INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2011/12/11

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2011年12月11日(Sun)▲ページの先頭へ
同一性と物質:植物の差異共振と人間の場合の二重差異共振
これも既述済みだが、復習である。
 凸i主導性は差異凹iに自己反射(投影)して、同一性自己を形成するのである。これは、物質的自己(自我)である。
 しかし、人間以外はどうだろうか。例えば、植物の場合は。
 これは人間と同様に、凸i主導性があり、それで物質体が形成されると見ていいのではないだろうか。
 しかしながら、植物の場合は自我凸iはないから、少し視点を変える必要がある。
 先に述べたように、MP1(虚軸の原点)で差異共振(氣、エーテル体、生命力)が形成される。そして、これが、media pointから螺旋状に物質的生命体を形成すると考えられるのである。Vector Modeである。
 ここでは、人間の場合のように、凸i主導性はないと考えられる。
 人間の場合は、

(凹i/凸i)*(凸i/凹i)⇒凸(+1) ・・・ A

だと先に述べた。これを展開すると、

(凹i*凸i)/(凸i*凹i)⇒凸(+1) ・・・ B

となるのではないだろうか。(参考:
超越的存在とプラトンの善の太陽:マニ教の光とmedia point twilight (12/04)
http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-1768.html)
 今は作業仮説であるが、凹i*凸iが自己性をもたらし、
凸i*凹iが物質性を導くということではないだろうか。
 単に植物の場合とは異なり、人間の場合は、二重の差異共振が関係していると思われるのである。
 思うに、Aの式の方が明快であろう。凹i/凸iは物質志向であり、凸i/凹iは精神志向であるように思える。
 Bの式で見ると、凹i*凸iが精神志向であり、凸i*凹iが物質志向であるように思える。
 とまれ、人間の場合、植物と異なるのは以上のような屈折が方程式に入るからではないだろうか。
 思うに、私が言う人間における(連続的)同一性志向とは、A式では、凹i/凸iであり、B式では凸i*凹iであると思われる。
 それに対して、差異志向(精神志向)はA式では凸i/凹iであり、B式では凹i*凸iであるように思えるのである。
 今はここで留める。


悪とは何か:第四象限と他者:不連続化、純粋差異化と第三象限
悪とは何か:その2:第四象限と他者:不連続化、純粋差異化と第三象限

テーマ:evilness, egotism

先に(悪とは何か http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11103585697.html)悪の根拠について考察してみたが、同一性の問題と結びつける必要がある。
 しかし、これは自明である。media pointからの連続化によって、自己同一性(自我)が形成されるが、そのとき、凸iと凹iは一致しているからである。即ち、悪の根拠の凹iは凸i(同一性)と結合しているということである。
 結局、他者性(魂)の有無が悪の問題の一つの中核的問題である。
 悪は同一性主義によって、他者(差異)を否定するのであり、他者は利己主義の対象となるのである。言い換えると、他者は物体化、物質化するのである。
 問題は、他者とは何かである。これまで、他者は凹iとしたが、これが凸と結合すると、悪になるのである。しかし、他者は単に凹iでいいのだろうか。
 所謂、道徳は第二象限に存する。それは規範的な倫理である。
 それに対して、第三象限の道徳・倫理があると考えられる。それは内在的な個的道徳・倫理である。
 他者性は根本的にはここに関係すると推察されるのである。
 ここで、不連続性の問題に戻って考えると、不連続的差異(絶対的差異)とは、端的に、凹iである。つまり、連続性(連続的同一性)である凸(+1)からの切断によって、凹iが独立することである。言い換えると、凸iと凹iが分離するのである。
 このとき、凸i(知性)の立ち位置が微妙である。それは、同一性(凸)、物質、外界との関係をもつと同時に、凹iと極性を形成して、差異共振作用をもつ のである。(思うに、カントの純粋理性とはこの凸iの二重性を問題にしているだろう。しかし、カントは凹iの視点をもたなかったので、アンチノミー、背理 しか見なかったと考えられる。)
 とまれ、不連続化によって、凹iが独立し、第三象限への道が開けるのである。東洋・日本の道である。
 だから、他者凹iとは第三象限と結びつく存在と考えるべきである。
 しかしながら、例えば、「心」、「良心」、「善意」、「心情」、「魂」という場合、それは、まだ、第三象限へは達していない前段階と考えられる。言い換 えると、不連続化以前である。一種未分化である。不連続化できて、他者凹iは第三象限(内在的超越性領域)へと結びつくのである。
 では、端的に、不連続化とは何であろうか。それは認識行為である。精神の領域での行為、観念的行為である。認識的進化と言ってもいいだろう。それは、純粋差異化と呼んでもいいだろう。
 では、純粋差異化の仕組みはどういうものだろうか。これも結局は既述済みである。即ち、自己は凸i主導的であり、そのために、凹iは連続化を被っているのである。
 つまり、凸iがもつ連続的志向が凹iに作用して、凹iとの連続性を保持しているのである。しかし、純粋差異化によって、凸iの主導性が覆り、凹iの独立性が形成されるという事態が生起することである。
 言い換えると、価値転換、自己のコペルニクス的転回である。あるいは、価値の東洋化、ないし、母権化である。
 政治的に言うと、真の民主主義、経済的に言うと、真の自由主義の形成の出発点である。
 そして、自由主義は、差異共振化をもつために、自由共同体主義となるのである。それは差異共振的資本主義であろう。そう、新しい民主主義も差異共振的民主主義となるだろう。




