INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2011/12/24

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2011年12月24日(Sat)▲ページの先頭へ
精神振動の7分節化:七元=三元と三元とmedia pointの一元
画像付きは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11115479961.html

精神振動の7分節化:七元=三元と三元とmedia pointの一元

直観で言うと、凸i*凹iは易的に言えば、三元*三元である。それにmedia pointの一元を入れると、七元になる。
 それは、凸i主導の場合の三元性(「三位一体)と凹i主導の三元性があり、それにmedia pointの一元性があり、合わせて七元性になるということだろう。
 思うに、7とは女神の数である。古代オリエントの女神イナンナ、イシュテルの数である。
 そして、3という「根元数」がここにある。3と7である。また、差異共振、Vector Modeは黄金比で、正五角形を形成する。すなわち、5である。そうすると、精神振動はmedia pointを介して、3,5,7という最も重要な秘数(聖数)を所有すると言えよう。
 当然、2もあるし4もあるし6もある。そして、大根元の1がある。すると、1,2,3,4,5,6,7という数列がきれいに出てくる。
 後で検討したい。

追記:media pointが0であろう。また、8は2^3で、9は3^2で説明できるだろう。2^3や3^2は易から考えられる。また、10であるが、それは、1+2+3+4、つまり、テトラクテュスで説明できよう。
 後でさらに検討したい。

参照:
古代ギリシアの旅
― 創造の源を訪ねて ―
高野義郎著
(新赤版780)





◎思索的で高踏と感じていた古代ギリシアが身近になりました……

 自然哲学の元祖タレースは「万物の根源は水である」と言いました。ぼくは、よくこんな大胆なことをいうものだ、さすが思索的なギリシア人だなと思っていました。ヘーラクレイトスも「万物の根源は火だ」と言いましたが、「ええっ、何で?」と感じていました。

 著者の高野先生は、タレースの故郷ミーレートス、ヘーラクレイトスの故郷エペソスを訪ねて、その意味を考えたのです。ミーレートスを流れていたマイアンドロス河のもたらす影響(豊かな土壌をもたらすプラス&洪水のマイナスなど)の大きさと、エペソスの象徴であるアルテミスの神殿に掲げられた不断の聖火(ヘーラクレイトスはそれを毎日見ていた)とに、それぞれの自然哲学の起源を見出しました。

 高野先生の説を読んで、「そんなに身近なものから発想したのか」と感じました。同時に、「よく、そんなに身近なものを万物の根源とするには、理論構築が大変だろうな」とも思いました。

 そして、いまは廃墟となっているミーレートスやエペソスにぜひ行ってみたいと強く思いました。高踏で近寄りがたいと感じていた古代ギリシアが、この本をつくることで急に自分の感覚に近づいてきたのです。

 そんな感じを読んでくれる人にもっていただける本だと思っています。

◎ピタゴラス学派の聖なる数は「10」だったのですね……

 ピタゴラスの正確な読み方は「ピュータゴラース」、ピュータゴラース学派のシンボルマークは「テトラクテュス」(図A)です。上から点が1、2、3、4と重なる正三角形のマークです。点の数は1+2+3+4=10です。じつにきれいなマークなんですが、どうしてこれをシンボルにしたのかも、この本で解いています。2章で存分に解説がありますから、ここでは説明しません。ぼくも「なるほど」と思いました。

図A

 ピタゴラスは「ピタゴラスの定理」や「ピタゴラスの数」でも知られる数学者であるほかに、哲学者でも宗教家でもありました。では、宗教との接点はどこにあったのでしょうか。これも「テトラクテュス」と同じ根っこなのです。

 あちこちで、なんと謎解きの多い本なのだろうと感じられるでしょう。けっこう楽しめますよ。

◎楽しめるのは地図と写真も……

 古代ギリシア全域とはどこからどこまででしょう? いまのトルコ西部から南イタリア・シチリアまでとほんとうに広い範囲です。その全域はもちろん、各地の地図がたくさん入っています。だから、アリストテレースが生まれたスタゲイラ、ピュータゴラースの生まれたサモス、オリンピック競技発祥の地オリュンピアーなどが、どこにあったのかが、あらためてよくわかります。

