INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2012/09

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2012年09月24日(Mon)▲ページの先頭へ
三角錐と無双PS原理:超越軸を考えれば、三角錐という根源的概念はわかりやすいだろう
三角錐と無双PS原理:超越軸を考えれば、三角錐という根源的概念はわかりやすいだろう
テーマ:無双PS原理
生成門氏は、最近はしきりに三角錐の根源性を説いているが、これまでわかるような、わからないような感じであった。三元性、つまり、三角形は、すぐわかるのであるが。
 結局、無双PS原理における超越軸を入れた三次元空間を考えれば、三角錐はすぐでてくるのである。つまり、超越軸+三次元である。
• 三角錐を発見するのは楽しい (0)

契機モデルを三角錐にする
http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111504367
の続きです。

存在の様式


http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111517979
• 認識のリサイクルモデルの応用 (0)
• 知の脱構築のダイナミズム(運動) (0)
• 契機モデルを三角錐にする (0)
• 存在の様式としての契機モデル (0)
• 普遍と一般と個別の三角形 (0)
• 睡眠と覚醒を三角錐リサイクルとして構成できるか? (0)
シムダンス「四次元能」

<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |


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Mon, September 24, 2012
閃き:クレジットカードを使うな!:それは、菌幽死叛のドル箱だ!
テーマ:父権物質文明から新母権霊性文明へ
閃いた。クレジットカードは、庶民の敵だと。それを中止するのか、あるいは、できるだけ少なく使うことが、民主主義にかなうだろう。
 そう、つまり、使う金がなければ、人間は使わないものである。クレジットカードは使う金を意味する。だから、それがなければ、現金しか使わないということであり、現金も必要以上もつなということになろう。
 やはり、マイナス利子かそれに類した発想が必要である。
 でも、直観では、実数よりも虚数の発想が必要ではないか。以前、そのようなこと考えたことがある。
 つまり、貨幣を虚数価値とし、使用したときに、実数価値になるというようなことである。

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Mon, September 24, 2012
反日デモは、某国戦争資本権力と中国国内のそれに結託する勢力に拠るものであり、胡錦涛政権(中国健全
テーマ:国民の生活が第一党
どうやら、中国の実相・真相が見えてきたようだ。
 反日デモは、某国戦争資本権力と中国国内のそれに結託する勢力に拠るものであり、胡錦涛政権(中国健全権力)は、それを制する力をもっているということである。
 無能田政権を支配する某国戦争資本権力は、日中戦争ないし日中の不和を画策しているが、それ以上に、胡錦涛政権(中国健全権力)は盤石であるということであろう。
 そう、某国戦争資本権力国際複合体は、早晩、滅亡するだろう。

混乱の中でも、胡錦濤政権が丁寧に対応するのは、国民の生活が第一ですね。

東祥三幹事長、韓志強駐日中国公使の表敬を受け、意見交換(9/19)

東祥三幹事長は19日午後、国会内で韓志強駐日中国公使の表敬訪問を受けた。双方は尖閣諸島問題をめぐって意見交換し、事態を早期に収拾することが重要であるとの認識で一致した。会談には岡島一正総務委員長、相原史乃総務副委員長が同席した。

http://www.seikatsu1.jp/activity/88/
• やっぱりこうなりましたね。韓国・アメリカ自由貿易協定?wwwTPPと似てますね。
• 紙屑増えてもしょーがねーだろよwww
• 失速が始まった 橋下新党 支持率2%に真っ青
• 橋下徹氏の手相鑑定 「頭脳線短くガッツ石松と同じくらい」
橋下徹氏の手相に短い頭脳線
donのブログ





知性や理性を成立させるには、超理性というべき太極陰陽性が必要であるということである。
テーマ:manichaeism: 哲学
最近、理性という用語を見るようになった。しかし、先に述べたように、カントやヘーゲルにおける理性は、霊知性の意味であり、以下のような場合は、超越論的知性という方が適切であると思う。
 単に知性だと、自我的感情・欲望に引かれてしまうのである。自我的感情・欲望を抑えた(利己・利他的)知性が超越論的知性と考えられる。

追記:以下の説明だと、理性は、推論・論証的能力ということであるが、その意味なら、「理性のある」実業家とは言える。

追記2:超越論的知性ではないかと述べたが、それだと私のこれまでの議論と齟齬を来してしまうので、「理性」を超越論的知性というのは、廃棄する。
 ここら辺の問題は、精緻に検討する必要がある。間違いは、発見の元になるものである。
 とまれ、簡単に言えば、自己と知性(悟性)の関係である。あるいは、自己と理性との関係である。
 問題は自己同一性なのである。これが、自我感情・欲望と結びついているのである。
 自己同一性があるなら、知性や理性は、混濁してしまうのである。知性や理性を成立させるには、自己同一性ではない、差異他者の肯定が必要である。
 言い換えると、太極が必要である。
 陽=頭の自己に対して、陰=腹の他者が必要なのである。
 カント哲学では、実践理性の問題になってしまい、内在性がないのである。つまり、個的内在性がないのである。
 結局、造語をすれば、知性や理性を成立させるには、超理性というべき太極陰陽性が必要であるということである。


追記3:しかし、次のことは言えるのである。米国の超越論的知性は、言わば、悪魔的知性である。シュタイナー的には、悪魔アーリマンの業である。
米国は超越論的視点にあり、漁夫の利を狙っている:日本の無能田政権は利用されているだけ
テーマ:無双PS原理

無能田政権は、まったく、超越論的視点がなく、米国の超越論的視点によって、利用されている。これは、中国の戦争路線も同様である。
 とまれ、この超越論的視点・視野とは、カント哲学的視点であり、近代西洋哲学の成果である。
 これが欠落している日本の政治家は愚の骨頂である。

日本では報じられない反中国デモ

中国のように、デモが暴動にも発展せず日本国民の意思として反中国感情があり、それがデモに発展しているという事実だけを淡々と伝える方が、より健全な報道だと思いますが果たしてどうなのでしょうか?

この中国問題ですが、政治・経済界が中国に「遠慮」している間に、国民は冷静に反中国を実践しており、
中国向け旅行をキャンセルしはじめており、JAL・ANAの中国路線は大幅な減便や機材の小型化に踏み切っており(もちろん、中国も減便・運航停止等も実 践しています)、日中間の旅行者が激減してきており、現場段階で影響が出てきており、また、日本では中国人経営者の店にはいかないということも起こってお り、これがさらに激化すれば、中国国内の理性のある実業家は、政府に対して「我々の生活を脅かす政府はけしからん」として中国政府に対して圧力をかけるこ とになります。

これが更なる紛争を防ぎ、日中政府の暴走を止める唯一の方法だと言えます。
NEVADAブログ

理性 - Wikipedia

哲学における理性 [編集 ]
知性と理性の区別はギリシア哲学におけるヌース (知・叡智)とディアノイア(dia 経由して + noia 知: 間接知・推論知)の区別に基本的には由来する。また、古典ギリシア語では論理と理性を表す語はともにロゴス であったが、このロゴスという語は古典ギリシア語で元来は、比や割合という意味を有していた。そこから、ラテン語でも同じ意味を持つ日常語であったratioがロゴスの訳語とされ、ロマンス語 や英語で理性を意味する語もその流れを引き継いだ。セネカ によればこれはキケロ による訳語であるという。
こうした語の由来は、西欧の伝統において、理性や論理を類比的な方法・秩序として考える傾向をもたらした。こうした、理性的推論を比例モデルで理解 する時一番典型的なのが、三角測量や、特定の時刻での影の長さと棒との比例関係から、直接計れないピラミッドの高さを、その影の長さを基にして推論するよ うな場合である。
現代の英米圏の哲学(分析哲学 )にしばしば見られるように、理性は日常的に悟性 (狭義の知性)と混同した用法で(広義の知性として)使われるが、スコラ哲学 以来の西洋哲学 の伝統では「推論・論証 的能力としての理性」と「対象を把握する(understanding)能力としての悟性 」とを区別するのが普通である(明晰性、妥当性 は前者に、直観は後者に属する)。
理性と情動 [編集 ]
理性(あるいは高次の認知能力)は伝統的に、感覚 (senses)、感情 ・情動(feelings、emotions)、情念 (passions)等と対比的に用いられてきた。理性は純粋に精神的能力であり、情動は肉体的な作用であると考えられることもあった。例えば、非常に騒がしい場所にいる時やひどく悲しんでいる時には理性的な判断を下すのが困難になる。
近年、行動経済学 と実験心理学 は理性的な熟慮がかならずしも合理的な判断を引き起こさないことを示した(認知バイアス )。心理学の機能主義学派 は情動をヒトの生存と結びついていると考えていたが、同様に進化心理学 は認知バイアスや情動的直観が必ずしも不合理ではなく、特に我々の祖先の時代の環境では合理的な判断に結びついていた可能性を示した。これは理性と情動・感情が相互作用的または並列的に判断や意思決定 に関わっていることを示唆する。これは二重過程理論 あるいは二重プロセスモデルと呼ばれている[1] 。スタノヴィッチはこれまでに提案された二重プロセスモデルに類似したモデルを列挙している。それらは詳細は異なるが、次のような共通点を持つ。
• 理性的システム−ゆっくりと働き、長期的な利益を勘案することができ、主に大脳新皮質 に司られている。進化的な起源 は比較的新しい。
• 情動システム−即座に働き、短期的な利益(主に生存・繁殖)に関わり、主に大脳辺縁系 に司られている。進化的な起源は古い。
二つのシステムがどのように相互作用するかには、これらのモデルの提唱者の間でも合意がない。状況や判断の内容によってもことなる可能性がある。
理性の限界 [編集 ]
理性には限界があるのではないかという議論がある。 その例として、哲学者のカント は二律背反 を指摘している。アロー の不可能性定理 、囚人のジレンマ (選択の限界)、ハイゼンベルク の不確定性原理 (科学の限界)、ゲーデルの不完全性定理 (知識の限界)などもその例として挙げられる。[2]
脚注 [編集 ]
1. ^ キース・スタノヴィッチ 『心は遺伝子の論理で決まるのか-二重過程モデルでみるヒトの合理性』 椋田直子訳 みすず書房 2008年
2. ^ 高橋昌一郎 :『理性の限界』





天然生命体と遺伝子組み換え生命体は質が異なる:気的生命体と物質的生命体
テーマ:food:乳酸菌と食物
既述したが、気に基づく生命と人工的物質的生命とは異質であり、後者は、前者がもつ本来の健康的生命力はないと考えられる。余裕があれば、説明したい。
• おやおや、遺伝子組み換え作物ががんを発症させるんですな。
• 日本の将来に大変に危険なことが隠されています その2
• 日本の将来に大変に危険なことが隠されています その1
• 狙いはインフラ サイバー攻撃で水道が止まる

donのブログ





尖閣・日中問題:飯山一郎氏は厳しい状況を指摘:中国が米戦争屋を嫌うのは当然です。
テーマ:資本多極路線と覇権一極資本路線
有り体に言って、日中関係の現状は、わかりにくくなってきた。習近平次期総書記が、手のひらを返したように、平和路線に転じたことからわからなくなってきたとは言えよう。(彼は意外にそれほど、力はもっていないのでは?)
 私の見立ては、中国国内の平和路線と某国戦争屋と提携している対日強硬派路線の二つが相克しているというものである。
 後者は尖閣に対して、強硬な姿勢を取るだろうし、飯山氏はその方向で説いている。
 問題は、前者の力である。私の見立てでは、前者が後者を抑えつつあると見ているのである。
 しかし、某国戦争資本権力は日中戦争、東アジア戦争を起こすために、様々な手だてをとるだろう。
 しかしである。どうも、某国戦争資本権力の力が衰退しつつあるということもあるのである。
 そう、手負いの獅子であるから、最高に凶暴となるだろう。
 とまれ、今の暫定的な私の見立ては、中国は、上述のように、平和路線が戦争路線を今のところ抑えていると思う。もっとも、飯山氏の指摘のように、後者は虎視眈々と対日制裁へと向っているだろう。
 中国は、国内の権力闘争力学と対米力学の二つの力学に対処しなくてはならず、これは、優秀な知恵が必要であるし、それはあるだろう。
 情報が欲しいところである。
 
++++++++++++++++++++++
◆ 2012/09/23(日) 周到に進められる中国の対日制裁
北京空港も、上海空港も、広州空港も、日本国の航空機が到着しても、
管制官がタラップやブリッジへの誘導を故意に遅延させ、入管手続きも
日本人だけが長い列をつくり延々と待たされているという。
海上貿易も日本からのコンテナやカーゴの入管検査が厳格すぎるため
従来2日で終る検査が10日以上も待たされてしまうという。
中国は非常に厳しい「対日制裁」を発動しているようだ。しかも、これが
益々厳しくなる傾向だというから穏やかではない。
中国の「対日経済制裁」は、温家宝の発言 からも分かるように、覚悟を
決めた中央政府の命令で行われている。
まったくヒドイ話である。
しかし、これが現在進行中の、厳しい現実なのだ。
このままいくと、経済面で、日中は国交断絶状態になる。
いま、観光業界やホテル業界、また家電販売業界は、売上が激減し、
経済的な日中国交断絶の怖ろしさを肌身で感じているはずだ。
日中国交断絶! ここまでの「覚悟」を中国政府は固めている。
日本政府には、「覚悟」はおろか「当事者意識」もない。
「そのうちアメリカが何とかしてくれるハズだ…」ぐらいの意識しかない。
喧嘩は「覚悟」を決めたほうが必ず勝つ! これは喧嘩道の常識だ。
覚悟を決めて喧嘩を売ってくる中国と、覚悟もなく中国を挑発する日本。
この喧嘩、すでに勝負は見えている! そー「覚悟」したほうがEー。
中国は喧嘩や戦争となると、したたかというか、狡猾である。
たとえば中国は、パネッタ米国防長官を懐柔し、
「2014年の環太平洋合同演習(リムパック)に中国を招請する! 」
と言わせてしまった。
中国軍と米軍が、対等の友好関係を結んでしまったのである。 日本はアメリカの「ジャパンハンドラー」の指令に唯々諾々と従うだけで
したたかさも、狡猾さも、自己主張さえない。
もー完全に勝負は見えた。 これから日本の経済は悪化の一途だろう。
ただいま現在、中国という巨大な市場を失ったも同然なのだから…。
. 飯山一郎のHPへ

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親中国のパネッタ米国防長官の訪日にあ...
2012/9/22(土) 午後 2:27
新ベンチャー革命 2012 年 9 月 22 日  No.649 タイトル:親中国の パネッタ米国防長官の訪日にあわてた日本の外務省はキャンベル米国務次官補に火消しを頼んだのか:日米安保の正体が日本国民にばれる 1.尖閣問題:パネッタ米国防長官のそっけない対日表明に外務省大慌て   2012 年 9 月 21 ... すべて表示

新ベンチャー革命2012年9月22日 No.649

タイトル:親中国のパネッタ米国防長官の訪日にあわてた日本の外務省はキャンベル米国務次官補に火消しを頼んだのか:日米安保の正体が日本国民にばれる

1.尖閣問題:パネッタ米国防長官のそっけない対日表明に外務省大慌て

 2012年9月21日のNHK報道によれば、米国務省のキャンベル次官補が記者会見して、“尖閣諸島は日米安保の適用範囲内”と表明しました(注1)。

 このキャンベル氏表明は、先に訪日・訪中したパネッタ米国防長官の対日メッセージと微妙に食い違っています。

 上記、キャンベル氏表明は、日本の外務省・防衛省には馴染みのない親中国・パネッタ米国防長官の対日発言(尖閣問題で日本の味方をしない)にあわてた外務省が、馴染みのあるキャンベル氏(米国ジャパンハンドラーの一人)に揉み手で頼み込んで実現させた記者会見でしょう。

 いずれにしても、上記のドタバタから、米国政府高官の対日意思表示に統一性のないことがわれら日本国民に明らかになってきました、なぜでしょうか。

2.米国政府内の覇権争いは、中国の対米意思表示から察知できるが、日本のマスコミは決してわれら国民に教えない

 米国の対日外交にかかわる米政府内の意思不統一は、われら日本国民に混乱を与えるので、大問題のはずですが、日本のマスコミはそのことを、きっちり国民に伝えていません。

 本ブログNo.647 およびNo.648 にて、中国政府の対米意思表示について触れています(注2、注3)。

 それによれば、中国は、アンチ米国戦争屋のパネッタ長官とは握手するが、米戦争屋系のヒラリー国務長官とは握手しないという強烈な意思表示を行っています。

なお、上記、米国戦争屋(世界的寡頭勢力の主要構成メンバー)およびそのロボット・悪徳ペンタゴンを構成する日本人勢力の定義は本ブログのNo.576 の注記をご覧ください。

 上記、中国の強烈な対米意思表示から、われら日本国民は、米国政府内にて、極東戦略および対日戦略に関して二つの勢力(米戦争屋とアンチ戦争屋)が覇権争いしていることを察知しなければなりません。

 ちなみに、日本の現指導層およびマスコミは、アンチ戦争屋の小沢氏失脚の今、ことごとく、親・米戦争屋一色です。

 なお、本ブログでは、政官財・マスコミのこの連中を悪徳ペンタゴン日本人勢力と呼んでいます。

3.米国ジャパンハンドラー・キャンベル国務次官補は、ヒラリーの手下

 上記、NHKが報じたキャンベル氏は、ヒラリー・クリントン国務長官の手下です。そしてヒラリーは、中国から会談をドタキャンされてメンツをつぶされた米国務長官です(注2)。

 ヒラリーの背後には、米戦争屋がついており、アンチ戦争屋のパネッタ(オバマの派閥)とは、ライバルです。したがって、キャンベルとパネッタの対日発言が異なるのは無理もありません。

 それではなぜ、オバマ政権にアンチ・オバマのヒラリーが閣僚入りしているのでしょうか。それは、米戦争屋ボス・デビッドRFが、民主党政権下でも、自分の子飼いを政権内に強引に潜り込ませる習慣があるからです。

 ヒラリーはNY州の上院議員になるに当たって、デビッドRFから多大の支援を受けているので、デビッドに恩義があります(注4)。

 デビッドは、オバマ政権にて、ヒラリーを副大統領にしようとしたのですが、オバマ支援のアンチ米戦争屋(欧米銀行屋)に阻止され、やむなく国務長官となっています。彼女を副大統領にすると、オバマが暗殺されて、自動的にヒラリーに大統領ポストがチェンジされますから・・・。

 ちなみに、ヒラリー副大統領就任シナリオを阻止するために、オバマ政権下にて、副大統領になったのが、ジョー・バイデン氏ですが、2011年8月、オバマの名代で、訪中したのは、ヒラリーではなく、なぜかバイデンでした(注5)。本来ならば、米外交のトップであるヒラリーが訪中すべきだったのに、なぜ、バイデンだったのでしょうか。今、思い起こせば、その時から、中国は米戦争屋エージェント・ヒラリーを敬遠していたことがわかります。

