INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2012/08

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2012年08月14日(Tue)▲ページの先頭へ
更新はこちらのアドレスです
http://ameblo.jp/neomanichaeism


2012年08月09日(Thu)▲ページの先頭へ
検討問題:自己に拠る他者との連続性の力学はいかに:自己同一性が差異共振像に上書きし、連続性が形成される
不連続的差異論における重要な概念である、連続性ないしは連続的同一性であるが、直観では理解しているが、力学的には解明されていないので、検討したい。
 陽・凸i・自己が陰・凹i・他者と連続する、しかも、後者を否定するように自己同一性によって他者と連続するということである。
 そこにおいて、MPが抑圧・排除されているのである。MP(Media Point:下図「ガウス平面」の原点)が抑圧・排除されるという力学は、端的に、MPが否定されるということではないだろうか。つまり、他者を否定する以前に、MPを否定しているのではないだろうか。
 というか、MPを否定することが、同時に、他者の否定となるということではないだろうか。
 ここで、父権神話の母なる怪物退治を想起するのである。バビロニア神話では、マルドゥクhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%A5%E3%82%AFが母なる怪物ティアマトhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%88を退治し、その心臓を太陽に捧げたのではなかっただろうか(記憶が曖昧である)。
 この母なる怪物がMPではないだろうか。そう、ギルガメシュ叙事詩http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9では、森の怪物フンババhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%90を退治したが、それが、MPではないだろうか。
 とまれ、MPの共振はなくなり、思うに、直に、自己が他者を同一性化、つまり、連続化したということではないだろうか。
 では、MPの破壊とはどういう力学なのだろうか。それは、陽・凸i・自己の自己反射ということでいいのではないだろうか。即ち、凸iの自乗化ではないだろうか。凸i^2=−1である。
 あるいは、他者否定ということで、凸i*−凹i⇒−1でいいのではないだろうか。
 結局、連続性とは、陰陽差異共振の否定であり、MPの喪失(自己自乗)、ないしは、他者の否定であると言えるのではないだろうか。
 より明確に言えば、身体を形成する差異共振において存する他者を否定する自己同一性が他者との同一性的連続性を形成するということではないだろうか。
 とりあえず、今はここで留める。

追記:以上の説明では、当然、問題点がクリアに解明されていない。MPの否定、抑圧、排除、そして、隠蔽の力学が明確になっていないからである。
 そう、最後に述べた隠蔽という視点はより明晰なものだろう。自己同一性による他者の否定も一種、隠蔽であるが。それは、自己同一性に拠る他者の差異の隠蔽ということである。
 丁寧に考えよう。初めに、陰陽差異共振がMPで形成される。もっとも、陰と陽、そして、陰陽差異共振はほぼ同時形成であろう。つまり、MPが起点となり、陰陽極性と陰陽差異共振性が動じ生起するということになる。
 人間の意識の発達において、陽・凸i・自己が陰・凹i・他者に対して、優位傾斜する。
 この傾斜が父権神話に象徴的に表現されていると考えられる。
 精緻に見よう。
 先に、ナルシシズム(自己愛)について述べたとき、MPにおいて、(陰陽)差異共振像が形成されると述べた(ナルシシズム(自己愛)の無双PS原理からの分析:差異共振鏡への自己同一性の投影としての視線 (8/7)http://protophilosophy.noblog.net/blog/f/11367426.html)。
 差異共振像とは、陰陽共振に拠るのであるから、二面性、両面性をもっていると考えられる。即ち、陽からの映像と陰からの映像である。しかも、両者は同一である。ただし、視点が異なるということであるが。
 そして、ここに、陽・凸・自己の傾斜力学がはたらくとき、この差異共振像が否定されて、自己同一性像によって覆われると考えられる。自己同一性による差異共振像の否定とは、隠蔽ということであり、いわば、差異共振像に自己同一性像を貼り付ける、あるいは、上書きするというようなものではないだろうか。
 この隠蔽=貼り付け=上書きによって、差異共振像(父権神話の母なる怪物)は否定、抑圧、隠蔽、排除されるということになるだろう。
 バビロニア神話において、マルドゥクが太陽に差し出した心臓とは、差異共振像の核であるMP、当然、否定されたそれを意味すると思われる。
 そして、その太陽であるが、それは、太極がMPにおいて発現するような元太陽(「天照大御神」)、内在的な太陽ではなく、外在的な太陽であろう。この外在的、もしくは、父権的太陽の位置づけがよくわからないのであるが、それは、−1か、下図の第二象限に帰属するのではないだろうか。
 しかしながら、空間形式を陰に見ているので、第四象限に属するということも考えられるのである。どうも、空間形式、時間形式の布置はまだ問題がある。
 とまれ、私が言いたいのは、マルドゥクにおける太陽は外在的太陽であり、もはや、母権的な内的太陽ではないということである。
 最後の問題は次の検討問題にして、とりあえず、MPや差異共振を否定する自己同一性のもつ連続性の意味がより明確になったと言えよう。
 簡単にまとめると、優位に傾斜した自己同一性による差異共振像への上書きが、自己同一性のもつ連続性、ないしは、連続的同一性であるということである。
 しかしながら、この自己同一性によるMPの否定とは、消滅ではなく、あくまで、隠蔽である。無意識化である。自己同一性の意識化は第二象限に属するのではないだろうか。そして、「ガウス平面」の右半面が無意識化されているのではないのか。
 ついでながら、第三象限とは何であろうか。それは、自己同一性的感情、欲望の領域ではないだろうか。つまり、否定的な感情・欲望領域ではないだろうか。第四象限は、感情・欲望があっても、あくまで、差異共振的感情・欲望ではないだろうか。つまり、例えば、食という行為であるが、それは、他者(動物、植物)の犠牲という意味合いがあり、それは儀礼的になるのではないだろうか。例えば、アイヌの熊祭りのようなものではないだろうか。そう、死者の埋葬という行為もここに拠るのではないだろうか。
 
 

参考:

