INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2011/02/14

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2011年02月14日(Mon)▲ページの先頭へ
今や日本は二流、三流国である:知的衰退の日本
日本の衰退は、知的レベルの衰退に拠ると考えられる。ゆとり教育という亡国教育があった。しかし、それに対して、どれだけ、自衛手段をとった個民がいただろうか。
 政府に依存しているのが誤りである。自分で生きる道を切り開く必要がある。だからと言って、社会保障を削減すればいいということでもない。民主主義ならば、国民の生活を守る義務がある。
 思うに、いったい、どこで、日本人はスポイルされてしまったのか。直観では、伝統文化が伝承されていないのである。ここに問題がある。
 三島由紀夫が問題にしたように、戦後文化の問題があるのである。
 これまで何度も述べたように、連合国は、日本文化を否定して、近代合理主義を植え付けたのである。この洗脳が利いている。
 そう、近代合理主義、言い換えると、近代的自我が日本人の精神を狂わせたと考えられる。唯物論、自我中心主義になったのである。
 とまれ、日本文化は基本的には母権文化であるが、それが、江戸・東京を中心とする父権文化に支配されてきたと考えられる。
 言い換えると、東京的自我・悪魔主義が日本文化を歪めているのである。それに対して、日本母権文化は、非力である。沖縄の問題もここにあると言えよう。
 いったい、どこで日本は狂ってしまったのか。私は、現代日本人の自我中心主義が狂っていると思っているが、その発端は何なのか。
 日本母権主義にその狂気をもたらすものがなかったのか。
 問題は超越性であると思う。本来、日本文化には、超越性があった。それが、根絶やしになったと言えよう。思うに、日本的超越性を喪失した根因は、教育者、知識人が近代的合理主義に染まったことにあると思う。それが、素朴な民衆を洗脳したのである。
 しかし、近代合理主義に染まる人間は基本的に個の貧弱な人間である。劣弱な人格である。
 私は、高貴な差異と劣弱な差異を指摘したが、前者は母権タイプであり、後者が父権タイプである。しかるに、後者が前者を排除して、近代日本を狂わせたと思う。悪魔が勝利したのである。そして、今や、日本は、悪魔の政治となったのである。

追記:やはり、国学に問題があると思う。私は本居宣長に対して強い疑念をもっている。
 先に述べたように、古代日本において、アジア的母権多元複合文化が形成されたが、同時に、ユダヤ的父権一神教的文化がもたらされたのではないだろうか。
 両者が交差するのが日本史ではないのか。そして、近世以降、ユダヤ的父権的一神教が伸張したのではないのか。それが、尊王攘夷主義を生んだと思われるのである。そして、それが、明治近代を形成して、日本を破滅させたのではなかったか。
 因みに、先に述べたように、坂本龍馬らに拠る明治維新は日本的母権主義に拠るものと考えられるのである。この日本本来の伝統文化が明治以降、否定されてきたと考えられるのである。
 そう、日本には二つの文化があるのであり、日本父権主義は最低・最悪のものである。自己中心的であり、売国・亡国的なのである。

追記2:日本伝統文化と戦後文化の違いを明晰にする指標は、思考のベースに肚があるか否かである。

追記3:上述の随想の主旨を、今の考えを入れて、整理すると、日本文化は、二重性、二面性の文化である。即ち、アジア的母権複合文化と父権文化(これは、一神教であるかどうかは不明であるとする)である。しかしながら、本来、前者が主であり、後者は従であり、それが、混淆して日本伝統文化を形成した。
 思うに、問題は、やはり、江戸時代である。ここで、国学において、キリスト教が入ってきて、一神教的文化がもたらされたと思われる。平田篤胤の神道は、キリスト教化されたものである。そして、本居宣長に拠る大和心と漢心の区別・差別が生まれた。これは、近世的自我主義である。
 そして、これらの国学から、尊王攘夷主義の狂信的な排外的なナショナリズムが生まれる。
 だから、本来、母権主父権従のヒエラルキーが、江戸時代において、崩壊して、父権が一神教化して伸張して、少なくとも、母権と父権が相並ぶようになったか、あるいは、父権が母権を凌駕する事態にまでなった。とにかく、日本伝統文化のヒエラルキーが崩壊して、父権が母権に対して、支配力を行使するようになったという個と仮説する。
 その後、江戸幕府が腐敗して行き、開国主義が広がる。その時、伝統文化の母権主義の覚醒と一神教的父権主義の尊王攘夷主義の二重構造が生じたのであるが、前者が主導して、明治維新を果たすのである。しかしながら、明治政府は、後者、狂信的な排外的ナショナリズムの一神教的父権主義が支配し、前者の覚醒した母権文化を排除していき、アジア、太平洋における侵略戦争をもたらして、自滅したのである。
 そして、連合国に拠る支配の下に、近代合理主義が金科玉条となり、それ以前の日本伝統文化が排除されたのである。しかし、父権的形式は残存したのであり、それが、戦後の政治等の枠組みを作ったと考えられる。即ち、戦後日本は、日本伝統文化、アジア複合母権文化が徹底的に排除された時代となったと考えられる。
 そうすると、日本伝統文化の衰退は、二重の原因があるということになる。
 一つは、江戸時代から明治時代における父権主義の勃興。
 一つは、戦後における日本母権伝統文化の排除。
 これら二つの根因によって、日本伝統文化は根こそぎにされて、日本人は近代合理主義、唯物論的自我主義に染まってしまい、自己を喪失して、今や、亡国となったのである。
 有り体に言えば、優れた人間、民衆や指導者を含めて、きわめて、少なくなったのである。優れた人物が、残念ながら、日本に生まれなくなったのである。

