INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2013/07

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




[PR]



2013年07月28日(Sun)▲ページの先頭へ
日本の大地とは何か:縄文的自然:地霊の波動
日本の大地とは何か:縄文的自然:地霊の波動

テーマ:森の哲学:気超科学:ゼロ地場と聖地

今日、最近見つけた貯水池(沈澱池)の畔で過ごした。
 折りたたみアームチェアで、ボーっと過ごした。
心地よい風に吹かれ、また、近くの畑地や遠くの山を見て過ごした。
 弛緩して、半意識状態であった。
 さて、その後、近くのスーパーに行って来たが、途中、地霊ということを考えた。確かに、私が今日過ごした緑濃き土地一帯には、地霊と呼びたいものを感じたのである。
 そう、なにかこわいものである。怖いもの。畏怖すべきものだろう。分厚い強い波動、霊気のようなものを感じた。
 とまれ、緑の大地のこのような力への畏れは、思うに、かつて、奈良の吉野で感じたものに近いかもしれない。吉野では、山地に蠢く龍のような、不気味なものを感じたのである。それは、確かに恐怖であった。
 しかし、今日感じたものは、恐怖というよりは、畏れである。
 合理的知性では捉えられない力の存在である。思うに、これが、縄文の霊なのではないだろうか。
 大陸の合理的精神をもった渡来人は、恐怖を感じたと思う。
 それは、古事記に書かれているだろう。
 また、それは、ゲルマンの暗い森に遭遇して感じた古代ローマ人の恐怖に近いかもしれない。
 とまれ、大地の霊、濃い緑の大地の霊力と言いたいような波動である。気という言葉では弱すぎる。地霊というより、大地霊である。土霊である。

参照:
第25 国譲りという名の侵略を考える前提問題 - point.ne.jp

鈍感な人たちがいまだに国譲りと言う

 さてさて,やっと,国譲りという名の侵略です。実際には,天菩比神(あめのほひのかみ),天若日子(あめわかひこ)が役立たずだったので,建御雷神らを派遣して侵略となるのですが,私は,その全体を,国譲りという名の侵略といいます。

 ところで,一般には「国譲り」という文言が使われています。しかし誤りです。私は,「国譲りという名の侵略」という言葉を使います。その,叙述と文言にあまりにも鈍感な精神が許せないからです。さらに,時代精神にも鈍感だからです。さらに,そうした鈍感さは,世の中に害毒をまき散らすからです。

 古事記にも日本書紀にも,「国譲り」という文言はありませんし,そんなお話など,どこにも書いてありません。

 日本書紀を見てみましょう。そのころ葦原中国は,「多に(さわに)蛍火(ほたるび)の光く(かがやく)神,及び蠅声なす(さばえなす)邪しき神(あしきかみ)あり。復(また)草木咸に(ことごとくに)能く(よく)言語有り(ものいうことあり)」。すなわち葦原中国は,蛍火が輝くような多くの神がおり,蠅のように小うるさい邪神がたくさんおり,草木さえもものを言って人を脅かすような国だったのです。
 そこで高皇産霊尊は,「八十諸神(やそもろかみたち)を召し集へて」,「吾(われ),葦原中国の邪しき(あしき)鬼を撥ひ(はらい)平け(むけ)しめむと欲ふ(おもう)」と述べ,誰を派遣したらよかろうかと問うたのです。

 まるで,鬼ヶ島の鬼退治ですね。未開の地に対する軍事的侵略。キリスト教の看板を掲げたヨーロッパの植民地主義みたい。人類共通のお約束の構図。人間ふぜいがやることは,1000年たっても同じなんですね。

 古事記を見ましょう。天菩比神の次に派遣される天若日子は,天之麻迦古弓(あめのまかこゆみ)と天之波波矢(あめのははや)という武器を携行します。次の建御雷神(たけみかづちのかみ)は,武神であり雷神です。この神は,大国主神に対して,十拳劔(とつかのつるぎ)を逆さまに立て,胡座をかいて,「汝がうしはける葦原中国は,我が御子の知らす国と言依(ことよ)さしたまひき。故,汝が心は奈何(いか)に。」と問いかけます。お前が治めている葦原中国はわが皇子が治める国との命令があったが,お前はどうするんだ,なんていう意味です。内容は,日本書紀も同じようなもんです。

 恫喝そのものですね。現代なら強盗か恐喝か。もっと大きなことを言えば,一方的な宣戦布告です。イラク戦争前夜のアメリカの態度と同じです。

 逆らった建御名方神(たけみなかたのかみ)は,腕をへし折られ,諏訪湖まで逃げていき,生涯そこから出ないと,誓わねばなりませんでした。「恐し(かしこし)。我をな殺したまひそ。」というのが,彼の命乞いです。建御雷神は,高天原に帰り,葦原中国を「言向け和平(やわ)しつる状」を「復奏」したのでした。将軍の凱旋と申せましょう。

http://www3.point.ne.jp/~ama/old/25.html
日本書紀を読んで古事記神話を笑う・初版 - point.ne.jp
by 天 語 人 (あまがたりびと)
日本書紀を読んで古事記神話を笑う - point.ne.jp

今回の改訂新版は,「古事記神話を笑う」という点から,「日本神話を解明する」という点に,軸足が移っている。
 我田引水かもしれないが,論述は,より体系的で,全面的になっている。

 古事記の「へんてこりん」を訴えた初版と違い,日本神話を,ほぼ全面的に論じたものになっている。

 そんなわけで,この改訂新版には,「物語読者として日本神話を解明する」という副題をつけた。


改訂新版の読書案内(1)

 初めて読む方は,

「第19 日本神話の故郷を探る」
「第23 日本神話の体系的理解(日本書紀を中心に)」
「第24 日本神話の構造と形成過程」
「第30 日本神話のコスモロジー」
「第43 アマテラス神話は確立していない(日本書紀を中心に)」
「第70 古事記独特の三種の神宝」
「第77 日向神話の体系的理解」
「第79 三種の宝物再論」
「第80 日本神話の大きな構成(三輪山のオオナムチとの出会い)」

を,まず最初に読んでいただきたい。

 これで,日本神話の全体像が得られるだろう。

 次に,

「第25 生まれたのは日の神であってアマテラスではない」
「第26 日の神の接ぎ木構造」
「第34 日本神話のバックグラウンド・縄文から弥生への物語」
「第35 海洋神アマテラスと産霊の神タカミムスヒ(日本書紀を中心に)」
「第36 支配命令神は誰なのか(ねじれた接ぎ木構造)」
「第37 アマテラスとタカミムスヒの極めて危うい関係」
「第45 異伝に残された縄文の神スサノヲ(日本書紀を中心に)」
「第49 オオクニヌシの王朝物語」
「第52 偉大なるオオナムチ神話(大八洲国を支配したオオナムチ)」
「第59 『皇祖』『皇孫』を奪い取る『皇祖神』タカミムスヒ(国譲りという名の侵略の命令者)」
「第61 古事記における命令神(国譲りという名の侵略の命令者)」

 これで,日本神話のたて軸が理解できるだろう。

 古事記に対する批判はいらない,日本神話の全体像をとりあえず知りたい,という方にもお勧めしておく。

http://www3.point.ne.jp/~ama/


ヤハウェ父権自我=戦争破壊原理VS太陰母権=平和共生原理:知性=感性=気性三位一体太陰イデア秩序
テーマ:太陰イデア論:哲学的超科学理論(仮説)

私は、予想では数年後、空間形成力学の問題がクリアされたら、太陰イデア論(太陰イデア原理、太陰イデア理論)の本を書くつもりであるが、哲学的問題はほぼ解明できているのである。
 結局、最近の検討によって、自我と太陰の根本的対立が明確明快明晰鮮明鮮烈になった。
 自我とは、ヤハウェ父権自我であり、太陰とは肚にベースがある母権的原理である。それは、知性・感性・気性の三位一体の原識(元識・源識)である。
 当然、人間の心(精神、スピリット)並びに身体の原点は後者にあるのであり、前者はその不連続な派生物に過ぎない。
 そして、西洋文明はユダヤ・キリスト教によってヤハウェ父権自我を強固に体現しているのである。(もっとも、西洋文明は、占星術的文明論に拠れば、双魚宮[魚座]文明であり、物質と心の折衷文明である。ポスト双魚宮文明がいわゆる水瓶座[宝瓶宮]文明である。それは、精神が主導権をもつ文明であり、精神主導に物質との調和が形成されると考えられる。それは、心的波動の文明である。新太陰文明となろう。)
 太陰から不連続に形成されたヤハウェ父権自我であるが、これは、同一性の原理であり、それは、他者=太陰=母権を破壊するのである。端的に、有り体に言えば、悪魔の原理である。シュタイナーで言えば、アーリマンの原理である(シュタイナーはヤハウェがアーリマンであるとは決して言ってないが。シュタイナーはヤハウェがキリストの裏返しとは言っているが。)。
 ヤハウェ父権自我原理が、近代科学・唯物論・近代合理主義、金融資本主義を産み出した原理と考えられる。それは、自然破壊原理でもある。いわば、自然の鬼っ子、悪鬼である。
 先の議論から太陰は知性=感性=気性三位一体原理であるが、ヤハウェ父権自我原理は同一性原理で、それは、太陰の知性を同一性視点から掬い取っているのである。
 カントの超越論性、超越論的形式、悟性(知性)であるが、それは、本来、太陰の知性=感性=気性の知性を自我側から切り取っている形式ではないだろうか。自我は同一性形式であるが、超越論性は太陰性ということだと思う。
 (そう、悟性・知性を自我の縛りから解放し、本来の太陰的三位一体【知性=感性=気性】を新しく形成すれば、人類は新しく生まれ変わることになるのであるが。)
 今日、ヤハウェ父権自我原理と新母権太陰三位一体原理の闘争が行われていると言えよう。
 現代日本人は大半がお馬鹿で、前者に染まってしまっている。とりわけ、都会人、支配層、文化・知識人・大学人である。
 この内因はこれまでの私の考えでは、日本人の二民族性のうちの父権民族である。二民族とは、ベースの母権民族と舶来の父権民族である。そして、明治維新と敗戦後米国支配によって、後者が支配的になり、民衆はそれに染まって行ったと考えられるのである。
 結局、今日の日本の民族存亡をかけた闘争は、人類史的なものであり、父権文明VS新母権文明である。これは、ハルマゲドンである。世界最終闘争である。
 そう、ヤハウェ父権自我原理文明とは戦争文明、破壊・破滅・自滅文明であり、新母権太陰三位一体文明とは平和文明であり、共生・構築・調和秩序の文明である。
 今はここで留める。


2013年07月24日(Wed)▲ページの先頭へ
言葉とは何ぞ哉?:言葉と音楽:五大にみな響きあり:初めに言葉(ロゴス)ありき
言葉とは何ぞ哉?:言葉と音楽:五大にみな響きあり:初めに言葉(ロゴス)ありき

テーマ:language

私は英語や英語の歌に接することが多いが、日本語や日本文化の問題のある点が見えてきた。
 それは、意外かもしれないが、今日の日本語の音楽性の欠落である。
 話し言葉にしろ、書き言葉にしろである。
 社会の狂いは、言葉の狂いと通ずるだろう。
 とまれ、今は一言である。
 明らかに日本人は、音楽的ではない。(それともそのようになってしまったのかもしれないが。)
 日本文化は音楽より美術の方がはるかにすぐれている。もっとも、琳派をみると、絵画が実に音楽的であるが。(日本の美術の問題は、そう、文学を含めた日本文化の問題でもあるが、イデーが弱い点である。感性にイデーを溶け込ませるのが下手である。この点はいつか詳述したい。)
 ニーチェの名著『悲劇の誕生』ではディオニュソスからアポロが生まれことが述べられているが、それは実に天才的洞察である。
 これは、太陰イデア論から言えば、太陰から陽が生まれるということに言い換えられる。
 そして、ディオニュソスは音楽であり、アポロは美術であった。つまり、音楽から美術が生まれるということである。もっとも、ニーチェは悲劇(アポロとしての)の誕生の力学を説いたのだが。
 ということである。ディオニュソス=太陰が根源なのである。
 しかし、日本人は父権化して、アポロ化して、つまり、自我化して、根源のディオニュソス=太陰を喪失しているのである。
 植物で言えば、根が大地から引き抜かれている状態である。
 本題に入れば、結局、言葉もアポロ=陽であり、それは、ディオニュソス=太陰が根源に本来なくてはならないということである。
 私は直観(これが言いたかったことである)では、言葉は太陰と結びついているということである。言葉によって、太陰が形成されるのではないかと、また直観されるのである。
 いったい言葉とは何か。
 ヨハネ福音書は初めに言葉(ロゴス)ありきと述べている。ラカンは無意識は言語のような構造をもっていると述べている。空海は五大に響きありと言う。響きは一種の言葉であろう。そして、デリダはエクリチュール(書記言語)を根本性を言う。
 私は言葉はアポロ=陽であると言ったが、アポロ=陽とは、ディオニュソス=太陰の変容したものである。
 そう、ディオニュソス=太陰=イデアの個体化である。一つ現象である。しかしながら、悟性(知性)と結びついた現象である。
 そう、正に、アポロ=陽の象徴である。
 秩序、コスモスだと思う。言葉は根源がカオスなら、秩序化=コスモス化である。
 そう、アートと言っていいのである。言葉の狂いは、芸術の狂いである。それは美の喪失である。
 言葉を失った日本人は今や、動物の次元に堕したのである。
 人間獣の日本「人」である。日本人獣である。
 まだ、うまく言えていない。
 思うに、言葉は単にアポロ=陽だけでなく、ディオニュソス=太陰ではないだろうか。
 初めに言葉(ロゴス)ありきの言葉である。
それは、何か。それは日常の言葉ではない。
 言霊?
 それは語弊があると思う。確かに、それは近い。
 言葉は音声と同時に文字となり、映像である。
つまり、ディオニュソス=太陰とアポロ=陽の結合と言えるように思う。
 単に、アポロ=陽ではないのである。また、ディオニュソス=太陰、そのものでもないだろう。
 「光あれ」
 つまり、アポロ=陽を形成するために必要な創造活能ではないだろうか。
 つまり、森羅万象は言葉、創造活能としての言語をもっているのではないだろうか。単に、現象ではないのである。そこには、気と同時に、創造活能言語があるのではないだろうか。
 さらに言えば、気は創造活能言語を結びついているのではないだろうか。私は生命知活能と要っているが、この知の部分に創造活能言語があるのではないだろうか。
 そうならば、気=生命創造言語的活能ではないだろうか。