<無双PS原理三次元世界:Ver4.0>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
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−1__←重力波__MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
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    /           |
陰・凹i・空間形式    |
・他者           |



2012年08月07日(Tue)▲ページの先頭へ
ナルシシズム(自己愛)の無双PS原理からの分析:差異共振鏡への自己同一性の投影としての視線
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11322148805.html

自己愛の「愛」の部分はどう説明できるだろうか。(そう、女性は自己愛の生き物だろう。)
 自己鏡像に同一化することであるが、その力学はいかに。

先ず、「見る」ことを解明する必要がある。

「わたし」が何かを見るとき、「わたし」は何かを投影して、見ているのである。それは何か。

凸i*凹i⇒+1において、⇒を視線と考えることができよう。+1は対象像である。そして、対象像には、自己凸iと他者凹iの共振が内在していると考えられる。

しかしながら、人間は自己凸iに傾斜している存在である。だから、自己と他者との共振とは言え、それは、自己同一性に傾斜した性質をもっていると考えられる。

そのために、外在的他者は、自己同一性によって、連続化されているのであり、他者の差異が否定されるのである。言い換えると、視線において、差異共振像(+1)には、自己同一性が投影されていると考えられる。

そのように考えると、自己鏡像とは、差異共振の心的鏡に映された自己同一性像であり、それが、自己愛(ナルシシズム)の根源と考えられるのではないだろうか。

さて、差異共振の心的鏡と言ったが、それは、無双PS原理ガウス平面では、MPに存すると言えよう。凸i*凹i⇒+1で言えば、⇒の起点に存すると考えられる。

本題の自己愛の「愛」であるが、それは、自己欲望であると言えるだろう。

ところで、ここで、不連続的差異論について言及するのが相応しいだろう。つまり、不連続化のことである。それは、自己同一性化を切断するもので、他者を差異として認めるものである。

問題は、自己と他者の位置である。これまで、凸iを自己、凹iを他者としているのが、ここでまた疑問が生じるのである。

というか、自己同一性化において、果たして、自己優位、他者劣位だけで考えていいのか疑問に感じるのである。

しかし、それは不連続化を行なっている意識において、そう感じるものであろう。しかし、不連続化以前においては、やはり、一般的には、自己優位、他者劣位であると言えよう。

ということで、従来通り、自己は凸iであり、他者は凹iである。

ここで、小説家/哲学者のD.H.ロレンスのキリスト教批判を考えてみよう。それは、端的にはキリスト教の愛の精神の批判である。

キリスト教の愛の精神をロレンスの考えに即して言えば、それは、自己否定における他者肯定である。つまり、凸iを否定して、凹iを肯定するという精神である。

これは無双PS原理から見ると、実に不自然な精神である。何故なら、自己凸iは否定しようなく存する「陽」であるからである。必然的に存する自己凸iを否定すれば、当然、反動がくるのである。それも、病理的な反動である。何故なら、自然的な存在を否定しているからである。そう、自己凸i否定を伴う他者凹iへの傾斜は当然、必然的に、自己凸iの反動を衝動的に呼び起こすと考えられる。

だから、その意味で、ロレンスのキリスト教批判が正鵠を射ていると言えよう。

しかしながら、キリスト教の愛を否定して、新たに「力」を肯定するというロレンスの一時期の考えは、逆に反動的であろう。

無双PS原理から言えば、自己凸iと他者凹iの均衡を達成することが真の個の形成を意味するのであるから、「力」の肯定は誤りである。

ただし、自己凸i(陽)と他者凹i(陰)の均衡であるが、それはMPの新たな開化を意味するので、太極からの、言わば、未知のエネルギーが参入すると考えられるので、それは、確かに、一つの「力」とは言えるのである。

だから、ロレンスの「力」の肯定はまったく間違いとは言えないのである。

では、何が問題なのか。そう、それは、端的に、キリスト教の愛の精神を否定するあまり、他者自体をも否定することになり、自己の極に極端に傾斜したことに存するのではないだろうか。そう、確かに、ロレンスの場合、MPは開化しているが、それと同時に、自己凸i・陽の極が優越化したと考えられるのである。つまり、言い換えると、キリスト教の愛の精神を否定して、逆に、反動的に、自己凸i・陽の極へと傾斜してしまったのである。

ロレンスの精神は二重的であり、一方は陰陽論理的あり、他方は二項対立的であり、キリスト教精神の批判は前者であったが、キリスト教精神の否定は後者であった。そして、後者が主導的になって、自己優位の発想が生まれてしまい、反キリスト教的な反動化が生じたと考えられる。

そのような反動の原因であるが、それは、第一次世界大戦のインパクトと考えられる。その大破壊は、否定的対象であり、この否定の精神において、ロレンスは、二項対立的な反動へと陥ったと考えられる。

さて、最後に、ついでながら、科学の問題に触れよう。ロレンスは、科学はキリスト教精神から生まれたものと考えているが、それは誤謬であろう。しかし、キリスト教の他者主義は関係していよう。正確に言えば、科学とは、私見では、キリスト教的他者精神とデカルト的な自己同一性的精神の結合に拠るのである。

ここで、日本の場合を見ると、当然、キリスト教的他者精神はないのである。故に、日本における科学は、他者性の希薄な自己同一性精神が支配するものになり、西洋の科学とは異なるものになったと言えよう。端的に言えば、自己同一性的、つまり、利己主義的なものになったのである。それは、西洋の科学が本来もっているキリスト教的他者精神が欠落しているので、科学自体を歪めるものになるのである。

とは言え、西洋の科学は、キリスト教精神があるために、ロレンスが批判した反動的な自己の衝動が生じるのである。それが、西洋の暴力主義、覇権主義、植民地主義、帝国主義になると考えられる。


追記:ロレンスの極性的無意識論であるが、一方では、共感の軸があり、他方では、単独性の軸がある。これは、無双原理で言えば、前者は陰・凹i・他者の極であり、後者は陽・凸i・自己の極と考えられる。