 なお、オバマはこの時点で、中国を含むアジア太平洋地域(米戦争屋のシマ)に関与すると、米戦争屋から暗殺される危険があったと思われます(注6)。

4.中国はなぜ、ヒラリーNOで、パネッタOKなのか

 上記のように、今回、中国は、露骨にヒラリーを拒絶しました、なぜでしょうか。

 ヒラリーは過去、ついうっかり、オバマ暗殺計画を漏らしたことがあります(注7)。今回、ヒラリーがポスト・オバマの民主党大統領候補になれなかった遠因がここに潜みます。

 つまり、ヒラリーはオバマ政権内の異分子なのです。中国は、ヒラリーの背後に控える米戦争屋を極端に嫌っています。ヒラリー本人を嫌っているわけではありません、お間違いなく・・・。

 ところで、過去、中国政府の対日姿勢を観察してみますと、彼らが最も嫌った日本人政治家は、小泉元首相、石原都知事、野田総理、前原氏(ヒラリーのお気に入り)の順です。

 中国が嫌うのは、上記四氏の背後に控える米戦争屋の影が濃いからだとわかります。

 米戦争屋は中国を仮想敵国とみなしてきましたから、中国が米戦争屋を嫌うのは当然です。

5.米国戦争屋べったりの日本外交はそのうち行き詰る

 現在の日本の悪徳ペンタゴン指導層は、外務省を筆頭に、極端な米戦争屋寄りに偏っています。ところが、米戦争屋ボス・デビッドRFの衰退とともに、米戦争屋ジャパンハンドラーの勢いも急速に弱まっています。その変化を敏感に察知して、対米外交を展開しているのは、日本ではなく、むしろ中国の方です。

 一方、日本でも、2009年の政権交代時、小沢・鳩山民主政権は、その流れに乗ろうとしたのですが、周知のように、悪徳ペンタゴン勢力に執拗に攻撃され、今の日本は、黄昏の米戦争屋ジャパンハンドラーにしがみついている哀れな状態です。

 その結果、悪夢の“日本の孤立化”がもはや避けられない情勢です(注8)。

これは、日本外交の取り返しのつかない大失敗でしょう。われら日本国民は、日本を孤立化させた元凶・悪徳ペンタゴン日本人勢力の責任を追及すべきです。

 少なくとも、次期総選挙では、このことを認識した上で投票すべきです。



日米安保マフィアのプロパガンダ機関に...
2012/9/23(日) 午後 3:14
新ベンチャー革命 2012 年 9 月 23 日  No.650 タイトル: 日米安保マフィアのプロパガンダ機関に成り下がった NHK :尖閣衝突を連想させる日米合同上陸訓練を報道して国民を安心させる 1.日米初の上陸訓練パフォーマンスが繰り広げられる   2012 年 9 月 22 日の NHK ニュースにて ... すべて表示

2.米中の握手外交と尖閣上陸を意識した日米合同軍事訓練の矛盾のなぜ

 本ブログですでに指摘しているように、先日、パネッタ米国防長官が中国を訪問、リムパック2014に中国を招待すると発表しています(注2)。この発表は非常に重要で、米国の軍事戦略の最高責任者である米国防長官が、中国への仮想敵国視を止めると宣言したに等しいわけです。だからこそ、中国首脳はパネッタ長官と握手したのです。

 このような発表が行われている一方、上記のように、米海兵隊が陸上自衛隊と合同で、尖閣諸島上陸を想定したと思われる軍事訓練をやっています。もちろん、公式には、尖閣上陸作戦想定とは言っていませんが・・・。

 われら日本国民は、この二つの矛盾する米国政府の極東行動から、米国はいったい何を考えているのか、ちんぷんかんぷんでしょう。

 本ブログでは、今、米国内の軍事覇権を巡って、米国戦争屋とアンチ米国戦争屋の二大勢力が覇権争いを繰り広げているとみなしています(注3)。

なお、上記、米国戦争屋(世界的寡頭勢力の主要構成メンバー)およびそのロボット・悪徳ペンタゴンを構成する日本人勢力の定義は本ブログのNo.576 の注記をご覧ください。

 尖閣問題を巡る米国の対日意思表示が統一されていないのは確かですが、なぜ、そうなっているのか、マスコミは国民に説明できていません、そのワケは、NHKを含むマスコミは、日刊ゲンダイを除き、ことごとく、米戦争屋寄り、すなわち、日米安保マフィア寄りに偏っているからです、彼らマスコミは決して中立ではありません。そのため、日本のマスコミは、米国内の覇権争いを日本国民に中立的に解説できないのです。

3.米戦争屋が勝つか、アンチ米戦争屋が勝つか、まだ不透明
新ベンチャー革命

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中国監視船の航行続く 接続水域すべて出る
 沖縄県・尖閣諸島周辺では23日、中国の監視船が航行を続け、領海外側にある接続水域を出入りした。第11管区海上保安本部(那覇)は巡視船などで警戒、監視を続けている。
 午前10時現在で漁業監視船10隻が確認されたが、すべて接続水域外に出た。ただ尖閣諸島から離れる様子はなく、周辺海域にとどまっている。
 一方、海洋監視船は18日以降初めて、周辺海域をすべて離れた。
 尖閣諸島周辺の領海や接続水域に、18日以降に入った漁業監視船や海洋監視船は計20隻。
2012/09/23 12:53 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201209/CN2012092301001192.html

「日本は右傾化」なんて書いちゃってw戦争に突入させたいのは、誰なんですか?www

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120922/amr12092216230005-n1.htm
金融ユダヤの皆さん、毎日御苦労さまでございます。まあ、いろんな手を考えるので、その頭脳の明晰さにはほとほと感心をいたしております。その頭脳の明晰さを善行に差し向けたら、きっと地獄の閻魔大王さまも斟酌して呉れる余地は十分にあるかと思いますがwww
あ!輪廻転生はなかったんでしたよね。これは失礼をいたしました。
「日本が右傾化」なんて書いて、一体どうするおつもりなんでしょうね?尖閣について、石原さんや野田君がやっている ことを「ああ、日本人は、右傾化しているから、当然の成り行きだよな」なんて思わせるために書いたんでしょうかね?w「第二次世界大戦後最も対決的になっ ている」なんて書くと、日中の戦争も辞さないなんてことに無理やりつなげようとしているんでしょうね。なんかキャンベルさんも思わせぶりなこと言ってまし たよね。安保に対してwww
donのブログ

尖閣:日中が軍事力を増強、高まる緊張
中国側は海軍・空軍が合同で実弾演習
日本側は自衛隊が空からの監視を強化

 日中両国は、尖閣諸島(中国名:釣魚島)付近の海域に軍艦を派遣したのに続いて早期警戒管制機(AWACS)まで投入し、両国間の軍事的緊張が高まっている。
  中国軍の機関紙、解放軍報は21日、尖閣諸島を管轄している東海艦隊が東シナ海でAWACSや戦闘機などを投入した海軍・空軍合同の実戦・実弾射撃演習を 行った、と報じた。今回の演習は、尖閣諸島海域の近くで空中戦が起こったという状況を想定して行われた。新型戦闘機4機からなる空軍の編隊が、攻撃を加え てきた敵の戦闘機を迎撃して空対空ミサイルを発射、また海上の海軍艦艇は艦対空ミサイルを発射し、空軍を支援するという形で演習が進められた。
  一方日本側も、産経新聞が21日付で「政府は公表していないが、新たに(1)空自のAWACS(2)空自の早期警戒機E2C(3)海自の画像データ収集機 OP3―も尖閣周辺の上空に展開。中国の海洋監視船や海・空軍の動向を警戒している」と報じた。自衛隊はこれまで、P3C哨戒機を尖閣周辺で1日1回哨戒 飛行させるという程度の対応を行ってきた。
 画像情報収集機は、P3C哨戒機に比べ高い高度を飛び、一度に監視できる範囲が広い。またAEWは、尖閣周辺に接近する戦闘機や大型艦艇を探知できる。
  両国によるこうした軍事力の増強配置をめぐっては、物理的衝突につながる可能性は低いという分析もある。北京の外交街のある軍事専門家は「軍事力が増強配 置されてはいるが、衝突が発生する可能性は高くない。交渉力強化を目指した、気勢の争いという性格のものとみられる」と語った。
東京= 車学峰(チャ・ハクポン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/09/22/2012092200393.html

<尖閣問題>日中で経済戦争起これば「共倒れ」は必至―英紙
2012年9月17日、フィナンシャル・タイムズは日中間で経済戦争が起これば双方に多大な損失が生まれ共倒れになるとの記事を… (Record China)2012年9月19日 7時16分

トヨタ、24日から中国の全工場で操業再開
[東京 21日 ロイター] トヨタ自動車は21日、中国にある全ての工場が24日から操業を再開することを明らかにした。同社は中国に完成車、部品を手がける工場を合計9つ置いているが、反日デモを受け、18日から一部の工場の稼働を見合わせていた。 (ロイター)【記事詳細】

宮崎正弘の国際ニュース・早読み(宮崎正弘の最新刊予告)
北京の日本大使館前、
上海の領事館前におしかけた反日デモ隊はわずか二十名から、十数名。プラカードに「領土収復」の文字があるが、この標語は統一されていた。つまり公安のやらせである。


 胡錦涛政権は安定穏健路線で日本とはコトを荒立てたくないが、過去の反日デモは、いずれも上海派の強い地域で人為的演出がされた。団派(胡錦涛ら共産主義青年団)を窮地に陥れるために何かが背後に動いた。反日運動は「尖閣」が口実だが、その背後にはどろどろした権力闘争があり、香港の活動家らは、おおがかりな陰謀の手のひらの上で踊らされた哀れなピエロである。
 中国はバブル崩壊、貧困層の拡大、就職難、人民元暴落気配、各地の暴動を抱えており、尖閣、反日どころではないのである。テレビニュースの巨大な影像を錯覚してはならないだろう。
 本書はそうした背後の闇と中国人の特徴的思考回路を勘案しつつ、中国でおきている真実を政治・経済、軍事、文化の各方面から多角的に照射した。

  平成二十四年九月     宮崎正弘
               石  平


http://melma.com/backnumber_45206_5656234/





無双PS原理と〇に・(点):無双PS原理には超越円が、中心にMP(Media Point)がある
テーマ:無双PS原理
以下、少し目を通したが、正に、無双PS原理に通じる視点であると直観した。今は多忙なので、残念ながら、比較考察できない。
 後で、余裕があれば、少し検討したい。

****************

地獄から天国を招くために その14
[ 神秘体験空間 ]
 前回の自己を無にすることの大切さを、老子の第47章から紹介した。例えば、自己を円で喩えると、その中心は、点となる。

 その喩えから、老子の第47章をイメージすると、円の中心点が、無という意味の無限大になれば、それに応じて、円が拡大していくことを説いているようにみえる。自己が無になることで、宇宙につながる。

 このイメージをよく表現している話を、智慧の万華鏡というサイトにみつけたので以下に紹介したい。

 赤血球の核卵!?
 http://plaza.rakuten.co.jp/onaga/diary/201209200000/

 上記のサイトの管理人さんは、「ありとあらゆることが〇に・(点)にシンクロするのです。」といっておられますが、まさに、大本教の教えと一致するところがある。ちなみに、私は、大本教信者ではない。

 〇に・(点)は、老子の第47章とも非常によく似ている。

 物理畑出身の私は、ヒッグス粒子の発見に絡んで、知人にヒッグス粒子の説明をよく求められたが、教科書で教えられる「対称性の自発的破れ」といわれる説 明では、どうもしっくりこない感が残っていたので、「〇に・(点)」の話を聞いて、なんだか目から鱗というか、閃くものがあった。

 この、「〇に・(点)」は、超対称性の話にも、イメージを与えることができる。

 「〇に・(点)」が生じることで、対称性の破れが生まれ、ヒッグス粒子が、素粒子に質量を与えることができるのではないか?と思ったからである。

 超対称性とは、フェルミオンの物質粒子と、ボソンの場のゲージ粒子の交換則のことで、喩えるなら、天秤のようなものである。つまり、物質粒子とゲージ粒子の釣り合いをとって生み出しているエネルギーの根源の法則と考えられる。

 上記のサイトの管理人さんは、赤血球に核が生じ、組織化する理論の紹介に、「〇に・(点)」をイメージされているようだが、赤血球の、その有核化や組織化と、ヒッグス機構は、同等のように思えてきた。上記のサイトの筆者も潜在意識のなかでは薄々感じているようである。

 湯川秀樹は、晩年、老子の陰陽論を用いて、湯川ポテンシャルなるものを考案し、原子核の閉じ込め論を展開したが、ゲルマンの量子色力学に押され、なかば で断念し、代替案のような形で、弦をポテンシャルに用いた弦理論が生まれ、別な形で、超重力理論とともに、超弦理論に発展する。

 「〇に・(点)」は、この湯川ポテンシャルに似たものを再現するようにも思える。

 例えば、無限に遠いところからみれば、〇は、・(点)にみえるわけで、逆に、・(点)自身から自身を無限に縮小して、・(点)をみれば、〇にみえる。

 ということは、「〇に・(点)」の構造を同時に表記するのに都合のいい図形がトーラスであることに気づかされる。
 
 トーラス
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%B9

 話を元に戻して、赤血球の「〇に・(点)」の有核化は、ヒッグス機構の質量を与える対称性の破れと同等で、「・(点)」は、宇宙の秩序の働きを意味するのではないだろうか?

 情報の保存という意味の宇宙の秩序の働きである。

 つまり、陰の虚無の「・(点)」が生じることで、宇宙全体のそのときの状態が、「・(点)」に複製され、記録される。その情報を元に、赤血球は活動し、素粒子は質量をもって運動するようになる。

 そう考えると、老子は、宇宙の法則を説いていることが明らかになる。

 「・(点)」は、宇宙神の命令である。

 さて、そのことを老子は、第8章で説いている。そこで、また例の如く、抜粋して紹介したい。

  ☆  ☆  ☆
 
 第八章 上善は水の如し

 一番エエのは水みたいな生き方やねん。
 水って色んなモンの成長させたりしてんねんけど、喧嘩したりしぃひんねん。
 いっぱいの人が、嫌がる下の方の場所に居てる。嫌やとも思いもしよれへんで。
 せやから「道」の働きに一番近いモンや。

 住むとこには今のトコが一番エエ。その場所にもな、色々意味があるんやで。
 心は深い淵のように静かなんがエエ。ゆっくり色んな出来事を楽しんで見たらエエねん。
 友達は思いやり深くつき合うんがエエ。まわりの人も色んなキッカケをくれるんや。
 言葉は誠実に使うんがエエ。ウソの言葉でもその奥のホンマが見えるで。
 政治は平和がエエ。争っても何もかも見失うだけや。
 仕事は能力がじゅうぶん発揮でけるモノがエエ。自分の能力を生かして生きるんや。
 動くのはタイミングを見はからってダッシュや。自分を生かすのもタイミング次第やで。

 そんだけや。みーんな水がお手本や。
 せやから、競わずあくせくしないでいたら間違いなんてなーんもないんや。

地獄から天国を招くために その13

シュタイナーから読み解く神秘学入門


参考:
無双PS原理「逆」ガウス平面に直交する超越軸z軸を加えてみた - Ameba
< 無双PS原理「逆」ガウス平面:ポップスピップ: Ver1>

陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)
               |
               |
               |
               |
   U物質認識      |    T精神
               |
               |
−1____太極・原気・MP・胸・母権______+1
無気物質          |               有気物質
「自我」            |                 「個」
利己的資本主義     |      差異共振的資本主義
               |
   V物質身体      |     W気的身体
               |
               |
               |
陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権


注:上図では見にくいが、利己的資本主義は−1、差異共振的資本主義は+1に属する。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

うまい作図ではないが、以下、ポップスピップ(上図参照)に超越軸z軸を加えてみた。これは正しくは、「逆」ガウス平面と直交する軸である。そのように見られたい。

< 無双PS原理「逆」ガウス平面(ポップスピップ):Ver2.0>

                       超越軸z軸
                                 /
陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)                           /
               |           /
               |         /
               |       /
   U物質認識      |     T精神
               |   /
               | /
−1____太極・原気・MP・胸・母権____+1
無気物質        /|               有気物質
「自我」       /   |               「個」
          /    |
   V物質身体      |     W気的身体
     /         |
   /           |
陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権


追記:以下のように配置を変えた方が一般的であろう。


< 無双PS原理「逆」ガウス平面:Ver2.1>

                   虚軸y軸:陰・凹i・光子・天
                                /
       超越軸z軸:超太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
                 |     /
               |   /
               | /
−1___太極・原気・MP・胸・母権___+1実軸x軸
無気物質        /|              有気物質
「自我」       /   |              「個」 
          /    |
        /       |    
      /        |
    /          |
陽・凸i・重力子・地


追記2:超越軸z軸と虚軸(超越論軸)y軸において作られる「単位円」が以前述べように、超越円であり、それは、思うに、超太極(円)とでも呼ぶべきものだろう。
 そして、虚軸y軸と実軸x軸の「逆」ガウス平面において形成される「単位円」(自然円)は、現象界に属するものであるが、それは、回転し、螺旋を+1の方向に形成すると考えられる。以前、述べたように、映画Thriveのトーラスと一致するように考えられる。

参考:映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )

参照:
凸(+1)を転換点とする脱物質体化・差異共振純粋超光過程
テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学 映画THRIVEのトーラスとPS理論:その2:上部から下部への動き
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11242890795.html

以上において、次のように述べた。

「少なくとも、凸(+1)は転換点、折り返し点、回帰点と考えられる。
 超光エネルギーは宇宙を形成し、凸(+1)に到達するのであるが、その後の問題である。
 今、直観で言うと、凸(+1)までの動きは春から夏への成長の動きである、しかるに、凸(+1)から凹(−1)への外皮上の動きは秋から冬の動きであ る。言い換えると、生から死への動きである。つまり、成長から衰退への動きである。しかし、この衰退は内的成熟への動きである。そう、外的成長から内的成 熟への動きである。
 思うに、簡単に言えば、超光エネルギーの衰退があり、それが、外皮的動きとなっているのではないだろうか。物質体の衰退であるが、内的「精神」の成長である。」