五大にみな響きあり

空海について : 風景の素描
空海について

五大皆響き有り
十界に言語を具す
六塵悉く文字なり
法身は是れ実相なり

現代語訳「五種の存在要素(五大)には、みな響きがある。十種の世界(十界)は、言葉をもっている。六種の認識対象(六塵)は、ことごとく文字である。さとりの当体(法身)とは、実相のことである。」

空海(774-835)は真言宗の開祖で、多くの著作を残した。上の言葉は「声字実相義(しょうじじっそうぎ)」の中の言葉である。

空海によれば、世界の根源あるいは根底には「大日如来」がある。大日如来とは、大いなる光、無色透明の純粋な光である。

この大いなる光が、渦を巻き、螺旋を描きながら(マンダラに描かれているように)、多種多様に生成変化したのが、世界である。

大日如来は言葉(真言)を通じてたえず説法している。それを「法身説法(ほっしんせっぽう)」という(あまり擬人化して考えないように)。

では、大日如来の説法とはどのようなものだろうか。

「五大皆響き有り」。この言葉が出てくる瞬間、体験があるとすれば、それはどのような体験だろう。五大とは、地水火風空のことで、簡単に言えば、森羅万象のことである。森羅万象にみな響きあり、と言える体験とはどのようなものだろうか。

かつて奈良のあまり高くない山に登ったことがある。山頂に立ったとき、青空の下、はるか向こうまで山並みが広がっていた。そのとき、しーんとした底知れぬ静けさを感じた。空があり、山がある。そして自分がいる。ある、という存在感をつよく感じた。「五大皆響き有り」とは、森羅万象があるということへの感動の言葉のように思える。そういう意味で壮大な言葉のように思える。

大日如来の説法とは、「ある」ことの奥深さを説いているような気がする。

(引用、参考文献)
空海コレクション2/宮坂宥勝 監修/ちくま学芸文庫
密教/松長有慶/岩波新書
http://skyinblue.exblog.jp/4673955

風景の素描

1.
空 海 の 名 句 (其の十二)
singetu.ddo.jp/kuukai_meiku/12.htm - キャッシュ
地・水・火・風・空の五大からなる森羅万象には、皆、心理を語る響きがあり、地獄・餓鬼・
修羅・人・天・声聞・緑覚・菩薩・仏の十界 ... 他の仏教にもまして神秘体験を重視すると
みなされがちな密教が、そうした主張すること自体、門外漢から見れば、一個の矛盾と ...
2.
空海について : 風景の素描
skyinblue.exblog.jp/4673955 - キャッシュ
五大皆響き有り十界に言語を具す六塵悉く文字なり法身は是れ実相なり現代語訳「五種
の存在要素(五大)には、みな響きがある。十種の世界(十界)は、言葉をもってい...
3.
第3章思想編 空海の独自思想 5: 空海とNLP・SFA・ナラティブ / 仏教 ...
www.performanceship.com/kotoba/2010/03/post-34f9.html - キャッシュ
ここで空海がいう声字とは、日常で使用される「言葉」とは異なります。空海は、「五大に
みな響きあり」と言い、世界の構成要素(の象徴)である地・水・火・風・空の響きそのもの
に「声」を見いだしています。 すなわち、この世界のすべて(森羅万象)の響きすべてを「 ...
4.
今日の納得お勉強ミニ。空海。五大にみな響きあり。六塵ことごとく文字 ...
blog.livedoor.jp/robinsonrobin/archives/7715623.html - キャッシュ
2013年2月3日 ... 今日の納得お勉強。 <m(__)m> 五大にみな響きあり 十界に言語を具す 六塵
ことごとく文字なり 法身これ実相なり 空海さ。 五大とは火、水、風、空、地。。 つまり森
羅万象、全部。 六塵とは、色、声、香、味、触、法。 法とは意。 ? 五感の ...
5.
五大にみな響きあり - 編集工学研究所
www.eel.co.jp/03_near/01_seigowchannel/.../0807mikyo.html - キャッシュ - 類似ページ
密教21オープンフォーラム 五大にみな響きあり 母なる空海へ. 三界の縁生は 幻化の
ごとくに留まらず、 四生の因起は 電泡のごとくに即ち滅す。 空海密教の方法に学び、21
世紀の精神文化を創造していくことを目的としてつくられた「密教21フォーラム」。
6.
商売繁盛!願望達成!! 「右脳活性 研究室」 五大に皆響きあり M156 ...
ettijouhouman.blog6.fc2.com/blog-entry-644.html
2008年6月1日 ... 五大にみな響きあり 十界に言語を具す六塵ことごとく文字なり 法身はこれ実相なり」
この言葉は、空海が『声字実相義』という著書の中に残されている言葉です。五大とは、
私たちの世界を構成する「空・風・火・水・地」のことで、十界は、地獄から ...
7.
五大にみな響きあり -エンサイクロメディア空海-
www.mikkyo21f.gr.jp/openforum/cat22/ - キャッシュ
五大にみな響きあり>--母なる空海へ--(ダイジェスト). 2001.10.6(Sat)密教21
オープンフォーラム『五大にみな響きあり』--母なる空海へ-- プロローグ満席の草月
ホールナビゲータ. ⇒記事を見る. 反響の声. 昨夜の草月ホールは、異様でした。赤坂の
小さなトポス ...
8.
「高野山真言宗 遍照山 光明院」仏教と現代 −the Sky and the Ocean−
ww35.tiki.ne.jp/~komyoin/buddhism-and-society201204.htm - キャッシュ
2012年4月21日 ... 五大に皆響きあり. 長野県・白糸の滝(光明院檀徒・藤井和子さん撮影). 「何か面白い話
をして」と知人に言われて、とっさに思いついたのが、形質人類学の話でした。 例えば、
人間はどうして言葉をこんなに操れるのか? それは脳が発達した ...
9.
CiNii 論文 - 空海は生きている 五大にみな響きあり--不世出の宗教家は ...
ci.nii.ac.jp/naid/40002299309 - キャッシュ
... 本をさがす ». 検索. 詳細検索. すべて CiNiiに本文あり CiNiiに本文あり、または連携
サービスへのリンクあり ... 空海は生きている 五大にみな響きあり--不世出の宗教家は、
時代を操るカリスマ・プロデューサーだった (特集 四国八十八ヵ所遍路の旅). 松岡 正剛
...
10.
五大に皆響きあり M156−1 - 商売繁盛!願望達成!! 「右脳活性 ...
d.hatena.ne.jp/news8/20080601 - キャッシュ
2008年6月1日 ... 五大にみな響きあり 十界に言語を具す六塵ことごとく文字なり 法身はこれ実相なり」
この言葉は、空海が『声字実相義』という著書の中に残されている言葉です。五大とは、
私たちの世界を構成する「空・風・火・水・地」のことで、十界は、地獄から ...


2013年07月23日(Tue)▲ページの先頭へ
今日の日本の袋小路は父権主義(ヤハウェ=自我主義)に拠る:太陰(肚)的母権主義が否定されている
今日の日本の袋小路は父権主義(ヤハウェ=自我主義)に拠る:太陰(肚)的母権主義が否定されている

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

一言。明らかに、今日の、日本の、いろいろな意味での、支配層は父権主義である。それは、極陽=自我=ヤハウェ主義である。それは、太陰(多神教)=他者=キリスト主義の否定である。
 そう、その意味で、日ユ同祖論は成り立つと思う。つまり、ヤハウェ主義の父権民族が太陰主義の母権民族の日本に到来して、日本国を作った。しかしながら、文化社会のベースは後者にあったのが日本という国である。
 しかるに、明治維新、敗戦後米国支配によって、ヤハウェの父権主義が基底・基層・原基の太陰の母権主義を否定抑圧するようになったのであり、今日がその末期症状と考えられる。
 二つの民族を考えなくては、そして、母権民族がベースであるということを認識しなくては、日本という国は理解できないし、滅亡を免れない。






PS理論批判:PS理論とは何であったか:数学的対称性ー陰陽極性理論としてのPS理論

テーマ:太陰イデア論:哲学的超科学理論(仮説)

後で検討したい。
 一言言うと、不連続的差異論が2004年に誕生して、2年後くらいに、PS理論(プラトニック・シナジー理論)へと進展した。
 それが、去年2012年まで続いた。その後、私は試行錯誤して、今は、太陰イデア論へと展開した。
 PS理論は、不連続的差異論を発展させる意味をもった、Kaisetsu氏(海舌 SeaTongue@Kaisetsu
http://blog.kaisetsu.org/)による数学をベースとした数学的哲学・科学仮説である。
 おそらく、6,7年、PS理論に関わった。しかし、昨年、私はそこから脱却・離脱した。
 理由は数学主導のために、哲学的考察が後追い、後付けになるという欠陥のためである。
 そう、虚数を導入したのは、実に鋭敏であったが、数学的対称性の概念に囚われてしまい、不連続的差異論の意味を積極的に展開できなかった。
 正負の虚数と陰陽極性が結びついて、一見実に整合的な理論と考えられたのである。(追記:凸i*凹i⇒+1というのがPS理論のコアの自己認識方程式である。そして、凸iを陽、凹iを陰とすれば、左辺が陰陽共振で、右辺を生命体と見ることが出来るのである。)
 しかし、さらなる発展を求めたとき、限界に達したのである。
 その後、Kaisetsu氏は、四元数(しげんすう)を用いて、PS理論を新たな段階にもたらした。それは、新PS理論と呼べよう。
 しかし、私はもはや、数学主導の理論には否定的であり、直観的思考に基づいた哲学的思考をベースにして、太陰イデア論を説いている。
 それはPS理論のもっていた数学的対称性・陰陽極性を乗り越えた太陰を中心とした哲学的理論である。
 哲学的科学理論と言いたいが、科学という用語が、物質主義を内包しているので、科学という言葉は使用できないのである。
 そう、超科学という言葉を使用するしかないだろう。故に、太陰イデア論とは、哲学的超科学理論(仮説)である。





内在性と内越(内在超越)性:ドゥルーズ&ガタリ哲学の内在哲学と不連続的差異論/太陰イデア論

テーマ:太陰イデア論:哲学的超科学理論(仮説)

太陰は太差であり、太一ではない:太コスモスと現コスモス:太陰と陽と物質の関係
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11578373941.html

直近で以上のように述べたが、これは、考えると、哲学的にきわめて重要な意義をもっていると考えられる。
 不連続的差異論の画期的意義に関係することでもある。
 つまり、不連続的差異論は基本的にはドゥルーズ哲学の根本的批判である。後者は連続性ないし連続的同一性(正しくは、微分=連続的差異)の概念をベース にしていることを批判したのである。連続性ではなく、不連続な差異をベースにすることを説いたのが、不連続的差異論である。
 そして、今、太陰が太差であると説いて、ドゥルーズ&ガタリの内在哲学を想起したのである。太陰イデア論は太陰の内在的超越性(内越性)を説くが、内在性そのものは説かないのである。
 確かに、内超性は内在性に入るが、超越性がないと、連続性が入ってしまうと考えられるのである。
 言い換えると、ドゥルーズ&ガタリの内在哲学は実は、内在連続的哲学であるということであり、それとは、太陰イデア論は異質なものであるということである。
 そう、太陰イデア論は内在超越的不連続的哲学、内超不連続哲学である。
 太陰イデア論になって、ポスト・ポスト・モダンが完成し、トランス・モダンとなったと言えよう。
 トランス・モダンとはポスト・オクシデントである。



