INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2010/11

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2010年11月27日(Sat)▲ページの先頭へ
古代日本は古代ギリシアに酷似する:光と闇の陰陽文化:可視的古代ギリシアと不可視的古代日本
天孫降臨の父権的民族は、古代ギリシアの父権的民族に類似する。それは、「アポロ」的民族である。直観では、ゾロアスター教に似た文化をもつ。視覚・美術的民族である。外的志向性をもつ。
 それに対して、土着的先住民がいた。それが、国つ神の民族(縄文・弥生的民族:アジア南方と北方の融合的民族:海洋性と山岳性の融合した民族)であり、古代ギリシアでは、母権的な農耕民族、且つ、東地中海の海洋的民族、即ち、「ディオニュソス」的な民族である。これは聴覚・音楽的民族である。内的志向性をもつ。
 前者が「光」=「火」の民族であり、後者が「闇」=「水」の民族である。(因みに、「天」(アマ)は「雨」(アメ)である。)
 そして、古代日本、古代ギリシアにおいて、両者が出会い(衝突して)、差異共立・共振して、新しい民族文化が生まれたのである。
 それは、「陰陽」文化と広義に言えるだろう。それは、知的感性、感性的知性の文化である。神話・芸術があり、また、哲学・科学があるのである。
 古代ギリシア文化については、今更言うまでもないが、古代日本に関して、解明する必要があろう。
 直観では、古代ギリシアよりも母権文化に傾斜した文化である。それは、神道に表れていると思う。それは、不可視の世界を直観する精神の誕生だと思う。端的に、神道文化が生まれたのだと思う。古代ギリシア文化は父権的傾斜があるので、美術文化を生み出した。
 しかし、日本は目に見えない世界の精神文化、神道・多神教文化を生み出したのではないだろうか。
 古代ギリシアは外界的造形に向かったが、古代日本は内界的直観に向かったのではないだろうか。
 それは、人間認識図では、第三象限文化である。とまれ、古代日本は二重視覚をもったと思う。肉眼と心眼である。そして、心眼が根本であったと考えられる。
 この心眼を映す鏡が神鏡、八咫鏡ではなかっただろうか。

追記:飛鳥時代、仏教文化を受け入れたのは、母体の神道文化である。神道と仏教は見事に調和したのである。

追記2:古代ギリシア人が外界的造形に向かったの言うのは、不正確である。内界的精神の造形を行なったの言うべきであろう。外界的造形へ向かったのは古代ローマ人である。
 古代ギリシアの「アポロ」的精神とは内界的な美術的精神と見なくてはならない。


ニニギ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(瓊瓊杵尊 から転送)
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神道
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表 ・話 ・編 ・歴

ニニギ(あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎ)は、日本神話 に登場する神 である。
神話における記述 [編集 ]

『古事記 』では天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命、天邇岐志、国邇岐志、天日高日子、『日本書紀 』では天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊、天津日高彦瓊瓊杵尊、彦火瓊瓊杵、火瓊瓊杵などと表記され、一般には瓊瓊杵尊や瓊々杵尊、邇邇芸命(ににぎのみこと)と書かれる。

天照大神 の子である天忍穂耳尊 と、高皇産霊尊 の娘である栲幡千千姫命 (萬幡豊秋津師比売命)の子。兄に天火明命 (あめのほあかり)がいる。『日本書紀』の一書では天火明命の子とする。

天照大神の命により、葦原中国 を統治するため高天原 から地上に降りたとされる。これを(天孫降臨 )と呼ぶ。『古事記』では、この降臨の地については「竺紫の日向の高穂の久士布流多気に天降りまさしめき」と記述している。『日本書紀』では、「日向襲之高千穗峯」あるいは「筑紫日向高千穗」と記述している。

この降臨の経路の解釈ついては、日向国 の高千穂峰 に降り吾田国(現在の南さつま市 )の長屋の笠狭碕に到達したとする説が有力である。

一方、行政上、日向国が設置されたのは7世紀であり、それ以前の時代には日向国地域は熊曽国 に含まれていたとして、『古事記』の「竺紫」=「筑紫」、日本書紀の「筑紫」から、降臨地は「筑紫国 の日向」であって後世の「日向国」ではないと解釈する異説がある。 降臨した時期について、『日本書紀』巻第三(神武紀)は、神武天皇即位年より179万2470余年前のこととしている。

