INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2013/04/14

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2013年04月14日(Sun)▲ページの先頭へ
不連続的陰陽イデア論:陰イデア∞陽イデアのメビウスの輪と太一イデア
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11511333265.html

不連続的陰陽イデア論:陰イデア∞陽イデアのメビウスの輪と太一イデア

テーマ:不連続的陰陽イデア論:不連続的差異共振論

森で考えた。
 陰陽様態はメビウスの輪のイメージで考えるといい。そして、その中心を垂直に、つまり、それに直交するのが、太一軸である。
 次に、陰と陽をイデアと考えると明快になると思う。即ち、陰イデアと陽イデアであり、また、陰陽様態は陰陽イデアであり、それは、超物質と考えられる。
 気は陰陽イデア・エネルギーであると考えられる。
そして、知性であるが、それは、陽イデアであり、感性は陰イデアである。陽イデアは霊、陰イデアは魂ということでもあると思われる。
 そして、陰イデア、陽イデア、陰陽イデアを統括しているのが、太一イデア、原イデア、大イデアである。
 そして、陰陽イデアにおいて、陽イデアの連続同一性作用によって、物質化が為されると考えられる。
 陽イデアの連続同一性作用は同時に、陰イデアの連続同一性作用であり、両者、プラスとマイナスの対構造を作ると考えられる。これが、DNAの二重らせんの基本になっているのではないだろうか。もっとも、それ以前に原子構造の基本であろう。この点は後で検討したい。
 人間の精神は上記したところから、陰陽イデア体であると言えよう。それは、当然、不死不滅、永遠存在である。
 物質的生と死を繰り返し、因果応報により、進化していくのだろう。(俗に、輪廻転生であるが、陰陽イデア体の発展プロセスと見るといいだろう。)
 結局、陰陽をイデアと見るのが、キーポイントなのである。これによって、様々な問題が解明されよう。
 陰陽イデアである人間精神(人間身心)は、その思考から、身体や物質を形成するのがわかるだろう。精神は物質を形成するのである。
 ただし、病気に関しては、陰陽イデアの欠陥と同時に物質的身体の故障を考えなくてはならない。
 結局、物質とは、不連続的陰陽イデアの連続体なのである。連続体は生成消滅するが、不連続的陰陽イデアは不滅なのである。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)/講談社
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『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一著)の説く「生命とは動的平衡にある流れ」というテーゼであるが、動的平衡とは、不連続的陰陽極性のもたらすものであり、当然、陰陽はエネルギーを生成するので、流れがあるのである。

追記:陽イデアは光であり、陰イデアは闇である。光と闇は二つの「光」(参考:twilight)と考えられる。
 問題は、陽イデアが主導化したとき、連続同一性化=物質化が生起し、プラスとマイナスの対・相補構造が形成されるが、陰イデアが主導したとき、何が起るのか。これは、課題としておく。
 とまれ、明快に区別するため、陽イデア=光を陽光、陰イデア=闇を陰光と呼ぼう。
 ならば、太一には「光」はないのか。私が以前、超光と呼んだものがそうではないのか。超越光とも呼んだ。そうしておこう。

追記2:陽光、陰光ではなく、明光と暗光の方がいいのでは。(追記:可視光と不可視光)

resurrectionのブログ: JaponAsia GreatE AwaKleaning!

http://blogs.yahoo.co.jp/bouchan_chika/14767392.html

メビウスの帯 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/メビウスの帯 - キャッシュ - 類似ページ
メビウスの帯. メビウスの帯(メビウスのおび、Möbius strip, Möbius band)、または
メビウスの輪(メビウスのわ、Möbius loop)は、帯状の長方形の片方の端を180°ひねり
、他方の端に貼り合わせた形状の図形(曲面)である。メービウスの帯ともいう。 数学的
に ...




グリーン・イデア・エロース:キリスト愛とプラトン・エロースの一致

テーマ:フォレスト・フィロソフィア:森の哲学

先に、キリスト愛とプラトン・エロースを比較したが、そこでは、両者区別があった。しかしながら、あらためて考えたら、両者一致する考えられたのである。
 簡単に言うと、キリスト愛は、自我欲の解体、連続的同一性自我欲の解体をもたらすのである。即ち、他者肯定によって、新たな陰陽イデア体を発動させるのである。つまり、連続的同一性中心主義によって隠れていた、抑圧排除されていた陰陽イデア体が発動するのである。
 それは、根本の太一エロースを帯びるのである。だから、キリスト愛とプラトン・エロース(イデア・エロース)は一致するのである。
 太一=大イデアは植物的生命イデアと考えられるので、それは、キリスト愛=プラトン・エロースをグリーン・イデア・エロースとも呼べよう。
 今はここで留める。