内在性と内越(内在超越)性:ドゥルーズ&ガタリ哲学の内在哲学と不連続的差異論/太陰イデア論
テーマ:太陰イデア論:太陰プラトニズム

太陰は太差であり、太一ではない:太コスモスと現コスモス:太陰と陽と物質の関係
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11578373941.html

直近で以上のように述べたが、これは、考えると、哲学的にきわめて重要な意義をもっていると考えられる。
 不連続的差異論の画期的意義に関係することでもある。
 つまり、不連続的差異論は基本的にはドゥルーズ哲学の根本的批判である。後者は連続性ないし連続的同一性の概念をベースにしていることを批判したのである。連続性ではなく、不連続な差異をベースにすることを説いたのが、不連続的差異論である。
 そして、今、太陰が太差であると説いて、ドゥルーズ&ガタリの内在哲学を想起したのである。太陰イデア論は太陰の内在的超越性(内越性)を説くが、内在性そのものは説かないのである。
 確かに、内超性は内在性に入るが、超越性がないと、連続性が入ってしまうと考えられるのである。
 言い換えると、ドゥルーズ&ガタリの内在哲学は実は、内在連続的哲学であるということであり、それとは、太陰イデア論は異質なものであるということである。
 そう、太陰イデア論は内在超越的不連続的哲学、内超不連続哲学である。
 太陰イデア論になって、ポスト・ポスト・モダンが完成し、トランス・モダンとなったと言えよう。
 トランス・モダンとはポスト・オクシデントである。


太陰は太差であり、太一ではない:太コスモスと現コスモス:太陰と陽と物質の関係
テーマ:太陰イデア論:太陰プラトニズム

これまでの検討で、大根源である太陰が一(いつ)の世界ではなく、差異の世界であることがわかったことは大きい。
 それ以前、太陰に当たるものを太一と呼んだが、それは、大根源に一の世界を見るものであり、一神教的である。
 それは、間違いであると考える。だから、太陰は太差(太差異)の世界と言えるのである。
 そう、今、プラトンの『ティマイオス』の宇宙論を想起したが、コーラと呼ばれるものは太陰・太差に関係するだろう。思うに、原コーラがあり、それが太陰・太差だと思う。コーラは、同一性が生じてから、後ろ向きしたとき、現われる視点だと思う。
 とまれ、プラトンの同一性は、太陰イデア論(太差イデア論とも呼べる)では、陽に当たるものである。(思うに、陽理という言葉を造語してもいいかもしれない。)
 さて、私は今、陽(陽理)を問題にしたい。
 陽は同一性体(個体・個物・同一性・球)である。思うに、内部に気がある。問題は、表面、外面である。あるいは、外部である。
 明快にするために、陽を生命球と呼ぼう。
 この生命球の内部には、気、太陰・太差がある。内在超越界(内越界と造語しよう)である。
 生命球の球面が陽である。ここには、同一性原理が働いている。物質三次元の原理が働いているし、また、それに合う時間原理もはたらいている。
 つまり、現象界原理がはたらいているということである。
 さて、生命球であるが、外殻はいわゆる物質体であると思われる。本来、生命球ないし生命球体における外殻であり、生命球の一部・部分としての外殻物質である。
 そして、先に触れたように、生命球の内部・内在の生命知エネルギー=太陰エネルギーが消滅して、外殻物質が残存して、純粋物質、今日、物質と呼ばれるものが生起すると考えるのである。
 思うに、生命知エネルギー(気)は、陽化、陽理化して、同一性物質体を形成するしか言えないだろう。簡単に言えば、陽化・陽理化=同一性化=物質化である。もっとも、生命物質体化である。そして、内部には、生命知エネルギー=気が存しているということである。
 そして、陽化=物質化であるが、それは、いわゆる、極性化であると思われる。思うに、初期は、単極磁石のようなものなのだろう。
 しかし、直観に即せば、陽化=物質化=極性化によって、なんらかのプラスマイナスが生起するように思えるのである。
 私は初期力として、電気のイメージが強いが、磁気の方が有力なようである。
 直観として、磁気の方はイメージしやすいだろう。
 問題は、生命球は生命知エネルギーを内在した生命物質エネルギー体であることであり、単なる物質ではないということである。
 単なる物質、純粋物質ならば、磁気や電気や電磁波等が問題になるのであり、生命形態形成は問題にならない。生命情報が欠けるということである。
 ここで、用語の問題を出そう。エネルギーを活能としよう。すると、生命知エネルギーは生命知活能(生命活能でいいのかもしれない)となる。
 思うに、生命知活能において、先に述べた、平面と天地軸の三次元が問題になるのだろう。螺旋生命物質体の問題である。
 ここで、3本の軸の一つが特化されて、天地軸になると思われるのである。それは同時に時間軸ではないだろうか。
 とまれ、天地軸は磁性化されるのではないだろうか。
 生命知活能が磁性化されるのではないだろうか。あるいは極性化されるのではないだろうか。(ここでは、単極磁石の問題はおいておく。)
 つまり、生命球化は極性化であり、いわゆる、陰陽極性(プラスとマイナス、NとS:正確に言えば、物質極性である)が生じるのではないのか。
 思うに、量子とは、生命球における根本の太陰ー陽の力学と陽化における物質極性との関係における事象のことであるように思える。
 つまり、内越的な太陰ー陽と外部的な生命物質体との関係における事象を扱う為の仮説のように思えるのである。
 しかし、内越的な太陰ー陽の活能(気、気活能)を認めていないので、真の統一原理が得られていないと思われるのである。
 簡単に言えば、内越事象と外部事象の境界事象を扱っているのであるが、前者を否定しているので、フィクション的になっているのが、量子概念だと思う。
 太陰イデア論から見れば、明らかに、内越事象と外面事象は不連続である。ここには質的な不連続な飛躍があると考えられるのである。
 気、シュタイナーのエーテル体を想定すれば、量子力学は飛躍、進化すると考えられる。それは、超量子論、超物理学、超自然科学となるだろう。
 さて、以上で生命球の極性化と言ったが、そこで、いわゆる、原子が誕生するのである。問題は、単極磁石の問題である。単極磁石と極性物質の関係については稿を改めて論じたい。

ティマイオス - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/ティマイオス - キャッシュ - 類似ページ
ティマイオス』(希: Τίμαιος、羅: Timaeus)は、古代ギリシアの哲学者プラトンの後期
対話篇の1つであり、また、そこに登場する人物の名称。 ... プラトンは、『ティマイオス』と
未完の『クリティアス』、未筆の『ヘルモクラテス』を三部作として構想していたという。

1.
負の質量数十gの単極磁石=霊魂が離脱する死の瞬間、体重はその分 ...
ameblo.jp/allahakbar231/entry-11554741989.html - キャッシュ
2013年6月18日 ... フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター
佐野千遥教授-Ameba ロシアの ... 佐野千遙は従来から、単なる物理的物体と違って
生命体は負の質量の単極磁石を生命として持っている為に、必要に ...
2.
地磁気はN極、S極別々の単極磁石!ロシア科学アカデミー・スミルノフ ...
ameblo.jp/allahakbar231/entry-11232715281.html - キャッシュ
地磁気はN極、S極別々の単極磁石!ロシア科学アカデミー・スミルノフ学派:ドクター
佐野千遥教授. 2012-04-25 00:58:06 テーマ:ブログ. ロシア科学アカデミー・スミルノフ
物理学派論文審査員:フリーエージェント大学総長・ドクター佐野千遥教授. 2012年3 ...
3.
佐野千遥博士による「ソマチット=物理的生命体=単極磁石」は科学 ...
ameblo.jp/allahakbar231/entry-11429135900.html - キャッシュ
2012年12月17日 ... フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター
佐野千遥教授-Ameba ロシアの ... これに対し佐野千遥の提唱する「宇宙唯一の素粒子
=単極磁石」なる素粒子論は全物理学(更には全科学)の構造と ...
4.
当初単一な巨大な太陽だった宇宙のフラクタル分割説の厳密科学的根拠 ...
ameblo.jp/allahakbar231/entry-11384771107.html - キャッシュ
2012年10月21日 ... フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター
佐野千遥教授-Ameba ロシアの有名人・佐野 ... 当初単一な巨大な太陽だった宇宙の
フラクタル分割説の厳密科学的根拠、単極磁石存在証明:Dr佐野千遥.
5.
地球不滅亡。然るに次元上昇=佐野千遥反エントロピー負質量単極磁石 ...
ameblo.jp/allahakbar231/entry-11431120352.html - キャッシュ
2012年12月20日 ... フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター
佐野千遥教授-Ameba ロシアの ... 3)「正統派」現代物理学全体系の体系的誤りを透視
して体系的に批判し尽し、負の質量を持つ単極磁石=唯一素粒子論 ...
6.
大量の未使用脳細胞は単極磁石群として既作動中!ロシア科学 ...
ameblo.jp/allahakbar231/entry-11410033541.html - キャッシュ
2012年11月21日 ... フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター
佐野千遥教授-Ameba ロシアの ... 実際ロシアのシャクパロノフの実験では、双極永久
磁石と違って単極永久磁石を作るにはキューリー温度まで上げての ...
7.
知られざる磁気の厳密科学 (2)!ロシア科学アカデミー・スミルノフ学派 ...
ameblo.jp/allahakbar231/entry-11282539367.html - キャッシュ
2012年6月20日 ... フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター
佐野千遥教授-Ameba ロシアの ... 単極磁石論が封印されていたために電磁気
エネルギーはその座を従来、化石燃料や危険極まりない原子力にゆずってき ...
8.
TweetBuzz - 佐野千遥博士による「ソマチット=物理的生命体=単極磁石 ...
mb.tweetbuzz.jp/entry/516704352903959 - キャッシュ
○佐野千遥博士による「ソマチット=物理的生命体=単極磁石」は科学における世界史的
大発見!!|フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター
佐野千遥教授. 1tweets ameblo.jp^allahakbar231. ソマチット=物理的生命体=単極
磁石 ...
9.
飄(つむじ風): 「いま知って欲しいこと」 井出治
hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2012/11/post_9bf4.html - キャッシュ
2012年11月11日 ... 要するに、磁石による磁気力がエネルギー根底だ。それが宇宙には充満している。それ
を引き込めば良いだけだというのが、フリーエネルギーの存在理由である。 真空は、S極
単極磁石とN極単極磁石で充満した空間だ。SとNが対となって、 ...
10.
飄(つむじ風): フリーエネルギー - 飄(つむじ風) - Blogzine ブログ人
hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/cat12206385/ - キャッシュ
単極磁石がその根底だという、佐野千遙博士の見解は実に面白い。 単極 ... と言うこと
は、フリーでエージェント(代理業)出来る時代が出現している。誰でも志 ... 【転載開始】
フリーエージェント・ビジネスを説く与沢翼氏はベンチャー企業間の物々交換を主張する。



陽は個体・個物の原理であり、同一性の原理ではないのか:太陰は多元差異の原理では?
陽は個体・個物の原理であり、同一性の原理ではないのか:太陰は多元差異の原理では?

テーマ:太陰イデア論:太陰プラトニズム

これも検討課題である。
 陽が個体・個物の原理であると思えてきた。球を作るのであるから、それは考えられる。例えば、リンゴの個体を作る原理である。それは、同時に、物質原理でもあろう。正確には、生命体原理である。
 わからないのは、インディヴィジュアリティindividualityの原理である。それは、以上からだと陽の原理のように思えるが、果たしてそうか。
 先に、個とは、太陰をベースにした、陽と共立したものと述べた。
 思うに、ここで混乱が起きるのである。(追記:以下の説明からわかるように、インディヴィジュアリティindividualityの原理とは、一般には、私の説く個の原理と陽のもつ個物・個体・同一性の原理と極陽のもつ唯一的自我の原理の三者が混同していると思われる。しかし、私は、個の原理は、太陰をベースにした陽と極陽と共立した原理であると考えるのである。)
 とまれ、陽は個体・個物、そして、同一性の原理としよう。そして、極大化された陽、即ち、極陽は自我の原理であり、それは、唯一性の原理ではないのか。一神教ではないのか。
 唯我独尊の原理ではないのか。
 それに対して、太陰は異なる。他者の原理であり、マルチ、多元の原理である。多神教の原理である。差異の原理である。
 もっとも、太陰が展開して、陽を形成するのであるが、太陰と陽とは不連続である。そして、なおさら、極陽とはそうである。
 もっとも、極陽も太陰が創ったものである。
 つまり、太陰は自分とはまったく異なる陽と極陽を創るのである。
 つまり、太陰は不連続に、陽(個体・個物・同一性・物質)の原理を創り、また、極陽(自我、唯一神、超越神)の原理を創ると考えられるのである。
 とまれ、極陽であるが、それは、同一性のさらに展開としての唯一性である。でも、それは独自性、独創性とは異なる。
 極陽の唯一性とは、他者否定の独一性に過ぎない。
 陽について正確に言うと、それは、根っ子として、太陰をもっていると思う。正に、陰陽体である。植物で言えば、気という太陰をもっているということである。
 後で精緻に検討したい。


自我とは何か:自我は一神教的であり、太陰は多神教的だと思う

テーマ:太陰イデア論:太陰プラトニズム

後で検討したい。自我は今日の大問題点である。
 一言言えば、自我は、他者を否定する同一性である。極陽ではないだろうか。陽は悟性(知性)、同一性である。陽が極大化したとき、極陽となり、太陰は消える。しかし、他者を同一性で処理しようとして、他者を否定するのが自我ではないか。
 
追記:先に言ったが、ヤハウェは、極陽だと思うのである。ヤハウェが自我原理ではないのか。そして、金融資本主義の原理でもあるし、唯物論の原理でもあるように思えるが。

追記2:女性がヒステリー、狂信的になるのは、無意識の太陰のなさせる業ではないだろうか。つまり、無意識の太陰が自我に取り込まれてしまい、自我絶対的になるように思えるのである。

追記3:先に示唆したが、ヤハウェ=アーリマン(悪魔)=自我=父権主義の図式が成り立つように思えてしまうのである。
 私の父権主義批判の意味合いがこれでおわかりいただけるだろう。


気的生命体と生命物質体の関係力学について:気と物質:陽が物質?