映画Thriveのトーラスにおける、上部極から下部極へ移動し、言わば、外殻、外皮、外面形成する力動について、それは、超光エネルギーの衰退を意味すると述べたが、それはある意味では正しく、ある意味では間違いである。
 というのは、螺旋的、乃至は、黄金比(白銀比もおそらく入れられよう)的物質体(身体)形成は確かに、そこ(凸[+1])からは衰退するから、それは、それまでの超光エネルギーから見ると、超光エネルギーの衰退を見ることは可能である。
 しかしながら、視点を変えてみると、凸(+1)に到達した、超光エネルギー、乃至は、差異共振エネルギーは実は、螺旋的物質体(身体)形成過程(Aプロセス)から脱螺旋的物質体(身体)過程(Bプロセス)へと転換するのではないだろうか。
 つまり、Aプロセスは同一性物質化を伴っていた、Bプロセスにおいては、同一性的物質化が消滅して、純粋な差異共振化、超光化が発生するのではないだろうか。これを聖霊プロセスと呼んでもいいだろう。
 つまり、超光エネルギーは衰退するのではなく、ただ、変態したと考えられるのである。喩えれば、蛹から蝶へと変態するようなものである。そう、それをヒントにして言えば、プシュケー・プロセスとも言えよう。
 思うに、それは、超越軸、超越界、神霊界、霊界における差異共振による超光形成と重なるように思えるのである。だから、聖霊プロセスなのでもあるが。
 結局、Bプロセスは物質体・身体形成としては衰退過程であるが、精神形成としては成熟過程である。
 さて、問題は、Bプロセスがどうして、凸(+1)からリンゴや梨のような外殻、外皮、外面である湾曲した球面を辿り、凹(−1)へと進行するのかである。その力学はどういうものか。
 これは単純に、磁界を考えればいいのではないだろうか。即ち、凸(+1)をN極とし、凹(−1)をS極とするのである。磁力がN極からS極へと作用するのであり、それとほぼ同様なことが、Bプロセスに起きている考えればいいのではないだろうか。
 つまり、下部極から上部極の螺旋的物質体化過程(Aプロセス)の方向、即ち、凹(−1)から凸(+1)への実軸x軸の左方から右方への方向を、純粋超光 は取ることがもはやできないのであり、つまり、言わば、内的な方向を取ることはできないのであり、そのため、外的な方向を取ることになると考えられるので ある。
 しかしながら、内的方向とは実は、外的物質体化の過程であり、外的方向とは内的精神化の過程であるというパラドクシカルな意味合いをもっているのである。
 しかし、外的方向=内的精神化の過程=Bプロセスは、凹(−1)という物質が終点であり、それは、死を意味すると言えよう。だから、その意味では、衰退消滅の過程なのである。純粋超光、純粋差異共振はそこで終了するのである。
 とは言え、それは、新生の過程に入ることである。新たな螺旋的物質体(身体)の過程に入ることになるからである。輪廻転生である。即ち、 凹(−1)の 物質において、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神を宿していた物質体・身体は消滅すると考えられるが、そのとき、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神は完全 に脱物質化するのであり、それは、超越軸=超越界=神霊界=霊界に帰還すると考えられるのである。
 そう、凸(+1)において、脱物質化すると言ったが、それは完全な脱物質化ではなく、脱物質化のプロセスの開始を意味するのであり、完全な脱物質化は、 凹(−1)の物質において、為されると考えられるのである。説明すると、凹(−1)の物質とは無機的な物質、いわば、鉱物のようなものであり、生命的有機 体はそこには存しないと考えられるのである。
 今はここで留める。









日本史を母権的民族と父権的民族の複合体の視点で書き替える必要があるだろう
テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族
私の日本史私説の骨子は既述済みである。即ち、三重の母権的民族に父権的民族が侵入して、古代日本が誕生し、両民族の融合が日本史を形成したということで ある。しかし、江戸後期に、新父権と新母権に分裂して、結局、明治維新は、前者が後者を排除していくことになり、父権的全体主義国家としての「近代」日本 が誕生したということである。
 この父権的国家は15年戦争を起こし、大敗戦を喫したが、連合国側により、その基盤は残されて、戦後となり、その後の日本を作ったのである。
 自民党/民主党政権は、その体現であり、母権的民族である大半の国民の利益に反する政治を行ってきていると考えられる。
 あえて言えば、父権的民族は異民族なのである。これは極論なので、注意されたい。
 とまれ、父権的民族のもつ、母権的民族に対する優越性、選民性があると考えられる。
 これがある限り、民主主義はお題目、イデオロギーに過ぎない。
 有り体に言えば、母権的国民に対して、優越する、選民的父権的支配層は当然、国民を見下し、利用するだろう。
 言い換えるならば、日本国内における、植民地主義があるのである。父権的民族による母権的民族(本来の日本民族)の植民地的支配である。
 これは、書物では、記紀、とりわけ、日本書紀において、「正当化」されていると思われる。
 私は先に、ベースの母権的民族の原日本に侵入した父権的遊牧民族は失われたイスラエル十支族であると仮説した。
 彼らは選民であり、また、母権的民族、文化を殲滅する一神教的志向をもっていたと考えられる。
 ただし、天皇制であるが、それは、母権的文化の太陽女神信仰における太陽女神(天照大御神)を利用したものであると考えられる。父権的支配のために、母権的宗教の太陽女神を利用して、母権的民衆を欺したのである。これは、カトリック教会と似ていると言えるかもしれない。
 今はここで留める。

追記:この説では、なぜ、多神教なのであるか説明できないだろう。もし、イスラエル民族が支配したなら、一神教になるだろうからだ。
 今言えることは、多神教は母権的民族文化への妥協ではないだろうか。ドラ スティックに一神教化せずに、多神教性を残して、支配したのではないか。それは、カトリックが、女神崇拝の地中海の民衆を支配するのに、聖母マリアを立て たことと相応するのではないだろうか。後で検討したい。

追記2:もう少し説明すると、元々、聖書があいまいな性格をもっているのである。神は実は、「二人」いるのである。ヤハウェ(唯一神)とエローヒーム(神の複数形:つまり、神々、多神である)である。
 つまり、元々はイスラエル民族に父権的神と母権的神の併存があったのであり、その後、前者に焦点が当てられて、一神教が生まれたと考えられるのである。
 つまり、一神教という宗教はかなり後のものであり、本来は、二つの 神、一神教的志向をもつ神と多神教的神が併存していたという未分化様態であり、そうならば、古代日本において、イスラエル民族がベースの母権的民族を支配 しても、多神教性を残すことは問題ではなかったと言えるのではないだろうか。
 

参照:
1時間 Sarah Yamasaki 山崎淑子  ‏@prisonopera
支配の手法:分割統治 【Divide et impera分断して支配せよ】 国を2つに分断または2つの勢力を支援。不安定な状況を生み出しその国力を削ぐ。帝国の絶対的な優位を保つ戦略。 複数国家が連携して帝国に逆らわないように、国家間を分断 http://enzai.9-11.jp/?p=11845


参考:
「地位協定破棄宮内省破棄福一石棺桶化」  通りがけさん『文殊菩薩(ブログ版)』 コメント H.24/09/16


「地位協定破棄宮内省破棄福一石棺桶化」


ペテン地位協定破棄してペテン宮内省を解体することが必要で、それだけで後は自然の摂理でもとの美しい善君子善女子民衆が争わず、相和して清らかに慎ましく正直勤勉に暮らす、地球上で至上の蓬莱島 ─ 真善美日本が戻ってくるでしょう。


通りがけさん『文殊菩薩(ブログ版)』 コメント  2012-09-16(12:12)


 天下りの語源は天孫降臨です。そもそも人類百万年の歴史のなかで天孫とそれ以外の人類遺伝子に違いがあるはずがない。天孫降臨こそ人類に対する侮辱であり汚職です。一神教に共通する選民思想、血の生け贄を強要するペテン悪魔ヤーウェですね。

 具体的にペテン悪魔ヤーウェが日本に巣くっている根城を示しましょう。


  宮内省です。日本では明治維新以来神仏分離してヤーウェが独裁体制を築き日本を破壊しました。そもそも悠久の歴史のなかで天皇ひとりが絶対不可侵の大権を 持ったのは日本列島史上明治政府が初めてだったのです。それまではすべては空なりただ法(仏法)があるのみの仏教が日本人民衆の共通の悟りでした。天孫降 臨族の間で神仏習合したのはおそらく聖徳太子でしょう。
「世間虚仮唯仏是真」という太子の言葉がその証です。

 それを明治維新で悪魔がペテンを使って破壊した。そして絶対不可侵のペテン大権を手に入れ国民を生け贄の仔羊の地位へおとしめて天皇の大権を代理として執行する悪魔ペテン政府を作って仏教国日本を悪魔支配してきた。

 戦後は天皇を現人神から人間へ降格させさらに人間天皇から全ての人権を剥奪して象徴に祭り上げたうえで、天皇大権をそっくりそのまま奪い取った宮内省として絶対の権力と金力をペテン悪魔が変わらずふるいつづけています。

  日本を江戸時代以前の真善美の民衆の国にもどすためには、まずペテン地位協定破棄してペテン宮内省を解体することが必要で、それだけで後は自然の摂理でも との美しい善君子善女子民衆が争わず相和して清らかに慎ましく正直勤勉に暮らす地球上で至上の蓬莱島真善美日本が戻ってくるでしょう。

2012-09-16(12:12) : 通りがけ

http://iiyama16.blog.fc2.com/blog-entry-1423.html#more
『文殊菩薩(ブログ版)』





両知性・超感知性:「理性」(超理性)とは、知性(悟性)と感性の対立を包摂した概念であろう
テーマ:無双PS原理
カント、ヘーゲルの哲学には、悟性と理性という言葉が頻繁にでてくる。
 しかしながら、今日では、両者の区別が判然としないだろう。
 思うに、カントにこの混乱の一因はあるのではないだろうか。
 今日的に言えば、悟性とは知性である。頭脳である。
 では、理性とは何か。これは、カント的には、知性を超越する「知性」である。これは、カントの視点である。
 しかし、これは、わかりにくい。
 私の直観では、理性とは、感性のもつ超越性と知性とを包摂した精神的能力である。だから、精神知性、あるいは、精知性、神知性とでも言うべきものである。 
 そう、理念というものは、本来、この精神知性に存するものであろう。
 とまれ、理性という用語は廃止した方がいいかもしれない。上記したように、精神知性、精知性、神知性としたほうがいいだろう。
 あるいは、超理性、あるいは、超識性、対識性、両識性、太識性、等と呼ぶことができるだろう。陰陽論に即して、太極理性、太理性になるだろう。
 とまれ、今の段階では、暫定的に、理性は両知性としたい。つまり、端的に、両知性とは、感性と知性の均衡である超越論的認識性である。そう、だから、超感知性でもいいだろう。

追記:カントの理性が今日、分かりにくいのは、カントは超越性を理性の対象にしていることからくる。例えば、霊魂の不滅等である。
 だから、カントの理性(純粋理性)は、超越知性とすればいいのである。しかし、唯物科学の今日、それは、空想に見えるだろう。
 ヘーゲルの理性であるが、それは、知性を包摂した精神知性のことである。つまり、霊的知性である。故に、霊知性ということができる。
 だから、カント、ヘーゲルの理性を合わせて、霊知性ということが可能である。

追記2:感性と知性の二分法自体が狭すぎるだろう。感覚性と知性と魂性の三分法にした方が的確である。
 上記で、私がいう感性は感覚性と魂性の両方も含んだものである。一種、未分化様態である。
 霊知というとき、それは、単に、魂性ではなく、魂知性に関係するだろう。
 魂性はMPに基づくが、霊知=魂知性とは、超越性、超越界、霊界に関わるだろう。


2012年09月22日(Sat)▲ページの先頭へ
既に第三次世界大戦(ハルマゲドン)は始まっていると見るべきだろう
Thu, September 06, 2012
既に第三次世界大戦(ハルマゲドン)は始まっていると見るべきだろう
テーマ:超国家的グローバル戦争資本帝国主義
イラク侵略戦争から、第三次世界戦争は始まっているのだろう。シリアにおける「内戦」は、イラン戦争への布石であろう。
また、東アジアにおける戦争への画策がある。
 悪霊戦争金融資本主義に支配された世界。ユダヤ・キリスト教西洋文明はもう賞味期限切れであり、世界を破壊することに向かっている。
 
追記:精神史的に言えば、唯物的利己主義の終焉であり、霊的共同主義の誕生である。

追記2:現在の地球資本主義であるが、やはり、優れた国際政治経済の解説者が見るように、二つに分かれていると見るべきであろう。
 一つは、戦争を媒体とする金融資本勢力である。所謂、戦争屋である。
 一つは、田中宇氏が説くような多極化路線の資本主義である。
 当然ながら、後者が健全であり、今日、発展していると考えられ、前者は病理、ガン細胞である。
 現代日本の窮境は、前者に支配されていることであり、後者が見えなくなっていることである。もっとも、まともなビジネスをしている人間にはわかっていることであろうが。
 そう、この二つの世界経済路線をわかりやすく呼ぶなら、戦争資本主義と平和資本主義である。
 もっとも、私は、後者は、霊的共同主義的経済へと向かうとは思っているが。
 
参考:
日本のマスコミも政界も、日本人でない...
2012/9/6(木) 午後 0:46
新ベンチャー革命 2012 年 9 月 6 日  No.638 タイトル: 日本のマスコミも政界も、日本人でない勢力に乗っ取られていると認識すべき:さもないと日本国民の貧乏化は避けられないと知れ! 1.米経済再生に、われら日本国民の預貯金が使われる   2012 年 11 月に米大統領選を控えて、米国戦争屋政権 ... すべて表示

 そして、今後1年以内に日本から米国へ、100兆円規模で、国富移転が行われる可能性が高くなります。

 その資金調達の利払いに消費増税分が充当されるのも間違いないでしょう。

 短期的には、われらの預貯金を使って日本の国債(日本政府の米国債購入財源)を買う日本の金融機関に、消費増税分が国債利払いの名目にて移転されるでしょう。

 日本では故意に超低金利政策が続けられており、われらのもらう預貯金利子はほとんどありませんから、財務省天下り先である日本の金融機関のみが国債利払い収入で潤うわけです。簡単に言うと、消費増税分は日本の金融機関(国債を買う金融機関)を潤すということです

参考:
ロスチャイルド勢力のNWO世界支配の進み具合は?
今日は、久しぶりにイギリス人の情報提供者、テリブル・ティム氏が、ジェフ・レンズの番組に登場しインタビューに答えています。以前、このブログでもテリブル・ティム氏のインタビューをご紹介したことがありますが、彼は、
イルミナティの連中(ロスチャイルドら)の魂を乗っ取った悪の宇宙生命体をやっつけるには、コバルト60が有効であると説いていた人物です。彼以外に誰もそのことを唱えた人物はいなかったので非常に印象深い人物です。
ティ ム氏によると、やはり、私などの一般庶民も感じているように。。。ロスチャイルドやイスラエル、欧米勢力は計画通りに物事が進んでおらず、かなり焦ってい るのが今の状況のようです。何しろ、シリア政府の抵抗が激しく、また、ロシアが睨みをきかし、中々イラン攻撃の準備ができません。イランやロシアを攻撃 し、国を破壊しないとロスチャイルド悪魔帝国の世界支配体制はできないとのことです。もし11月にイランを攻撃できなければ、ロスチャイルド・・・つま り、ひょっとして、イルミナティ勢力の力が衰えるかもしれないと期待してしまいます。もちろん、ロスチャイルドの力が衰えても、別の勢力が世界制覇をする ならば、世界の自由と平和は夢となってしまいますが。。。
日本や世界や宇宙の動向

• アルカイダ指導者:5000名の戦士のシリア派遣で米・サウジと取引
• 米元国連大使からイスラエルへ:イランを攻撃せよ、貴国の権利だ

イランのブシェール原発

◆9月3日

  ジョン・ボルトンというアメリカの元国連大使が、アメリカはやりそうにないから、自衛のための正当な権利としてイスラエルはイラン攻撃をせよ、とイスラエ ルに激を飛ばした。お馬鹿な戦争屋の典型例として挙げた。こういう無責任な者たちがアメリカの外交部門でうろうろしているから、まだまだアメリカは危険で ある。

 イランが核兵器を開発しそうだから、それを「阻止」するために先制攻撃せよ、という論法はまったくの暴論でやくざの論理である。それを言うのであれば、イスラエルは核兵器を保持しているから、使用する前に先制攻撃をせよ、とイランに言うべきだろう。
donのブログ





Thu, September 06, 2012
資本主義の中の二つの「資本主義」:同一性資本主義と差異共振資本主義
テーマ:新母権的社会:個的共同体
今は余裕がないので、詳述できないが、日本の支配層がほとんど、某国の奴隷集団になっている事態の力学について、述べたいと思っている。
 結局、生命体を考えるといいと思う。健全な生命体は、陰陽差異共振身体である。それに対して、ガン細胞は、それを破壊する同一性主義体である。つまり、 健全な生命エネルギーをもたらす陰陽差異共振がなく、自己同一性が主体となり、他者を搾取する状態である。これは、生命体に必要な差異=他者がなくなり、 自己同一性というガン細胞が増殖する状態と考えられるのである。
 自己同一性というガン細胞、政治経済のガン細胞を消失させる必要があるのである。
 国民が、庶民が、社会政治経済生命体に必要なものは、陰陽差異共振であること、差異共振的資本経済であることをしかと認識すべきである。

追記:もう一つは被洗脳のことである。これは、観念を頭に植え込まれた状態である。自己の感性や直感を通さずに、植え込まれた観念だけで「判断」するようになっているのが、日本の支配層である。言わば、ロボット、ゾンビ・ロボットである。
 そう、頭というものは、感性、直感・直観の基礎がないと、単に、受け売りだけの機能しかないのである。
 某大学を出ても、自分の魂で思考しない人間が日本の支配層になっているのである。






Wed, September 05, 2012
福島の子供の36%に、放射線被曝による甲状腺異常 「Business Insider」の報告 
テーマ:放射能汚染と脱原発利権
山下俊一、政治行政、官僚、マスゴミの悪霊群であるが、 これは、平たく言えば、利己主義者群である。結局、倫理・道徳が欠落しているのである。自己はあるが、個がないのである。自己同一性主義という利己主義が 支配して、個において存する他者意識が全く欠落しているのである。
 もっとも、他者意識を志向するものは、根源的な太極魂である。これが、他者への無視に対して、心痛を引き起こすと考えられるのである。
 日本近代化は父権主導であったので、自己同一性主義=利己主義が支配的になり、個的倫理・道徳が未形成なのである。個的倫理・道徳の形成は新母権的意識の形成と一如である。
 日本の支配層は、父権的集団であるために、庶民に多い母権的意識を無視しているということでもある。
 脱近代主義が必要である。そう、日本人は灯台もと暗しであり、東洋・日本の伝統的叡知を否定して、悪魔的国家を形成したのである。
• 暗黒医療:医師たちは福島の子供たちを見捨てるのか (08/23)
• 福島の子供たちに甲状腺結節−日本のマスコミは報じない (08/22)
福島の子供たちが本当に危ない。

SPEEDI情報は届いていたのに、それを知らせず子供たちを被曝させたたけでなく、安定ヨウ素剤の服用指示さえ出さなかった真の犯罪者たち。

佐藤雄平と福島県庁、山下俊一ら、官僚、野田佳彦、マスコミ…。自分たちがその当事者であり加害者であるのに、責任を取ろうとせず、まだ嘘をつき続けている。

福島の子供の36%に、放射線被曝による甲状腺異常
「Business Insider」の報告 全文翻訳

36 Percent Of Fukushima Children Have Abnormal Growths From Radiation Exposure
(Business Insider by Michael Kelley 2012年7月16日)

ENENewsが報じているように 、福島原発事故から1年後、福島県から検査を受けさせられた38000人を超える子供たちのうち、36%の子供の甲状腺に、異常増殖、嚢胞(のうほう)もしくは結節(シコリ)があることが分かった。

カレイドスコープ







Tue, September 04, 2012
検討課題:霊的宇宙をどう説明するのか:新コスモス論(ポスト占星術的宇宙)へ向けて
テーマ:cosmos
本問題は、実に長い間の懸案であるが、未だ決定打となる仮説が出てこないのである。私は、西洋占星術の基本的な概念を肯定しているが、その日の占い・運勢のようなものは信じない。
 つまり、星座(正しくは、宮)と性格との相関性をみとめているのであるが、その「科学」的原理が説明できないのである。
 単に迷信と切り捨てるのは、容易であるが、占星術が経験知に合致する側面を捨て去ることになる。
 シュタイナーの体論から言えば、アストラル体(感情、欲望体)と占星術は関係すると考えられる。
 それは、思うに、MP(原点)に存する様態のように思える。
 ここで作業仮説として、凸iを火、凹iを水、−1を地、+1を風とする。つまり、四大(地水火風)をそう設置してみる。
 そうすると、第一象限には、風象星座(双子座、天秤座、水瓶座)、第二象限には、火象星座(牡羊座、獅子座、射手座)、第三象限には、地象星座(牡牛座、乙女座、山羊座)、第四象限には、水象星座(蟹座、蠍座、魚座)を配置できるのかもしれない。
 もっとも、基軸は、風象星座の場合は、+1であり、火象星座の場合は、凸iであり、地象星座の場合は、−1であり、水象星座の場合は、凹iである。
 そして、各象限を三等分(30度で区分)して、基軸から数えることにすると、第一象限の第一区分は水瓶座、第二区分は、天秤座?、第三区分は双子座?、 そして、第二象限の第一区分は、獅子座?、第二区分は、牡羊座?、第三区分は射手座?、そして、第三象限の第一区分は、牡牛座、第二区分は、山羊座?、第 三区分は、乙女座?、そして、第四象限の第一区分は、蠍座?、第二は蟹座?、第三は魚座?だろうか。
 とまれ、そう作業仮説すると、誕生のとき、各個人の魂(個魂)は、ある陰陽双極子の様態をもっていて、それが、どの象限に属するかで、誕生日が異なると いうことではないだろうか。今日は、9月4日で、乙女座になる。乙女座の人は、陰陽双極子が誕生に際して、第三象限の第三区分に存していたということにな る。
 しかしながら、これは、性格(だけではないが)に関わることであり、個の本性ではない。個の本性は、霊的なものであり、先に述べたように、個霊性である。
 それは、超越界、超越円に属するものと考えられる。
 


<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           | 
 
 


直交座標系による平面上の点の座標と四つの象限





http://chaos2ch.com/archives/3095318.html
12の星座の性格・星占い
www.geocities.jp/urakazu6/sub5.html - キャッシュ 類似ページ
www.geocities.jp の結果をすべてブロック
西洋占星術(星占い)では、星座と星をもとに、主として性格や才能、資質を明らかにします。相手をどう理解し、どのように接したらよいのかといった、人間関係の問題、自分の欠点をどう受けとめたらよいのかといった、自分に関する問題、職業選択、人生の進路、 ...