蛇は螺旋、永遠の生命の象徴だろう:母権文明の精神

テーマ:フォレスト・フィロソフィア:森の哲学

後で少し説明したい。


理論名称:不連続的陰陽論:不連続的差異共振理論よりも明快である
理論名称:不連続的陰陽論:不連続的差異共振理論よりも明快である

テーマ:不連続的陰陽論:不連続的差異共振理論

理論名をプラトニック不連続的差異共振理論と長い名称にしたが、これは端的に長過ぎるし、ピンと来ない。理論名称を不連続的陰陽論にした方が、すっきりとするだろう。
 ここで、物質原理を言えば、それは、連続的同一性原理である。陰陽共振の外側に連続的同一性原理による物質が形成されるのである。
 内部には、陰陽共振(気)があり、外部には物質があるのである。これは、生命物質体である。
 人間の場合、連続的同一性原理が一般生物よりも強化されているのであり、連続的同一性中心主義になっていると考えられる。
 この縛りを、不連続化が解除するのである。そして、脱連続化によって、主観は、いわば、カオスの他者に遭遇するのである。
 しかし、それは、コスモス的カオスである。つまり、陽が陰に出会っているのであり、陰陽共振が生起しているのである。
 これは、太一への志向性である。カオスモスという言い方は適切かもしれない。
 問題は、陰は動物的陰と植物的陰があると思われる。これは、欲望でもある。動物的欲望と植物的「欲望」が生起すると思われる。
 そう、動物的欲望がプラトンの説く万民向けのエロースで、植物的「欲望」が天上的エロースに当たるように思える。
 思うに、前者は陰陽共振をもたらさない。陰陽破壊である。それに対して、後者は陰陽共振をもたらすと思う。太一への方向である。
 このカオスモスであるが、動物的欲望を昇華する方法があるのだろうか。
 今の考えでは、それは、健康的視点である。何故なら、動物的欲望は健康を破壊するものだからである。それは、陰でありながら、陰自体を破壊するのである。
 だから、動物的欲望を避けて、植物的「欲望」の肯定によって、陰の肯定がもたらされ、陰陽共振が成就すると考えられる。
 思うに、動物的欲望は男性に傾斜していて、植物的「欲望」は女性に傾斜しているように思われるのである。
 とまれ、植物的「欲望」の肯定によって、陰陽共振(気)がもたらされ、それは、また、美・愛(エロース)である。
 そう、太一(太極)とは、生命イデアである。それも植物的生命イデアである。動物的生命ではないだろう。
 初めに、植物的生命イデアありき、となる。
 ここで、キリストの愛を考えると、それは、植物的「欲望」、エロースと同じなのだろうか。
 確かに、キリスト愛も植物的「欲望」に通ずるだろう。しかし、何か、エロースと呼べないものがあるようだ。これは措いておこう。
 とまれ、植物的「欲望」の観点(感点)から、太一=植物的生命イデアへの志向が生まれるように思われる。
 それは、美的であり、また、性的である。しかし、美的性愛的である。
 そう、美と愛と性が融合したものである。
 問題は異性愛である。やはり、植物的異性愛と動物的異性愛があるのではないだろうか。
 私が唱えるセクシー・スピリチュアリズムとは、前者と考えられる。イデア的なエロースである。
 
追記:キリスト愛であるが、やはり、それは、精神主義的愛であり、エロース的ではないと思う。いわば、カント的な格率、当為になっていると思われるのである。汝為すべしである。
 しかしである。その精神主義的愛の源泉は、精神的エロースではないのか。つまり、初めに、イデア的エロースありきではないだろうか。女性的植物的エロースである。
 ならば、植物的エロースが精神主義的愛になったのがキリスト愛と言えよう。
 そうすると、キリスト愛とは、精神主義的愛と植物的エロースの中間に位置するように思える。
 しかし、前者が優位である。
 だから、聖霊の時代とは、精神とエロースとの均衡の時代、精神とエロースの真のバランスの時代ではないだろうか。
 私がいう気的身体理性の時代ではないだろうか。
 精神とエロースの両極をもつ植物的エロース精神である。
 



Sat, April 13, 2013
生命原理とは何か:動的平衡論と不連続的陰陽論

テーマ:不連続的陰陽論:不連続的差異共振理論

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)/講談社
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177ページまで来た。
 とても知的興味の起る名著である。
DNAの二重らせん構造発見の生臭い裏話と知的ミステリーが一体となり、実に「面白い」評論である。確かに、著者は文学的素養・才能がある。文理融合型知性である。
 とまれ、先に触れたが、著者の唱える生命における動的平衡という概念は、不連続的差異共振理論(不連続的陰陽論)で説明がつくと思われるのである。
 多忙なので、読書時間が短い。


   




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カレンダ
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