INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2013/10/30

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2013年10月30日(Wed)▲ページの先頭へ
太元霊氣知行学から太極PS理論へと進展?:太元霊から氣への次元転換力学について
画像付きは以下を見られたい。
http://sophiology.jugem.jp/?eid=350

太元霊氣知行学から太極PS理論へと進展?:太元霊から氣への次元転換力学について

テーマ:太玄霊知行学:太玄霊的生命イデア知行学

今はポイントだけ言う。
 太元霊は太水とも呼び、陰陽未分化様態(混沌)と述べた。
 思うに、ここから、陰極と陽極に分極化して、同時、氣が発動すると思われるのである。つまり、氣、即、陰陽対極性である。
 これは、陰陽未分化状態から、陰の要素、陽の要素がそれぞれ、分立し出した結果、極性が形成されるということだと思われるのである。
 しかしながら、根源の一体性は残っているのである。しかしながら、その一体性であるが、もう未分化的一体性ではなく、分極化した一体性である。
 図式化すると、

1)太元霊∞:陰陽未分化=太水:未分化的一如

2)氣・陰陽対極性☯:陰陽的一体性

となる。
 いわゆる、太極(根源的一元性)であるが、それは、1を指すのであり、2の陰陽的一体性ではないと当然考えられる。
 さて、以上のように考えて、ガウス平面+オイラーの等式の等号による前期PS理論をまた、考えてみると、1の太元霊に当たるのは、ガウス平面の原点と見ることできるのではないだろうか。
 前期PS理論においては、MP(Media Pointメディア・ポイント:media point http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10037824543.html)とガウス平面の原点を呼んでいたが、太元霊をそこに置くのであれば、もはや、MPではない。根源的一元点であるからである。メディアとなる点ではないのである。
 だから、太元点、太玄点と呼ぶことができよう。そのように考えると、前期PS理論はまだ生きていることになるのである。
 というか、太元霊氣知行学の視点をそれに加え合わせることで、前期PS理論が発展することになるのである。
 それを太元PS理論、太元霊PS理論、太元霊PS理論、太元氣PS理論等と呼べよう。
 しかしながら、そのように考えると、まったく正統的な太極陰陽論の基本構造と変わらないことになろう。
 つまり、太元霊を太極と見ればいいのである。
 なにか、お釈迦様の掌の上を知らず移動していたというようなことになる。
 ただし、陰陽未分化⇒氣=陰陽対極性⇒生命物質体という陰陽力学を数哲(数学哲学)的に解明したという点は創造的であると言える。(追記:以下のような図式が成立したのである。

太玄霊氣知行学(太元氣原理仮説)の簡単な図式:民族存亡の放射能地獄の黙示録
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11657862577.html

 T:∞:太玄霊(太元氣):陰陽未分化:
     メビウス太水:ウロボロス

⇒U:☯:氣(陰陽対極性:「水」☯「火」)

⇒V:♁(氣的生命有機体:生命物質体)

⇒W:⊖(陰陽二元論):自我ー純物質体(唯物論世界)) 

とまれ、そうなら、理論名を明快に、太極PS理論とすることが適切ではないだろうか。

追記:MPは、陰陽対極性から生命物質体へと次元変換するときのポイントとして見られると思う。つまり、陰陽から生命現象への次元転換点である。
 そうならば、以前、MP1とMP2に分けたが、前者はもはや成立しないのであり、太極点があり、かつ、MPがあるということになる。そして、両者は原点に存すると言えるが、当然、同じものではない。
 つまり、原点は二層構造である。当然、不連続な二層である。
 しかし、正確に言えば、三層である。1:太極点と2:陰陽共振点と3:陰陽現象次元転換点の三つの点が重なっていると言えよう。
 この点については後で検討したい。

参照:
太極から八卦ができるまで | 易経ネット

太極から八卦ができるまで

易は宇宙間における一切の事物や事象の意味とその変化とを六十四卦に分けて説明しているのですが、それでは一体この六十四卦そのものは、どのような経路をとってできたのでしょうか。十翼のひとつで易の本質を解説した『繋辞伝 (けいじでん)』には、「易に太極有り。これ両儀を生ず。両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず。八卦は吉凶を定め、吉凶は大業を生ず」とあります。

つまり、易の根源は太極である。太極は両儀(陰陽)を生み、陰陽は四象(老陽、少陽、老陰、少陰)を生み、四象から八卦が生じた。八卦は吉凶を定め、吉凶の判断にもとづいて行動することによって、大きな業をなし遂げることができる、というのです。ここに、易の成り立ちが説明されており、それを図示すると、つぎのようになります。
[太極図]