テーマ:太陰イデア論:太陰プラトニズム

意識と気の関係:意識・知意識・明識(認識)VS感識・感意識・暗識(気識)
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11576485698.html

上記では、レタスを事例にして、気と物質との連関について触れたが、両者の実際のメカニズムについてはまだ何も述べていないので、解明する必要がある。
 シュタイナーの霊的生命学において、やはり、この点が不明なのである。生命物質体と気的生命体(エーテル体)の二重性は述べているが、両者の具体的なメカニズムについてはほとんど触れていないように思える。
 簡単に言えば、気が物質になるメカニズムの解明である。でも、ある意味では既述済みであろう。でもすぐ思い出せないので、新たに記述する必要があろう。
 そう、今一言言えば、陽が物質と言えるのではないだろうか。
陽が太陰から切り離されたときが、純粋物質のように思える。
 つまり、生命体とは、太陰ー陽の陰陽体であるが、それが死ぬと、つまり、太陰のエネルギーを喪失すると、太陰による生命形成エネルギー(気=生命智エネルギー)がなくなり、陽だけが残存するようになると思われるのである。生命体の残骸物、形骸物である。
 しかし、果たして、陽をそのまま物質と呼んでいいのか疑問が残る。
 少なくとも、太陰を喪失した陽が物質であると言えるように思われるが。
 今は問題提起が主であり、精緻な検討はこれからの課題である。


2013年07月20日(Sat)▲ページの先頭へ
意識と気の関係:意識・知意識・明識(認識)VS感識・感意識・暗識(気識)
意識と気の関係:意識・知意識・明識(認識)VS感識・感意識・暗識(気識)

テーマ:太陰イデア論:太陰プラトニズム

検討問題:1)自我と陽、2)意識とスピリットと気
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11576182777.html

先に以上のように述べた。
 今、2の問題をさらに検討したいと思っている。
端的に言うと、意識と気の関係である。
 意識が気の領域、つまり、太陰領域ないし陰陽領域に達しない場合は、不調和、分裂・乖離・分離等の状態である。
 そして、現代人、特に、日本の都会人、東京人がそうである。また、知識人がそうである。
 いったい、意識が気と通じるとはどういうことなのか。意識のはたらき、力学は何か。そう精神力学を考えたい。あえて言えば、精神物理学である。
 意識は、思うに、一つの精神力学であり、気、太陰、陰陽も一つの精神力学である。少なくとも、二つの精神力学がある。太陰イデア論以前は、陰と陽の二つに分けていたが。
 今は一言述べておくに留める。
 太陰は意識化されることを求めているのではないのか。そう、太陰は本来、無意識、潜在意識の世界であろう。そこには、陽的な意識、自己意識、自我意識は入らない。
 つまり、二つの意識があるということになろう。自我・自己意識と気・霊的意識である。
 前者は言語・悟性・自我的意識であり、後者は霊・気・直観・想像的意識である。
 そして、生命は、生命智、生命知エネルギーは後者に存するのであり、生命を豊かにするには、後者を積極的に肯定し、共生することが必要だろう。

追記:二つの「意識」を明確にするために、自我・自己・言語・悟性・知性的意識を単に意識、知意識ないし明識(認識)、そして、気・霊・直観・想像力・感性的意識を感識、感意識、暗識(気識)としたらどうか。

1:意識、知意識、明識(認識)・・・自我・言語・悟性(知性)・合理・科学・物質的意識

2:感識、感意識、暗識(気識)・・・太陰・気・霊・直観・想像力・感性・他者的意識

という弁別である。
 私が個というのは、実は、2の感識(暗識)をベースにしたときに、1と共立して形成されるものと考えられる。


追記2:2の感識(暗識)ないし気識であるが、当然、物質的身体と結合しているのである。感覚というものは、感識(暗識、気識)と物質的身体の中間領域だと思われる。
 卑近な、直近の例だが、私がレタスを食べて、気的に浄化されるような気持ちよい美味を感じるとき、気的浄化とは、美味という感覚とともに、感識(暗識、気識)に感知されると思われる。
 そう、味覚という感覚と感識(暗識、気識)は繋がってもいるし、また、共立しているとも言えよう。
 でも、感覚を通して、感識(暗識、気識)もはたらくように思われる。レタスの美味と同時に、気的浄化が作用すると思う。
 直観では、レタスには、生命有機体、生命物質体において、陰陽体が存しているのであり、それが、食べられたときに、身体の感識(暗識、気識)に受容されるということのように思える。
 つまり、レタスは二重体なのである。一つは有機的物質体であり、同時に、気的生命体であるということである。
 レタスの有機的物質体が美味を喚起し、レタスの気的生命体が気的浄化を喚起させるということのように思えるのである。


検討問題:1)自我と陽、2)意識とスピリットと気
検討問題:1)自我と陽、2)意識とスピリットと気

テーマ:太陰イデア論:太陰プラトニズム

1)自我と陽について

2)意識とスピリットと気について

以上について、検討したいが、最近は余裕がないので、できないので、一言述べるに留める。
 
1)について:
太陰から陽が生まれる。このとき、陰と陽はバランスをもっていると考えられる。一般的な陰陽様態である。これが陰陽宇宙(コスモス)である。易、道教、気功等はここに基盤があると思われる。しかし、老子は、太陰イデア論に通じると思う。
 この陰陽宇宙から、螺旋生命有機体が生まれると考えれる。これは、植物的世界である。あるいは、外的宇宙である。渦巻星雲である。しかしながら、太陰の世界はダークマターやダークエネルギーに関係するだろう。
 さて、問題の自我である。これは、やはり、陽の極大化で説明がつくのではないだろうか。
 そして、知性は本当は陽に存するのであり、極大の陽である自我は、それを利用しているのではないだろうか。カントの超越論性は、陽のことを指しているのではないだろうか。陽という悟性があるのではないだろうか。自我はそれを利用するに過ぎないのではないだろうか。

2)について:
 私が具体的にイメージしているのは、うつ病である。これは、私には自我病におもえる。つまり、ハイパー自我病である。自我が肥大したために、太陰、さらには、陽も抑圧、排除されてしまい、生命エネルギーである気が枯渇する心病ではないのか。
 気とは精神と身体を満たしていると考えられる。ある意味で、精神は気であり、身体も気である。
 精神と身体の中間領域としての気というのは平凡な考え方であるが、わかりやすいだろう。
 とまれ、うつ病=ハイパー自我病を考えると、自我が太陰を抑圧排除するのである。
 しかし、気=生命智エネルギーは太陰に存するのである。あるいは、太陰ー陽のコスモスに存するのである。
 だから、うつ病=ハイパー自我病は、私の(勝手な)解釈では、太陰=気=生命智エネルギーを排除するのであり、そのために、エネルギーが枯渇し、元気がなくなるのである。
 また、太陰だけでなく、太陰からの陽も否定してしまうので、妄想的になるのである。
 これは、近代病とも言える。
 もし、以上の考えが正しいなら、うつ病を治癒するのは、理論的には簡単である。
 それは、太陰=肚という基盤を肯定することである。そのためには、禅等の瞑想がいいだろう。あるいは、東洋的武術・武芸である。
 とまれ、太陰=肚という基層へと意識が到達する必要があるということである。
 今はここで留める。後で丁寧に考察する。


2013年07月15日(Mon)▲ページの先頭へ
太陰イデア論(太陰プラトニズム):理論名称について:不連続という言葉を外す
太陰イデア論(太陰プラトニズム):理論名称について:不連続という言葉を外す

テーマ:太陰イデア論:太陰プラトニズム

理論名称が頻繁に変化しているが、どうやら、不連続は外すことができそうである。
 何故なら、太陰を原点にしたとき、そこには、対立する陽が存在しないからである。つまり、例えば、陰と陽が初めから存在していて、その関係が問題になるとき、両者の不連続性を考えるのは、妥当である。
 しかし、初めは太陰、陰しかないのであるから、連続性、不連続性の問題は生じないと思う。
 ただし、太陰から派生する陽であるが、それは連続であるのか、不連続であるのかは問題になろう。
 言い換えると、イデアと現象の関係である。それは、連続なのか不連続なのか、となる。
 これは、常識的に不連続である。何故なら、質が異なるからである。だから、太陰イデア論において、もはや、連続、不連続は問題にならないと言える。
 故に、理論名称は、不連続を外して、太陰イデア論、又は、太陰プラトニズムでいいことになる。
 不連続が問題になったのは、差異に対する同一性の志向性についてである。つまり、同一性が前提であるとき、連続性か不連続性かは問題になったのである。
 しかるに、今や、同一性ではなく、太陰という絶対的差異・他者であるイデアが問題になっているのであるから、もはや、連続か不連続性かの問題はないのであり、必然的に不連続であるから、もう不連続の言葉は不要なのである。

追記:不連続的差異論であるが、それは、ドゥルーズの差異が連続的であるのを批判することから生まれたものである。
 そういう文脈ならば、不連続性の概念は生きている。
しかし、イデアと現象との関係の場合は、そもそも連続性はありえないのでないだろうか。なぜなら、イデアが本体であり、現象は仮象であるからである。
 それを考えれば、太陰をイデアと見るので、やはり、不連続の用語は不要である。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11572805238.html






太陰イデア論とメビウスの輪:太陰三次元メビウス

テーマ:太陰イデア論:太陰プラトニズム

先に以下のように、現時点で、メビウスの輪については否定的なことを書いたが、今朝、少し考えたら、太陰、中心点、原点における内在三次元の四元数(しげ んすう)を考えると、それらは、メビウスの輪になると思った。三つの虚数の軸は、それぞれ、入れ替えることができるのである。陰陽メビウスではないが、太 陰三次元メビウスとは言えそうである。簡単に言えば、太陰メビウスである。
 そして、太陰メビウスが内在コスモスと関係すると思う。そう、神秘宇宙とはこの太陰メビウス=内在コスモスのことのように思えるのである。
 そして、イデア界もここにあるように思えるのである。少なくとも、イデア、あるいは、ビデアはここに存すると思えるのである。
 今は言及だけに留める。

メービウスの帯と不連続陰陽イデア論

佐野千遙博士は、メービウスの帯の中心的重要性を述べているが、不連続的陰陽イデア論はそれをどうみるだろうか。
 今は一言触れるだけである。
 太陰主義になる以前、陰陽メビウスを説いていた(参照を見られたい)。
 太陰主義の現段階では、どうなるのか。
 今の段階では、陰と陽は非対称の関係であり、メビウス的対称性のある反転は考えていない。
 今はそう言うに留める。

参照:

不連続陰陽イデア論の新たな概念作図の必要:ポストPS理論としての不連続無双陰陽イデア論






単極磁石と太陰:不連続太陰論とスミルノフ学派佐野理論

テーマ:太陰イデア論:太陰プラトニズム

佐野博士が提唱する単極磁石とは何か。
 不連続太陰学(と仮に呼ぶ。理論名称がころころ変わるが。)における太陰が単極磁石に近いように思われるのである。
 とまれ、佐野全体学はとても刺激的であり、不連続太陰学と比較したいと思う。

負の質量数十gの単極磁石=霊魂が離脱する死の瞬間、体重はその分増える!スミルノフ学派Dr佐野千遙


霊魂=負の質量の単極磁石であるために、死後魂は天空に向かって上るのであり、肉体が滅亡しても単極磁石である霊魂は生き続ける。

「正統派」現代物理学派と違い、我々の真の正統派物理学が宗教関係者とも対話が出来るのは、そして社会正義の美学・社会的愛の美学に動機付けられて死をも超えて社会変革の為の崇高なる闘魂を維持・発展させる事が出来るのは、上述した事による。
フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター佐野千遥教授