参照:
陰陽双極子の方程式と計算
テーマ:無双PS原理
今日も簡単に述べるに留める。
 先に次のように述べた。
「T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔icosθ+jsinθ〕*〔icos(θ+π)+jsin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
これを、霊/気転換方程式と作業仮説的に呼んでおこう。」
これは、超越軸と虚軸の形成する平面における方程式である。
 便宜上に簡単にするために、これを虚軸と実軸によるガウス平面に降ろして考える。そうすると、
T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
しかし、これは、より簡潔になる。
T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕=cos(2θ+π)*isin(2θ+π)(ただし、θ=nπである。)
これは言い換えると、ガウス平面上の単位円の周囲における、言わば、双極子である。
 具体的に見ると、θ=π/6=30°のとき、
T・U=cos(4π/3)*isin(4π/3)=−1/2−i√3/2
となる。
 これは、第三象限に属するが、これが何を意味するのかは、おいておく。
追記:以下にあるようオイラーの公式を使えば、より簡潔になるだろう。

追記2:解答値の−1/2−i√3/2であるが、これを第三象限に属すると述べたが、実軸−1/2、虚軸−√3/2に位置する単位円上の点である。
参考:
オイラーの公式の使い方

オイラーの公式の使い方
大学に入ると次のような式を学びます。


(e:自然対数)

この式はオイラーの公式と呼ばれています。この式を知っていると計算の見通しが良くなるので高校生でも知っておくと良いと思います。そこで、オイラーの公式を複素数に使いオイラーの公式の使い方について考えてみます。

複素数は、
Z=|Z|(cosθ+i sinθ)
と極座標(距離と角度)の形式で表すことができます。

このとき、Z1とZ2の積を考えると、
Z1×Z2=|Z1|(cos(θ1)+i sin(θ1))|Z2|(cos(θ2)+isin(θ2))
=|Z1||Z2|(cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2))
となります。
この式の図形的意味を考えると、
(Z1にZ2を掛ける)=(Z1を|Z2|倍に拡大)+(Z1をθ2回転)
というように解釈できます(これは複素数を図形的に考えるときに重要です)。

さて、ここからオイラーの公式を使うと役に立つ理由 を説明します。
上で積を考えたときに,計算で気になるのは、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+isin(θ2)) =cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2)
の部分です。 この式は、本来なら加法定理を利用して整理すべきものですよね。
しかし,オイラーの公式を使えば、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+i sin(θ2)) =(eiθ1)×(eiθ2)
=ei(θ1+θ2) (ea×eb=ea+bを使った)
=cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2) (オイラーの公式を使った)
このように指数関数の性質を使い簡単に計算することができます (加法定理の計算を指数関数の積にすることができた)。

また,オイラーの公式を使えばド・モアブルの式は、 (eiθ)n = ei nθ という,指数関数の性質である(ea)b=eabのことを言っているだけだということがわかります。

最後にポイントをまとめます。
<Point> オイラーの公式のメリット

Z=|Z|(cosθ+i sinθ)をオイラーの公式を使いZ=|Z|e iθと表すと、めんどくさい三角関数の計算が指数関数の計算に変わるので計算が楽になる。

(指数関数の計算がめんどくさいから対数を取るのと、感覚的には同じ考え方)


<研究>三角関数を指数関数であらわす

オイラーの公式より、
-(1)
オイラーの公式の複素共役を取ると、
-(2)

{(1) + (2)}/2 よりcosが、 {(1) - (2)}/2i よりsinが次のように求まる。

よって、三角関数は指数関数で表された。

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11344606343.html




Tue, September 04, 2012
悪霊化した父権文明の終焉と陰陽極性的新母権文明の誕生:旧父権と新母権の「世界最終戦争」
テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族
父権的意識、自己同一性意識は、母権的意識、即ち、陰陽極性・差異共振的意識(言わば、MP意識)を嫌悪する。
 そう、物質主義的意識が差異共振的意識(精神的意識)を嫌うと言えよう。
 後で詳述したい。
一言言うと、男性原理が女性原理を恐れる理由は、ここに存すると言えよう。

追記:言い換えると、利己主義と共同主義との違いとも言えよう。





Sun, September 02, 2012
陰陽双極子の方程式と計算
テーマ:無双PS原理
今日も簡単に述べるに留める。
 先に次のように述べた。
「T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔icosθ+jsinθ〕*〔icos(θ+π)+jsin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
これを、霊/気転換方程式と作業仮説的に呼んでおこう。」
これは、超越軸と虚軸の形成する平面における方程式である。
 便宜上に簡単にするために、これを虚軸と実軸によるガウス平面に降ろして考える。そうすると、
T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
しかし、これは、より簡潔になる。
T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕=cos(2θ+π)*isin(2θ+π)(ただし、θ=nπである。)
これは言い換えると、ガウス平面上の単位円の周囲における、言わば、双極子である。
 具体的に見ると、θ=π/6=30°のとき、
T・U=cos(4π/3)*isin(4π/3)=−1/2−i√3/2
となる。
 これは、第三象限に属するが、これが何を意味するのかは、おいておく。
追記:以下にあるようオイラーの公式を使えば、より簡潔になるだろう。

追記2:解答値の−1/2−i√3/2であるが、これを第三象限に属すると述べたが、実軸−1/2、虚軸−√3/2に位置する単位円上の点である。
参考:
オイラーの公式の使い方

オイラーの公式の使い方
大学に入ると次のような式を学びます。


(e:自然対数)

この式はオイラーの公式と呼ばれています。この式を知っていると計算の見通しが良くなるので高校生でも知っておくと良いと思います。そこで、オイラーの公式を複素数に使いオイラーの公式の使い方について考えてみます。

複素数は、
Z=|Z|(cosθ+i sinθ)
と極座標(距離と角度)の形式で表すことができます。

このとき、Z1とZ2の積を考えると、
Z1×Z2=|Z1|(cos(θ1)+i sin(θ1))|Z2|(cos(θ2)+isin(θ2))
=|Z1||Z2|(cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2))
となります。
この式の図形的意味を考えると、
(Z1にZ2を掛ける)=(Z1を|Z2|倍に拡大)+(Z1をθ2回転)
というように解釈できます(これは複素数を図形的に考えるときに重要です)。

さて、ここからオイラーの公式を使うと役に立つ理由 を説明します。
上で積を考えたときに,計算で気になるのは、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+isin(θ2)) =cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2)
の部分です。 この式は、本来なら加法定理を利用して整理すべきものですよね。
しかし,オイラーの公式を使えば、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+i sin(θ2)) =(eiθ1)×(eiθ2)
=ei(θ1+θ2) (ea×eb=ea+bを使った)
=cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2) (オイラーの公式を使った)
このように指数関数の性質を使い簡単に計算することができます (加法定理の計算を指数関数の積にすることができた)。

また,オイラーの公式を使えばド・モアブルの式は、 (eiθ)n = ei nθ という,指数関数の性質である(ea)b=eabのことを言っているだけだということがわかります。

最後にポイントをまとめます。
<Point> オイラーの公式のメリット

Z=|Z|(cosθ+i sinθ)をオイラーの公式を使いZ=|Z|e iθと表すと、めんどくさい三角関数の計算が指数関数の計算に変わるので計算が楽になる。

(指数関数の計算がめんどくさいから対数を取るのと、感覚的には同じ考え方)

<研究>三角関数を指数関数であらわす

オイラーの公式より、
-(1)
オイラーの公式の複素共役を取ると、
-(2)

{(1) + (2)}/2 よりcosが、 {(1) - (2)}/2i よりsinが次のように求まる。

よって、三角関数は指数関数で表された。





Sun, September 02, 2012
霊的情報⇒気的情報⇒生命体⇒純粋物質:太陽系には気的情報だけでなく、霊的情報があるだろう。
テーマ:cosmos
霊的情報⇒気的情報⇒生命体⇒純粋物質:太陽系には気的情報だけでなく、霊的情報があるだろう。

今日も一言述べるに留める。
 先に、生命体と非生命体的物質を区別した。それは、気的情報があるか否かの違いに拠るのである。
 これを敷衍すると、生命体に霊的情報があるか否かの違いがありえるだろう。そして、人間と他との生物の違いはこれに拠ると考えられよう。
 思考能力は明らかに、人間だけがもつものであり、ここに霊的能力を見ることができる。
 これは、無双PS原理で言えば、超越界の霊的情報が気の世界(気界)に達しているのであり、生命体に霊的能力が刻印されているということである。
 端的に、人間は、生物(気的物質)でありながら、同時に、霊的能力をもっているのである。(しかし、シュタイナー的に言えば、悪魔的能力も体現しているのである。)
 とまれ、今は、その点ではなく、太陽系を考えたい。
 太陽系は単に気的情報をもつ「生命体」なのか。
 直観では、なんらかの霊的情報をもっていると思われるのである。
 思うに、なんらかの霊的情報が、太陽系を創造形成したと思われる。つまり、霊的太陽系である。
 このことが、古代宇宙論(占星術の基盤)を生み出したのだろう。
今日は、短いが、ここで留める。



2012年09月16日(Sun)▲ページの先頭へ
生命体=気的物質と非生命的物質:生命的物質と非生命的物質は質的に異なる
Fri, August 31, 2012
生命体=気的物質と非生命的物質:生命的物質と非生命的物質は質的に異なる
テーマ:無双PS原理
生命体=気的物質と非生命的物質:生命的物質と非生命的物質は質的に異なる

先に放射性物質と生命体について考えていたが、これまでの気と生命体の考えでは不十分であると感じたので、考え直してみた。
 結局、生命体とは、気の次元と物質の次元の二つの次元をもつ複合体であるのに対して、非生命的物質とは、気的次元がなく、単に物質的次元しかないと考えられる。
 このように考えることで、生命体と非生命的物質の違いが明快になると考えられる。
 無双PS原理三次元世界マップから見ると、生命体とは、虚軸の陰陽気をもつと同時に、実軸の物質をもつことがわかる。それも、陰陽共振による螺旋力動をもつ物質である。つまり、生命体とは、虚軸と実軸、正確に言うと、虚軸とプラスの実軸の平面に属することになる。
 それに対して、非生命的物質とは、虚軸領域をもたず、マイナスの実軸に属すると考えられるのである。
 では、そのように考えたとき、電磁波をどう捉えるべきか。これまで、陰陽共振がMPにおいて、電磁波に変換して、⇒+1の事象になると考えてきた。
 そう、それは問題ないだろう。結局、生命体は気が主導的で、螺旋的に物質形態が形成されると考えられる。言い換えると、気主物質従の様態である。気が電磁波の情報となって、電磁波を導き、生命体を構成すると思われる。
 しかしながら、非生命的物質の場合、もはや、気の主導性はなく、物質自体の力学が主導的になると考えられる。これは、唯物科学の領域となる。
 では、非生命的物質における電磁波とは何かが問題である。思うに、気が主導しない電磁波が当然あると考えられるから、これまで考えたように、実軸における⇒+1の⇒に電磁波を見ていいのではないだろうか。
 しかし、正確に言えば、MP2(MPの実軸上の点)から生まれる電磁波である。MP2は原子の領域であり、端的に物質の領域である。故に、MP2⇒+1という方程式が考えられるのである。
 この方程式は確かに一種の生命体の方程式である。しかし、気に導かれていない生命体方程式である。これは、言わば、唯物的生命体の方程式である。人工的生命体の方程式とも言えよう。
 例えば、電灯の光を与えて、栽培する野菜の一部は、そのようなものだろう。あるいは、化成肥料で栽培する場合や遺伝子工学で誕生した生命体の場合がそうだろう。
 それには、自然天然の気の情報が欠落しているので、生命の本来的力が欠落していると考えられよう。
 とりあえず、以上で、本件の検討を終える。


Thu, August 30, 2012
検討問題:生命体と免疫  生命体(気的物質体)は陰陽方程式凸i*凹i⇒+1の+1で説明がつきそ
テーマ:放射能汚染と闘う知恵:光合成細菌、乳酸菌
検討問題:生命体と免疫 

生命体(気的物質体)は陰陽方程式凸i*凹i⇒+1の+1で説明がつきそうである。生命エネルギーは⇒だろう。そして、食とは、このエネルギーを補給する ことにほかならない。つまり、⇒は日々補給しないといけないのである。そうでないと、陰陽は共振ではなく、非共振、即ち、−1←凸i*−凹iとなり、−1 という死体、物体へと解体する。
 では、生命維持機能で重要な役割をする免疫とはどう数式化できるか。
これは、考え方は簡単だと思う。生命の原動力である陰陽共振を阻害する、つまり、非共振をもたらすなんらかの機能体を破壊することである。
 なんらかの非共振は、陰か陽を傾斜すれば、もたらされるだろう。わかりやすく言えば、陰陽バランスを阻害すれば、もたらされる。
 例えば、放射能物質がそうである。それは、生命体の陰陽共振を破壊するものである。正確に言えば、陰陽共振による生命物質体の正常な形成を放射能が阻害するとことである。
 この生命物質体を阻害、破壊に対して、対抗的作用することが免疫である。
 問題は、陰陽レベルと物質レベルにおいて、免疫が考えられることである。
 飯山一郎氏が提唱、推奨する乳酸菌による免疫力強化は、後者であるように思える。 
 それに対して、陰陽気のレベルの免疫もあると考えられる。簡単に言えば、気の強化である。
 免疫作用は、両者が合わさることが理想であろう。
ここで話題を飛躍するが、放射性物質関連で言うが、不思議なことは、飯山一郎氏が説く光合成細菌が放射能を「食べて」しまうということである。
 原始宇宙における放射線を、それは「食料」にしてしまうということである。これは、いったいどういうことなのか。以前、簡単に触れたが、原始宇宙の放射線は、光合成細菌の陰陽共振による生命体形成を阻害できず、返って、「有益」なのである。
 とまれ、放射線と生命体について、検討課題にしておく。



Wed, August 29, 2012
生命とは何か:気生命凸i*凹iとは、コズミック・シンフォニー:陰陽宇宙交響曲
テーマ:無双PS原理
生命とは何か:気生命凸i*凹iとは、コズミック・シンフォニー:陰陽宇宙交響曲

今日も余裕がないので、簡単に記すに留める。
 個人的なことで恐縮であるが、五年前、心臓手術をした。麻酔で眠っているとき、夢のような、ヴィジョンのようなものを見た。
 そのとき、感じたのは、宇宙は生命体であるという直観である。記憶がおぼろであるが、私はなにかファンタジーかSFの世界にいるように、宇宙を漂うように飛んでいた。宇宙船や円盤に乗っていなかった。
 そのときのイメージだけを言えば、宇宙はすべてが、神経叢の繊維のようなものでつながっているのである。宇宙生命体、宇宙は生きているという直観、深く納得したのであった。
 これは無双PS原理で言えば、凸i*凹iの陰陽が森羅万象に、浸透しているというように考えられる。
 そして、個々の陰陽は、他の陰陽と重なり合い、一種共振して、いわば、宇宙交響曲を形成しているだろう。
 そう、陰陽魂が生命である。それが、物質体をまとっているのである。
しかし、陰陽を超越した奥に、超陰陽の霊的陰陽世界=神霊界があるのだろう。
 これについては、後で、述べたい。

追記:ドリーム・ヴィジョンを補足すれば、胸のところで、宇宙の流動体 (ゲル)のような柔肌に包まれているような感じであった。



Tue, August 28, 2012
霊と気の関係力学について:霊/気転換方程式:凸j*凹j⇒凸i*凹iになるべきではないだろうか。
テーマ:無双PS原理
霊と気の関係力学について:霊/気転換方程式

これはまだ不明確なままである。
 以前は、凸j*凹j⇒+1を霊の方程式にしたが、これだと、霊と気がうまくつながらないのである。
 直観では、自己(個)認識方程式凸i*凹i⇒+1と類似的になものをそれに期待したいのである。つまり、凸j*凹j⇒凸iのようなものをイメージしているのである。
 しかし、凸j*凹j⇒+1になるのである。
 思うに、凸j*凹j⇒凸i*凹iになるべきではないだろうか。
 直観的イメージでは、また、理論的に(超越円における虚軸の両端)、そうである。
 思うに、f(θ)=icosθ+jsinθ=Tとf(θ+π)=icos(θ+π)+jsin(θ+π)=Uにおいて、θ=nπのとき、凸i*凹iは形成されるのではないだろうか。
 nがゼロのときは、T=凸i、U=凹iとなるだろう。
だから、T*Uの式を考えればいいのではないだろうか。即ち、
T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔icosθ+jsinθ〕*〔icos(θ+π)+jsin(θ+π)〕である。ただし、θ=nπである。
 nがゼロのときは、凸i*凹iとなるが、nが1のときはどうか。
 凹i*凸iとなる。
 では、n=2のときはどうか。これは、当然、nがゼロのときとまったく同じである。
即ち、凸i*凹iである。
 ということで、

T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔icosθ+jsinθ〕*〔icos(θ+π)+jsin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)

これを、霊/気転換方程式と作業仮説的に呼んでおこう。
 今はここで留める。

追記:n=1のとき、凹i*凸iとなるが、それは凸i*凹iとは意味合いが異なるのではないか。

追記2:凸j*凹j⇒凸i*凹iならば、凸j*凹j⇒凸i*凹i⇒+1*−1とならないか?