太極図
太極について

太極つまり極めて大きなもの。はじまりであり混沌、根元であるそれは、陰でもなく陽でもなくはっきりした象になる前の何ものか、あるいは無。かなり漠然としていますが、要するにこの世界のすべてであり、易の本体でもあります。この太極をぬきに易は語れません。また太極は、その根源性から数字の一としたり、北極星にたとえられたりもします。老子は太極の前に、無極があるとしました。
両儀について

さらに太極が両儀、つまり陰陽という相互対立的な活動を生んだと考えられました。陰陽というと古めかしく聞こえますが、要するに、陽とは積極的・剛強的なものを指し、陰とは消極的・柔弱的なものを指します。電気でいうとプラス(+)とマイナス(-)の関係であり、一般的な事象としては、男性と女性、表と裏、昼と夜、充実と空虚、勝利と敗北、動と静、進むと退く、奇数と偶数、夏と冬、太陽と月、天と地などです。世の中のすべてのものがこの陰陽から成り立っているとするのが易の考え方であり、この陰陽が易の基本となります。
[陰陽の例]
自然界 天と地、太陽と月、昼と夜、夏と冬、火と水
人間界 男と女、親と子、夫と妻、君子と小人、君と臣、主役と脇役
性質 剛と柔、明と暗、大と小、強と弱、善と悪、積極と消極、奇数と偶数
位置や動き 表と裏、上と下、内と外、開と閉、動と静、気と形、借方と貸方

易では、この陽と陰とを算木(さんぎ)の符号をもってあらわし、一本の切れていない算木 陽 を陽とし、一本の切れている算木 陰 を陰と呼びます。それにしてもこの奇妙な符号が、もともとどのようにして生まれたのか、今日まで論議の的でありましたがいまだに定説はありません。学者の中には、連続と切断をあらわすという説、亀の甲を焼くときにできるひび割れ説、陽 は太陽、陰 は月とする説などがありますが、古代の生殖器崇拝から男女の生殖器を象徴したものとする説が有力です。

気は、易経より後の戦国時代に生まれた概念で、エネルギーの極小粒子(活動子)をいいます。これが陰陽説と結びつき、陰気、陽気という陰陽の働きを表すものとなりました。たとえば、夏という季節は陽の代表的な季節ですが、真夏(夏至)には陰の気を内包しており、時間とともに陰の気が長じ、陽の気が減って秋から冬に変わっていきます。冬至は、純陰の季節ですが、一陽来復して春に向かうのです。人でいえば、生まれた時は親の子として陰であり、結婚すると男は陽、女は陰、親になると子に対して陽となります。このように、場所、位置、時間などによって、陰陽は変化します。これを図式化したのが太極・陰陽の図です。

[太極・陰陽の図]
太極・陰陽の図

外の大きな環が太極、環の中の白が陽、黒が陰で、ウロボロス(自分の尾を食う蛇、再生の象徴)のように右回りに循環しながら、陽が増大したり減少したりしていくのです。陽の中に黒点があるのに注意して下さい。季節のめぐりに置き換えれば、分かりやすいでしょう。陰と陽は最初は等価値だったようですが、しだいに陽を上位に見るようになりました。陽尊陰卑(男尊女卑)の表れといえます。

http://www.ekikyo.net/contents/dekirumade.html




易経ネット


十、太極図の起源と演変 - ようこそ![CORY-P.COM]
www.cory-p.com/chen/stc/10.html - キャッシュ - 類似ページ
しかし、太極図はどこから来ているのでしょうか?《繋辞》には『河出図、洛出書、聖人則
之』と書かれています。其の意味は『黄河から図が出て、洛河から書が出た、聖人(中華
民族の祖先伏羲氏)河図洛書に基づいて太極図を推演した』という…つまり、太極図は ...



陰と陽 LV3 太極と陰陽4つの性質 - macrobi papa
macrobi.livedoor.biz/archives/50751169.html - キャッシュ - 類似ページ
2006年10月20日 ... 太極図って冒頭で出した、韓国の国旗みたいな表です(↓)。 たいきょくず 太極図とは円
の中に対極にある陰と陽の動きを表した古い文様で、円は 【無極むきょく】を表し、宇宙
の完全な統一性とすべての始まりを意味します。 陰は黒、陽は白で ...