追記4:果たして、二つの日本文化、即ち、母権文化と父権文化があると言っていいのだろうか。追記3に拠るならば、父権文化は導入されたキリスト教の影響が考えられるので、日本本来のものではないということになろう。
 そう、儒教文化もあるが、それが、母権文化と共存していたと思うので、儒教的一面主義はなかったと思う。
 また、考えるべき問題は、日ユ同祖論である。確かに、古代日本において、ユダヤ人が渡来した可能性はある。そこで、ユダヤ教的一神教をもたらした可能性は考えられるのである。
 しかし、そうではあっても、根源的アジア母権文化とユダヤ教的父権文化が、古代日本においては、「同居」、共存していたのではないだろうか。つまり、天皇が媒介になって両者を共存させていたのではなかったか。つまり、母権ベースに、天皇を中核とした、父権文化の取り込みである。
 これは、考えられうることである。この場合、父権文化は実に、母権的色合いをもつのである。そう、ギリシア神話を考えるといい。ゼウスには、母権的要素が濃厚なのである。やはり、古代日本は、古代ギリシアの母権ベースの父権的習合を対比させた視点で見るといいのではないだろうか。新しい母権文化がそこで生まれたということになる。
 しかしながら、上記で指摘した日本父権文化、キリスト教が導入された国学的父権文化は、その古代的母権ベースの父権的複合とは明らかに異なると考えられる。
 それは、明らかに、アジア的母権複合文化を排除しているからである。だから、やはり、日本父権主義の根因は、そこに見るのが的確だと思う。だから、二つの文化が日本にあるのではなく、江戸時代において、異質な文化が日本に導入されたと見るべきである。本来、日本文化はアジア母権複合文化であり、一つの文化であるが、それが、江戸時代におけるキリスト教の導入によって、異質な父権主義が混ざり、日本文化の霊統・血統が蝕まれたと考えるべきである。
 


米国の世界トランス・モダン(自由共同体民主主義)戦略とエジプト維新
田中宇氏の以下の記事は私が先に書いた考察(エジプト政変とは何か:用意周到な戦略的動き:アジア・アフリカの帝国的民主化:トランス・モダン世界 )の一種の証左になる重要なものと考えられるので、全文転載させていただく。



やがてイスラム主義の国になるエジプト
2011年2月12日  田中 宇

 2月11日夜、エジプトのムバラク大統領が辞任した。ムバラクは辞任の前日、かねてから親しかったイスラエル労働党の国会議員ベンエリエゼル(Ben- Eliezer。元国防相)と電話で20分間話した。その中でムバラクは「米政府は中東の民主化を支持すると言うが、彼らは、自分たちが言っていることの意味を理解していない。中東を民主化すると、米国を敵視するイスラム過激派の国ばかりになってしまうのに、米政府はいつまでもそのことに気づかない」と述べ、米国を非難するとともに、自分が米国から疎んぜられていることを嘆いた。(Mubarak slammed U.S. in phone call with Israeli MK before resignation )

 米政府は1979年のイラン革命で、民衆が蜂起してイラン国王を追放することを「民主化」として支持したが、それは結局、ホメイニ師らイスラム主義勢力がイランの政権をとって親米的なリベラル派や軍幹部を粛清し、今に続く反米的なイスラム主義政権ができることにつながった。また米政府は2005年、ブッシュ政権が推進した「中東民主化」の一環としてパレスチナで民主的な選挙を行わせた。イスラエルやパレスチナ自治政府(PA)は「真に民主的な選挙をやれば、反米イスラム主義のハマスが勝ってしまう」と反対したが、米政府は聞かずにPAに選挙を実施させ、その結果ハマスが大勝した。事後になって、米国やPAは何とかハマスに政権をとらせまいと画策し、西岸の政権交代を阻止したが、ガザをハマスにとられてしまった。(イスラム共和国の表と裏(1)乗っ取られた革命 )(ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」 )

 ムバラクは、これらの例をふまえて「米政府は、中東を本気で民主化するとイスラム過激派の国ばかりになることを、過去の教訓から理解できるはずなのに、理想主義にふけってそれに気づかず、今またエジプトの民主化運動を支援し、自分が大統領職から追い落とされることを容認しようとしている。エジプトの政権転覆を容認したら、政権転覆が他のアラブ諸国に飛び火し、エジプトだけでなく中東全域が反米的なイスラム過激派の国になってしまうのに、米政府はそんなこともわかろうとしない」と米国を非難したのだった。