 ロレンスの無意識哲学の問題は、両者が常時揺らいでいることにあると考えられる。(それが、王冠論における、獅子・父と一角獣・子との闘争として、表現されていると考えられる。)これは、ロレンスにおいて、一種二重人格性、ないしは、「統合失調症」が存していると言えよう。

 しかし、そのような表現はロレンスの哲学を矮小化するものであり、より的確に言うならば、父権的人格と母権的人格の二重性がロレンスの精神に存しているということになろう。

 無双PS原理においては、父権的人格は陽・凸iの傾斜による自己同一性主義であり、母権的人格とは、
MPの陰陽均衡作用に存していると考えられる。

 だから、ロレンスの母権的人格は正確に無双PS原理のそれとは合致しない。これをどう見るのかが、本質的問題である。

 私はロレンスはMPが開化(開花という表現の方が美的であり、また、適切ではないだろうか。だから、以下は開花にしよう)がしていると述べたが、それは、無双PS原理における母権的人格を意味する。

 つまり、ロレンスの精神において、母権的人格とは、開花しているMPと陰・凹i・他者の二重性があると考えられる。これを整合的に説明する必要がある。

 言い換えると、陰陽均衡・差異共振性と共感性の区別を解明する必要があるのである。

 前者は言わば、知と感性のバランスをもっているのであるが、後者は感性により傾斜していると言えよう。そう、知性より、情感へと傾斜しているのである。だから、後者は知性の一種の抑圧があると考えられる。

 これは、陰・凹i・他者による陽・凸i・自己の抑圧と言えるのではないだろうか。この抑圧力学をどう見るのか。

 これは次のように説明できるのではないだろうか。即ち、ロレンスにおいては、本来的な母権的人格と、父権的人格の二重性が存する。前者は開花したMPに拠るのであり、後者は陽・凸i・自己の傾斜に拠ると考えられる。

 そして、後者は前者を否定するのであるが、否定された前者はそれに対抗するように、反動的に、陰・凹・他者性を主導化すると思われる。

 父権的傾斜に対する母権的反動が、言わば、共感主義を形成するのではないだろうか。言い換えると、元基的な陰陽均衡という母権的人格に対して、父権的傾斜の力学を発動されると、母権的人格は反動的に共感主義的様態になるというように考えられる。それが、ロレンスの共感性の軸ないしは極の意味と考えられるのである。

 だから、それは、本来的には正しく母権的人格であるが、それが父権的傾斜力学によって、反動的様態を帯びたものということになる。

 結局、上述したロレンスの常時揺動、即ち、陽・凸i・自己の極と陰・凹i・他者の極の常時の揺らぎは、本来的母権的人格の精神に対する父権的人格の傾斜力学によって生じたものと考えられる。

 父権的人格が過度に傾斜した時期とは彼の「リーダーシップ小説」期であり、その父権的人格が超克されたのが、最晩年の時期であり、本来的母権的人格、即ち、陰陽均衡・差異共振を肯定するに至ったのである。それは、『逃げた雄鳥(死んだ男)』に表現されているのである。それは、西洋文明を乗り越えた新東洋文明的哲学である。正に、無双PS原理的である。

 最後に、ロレンスのコスモス(宇宙)について簡単に言及したい。

 これは、明らかに、開花したMPによって直観される「宇宙」である。もともと開花したMPをもっていたのであるが、最晩年に至るまでは、内在する父権主義(一神教的父権主義)によって混沌(カオス)化されていたのであるが、それが超克されて、今や全面的にコスモス(宇宙)が開花したのである。

 それは不可視のコスモスである。何故なら、開花したMPは太極(=超越界・霊界)を「啓示」するからであり、それは、形而上学的存在であり、当然、現象界を超越しているので、不可視なのである。もっとも、可視の宇宙・自然はその外化、物質的表現と言えよう。螺旋的宇宙・自然はそれを意味すると考えられる。

 そう、不可視のコスモスは気的な螺旋形状をもっているだろう。それが、現象化・物質化するのである。

 占星術の宇宙であるが、それは、このコスモスをべーすにして、新たに構築されるべきと考えられる。


resurrectionのブログ

ナルシシズム - Wikipedia

ja.wikipedia.org/wiki/ナルシシズム - キャッシュ 類似ページ

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二次性のナルシシズムは病的な状態であって、思春期から成年にみられる、自己への陶酔と執着が他者の排除に至る思考パターンである。二次性ナルシシズムの特徴 ... 二次性ナルシシズムは自己愛性パーソナリティ障害の核となる。 ナルシシムという語は ...
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0


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サンクコストの呪縛

なぜ失敗しそうな事業から撤退できないのか

>さらに言えば、たとえサンクコストの呪縛やもろもろの懸念材料から解放されたとして も、組織では、また別の呪縛に陥ることも考えられる。それは、名誉やプライドである。誰々さんが始めたプロジェクトだから、自分の沽券に関わるから、と社 内の人間関係や周囲の評価を気にして、赤字事業に固執してしまう。案外、こちらの呪縛のほうが闇が深いのではないだろうか。

http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20120806-00010000-president-nb

霞ヶ関ヒエラルキーは、
失敗を前提に、税金をちょろまかすため、
横領するため、横流しするため、
事業をやっているので、
サンクコストが「無い」わけでw

だから「税金こじき」といわれるw

採られているほうの奴隷国民は、
もう後が無いのに、
見たくないものは見たくなく、
まだ大丈夫だぁ〜幻想に浸っているわけで。

なけなしの学歴や地位や名誉も、
デタラメだったのに、
手放すには「おしい」と、
まじで思ってるわけで。

学歴の総本山、原発を爆発する国の
「学歴」はゴミでした、と、
思えないんだろうなーーーw

放射能を飲んでも大丈夫という
ジャパニーズアカデミー。

どんなカルト宗教大学より、
ぶっちぎりでおかしいんだがw


建築とかあれこれ 呪いもあれこれ 



2012年08月05日(Sun)▲ページの先頭へ
悟性と理性は無双PS原理ガウス平面において何処に位置するのか
作図は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11319941611.html