 ■太極図■

 この【4つの法則】は、【太極図たいきょくず】の中に見ることができます。
太極図って冒頭で出した、韓国の国旗みたいな表です(↓)。

           たいきょくず







太極図とは円の中に対極にある陰と陽の動きを表した古い文様で、円は
【無極むきょく】を表し、宇宙の完全な統一性とすべての始まりを意味します。

陰は黒、陽は白で描かれています。
交わることのない黒と白は『陰陽の対立』を、
対になった2つの形は『陰陽の依存』を表します。

「陽」は広がり「陰」の中に吸収され、「陰」もまた「陽」の中に呑み込まれます。
これを示す頭が大きく尾が細い形は、『陰陽の消長』を表します。

太極図の一番卓抜したアイデアは、「陽」が中心部に向かって、最も盛んになろうとするときに「陰」の目が生まれることです。
白のオタマジャクシの中にある<黒い点>のことですね。
また、「陰」にも同じく「陽」の目が生まれます。
この目は【極化点きょくかてん】といい、『陰陽の転化』を表します。

対極の力を中心に抱いて互いに互いを取り込んで、生成流転を繰り返していく、
決して一方に偏ることのない「中庸」の姿をあらわします。
この陰と陽の変化の中から万物が生まれるという考え方を【太極思想】といいます。


このように宇宙や自然現象などの大きなものから、お米一粒の小さなものまで
すべてが陰と陽を含みます。
すべての変化はそのバランスの変化が引き起こしているのです。
人間の健康や性格までもがそのバランスで、良くも悪くもなるのです。

「食」を通じて陰陽のバランスを整え、健康で充実した人生を送る。
これが「食養生」の神髄であり、マクロビオティックに受け継がれた基礎です。
http://macrobi.livedoor.biz/archives/50751169.html
マクロビパパの奮闘記

易学から陰陽説 - 八卦とは - 東洋・西洋占星術 - Western-Eastern ...
astrology.neoluxuk.com/hisei/index.php/Cat1No/A100/ - キャッシュ - 類似ページ
太極図の意味. 太極図 図1 太極図. 太極図とは、図1に示す通り、おなじみの陰陽の
図形のことですが、この太極図こそ『易学』の思想の原点とも言える図です。 太極図は、
黒と白、即ち陰と陽から構成されていますが、黒の中には白い点が、また白の中には
黒い ...

陰陽論
www.hanachi.com/shop/hanachi/philosophy/yinyang.htm - キャッシュ - 類似ページ
当初考えられていた陰陽の意味は非常に素朴なものでした。 太陽の光を受けたとき,日
の ... 右図は太極図(太極マーク)と言います。 白い部分、と黒い部分を魚に ... 右図で
白い部分は、「陽」を表し、黒い部分は「陰」を表します。 大きな白い部分の中に、黒い点
...


テトラクテュス達成:1,11,111,1111のカーナンバー目撃
画像付きは以下を見られたい。
http://sophiology.jugem.jp/?eid=349

テトラクテュス達成:1,11,111,1111のカーナンバー目撃

テーマ:日本復活の新福音:吉祥、朗報、吉報

せいぜい、30分くらいだろう。もっとも、国道沿いを10分ほどは往復したことにも拠ろうか。
 最後1が出るのかどうかであった。それまで、11,1111,111が出たのである。3度目の正直か思ったが、最後、今日も後1台が出ずに終わるかと思っていたが、最後、ダンプトラックの1が登場したのである。達成である。
 最近は運気がいわば奇蹟的であったが、今日がアクメと言えよう。
 とまれ、思えば、1,11,111,1111は、ピュタゴロス派のテトラクテュスである。 
 太元霊は、ピュタゴラス派、数霊哲学を伝えているのかもしれない。あるいは、日月神示である。
 そう、かつて、正倉院の螺鈿紫檀五弦琵琶にテトラクテュスを見つけて、何でここにあるのかと、意想外さに驚愕したことがあるが、以下の説明を見ると、和音に関わるということなので、今納得である。
 しかし、ピュタゴラス派の哲学は古代ペルシャ、そして、日本まで伝っていたことになる。

参照:左の画像にあきらかに、テトラクテュスがある。
五弦琵琶

Resurrection : ヤポネシア、夜明けと目覚めの光楽:太玄霊氣知行学(太玄霊的生命イデア論)


永田平八のリュート広場 Place Luth

http://blog.goo.ne.jp/lute21jp/e/c5435b816e2205457b1b3da1ef48cafa

参考:
ピタゴラスについて、テトラクテュスとは - 神秘学が教える、あなたの人生 ...
amorc.or.jp/blog/2012/02/post-1.html - キャッシュ - 類似ページ
2012年2月20日 ... ピタゴラス(ピュタゴラス)は宇宙が数からできていると考えました。そして、特にその
中でも1,2,3,4が重要な数であると考え、それを「テトラクテュス」(テトラクティス)と呼
びました。