 ムバラクは2月11日、エジプトの軍部によって大統領職を追われた。3週間におよぶ民衆の反政府運動がムバラクを追い落としたことになっているが、実際には、この50年間エジプトの権力を黒幕的に支えてきた軍部がムバラクを支持する限り、何百万人の群衆が集まろうが、ムバラクは無視して大統領にとどまり、そのうち群衆はあきらめて帰宅する。軍が反政府の国民運動に同調し、ムバラクに辞任を求めた結果、ムバラクは権力を失った。

 それでは、軍はなぜムバラクを追い出したのか。ムバラクの独裁に嫌気がさしたから?。民意を尊重したから?。いずれも違うだろう。独裁をやめて民主化したら、イスラム主義のイスラム同胞団が与党になり、革命後のイランのように、イスラム主義者が世俗的な軍部を潰しにかかるだろうことを、軍は良く知っており、軍幹部はムバラクと一緒にイスラム同胞団を弾圧し、選挙不正を良いことと考えてきた。

 軍部が民衆運動を支持してムバラクを追い出したのは、エジプトの軍隊を育成した「軍部の親玉」である米政府が民衆運動を支持し、エジプト軍に対し、民衆の味方をしろと裏で圧力をかけたからだろう。米オバマ政権は、エジプトの民主化を支持すると繰り返し表明し、そのたびに民衆運動は扇動されて大胆になり、ムバラクが辞めるまで運動をやめないと断言した。軍部はそれに引きずられ、最初はムバラクに政治改革を約束させ、それでも米国に扇動された民衆運動が納得しないので、最後には軍はムバラクを追い出した。ムバラクの追放は米国の差し金なので、ムバラクは米国を非難したのだった。

▼米国の理想主義でアラブ親米諸国政府は存亡の危機に

 イスラエルの議員はムバラクの愚痴の聞き役だったが、単なる聞き役ではなく、米国の頓珍漢な理想主義に迷惑しているのはイスラエルも同じであり、イスラエルもムバラクと同じ気持ちのはずだ。イスラエルのネタニヤフ首相は、エジプト革命について、79年のイラン革命のようにイスラム主義に席巻されていき、最後はイスラム同胞団が権力につくだろうと警告している。サウジアラビアやヨルダン、パレスチナ自治政府の権力者たちも、イスラエルやムバラクと同じ気持ちだろう。サウジ国王は「米政府は(民主化という理想主義にふけって)後のことを全く考えず、ムバラクの追放を支持しようとしている」と再三にわたり、米国の戦略を批判していた。(Back off Hosni Mubarak, Saudi King Abdullah warns Barack Obama )

 サウジ政府は「米国がムバラク政権を見捨てても、サウジが金を出してムバラク政権を助ける」とまで言っていたが、ムバラクの辞任が不可避になってきた2月10日以降、態度を「ムバラク支持」から「中立」に転換し、ムバラク辞任の巻き添えでサウジ王家のイメージが悪化することを避けた。(Riyadh rethinks stance on `popular revolt' )

 サウジやヨルダン、イエメン、クウェートなど、アラブの親米国の政府は、いずれも独裁的な王政か終身的な大統領の政権だ。エジプト革命の映像は、アルジャジーラやアルアラビアといったアラブ全域をカバーする衛星テレビ放送によって即時中継され、アラブ諸国の人々を「自分の国の独裁政権も転覆できるのではないか」という気持ちにさせている。米政府は、エジプトだけでなくアラブ全域の民主化を歓迎しており、アラブ諸国の反政府活動家は、自分たちも頑張れば米国に支持され、独裁政権を転覆できると奮起している。サウジやヨルダンなどの親米アラブ諸国の権力者たちは、米国の理想主義が自分たちを破滅させかねないと苛立ち、ムバラクやネタニヤフと全く同じ気持ちだろう。

 イスラエル政府は少し前まで「ムバラクが辞めたら、イスラム同胞団の政権が不可避となる」という見方をしていたが、米国の「専門家」の間では「エジプトでは今のところ、イスラム同胞団が最も良く組織された野党勢力であるのは事実だが、今後時間をかければリベラル派の野党が育ち、同胞団をしのぐ勢力になる。民主化してもイスラム主義の政権ができる懸念は低い」という見方が強い。「イスラエルは同胞団の脅威を過剰に見積もり、エジプトの民主化を阻害している」と、親イスラエルだったはずの米共和党系のネオコン(ブッシュ政権で中東民主化やイラク侵攻を推進した勢力)がイスラエル批判をしている。(In backing change in Egypt, U.S. neoconservatives split with Israeli allies )