Mon, August 27, 2012
検討問題:−1とは何か:地、重力の方向ではなく、死体、純粋物質を意味するのか
テーマ:無双PS原理
PS理論のときもそうであったが、−1の意味づけが難しい。
 無双PS原理では、地としている。重力の方向である。
 しかし、方程式ではどうなるのか。陽凸iの二乗でいいのか。それとも、割り算なのか。
 直観で言うと、牽引の反対の反発である。このことは、かつて何度も考えて、退けたものだ。
 つまり、陰陽の牽引を共振とし、それを+1とし、陰陽の反発を−1としたのである。
 だから、後者は非共振である。思うに、共立という事象かもしれない。とまれ、哲学的に言えば、それは、自己同一性の事象である。自我事象である。直観では、これこそ、物質事象である。純粋物質事象である。
 カント哲学で言えば、純粋悟性の事象である。そう考えるならば、発想を変える必要がある。
 +1の個物・個体現象は、−1の純粋物質を含むということにならなくてはならない。
 言い換えると、+1が真の現象であるが、人間は、それを−1の純粋物質として認識するということになる。
 こう考えたらどうだろうか。シンプルに具体的に見れば、+1は、例えば、生きている蜘蛛である。しかし、叩かれて死んだ蜘蛛は、−1である。
 つまり、生命体と死体の違いである。あるいは、生命体と物質体の違いである。即ち、+1はなんらかの生命を含むが、−1は生命が消えたものである。
 陰陽共振は生命体+1を生み、陰陽非共振は死体をもたらすということではないだろうか。
 そうならば、自己同一性の認識行為とは、死の行為であるということになる。自我は死ということになる。あるいは、同一性とは死である。敷衍すれば、貨幣や資本は死である。近代主義は死である、等々。
 生物学ないし医学的には、死に至る病ということになろう。 
 そうならば、これまでの考えを改める必要がある。−1は地ではなく、死、純粋物質であると。
 そうすると、天と地はどうなるのだろうか。単純に見ると+1は天でいいが、MP (原点)の方向が地となるだろう。
 今日はここで留める。

<無双PS原理三次元世界:Ver5.0>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1___      MP・胸 _電磁波⇒_+1実軸x軸
死体、自我     /  |地            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |
 



縄文・弥生・ツングース系母権民族の原日本に侵入した父権的遊牧民族(仮説)は何か
テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族
縄文・弥生・ツングース系母権民族の原日本に侵入した父権的遊牧民族(仮説)は何か

今日は余裕がないので、単刀直入に述べるに留める。
それは、失われたイスラエル十支族である。

2012/1/19 天皇家と失われたユダヤ、イスラエル十支族



日本人に申し訳ない〜超能力者が漏らした日本の秘密:「日本人は古代イスラエルの子孫である!」

イスラエル12支族のシンボルをイラスト化したもの



みなさん、こんにちは。

いやー、これは結構面白い。今日偶然に見つけたものだが、古代イスラエルの失われた10支族と日本人のことにまつわる話である。

2009/03/29(日)
日本人に申し訳ない〜超能力者が漏らした日本の秘密

先日MySpaceで、ファッションデザイナー志望のウクライナ人と知り合った。
それで思い出して、この話題を紹介することに。

日本人に関するユダヤ人の言い伝え

古代イスラエル10支族の情報を検索していて、次のような話を見つけた。
帝京大学の高山教授が、アメリカでタクシーに乗っていて、いきなり運転手から「日本人に申し訳ないことをした」と謝られた。
彼はウクライナ出身のユダヤ人だった。
ウクライナのユダヤ人社会では、次のような言い伝えがあるという。
それは、失われたイスラエル10支族の1つが日本人だった(日本に渡って日本人となった)というものだ。
それなのに、「ユダヤ人のオッペンハイマーはその日本に落とす原爆を作った」から、謝りたいというのだ。
ウクライナ系ユダヤ人は語る「日本人には申し訳ないことをした」

他の国の日本人に関する言い伝え

ウクライナといえば、故ヨセフ・アイデルバーグ氏がウクライナのオデッサ出身だった(後にイスラエルへ移住)。
下記の記事で紹介しているが、日本に渡来した古代イスラエルの失われた10支族の研究に晩年を捧げたユダヤ人だ。
日本研究に一生を捧げたユダヤ人(アイデルバーグ氏について)
アイデルバーグ氏は、10支族を探す旅に出て、バハラ地方の少数ユダヤ人の言い伝えを知った。
バハラは、アラビア半島の国オマーンにある。
それによれば、10部族は囚われの身となっていたアッシリア帝国から逃れ、東の方へさまよい出た。
そして長年アジア大陸を放浪し、最後に「中国のかなたの神秘な国」に定着したという。
その言い伝えを頼りに、アイデルバーグ氏は日本を目指した。

キルギスタンでも、同様の言い伝えがある。
昔ふたりの兄弟がいて、一人は山の方へ向かってキルギス人の祖先となり、もう一人は海の方へ向かって日本人となった。
またキルギス語には、日本語と共通する単語が数千もあるのだという。
以上は、下記の記事で紹介している『日本の中のユダヤ文化』という本で紹介されている。
日本の中のユダヤ文化

そこで元記事を見てみると、こんなものであった。
http://quasimoto.exblog.jp/17394142/

Kazumoto Iguchi's blog


日本人は古代イスラエルの失われた10支族の末裔か?

前回、八重山民謡の中の「ヘブライ語」を見てきましたが、なんと京都の山鉾巡行や、地方の祭りの掛け声にもそれを見る事が出来るようです。

紀元前11世紀、古代イスラエルは戦乱に敗れ、12支族のうち10支族がアジアの各地に消えたと言われています。

その後、今から1300年前、シルクロードから127県の民を伴って秦氏が日本に入って来て、日本の文化に大きな影響を与えたと言われています。
http://riudenco2346.ti-da.net/e2884328.html




Sat, August 25, 2012
日本民族病理の集団的父権主義とは何か:集団的自我とは何か:自他未分化の太極的様態の旧人の日本人
テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族
日本民族病理の集団的父権主義とは何か:集団的自我とは何か:自他未分化の太極的様態という旧人の日本人心性

無双PS原理から日本人の集団的自我(語義の矛盾があるが、おいておく)はどう分析できるか。
 これは、一種の封建的心性と言えよう。自己(個)認識方程式凸i*凹i⇒+1から見ると、他者凹iが集団的権力であり、それを肯定するのであるが、自己凸iは否定していると考えられる。
 もし、本来的に自己凸iが存するならば、他者凹iの集団的権力と対立するはずである。
 言い換えると、集団的自我とは、他者に傾斜した心性であるということになる。自己よりも他者に傾斜しているのである。
 とは言え、果たして、それでいいのだろうか。他者傾斜でいいのだろうか。日本集団的自我とは、そもそも、自己と他者が未分化状態にあるのではないか。だから、無双PS原理から言うと、太極の分極化以前の様態に存すると考えられよう。
 つまり、分極化が発生する起点であるMP(原点、交点)の位置に存するのではないだろうか。このときの太極が権力ないし権威である。それと集団的民族は一体であるということになる。言い換えると、自他区分以前の未分化融合状態に集団的民族の心性は存すると考えられる。
 この自他未分化融合様態であるために、多数の日本人は個的自立ができず、権力に唯々諾々と従うということだろう。
 とまれ、この古い日本人とその国は滅びる運命にあると言えよう。ポスト福島原発の黙示録的エポックにおいて、この集団的日本人・日本は消滅していき、新しい個的母権主義の日本人・日本、言い換えると、個的共同主義の新生日本人・日本が誕生するだろう。
 そう、自他未分化の集団的心性とは言わば超越論的であり、盲目な信仰のようなものである。これは、理性、知性では、矯正不可能である。滅びゆくものは、滅びゆくしかないのである。それが、自然の必然性である。そう、正に進化である。
 個的エポックに環境適応できない民族は淘汰され滅びるのが自然の摂理である。人類進化の意味を甘く見てはいけない。(もっとも、閉鎖系ならば、ガラパゴス諸島のように生き延びることができるが。)
 以上は集団的父権主義の集団性の側面についての分析であるが、父権主義の側面については、触れていない。それでは片手落ちなので、一言述べよう。
 集団的父権主義(集団父権主義)とは、自他未分化の権力において、父権制が支配するということである。思うに、自他未分化の権力とは、本来には、母権である。(だから、権力と言うと語弊があるが、そのままにしておく。)
 だから、原初的には、母権的自他未分化様態があったと考えられる。(これは、縄文的個的母権制ではなく、弥生的農耕文化的母権制である。)
 この心性に、父権制が侵入したと考えられる。(史的には、母権的天皇制に父権制に侵入して、父権主義的天皇制が誕生したと思う。)
 現実的に言えば、弥生的農耕集団的民族(既述したが、縄文文化と弥生文化が融合したと考えている)に父権的遊牧民族が侵入して、後者が前者を支配したと考えられる(これが、記紀、とりわけ、日本書紀に記されていると思う)。
 このとき、自他未分化融合心性は父権的権力に従属するようになったのである。そのときの権威が天皇である。母権的天皇と父権的天皇の二重性が生じたのである。ギリシア神話で言えば、ゼウスに当たるのが、天皇である。
 これが、集団的父権主義の父権主義的側面の意味である。
 結局、縄文的個的心性から復活する必要があるのである。これは、シュメール・ケルト・縄文・環太平洋文化圏の一環である。
 これについては、余裕のあるとき、詳述したい。

追記:侵入した父権的遊牧民族とは何か。これが長年の謎である。



Fri, August 24, 2012
霊と気と物質の三層世界存在としての人間:霊主体従:日本父権制というカルマからの超克的エクソダス
テーマ:日本大新生
霊と気と物質の三層世界存在としての人間:霊主体従:日本父権制というカルマからの超克的エクソダス

私見では、福島第一原発の爆発による放射能大汚染は、唯物科学の終焉の決定的象徴的地球人類史的事件である。
 東洋の最東に存する日本は明治維新、大敗戦を経て、西洋文明の帰結である唯物科学を言わば拝受した。
 シャーマニズム、アニミズム的な東洋・日本伝統文化は、唯物科学との折り合いをつけないまま放置され、忘却された。
 現代日本人は、母権的民族の基盤も忘却して、近代西洋由来の近代的自我も受容した(正確に言うと、違うが)。
 既述したように、持論では、日本の父権制が諸悪の根源である。私は江戸時代に生まれた国学が近代父権制のイデオロギー的原点だと考えている。(もっとも、狭隘閉塞的ナショナリズムの根源でもあるが。)
 そして、日本近代父権制は、個的ではなく、集団的であり、主となる権力に隷従し、個人的には、良識道徳ぶるという「二重人格」性をもつ。この封建権的心 性が、国家から庶民まで、一般に浸透しているという民族的病理をもっている。いわば、父権制=封建制フラクタルである。 
 もっとも、ネット世界をみると、それはなく、個的世界が進化している。これは、私論では、新母権的日本人の世界である。
 日本が生まれ変わるには、日本のカルマを知る必要がある。父権的集団的民族性を知る必要がある。これが、合理性、創意工夫、個の自由を奪っているものである。
 西洋文明には、個の原理がある。(もっとも、個と個人と自我が混同されているが。)ギリシア文化、キリスト教文化、ルネサンス文化が、個の原理を形成した。 それに対して、日本の場合、個の原理は、実は母権主義に存していると考えている。
 私の史観では、江戸時代において、近代父権主義と近代母権主義が生まれたが、明治維新で、前者が後者に勝利して、後者は抑圧され続けてきて、今日の黙示録的状況を迎えたと考えられる。 
 日本人は生まれ変わる必要がある。それには、意識進化が必要である。そのためには、今日的な精神文化が必要である。マルクス的に言えば、命懸けの飛躍が必要である。
 手前味噌的であるが、無双PS原理の基本的精神原理は、日本人の集団的自我原理を超克するものである。それは、東洋・日本伝統を継承する個的共同性の原理でもある。
 とにかく、ハラを知り、それを不連続化すること、これが、第一歩である。それが他者となり、自己との共振が経験的に形成されれば、それが、個的共同性となる。
 予定では、唯物論を超える霊と気の認識をどう形成するのかについて述べるつもりであったが、序論に留まった。明日、主題に関して詳述したい。

追記:日本のカルマを正確に言えば、弥生的母権的農耕集団文化と国学・封建的文化の癒着である集団主義的父権制である。

追記2:日本人の個の原理は母権主義に存すると述べたが、言葉足らずである。縄文的母権主義にであり、弥生的集団的母権主義にではない。
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Thu, August 23, 2012
四つの力(超大統一理論)と無双PS原理
テーマ:無双PS原理
まったくの思い付きであるが、無双PS原理から現代物理学の目指すグランド・セオリーの超大統一理論を見るなら、根源の一つの力は当然、太極である。
 それが、陰陽に分極化する。陽が原子核、陰が電子を形成するならば、強い力は陽の力であり、弱い力は陰の力ではないだろうか。
 ただし、物質化するとき、虚軸ではなく、垂直に捩れて螺旋化すると考えられる。つまり、二次元化、平面化すると考えられる。このとき、虚軸とは別の準虚軸を考えて、その平面を考えるべきだ。  
 その準虚軸の準陽が原子核の方向であり、強い力がはたらく。そして、準虚軸の準陰がベータ崩壊の志向性であり、そこに弱い力がはたらく。
 さて、気/物MP変換によって、虚軸から実軸へと転化する。そのとき、既述したように、凸i*凹i⇒+1の⇒が電磁波であり、凸i*−凹i→−1の→が重力波(重力子)である。
 このような方向で考えれば、無双PS原理から超大統一理論は解明できるのではないだろうか。
 ただ以上の説明で一番の問題は、準虚軸の考え方である。もっと単純に、MP2(実軸上の原点・交点)に原子核と電子を見て、前者に強い力、後者に弱い力を見るというのはどうだろうか。
 今はここで留める。
 
参照:

4つの力と5番目の力
●●4つの力と5番目の力
 自然界にたくさんある力はすべて、4種類の力のいずれかに分類することができる。その4つの力とは「重力」「電磁力」「弱い力」「強い力」である。それぞれの力には、その力を媒介する(伝える)粒子があり、それをゲージ粒子という。
 4つの力を説明していくと、まず「重力」は、あらゆる粒子に働く力である。日頃、私たちも重力の影響を受けているが、この力は、他の3つの力に比べて非 常に弱いものだ。ニュートンの発見した「万有引力の法則」は、この重力の法則である。重力のゲージ粒子は、重力子(グラビトン)とされるが、これは未知の 素粒子である。
 次に「電磁力」は、電気をおびた粒子に対して働く力である。原子同士を結んで分子をつくったり、原子核と電子を結びつけて原子をつくったりする。マクスウェルの電磁気学は、この力を理論化したものだ。電磁力のゲージ粒子は、光子(フォトン)である。
 また「弱い力」は、放射能や星の核反応に関係するものである。たとえば、ベータ崩壊で中性子がニュートリノと電子を出して、陽子に変わるときなどにはたらく微弱な力だ。弱い力のゲージ粒子はウィークボソンである。これにはプラスとマイナスの電荷を持つW+とW-、電気的に中性なZ0の3つがある。
 最後の「強い力」は、クォークを結合させ、陽子や中性子、中間子などを作る力である。中間子は原子核内の陽子や中性子を結合させる核力の源となる力だ が、この核力も強い力の一種である。強い力はクォークの「色」という状態に対して働くことから「色の力」とも呼ぶ。強い力のゲージ粒子は、グルーオンであ る。
4つの力 重力 電磁力 弱い力 強い力
(色の力)
具体例 ・天体間の力
・重力 ・原子間の力
・化学反応を起こす力 ・ベータ崩壊を引き起こす力 ・原子核内の力
(核力)
作用する荷量
(かりょう:何に対して働くか) 質量
(エネルギー) 電荷 弱荷(じゃくか) 色荷(しきか)
力の及ぶ範囲
(mm) 無限大 無限大 10-14 10-12
力を媒介するゲージ粒子 グラビトン
(重力子)
※まだ発見されていない。 フォトン
(光子) ウィークボソン
(弱中間子) グルーオン
(膠着子:こうちゃくし)

 上で説明した4つの力は、自然界にある、たくさんの力を4種類に整理したものである。しかし、物理の世界では、この4つの力をもっとコンパクトにまとめて、統一的な方程式で説明しようという試みがなされている。これを力の統一理論と呼ぶ。
 4つの力のうち、電磁力と弱い力は、1967年にアメリカのワインバーグとパキスタンのサラムによって理論的に統一され、ワインバーグ=サラム理論(ま たは単に統一理論)と呼ばれている。これによって、統一された「電弱力(でんじゃくりょく)」に、さらに強い力を加えた大統一理論もあるが、まだ、理論的 に完成していない。ちなみにアインシュタインは、重力と電磁力の統一に情熱を傾けたが、失敗に終わっている。重力を含めたすべての力を統一する超大統一理 論も、未完である。
 ところで、力の統一理論を完成させると、宇宙の歴史の中で力が「進化」した過程が明らかになるのだ。力が進化するとは、いったいどういうことか?
 下の図を見てほしい。宇宙誕生の時には、ひとつの力しかなかったと考えられている。ビッグバン理論によると、宇宙は始め高温・高密度の火の玉状態から膨張したとされているが、高温・高圧の初期宇宙では、力は一つにまとめられていたのだ。
4つの力のわかれ方

 やがて、宇宙が膨張し、温度が下がっていくと、ひとつしかなかった力が4つに枝分かれしていったのである。高温に時には、ひとつの力として存在する方が安定的なのだが、ある一定の温度以下では、別れて違う現れ方をした方が安定するためだとされる。(図解雑学 量子論 ナツメ社より) 
http://homepage2.nifty.com/einstein/contents/relativity/contents/relativity221.html





第1章 原子の構成
      1. 原子
      2. 原子核
      3. 核子
                    第2章 4つの力
      1. 物質に働く力
      2. ベータ崩壊
      3. 中間子

      4. 弱い力

http://www1.odn.ne.jp/~cew99250/soryusi.html
     

わかるまで素粒子論【入門編】

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Thu, August 23, 2012
原子モデル:その2:MPで、気素が元素(原子)に不連続的に変換される:唯物科学から気科学への進化
テーマ:無双PS原理
原子モデル:その2:MPで、気素が元素(原子)に不連続的に変換される:唯物科学から気科学への進化