悟性と理性は無双PS原理ガウス平面において何処に位置するのか

テーマ:無双PS原理

先に、以下のように太極や電磁波の問題を提起した。
 ところで、(純粋)悟性や(純粋)理性は何処に布置したらいいのだろうか。
 +1を天、−1を地としたので、現象としての「頭(頭脳)」は前者に、そして、肚は後者に、胸はMPに位置すると考えられる。
 そうすると、(純粋)悟性は+1に位置することになるのが普通の考え方である。
 果たして、そんなに単純でいいのだろうか。
 凸i*凹i⇒+1は、PS理論では自己認識方程式である。思うに、凸iを自我、凹iを他者とするならば、自我と他者の陰陽差異共振としての自己認識ということで妥当である。
 しかし、私は自我は−1に置くので、そのようには布置できない。だから、結局、陽・凸iを自己、陰・凹iを他者として、その陰陽差異共振を個と見るのである。つまり、凸i*凹i⇒+1は、個認識方程式である。
 とまれ、そのように見ると、(純粋)悟性は、やはり、陽・凸iに布置するのが妥当であると考えられる。
 では、(純粋)理性はどこに位置するのだろうか。それは、凸i、凹i、+1、−1、そして、MP(原点)の各要点を認識したものであり、それら五つ総体に存するのではないだろうか。(5という数に注目。五芒星形)
 私が唯物弁証法という論理は、悟性的思考をもつが、それは、−1の自我に中心があるものだと考えられる。象限領域で言えば、第二象限である。
 後で新たに作図したい。


<無双PS原理ガウス平面:Ver3.3>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
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−1__←重力波__MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
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陰・凹i・空間形式    |
・他者           |



参照:

太極をどう捉えるのか:霊的太極と陰陽極性:Ver3.2:陰陽ラセンと電磁波

<無双PS原理ガウス平面:Ver3.2>
                

                       虚軸y軸:陽・凸i・時間形式
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
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−1__←重力波__MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地          /   |              天
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    /          |
陰・凹i・空間形式    |

尚、Ver3.2はVer3.0を基にして作った。また、原点、MPにおいてあった太極を外した。

追記:電磁波であるが、磁場と電場が垂直に融合した波動であるが、全くの思いつきであるが、磁場は超越軸の方向、電場は虚軸の方向に関係するのではないだろうか。それとも逆か。

追記2:これも思いつきであるが、虚軸の陽・凸iが右ないしは左脳で、陰・凹iが左ないしは右脳ではないだろうか。そうすると、超越軸は前後の方向となる。それでいいだろうか。
 これまで、自己と他者を置いたが、Ver3.2では設定するのが難しい。これまで通り、自己が陽・凸iで、他者が陰・凹iでいいのだろうか。これは検討課題にする。

追記3:電磁波における電場と磁場の垂直様態であるが、これは、⇒の電磁波発生において、螺旋時空四次元を形成されていくが、このときの三次元空間において、電場と磁場との垂直様態を発生すると見るべきであり、超越軸と虚軸との垂直関係を導入すべきではないと思われる。
 では、問題は、電場と磁場との垂直様態の発生力学は何かである。
 直観で言うと、虚軸における陽・凸iと陰・凹iが共振するときに、垂直に捻れるのではないだろうか。例えば、陽・凸iが磁場へ、陰・凹iが電場へと転化していくということではないだろうか。
 そう、陽・凸iと陰・凹iの二重ラセンのようなものと、電磁波の様態が関係するのではないだろうか。これも直観で言えば、二重ラセンと電磁波の電場と磁場の垂直様態が対応しているのではないだろうか。これは検討課題である。(追記:以下の参考のラセン図が参考になる。円運動において、求心力と回転力が相応しているのではないだろうか。求心力と垂直の関係が回転力には存するだろう。この求心力と回転力の垂直様態が、電磁波の電場と磁場の垂直様態へと展開しているのではないのか。
 以下のオイラーの公式によるラセン形状であるが、例えば、求心力に磁場、回転力に電場が関係すると見られないだろうか。それとも逆であろうか。とにかく、陰陽の牽引力がある。それが回転、ラセン運動を生み出すと考えられる。そのとき、二つの力が垂直に作用する電磁波がラセン運動に発生するのではないだろうか。求心力を電場、回転力を磁場とした方がいいのかもしれない。)
(参考:
無双PS原理「逆」ガウス平面に頭(上丹田)ー胸(中丹田)ー肚(下丹田)を加えた
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11303219941.html


太極をどう捉えるのか:霊的太極と気的極性:Ver3.2:陰陽ラセンと電磁波
正しい画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11319551387.html

太極をどう捉えるのか:霊的太極と気的極性:Ver3.2:陰陽ラセンと電磁波

テーマ:無双PS原理ガウス平面

いろいろ問題があって、一挙には、解明できない。一つずつ検討して行くしかない。
 その一つの問題が太極である。太極とは、ただ一つなのか、それとも、根源に霊的太極があり、気的太極はその派生と見るのかが問題である。
 以下のVer3.0やVer3.1では、後者の発想に近い。しかし、私の元々の発想は、前者である。
 基本的な視点から見るべきだろう。超越界は、超越円ということである。つまり、それが、太極であり、そこから、陰陽極性が形成されると考えられる。つまり、太極はそもそも霊的太極であり、それが、陰陽極性を形成すると考えられる。
 だから、太極は一つであり、以下のVer3.0やVer3.1の説明は誤りということになる。
 ということで、Ver3.2を作図したい。

無双PS原理ガウス平面:Ver3.0かVer3.1か決めかねている

< 無双PS原理ガウス平面:Ver3.0>

                  

                       虚軸y軸:陽・凸i・時間形式
                                /
       超越軸z軸:超太極・霊界       /
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               |   /
               | /
−1__←重力波_太極・MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地          /   |              天
          /    |
        /       |    
      /        |
    /          |
陰・凹i・空間形式    |