そこで大山祇神 の娘である木花之開耶姫 を娶り、火照命 (海幸)・火闌降命 ・彦火火出見尊 (山幸)を生んだ。彦火火出見尊の孫が神武天皇 である。亡くなった後は「可愛の山陵」に葬られた。


解説 [編集 ]

名前の「アメニギシクニニギシ」(天にぎし国にぎし)は「天地が豊かに賑う」の意。「アマツヒコ」(天津日高)は天津神 のことで、「ヒコ」(日子)は男性のこと。「ホノニニギ」は稲穂が豊かに実ることの意味である。「ニニギ」は「ニギニギしい」の意で、「にぎやか」と同源語である。神話上ニニギの一族とされている上述の天忍穂耳尊や火照命・火闌降命・彦火火出見尊とは名前に稲穂の「ホ」がある点で共通している。

農業の神として信仰されており、霧島神宮 (鹿児島県 霧島市 )、高千穂神社 (宮崎県 西臼杵郡 高千穂町 )、新田神社 (鹿児島県 薩摩川内市 )、築土神社 (東京都 千代田区 )、射水神社 (富山県 高岡市 )などに祀られている。

埋葬地である「筑紫の日向の可愛の山陵 」の伝承地は南九州各地にある。明治政府はその中から、旧薩摩藩 の学者の意見を参考にして、明治7年に鹿児島県薩摩川内市の新田神社が可愛山陵であると治定した(他の日向三代 の神陵も鹿児島県内に治定している)。

しかし、後の国学者や宮内庁の調査により、明治29年、宮崎県東臼杵郡 北川町 の可愛岳(えのだけ)山麓の古墳を「可愛山陵伝承地」、宮崎県西都市 西都原古墳群 にある男狭穂塚 を「可愛山陵参考地」と定めた。また、可愛岳そのものが神陵であるという伝承もある。


関連項目 [編集 ]

* 日本の神の一覧


執筆の途中です この「ニニギ」は神道 に関連した書きかけ項目 です。この記事を加筆・訂正 などして下さる協力者を求めています (ポータル 神道 /ウィキプロジェクト 神道 )。
「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%8B%E3%82%AE 」より作成
カテゴリ : 日本の神 | 天津神 | 農耕神


古代人の息吹 今に

2010年11月27日
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描かれた絵の種類を記した壁画の加工写真=水戸市教委提供
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石室の奥壁には5種類8個の武器と武具の壁画が確認できる=水戸市元吉田町の吉田古墳、目黒隆行撮影
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2006年の発掘調査の様子。中央右よりに周溝の角が確認され、多角形古墳の一端が見える=水戸市教委提供

 古代人の息吹が常陸の地でよみがえった。ダイナミックな線刻壁画と多角形とみられる姿を現した吉田古墳。深まる謎は、史家の想像力をかき立てる。(吉村成夫)

<厳粛な雰囲気 荘厳な線刻壁画>

 水戸駅から南に1・5キロ。市立千波中近くの静かな住宅街に、吉田古墳はある。

 38年ぶりに開いた横穴式石室に入った。埋めていた砂が取り除かれたのは2日前だ。

 奥行き約7・5メートル。江戸期に土砂を再利用された影響か、手前半分はなくなり、入り口の羨道(せん・どう)は石が二つ残るだけ。亡きがらを納めた玄室の側壁も一部傾いている。

 玄室は、高さ・幅とも1・8メートル程度。灰褐色の壁の中は薄暗くひんやりとして、厳粛な雰囲気だ。左右に、現代人による名字などの落書きが幾十もある。38年前までは埋められておらず、自由に出入りできたらしい。

 奥の壁には、線刻で描かれた装飾画が一面に広がる。上下左右とも1・2メートルほどの範囲に武器や武具の絵が並ぶ。大刀(た・ち)、刀子(とう・す)(ナイフ)、靱(ゆき)(弓矢を入れる道具)が克明に彫られ、鉾(ほこ)と鞆(とも)(弓矢を射る手に装着する)と思われる模様が間を飾る。上下左右とも1・2メートルほどか。実に規則的な配置で、荘厳さを感じた。線は数ミリ程度で細く浅い。鉄製の刀子を使ったという見方が有力だ。

 現在、吉田古墳の外見は小さな塚のようだが、実際には十数倍の範囲に八角形の可能性の高い多角形墳が広がっていた。墳丘の周囲の堀(周溝)が発掘され、その証拠になったが、現在は埋め戻されて畑などになっている。