先に、MPが原子核になり、陰陽共振が電子になるというような作業仮説を立てたが、その後、桜沢如一氏の無双原理の陰陽の説明を想起するなどして、そうで はなく、陽・凸i・自己が同一性へと集中するのであるから、これが原子核になり、陰・凹i・他者が電子になるのではないかと思ったのである。
 そうならば、MPはどうなるだろうか。作業仮説として、原子内結合力としたい。
 とまれ、陰陽共振によって、MPにおいて、原子が発生すると考えられる。陽・凸i(陽素と呼びたい)は、凝縮する力、向心力になると思われるので、粒子 の志向性をもち、陰・凹i(陰素と呼びたい)は、発散力をもつと考えられるので、波動の志向性をもつと言えるのではないだろうか。
 それらは、陰陽なので、正に、相補的であり、二分化はできないと考えられる。量子力学の根本則の粒子と波動の二重性がここで確認されるのではないだろうか。
 そう、ここで、哲学的に確認すべきことは、MPの気/物質変換回路の意義である。実体は気、陽素と陰素、その極性である。物質である原子は現象であり、 その実体は気である。気(陰素と陽素)の物質的発現として、原子が存するのであり、原子の実体ないしは本体は陰素/陽素の気(気素ないし気子と呼びたい) であるということである。 
 しかしながら、先に述べたように、気/物質MP変換(気/物質、気素/元素、気子/原子MP変換)は、不連続な変換であるので、物質からは、気が認識で きないことである。つまり、気⇒物質であるが、物質⇒気は成立しないということである。(しかし、物質には、内在超越的に気が存するということになるだろ う。ついでながら、人間が気を「感覚」【気覚】できるのは、人体には、気の身体があるからである。)
 そう、言うならば、物質とは、気の外面、表面、外皮・外部であり、内面、裏面・背面、核心・内部は気であるということになる。
 これを無双PS原理で言えば、気はMP1(これは、虚軸における交点・原点)に、物質はMP2(実軸における交点・原点)に存すると言えよう。
 しかし、そうすると、個物方程式でもある凸i*凹i⇒+1の個物の物質と矛盾撞着が生じる。しかしながら、個物の意味を考えるべきである。
 私は、凸i*凹i⇒+1は宇宙・自然創造を意味すると述べたのである。つまり、凸i*凹i⇒+1は宇宙・自然創造方程式(現象方程式)と考えていいのである。わかりやく言えば、+1とは、例えば、個物である木、鳥、花、石、等々である。
 つまり、気/物質MP変換の物質とは個物・個体としての物質ではなく、個物・個体の構成要素としての物質である。
 だから、混乱するので、区別する用語を使用する必要がある。MP変換における、つまり、MP2における物質は原子、元素、物質子・物子、あるいは、物素とし、+1の物質を物質体(物質身体、物体)、現象物質、あるいは、物象、物象体とでも呼びたい。
 故に、気/物質MP変換は、気素/物素MP変換(簡略化して、気/物MP変換)になる。これでとりあえず、「物質」の区別がついた。物素としての物質と物象体としての物質である。そして、当然、実体・本体・本質は気素(陰素・陽素)である。
 最後に検討問題を提起しておく。多様な原子・元素があるが、これは、気/物MP変換でどのように作られるのかを解明する必要がある。
 水素原子の場合、例えば、水素原子気素を想定できる。これを気素の単位と見ていいのだろうか。そうならば、単位気素のなんらかの連結によって、多様な気素が形成されて、多様な原子が形成されるということが考えられる。
 この問題はここでおいておく。

追記:今気づいたが、気と物質の関係、気素と物素とのMPにおける関係であるが、前者が内部で、後者が外部であり、物質の内部に気が存する等と述べたが、それは、誤りやすい、ないしは、間違った表現である。
 端的に言えば、気と物質の間には、絶対的な壁があると見た方がいいのである。あえて言えば、超越論ではなく、超越の関係があると見るべきである。
 また、少し飛躍するが、宇宙膨張であるが、気のエネルギーが宇宙創造の根源力であり、その結果として物質体の宇宙があるのであり、結果である物質の宇宙からは、本源のエネルギー、気エネルギーは説明できないということではないだろうか。

参照:
原子 - Wikipedia

原子の構造 [編集 ]
原子は、正の電荷 を帯びた原子核と、負の電荷を帯びた電子から構成されると考えられている。原子核はさらに陽子と電気的に中性な中性子 から構成される(ただし水素原子 の99.985%を占める1Hは中性子を含まない)。陽子と中性子の個数の合計を質量数 と呼ぶ。原子核の半径は原子の半径の約10万分の1(1 fm 程度)と小さい。なお、一般的な原子の模式図は原子核の大きさを原子に対して数分の1程度に描いているが、これは実態とはかけ離れたデフォルメ で ある。原子は硬い球体というよりも、むしろ真空の中に存在する点状の原子核と電子である。但し、電子はしばしば描かれる模式図のように特定の軌道を描いて 原子核のまわりを回っているのではなく、原子核のまわりに確率的に分布しており、原子核を電子雲が包むイメージのほうがより現実に近い。
原子の大きさと原子半径 [編集 ]
原子の大きさの直感的な定義は電子雲 の広がりであり、一般には球状とみなされているが、電子雲は文字通り雲状あるいはもや状のものであり、その境界面を定義することは難しい。特に、化学結合 をして分子を形成している場合等には、どこまでがある原子に属している電子雲かを定義するのは難しい。また、原子が電子を得るか失うかしてイオン となった場合には、原子雲の広がりも当然変化し、原子の大きさも異なってくる。
このような事情のため、原子の大きさを定量的に示す原子半径 にはいくつかの定義があり、場合によって使い分けられる。
原子の質量と原子量 [編集 ]
原子の質量 を表すのには、統一原子質量単位 (u)がしばしば用いられる。これは、質量数12の炭素 原子である12C(炭素12 )1個(ただし、静止 して基底状態 にあり自由な時)の質量を12 uと定義したものであり、1 u = 1.6605402(10)×10-27 kgである。
また、原子の相対的 な質量比を表すものとして原子量 があり、これは先述の12C(炭素12)1個の質量を12と定めた場合の他の元素の質量比である。ある原子の原子量の値はその原子一個の質量をuで表した時の値と全く同一であるが、原子量はあくまで比率を表す量であり、単位を付けない無次元数 である。
原子量と質量数はほぼ同程度の大きさとなるが、その定義上必ず整数値をとる質量数とは異なり、12C以外の原子の原子量は厳密には小数になる。これは、原子核を構成する陽子と中性子の質量が微妙に異なり、且つそれら核子の結合エネルギーによる質量欠損 が原子により異なるためである。それでも原子の相対質量は、凡そ質量数に近い数値をとる。
複数の同位体を含む元素では、整数値からさらに離れた値を取る場合がある。これは多くの元素では質量数の異なる原子(同位体 )が存在し、その存在比率もまちまちなためである。例えば、12Cの原子量が厳密に12であるのに対し炭素の原子量は12.011であるが、これは炭素には12Cの他に少量の13C(更にごく少量の14C)が含まれているためである。原子量の概数は計算によって求めることができ、例えば塩素の原子量は35.453であるが、この場合35Clの存在比が約76%、37Clの存在比が24%となっているため、35×0.76+37×0.24という計算によって概数(35.48となり誤差は約0.1%)が求まる。
原子と元素 [編集 ]
原子とは、内部に持つ陽子と中性子の各個数の違いで区別される個々の粒子を指す。例えば炭素原子は中性子数の異なる12C、13C、14Cの3種類が存在する。一方元素は、中性子数に関わらず、ある特定の陽子数(原子番号 )を持つ原子のグループを指す。例えば、「炭素は燃焼(酸素と結合)して二酸化炭素 を生成する」と表現した場合の「炭素」や「酸素」は元素を意味する。



最近の原子モデル。ヘリウム 原子。電子が雲状に描かれている(→電子雲 )。

参考:
<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
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         超越軸z軸:太極・霊界       /
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U:物質認識       |     /    T:頭
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−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
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V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |






Mon, August 20, 2012
検討問題:無双PS原理から原子モデルを作業仮説する
テーマ:science
本件について、検討したいが、余裕がないので、残念ながらできない。
 桜沢如一氏は無双原理から原子モデルを述べているが、陰陽と物質を一致させているので、使用できない。
 今は余裕がないので、一言予備考察を述べるに留める。
 原子核はおそらく、MPに存する。電子は陰陽、即ち、陽である凸iと陰である凹iの共振によって形成される電磁波と関係する。おそらく、螺旋を描いている。
自己認識方程式(個方程式)凸i*凹i⇒+1における⇒が電磁波であり、それが、螺旋形状であり、原子の電子に相応するのではないだろうか。
 原子核(陽子や中性子)がMP(原点)に存すると述べたが、それだけでは、不十分な説明である。MP(Media Point)は、気が物質へ変換する「トランス」である 。気/物質変換回路である。ここにおいて、気と物質の中間形態はないと考えられる。気が即、物質に転換されると考えられる。そう、不連続な階層的変換回路 である。
 原子核がMPに存するというとき、気の中心が物質の中心に変換されたときの後者に原子核を見たい。
 問題は気の中心である。それは何か。それは直観では、太極である。太極は基本的には、超越軸に存しているが、超越軸はMPに直交しているので、MPに太極が存するというのは合理的である。
 ならば、太極が原子核の根源である。そして、陰陽共振が電子の根源であるということになる。
 今はここで留める。

追記:生成門氏の以下の論考で、MP1とMP2という二つのMPについて言及している。以前はこの区別にこだわったが、最近は使用していないが、上記のMPの太極がMP1に、MPの原子核がMP2にほぼ対応するだろう。

言語過程はイデアと現実の世界を循環する (0)
言語過程はイデアと現実の世界を循環する
<四次元能版エヴァンゲリオン:圏論という言語>


イデアの実在性を実感するために
http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111062414
の続きです。



一人称と三人称と認識、存在と無、イデア、意識と無意識の関係が錯綜しているようなのですっきりしなかったようです。

根源に遡って、存在と無がイデア由来であることを示して見ましょう。



認識とは意識があって始めて可能となるものです。認識された物が存在するとは、意識があるからです。この意識は無意識と随伴するものです。意識が存在を可 能とするなら無意識は無を可能にするでしょう。言い換えると、一人称が存在、三人称は無を可能にするということになります。

しかし、単純に意識が存在、無意識は無として良いのでしょうか?

どうもそうはいかないようです。

三人称は、定義2の「いなくてもいる」ですから、「あり・なし」同時の認識です。それに対して一人称は存在か無ですから、「ある」か「なし」のどちらかです。つまり、どちらも存在と無があるのです。それが分岐しているのか、同時なのかの違いがありそうです。

「あり・なし」同時の認識とは、即非ですから「空」です。空とはカオスの空っぽの容器です。MPの即非としての空です。この空は、MP1とMP2の二重性を持っており、MP1は無意識とMP2は意識面と繋がっています。

MP1の無意識はイデアの世界の空の「ありとなし」の即非性をそのまま持っていると言って良いでしょう。それに対して、MP2の意識は、即非性を分極して、「あり」と「なし」になるでしょう。それが一人称の認識として存在と無という形で現れてくるのでしょう。
シムダンス「四次元能」




Mon, August 20, 2012
自己意識問題:近代的自己意識分裂様態から新しい全体的自己意識様態への進化
テーマ:無双PS原理
自己意識問題:近代的自己意識分裂様態から新しい全体的自己意識様態への進化

原初MPが作用する場合、それは、近代においては、反動様態であるが、それは、全体的自己意識志向性をもっているのではないだろうか。それに対して、近代意識はデカルト的自己傾斜した意識、近代的自己、近代合理主義意識である。
 だから、原初MP的全体自己意識をもつとき、近代意識は、自己疎外的作用をするものとして、現れる。前者は、史的には、ロマン主義になると考えられる。
 神秘主義的詩人版画家のウィリアム・ブレイクの幻像的詩で言うと、ロスとユリゼンの対立・闘争となるだろう。
 ここには、分裂があるのである。全体的自己意識と自己同一性意識の分裂である。しかしながら、魂、サイキを重んじる立場ならば、前者が主導的である。
  では、この二つの自己とはいったい何であるのか。文化史的に言えば、前者は古い自己であり、後者が新しい自己である。また、これは、近代文化史における、 分裂様態を意味する。これは、無双PS原理から言えば、未分化様態ないしは、連続的様態である。これは、一種病理的様態である。そう、自己分裂様態であ る。
  これを超克するのが、先ず、不連続的差異論の認識である。そして、初期PS理論そして無双PS原理の認識である。認識とは、意識、精神の力学である。(思 うに、霊的力学と言えるのではないだろうか。そうならば、認識とは、霊的認識と言える。ただし、今日においては、自己同一性化されて、物質的になってい る。つまり、物質的霊認識になっているということになる。)
 近代的自己分裂様態の超克とは、新しいMP認識を意味する。自己凸iと他者凹iと の新しい陰陽差異共振を意味する。言わば、自己が他者となり、他者が自己となるのである。自己と他者の即非様態である。また、これが、新しい個の様態であ る。文化史的に言えば、近代意識と前近代意識の進化的統合である。これは、トランス・モダンである。これは、ヘーゲル弁証法的ジンテーゼではないだろう か。即ち、テーゼが、古い全体的自己意識(古い霊的自己認識)、アンチテーゼが、近代的自己意識、ジンテーゼが新しい全体的自己意識と考えられよう。
 しかし、注意すべきは、先に述べたように、アンチテーゼの否定は、論理的否定ではなく、規定である。だから、ここにおけるアンチテーゼは近代意識の規定である。
 そして、ジンテーゼとは、アンチテーゼを包摂する新しい全体的自己意識、即ち、不連続な他者と共振する自己意識の生成ということになろう。
 思うに、ジンテーゼをもたらすアウフヘーベン(止揚、揚棄)は、反の反、否定の否定というのは、ミスリーディングである。何故なら、反の超越論的包摂が止揚であると考えられるからだ。
 また、もともと、合という日本語がミスリーディングである。合ではなく、共である。あるいは、共立である。
  とまれ、新しい全体的自己意識であるが、アンチテーゼからそこへと到達するには、近代意識の他者が必要である。この他者との共立共振によって、それがもた らされるからである。つまり、単に形式的な論理があるのではなく、そこには、霊的認識的力学が必要なのである。他者存在という差異的質が必要なのである。
 そう、キルケゴールが質的弁証法を唱えたのは、正鵠を射ている。単に反の反、否定の否定では、止揚は不可能だからである。
 思うに、無双PS原理の差異共振原理(陰陽極性原理)とは、質的弁証法と同一であると言ってもいいくらいである。ただし、キルケゴールには、陰陽的差異共振の視点はなかったと考えられる。
 そう、結局、弁証法とは、三分法というより、四分法にすべきだと思う。即ち、T正⇒U反⇒V他者⇒W合(共立共振)である。一般にVの他者が弁証法に抜けているために、弁証法は現実的には全体主義、独裁主義に帰結すると考えられよう。



Sun, August 19, 2012
女性の意識を分析する:原始母権制⇒父権制⇒新母権制:新陰陽均衡原理に基づく女性個の自立へ向けて
テーマ:新母権的社会:個的共同体
女性の意識を分析する:原始母権制⇒父権制⇒新母権制:新陰陽均衡原理に基づく女性個の自立へ向けて

私は、父権主義批判をし、新母権主義を唱えている。その理由は、父権主義は、自己傾斜があり、世界を同一性化してしまうからである。言い換えると、機械、物質、貨幣・資本が支配することになるからである。
 これに対して、新母権主義は陰陽均衡点であるMPを支点として、自己と他者の共振する共同体を志向すると考えられる。
 これは、無双PS原理の理念である。しかし、現実において、ある女性には、強烈な支配欲が存している。これは、国家権力におけるそれというよりは、個人的関係におけるそれである。
 これは一体何であろうか。父権主義以前の社会は、母権主義、母権・母系制であったが、父権的民族によって征服支配されたのである。
 今は大雑把に言うが、この文化的トラウマが女性の心理にはあるのではないだろうか。それが、反動的に噴出して、男性を支配しようとするのではないだろうか。
 反動であるから、非合理・不合理・不条理的である。では、このトラウマの力学はどういうものか。
 前父権的母権主義とは、原始的MPに基点がある。それは、自己傾斜が存していない人格様態である。言い換えると、自我主義のない人格様態である。
 個は、自己と他者の二元論的分裂はなく、自己と他者の共同体的意識が存していたと考えられる。
 この原始陰陽共振様態意識が、父権社会によって抑圧されたと考えられる。
 父権的自己傾斜意識はまったく母権的意識を否定するのである。つまり、父権制の下の女性は、本質を否定されるのである。思うに、ギリシア悲劇のオレステイア三部作の復讐の女神は、この否定された女性の魂の反動様態であろう。いわば、狂気である。
 そう、父権制下の女性は、一般に、この被抑圧を認識していないのであり、無意識において、抑圧された母権意識を抱え、それが、反動的に噴出するのであり、それが、通俗的には、ヒステリーである。そして、それが、男性に対する女性のもつ支配欲の源泉と考えられる。
 では、新母権主義はいかに可能だろうか。女性に本来の陰陽均衡点MPをもたらすようなチャンスを与える必要がある。
 それは具体的にはいかなるものか。理論的に言うと、トランス・モダンであるから、前提として、近代の知恵を女性はもつ必要がある。その上で、東洋・日本伝統的な心身の叡智を学ぶ必要がある。
 そう、女性の個的独立が必要なのである。それは、陰陽均衡の心身叡智に拠るのであり、社会・経済的に女性の独立する場を与える必要があるのである。
 復讐の女神のような反動狂気に拠る支配欲ではなく、近代の知性をもった陰陽均衡叡智に基づく女性の個的自立・独立が目指されなくてはならないのである。
 そのとき、男性による女性の支配、そして、反動狂気的な女性による男性支配の捩れた社会はなくなり、新しい女性個と男性個との共振する共同体が生まれるだろう。
オレステイア - Wikipedia
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『慈しみの女神たち』 に移動‎: 復讐女神(エリーニュース)に付きまとわれるオレステースは、放浪の末にデルポイの神殿にあらわれ、アポローンにすがるところから話 ... 「http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=オレステイア&oldid=40751082」から取得 ...