 ネオコンに非難され、ムバラクの辞任も不可避と知ったイスラエル政府は、数日前から「ムバラクが辞めても軍部が政権を握る限り、エジプトがイスラム主義に陥ることはない」という言い方に変えた。しかし実際には、イスラム同胞団についての見立てについて、米国のネオコンは間違っており、従来のイスラエルの方が正しい。米政府は、エジプトで軍部がずっと政権を握ることを許さず、真に民主的な選挙を求めるだろう。そうなるとイスラム同胞団が与党もしくは連立与党の一角を占めることになる。

 イスラム同胞団は、エジプト政府によって政党組織になることを禁じられているが、同胞団員は無所属として議会に立候補できる。05年の総選挙では、投票の前半の段階で、イスラム同胞団系の勢力が改選議席165のうち88議席をとっていた。だがこの事態をみた当局は、同胞団の支持者が多い選挙区に警察を繰り出し、投票に行こうとする有権者を抑止して投票を阻害し、同胞団の当選者の増加を止めた。結局、エジプト議会の全454議席のうち88議席が同胞団となるにとどまったが、それでも同胞団は事実上の野党第一党となった。もし当局が選挙の後半戦で同胞団の支持者を抑止する不正をしていなければ、同胞団の議席は200以上になっていたかもしれない。(Tide turns in favor of Egypt's Muslim Brotherhood )

 ムバラク政権を支持してきた米政府は、長くイスラム同胞団を嫌っていたが、05年の選挙後、在エジプト米大使館がイスラム同胞団の議員らと交流を開始した。ムバラク政権は米政府に対し、イスラム同胞団と接触しないよう求めたが、米側は「野党議員との懇談はどこの国の米国大使館もやっていることで、やめるわけにはいかない」とうそぶいていた。今回のエジプト革命の勃発後、米政府は「エジプトの民主政権には、非世俗系の主要勢力も含まれる必要がある」と表明し、同胞団の政権入りを歓迎している。(U.S. reexamining its relationship with Muslim Brotherhood opposition group )

▼自分を弱く見せているイスラム同胞団

 イスラム同胞団は1928年に結成された、近代の政治的枠組みに沿った世界最初のイスラム政党だ。独立直後のエジプトで設立されたが、アラブ全体をイスラム主義の政治体制で統合して一つの国家(カリフ)にすることを目標に掲げ、すべてのアラブ諸国に支部組織を持っている。同胞団は、世界最大規模のイスラム政党でもある。ガザのハマスは、イスラム同胞団のパレスチナ支部の一派閥である。(Muslim Brotherhood From Wikipedia )

 エジプトを含む全アラブをイスラム主義政権にして統一するという同胞団の目標は、歴代のエジプト政府に警戒され、同胞団は弾圧され続けた。ムバラク政権では、先日副大統領になって権力を握ったオマル・スレイマンが、諜報機関のトップとして同胞団の弾圧と解体に注力した。同胞団は、当局による弾圧の中で組織を維持する戦略を身につけ、暴力を非難し、穏健な言動につとめ、イスラム主義を標榜していることすら強く打ち出さないようにしてきた。

 カイロの市街地にある同胞団の本部には、イスラム主義を象徴するものは何も置かれておらず、エジプトの多くのイスラム教徒の家庭の居間に飾ってある、メッカのカーバ神殿の写真すら掲げられていない。同胞団は、今回のエジプト革命における主要な推進役の一つだったが、彼らはイスラム主義のスローガンや横断幕を全く出さず、リベラル系の運動組織と同様、ムバラクの辞任と民主的な選挙を求めただけだった。エジプトのリベラル派は、同胞団の支持者数をエジプト国民の2−3割と概算しているが、同胞団自身は、非合法政党なので党員数を数えたこともないが400万人(国民の6%)ぐらいだろうと言っている。('We Are On Every Street' What the Future May Hold for Egypt's Muslim Brotherhood )

 エジプトにおける同胞団の支持率が、05年選挙の前半戦が示す「165議席中の88議席」つまり単独与党になれる規模なのか、それとも同胞団自身が言っている「6%」なのか、今は判然としない。だが、今回の革命の中で、同胞団が自分たちの力を意図的に小さく見せようとしていることは確かだ。

 報道によると、タハリル広場の入り口で武器持ち込み規制の検問をしていた同胞団員は、へジャブ(スカーフ)をかぶっていない女性たちが来ると歓迎し、積極的にテレビに映るようにしてくれと女性らに頼んでいた。デモ隊がへジャブ姿ばかりだと、同胞団の影響力が強いのだと世界の視聴者に思われかねないからだった。同胞団は、非常に良く組織され、都会の貧困層が多く住む地域に無償の病院や学校を建てて運営したり、食料支援をするなど地道な努力によって、広範な草の根の支持を得ている。(Muslim Brotherhood looks to gains in Egypt protest )