<深まる謎 ふくらむ夢>

 新たな発見により新たな課題が生まれ、意見の相違が出てくる。本当のおもしろさはこれからだともいえる。

●何角形なのか

 八角形墳は全国の古墳16万基のうち、可能性のあるものを含め約20例しかない。畿内では正八角形で、角が敷き詰めた張り石で確認されるものが多く、天皇陵を特徴づけるものとされる。

 吉田古墳について市教委は主に南側の発掘で、周溝から4角を確認し、全体をややゆがんだ八角形と推定した。今後北側を調査すれば「断定できる可能性がある」とする。

 古墳時代に詳しい大塚初重・明治大名誉教授(考古学)は、最低でも六角形で、八角形の可能性は十分にあるとみる。「多角形に墳丘を整えた被葬者の意志が感じられる。在地の有力者が畿内の新しい世界観を取り入れていたと考えれば、当時の地方に中央の文化がいち早く伝わり、決して遅れてはいなかったといえる」と語った。

 古墳の構造に詳しい土生田純之・専修大教授(考古学)は慎重な立場だ。吉田古墳は角が石ではなく溝で確認されている点や、未調査の部分で必ず角が出るとは限らないなど様々な可能性をあげ、「八角形との断定は危険。多角形も断定するのに十分ではないだろう」と指摘。時期については、「近くの虎塚古墳の流れから7世紀第2四半期と思われ、律令体制の前なので、八角形であっても中央とあつれきが出る時期ではない」とも述べた。

●被葬者はだれか

 墓碑銘を持たない日本の墳墓は、大半で被葬者がわかっていない。考古学でこの問題は「一番意地悪な質問」ともいわれる。

 市教委は、線刻壁画や古墳の形状が水戸周辺では確認されていないものなので系譜をたどれず、「特定の地元の豪族と結びつけることは今はできていないが、情報を持っている人間だろう」とする。

 夢をみようと、専門家にあえて自説をうかがった。川崎純徳・県考古学協会会長は「論議はわかれるが、私は国造(くにの・みやつこ)の一族と思う。壁画は九州に多く見られ、同時代のものが茨城にもあった。九州系統の豪族が中央政府の命令でこの地にきた。その一族ではないだろうか」と述べた。

 大塚名誉教授は「天皇と同様の八角形にこだわる地元の有力な豪族か、中央政府から派遣された高級行政官や軍人などが考えられる」と話す。
http://mytown.asahi.com/ibaraki/news.php?k_id=08000001011270002


2010年11月23日(Tue)▲ページの先頭へ
第二稿:日本伝統文化は個-共同主義である:近代化は集合化:母権*父権⇒差異共立・共振/陰陽文化
以下は、先の考察を校正し、又、追記を付加したものである。Kaisetsu氏の女媧論が実に意義深い。
 やはり、母権・大女神の女媧が始原であり、その後、伏義が生起して、陰陽化したと考えられる。

 初めに女神ありき!

日本伝統文化は個-共同主義である:近代化は集合主義になった:母権*父権⇒差異共立・共振/陰陽文化
テーマ:神道ルネサンス:気と東洋文明
日本伝統文化は個主義であり、且つ、共同主義である。
 どこかで、これが失われたのである。
 私の直観では、国学の排外主義が胡散臭いのである。何度も既述したが、本居宣長が胡散臭い。大和心と漢心と分けるのが、そもそも、「漢心」である。国学に私は近代主義の基盤を見るのである。
 それに対して、坂本龍馬らの開国主義はまったく異質なものであり、本来の東洋主義に根差す開国主義である。明治維新以後の脱亜入欧とはまったく異質な、正反対の視点である。
 これまでの視点から言えば、脱亜入欧路線は父権主義であり、坂本龍馬らの路線は母権主義である。
 母権主義が近代日本において、その基礎となりつつも、敗れたものである。
 そう見ると、やはり、日本国は、古代ギリシアのように、母権文化が原基にあり、その上に強力な父権文化が侵入した歴史をもっているように思われる。
 即ち、父権的民族が母権的原日本に侵入して、日本国が生まれたと思う。
 思うに、天皇制はその所産である。しかし、ギリシア神話におけるゼウスが両義的であり、母権的な要素を強くもっていることを考えると、天皇とは単に父権的なものだけでなく、母権的なものと考えられる。つまり、天皇はイエス・キリストに類似しているのである。
 つまり、一方では父権的であり、他方では母権的であるということである。
 しかし、近代において、天皇制は父権的な制度・機関になったが、母権的視点から言えば、天皇とは女神なのである。つまり、天照大神である。大女神としての天皇である。
 天皇制を批判する人間は多いが、天皇を大女神と見れば、日本の再生に大いに寄与すると思える。
 そう、神話学的に言えば、女神(大女神)の子としての天皇である。

