理性をもつ必要があるのであるが。
 今は簡単な説明に留める。

追記:ロマン主義は、heartの中心的意義を、reasonに対して、唱えた。しかし、これは、二項対立である。
 そうではないのである。こころを中間点として、頭と肚の均衡を取ることが重要なのである。こころと理性は対立させてはいけないのである。
 だから、ロマン主義は、肯定的な面と反動的な両面をもっていたと言えよう。
 そう、肚のベースに気付かないと、heartとreasonは対立するのである。
 肚とは、陰であり、頭は陽であり、こころは、太極的均衡点なのである。

追記2:魂であるが、それは、こころに近いがこころのより情的な側面、つまり、こころの陰的側面を指すと言っていいだろう。


   




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カレンダ
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