2013年07月14日(Sun)▲ページの先頭へ
不連続陰陽イデア論の基礎構築へ:太陰的内在三次元と陽的外在三次元
テーマ:不連続太陰イデア論:無双太陰原理

直近において、以下のように述べて、不連続陰陽イデア論における空間論の弱点を解消し、基本理論の記述が可能になったと考えられる。
 哲学領域では、これまで太陰を原点として、説明してきた。
問題は不連続太陰論と不連続陰陽空間論の整合性である。つまり、哲学と空間論、あるいは、哲学と科学の整合性である。
 思うに、太陰的内在(内在超越)領域と陽的外在領域に区別すれば、整合性ができるだろう。両者は当然、不連続関係である。
 近代科学は後者を中心として、前者をも説明しようとしたことに大欠点があると言えよう。
 また、いわゆる、神秘主義は前者におおまかに言及して、空間論的には説明してこなかった欠陥があるだろう。
 簡単に言えば、内在三次元と外在三次元の相違がこれまで認識されなかったということになる。前者はイデア虚数次元ということになる。後者は物質的次元ということになる。
 そう、これで、内在コスモスと外在コスモスとの関係・相違も説明できるようになったと言えよう。
 いよいよ不連続陰陽イデア論を祖述する段階になったのである。

球は中心点に直角三角形をつくり出すだけではなく、天球周縁にも直角三角形をつくり出す
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11572239757.html

追記3:
私は時間軸・天地軸を他の二つの軸とは異質のものとして、特別視しているが、アダムズの考え方によれば、直角三角形のそれぞれの辺が、天地軸(時間軸は除いておく)になるのであるから、特別視する必要はないだろう。
 そうすると、四元数の視点が有力になってくる。三つの虚数i, j, kは三つの直交軸、直角三角形の三つの辺となる。
 そして、実数1であるが、それは、確かに、時間の量でいいのかもしれない。あるいは、光速である。
 私の陰陽渦巻円の視点は、もっと現象的かもしれない。つまり、三つの直交軸であるが、そのうち二つが陰陽渦巻円を形成し、残りの一つがいわば、天地軸となることになろう。
 そう、だから、最初は三つの直交軸、三つの虚数と考えた方が適切であり、その次の展開として、二つの直交軸・虚数に拠る陰陽渦巻円と天地軸の形成を考えた方が妥当のように思えてきた。


参考:
正四面体4稜を辿り元に戻る一筆書はトポロジカルにメービウスの帯に同相!スミルノフ学派Dr佐野千遥

何故正四面体やメービウスの帯がそんなに重要かと言うと、メビウスの帯は我々の宇宙で唯一の素粒子である単極磁石を至るところで生成しているからである。

電気的イオンとイオンとの化学反応に磁気的に介在する触媒を成す物質は悉く正4面体の結晶構造を持つ。「正統派」現代物理学派にはこのような認識が無く、又事実がそうである事を告げて彼等にそれが何故なのかの説明を求めても「正統派」現代物理学の理論構成が原因で全く説明する事ができない。勿論、物理学に対し従の関係に有る化学は物質に囚われた意識しか持っておらず、その原因まで遡って考察する意欲を持っていない。

そこで反エントロピー新古典物理学を掲げるスミルノフ学派と佐野千遥は、正4面体等の幾何学構造が何故物理現象を左右するのかを以下に論じる。

先回りして言うと、離散値の世界に於けるメービウスの帯=正4面体は分子レベルの触媒の結晶構造に現れるだけでなく、正4面体構造を基に離散値的に整然と並んだ軌道電子と同じく原子核内に正4面体構造を基に離散値的に整然と並んだ核子を構成する宇宙唯一の素粒子=単極磁石はその周りを覆う正4面体メービウスの帯構造により不断に裏返しにされた負の質量、負のエネルギーを得ており、各素粒子=単極磁石を覆う正4面体メービウスの帯構造、各核子を覆う正4面体メービウスの帯構造は、原子核全体を覆う正4面体メービウスの帯構造が内辺に向けてフラクタル分割する事により宇宙史の中で発生してきている。
http://ameblo.jp/allahakbar231/entry-11450740062.html
フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター佐野千遥教授


球は中心点に直角三角形をつくり出すだけではなく、天球周縁にも直角三角形をつくり出す
テーマ:不連続太陰イデア論:無双太陰原理

以下の考え方はきわめて興味・意義深い。
 これまで、陰陽円(陽円)ということを述べたが、以下の視点からすると、陰陽球(陽球)が問題になる。
 また、以下、直角三角形というのは、三角錐のことのように思える。とまれ、中心点に直交する三つの座標を見る視点と言えよう。
 後で、検討したい。

追記1:
先に次のように書いた。

「陰陽円(陽円)は、回転しているとする。そのため、陽=円周の太陰回帰は渦巻になるのではないだろうか。
 そして、この渦巻力学が中心点に直交するエネルギーを産み出すのではないのか。そして、結果、螺旋形状、螺旋生命有機体を産み出すのではないのか。
 そうならば、中心点に直交するエネルギーとは何かとなる。
 直観では、時間エネルギーである。(時間をエネルギーと考える。)
 そして、時間エネルギーは垂直軸となり、それは天地軸ではないのか。そして、時空四次元現象を形成するのではないのか。この四次元であるが、時間軸と垂直軸が一致するのである。
 だから、時空三次元と呼ぶ方が的確であろう。
 今はここで留める。

追記:あるいは、以前考えたように、ここで四元数(しげんすう)を取り入れて、三つの虚数(虚軸)と一つの実数(+1)を考えるべきなのか。」
思いつき:太陰⇒陽円⇒渦巻⇒螺旋:陰陽円から螺旋生命有機体へ?
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11572125364.html

以上の三次元の考え方は、基本は平面、陰陽渦巻円である。そこに中心点(太陰、太陰点)に直交する垂直軸(時間軸、天地軸)が発生するというもので、二次元から三次元へと展開する発想であり、以下の最初に三次元が存する視点とは異なる。(しかし、連関させることはできるかもしれない。)
 しかし、私の陰陽渦巻円(陰陽円、陽円)であるが、私は円と球をほぼ同等と見ているので、基本に立体、球を考えることは齟齬ではない。
 立体、球を考えたとき、基本に直角三角形、三角錐を見ることは可能である。
 しかし、今は、陰陽渦巻円の中心点(太陰点)に直交する時間軸・天地軸を考えたい。そして、それによって、螺旋体が形成されるのである。これで、渦巻星雲等は説明できようし、螺旋生命有機体も説明できよう。
 思うに、陰陽円、陰陽渦巻円の円周は実は球面と考えてもいい。だから、球面上の平面と中心点と直交する時間軸・天地軸で三次元空間、三次元時空間ができる。
 そして、この球面(円周)の三次元空間(時空間)を、収縮・還元させて、中心点に引き戻すことはできよう。
 そうすると、中心点・太陰点において、陰陽円があるというより、直角三角形、三角錐があると見た方がいいのかもしれない。
 そう、もともと、中心点と円は別々である。しかし、中心点・太陰点から円周、球面が形成されるとするならば、中心点・太陰点のいて、二次元(平面)、三次元(立体)の基本ベクトルはあってもおかしくないだろう。それが、根源的な直角三角形や三角錐として、表現されてもおかしくないだろう。
 このように見ると、Kaisetsu氏が展開されているNew Platonic Synergyの視点と共通してこよう。
 とまれ、私の陰陽渦巻円と時間軸・天地軸による三次元時空間の考え方とシュタイナー関係のオカルト空間論とNew Platonic Synergyと共通性が考えられると言えよう。
 今はここで留める。

追記2:
以下のシュタイナー系のジョージ・アダムズの原直角三角形の視点であるが、私の視点は中心点・太陰点から陰陽円ないし球面が形成されるとするが、結局、陰陽円の場合、当然、中心点に原二次元(二つの直交する直線)、ないし原三次元(三つの直交する直線)が考えられる。
 だから、ジョージ・アダムズの視点を受け入れてもいいと言えよう。
 しかしながら、時間軸・天地軸の第三次元は生成軸として、重要だと思われるのである。それは、ジョージ・アダムズの視点にはないと考えられる。
 あと、アダムズは虚数を考えているが、そうすると、四元数(しげんすう)の考え方が必要になるようだ。四元数を使用すると、第三次元と時間次元は分ける必要が出てくるだろう。時間次元は実数になるのである。
 とまれ、この問題は検討課題である。

追記3:
私は時間軸・天地軸を他の二つの軸とは異質のものとして、特別視しているが、アダムズの考え方によれば、直角三角形のそれぞれの辺が、天地軸(時間軸は除いておく)になるのであるから、特別視する必要はないだろう。
 そうすると、四元数の視点が有力になってくる。三つの虚数i, j, kは三つの直交軸、直角三角形の三つの辺となる。
 そして、実数1であるが、それは、確かに、時間の量でいいのかもしれない。あるいは、光速である。
 私の陰陽渦巻円の視点は、もっと現象的かもしれない。つまり、三つの直交軸であるが、そのうち二つが陰陽渦巻円を形成し、残りの一つがいわば、天地軸となることになろう。
 そう、だから、最初は三つの直交軸、三つの虚数と考えた方が適切であり、その次の展開として、二つの直交軸・虚数に拠る陰陽渦巻円と天地軸の形成を考えた方が妥当のように思えてきた。



note23:
・球は中心点に直角三角形をつくり出すだけではなく、天球周縁にも直角三角形をつくり出す
・プロセスとしての球形形成運動
・球形形成原理は、虚数に関わり、数エーテル(化学エーテル)として現象界に現れる

note23:
・球は中心点に直角三角形をつくり出すだけではなく、
 天球周縁にも直角三角形をつくり出す
・プロセスとしての球形形成運動
・球形形成原理は、虚数に関わり、数エーテル(化学エーテル)として現象界に現れる

<ジョージ・アダムス 『エーテル空間』からの引用>

 空間の無限遠点は球面との関係において、球の中心点を通る平面をもたらします。こ
の平面は、無限遠点がどの方向にあろうとも、無限遠点へ向かう半径に対してつねに直
角を成します。そしてこれは球の場合にのみ生じます。このことを最後まで考えていけ
ば、球の中心点で互いの直角を成す“三つ組”の半径が得られます。すなわち三つの直線の
各々が、他の二つの直線を含む平面に対して直角を成す、三つ組が見られることになりま
す。これは、この三つ組の直線を球の中心点からあらゆる方向へ向かわせることのできる、
いわゆるデカルト座標系です。デカルトの座標系はこのように、球のなかに一種の形態原
理を持っていますが、たとえば人間の頭蓋骨の形態はこの原像の現れのひとつです。さて
しかし、球はその中心点だけではなく、無限遠平面にもこのような三つ組をつくり出しま
す。球は天球周縁に直角三角形をつくり出すのです。この三角形は、デカルトの座標系が
三つの直線と三つの平面から成っているように。三つの直線と三つの点から成っています。
球はこのように、地上にも天上にも三つ組をつくり出しますが、地上では諸半径を構成要
素とする中心点をつくり出し、天球では天球諸直線を構成要素とする“周縁中心”をつくり
出します。
(P.47-48)
 近代幾何学の原空間において私たちがまず第一に理解しなければならないのは、直角が
つくり出す硬い形態ではなくその根底にある数の動力学、完成された円形ではなくプロセ
スとしての循環運動、完成された球形ではなく丸みをつくり出していくプロセスとしての
球形形成運動です。それというのも私たちは、中心点と宇宙の拡がりとの対極性のような、
地上的なものと天上的なものとのあいだに永遠に作用している呼吸する対極性とかかわっ
ているばかりでなく、このような二極間に自らの存在を主張している球形形成原理にも、
つまり静かに自足している有限の球形に見られるような球形形成原理にもかかわっている
からです。
(P.48)
 この原理を数学的に述べるなら、それはその具体的ー霊的な背景をアストラルと呼ばれ
るものの内に持つ、謎に満ちた虚数(√-1)にかかわる原理です。この原理はもはや空間的
なものではありません。しかしそれは、特に循環するものの内に現れる数のリズムの響き
をとおして、空間のなかへ形成的に作用しています。この原理は、エーテル的なものの内
に作用していることから、数エーテル(化学エーテル)として現象界に現れます。
(P.48)


◎直角三角形が円に内接するように、円や球の形態は密接に「直角」と結びついている。
◎note19で説明したように、空間の無限遠点は、球の中心点を通る平面をもたらすが、
この平面は、無限遠点へ向かう半径に対してつねに直角を形成する。
球の場合、中心点を通る平面と中心点から球面に延びる半径とが直角になっているイメージ。
◎そうすると、球の中心点で互いの直角を成す「三つ組」の半径が得られる。
つまり、この球の中心点を中心とした(x,y,z)座標(デカルトの座標系)のイメージ。
◎球は、この「三つ組」を無限遠平面にも形成する。
つまり、球は天球周縁に、三つの直線と三つの点から成る直角三角形をつくり出す。
◎近代幾何学の原空間においては、そうした直角がつくり出す硬い形態ではなく、
その根底にあるプロセスとしての球形形成運動を理解しなければならない。
これは、完成されたスタティックなものとしてではなく、それが形成されるプロセスが重要になる。
◎私たちは、地上的なものと天上的なものとのあいだの対極性だけではなく、そうした球形形成原理にも関わっている。
◎この原理は、ー霊的な背景をアストラル的なものに持っている「虚数(√-1)」に関わっているが、
呼吸するように循環するものの内に「数のリズムの響き」を通して、空間のなかへ形成的に作用し、
数エーテル(化学エーテル)として現れる。
◎「反空間」である「エーテル空間」は、物質空間に対して、
もはや空間的なものではない「虚」の空間として表現されるが、
その「虚」つまり、「虚数(√-1)」の原理はアストラル的なものを霊的背景としてもっている
ということはチェックしておく必要があると思われる。
というのも、シュタイナーは、物質界、エーテル界、アストラル界・・・というように、
世界を多次元構造としてとらえているからである。
そして、「反空間」である「エーテル空間」は、この物質空間に対する「虚」の空間として位置づけられている。
◎ちなみに、シュタイナーはエーテル的な力を、
生命エーテル、化学エーテル、光エーテル、熱エーテルの四つに分けてとらえている。
ここで「数のリズムの響き」である「数エーテル」としているのは、そのうち「化学エーテル」である。
◎参考までにいえば(この『エーテル空間』とは直接関係しないが)、
電気、磁気、原子力の深部に潜んでいるエネルギーのことを、
シュタイナーは《堕落したエーテル》と呼んでいるそうである。
http://www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/aetherischenRaum/ar23.html
シュタイナー研究室


思いつき:太陰⇒陽円⇒渦巻⇒螺旋:陰陽円から螺旋生命有機体へ?
思いつき:太陰⇒陽円⇒渦巻⇒螺旋:陰陽円から螺旋生命有機体へ?