 エジプトの軍部は、イスラム同胞団の台頭を何とか抑えたいだろう。しかし米政府は「真の民主化」を求め続け、エジプト軍部に対し、同胞団を抑圧するなと求め続けるだろう。軍部が米政府の意に反して同胞団を弾圧したら、米政府はエジプト軍を公式に非難し、軍事援助の打ち切りなどの経済制裁をするだろう。エジプトの混乱が長引き、国民が困窮するほど、同胞団の貧困層に対する支援活動が重要なものとみなされ、同胞団に対する支持が増える。米国からの圧力に屈して、軍部が民主的な選挙を許すと、同胞団が与党または連立与党の重要構成員になる。イスラエルが懸念していた「エジプトの民主化はイスラム主義化になる」という事態が実現する。

 エジプトがイスラム主義化していくと、エジプトとガザを一体化しようとする動きが双方から強まる。エジプトとガザの国境には、幅500メートルのイスラエル領(フィラデルフィア・ルート)が挟まっており、イスラエルがそこからの撤退を拒否すると、エジプトとイスラエルの間が険悪になり、最悪の場合、戦争になる。ガザのハマスとイスラエルが戦争になり、そこにエジプトが巻き込まれる展開もあり得る。こうした紛争と平行して、パレスチナ自治政府やヨルダンの王政がイスラム主義勢力によって転覆させられるかもしれない。エジプト革命を受け、ヨルダンで国王が内閣を改造したが、国民の評判は悪い。(「ガザの壁」の崩壊 )

 米国が「中東民主化」を容認し続けると、ヨルダンとパレスチナがイスラム主義に転換し、イスラエルは戦争になり、政権転覆はサウジアラビアにも波及しかねない。サウジ王政が存続できるとしたら、米国を非難してイスラムの大義を支持することが必要だろう。これはサウジ王家が親米から反米に転向し、イスラム同胞団やイランと仲良くすることを意味する。イスラム勢力が原油価格を決める態勢になって相場が高騰し、1970年代の石油危機のように、イスラエルを支持する国に石油を売らないという宣言が出るかもしれない。

▼イスラム帝国が復活する?

 こうした流れがどこまで進むか予測できないが、サウジアラビアがイスラム主義に傾くと、ペルシャ湾岸諸国やパキスタンやアフガニスタンもイスラム化の傾向が強くなり、アラブ全域がイスラム主義で統合的な動きを示す。イスラム同胞団の目標である「カリフ」に近いものが出現するかもしれない。インドネシアやマレーシアなど東アジアのイスラム諸国も、何らかの政治転換をするかもしれない。

 すでにイスラム的な協調をみせているイランとトルコという2大勢力と合わせ、中東はアラブ、イラン、トルコという3つのイスラム勢力が協調する新体制になりうる。米国の影響力は排除され(米議会で台頭する共和党の茶会派は、すでにイラクとアフガンの占領を無意味とみなし、撤退を求めている)、イスラエルは国家存続できない可能性が高くなる。

 このようにエジプトのムバラク辞任は、世界的に巨大な影響を与える事件である。欧米や日本の多くの人々が「エジプトがリベラルな民主主義に転換して欧米化し、みんなハッピー」と思っているかもしれないが、それは幻想だ。欧米人が嫌うイスラム主義が西アジアを席巻する可能性の方が高い。

 米国のマスコミや右派(ネオコン)は、同胞団は大したことないと分析している。だがそれは、03年のイラク侵攻の前後に、彼らが「米軍がフセイン政権を倒すだけで、イラクはリベラルな民主体制になっていく。イラクがイスラム主義化することはない」と言っていたのと同様の、少し考えればすぐにわかる大間違いである。米国のマスコミや右派の中には(ユダヤ人が多いだけに)中東情勢に詳しい人が多いのに、なんでこんな基本的な大間違いを繰り返すのか。(Fears of a Muslim Brotherhood Takeover are Overblown )

 それを「民主化という理想主義に目がくらんでいるから」と単純化して考える人が多いが、米国の上層部の人々は、非常に現実的な世界支配の体制を何十年と維持しており「中東民主化」の部分だけ過剰な理想主義に走ると考えるのは無理がある。間違いの大きさから考えて、プロならやるはずのない「未必の故意」に相当する。

 私はやはり、以前から分析してきたように「米政界が1970年代からイスラエルに牛耳られてきた事態をふりほどくための、親イスラエルのふりをした反イスラエルの、意図的な大間違い」だろうと思っている。もしくは、世界的な覇権体制として見ると、米国が英イスラエルによって縛られている、ユーラシア包囲網の世界戦略から米国と世界を解放し、米英に敵視されてきた地域の経済成長を誘発する多極化戦略の一環としての、意図的な米国覇権の解体再編策であると考えられる。
http://tanakanews.com/110212egypt.htm

憂国通信M版
2011/02/14 11:01

エジプト革命やはり中国に飛び火 ネット民VS政府当局 熾烈なコメント戦争(第四次世界大戦を読む4)