Sat, August 18, 2012
他者とは何か:自己凸i¬--MP--他者凹iの連続的様態から不連続的様態への意識の進化
テーマ:無双PS原理
他者とは何か:自己凸i¬--MP--他者凹iの連続的様態から不連続的様態への意識の進化

本問題をまた検討する。
 不連続的差異論は、新しい哲学的理論の出発点であった。その意味は、私の意識(心理学的には、サイキと言えよう)においては、正に、「革命」であった。
 しかしながら、一般的には、その意義はほとんど不明であろう。その意味を含めて、問題点を復習したい。
 人間の意識は無意識を含めて、三つの極があると見るのが妥当と考えられる。(三つ巴や三神一体は、そのシンボルであると思う。無双PS原理では、凸iと凹iとMPである。)
 わかりやすく言おう。「わたし」は頭に存する。「こころ」は胸に存する。ここまでは、普通である。問題は、いわゆる、無意識である。私は、「肚(は ら)」を一般に無意識であると考えるが、私の仮説では、それを意識に加えて、三つの極、三元性を唱えるのである。つまり、「頭」と「胸」と「肚」である。
 「頭」が自己であり、それは、他者認識をするときに、実は、自己を他者に押し付けるのである。これが、自己同一性という志向性である。
 そして、他者はどこに存するのかが、決定的に重要な問題である。一般的には、他者は外部に存する外在的存在である。
 しかしながら、外部の他者を、一般的には、自己(「わたし」)は、そのものとして、つまり、差異として、受容することができないのである。自己優位に、 他者を取り込もうとするのである。このとき、自己は内的他者を否定するのである。つまり、「肚」を否定・抑圧するのである。厳密に言うと、MPにおける自 己凸iと他者凹iの陰陽共振像に、自己像を投影して、陰陽共振像である他者を否定すると考えられる。
 だから、自己による外部の他者の否定とは、実は、均衡調和点として、MPの否定なのである。それは当然、同時に、内的他者凹iの否定でもある。
 つまり、自己による他者への対応とは一般的には、二重の否定と考えられる。他者自体の否定と均衡調和点としてのMPの否定である。
 この二重否定に対して、他者ないしは「無意識」の側からの言わば反動があるのである。自己による否定・抑圧に対して、それは、二つの反動である。「肚」とMPからの反動である。
 これは、いわば、ロマン主義や神秘主義という様態をとるだろう。そう、近代的自我、近代合理主義に対する反動である。
 しかし、人間の意識において、自己は否定のしようがないから、当然、両者は二元論的になる。あるいは、二つの二項対立が形成される。つまり、自己優位と他者劣位の一つの二項対立と、他者優位と自己劣位の一つの二項対立である。分裂的意識様態である。
 この分裂様態は、不連続的差異論でいう、連続的様態と言える。というのは、自己傾斜という力学が根本にあるために、自己同一性の優越力学が作用するので あり、そのために、他者を自己へと取り込む否定・抑圧作用があるのであり、この他者への否定・抑圧的力学が自己と他者との連続性、連続的同一性をもたらす ということである。
 このシーソーのような分裂様態において、ある均衡が形成されうるのである。それは、一般的には、冷静、平静、落ち着きというような心的状態においてである。
 それは、端的に、他者である「肚」と自己である「頭」のバランスを意味するのである。一体それは、何によってもたらされるのであろうか。
 それは、均衡調和点としてMPによってである。これは、以前、霊愛と呼んだ作用をもっている。キリスト教の自己否定的な他者愛、隣人愛ではない。陰陽均衡的な差異共振的精神作用である。キリスト教の用語で言えば、聖霊に相当すると考えられる。
 意識の分裂様態にあって、いわば、無意識に、均衡調和点としてのMPが作用するのである。しかしながら、これでも、未だに、連続的様態にあるのであり、明確な不連続的様態は形成されていないのである。
 ここにおいて、不連続的差異論の画期的な意義が存するのである。不連続性ないしは、不連続化とは何であろうか。
 それは、端的に、自己の頭の意識と他者の「肚」の意識が不連続であるという認識である。一般に自己傾斜があるので、他者と否定的に連続化しているのであ るが、無意識の均衡調和点としてのMPの作用によって、自己と他者の無意識のバランスが形成されるが、そこにおいて、自己と他者が不連続であると認識する ことで、両者の明確な不連続性が形成されるのであり、それは、いわば、意識の進化と言えるのである。
 言い換えると、それは、自己認識の進化である。自己は他者を否定的同一性化するのを止めて、他者を他者として受容する意識に達したのである。
 そして、このとき、自己と他者の意識的な積極的な差異共振(陰陽共振)がもたらされるのである。これは、ほぼPS理論ないしは初期PS理論の段階である。無双PS原理は無双原理の一元論=太極を取り入れた上で、これを継承しているのである。
 以上、本件の検討を終える。
 
追記:初期PS理論はまったく『海舌』氏の功績である。
海舌 SeaTongue@Kaisetsu
blog.kaisetsu.org/ - キャッシュ
海舌 SeaTongue@Kaisetsu. 『海舌』 the Sea Tongue @ Kaisetsu with Archaic smile ★★You will find many keys which get to the real future by reading this "Kaisetsu Blog" carefully.



Fri, August 17, 2012
超越的と超越論的:超越論性と超越性をどう区別するのか
テーマ:manichaeism: 哲学
超越論性と超越性の区別は、哲学において、きわめて重要なものであるが、私は、無双PS原理を展開していく中で、だんだんわからなくなってきたので、ここで、簡単に検討してみたい。
 超越論性は、カント哲学から来たものである。それは、簡単に言えば、人間の認識を規定する先験的な原理のことである。
 それに対して、超越性とは、人間の認識を超えた「もの」を指していると言えよう。
 ここで無双PS原理を考えると、物質性を超越した気を考えているので、そこには、超越性がある。しかしながら、気ないしは陰陽極性は人間認識を規定して いるものと考えられるので、超越論性があるのである。もっとも、正確に言えば、気は生命を規定しているのであるから、厳密には、超越論性はない。しかし、 私は気の領域である虚軸に認識性をおいているので、超越論性を考えることはできるのである。
 この点は微妙な点であり、説明が要る。霊から始めないといけない。超越円が根源的に個霊的であり、元自己と元他者の極性をもっていると考えられる。それ が、気の領域である虚軸に重なると考えられる。その結果、人間認識は、気(生命)とさらには、物質と重なる自己意識並びに、他者意識をもつと考えられる。 故に、気における超越論性が説かれるのである。
 次に、霊の次元であるが、これは、一般の人間認識を超えるのであるから、当然、超越性でである。
 しかしながら、霊の次元は、気の次元、そして、物質の次元を規定するのであるから、超越論性と言えるのではないだろうか。
 以上、本件に関する私説を簡単に述べておくに留める。
超越的と超越論的
2010/09/14/Tue
「超越的と超越論的のちがいって何? そもそもちがいなんてあるの? うん、ある。どういうちがいかーっていうと、まず超越的はドイツ語で transzendent、超越論的はtranszendentalになる。語尾が異なる。それでこの区別を考えたのはほかならぬドイツの哲学者カントで あって、カント哲学のある意味根本がここにかかわってくる。紛らわしいうえに細かいけれど。」
「本当に細かいのよね。しかし哲学というのはこういった基本的な語の区別に大きな意味が込められているものだから、あだに疎かにできないといっていいでしょう。ま、しかたない基本ね。」
「そ れじゃ最初に超越とはいったい何か。‥超越という言葉自体は昔からあって、たとえば古代ギリシアのプラトンが説く「イデア」は超越的なものとして考えられ ていた。ところで「超越」transcendenceってなんなのだろうって考えると、「越えて」という意味の接頭辞transと「登る」という意味の動 詞scandereの二つがくっついてできた言葉がtranscendenceってことになる。つまり「越え登る」という感じで、垂直や高さを想起させる 言葉であることがわかる。でも、じゃ、いったい何を超えるっていうの? それはカテゴリー。範疇や領域を超え出ることこそが、超越という言葉の意味だっ た。」
「現代社会でもよく使われる「カテゴリー」とはアリストテレスが示した概念であり、それはそもそも述語の種類を示す言葉だったといっていい でしょう。すなわち「実体」「や「量」、「場所」や「関係」、等々、つまりこの世界に存在する存在を記述するために必要な概念として、「カテゴリー」とい うものが創案された。それは要するに、主語になる実体を把握するため、述べるために求められた枠組であったということね。」
「でもこのカテゴリー に収まりきらないものがでてくる。それは何かなといえば、「善」や「美」といったプラトンがイデアの例として好んで持ち出す概念だったり、そもそも「存 在」という言葉自体が示す何かは、カテゴリーで分けることができない何かだった。なのでこういったカテゴリーに入りきらない、つまりカテゴリーを「越え出 て」しまう概念を「超越」とか、「超越的」とかって言葉で指し示そうというのが、超越という言葉の背景にある。‥これが中世までのことで、近代に入ると先 に挙げたカントが登場し、カントは「超越」という言葉を「人間の経験を越えたもの」として説明する。というのも、近代に至ると哲学の中心のテーマが「神」 から「人間」へと移るわけで、「超越」もまた「人間」を基本にして研究されるようになるからなのだけど、ではカントがいう「超越論的」とはなんだろう。」
「カ ントは人間の直観を超えるもの、別な言葉でいえば、人間が知りえない何かを「超越的」と呼んだ。そしてそれに対するものとして「超越論的」という言葉が生 れる。超越論的とは何かということ、これは非常に端的にいえば、対象そのものではなく、ある対象を認識する人間の認識の仕方、それがすなわち「超越論的」 ということになるでしょう。」
「それはいったいだからなんなのかーってことなのだけど。‥こういってみよう。人間はいろいろなものを認識して生き ている。他者とか言葉とか音とか思想とか、そういったもの。でもさて人間が何かを認識するとき、何か制限というか条件はないかな。たとえば音を聞くには耳 がなければいけないし、日本語を理解するには日本語を知ってなきゃいけない。映画を見るにはお金がいるし、二十歳以上じゃないとお酒は味わえない。‥する と人間が物事を認識するためには、たとえば生物学的な条件とか、あるいは心理学的条件とか、社会的条件、文化的条件などいろいろある。そしてカントは考え た。こういったいろいろな条件はあるにはあるけれど、でもそれらはすべて経験でできてるものじゃなかろうか、もしかしたら経験に拠らず、認識そのものを可 能にする根源的な条件があるんじゃなかろうか? ‥ということで、この「認識を可能にする根源的な条件」を指して、カントは「超越論的」という。「超越 的」は「経験を超えるもの」、「超越論的」は「人間の経験を可能にするもの」。」
「ややこしいのよね。なぜカントが「超越論的」という言葉を使っ たかだけれど、これはカントの人間への深い洞察が関係している。というのも、超越とは人間の経験を超えるものだから人間には理解しえない。しかしそれと同 時に、人間自身も対象となりうる存在であり、その意味では超越的といっていい。すると人間は超越的であると同時に、つまり人間には知りえない存在としてあ ると同時に、現象を認識する主体でもあるということになり、この二重性からカントは「超越論的」という言葉を使った。つまり「超越論的」とは「超越的」と 非常に近い関係があるという洞察があったのでしょうね。‥ま、なんかまだぜんぜん足りないけれど、このエントリはここでおしまいにしましょう。きりがなく なってしまうかしら、これ。」
http://mugi4ishida.blog71.fc2.com/blog-entry-1905.html
隠れ蓑〜penseur〜

超越的と超越論的
mugi4ishida.blog71.fc2.com/blog-entry-1905.html - キャッシュ
2010年9月14日 – 超越的と超越論的のちがいって何? そもそもちがいなんてあるの? うん、ある。どういうちがいかーっていうと、まず超越的はドイツ語でtranszendent、超越論的はtranszendentalになる。語尾が異なる。それでこの区別を考えたのはほかなら ...




Fri, August 17, 2012
『アロンの杖』(D.H.ロレンス)を読書中:戦争を問う哲学的小説
テーマ:literature
以前、日本語訳で読んだが、ほとんど印象に残っていない。何か粗雑
な感じをもった。
 しかし、今、原文で読んでいるが、戦争や人間存在を扱った深刻な作品であることがわかった。戦争を東アジアで起こすための政治的画策が為されている今、戦争のもつ悪魔性を抉り出している本作品を強く薦めたい。 
 二言、ロレンスについて簡単に述べたい。
 一つは、『チャタレイ夫人の恋人』でかつて有名になったため、性の作家として見られているのが、作家自身、そして、読者層にたいへんな不幸をもたらしている。彼は、稀有な哲学的作家であり、西洋文明の問題を徹底的に問うているのである。また、きわめて、東洋的である。 
 もうは一つは訳の問題である。ロレンスの英語を日本語にするのはとても難しい。ぶっきらぼうに簡潔であり、また、口語的なので、いたずらに日本語にすると軽薄に見えるのである。これは単なる感想であるが、本作品の訳で読んだので、粗雑な印象を受けたのかもしれない。

オンライン版
Aaron's Rod / D. H. Lawrence

Aaron's Rod--Text

『アロンの杖』D.H.ロレンス著|外国文学(イギリス文学他)
ameblo.jp/gaikokubungaku/entry-10006814272.html
2005年12月6日 – テーマ:D.H.ロレンス. 『アロンの杖』(1922年) D. H. ロレンス著 第1章 「青い玉」:クリスマス・イブ。戦争が終わり、ほっとした感じがあるが、同時に悪夢の暴力が一般的な雰囲気にある。アロンの家では、娘達がクリスマス・ツリーの用意をして ...
アロンの杖:D・H・ロレンス
homepage3.nifty.com/coderachi/lawrence/aarn.html - キャッシュ
アロンの杖. D.H.ロレンス. 第一章. 青い玉. たそがれかけた空に大きな宵の明星が輝き、足元の地表は凍りかけていた。クリスマスイヴだった。 戦争も終わり、新たな脅威とも言える安堵感があった。悪夢の猛烈な不快感が今、社会の空気全般に解き放たれたの ...
Aaron’s Rod: Cambridge Lawrence Edition; Revise.../Penguin Classics

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アロンの杖 (八潮版・イギリス・アメリカの文学)/八潮出版社


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内容(「BOOK」データベースより)
機械文明の桎梏を打破し、真に人間として生きるにはいかなる方途があるのか?第1次大戦後の混迷するイギリスとイタリアを舞台に、ヨーロッパ文明に潜む危 機と脅威を容赦なく抉り出し、「生」の新たな方途へのヴィジョンを大胆に提示しようとするロレンスの問題作。

5つ星のうち 4.0 娯楽のつもりで読まないように 2011/1/24
By thomas
形式:単行本
問題作です。
どう問題なのかというと、悪意を持って批評しようと思えば幾らでも悪く言うことができてしまう作品であるということです。
表現はこの上なく率直で、正直で、忌憚なく、そのため刺々しさに満ちているようにも感じられます。
理想に燃えている人にとっては良い試練になるでしょうし、それとの戦いに疲れた人にとっては良い薬になるかもしれません。
いずれにしても、単に不愉快な気持ちを抱いて終わってしまわないために、装備は万全に整えて臨みましょう。

フロイトの精神分析
マルクスの経済学
ニーチェの哲学

このあたりの知識を携えて臨めば、まあ書かれていることの意味がさっぱり解らないということにはならないでしょう。

一言ヒント:書かれた言葉を文字通り受け取らず、その裏にある意味を読み取ることに集中すること。

参照:

「非現実的な夢想家」が世界を変える!
【転載開始】2012年8月15日 (水)

「非現実的な夢想家」が世界を変える
敗戦から67年の時間が経過した。
改めて心に刻むべき言葉がある。
長崎大学医学部教授であった永井隆氏が死を前にして幼い二人のわが子に遺した言葉だ。
永井氏は原爆で妻を失い、自らも原爆に被爆していながら余生を被爆者の治療に捧げた人物である。
永井氏の言葉はいまも力を失っていない。
可燃性の高いナショナリズムを煽る風潮が強い現下の状況のなかで、私たち日本人がもう一度かみしめるべき言葉が刻まれている。

「いとし子よ。
あの日、イクリの実を皿に盛って、母の姿を待ちわびていた誠一よ、カヤノよ。お母さんはロザリオの鎖ひとつをこの世に留めて、ついにこの世から姿を消してしまった。そなたたちの寄りすがりたい母を奪い去ったものは何であるか?
――原子爆弾。
・・・いいえ。
それは原子の塊である。
そなたの母を殺すために原子が浦上へやって来たわけではない。
そなたたちの母を、あの優しかった母を殺したのは、戦争である。」
「戦 争が長びくうちには、はじめ戦争をやり出したときの名分なんかどこかに消えてしまい、戦争がすんだころには、勝ったほうも負けたほうも、なんの目的でこん な大騒ぎをしたのかわからぬことさえある。そうして、生き残った人びとはむごたらしい戦場の跡を眺め、口をそろえて、――戦争はもうこりごりだ。これっきり戦争を永久にやめることにしよう!

そう叫んでおきながら、何年かたつうちに、いつしか心が変わり、なんとなくもやもやと戦争がしたくなってくるのである。どうして人間は、こうも愚かなものであろうか?」
「私たち日本国民は憲法において戦争をしないことに決めた。…

わが子よ!


飄(つむじ風)




Thu, August 16, 2012
霊と気との関係再考:超越円は霊的情報であり、且つ、気的極性を形成する
テーマ:無双PS原理
先に次のような論考(霊と気との交差様態:MPにおいて霊的極性情報が気的極性に刻印される )を行ったが、本質的な問題が十分考察されていないため、たいへん不備のある考察なので、ここでさらなる解明を試みたい。
 先に、霊的情報が気的情報に刻印されると述べたが、そうすると、両者は別々に存するように考えられるだろう。しかしながら、超越円(霊的円、霊円)から 気の極性が形成されたとそれ以前に述べていることと、霊的情報が気的情報に刻印されるということとは、整合性がないように見えるのである。
 こう考えたらどうだろうか。超越円の虚軸のほんの一側面が気的極性である。しかしながら、当然、気的極性以外に領域を超越円はもつのである。
 この気的極性以外の超越円の領域が、正に霊的情報であると言えるのではないだろうか。そう考えれば、上記の不整合のように見える事象が解明されることになるだろう。つまり、霊的情報は、気的極性を生成させつつ、同時にその気的極性に自らを刻印するのである。
 とまれ、以上で、一応、不備は解消された。厳密に言えば、人間、動物、植物、ウィルス・細菌等、鉱物の区別をすべきなのであるが、今は、人間の場合に限定した。
 しかし、ひょっとしたら、超越円は、気の根因であり、人間の個霊とは、いわば、超超越円、超超越軸に存するのかもしれない。そうすると、四次元世界を考えなくてはならなくなる。
 しかし、そうする以前に、現時点の枠組みで考えるべきである。ここで簡単に述べると、人間以外の宇宙や自然の形成であるが、それは、気的情報が基本であ り、そこには、個霊的情報はないと考えられる。シュタイナーは、動物霊は、類的、集合的であり、個的差異はなく、また、植物にはないアストラル体があると 述べていることを参考にすると、思うに、進化の層が異なると見るべきではないだろうか。
 思うに、ある進化段階において、類的霊(動物霊)による創造・産出があったのであり、それと人間の進化のレベルをいっしょにすべきではないと考えられる。
 同様に、植物、ウィルス・細菌等、鉱物なども、それぞれ、異なる進化の層があったと考えるべきだろう。
 最後に、アストラル体について簡単に考えよう。
 人間においては、感情・欲望の意識体であるが、それは無双PS原理では、当然、MPに存すると考えられる。しかしながら、それは、均衡調和のとれたMP ではなく、自己傾斜をもつMPであると考えられる。しかし、そのようなMPの考え方は均衡ポイントであるMPの概念と合致せず、齟齬となる。
 しかしながら、MPは純粋な均衡調和点であると同時に、また、自己傾斜に拠る連続性、同一性、まとめて、連続的同一性の様態を帯びるのであるから、これは、齟齬ではないということになる。
 今はここで留めたい。