追記5:陽・凸iは空間形式で、陰・凹iは時間形式ではないだろうか。

< 無双PS原理ガウス平面:Ver3.1>

                  

                       虚軸y軸:陽・凸i・空間形式
                                /
       超越軸z軸:超太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
                 |     /
               |   /
               | /
−1__←重力波_太極・MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地          /   |              天
          /    |
        /       |    
      /        |
    /          |
陰・凹i・時間形式    |


追記6:上図のVer3.1を見ると、PS理論の考え方と近くなっている。しかし、PS理論では、+1が物質であるが、修正無双PS原理では、宇宙、自然、生命体の天の領域であり、−1は、それの地の領域になると考えられる。



<無双PS原理ガウス平面:Ver3.2>
                

                       虚軸y軸:陽・凸i・時間形式
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
                 |     /
               |   /
               | /
−1__←重力波__MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地          /   |              天
          /    |
        /       |    
      /        |
    /          |
陰・凹i・空間形式    |

尚、Ver3.2はVer3.0を基にして作った。また、原点、MPにおいてあった太極を外した。

追記:電磁波であるが、磁場と電場が垂直に融合した波動であるが、全くの思いつきであるが、磁場は超越軸の方向、電場は虚軸の方向に関係するのではないだろうか。それとも逆か。

追記2:これも思いつきであるが、虚軸の陽・凸iが右ないしは左脳で、陰・凹iが左ないしは右脳ではないだろうか。そうすると、超越軸は前後の方向となる。それでいいだろうか。
 これまで、自己と他者を置いたが、Ver3.2では設定するのが難しい。これまで通り、自己が陽・凸iで、他者が陰・凹iでいいのだろうか。これは検討課題にする。

追記3:電磁波における電場と磁場の垂直様態であるが、これは、⇒の電磁波発生において、螺旋時空四次元を形成されていくが、このときの三次元空間において、電場と磁場との垂直様態を発生すると見るべきであり、超越軸と虚軸との垂直関係を導入すべきではないと思われる。
 では、問題は、電場と磁場との垂直様態の発生力学は何かである。
 直観で言うと、虚軸における陽・凸iと陰・凹iが共振するときに、垂直に捻れるのではないだろうか。例えば、陽・凸iが磁場へ、陰・凹iが電場へと転化していくということではないだろうか。
 そう、陽・凸iと陰・凹iの二重ラセンのようなものと、電磁波の様態が関係するのではないだろうか。これも直観で言えば、二重ラセンと電磁波の電場と磁場の垂直様態が対応しているのではないだろうか。これは検討課題である。(追記:以下の参考のラセン図が参考になる。円運動において、求心力と回転力が相応しているのではないだろうか。求心力と垂直の関係が回転力には存するだろう。この求心力と回転力の垂直様態が、電磁波の電場と磁場の垂直様態へと展開しているのではないのか。
 以下のオイラーの公式によるラセン形状であるが、例えば、求心力に磁場、回転力に電場が関係すると見られないだろうか。それとも逆であろうか。とにかく、陰陽の牽引力がある。それ回転、ラセン運動を生み出すと考えられる。そのとき、二つの力が垂直に作用する電磁波がラセン運動に発生するのではないだろうか。求心力を電場、回転力を磁場とした方がいいのかもしれない。)
(参考:
無双PS原理「逆」ガウス平面に頭(上丹田)ー胸(中丹田)ー肚(下丹田)を加えた
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11303219941.html
2009年10月12日月曜日
オイラーの公式

y=e^(θi)について、

θ=πのとき、オイラーの公式

e^(πi)=-1

が成り立つ。


y=e^(θi)

について、θを変化させて電卓で計算してみた。



y=e^(θi)

のθを変化させると、

 x軸:実数

 y軸:虚数

の複素平面上で、
yはくるくる回転することが分かった。

このθを軸にして、


x軸:y=e^(θi)の実数部分

y軸:y=e^(θi)の虚数部分

z軸:θ

の3軸の3次元座標上で、yの値を考えると、

くるくる回転がθ軸方向に引き延ばされて、らせん状となることが予想された。


また、計算してみると、オイラーの公式に似た別バージョンの等式があることが分かった。

e^(0i) −1=0

e^(π/2)i −i=0

e^(3π/2)i +i=0

e^(2πi) −1=0





y=e^(θi)のθを変化させたときの値を、3次元空間上にプロットしてみた。

やはりらせん状になった。



投稿者 kf33 時刻: 2:16
http://poic-kf33.blogspot.jp/2009/10/blog-post_12.html

PoIC -k- )


参照:
電磁波とは何ですか?


電磁波とは何ですか?
電磁波とは電界(電場)と磁界(磁場)が相互に作用して組み合わさり、空間を伝達する波のことを言います。
電気が流れたり、電波の飛び交うところには、必ず何らかの電磁波が存在しています。

電磁波は光と同じスピード(約30万km/秒)で進みます。
波が1往復する間に進む距離を波長といい、波が1秒間に往復する回数を周波数(単位:Hz)といいます。
電磁波の性質は周波数(波長)によって大きく違ってきます。

電磁波は自然界にも存在します。太陽光線の紫外線や赤外線も電磁波の一種で、周波数が高くなるほどエネルギーは強くなります。
下の図は電磁波を分類したものです。上にいくほど周波数は高く(波長は短く)、下にいくほど周波数は低く(波長は長く)なります。 電磁波の種類と特徴の詳しい表を見たい方はこちら
http://ktai-denjiha.boo.jp/faq/qa1.htm


気と電磁波:気は電磁波の一種なのか?:無双PS原理の修正
正しい画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11318722365.html

気と電磁波:気は電磁波の一種なのか?:無双PS原理の修正

テーマ:無双PS原理

以下、気を電磁波に入れているが、果たしてそうだろうか。私は、気は電磁波ではないと考えている。
 無双PS原理から言えば、光子(電磁波)と重力子の共振から気が発生するのである(仮説)。
 だから、根源的なものは、電磁波や重力子ということになる。
 しかしながら、問題は、陰・凹i・光子であり、それを単純に電磁波と呼ぶわけにはいかない。
 では、無双PS原理において、電磁波はどのように説明されるのだろうか。これは課題である。