現在アメリカと中国は水面下で激しい経済戦争・情報戦争を展開している。この戦争はこの二カ国だけに限定されてはおらず、お互いに関係国を引きずり込んでいることにより世界規模で展開されている。このような状況はかつてのアメリカ・ソ連による「冷戦」と酷似している。全世界がブロック化し、多額の軍事費が動き、ブロック境界で現実に戦闘も行われたことを考慮に入れて「冷戦」を「第三次世界大戦」と位置づける学者も存在する。本ブログもその説を採用して、現在のアメリカ・中国間の状況を「第四次世界大戦」と呼ぶことにしている。ただし、こんな名称を付けているのは本ブログくらいしかない。この戦争はブロック境界線上に位置する日本も無関係ではない。普天間問題、尖閣問題などは全部第四次世界大戦の影響によって発生した事件なのである。そして今回のエジプト革命も同様だ。背景は中国のアフリカ進出である。急速にアフリカに対して進出した中国に欧米は危機感を抱いていた。アフリカで存在感高める中国、独裁政権支援や新植民地主義に批判―英メディア



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110213-00000003-rcdc-cn




中国が目を付けたのは独裁政権だ。効率的に裏金が使えるので、落としやすかったのである。中国ほど気前よく奮発できない欧米は苦々しく思っていた。アフリカは元々欧米の縄張りである。中国のやっているのは殴り込み以外の何ものでもない。中国に対抗するためには、自分たちを裏切って中国になびいてしまった独裁政権を崩壊させる必要がある。そこでCIAが利用したのがネット通信である。YouTubeもFacebookもWikiLeaksも事実上背後で操っているのはCIAだ。中国の最大の弱点は「非民主化」である。アメリカだって自民党に相当する二大政党が適当に交代しているだけの事実上独裁国家なのだが、表向きは「民主政権」ということになっている。アメリカの貧富の差も酷いが、中国も酷い。中国国民はアメリカ国民ほど洗脳が進んでいないので、ちょっと工作してやればたちまち大混乱に陥るのである。





http://archive.mag2.com/M0061325/20110214110100000.html



極東ブログ

* エジプト争乱、後半戦について

 では私の推測を言おう。



 今回のエジプト争乱の、4日金曜日以降の後半戦の隠された主題は、「4月6日運動」のような親米的な

活動家が運動のグリップを握ることで、ムスリム同胞団など旧来の反政府活動を相対化させる点にあったのではないだろうか。つまり、後半戦は民主化の運動と

いうより、今後のエジプトのレジームへの水路付けだったのではないか。それを念頭に今回の件のオバマ大統領の声明(参照
・参照
)を読むと興味深いだろう。



 加えて、事態が再度緊迫すれば、集会者に惨事を惹起させることで革命のエネルギーとすることは革命家なら誰でも思いつく常套手段であり、それが実施される寸前でガス抜きされなければなかった。つまり、見事なガス抜きでもあった。



 エジプト軍部の内部は米国との関連があるのは旧知のことであり、「4月6日運動」運動もウィキリークスが暴露したように親米的な民主化運動であるなら、当面のエジプトの動向は、いずれにせよ、イラン革命といった道とは違う方向に向かうだろう。

http://news.livedoor.com/article/detail/5341668/?p=2



ウィキリークスがエジプト「4月6日運動」について暴露した2008年12月30日の公電


極東ブログ



グラミー賞 日本人受賞相次ぐ
2月14日 12時0分 twitterでつぶやく(クリックするとNHKサイトを離れます)

アメリカの音楽界で最も権威のあるグラミー賞の最優秀ポップ・インストゥルメンタル・アルバム賞に、人気ロックバンド「B’z」のギタリスト松本孝弘さんとアメリカのギタリストによる共作アルバムが選ばれたのをはじめ、最優秀インストゥルメンタル・ソリスト演奏賞にはピアニストの内田光子さんが選ばれるなど、日本人の受賞が相次ぎました。

B’zの松本さんは、アメリカのギタリスト、ラリー・カールトンさんとの共作アルバム「テイク ユア ピック」で、ポップ部門の楽器演奏で最も優れたアルバムに贈られる、最優秀ポップ・インストゥルメンタル・アルバム賞に選ばれました。また、クラシックのピアニスト、内田光子さんは、オーケストラとの共演で最も優れた演奏をした楽器の演奏家を選ぶ、最優秀インストゥルメンタル・ソリスト演奏賞に選ばれました。このほか、最優秀ニューエージアルバム賞には、大阪出身でカリフォルニア州在住の琴奏者、松山夕貴子さんが参加した、ポール・ウィンター・コンソートによるアルバム「ミホ:ジャーニー・トゥ・ザ・マウンテン」が、最優秀コンテンポラリー・ジャズ・アルバム賞には、静岡県出身のジャズピアニストで現在はアメリカで活躍する上原ひろみさんが参加したバンド「スタンリー・クラーク・バンド」が、それぞれ選ばれています。ことしのグラミー賞は、さまざまな音楽ジャンルで活躍する4人の日本人が相次いで受賞する受賞ラッシュとなりました。グラミー賞は、1958年に創設されたアメリカで最も権威がある音楽賞で、ポピュラー音楽からクラシックまで幅広い分野を対象にしています。アメリカの音楽関係者で作る団体「全米レコーディング芸術科学アカデミー」が主催し、会員による投票で決まります。授賞の対象は、ロックやジャズ、現代音楽やクラシックなど幅広く、全部で100以上の部門があり、このうち、▽年間最優秀レコード賞、▽年間最優秀アルバム賞、▽年間最優秀楽曲賞、▽最優秀新人賞の4つが「主要4部門」とされています。日本人では、▽1987年にデザイナーの石岡瑛子さんが「最優秀アルバム・パッケージ賞」を受賞したのをはじめ、▽1989年に坂本龍一さんが「最優秀映画音楽アルバム賞」を、▽2001年にシンセサイザー奏者の喜多郎さんが「最優秀ニューエージ・アルバム賞」を受賞しています。▽このほか、2008年に太鼓奏者の中村浩二さんが参加したグループが、「最優秀ニューエージ・アルバム賞」を受賞しています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110214/k10014036601000.html