ピタゴラスのテトラクテュス

Resurrection : ヤポネシア、夜明けと目覚めの光楽:太玄霊氣知行学(太玄霊的生命イデア論)


神聖なる数「10」 〜テトラクテュス〜|数学美術館 - Ameba
テーマ:★数学美術

こんにちは。

パーソナル数学コーチの八田陽児です。



上質が分かる知識人のための数学美術館 -テトラクテュス
その昔、10は神聖な数とされていました。

右の絵をご覧下さい。

これは●が並んでいるだけではありません。

●が1つ、2つ、3つ、4つ。

この形をテトラクテュス(Tetractys)といい、

完全なる形と考えられていました。

正三角形という美しい形が、自然数の和によって表せるのです。



また、音楽においての調和、和音も説明が出来ます。

音楽において、ハーモニーは、振動数が1:2、2:3、3:4のときにうまく調和します。

それがこのテトラクテュスには書かれているのです。



古代ギリシァにおいて、万物は数で出来ていると考えられていました。

テトラクテュスは、そんな世界を象徴するものかもしれませんね。

http://ameblo.jp/interesting-math/entry-10645822679.html
数学美術館


哲学講義6 -ピタゴラス派-

(1)数学研究 -幾何学・天文学・音楽・天体の音楽-
ピタゴラス派にとっては、10という数は神聖な数で、
たとえば、正三角形は、一辺が4個の格子点からなり、辺内に1個の格子点のある、
計1+2+3+4=10個の格子点から構成されていると見ることができます。
これをテトラクテュスというのですが(図がないとなかなか説明しにくいです)、
このテトラクテュスは、ピタゴラス派にとっては、正三角形という美しい形が、
単純な整数の和によって表現できることを意味しました。
このテトラクテュスは、以下に見るように、音楽や天文学とも密接に関わっています。
 
音楽についていえば、弦の長さと和音との間に美しい比例関係があるのを見出しました。
つまり、一オクターブの和音(ドとド)は長さが2:1の関係にある弦によって作られ、
5度の和音(ドとソ)は長さが3:2の弦、
4度の和音(ドとファ)は長さが4:3の弦によって作られるということです。
これは1:2、2:3、3:4と書き換えられますから、
先のテトラクテュスがここにも現れていることになる、というわけですね。

天文学について言えば、宇宙の中心に「火(かまど)」があって、
その周りを太陽や月、地球など、10個の星が回転していると考えました。
つまり、ピタゴラス派はいわば「地動説」をとっていたわけです。
しかし、実際には、9個の惑星しか観測されなかったため、
「対地星」という観測されない星が存在すると仮定して、
無理やり10個の星が回転しているとしました。

ここで、地上では物体が早いスピードで動くとき、ビュン、というような音をたてます。
とすれば、天体は地上の物体とくらべてもっと早いスピードで動いていると考えられますから、
地上の物体とくらべてもっとおおきな音をたてて動いているはずです。
しかも、例の「かまど」に近いものは遠いものよりゆっくり動くので、比較的低音をたて、
かまどから遠くなるにしたがって、その割合に応じて高音をたてる。
そしてそれらの音が全体として美しい和音・音楽を奏でている。
私たちにその美しい音楽が聞こえないのは、
生まれたときからそれを何度も聞いているうちに、それに慣れっこになってしまい、
とうとう聞こえなくなってしまったのだ、ということです。
これが「天体の音楽」(ハルモニア・ムンディ)と言われる思想ですが、
この思想の言わんとしているのは、次のことであるように思えます。
つまり、天体の音楽は、肉体の耳できく物理的な音ではなくて、
理性によって聞き取られる「理(ことわり)」のこと。
わたしたちは、若いうちは純真なこころでそうした「理(ことわり)」に傾ける耳を持っている。
しかし、年を経るにつれて、世の中の俗事に染まり、純真さが失われ、
そうした理を聞く耳をうしなってしまった。その結果、物事の理が聞こえなくなってしまった。

以上まとめると、ピタゴラス派にとっては、図形、音、天体、といった世界の存在者が、
すべてテトラクテュスに還元され、宇宙全体が簡単な数・数比によって表されます。
このことから、ピタゴラス派は、
万物は数を模倣することによって存在する、万物の原理は「数」である、と考えました。
そして、宇宙(=世界)は数によって秩序づけられた美しい存在であるという意味で、
これを「コスモス」と呼びました(cosmos =宇宙、秩序、飾り)。

http://matsuura05.exblog.jp/d2004-02-06

古代ギリシア哲学と現代倫理学のページ


   




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カレンダ
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