アポローン、アルテミス誕生の地を守るライオン像。デーロス島


夕日のポセイドーンの神殿。スーニオン岬

 写真はすべて、著者の高野先生が撮ったものです。日本ではほとんど見たことのない写真もたくさんあります。なにしろ観光ツアーでは行かないようなところを、自分でわざわざ調べて訪れたのですから。もちろんプロのカメラマンではありませんが、かなり上手で、しかも撮る位置を探して撮ったものなので、いい写真ばかりです。モノクロームでしか見られませんが、ぜひ現地の空気を感じてください。

 地図も写真も多かったので、正直言って本づくり作業は大変でした。でも、その分、読んでくださるみなさんは、楽しめるし、新たな発見も多いだろうと思います。
(編集部 森光実)


■著者紹介
高野義郎 たかの・よしろう
 1925年大阪生まれ、1948年京都大学理学部卒業。京都大学湯川研究室副手、横浜国立大学教育学部,工学部教授を経て、現在は、横浜国立大学名誉教授。理学博士。専攻は、理論物理学。
 著書に『力学』(朝倉書店)、『物理学の再発見T物質から空間へ U素粒子と時間空間』(講談社ブルーバックス)、『ヨーロッパ科学史の旅』(NHKブックス)など。

■目次
 古代ギリシア地図/古代東エーゲ海地図/古代アテーナイ周辺地図
 古代ギリシア史年表
1 哲学のふるさとミーレートス ― その都市計画に秘められたもの
2 ピタゴラス学派の聖なる数10
3 万物の根源を求めて
4 古典文化の花咲く都市アテーナイ
5 時計回りにめぐるペロポンネーソス
6 悲劇の舞台 ― オイディプースとイーピゲネイア
 地名索引/人名索引

http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0204/sin_k63.html

ピュタゴラス派の「霊魂数」の解明
2011
07-08
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by Carel Willink



ピュタゴラス派についての本を何冊か借りて、西洋における「輪廻思想」の源流にまで遡行しようとしているが、実はピュタゴラス本人に帰属される資料自体が著しく欠損していることを知って当惑している。
ピュタゴラスは既に生前から伝説化されているらしく、おそらく極めてカリスマ性の高い宗教的側面を持っていたものと推測されている。
このページでは、イアンブリコス、ポルピュリオス両者によるピュタゴラス伝と、おそらくピュタゴラス研究において避けては通れない大家と思われるピサ大学の古代哲学史の専門家であるブルーノ・チェントローネの本の三冊を読んで、私が重要だと思った要点を巧くまとめておきたい。
先に述べた、ピュタゴラス本人の教説が謎に包まれているということは、チェントローネも「ギリシア哲学の中で、最も議論の絶えない一章をなす」という表現を彼に与えていることからもその一端が窺える。
残されているピュタゴラス派のものと思われる資料も、「偽ピュタゴラス派」や数知れない偽作などで膨大な量に及び、何を信頼すべき正統的典拠とするかで専門家も非常に悩んでいるような印象を受けた。
チェントローネは、やはりアリストテレスの『形而上学』と、プラトンの『ピレボス』や『パイドロス』などでの、ピュタゴラスに関する言及には一定の信頼を置いているようである。
まずはじめに、ピュタゴラス派がどういう思想を展開したのか、錯綜する本の解説からまとめなおす作業が必要だろう。
私には、チェントローネの研究書ですら、やはりどこか錯綜して重要なその「思想」の骨子とはあまり無関係な言述にページを割いている気がするからである。
そこで、まずは一定の信頼度を寄せても良いと思われる、ディカイアルゴスによるピュタゴラス派の教えのポイントをまとめておく。

・霊魂は不死である。
・肉体の死後、人は別種の生物へ移ることがある。
・ある周期で、かつてあったものは再生し、絶対的に新しいものは何一つ無い。
・全て、霊魂を有する存在者は同じ種に属している。