エジプト政変とは何か:用意周到な戦略的動き:アジア・アフリカの帝国的民主化:トランス・モダン世界
だんだん今度のエジプト政変(「革命」)の意味が見えてきた。やはり、米国による用意周到な計画に基づくと考えられる。田中宇氏的に言えば、多極化路線の進展である。(追記:オバマ大統領のカイロ宣言も伏線であろう。)
 これは、一言で言えば、世界経済発展の路線である。独裁主義を排して、民主化を進展させるのである。
 私は先に、最近のある米国映画(複数)に独裁者を打倒するテーマがあるのに気づいたが、どうやら、世界民主化路線に沿っていたと考えられる。
 そうなると、北朝鮮、中国はその対象にされるだろう。中国は民主化への対処を求められると言えようが、中国は、民主化したら、分裂するだろう。しかし、米国の狙いはそこだろう。(追記:思うに、米国や日本も対象となろうし、ロシアだってうかうかできないだろう。)
 思うに、これは一体、何をもたらすのだろうか。思うに、これは、米国本来の自由民主主義、自由共同体主義の志向である。理想主義である。
 しかし、これは、間違ってはいない路線と考えられる。
 これは、自由主義*民主的共同体主義を意味するだろう。正に、トランス・モダン自由共同体主義である。

追記:次の田中宇氏の言葉が、私の直観に親和的である。

やがてイスラム主義の国になるエジプト

私はやはり、以前から分析してきたように「米政界が1970年代からイスラエルに牛耳られてきた事態をふりほどくための、親イスラエルのふりをした反イスラエルの、意図的な大間違い」だろうと思っている。もしくは、世界的な覇権体制として見ると、米国が英イスラエルによって縛られている、ユーラシア包囲網の世界戦略から米国と世界を解放し、米英に敵視されてきた地域の経済成長を誘発する多極化戦略の一環としての、意図的な米国覇権の解体再編策であると考えられる。
http://tanakanews.com/110212egypt.htm

イスラエル「安保の要」失う…ムバラク辞任

特集 中東

 【エルサレム=加藤賢治】イスラエルにとって、エジプトのムバラク前大統領失脚は、自国の安全保障の要を失ったに等しい重大事だ。

 パレスチナとの中東和平交渉でも、親米穏健派のムバラク氏はアラブ諸国とイスラエルとの橋渡し役を務めてきただけに、イスラエルは外交戦略の大幅見直しを迫られることになる。

 エジプト軍最高評議会は12日の声明で、国際協定は順守すると述べ、イスラエルとの平和条約を堅持する姿勢を示した。ただ、イスラエルは、軍による暫定統治が終わった後の議会選ではイスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」が台頭する可能性が高いと見ており、そうなった場合に平和条約の見直しを求める声が高まることを恐れている。エジプトで見直し機運が高まれば、やはりイスラエルと平和条約を結んでいるヨルダンの世論にも影響しかねない。
(2011年2月13日20時36分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110213-OYT1T00452.htm


tanakanews_com

新しい記事を公開しました。「やがてイスラム主義の国になるエジプト」 http://tanakanews.com/110212egypt.htm 約17時間前 webから

やがてイスラム主義の国になるエジプト
2011年2月12日  田中 宇

 2月11日夜、エジプトのムバラク大統領が辞任した。ムバラクは辞任の前日、かねてから親しかったイスラエル労働党の国会議員ベンエリエゼル(Ben- Eliezer。元国防相)と電話で20分間話した。その中でムバラクは「米政府は中東の民主化を支持すると言うが、彼らは、自分たちが言っていることの意味を理解していない。中東を民主化すると、米国を敵視するイスラム過激派の国ばかりになってしまうのに、米政府はいつまでもそのことに気づかない」と述べ、米国を非難するとともに、自分が米国から疎んぜられていることを嘆いた。(Mubarak slammed U.S. in phone call with Israeli MK before resignation )