追記:桜沢如一氏の『無双原理・易』を読むと、陰・凹iを光子、陽・凸iを重力子とするのは、間違いのようだ。
 無双原理では、陰・凹iに陰電子、陽・凸iに陽原子核を見ている。あるいは、陰・凹iに電子(エレクトロン)、陽・凸iに陽子(プロトン)、そして、中間に中性子を見ている。
 また、陰陽を電波(電磁波)と見ている。
 陽・凸iを重力子とするのは、仮説であるが、それは、それなりに、無双原理とも一致するのである。
 とまれ、陰陽を電磁波とすると、気も電磁波となるだろう。
 否、気が根源であり、電磁波、気から生まれるものである。
 しかし、この議論は、無双PS原理から見ると、間違っている。
 何故なら、⇒+1の⇒を気として、陰と陽を太極の陰極と陽極と見ているからである。そして、陰極と陽極における差異力の共振によって、気が形成されると考えているからである。
 どうも、この考え方をまた改める必要があるようだ。
 陰極と陽極の差異共振によって、気が形成されるのではなく、有気物質(宇宙、自然、生命体)が形成されると見るべきように思われる。
 つまり、陰極でなく、陰の気、陽極ではなく、陽の気でいいのである。陰と陽の差異共振が螺旋を描き、宇宙、自然、生命体を形成するのであり、それは、有気物質体と見ることができる。
 そうならば、陰・凹i*陽・凸i⇒+1(有気物質体)の⇒は何を意味するのか。
 直観では、気のエネルギーである。気の創造するエネルギーである。
 もしそうならば、陰と陽には、エネルギーはないのかということになる。それは、エネルギーというよりは、力であり、その差異の力が共振して、創造・生成エネルギーになるということではないだろうか。これを作業仮説としよう。
 このように見ると、だいぶ整理されてきた。
 結局、太極という原気があり、それが、陰陽という気の力に極性化される。そして、陰陽差異共振して、創造・形成エネルギーが発動するのであり、それが言わば、天地創造である。(私は、以前からビッグバン理論を信じていない。創造と消滅のサイクルが何回かあったと見る方が、説得力があると思う。)
 ということで、本題に戻ると、結局、陰陽気があるが、それが、電磁波なのだろうか。
 今、作業仮説(A)として、電磁波は不可視の現象と言えるのではないだろうか。そうならば、陰陽気が電磁波ではなく、陰陽気の共振に拠る創造・形成エネルギーが電磁波なのではないだろうか。つまり、陰・凹i*陽・凸i⇒+1の⇒が電磁波ということになる。
 別の作業仮説(B)として、陰陽気自体が電磁波ということが考えられる。
 さらに別の作業仮説(C)として、陰・凹iを電磁波と見ることが考えられる。これは、これまでの無双PS原理に近い視点である。
 以上三つの作業仮説を述べてみた。
 以前の私の考え方はAを肯定するものである。つまり、気から電磁波が形成されるのであり、気が根源であり、電磁波は派生物である。
 Bの考え方は、無双原理の考え方に近いと言えよう。
 Cは可能性が減ったと言えよう。故に、A説かB説かである。
 私の直観は、初めに気ありきであり、そこから、電磁波が生まれたというものであり、また、今思ったが、電磁波とは気の表層ではないのかということである。
 現段階では、陰陽気があり、それが、MPで共振して、エネルギーが生まれるが、その主要なものの一つが電磁波であるということにしたい。だから、⇒が電磁波である。また、光子はそこに存することになる。
 そう、最後に簡単に光子(光)の問題に触れる。
 これまで、無双PS原理では、光子を陰・凹iに見てきたが、今、光子が⇒に位置付けられたので、修正する必要がある。
 そう、光子だけでなく、重力子の位置付けも修正する必要があろう。
 単純に考えれば、⇒が光子ならば、逆⇒、つまり、←が重力子となろう。
 そうならば、さらに、天と地の位置付けも変更しないといけない。つまり、天は+1であり、地は−1となる。
 もっとも、これは、だいぶ以前に述べたことではある。
 以上から改めて、無双PS原理「逆」ガウス平面を描いてみよう。
 とりあえず、以下のように位置付けを変更した。

< 無双PS原理「逆」ガウス平面:ポップスピップ: Ver1.1>

      陰・凹i(-i)・空間形式(外在)
               |
               |
               |
               |
   U物質認識      |    T精神
               |
               |
−1_←重力子__太極・MP_電磁波⇒____+1
無気物質、地       |            有気物質、天
「自我」            |                 「個」
利己的資本主義     |      差異共振的資本主義
               |
   V物質身体      |     W気的身体
               |
               |
               |
      陽・凸i(i)・時間形式(内在)


注:上図では見にくいが、利己的資本主義は−1、差異共振的資本主義は+1に属する。

 

放射能から命を守る6つの方法

私たちは福島からの絶えまない放射能海洋汚染以外にも、さまざまな”日常的”な放射線被曝を受けている。放射線医療機器からの漏洩、空港の身体チェック、原子力潜水艦事故、劣化ウランの影響、CTスキャンやエックス線検査、放射能汚染されたタバコの煙、電子レンジ、食品被曝など多数ある。
(放射線は、科学的な定義で言えば電磁波のひとつです。光、電波、電気それから生体エネルギーである”気”も基本的には電磁波です。つまり電磁波には健康に有益なものと有害なものがあることになります。)
玄のリモ農園ダイアリー

電磁波 - Wikipedia

電磁波(でんじは)は、空間 の電場 と磁場 の変化によって形成された波(波動 )のことである。電界 と磁界 がお互いの電磁誘導 によって交互に相手を発生させあうことで、空間そのものが振動する状態が生まれて、この電磁場 の周期的な変動が周囲の空間に横波 となって伝播 していく、エネルギー の放射 現象の一種である。そのため、電磁放射とも呼ばれている。