以上が、ピュタゴラス派の教えとして現在にも伝わっているものの、ごく簡単な概略であるが、どれも突出して謎めいているという他無い。
ピュタゴラス派とは無関係かもしれないが、ピュタゴラス以前に、アナクシマンドロスも「無数の宇宙が同時に互いに独立して存在する」という、17世紀バロック時代のライプニッツの「可能的世界」説を先取りした思想を展開していたようで、これもまた非常に神秘的で興味深いところである。
我々の目下の関心は、ピュタゴラスである。
彼は、仏教的な「業報輪廻」(悪いことをすればその報いとして下等な生物に転生する)を信じていたとされている記述が、プラトンの『パイドロス』に存在し、こうした輪廻観は「アドラステイアの掟」と呼称されていたようだが、実はプラトンがピュタゴラスに帰したこの考え自体も本当に彼本人の思想なのか不明である。
アイリアノスの『ギリシア奇談集』には、「口伝」として伝わる彼の教えが残っている。
これらは、どれもその内容においては正確であるようなので、確実性は高いと思われる。

「デルポイの神託とは何か。数秘三角形なり」

「最も智恵あるものは何か。数なり」

「至福者の島とは何か。太陽と月なり」



これに、付記しておかねばならないもう一つの重要な教えがある。
それは、「霊魂とは、自己を動かす数である」という教えである。
ピュタゴラス派は、人間の肉体に宿る霊魂も、「数」に還元して思考していたと考えられる。
彼らがアリスモロジー(数理学)を実在する全ての存在と一体化させて考えていたことは、まず間違いない。
そもそも、ピュタゴラスというその名前なのだが、実はこれは「アポロン」の枕詞から生成されているのである。

「ピュティオス」(アポロンの枕詞)+「アゴレウエイン」(述べる)
=「ピュタゴラス」(アポロンに劣らず真理を述べる者)



ピュタゴラスをアポロン神と、あるいはその神官の末裔と同一視する資料は、いわば彼を「伝説化」する人々の著作に顕著な特徴である。
私がここでどうしても記録しておきたいのは、むしろ彼らの「数秘術」である。
これについても、私が読んだ本が三冊に過ぎない点と、それらの本自体でも資料性の少なさを自覚し合っているので、なかなか一筋縄にはいかない。
しかし、まとめておく意義は十二分にある。
(何故なら、これらについてボルヘスは一言も言及していないのだから)。

先ほど、「霊魂も数である」という説を紹介したが、実はフィロポノスが『デ・アニマ注釈』の中で、霊魂が何故、数であるかに言及している。
フィロポノスの以下の解説がピュタゴラス派に属するか、またピュタゴラス本人に属するかは不明であるが興味深いのは事実である。
彼によると、霊魂は4つの基本的性質から構成されており、それらの性質全てが「数」に還元できるという。

1・・・ヌース(直知)
2・・・エピステーメー(学術的知識)
3・・・ドクサ(意見)
4・・・アイステーシス(感覚)



こうしたことから判るように、霊魂を四つの基本的性質に分解し、それぞれに数を振り当てるという思想が存在していたものと考えられる。
ここからが面白いのだが、実はこれらの総和、すなわち「霊魂数」は、1+2+3+4=10であり、この10は「調和数」であると同時に、ピュタゴラス派が「真理」そのものと同義であるとした、名高い「テトラクテュス(数秘三角形)」を構成する数10と一致するという事実である。
テトラクテュスとは、10の点を正三角形に並べて配置した図として示され、ピュタゴラス派によって神聖視されたものである。
来歴を述べると、それまでの古代ギリシアでは宗教的儀礼において「動物犠牲」が多く、それも三つの異なる動物を三副対にして神に捧げるという、いわゆる「トリクテュス」が支配的であったという。
血を好まず沈黙と瞑想を愛するピュタゴラスは、これに反対して「動物」を媒介にして神に接近するのではなく、幾何学的図形が持つ力を信じて神へ接近できるような新しいシステムを考案した。
彼らが万物を数に還元するのは、全ての事物は、「数を持つ」ということを信じていたためである。
彼らにとって存在論とは、まさに数学と一体化していたわけだ。
では、何故ピュタゴラス派はそれほどまでに、この10という数字を崇拝したのだろうか?
これには幾つかの説が存在する。

・「数える」という作業は、世界中ほぼどこの民族においても1から10までで完了する。11以上はその反復に過ぎない。

・10は、奇数1、3、5、7、9と、偶数2、4、6、8、10をそれぞれ5つずつ包含する。

・10は素数1、2、3、5、7と、複合数4、6、8、9、10をそれぞれ5つずつ包含する。

・点を1、二点から生じる線を2、線から生じる平面図形を3、平面図形から生じる幾何学的立体を4とすれば、世界に存在する全ての点、線、図形、立体は、1+2+3+4=10で表現可能である。