Thu, August 16, 2012
巨大銀河団「フェニックス」とは何ぞ哉:ブラックホールは−1、光は⇒、銀河団は+1
テーマ:cosmos
無双PS原理から見ると、「フェニックス」の中心には、MPが存するのであり、気が螺旋的に銀河団を生み出すと考えられる。
 ブラックホールはマイナス1に存すると考えられる。当然、光は⇒であり、プラス1が銀河団である。
大量の星生み出す巨大銀河団「フェニックス」発見、 57億光年のかなたに
2012.08.16 Thu posted at 11:14 JST
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住まいの豊富な情報を掲載「SUUMOライフ特集」

(C) NASA/CXC/M.Weiss
(CNN) 米マサチューセッツ工科大学やNASAの研究チームは15日、地球から約57億光年の距離に、これまで観測されたことがないほどの勢いで新たな星を生み出している巨大銀河団を発見したと発表した。巨大銀河団は「フェニックス」と名付けられた。
研究チームによると、フェニックスは何百、何十万という銀河と暗黒物質と高温ガスで形成され、質量は太陽の約2500兆倍。明るさや温度もほかと比べ、群を抜いて高いことが分かった。
中心部にある銀河では年間740あまりの星が新たに誕生しているという。これと比較すると、地球のある銀河系で誕生するのは年間1〜2個にとどまる。
専門家によると、星は冷却されたガスの密度が高まって形成されるが、例えばペルセウスなどでは、ブラックホールの存在が形成を妨げている。一方フェ ニックスの場合、中心部の銀河に巨大ブラックホールが存在するものの、大量の高温ガスがブラックホールとの「勢力争い」に打ち勝っていると考えられる。
フェニックスのような銀河団を調べれば、銀河とブラックホールの共存関係を解明する手がかりになると専門家は解説している。
http://www.cnn.co.jp/fringe/35020504.html?google_editors_picks=true



Wed, August 15, 2012
霊と気との交差様態:MPにおいて霊的極性情報が気的極性に刻印される
テーマ:無双PS原理
無双PS原理はまだまだ不十分な箇所がたくさんあるグランド・セオリーの仮説である。
 先にも述べたように、一つ一つ解明を重ねるしかない。
本記事においては、霊と気との交差の様態の力学について検討したい。
 先に、超越界=霊界の超越円の根本性を述べた。おそらく、それは元太陽であり、「天照大神」である。
 超越軸z軸と虚軸y軸の平面(超ガウス平面とでも言おうか)の「単位円」が超越円である。それが、また、太極であり、虚軸において、陰陽気極性を形成すると考えられる。そして、陰陽極性の均衡ポイントがMP(Media Point)、原点である。 
 気について言えば、陰陽極性様態のみを確認すればいいのであるが、実は、MPには、霊の力も作用していると考えられるので、複雑であると直観されるのである。
 気の力だけでなく、霊の力もMPに作用しているが、その二つの力の関係
 はいかなるものであるのかというのが、本稿の主題である。
 とは言え、先に、霊がソフトで、気がハードであると比喩的に述べた。霊が情報信号であり、気がそれを伝える搬送波と見てもいいだろう。
 あるいは、霊が精神情報であり、気が生命情報と見てもいいだろう。
 とまれ、前者が後者にいわば、刻印するのである。精神情報が気情報を一種形作るのである。そう、個の霊の情報が気の生命情報に刻まれると言えよう。
 この個霊の刻印にカルマ、さらには、その展開である輪廻転生を見ることができよう。そう、個人において、この個霊は絶対的な規定であり、カント哲学的に 言えば、一種の超越論性と言えよう。個的超越論性である。運命、性格、才能、容貌等はそのようなものであろう。もっとも、遺伝である気の生命情報が下敷き にあるのであるが。 
 では、本題に入ろう。
 実に難問であるが、一つの作業仮説として、MPにおける三層構造、即ち、霊の層(霊層)と気の層(気層)と物質の層(物質層)を見て、順番に高次元から低次元へと降下すると考える見方がある。
 気と物質の関係で言えば、物質に対して、超越性である気は、その陰陽極性が超越的ないしは超越論的情報であり、それが、物質様態を決定しているのである。
 それと同様のことを、霊と気との関係にも見られるとするのである。
 即ち、気に対して超越性である霊は、その超陰陽極性が超越的ないしは超越論的情報であり、それが、気的様態、気の陰陽極性を規定していると考えるのである。
 簡単に言えば、霊的極性が気的極性を規定するのであり、それが、霊の気への刻印、即ち、カルマである。
 これで一応、本題の一つの解明ができた。
 では、最後に、太霊と個霊の関係について考察しよう。
MPにおいて、気に刻印する霊は当然、個霊的でなくてはならない。そうすると、大根源の太霊は個霊であるのであるが、太霊は無限に多様な個霊でなくてはな らない。無双PS原理は一元論であるから、一元の太霊は多元の個霊でもあるということでもあるが、その論理はいかなるものか。
 思うに、太霊自体が、本質的に個的なのであり、それが、現象的展開をするときに、多様な個的現象として出現するということではないだろうか。
 陰陽方程式凸i*凹i⇒+1であるが、右辺の+1は、人間においては、個、その他においては、個体、個物と言えようが、両者をまとめて、個と述べておこ う。そう、陰陽方程式は、既述したように、人間に関しては、個方程式であるが、その他の森羅万象に関しては、個体方程式、個物方程式と言える。
 しかしながら、正確に言えば、太霊が個霊であるというよりは、太霊は、元個霊であると言うべきであろう。元個霊の情報が太霊にはあり、それが、気陰陽極性に刻まれ、そして、身体的に個的物質化すると考えられるのである。
 今はここで留めるが、後で、上記とは異なる考え方についても検討したい。

追記:タイトルを「霊と気の交差様態:・・・」としたが、検討の結果、交差という言葉はあまり正確ではない。
 霊的情報が気的情報へ刻印されるのであり、前者から後者への流れがあるが、その逆はないからである。



Tue, August 14, 2012
霊とは何か:霊の螺旋と気の螺旋:螺旋の螺旋としての現象界:太霊の個霊
テーマ:無双PS原理
気は無双PS原理においては、虚軸に存し、端的に、陰陽極性があるとわかる。
 問題は、超越軸の霊の力学である。
 これまでは、作業仮説的に、気のような極性を仮定してきた。即ち、凸j*凹j⇒+1というような方程式を考えた。
 もし、それが成り立つなら、超陰と超陽の極性、言わば、超気を考える必要がある。果たして、それでいいのか。
 これまでの仮説では、超越界とは超越円である。それは、超越軸と虚軸の平面で形成される「単位円」である。
 だから、霊ないしは神(まとめて言えば、神霊である)は、超越円として、存すると考えられる。
 そのように考えるならば、霊は気と同様に、極性をもっていると考えていいことになる。というか、霊のほんの一面が、正確に言えば、霊の虚軸成分が気であ るということになる。言い換えると、宇宙・自然・生命体は、霊の特殊な一面に過ぎず、それは、霊の変遷によって、変動するということになるだろう。そう、 あえて言えば、神も変動するのであり、それによって、気である宇宙・自然・生命体も変動するということになる。
 そう、霊も極性があるならば、やはり、気と同様に、螺旋的変化をもつだろう。
だから、霊の螺旋的変容と気の螺旋的生成の二重性が存することになる。螺旋の螺旋が根源的に存することになる。この螺旋の螺旋が現象界を産出形成しているということになる。
 今はここで留めるが、占星術的宇宙とは、霊の螺旋を把捉しようとする「知恵」であろう。しかし、それは、大枠に留まると思う。細部は白紙ではないだろうか。
 また、個の霊(個霊)であるが、それは、結局、超越界の霊、言わば、太霊の無限多様様態なのだろう。




Mon, August 13, 2012
霊⇒気⇒物質
テーマ:無双PS原理
今日は暑かった。しかし、電気代を考えたら、冷房する気がなくなった。風が強かったので、窓を開けて、買ってきた藺草の香るゴザの上で横になったが、すぐ起きてしまった。扇風機を二台つけたら、なんとかしのげた。夜は涼しくなるだろう。
 さて、昨日、気と物質について述べた。結局、気が主であり、物質は従であるということである。気はシュタイナーの霊学では、エーテル体に相当する。気= エーテル体の存在とその物質超越的本質を認めるなら、光の問題も解明されるだろう。唯物科学は、エーテルを否定したが、結局、光、電磁波の根源には、気= エーテル体が存するのであり、おそらく、超光速は存しているだろう。
 ところで、霊と気の関係を本記事で述べたいのであるが、その前に、気と物質、とりわけ、電磁波との関係について、一言触れたい。
 唯物科学は原子力科学を生み出した。いったい、原子力、あるいは、放射性物質とは何であろうか。自然にある放射性物質もあるし、人間が造り出したものもある。
 少し視点を変えて考察しよう。端的に言って、唯物科学の扱う物質とは何なのか。
 素粒子、原子、分子、無機物、有機体等は、何なのか。気から見たら、何なのか。果たして、物質はすべて気から創られるのか。
 一般に、宇宙、自然は、気から創られると考えられる。
気⇒宇宙・自然
である。
 しかしながら、唯物科学は、気から作られた自然を対象にして、そこから、物質を抽出して、いわば、純粋物質を形成すると考えられる。(勿論、ここには、科学的技術の働きが必要であるが。)
 この純粋物質であるが、これは、自然を形成した気からは、分離・乖離されたものと考えられる。
 これを、無双PS原理から見ると、どう説明できるのだろうか。つまり、純粋物質の力学とはいかなるものかということである。
 これは、意外に簡単に説明できそうである。即ち、MP(Media Point:つまり、原点)における変換力学で説明できると思われる。
 無双PS原理三次元世界地図を見ていただきたい。
 虚軸の陰陽気がMPにおいて、電磁波と重力波(仮説)へと変換されて、宇宙・自然を創造する。問題は垂直軸の気と水平軸の物質の関係である。気⇒物質で あり、逆の、物質⇒気は成立しないのである。つまり、気/物質MP変換(と呼んでおく)において、気と物質は不連続な関係にあることを確認する必要がある と言える。
 言うならば、ここにはマジックが働いているのである。物質生成の根因である気が、物質からはまったく到達不可能であり、物質から見て、切断があるのである。
 ということで、唯物科学の対象とする物質とは、純粋物質であり、本源の気からは切り離されたものであるということである。人工的な放射性物質は、宇宙・ 自然の本源から切り離された、唯物科学・技術が造り出した、言い換えると、物質的知性が造り出した、言わば、悪魔の物質なのである。
 少し、前段が長くなったので、本題は簡単に触れたい。
 即ち、霊と気との関係である。
 無双PS原理三次元世界地図から見ると、霊は超越軸z軸に存するのであり、気の存する虚軸y軸とは、直交の関係である。
 ここで、比喩的に言うと、霊はソフトであり、気はハードである。(もっとも、気と宇宙・自然の関係で言えば、気がソフトであり、後者はハードである。)
 プラトン哲学的に言えば、霊をイデアと見ることができよう。
 しかしながら、イデアという用語を使用すると、霊の「イデア」と気の「イデア」の区別がつかなくなる。
 だから、情報という用語の方がいいかもしれない。即ち、霊的情報と気的情報が存すると言った方が明快である。
 両者とも現象界から見ると、超越的である。(カント哲学の超越論性であるが、私、は先に、純粋悟性を虚軸においたが、そうすると、超越論性と超越性で齟 齬が生じる。しかしながら、超越論性も考えれば、現象界から見れば、超越性であり、ただ、人間知性の超越性を超越論性と述べていると見ればいいのではない だろうか。)
 とまれ、霊的情報が、MPにおいて、気的情報に作用すると考えられる。その結果、精神的人体が形成されると考えられる。
 端的に、人間生命体においては、単に気だけでなく、霊が作用しているのである。聖霊というものも、当然、その作用である。
 今は、ここで留める。


<無双PS原理三次元世界地図:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |



Sun, August 12, 2012
地産地食:実家のゴーヤでチャンプルー:唯物科学の限界と気科学の誕生
テーマ:health&medicine
最近はゴーヤに嵌っているが、今日、実家の母親(82歳)が畑で作ったゴーヤをチャンプルーにして食したが、美味なこと、沖縄のゴーヤのような滋味のある苦味であり、また、我ながら最高の料理であった。
日照力と地味が重要だと思った。実家の畑は鶏糞が入っていて、有機的に肥えているのである。
 また、海岸沿いのスーパーで好物のはぐら瓜を買った。二本入りで百円で、二袋買った。浅漬けの素で早速食したが、やわらかく美味であった。
 以前から、定年退職したら、実家のある田舎で暮らそうと思っていたが、今夏は確信に近づいた。
 物質文明はもうとうに限界を迎えている。自然と精神に則した、新しい文明、新しい精神・自然文明を形成するときなのである。
 この点でいちばんの問題が「科学」である。今日の科学は物質主義的科学、唯物論的科学であり、自然を物質として認識する科学であり、それは、自然を自然として見る科学ではない。
 この点については、既述済みだが、新たに述べたい。今は余裕がないので、簡単に触れると、無双PS原理において、自然とは虚軸の陰陽気と実軸の電磁波/ 重力波の物質力によって形成されているが、唯物科学は虚軸を無視して、実軸の物質性しか自然に見ていないと考えられるのである。そう、陰陽の気を見ていな いである。これは決定的欠陥であり、唯物科学とは、自然の物質的側面しか見ない、実に皮相な科学なのである。本質を捨象し、外面だけを見ているに過ぎない のである。
 無双PS原理から言えば、陰陽気が自然の本質・根源であり、物質はその外的帰結に過ぎないのである。
 そう、先の議論で言えば、気は電磁波ではないのである。気が始めにあり、それが、電磁波、並びに作業仮説的であるが、重力波を結果的に生み出すと考えられるのである。
 気⇒電磁波/重力波
である。
 そう、だから、空気と言ったとき、物質である酸素を生み出す酸素の気が始めにあるのであるし、窒素も同様である。
 ただし、大きな問題は、イオンと気の関係である。これまで、気=イオンとしてきたが、果たしてそれでいいのか疑問が残る。
 直観で言えば、酸素の陰陽気があり、それが、物質の酸素を形成すると考えられる。通常、酸素イオンは、マイナス・イオンであるが、私の直観は異なる。
 酸素の気自体が、陰陽極性をもつと感じられるのである。即ち、酸素の気とは、陽の気と陰の気の極性をもつと考えられる。今は、作業仮説的であるが、陽酸 素と陰酸素が存するのであり、それが、田舎の空気にある酸素の実相であると思われるのである。当然、陰陽酸素は物質酸素として、現象化するが、本体は陰陽 酸素であり、現象は物質酸素である。
 唯物科学は、田舎の大気の物質酸素しか確認しないのであり、陰陽酸素は検証しようがないのである。
 しかし、心身は、田舎の空気にある陰陽酸素を直覚するのである。
 では、陰陽酸素であるが、果たして、陽酸素を陽子、陰酸素を電子としていいのか、問題である。桜沢如一氏の無双原理では、そのような視点があるが。
 そのように確認することは、結局、唯物科学を基準とすることであり、言わば、元の木阿弥である。
 今の直観では、陽子や電子、さらには、中性子等は陰陽体の物質的反映である。端的に、陽の気と陰の気があり、また、その極性があり、それらが、陰陽体を 構成していると考えられるのである。そう、陽の気が、いわば、陽子となり、陰の気が電子となり、極性が中性子や中間子等となるのではないだろうか。
 唯物科学の標準理論における四つの力であるが、それは、陰陽極性力の物質的反映ではないだろうか。
 とまれ、今は、精緻な理論的解明はできないが、本稿における論点は、自然において、気が本体であり、物質はその現象に過ぎないということである。
 唯物科学、正確に言えば、自然物質科学は、陰陽気、さらには、太極の物質的側面の科学に過ぎず、自然本質科学、自然気科学ではないのである。
 物質を超越したものである気が自然の本体であり、唯物科学は、気科学へと進化する必要があるのである。唯物科学は超克されねばならない。そう、西洋科学 の崩壊であり、新しい東洋科学の誕生である。無双PS原理は、そのようなものであり、さらには、自然の根源の霊的超越性を説くものである。






Sat, August 11, 2012
潤いのある全身全霊的大気のやさしい気波動
テーマ:無双PS原理
昨日、帰省し、潤い全身全霊のやさしい大気に包まれて、今年蓄積したストレスを天然自然マッサージ的に解消している。
 とにかく、潤いである。東京や私が普段暮らす空間にはない、超絶的な潤いの「気」である。 
 ここは、太平洋が近い、農村地帯である。緑のカーペッの田圃の稲穂も頭を垂れている。
 正月から久しぶりの帰省であるが、とにかく圧倒的な自然の力に浸透されている。ストレスで硬直した心身が解きほぐれていく。どんな温泉やマッサージよりも、効力がある。
 直観で言うと、明らかに、生命の力の場があり、それがストレスで消耗させられた心身に力を与えているのである。
 このような自然の治癒する威力は初めて感じるものである。どうも、自然環境がラディカルに変化しているように思う。
 とにか、気霊ないし霊気の場があり、それが、心身を賦活すると言えよう。そう、力を浸透させるのである。
 これは無双PS原理から言えば、陰陽極性空間と言えよう。つまり、自然空間とは、陰陽極性力が浸透した空間と言えよう。
 この力が都市においては、きわめて、弱化していると考えられる。無双PS原理三次元空間においては、都市の場とは、左半分と言えよう。
 田舎の場は右半分と言えよう。(追記:この部分は不正確である。田舎の場は全体である。)
 しかしながら、今が感じている気場とは、太陽の熱のある水の気場である。太陽と水の融合である。そう、凸iの火と凹iの水の陰陽差異共振様態であろう。
 太陽は何処に位置するのか。思うに、太極が元太陽(天照大神)であり、MPはその現象的顕現である。それは、現象太陽のコアであろう。現象太陽は+1ではないだろうか。光子は⇒である。
 とまれ、問題にしたいのは、熱のある水のことである。
今は思いつきであるが、⇒が熱ならば、←は水ではないか。
 つまり、上述した気場とは、MPを核とする凸iと凹iと+1と−1の交差する場ではないだろうか。
 

<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |



Thu, August 09, 2012
<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
テーマ:無双PS原理ガウス平面
頭、胸、肚を図に入れてみた。第一象限を頭部にし、第三象限を肚にした。胸は以前と同じに、MP(原点)においた。
 では、第二象限、第三象限は何になるのか。
先に考えたように、第二象限は物質認識、第四象限は精神認識(魂的認識)だろうか。
 問題は、カントの純粋悟性である。純粋悟性は陽・凸i・自己に属するのではないだろうか。否、それは、陽・凸i・自己と陰・凹i・他者の両極に属すのではないだろうか。なぜなら、時間形式も空間形式も純粋悟性に属すと考えられるからである。
 

<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
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U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
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−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |


備考:同一性資本主義は−1に、差異共振資本主義は+1に属すだろう。ただし、今日の資本主義は、内部には、差異共振主義をもち、外部的には、同一性主義(いわゆる、悪魔的金融資本主義)の両面をもっているのである。
 しかしながら、後者が主導的になり、悪魔的経済政治になっているのである。
 前者が主導的になるのが、経済的進化と言えよう。


   




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