空間そのものがエネルギーを持って振動する、という現象であるため、波を伝える媒体 となる物質 (媒質 )が何も存在しない真空 中でも伝わっていくと考えられている。電磁波の電界と磁界が発生する振動方向はお互いに直角であり、また電磁波の進行方向もこれと直角である。基本的には空間 中を直進するが、物質が存在する空間では、吸収 ・屈折 ・散乱 ・回折 ・干渉 ・反射 などの現象が起こる。また、重力場 などの空間の歪みによって進行方向が曲がることが観測されている。

真空 中を伝播する電磁波の速度は、観測者がどのような方向に、どのような速度で動きながら測定したとしても、一定の値 299,792,458 m/s(約30万キロメートル毎秒)になることが様々な実験により確かめられており、このため真空中の光速度 と呼ばれて、最も重要な物理定数 のひとつになっている。この光速度不変の原理 を基にしてアインシュタイン が特殊相対性理論 を構築し、それまでの時間と空間の概念を一変させたことはとりわけ有名である。一方、物質(媒質 )中を伝播する電磁波の速度は、真空中の光速度を物質の屈折率 で割った速度になり、例えば、屈折率が 2.417 のダイヤモンドの中を伝播する光の速度は、真空中の光速度の約41%に低下する。ところで、電磁波が、異なる屈折率の物質が接している境界を伝播するとき、その伝播速度が変化することから、ホイヘンスの原理 により屈折 が起こる。これを利用したものにレンズ があり、メガネやカメラなどに大量に使われている。なお、屈折する角度は、電磁波の波長 によって変化し、これを分散 と呼ぶ。虹 が7色に見えるのは、太陽光が霧などの微小な水滴を通るとき、波長が長い赤色光よりも、波長の短い紫色光の方が、分散によってより大きく屈折するためである。

電磁波の性質は、波長 、振幅 (電磁場の強さは振幅の二乗)、伝播方向 、偏波面 (偏光 )と位相 で決められる。電磁波を波長変化として考慮したものをスペクトル という。波長 によって物体に及ぼす作用が少しずつ異なってくる点に着目して、違った呼び方をされることがある。波長の長い方から、電波 ・赤外線 ・可視光線 ・紫外線 ・X線 ・ガンマ線 などと呼び分けられている。我々の目で見えるのは可視光線のみだが、その範囲 (0.4 μm - 0.7 μm) は電磁波の中でも極めて狭い。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E7%A3%81%E6%B3%A2


気 - Wikipedia

概説 [編集 ]

気はラテン語 spiritus やギリシア語 pneuma(プネウマ)、ヘブライ語 ruah(ルーアハ )、あるいはサンスクリット prana(プラーナ )と同じく、生命力や聖なるものとして捉えられた気息、つまり息の概念がかかわっている。しかしそうした霊的・生命的気息の概念が、雲気・水蒸気と区別されずに捉えられた大気の概念とひとつのものであるとみなされることによってはじめて、思想上の概念としての「気」が成立する。

雲は大気の凝結として捉えられ、風は大気の流動であり、その同じ大気が呼吸されることで体内に充満し、循環して、身体を賦活する生命力として働く。つまり、ミクロコスモスである人間身体の呼吸とマクロコスモスである自然の気象との間に、大気を通じて、ダイナミックな流動性としての連続性と対応を見出し、そこに霊的で生命的な原理を見るというアイディアが、気という概念の原型なのである。

一方では人間は息をすることで生きているという素朴な経験事実から、人間を内側から満たし、それに生き物としての勢力や元気を与えている、あるいはそもそも活かしているものが気息であるという概念が生まれる。そしてまたそこには、精神性、霊的な次元も、生命的な次元と区別されずに含まれている。ただし、精神的な次元は、後代には理の概念によって総括され、生命的な力としてのニュアンスのほうが強まっていく。

他方では、息は大気と連続的なものであるから、気象、すなわち天気などの自然の流動とも関係付けられ、その原理であるとも考えられていく。自然のマクロな事象の動的原理としての大気という経験的事実から、大気にかかわる気象関連の現象だけでなく、あらゆる自然現象も、ひとつの気の流動・離合集散によって説明される。この次元では気はアルケー としてのエーテル である。

この霊的な生命力として把握された気息であり、かつ万象の変化流動の原理でもあるという原点から、ついには、生命力を与えるエネルギー的なものであるのみならず、物の素材的な基礎、普遍的な媒質とまで宋学では考えられるようになった。

こうした由来ゆえに、気は、一方では霊的・生命的・動的な原理としての形而上的側面をもちながら、他方では、具体的で普遍的な素材(ヒュレー)的基体でありかつ普遍的なエーテル的媒質であるがゆえに、物質的な形而下的側面も持つという二重性を持つことになった。気は、物に宿り、それを動かすエネルギー的原理であると同時に、その物を構成し、素材となっている普遍的物質でもある。従って、たとえば気一元論は、かならずしも唯物論とはいえない[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%97


無双PS原理「逆」ガウス平面に直交する超越軸z軸を加えてみた
正しい画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11316504262.html

無双PS原理「逆」ガウス平面に直交する超越軸z軸を加えてみた

テーマ:無双PS原理「逆」ガウス平面

< 無双PS原理「逆」ガウス平面:ポップスピップ: Ver1>

陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)
               |
               |
               |
               |
   U物質認識      |    T精神
               |
               |
−1____太極・原気・MP・胸・母権______+1
無気物質          |               有気物質
「自我」            |                 「個」
利己的資本主義     |      差異共振的資本主義
               |
   V物質身体      |     W気的身体
               |
               |
               |
陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権


注:上図では見にくいが、利己的資本主義は−1、差異共振的資本主義は+1に属する。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