テーマ:不連続太陰イデア論:無双太陰原理

以前は陰陽共振が螺旋生命物質体を形成すると考えた。
 現在の仮説では、太陰が中心点であり、円周が陽である。そして、これを陰陽円と考えるのである。(陰陽円という視点は以前もあったが、もっと漠然としていた。つまり、陰陽共振のベースに陰陽円があると考えただけであり、中心点が太陰、円周が陽という現段階の考えはなかった。ただ、陰陽共振というか陰陽共立が陰陽円を形成するような漠然とした発想であった。)
 思うに、太陰⇒陽⇒太陰という力学が考えられよう。陽⇒太陰において、螺旋力学が発生するのではないだろうか。
 今の思いつきでは、中心点を直交するエネルギーが発生しているのであり、そのため、円は螺旋を描くのではというものである。
 あるいは、こう考えたらどうだろうか。陰陽円(陽円)は、回転しているとする。そのため、陽=円周の太陰回帰は渦巻になるのではないだろうか。
 そして、この渦巻力学が中心点に直交するエネルギーを産み出すのではないのか。そして、結果、螺旋形状、螺旋生命有機体を産み出すのではないのか。
 そうならば、中心点に直交するエネルギーとは何かとなる。
 直観では、時間エネルギーである。(時間をエネルギーと考える。)
 そして、時間エネルギーは垂直軸となり、それは天地軸ではないのか。そして、時空四次元現象を形成するのではないのか。この四次元であるが、時間軸と垂直軸が一致するのである。
 だから、時空三次元と呼ぶ方が的確であろう。
 今はここで留める。

追記:あるいは、以前考えたように、ここで四元数(しげんすう)を取り入れて、三つの虚数(虚軸)と一つの実数(+1)を考えるべきなのか。

追記2:

《間奏あるいは幕間狂言》
note23:
・球は中心点に直角三角形をつくり出すだけではなく、天球周縁にも直角三角形をつくり出す
・プロセスとしての球形形成運動
・球形形成原理は、虚数に関わり、数エーテル(化学エーテル)として現象界に現れる
note24:
・霊的ー魂的な三つ組は、地上でと同じように天上でも作用し、
 宇宙の霊的根源においては思考、感情、意志の三つ組と関連している
・数学的に述べられてきた事柄は、超感覚的作用に関連して「質的ー理念的」に理解する必要がある
・「彫塑的空間」としてのエーテル空間
・形成諸力体としてのエーテル体
・人間を全宇宙から形成されているものとしてとらえる必要性
「IV.物質とエーテルの力と実体」
note25:
・物質空間:ポジティヴ(プラス)な実体とエーテル空間:ネガティヴ(マイナス)な実体の対極性
・空間世界に作用している物質的なものとエーテル的なものの諸力の対極性:重さと光の軽さ
・重さと光の軽さは、エーテル体と物質的体は互いに均衡を保っているが、死の際にはそれぞれの領域へと向かう
note26:
・ポジティヴな物質空間とネガティヴなエーテル空間の質的反転
・物質空間の容積としての球(点)とエーテル的な球の内部空間としての平面
・物質空間における球面外部の無限空間=エーテル空間の容積
・物質空間における球面内部の容積=エーテル空間的には空っぽ・内への空虚
note27:
・中心点から外へ向かい希薄になっていく物質的作用
・天球周縁から宇宙点に達し無限に拡がる球面面積を持つ点となるエーテル空間の作用
note28:
・エーテル空間においては、中心点(宇宙点)へと向かう規則正しい成長を
・物質的に見れば、宇宙点に向かって密集していくように見える。
・物質的表象としては、∞,1,1/2,1/3,1/4,1/5,・・・
(エーテル的感情としては、無限に続く規則正しいリズム:0,1,2,3,4,5,・・)
・物質的な成長像は、“相反半径による変換”を用いることでエーテル的な成長像へと変換することができる。
note29:
・物質的なものとエーテル的なものの振幅運動の理念
・内へと成長し宇宙点へと到るエーテル的なものはその瞬間に、その物質に新しい始まりをもたらす
・その点のなかで熱が放射し無限平面へ到りまた再びエーテルの活動力へと反転していく
note30:
・物質的なものとエーテル的なものにおける圧力及び吸引力
・エーテル球における「ネガティヴな重さ」と「空間をネガティヴに満たそうとする傾向」とのあいだのバランス
note31:
・エーテル空間の観点から観たホメオパシー作用
・物質を希釈すればするほどエーテル球面の力が周縁的に凝縮しエーテル作用が高められる
・質的な意味での純粋幾何学による「空間知の霊化」という課題
http://www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/Steiner.html
シュタイナー研究室

参照画像:スライブのトーラス像。

Resurrection : ヤポネシア、夜明けと目覚めの光楽:不連続太陰イデア論と心智学(psychosophy)

スライブ5分間バージョン:トーラス - YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=DIAG1KNYe1M

► 5:20
www.youtube.com/watch?...2012年4月27日 - 5分 - アップロード元: 信二 田中
(THRIVE Japanese) スライブ―いったい何が必要になるのか 2時間12分 から、特に ...

Thriveを観る、トーラス、フリーエネルギー、舞踊による一体感|卵の中の ...
http://haitaka.blog19.fc2.com/blog-entry-1235.html

haitaka.blog19.fc2.com/blog-entry-1235.html - キャッシュ
2012年2月21日 ... 話題になっている『THRIVE』の日本語版をyoutubeで見た。 最初にトーラスが出てきた
ので、これは最後まで見ねば・・・と思った。 トーラスとは、↓こういう形の内側と外側が
つながったような形状のもの。 081113_1326~02 これについては ...


2013年07月13日(Sat)▲ページの先頭へ
西日本が日本を変える?:西日本は母権的で、東日本は父権的?:西日本の母権的地霊とスピリット
西日本が日本を変える?:西日本は母権的で、東日本は父権的?:西日本の母権的地霊とスピリット

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私はちょうど20年前頃に、奈良への旅行や九州旅行をした。
 奈良は日本でいちばん好きな場所である。また、九州も好きである。宮崎と鹿児島が好きである。特に、霧島高原は好きである。
 私はそれまで、信州が好きで、あちこち行ったし、また、東北や北海道にも行った。
 しかし、私が魅かれるのは、西日本である。これは感性、感受性の問題である。西日本の人間は、柔らかな感性があると思う。どうも母権的と呼びたいのである。それに対して、関東の人間は父権的と感じられる。
 そして、今、ポスト311の時代である。放射能が東日本を汚染しているのである。
 それと精神風景を考えると、どうやら新しい日本は西日本が創るようである。
 そう、奈良に魅かれることについて述べよう。大阪のベッドタウンとして、痛ましく開発されている奈良盆地であるが、やはり、古代の雰囲気が未だに残っているのがいい。奈良盆地の気が円かでいいのである。しなやかである。気持ちが安らかになるのである。
 それはいいだろう。それより、私にとって再生の地となったことを述べておこう。
 私の精神史の問題であるが、いわば複雑怪奇で説明するのが難しいので、ポイントだけ述べる。
 私は関東の精神的空気、というか、東京の精神的空気をひどく息苦しく感じていたのである。そう、今でも、東京、関東の精神的空気を抑圧的であると感じるが、20年前はそれをとても苦痛に感じたのである。
 有り体に言えば、周囲の人間と私の精神のあり方の違いを痛感していたのであり、そのため、孤立していたのであり、どうにも息苦しく、奈良へ、関西圏へと逃げ出したという感じである。
 そう、新幹線で名古屋まで行き、そして、近鉄に乗り換えて、奈良へ向ったときの車内の柔らかな精神的空気に自由に息ができ、ほっと安堵し、救われたものである。それほど、当時は、感受性が敏感になっていたのである。そう、病的と言えるほど、敏感になっていたのである。(その原因は身体的なものであるのが、後で分かったのであるが。)
 当時は、新宗教ブームであり、奈良の某神社のある地へと数回足を運んだものである。そのとき、確かに不思議な体験をしたことはしたのであるが。(それはあまりに主観的なので、述べても通じないだろうから、言わない。)
 とまれ、その奥吉野のさらに南の奈良の地で、私は喫茶店に居て、当地の人のあたたかな、やわらかな声を聞き、ほっと深く安堵したのである。私の心、魂に安らかに響く声を聞いたのである。あるいは、宿泊した民宿の女主人の真摯な態度にやすらぎを感じたのである。(そう、奈良盆地の旅館の女主人の態度にも安堵した。)
 そう、私は私の心、魂と通じる人たちをその奈良の地に見つけたのである。私の心は癒されたのである。東京の違和感のある精神的空気に苦痛を感じていた私の心は癒されたのである。
 私は心の支えを見出して、私の精神的態度が間違っていないことを確認したのである。
 とまれ、その後、いろいろなことが起きたが、奈良の地での、心の確認は残っていると言えよう。
 結局、今、哲学的に言えることは、西日本には、母権的精神が残っていることである。魂、心が残っていることである。関東、東京の父権的な利己主義とは異なる、日本本来の母権的精神が残っていると思われるのである。
 今年6月に小倉に出張したが、精神的空気に感動したのである。九州の地霊とでも言うのか、それは、母権的と思われるのである。
 今日の狂った日本を蘇らせるのは、西日本の母権的地霊、精神であると思われるのである。 



太陰から陽へ、陽から物質への生成力学

テーマ:不連続太陰イデア論:無双太陰原理

最近は余裕がないし、当分余裕がないので、哲学的科学的考察ができない。
 一言本件について述べよう。
 太陰を中心点とし、陽を円(円周)ないし球(球面)とするのが、今の仮説である。
 そして、陽から物質が生まれるのである。
 これまでは陰陽共振から螺旋生命物質体が生じると考えたが、今はどう考えるのか。
 直観では、陽は物質性を帯びるのである。陽を光(太陽光)とすると、それは、物質的外面を帯びるのである。
 この陽と物質との連関がまだあいまいそのものである。
 作業仮説であるが、円周において、内側と外側を分けてみる。
 内側が陽であり、外側が物質である。
 そう、円を気円とする。これが、原子モデルである。
 とまれ、陽が同一性化し、物質になるとそれは、プラスである。そして、同時に、マイナスが極性として生起する。
 ここでは、電子を考えている。
 プラスは陽子で、マイナスが電子ということかもしれない。
 ならば、原子モデルは円周で形成されるということになる。正確に言えば、円周の外側に原子があり、内側は陽である。そして、中心点は太陰である。
 言い換えると、気円(中心点が太陰で、円周内側が陽)の外側に原子が考えられるということである。つまり、気円の外側が物質であり、内側は気であるということである。そして、気に霊を含めていいのではないだろうか。
 今は問題提起に留める。

追記:円周の外側、内側という言い方はわかりにくい。
 仮に3本、線を書く。

外側________
境界________
内側________

以上、3本は実際は一本の円周であるが、便宜的に、3本に分けてある。
 外側に原子が存し、境界を隔てて、内側に陽、そして、中心点に太陰が存するという概念である。
 境界はいわば、スピリットと物質の境界である。これをどう捉えるのか。以前、MP(メディア・ポイント)という考え方をしたが、これは、ポイントではない。ラインである。
 後で検討したい。

追記2:追記で、ラインの境界を提起したが、果たして、それが必要なのか。一元論なので、不要なようなに思えるのである。


2013年07月09日(Tue)▲ページの先頭へ
雪伝問題:太陰新母権文明へ:ヤハウェ戦争資本からキリスト平和資本へ:父権文明から新母権文明へ
雪伝問題:太陰新母権文明へ:ヤハウェ戦争資本からキリスト平和資本へ:父権文明から新母権文明へ