こうした10が「調和数」であり、全ての宇宙を包含しているという特異な数秘観は、スペウシッポスやセクストス・エンペイリコスも伝えている。
私はここで、彼らが「数える」というその単純な行為に、もしかすると「祈り」に近い何か宗教的観念を持っていたのではないか、という仮説を提示しておきたい。
というのは、キリスト教においても「祈り」は極めて重要な宗教生活の基礎であるが、宗教的結社を組織していたとも伝えられているピュタゴラス派が、「数える」ことや、「図形を描くこと」に安らぎを見出していたことは、テトラクテュスに対する信仰心からしても、平易に想像できるものだからである。
ピュタゴラス派についての言及も多いアリストテレスであるが、実は彼には内部向け書物である『形而上学』以外に、『ピュタゴラス派について』という重要な書物があったとされている。
不幸なことにこの書は現存しない。
しかし、アリストテレスは『形而上学』の中で、ピュタゴラス派の特質を「事物を離れて単独で存在している数はない」ことを信じる点や、「事物のそれぞれは、それに内在する数のある情態である」と考える点などに認めている。
10に並んで重要な数字は、1と216である。
1については最後に記すが、216を重視したのはなかなか興味深いエピソードである。
というのは、実はピュタゴラスは伝承上では前世において猟師ピュロンだったとされており、彼が死んでピュタゴラスが生まれるまでの期間が、ちょうど216年であるとされているからである。
216とは何であるのか?
これは、一辺が3、4、5の立方体にそれぞれ水を入れて、全て合わせた容積である。(3の三乗+4の三乗+5の三乗)
3、4、5を各辺に持つ図形といえば、直角三角形であるが、216はこの図形の各辺の三乗の和である。
正三角形と同じく、3、4、5の辺の長さを持つ直角三角形は古代ギリシアにおいて神聖視された図形であった。
例えばプラトンは『国家』の中で、「完全な国家」が衰滅するまでの総期間は36000年であると予言している。
この36000の数字の算出方法は既に知られており、やはり直角三角形をモデルにしているのである。
プラトンによれば3、4、5の辺を持つ三角形は「国家」を象徴している。
その面積3×4×5=60は、「国家」を意味している。
というのは、彼によれば3は「政治家」を、4は「市民」を、5は「法律」を意味し、図形全体で「共同体社会」を象徴化するからだ。
そして、面積60の4乗である12960000は、国家の存続日数を意味する。
これを年数に直すと、先の36000年になるのである。
何故、ピュタゴラスが216を10と並んで神聖視したのかというと、それが「国家を象徴する直角三角形」の各辺の三乗の和だからである。
216にこめられた意味を読み解くコードはまだある。
それはピュタゴラス派に伝わる「結婚数」6の存在である。
これは女性数2と男性数3の積である。
そして、女性数2の立方体の体積と、男性数3の立方体の体積をかけた数(2の三乗×3の三乗)は、216である。
上記のような理由からしか、ピュタゴラス派がなぜ216を神聖視したのかは判らない。
本の解説を精密に照らし合わせた結果、こうした「数に意味を象徴的に賦与する」作業が前提になっていたとしか考えられないのである。
ゆえに、ピュタゴラスは216年の歳月を経て、前世ピュロスから転生したのである。
最後に、「1」について記しておかねばならない。
「1」こそは、起源にして終焉であり、最も簡潔にして最も謎めいた数字である。
プラトンは『ピレボス』の中で、以下のように記している。

「およそ過去にも未来にもいつでも<ある>といわれるものは、<一>と<多>からできているのであり、しかも有限も無限も自己自身のうちに、本来的な同伴者として備えている」