うまい作図ではないが、以下、ポップスピップ(上図参照)に超越軸z軸を加えてみた。これは正しくは、「逆」ガウス平面と直交する軸である。そのように見られたい。

< 無双PS原理「逆」ガウス平面(ポップスピップ):Ver2.0>

                       超越軸z軸
                                 /
陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)                           /
               |           /
               |         /
               |       /
   U物質認識      |     T精神
               |   /
               | /
−1____太極・原気・MP・胸・母権____+1
無気物質        /|               有気物質
「自我」       /   |               「個」
          /    |
   V物質身体      |     W気的身体
     /         |
   /           |
陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権


追記:以下のように配置を変えた方が一般的であろう。


< 無双PS原理「逆」ガウス平面:Ver2.1>

                   虚軸y軸:陰・凹i・光子・天
                                /
       超越軸z軸:超太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
                 |     /
               |   /
               | /
−1___太極・原気・MP・胸・母権___+1実軸x軸
無気物質        /|              有気物質
「自我」       /   |              「個」 
          /    |
        /       |    
      /        |
    /          |
陽・凸i・重力子・地


追記2:超越軸z軸と虚軸(超越論軸)y軸において作られる「単位円」が以前述べように、超越円であり、それは、思うに、超太極(円)とでも呼ぶべきものだろう。
 そして、虚軸y軸と実軸x軸の「逆」ガウス平面において形成される「単位円」(自然円)は、現象界に属するものであるが、それは、回転し、螺旋を+1の方向に形成すると考えられる。以前、述べたように、映画Thriveのトーラスと一致するように考えられる。

参考:映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )

参照:
凸(+1)を転換点とする脱物質体化・差異共振純粋超光過程
テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学
映画THRIVEのトーラスとPS理論:その2:上部から下部への動き
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11242890795.html

以上において、次のように述べた。

「少なくとも、凸(+1)は転換点、折り返し点、回帰点と考えられる。
 超光エネルギーは宇宙を形成し、凸(+1)に到達するのであるが、その後の問題である。
 今、直観で言うと、凸(+1)までの動きは春から夏への成長の動きである、しかるに、凸(+1)から凹(−1)への外皮上の動きは秋から冬の動きである。言い換えると、生から死への動きである。つまり、成長から衰退への動きである。しかし、この衰退は内的成熟への動きである。そう、外的成長から内的成熟への動きである。
 思うに、簡単に言えば、超光エネルギーの衰退があり、それが、外皮的動きとなっているのではないだろうか。物質体の衰退であるが、内的「精神」の成長である。」

映画Thriveのトーラスにおける、上部極から下部極へ移動し、言わば、外殻、外皮、外面形成する力動について、それは、超光エネルギーの衰退を意味すると述べたが、それはある意味では正しく、ある意味では間違いである。
 というのは、螺旋的、乃至は、黄金比(白銀比もおそらく入れられよう)的物質体(身体)形成は確かに、そこ(凸[+1])からは衰退するから、それは、それまでの超光エネルギーから見ると、超光エネルギーの衰退を見ることは可能である。
 しかしながら、視点を変えてみると、凸(+1)に到達した、超光エネルギー、乃至は、差異共振エネルギーは実は、螺旋的物質体(身体)形成過程(Aプロセス)から脱螺旋的物質体(身体)過程(Bプロセス)へと転換するのではないだろうか。
 つまり、Aプロセスは同一性物質化を伴っていた、Bプロセスにおいては、同一性的物質化が消滅して、純粋な差異共振化、超光化が発生するのではないだろうか。これを聖霊プロセスと呼んでもいいだろう。
 つまり、超光エネルギーは衰退するのではなく、ただ、変態したと考えられるのである。喩えれば、蛹から蝶へと変態するようなものである。そう、それをヒントにして言えば、プシュケー・プロセスとも言えよう。
 思うに、それは、超越軸、超越界、神霊界、霊界における差異共振による超光形成と重なるように思えるのである。だから、聖霊プロセスなのでもあるが。
 結局、Bプロセスは物質体・身体形成としては衰退過程であるが、精神形成としては成熟過程である。
 さて、問題は、Bプロセスがどうして、凸(+1)からリンゴや梨のような外殻、外皮、外面である湾曲した球面を辿り、凹(−1)へと進行するのかである。その力学はどういうものか。
 これは単純に、磁界を考えればいいのではないだろうか。即ち、凸(+1)をN極とし、凹(−1)をS極とするのである。磁力がN極からS極へと作用するのであり、それとほぼ同様なことが、Bプロセスに起きている考えればいいのではないだろうか。
 つまり、下部極から上部極の螺旋的物質体化過程(Aプロセス)の方向、即ち、凹(−1)から凸(+1)への実軸x軸の左方から右方への方向を、純粋超光は取ることがもはやできないのであり、つまり、言わば、内的な方向を取ることはできないのであり、そのため、外的な方向を取ることになると考えられるのである。
 しかしながら、内的方向とは実は、外的物質体化の過程であり、外的方向とは内的精神化の過程であるというパラドクシカルな意味合いをもっているのである。
 しかし、外的方向=内的精神化の過程=Bプロセスは、凹(−1)という物質が終点であり、それは、死を意味すると言えよう。だから、その意味では、衰退消滅の過程なのである。純粋超光、純粋差異共振はそこで終了するのである。
 とは言え、それは、新生の過程に入ることである。新たな螺旋的物質体(身体)の過程に入ることになるからである。輪廻転生である。即ち、 凹(−1)の物質において、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神を宿していた物質体・身体は消滅すると考えられるが、そのとき、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神は完全に脱物質化するのであり、それは、超越軸=超越界=神霊界=霊界に帰還すると考えられるのである。
 そう、凸(+1)において、脱物質化すると言ったが、それは完全な脱物質化ではなく、脱物質化のプロセスの開始を意味するのであり、完全な脱物質化は、凹(−1)の物質において、為されると考えられるのである。説明すると、凹(−1)の物質とは無機的な物質、いわば、鉱物のようなものであり、生命的有機体はそこには存しないと考えられるのである。
 今はここで留める。


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