テーマ:父権物質文明から新母権霊性-霊物文明へ

雪伝問題を見ると、戦争資本と平和資本のハルマゲドン、ゾロアスター教の善・光と悪・闇の闘争のようである。ヤハウェVSキリスト(又は聖霊)のように思える。
 しかし、これは、新太陰=新母権=新東洋の時代を意味するように読めるだろう。
 どうして、戦争資本は弱体化しているのだろうか。とまれ、手負いの獅子であるから要注意ではある。
 ポスト英米時代氏が説くように、戦争資本の陰謀が露見してしまったことが一つの要因であろう、例えば、スライブのように。
 しかし、もっと深い原因がありそうである。
 これは、やはり、ヤハウェ的父権精神ではなく、キリスト的あるいは、聖霊的新母権精神が地球人の意識の中に芽生え出したことを意味するのではないだろうか。
 新母権精神は他者を自己の内に見るものであり、他者との共存を重んじる精神である。
 それに対して、ヤハウェ的父権精神は他者を否定し、抹殺する暴力的精神である。西洋文明において、これまで、ヤハウェ的父権精神が支配的であったが、21世紀になり、キリストないし聖霊的新母権精神が内現して、前者を解除する方向を取り出したのではないだろうか。
 これまでの不連続太陰イデア論/心智学から見ると、ヤハウェとは、自我精神であり、いわば、悪魔精神である。これが、これまで、西洋文明を支配してきたのである。
 ようやく、排除されていた太陰精神が覚醒し出したと思われるのである。これこそ、真の光・善の精神である。(D.H.ロレンス風に美術的に言うと、ダーク・サンやダーク・ゴッドである。)
 アフラ・マズダ、天照大御神、キリスト、ミトラ、等々である。
 しかし、日本は
ヤハウェ戦争資本悪魔団
に憑依されたままである。
J.S.バッハ ”目覚めよ、と呼ぶ声が聞こえ” BWV645 ‐ ニコニコ動画:Q
Bach - Cantata BWV 140 - Peter Schreier - Sleepers wake - YouTube
J. S. Bach - Kantate "Wachet auf, ruft uns die Stimme", BWV 140 ...

◆ 2013/07/07(日)2  サイバー戦争の時代に…
snowden 世界は、サイバー&諜報戦争の時代に突入している。ミサイルやジェット戦闘機を大量動員するハードな戦争の時代は終っている…。
なぜか?
核も含めた爆撃戦=熱いハードな戦争でネット網がズタズタに破壊されると、情報の流れとカネの動きが止まり世界経済はマヒ!恐慌状態!
この事態を産業資本と金融資本が徹底的に嫌うからだ。これが、戦争マフィアが駆逐・追放される理由だ。
以上のことを軍師・金正恩は知り抜いていたので、逆に熱い戦争を挑発 したのだ。
その一方で、金正恩は、アップル製品などアメリカの電子機器をワザとらしく机上に置くなどしてサインを送った…。
金正恩の読み通り!反戦グループのボス、ジョン・F・ケリーが熱い戦争を止めた…。

さて、スノーデン。
米国諜報システムのトップシークレットを完全に把握した人財として、サイバー戦争の時代、スノーデン元CIA職員が如何に重要な存在であるか!
このことをプーチンは知り抜いていた。
だからこそ「美しすぎる女スパイ」まで動員して必死の工作をしているのだ。

スノーデンの人財価値については、『スノーデンはドコにいる? 』に詳しく書いた。再読あらんことを!

そーいえば…、
「勝谷誠彦が『スノーデンの情報など大したことない』と言ってますが…」
という電話があったっけ。
「勝谷なんざ、無責任な口先オトコの典型で… 」とネットゲリラが言ってたが、その通りだ夜!と答えておいた。www

ところで…、
日本は、相変わらず発想の転換ができないままで、ま〜だハードな戦争にこだわっている。

軍事オタクの石馬鹿 などは、金正恩のオドシをマトモに信じてしまい…、
「北朝鮮の弾道ミサイルによる攻撃などを未然に防ぐための“敵基地攻撃能力”の具体的な検討を政府・与党は早急に行うべきだ」
などと米国の武器商人を喜ばせる始末。

防衛省なんかもハード重視主義から抜け出せない! つーか、米国戦争屋資本の言うがままにベラボーに高いハードを買わされ…、
「イージス艦8隻態勢に 2隻増、ミサイル防衛を強化 」
だって。

さらに近々、これまた何千億円もする巨大な航空母艦(ヘリ空母) 2隻が新造なって、合計4隻もの空母が“対中国防衛”に向けて「軍艦マーチ」を鳴らすらCーが…、軍国主義ヌッポン!ぐあんばって猪ー大寝!
以上。
飯山一郎





LittleHP





日本が生まれ変わる為の処方箋:肚の復活、太陰・魂・気のイマジネーションや直観、自然崇高美への開眼

テーマ:日本大覚清創造:心的革命宣言:霊的進化

昨夜深夜は、蒸し暑く、なんと室温が28℃もあり、東電に儲けさせたくないが、寝苦しいので、クーラーをつけた。
 ところで、昨日は、気ままに、近場をサイクリング(この言葉、音が軽く好きではない。いい言葉がないか。英語を使うなら、バイスィクリングはいかが。)したが、景観が自動車優先力学のため、酷く無惨無様に破壊されているのにいささか動揺、暗澹とし、暗い日本について思いを巡らせた。
 今は余裕がないので、一言言うと、唯物論、利己主義に染まり切った日本を蘇らせることを考えた。
 日本は今、破滅の奈落に落ち込んでいるのである。これから脱するには、一切合切の生まれ変わりが必要である。ラディカルな変革しかない。もっとも、ことは一つ一つ、小さなところから始まるのであるが。(確かに、新しい始まりがネットその他では感じられるが、まだまだ、微弱である。)
 私が学生の頃、1975年前後、日本人が利己主義でずるずる生きていくだろうと感じたのであるが、果たして、そうなり、今日の破滅的状況になっているのである。
 一言で言えば、倫理・道徳・モラルのない生き方である。私自身、淪落人間であり、大きなことは言えないが、それでも、倫理・道徳・モラルのかけらはある。
 これは、他者の肯定を意味するのである。(思うに、キリストの教えも一言で言えば、これであろう。)
 他者を認識し、他者を目覚めさせることはたいへんである。
とまれ、日本の夜明けは、道徳・倫理・他者の目覚めにあると言えよう。
 日本の今日の狂気は、利己主義(シュタイナーなら、アーリマンの暴力)に拠るのである。これは、支配者も被支配者も同罪である。
 そう、全体的ヨミガエリが必要なのである。今日、日本のすべてが狂っているのである。

追記:異常、狂気が日常になっているのが現代日本社会である。無理が通れば道理が引っ込む。

Jnmoio9g926amzhs7ui7aymp5xiwd7p1
http://wereallmadhere.muzy.com/#lightbox_post_206795612

“'But I don’t want to go among mad people,' Alice remarked.
'Oh, you can’t help that,' said the Cat. 'We’re all mad here. I’m mad. You’re mad.'
'How do you know I’m mad?' said Alice.

'You must be,” said the Cat. 'or you wouldn’t have come here.'”

http://thinkexist.com/quotation/but-i-don-t-want-to-go-among-mad-people-alice/354874.html

追記2:どうして、倫理・道徳・モラルがなくなるかと言えば、それは、簡単である。自我主義=利己主義は他者を否定する同一性主義であるから、必然的に、他者性=倫理・道徳・モラルがなくなるのである。自我の独善・独断化があり、それが、他者性という倫理・道徳・モラルを喪失させるのである。
 先に説いたように、極大化した陽がヤハウェ=外在的超越性であり、これが、自我、父権的自我の極であると思う。これは、内在的超越性である太陰、即ち、他者を排除するのである。

追記3:シュタイナーは、人間の課題は道徳感情を形成することにあると述べている。確かに、近代主義化以前は、旧い共同体の倫理があったが、ハイパーに近代化すると、それが崩壊するのであり、利己主義、自我中心主義となり、無道徳・没倫理・没モラルとなるのである。だから、道徳感情を形成するというのは、理屈に合うと言えよう。つまり、新道徳・新倫理・新モラルの形成という課題があるのである。





医療智学(医智術)へ向けて:心と気と身体と食と医薬

テーマ:健康&治癒:森気浴:医食同源:小食菜食

病気と心:病気心智学:心のカオスと心のコスモス(秩序・バランス・ハーモニー):心のアートと人生
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11566877276.html

先に以上のように、病気と心の相関性について言及したが、これは必要論であるが、十分論にはなっていない。
 いわば、精神論であるが、それと相補的に、食、治療物質論、つまり、医薬論が必要である。
 この点は理論的には弱点であり、これから形成していかなくてはならない。
 とまれ、心と病気の連関性は考えた。後、治療するための、医療物質論、医薬論が必要なのである。
 とりあえず、シュタイナーの医療論をあげておく。いわば、ピューリタン的な医療論であり、実際的ではないように思える。例えば、アルコールやコーヒーの害悪を説いているのである。

治療教育講義 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
¥1,260
Amazon.co.jp


内容紹介
シュタイナーの最晩年、生涯ただ一度若い治療教育家たちのために語った十二回の講義。人間の性と障害の問題を霊学の立ち場から追求、大きな展望を与える。シュタイナーの教育思想の本質的なものがここにある。
--このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。

内容(「BOOK」データベースより)
「ゲーテは植物が異常を現わすとき、そこに“原植物の理念”を見つけ出す最上の手がかりを見ています。…霊的な生きものである人間の場合にも、基本的には同じことが言えるのです。人体に潜んでいる異常性は、人間本来の霊性を外に開示してくれるのです」。この直観を宇宙大に拡張し、人類を巨大な障害児と見れば、“原人間の理念”探究に捧げられた人智学の使命が理解できよう。本書は医療と教育の現場に向けて語られた唯一の治療教育本質論であるとともに、シュタイナー思想の極北でもある。貴重な証言「人智学的治療教育の成立」(A.シュトローシャイン)を併載。改訳決定版。

オカルト生理学 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
¥1,155
Amazon.co.jp


病気と治療/イザラ書房
¥2,310
Amazon.co.jp


健康と食事/イザラ書房
¥2,310
Amazon.co.jp

健康と病気について 新装改訂版―精神科学的感覚教育の基礎 ドルナッハ・ゲーテアヌム建設労働者へ.../ホメオパシー出版
¥3,150
Amazon.co.jp


身体と心が求める栄養学/風濤社
¥1,995
Amazon.co.jp


秘されたる人体生理 ~シュタイナー医学の原点~/イザラ書房
¥3,150
Amazon.co.jp


アントロポゾフィー医学の本質/水声社
¥2,625
Amazon.co.jp

シュタイナの教えたこと38
www.megaegg.ne.jp/~moon/steiner29.html - キャッシュ
1. はじめに 今回からテーマがかわります。病気・治療・健康について考えていきたいと
思います。第1回目は、今年2月に開かれた日本シュタイナー幼児教育協会総会での
講演(「子どもの病気の意味と手当て」講師大住祐子さん)のノートをもとに学んでいき
たい ...

シュタイナー「『カルマの開示』を読む」メニュー に戻る - Bekkoame

www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/karma/karma0.html - View by Ixquick Proxy - Highlight

ルドルフ・シュタイナー. 「カルマの開示」(GA120)を読む. ○参照テキスト/「 シュタイナーのカルマ論/カルマの開示」(高橋巌 訳/春秋社). ○第1講 個人、個性、 地球、宇宙におけるカルマの本質とその意味 (1998.10.24

ルドルフ・シュタイナー博士『アントロポゾフィー』 - 食べない生き方
inedia.jp/steiner.html - キャッシュ
ルドルフ・シュタイナー博士は、オーストリア帝国クラルイェヴェク出身の神秘思想家で、
... オーラ体を再調整する事がなければ、仮に病気を治したとしても、 ... ヒポクラテスの
時代から、生のミルクやバターは病気の治療の一環として使われてきました。 乳製品を
...

カルマと医療 - 西川隆範シュタイナー系アーカイヴ - Gooブログ
blog.goo.ne.jp/steinerclub/.../51665aad453597a3a9b915c33a5277f0 - キャッシュ - 類似ページ
2006年12月16日 ... シュタイナーがカルマ論の観点から病気の意味をどう考えたかを見てみるまえに、
シュタイナー派の医学について概観 ... 空気を呼吸しないと生きていけないように、心は
美を呼吸しないと枯渇する、とシュタイナー派の芸術治療では考えている。

病気とは何か---(シュタイナー)|このままではヤバイ - Ameba
ameblo.jp/almond51/entry-10265682959.html - キャッシュ
2009年5月22日 ... 言葉を継いでシュタイナーは言う。「病気が一つの器官しか冒していないとしても、この
治療法は肉体機構全体におけるその器官のおおもとを治療」する。骨折のような場合は
転落などの物理要因が明らかだ。しかし「なぜある人と接触した場合、 ...