悪とは何か
テーマ:evilness, egotism

今は、簡単に指摘するに留める。
 本件の問題は、人間認識図から言えば、第四象限に属する。つまり、凹iと凸が結合した領域である。
 私の直観は、凹iはシュタイナーの説くアストラル体(感性体)と等価であるので、凹iが陶冶されない場合、それが、物質凸と結合して悪となるのではないということである。
 つまり、凹iは粗野のままでは、欲望の渦であり、それが、物質と結合して、第四象限を形成するように思えるのである。
 もし、凹iが教化されるならば、それは、他者性をもち、media point形成への出発点となると考えられる。
 とまれ、悪とは粗野な凹iが物質凸と結びつくのであるが、凸iはこの場合、凹iに隷属しているように思える。
 凸iが形成する同一性は粗野な凹iに従属して、都合のいい、つまり、一時的なもののように思える。
 つまり、嘘、詐欺、虚偽である。利己的欲望のために、同一性を利用して、欺すのである。
 そうならば、悪とは、「教養」を欠落した存在であると言えるのではないだろうか。
 そう、凹iを教化する「教養」の欠落である。「教養」とは、本来、知恵、叡知、文化の謂いである。
 近代「文化」は物質文化であるために、この「教養」を欠落するのである。故に、人間は悪へと傾斜すると考えられる。
 資本主義が新自由主義ないし国家資本主義になるのも、「教養」の欠落、言い換えると、魂の欠落に拠ると
考えられるのである。
 言い換えると、精神の貧困、心の貧しさに拠るのである。
 民主主義も結局、「教養」がなけられば、愚民主義、衆愚政治になるほかないのである。
 今はここで留める。


参照:
ガウス平面で表した人間認識の図

original concept picture of kaisetsu

(海舌が考えた人間認識世界の概念図)

http://photozou.jp/photo/show/240326/40644208

http://googleads.g.doubleclick.net/aclk?sa=l&ai=BbLAmwCzkTtb5EYPrkAXksoCVCLSptuACtPnS0jq8idTthgGA_qwNEAEYASDeppQKKAM4AFCT1dzk_P____8BYInrx4T4E6AB5K2J2AOyAQlhbWVibG8uanDIAQHaATZodHRwOi8vYW1lYmxvLmpwL25lb21hbmljaGFlaXNtL2VudHJ5LTExMTAzNTg1Njk3Lmh0bWyAAgGpAoM7to2-qUs-wAIFyALUqugWqAMB6APFCOgDDugDiAT1AwAAAMT1AwAAQBA&num=1&sig=AOD64_0DPkxjAiEUT5AX6SenrZ0gZILNcw&client=ca-cyberagent-ameblo_js&adurl=http://wimax-toppa.jp



   




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