これは、私には極めて重大な教えである気がしてならない。
というのは、ここでプラトンはピュタゴラス派の教えを参照しているのであるが、そこでは<ある>という存在論的な状況の根本を担うコードが、<一>であり、また<多>であるとされているからである。
<一>はギリシア語で「ヘン」、無限は「アペイロン」と呼ばれるが、スペウシッポスの解釈によると、両者は本質において同一である。
というのは、「ある」とは、結局のところ、「一」であり「多」だからだ。
これはキリスト教神学に関心のある者には、すぐさま神の属性であることが思い出されるはずだ。
ただ唯一の一者にして、同時に宇宙に余すところ無く遍在するのはキリスト教神学における「神」の属性である。
プラトンがピュタゴラスの思想の影響を極めて顕著に受けていたことは、アリストテレスも認めている。
したがって、ピュタゴラスもこれに類縁的な思想を持っていたと同定することは自然なのである。
だとすれば、これはまさにピュタゴラス派の数学的神学論といえるだろう。
彼は「1」という数字に、「無限」を見ていた。
これはテトラクテュスである10との類比的な関係性でも述べられるべきだろう。
10は、いわば1でもあるのではないか。
すなわち、1から始まり9へと至り、10にまで達することは、再び1へと回帰することである。
これこそが、ピュタゴラス派が「霊魂」をも「数」に還元した究極の意味内容だったのではないか。
霊魂数10は、「一」であり「多」である超越的存在の前で再び1へと戻るのである。
輪廻の数秘的解釈とは、このようなものになるのではないだろうか。
私には、どうしても霊魂数を10だとしたフィロポノスの意見と、ピュタゴラス派がテトラクテュスの数10にこめた意味が、重なり合って、「輪廻」を示そうとしていたように思えて仕方ないのである。
人間は、前世の人間の死後、216年の歳月を経て現世に転生する。
そして現世で成長するに連れて、霊魂数は10に達する。
すると、肉体を離れた霊魂はピュタゴラス派が想定したであろう死後の世界で、1となる。
しかしこの1は、かつての10を潜在させているのである。
この1には、かつての10の全てが記憶されている。
こうすることで、カルデックやフラマリオンが提唱した「輪廻」における、霊魂の前世記憶の蘇生(いわゆるアナムネーシス)は説明できるだろう。
ピュタゴラスと、フィロポノスの功績とは、まさに霊魂を数に還元し、テトラクテュスとして「完全数10」を示した上で、神を10ではなく「一」と「多」と規定することにより、霊魂の旅のプロセスにおける「霊魂数の変容」を示唆したものと想定される。

以上の考察を踏まえた上で、再び「霊魂数の変容」を整理しておこう。
まず、10という数字には、テトラクテュスを構成する点の数に等しいので「完全数」や「調和数」という意味が存在する。
この10は、それだけではなく、フィロポノスによると霊魂数でもある。
そして、プラトンの『ピレボス』にあるように、「ある」という「存在」そのものは、(聖書では、神がアブラハムに対して、自分を「ある、というものである」と告げたことを思い出そう)「神」を意味し、それは「一」であると同時に「多」として宇宙に遍在する。
1はいわば、霊魂数10が神に合一する瞬間に生起する減法ではないか。
死後の世界において、霊魂数10は神と合一することで、宇宙と等しい「多」=「無限大」になると同時に、「一」=「1」となる。
そうして、再び新しい肉体へと転生するのである。
その転生に必要な期間が、ピュタゴラス派の伝承では216年で、これは考え方を変えると、ピュタゴラスですら216年を要したということに他ならない。
こうした「霊魂数の輪廻による変容」については、私が読んだどの本にも記されてはいない。
しかし、資料の少なさを、研究者から信頼度の高いテクストに従って「輪廻」を基軸に「数」に還元して読み解くと、やはりこのような帰結に達するのである。
最後に私は、エンペドクレスが『カタルモイ(浄め)』の中でピュタゴラスを称賛して記した言葉を引用しておきたい。

「まことに彼がひとたびその全精神をあげて自分をさしのべる時は、彼はおよそ存在する全てのものの一つをやすやすと見て取った――十たびも二十たびも繰り返された人間の生涯において」





「参考リスト」

ピュタゴラス派―その生と哲学 ピュタゴラス派―その生と哲学
(2000/01/24)
ブルーノ チェントローネ

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ポルピュリオス『ピタゴラスの生涯』―付録:黄金の詩 ポルピュリオス『ピタゴラスの生涯』―付録:黄金の詩
(2007/09)
水地 宗明

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ピュタゴラス伝 (叢書アレクサンドリア図書館) ピュタゴラス伝 (叢書アレクサンドリア図書館)
(2000/01)
イアンブリコス、Iamblichi 他

http://borges.blog118.fc2.com/blog-entry-1043.html
† VANILLA PLIEST †



   




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