秘教学徒本文 - 薔薇十字 ルドルフ・シュタイナー研究
roseandcross.kakurezato.com/page002.html - キャッシュ
シュタイナー教育の実践」に糖尿病やリューマチに関して以下のような記述があります。
ある年齢になって糖尿病かリューマチになった人を見てみましょう。人々は、いつも現在
しか考慮しません。その病気の治療法しか考えません。治療法を考えることに対して ...

シュタイナーと医学
www.yokkaichi-u.ac.jp/seisaku/Labo/.../steiner-medical.htm - キャッシュ - 類似ページ
日本語訳は2006年に出版されました。 マイケル・エバンス他『シュタイナー医学入門』
群青社、2800円「1医学の領域の拡大」「2生命に関する新たな研究」「3心魂」 「4精神」
「5病気の二大タイプ」「6薬剤の使用」「7芸術療法」 「8治療マッサージと水治療法」「9 ...

シュタイナー医学 - Welcome to NTS page
nts-corporation.jp/index.php?シュタイナー医学 - キャッシュ
注:残念ながら、日本では薬事法により、ヤドリギ製剤の輸入は行われていません。
急速な高齢化による膨大な医療費を抑制するためにも、薬事法という古い規制を緩和し
、最適な治療を選択することができる環境を整えて欲しいと願うものです。) 病気や治療
...

シュタイナーの信じた、ヤドリ木信仰とガン治療薬 Gray Wisdom/ウェブリ ...
gray-wisdom.at.webry.info/201004/article_2.html - キャッシュ
2010年4月26日 ... Gray Wisdomのシュタイナーの信じた、ヤドリ木信仰とガン治療薬に関する詳細記事。
... また、樫の木に寄生するヤドリ木、りんこに寄生する、その他の木へ等でそれぞれの
病気に対する効果が異なり、使用方法も皮下注射の場合と静脈注射 ...

こころとからだの深呼吸 : シュタイナーのアントロポゾフィ医学入門講座 ...
tsumuginomori.livedoor.biz/archives/52226162.html - キャッシュ
2012年1月29日 ... わたしも一時期シュタイナーの哲学に興味を持ち、 『いかにしてより高次の世界の認識を
獲得するのか?』や『神秘学概論』『ヨハネ福音書講義』や『病気と治療』などをよみあさり
オイリュトミーの真似をしたり、 息子をシュタイナー教育で育て、

シュタイナー「精神科学と医学」メニューに戻る
https://r5.quicca.com/~steiner/novalisnova/steiner/.../Medizin.html - キャッシュ
ルドルフ・シュタイナー. 「精神科学と医学」. (GA312). 翻訳紹介&解説. この「精神科学
と医学」は、シュタイナーの医学に関する基本的な考え方を深く知るために不可欠な
テキストです。医学を専門とする方だけでなく、人間の身体というものを自然との関わりで
...

シュタイナー研究室に戻る - Bekkoame
www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/Steiner.html - キャッシュ - 類似ページ
○ルドルフ・シュタイナー 『エソテリック講義の内容から参加者の覚え書き』GA266 (
佐々木義之 訳) (2013.2.21登録) ・秘教講義 ハンブルグ2-11-1907. ○「精神科学と
医学}(GA312)翻訳紹介(yucca訳)*17講訳修正 (2013.2.14.登録) PDFデータ ...





病気と心:病気心智学:心のカオスと心のコスモス(秩序・バランス・ハーモニー):心のアートと人生

テーマ:病気哲学:心のカオスとコスモス:心アート

今は詳述できないが、病気とは深い意味をもっているのではないかと直観されたので、考察したいと思う。
 私自身、大病(心臓に穴があく先天的な病気:バルサル恫動脈瘤破裂による心不全)したが、幸い、森気浴ー断酒ー1日2食ベジタリアンー豆乳ヨーグルト食の四元的ライフスタイルで、元気で暮らしているが、私の周囲に病気の人が多くいて、病気について閃いたので、考察したいと思う。
 しかし、今は余裕がないので、一言言えば、霊学におけるカルマ説に肯定的である。しかし、ポイントは、現実における自分の心の分析にあるのである。過去世の行ないの結果という視点ではなく、今現在の自分の心の分析に意味があると思うのである。
 そう、私の直観は心の歪みが病気を作っているというものである。そう、また、病気だけでなく、不幸も心の歪みがもたらしていると直観されるのである。
 心の哲学、心のアート、心の乳酸菌化が必要である。
 心はスピリットであり、また、身体のディレクターである。

追記:心はまた、気でもある。そう、心の構成層として、気層があると思う。気層は身体層と関係するのである。気感覚層が気と身体の中間層であろう。
 また、当然、心の構成層には、他に、知性ー思考層(陽)がある。ここは、自我と関係するのである。
 また、心の基底に太陰(肚)層がある。これは、他者層でもあり、今日、ほぼ忘却されている。
 そう、気はまた、知性ー思考ー自我と関係している。後者が肥大化すると、気は歪むのであり、太陰が抑圧されるのである。
 とまれ、ポイントは気である。気圏である。これは、波動であるので、個体を超えて、他者と関係するのである。そう、気の環境があるのである。気環境圏である。これは、気のコスモスの一部である。
 気環境圏は、気の信号が送受信されているだろう。
 この気の信号と共振・共鳴すると、個体は、気の恵みを受けられるようになるだろう。気福、気恵、気運である。
 健康は単に物質身体だけでなく、この気環境圏に関わるのである。
 健康であるが、それは、気的身体の秩序に存すると言えよう。
 雑駁な内容になっているが、ポイントは、やはり、身体と心をつないでいるのは気であるということである。
 そして、気は太陰が根源のように思えるのである。つまり、太陰気が元になって、心と身体を形成するのではないだろうか。
 後で整理したい。


2013年07月05日(Fri)▲ページの先頭へ
病気と心:病気心智学:心のカオスと心のコスモス(秩序・バランス・ハーモニー):心のアートと人生
テーマ:病気哲学:心のカオスとコスモス:心アート

今は詳述できないが、病気とは深い意味をもっているのではないかと直観されたので、考察したいと思う。
 私自身、大病したが、幸い、森気浴ー断酒ー1日2食ー豆乳ヨーグルト食の四元的ライフスタイルで、元気で暮らしているが、私の周辺に病気の人が多くいて、病気について閃いたので、考察したいと思う。
 しかし、今は余裕がないので、一言言えば、霊学におけるカルマ説に肯定的である。しかし、ポイントは、現実における自分の心の分析にあるのである。過去世の行ないの結果という視点ではなく、今現在の自分の心の分析に意味があると思うのである。
 そう、私の直観は心の歪みが病気を作っているというものである。そう、また、病気だけでなく、不幸も心の歪みがもたらしていると直観されるのである。
 心の哲学、心のアート、心の乳酸菌化が必要である。
 心はスピリットであり、また、身体のディレクターである。

追記:心はまた、気でもある。そう、心の構成層として、気層があると思う。気層は身体層と関係するのである。気感覚層が気と身体の中間層であろう。
 また、当然、心の構成層には、他に、知性ー思考層(陽)がある。ここは、自我と関係するのである。
 また、心の基底に太陰(肚)層がある。これは、他者層でもあり、今日、ほぼ忘却されている。
 そう、気はまた、知性ー思考ー自我と関係している。後者が肥大化すると、気は歪むのであり、太陰が抑圧されるのである。
 とまれ、ポイントは気である。気圏である。これは、波動であるので、個体を超えて、他者と関係するのである。そう、気の環境があるのである。気環境圏である。これは、気のコスモスの一部である。
 気環境圏は、気の信号が送受信されているだろう。
 この気の信号と共振・共鳴すると、個体は、気の恵みを受けられるようになるだろう。気福、気恵、気運である。
 健康は単に物質身体だけでなく、この気環境圏に関わるのである。
 健康であるが、それは、気的身体の秩序に存すると言えよう。
 雑駁な内容になっているが、ポイントは、やはり、身体と心をつないでいるのは気であるということである。
 そして、気は太陰が根源のように思えるのである。つまり、太陰気が元になって、心と身体を形成するのではないだろうか。
 後で整理したい。


2013年07月04日(Thu)▲ページの先頭へ
日本父権主義粉砕と日本女性解放:心の怯えと因循旧慣墨守:日本女性の心のアンシャンレジーム
テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

私はそれなりに外国(東洋であれ、西洋であれ)の女性と実際であったり、メールであったり、接する機会がある方であるが、どうも、日本女性の社会的姿勢には問題があるように思えてきた。
 今日の外国の女性は自立できていて、積極的で、実に明朗である。物事を率直に言うのである。明快である。
 それに対して、日本女性は、なにか不明朗、消極的、コミュニケーションを積極的にもとうとせずに、日常の型に留まろうとするように思えるのである。(追記:あるいは、逆に、自己中心的に傲慢であったりするのである。)
 そう、一言で言えば、勇気が欠落しているのである。個としての自立・独立が欠落しているように思えるのである。
 つまり、集団的発想で動いていて、自ら未来を切り開かない姿勢に見えるのである。
 もっとも、それにあてはまらない積極的女性は当然、いるのではあるが、少ないと思う。
 この問題はさらに考察する必要がある。何故なら、日本未来に関して、重要な問題を含んでいると考えられるからである。

追記:当然、男性にも問題があるだろう。一言で言えば、父権主義が支配しているのである。父権同一性主義である。

追記2:女性の心が自由に開かれていないのである。個として、心が開かれていず、なにか屈折している。というか、臆しているのである。
 そう、臆病である。新しい経験を恐れているのである。新しい経験に怯えているのである。
 保守化というより、閉鎖・閉塞化である。因循である。
 日本人は心的革命が必要である。心の閉塞が今日の狂気の支配構造を生んでいると言えよう。

追記3:さらに推測するに、今日、太陰的個が目覚め始め出している時代であるが、それに対して、戦後唯物論に洗脳された旧い日本人がその目覚めに抵抗しているように思えるのである。そのため、単に、閉鎖閉塞的のみならず、うつ病等の心病になったりするのではないだろうか。
 太陰個の目覚め、肚的個の目覚め、これは、古代的ルネサンスになるのである。

追記4:戦後日本人は、太陰・陰を排除・否定してきたと思う。GHQの占領支配によって、日本伝統文化を否定され、米国近代合理主義を金科玉条にしてきたのである。
 では、何故、太陰・陰を恐れるのかと言えば、それは、絶対的個であるからである。それは、一切の集団主義を否定するからである。
 ところで、今日的なD.H.ロレンスであるが、彼にも恐れがあった。女性的個的独立を恐れたのである。
 彼は太陰に根挿しながらも、太陰的女性を恐れたのである。
 それは、彼の中の父権主義が原因だろう。


   




新着トラックバック/コメント


カレンダ
2013年7月
 
     

アーカイブ
2006年 (104)
7月 (9)
8月 (6)
9月 (7)
10月 (9)
11月 (39)
12月 (34)
2007年 (542)
1月 (48)
2月 (49)
3月 (67)
4月 (45)
5月 (44)
6月 (1)
7月 (33)
8月 (67)
9月 (47)
10月 (42)
11月 (49)
12月 (50)
2008年 (623)
1月 (40)
2月 (29)
3月 (26)
4月 (38)
5月 (32)
6月 (48)
7月 (49)
8月 (61)
9月 (68)
10月 (86)
11月 (86)
12月 (60)
2009年 (472)
1月 (82)
2月 (66)
3月 (58)
4月 (32)
5月 (27)
6月 (34)
7月 (35)
8月 (26)
9月 (36)
10月 (30)
11月 (28)
12月 (18)
2010年 (251)
1月 (19)
2月 (29)
3月 (29)
4月 (11)
5月 (25)
6月 (33)
7月 (28)
8月 (23)
9月 (15)
10月 (18)
11月 (8)
12月 (13)
2011年 (126)
1月 (11)
2月 (12)
3月 (13)
4月 (12)
5月 (6)
6月 (4)
7月 (5)
8月 (11)
9月 (15)
10月 (7)
11月 (16)
12月 (14)
2012年 (117)
1月 (10)
2月 (13)
3月 (6)
4月 (6)
5月 (14)
6月 (8)
7月 (11)
8月 (7)
9月 (3)
10月 (24)
11月 (9)
12月 (6)
2013年 (145)
1月 (12)
2月 (11)
3月 (9)
4月 (21)
5月 (10)
6月 (9)
7月 (17)
8月 (9)
9月 (5)
10月 (22)
11月 (13)
12月 (7)
2014年 (91)
1月 (6)
2月 (13)
3月 (18)
4月 (5)
7月 (4)
8月 (26)
9月 (7)
10月 (5)
11月 (6)
12月 (1)
2015年 (61)
1月 (6)
2月 (12)
3月 (8)
4月 (14)
5月 (10)
6月 (4)
7月 (6)
8月 (1)

アクセスカウンタ
今日:1,024
昨日:2,176
累計:4,612,342