 米政府は1979年のイラン革命で、民衆が蜂起してイラン国王を追放することを「民主化」として支持したが、それは結局、ホメイニ師らイスラム主義勢力がイランの政権をとって親米的なリベラル派や軍幹部を粛清し、今に続く反米的なイスラム主義政権ができることにつながった。また米政府は2005年、ブッシュ政権が推進した「中東民主化」の一環としてパレスチナで民主的な選挙を行わせた。イスラエルやパレスチナ自治政府(PA)は「真に民主的な選挙をやれば、反米イスラム主義のハマスが勝ってしまう」と反対したが、米政府は聞かずにPAに選挙を実施させ、その結果ハマスが大勝した。事後になって、米国やPAは何とかハマスに政権をとらせまいと画策し、西岸の政権交代を阻止したが、ガザをハマスにとられてしまった。(イスラム共和国の表と裏(1)乗っ取られた革命 )(ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」 )

 ムバラクは、これらの例をふまえて「米政府は、中東を本気で民主化するとイスラム過激派の国ばかりになることを、過去の教訓から理解できるはずなのに、理想主義にふけってそれに気づかず、今またエジプトの民主化運動を支援し、自分が大統領職から追い落とされることを容認しようとしている。エジプトの政権転覆を容認したら、政権転覆が他のアラブ諸国に飛び火し、エジプトだけでなく中東全域が反米的なイスラム過激派の国になってしまうのに、米政府はそんなこともわかろうとしない」と米国を非難したのだった。

 ムバラクは2月11日、エジプトの軍部によって大統領職を追われた。3週間におよぶ民衆の反政府運動がムバラクを追い落としたことになっているが、実際には、この50年間エジプトの権力を黒幕的に支えてきた軍部がムバラクを支持する限り、何百万人の群衆が集まろうが、ムバラクは無視して大統領にとどまり、そのうち群衆はあきらめて帰宅する。軍が反政府の国民運動に同調し、ムバラクに辞任を求めた結果、ムバラクは権力を失った。

 それでは、軍はなぜムバラクを追い出したのか。ムバラクの独裁に嫌気がさしたから?。民意を尊重したから?。いずれも違うだろう。独裁をやめて民主化したら、イスラム主義のイスラム同胞団が与党になり、革命後のイランのように、イスラム主義者が世俗的な軍部を潰しにかかるだろうことを、軍は良く知っており、軍幹部はムバラクと一緒にイスラム同胞団を弾圧し、選挙不正を良いことと考えてきた。

 軍部が民衆運動を支持してムバラクを追い出したのは、エジプトの軍隊を育成した「軍部の親玉」である米政府が民衆運動を支持し、エジプト軍に対し、民衆の味方をしろと裏で圧力をかけたからだろう。米オバマ政権は、エジプトの民主化を支持すると繰り返し表明し、そのたびに民衆運動は扇動されて大胆になり、ムバラクが辞めるまで運動をやめないと断言した。軍部はそれに引きずられ、最初はムバラクに政治改革を約束させ、それでも米国に扇動された民衆運動が納得しないので、最後には軍はムバラクを追い出した。ムバラクの追放は米国の差し金なので、ムバラクは米国を非難したのだった。

http://tanakanews.com/110212egypt.htm


慶祝!! エジプト民主化革命
(02/12)

ウクライナやグルジアの「民主化」がCIA主導でなされたのと違い、今回のエジプトの「民主化」の革命は草莽の民衆の真の革命であり、だから決してアメリカの要請、あるいは資金で始まったものではないにもかかわらず、オバマの姿勢は一貫してこの動きを支持するものだったことを見れば、オバマが実は、このようなエジプト国民の側に立っている、ということが理解できるのだ。ムバラクがエジプトにおけるアメリカの利権の保護者であるにもかかわらず、である。

 エジプト国民の願いは、パレスチナの同胞を支援することにあり、イスラエルの蛮行をエジプト国家として糾弾し、そのイスラエルのシオニスト的好戦的武断的姿勢を改善してもらう点にある。そして勿論、パレスチナ国家の「真」の独立を達成させることにある。

 そしてオバマ大統領の狙いも願いもそこにある。

 従って、次にできるエジプトの新政府は、今までのムバラク体制下で進められてきた「親」イスラエル姿勢の抜本的改善を進めるであろう。つまり、パレスチナ人の人権を無視するようなイスラエルの姿勢が改まらなければ、イスラエルとの外交関係を変更する、ということである。
 
 その可能性があることを知って、オバマ大統領は始めから今回のエジプト民衆の動きを支持してきた。そしてそれは、「民主化」という大義名分があるゆえ誰も反対できないのだ。CIA主導でないから、つまりこの民主化運動ではアメリカ(ユダヤ)の傀儡政権が生まれそうにないから支持できない、とは誰も言えないのだ。アメリカやヨーロッパにいるユダヤ人たちも、悔しいけれども文句を言えないのである。
http://rockway.blog.shinobi.jp/Entry/494/
ROCKWAY EXPRESS


   




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カレンダ
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