途中。

追記:武士であるが、私はこれも母権文化が母体であると推測している。

追記2:先に言及したが、その後、いくぶん翻した視点であるが、母体の母権制の社会に、父権的民族が侵入したとき、母権でもない、父権でもない、即非的文化が生まれると述べた点であるが、しかし、この視点は本稿の論点から見ると、不十分である。
 つまり、原基として、母権文化があることを認める必要があるのである。これが大前提である。
 そして、この基礎の母権文化が父権文化と衝突することで、新たに変容したのではないかと考えられるのである。これを父権的変容と呼んでいいのかわからない。
 父権文化は一言で言えば、知性の文化である。言語、文物、物質的経済の文化である。また、政治権力の文化である。
 ここでも、古代ギリシアに範をとると、口承文化が文字文化になったと考えられる。例えば、ホメーロスは吟唱詩人であったが、その口承詩が叙事詩となったのである。
 思うに、母権的口承の秘教(密教)文化があったのであるが、支配的な父権文化のために、それが、文字化、文字言語化されるようになったと思われる。例えば、エレウシスの秘儀が、プラトン哲学に鮮やかに反照されていると考えられるのである。
 これは、文字言語的一般化・普遍化と言えよう。それは、同一性化・ロゴス化でもあるが、ベースは差異である。とまれ、父権化を暫定的に、文字情報化(ロゴス化)と呼んでおこう。
 すると、日本においても、母権文化の文字情報化(ロゴス化)が為されたと考えられる。それが、端的に、記紀である。そして、本題においては、天皇制である。
 結局、天皇制とは母権文化の、広義の文字情報化(ロゴス化)であると考えられる。
 とまれ、父権化によって、母権文化は知性化されたと考えられるのである。
 ここで、思考実験的に、私論・見解を変えることになるが(これまで、私は母権文化は凸i*凹iの均衡の取れた文化を捉えていたのである)、母権文化を凸i*凹iにおいて、凹iが優位の文化と考えると、それは、本来、凹i⇒-1、即ち、人間認識図の第三象限の文化(神秘的文化:秘儀・密儀文化:シャーマニズムはこれに入るだろう)をもっていたと考えられる。
 この様態に、父権文化の優位の凸iが入ると、実に、凹iと凸iの均衡が形成されることになるだろう。つまり、凹i優位の母権文化に凸i優位の父権文化が参入することによって、凸i*凹iの差異共立・共振の文化が生まれたのではないだろうか。それは、端的に陰陽文化である。(追記:だから、自己認識方程式は凹i*凸i⇒+1と変換されるべきである。)
 もっとも、以後、父権文化が支配・主導的になっていくので、この均衡が破壊されて、父権的同一性・物質・権力文化が形成されていったということではないだろうか。
 とまれ、結局、母権文化への父権文化の侵入・参入は、差異共立・共振文化、陰陽文化が生んだのではないだろうか。
 そして、その母体は母権制である。この点はいくら強調してもし過ぎることはないだろう。

追記3:以下、Kaisetsu氏の「女娲」論はきわめて興味・意義深い。以下の「女娲」像は正に、エジプト神話のイシス他のオリエントの女神を想起させる。
 女神のシンボルは♀(ヴィーナス、金星でもある)であるが、これは、エジプト神話のアンクに似ているのである。○が太陽であり、+が地球である。そして、この太陽が女神の子(天皇)なのである。また、ケルト十字は、+と○を重ねたものである。


参照:

* 三輪山も「御娲山 Mi Wa San」である。
* 倭人の本来の漢字は「娲人」であり、天孫である意味である。


倭人の本来の漢字は「娲人」であり、天孫である意味である。



050223006a_3 050223006a_3 posted by (C)天花一海
深圳雕塑:女娲补天。



倭wa人の本来の漢字は「娲wa人」であり、天孫である意味である。

 倭人の本来の漢字は「娲人」であり、天孫である意味である。

 女娲こそ、最も古いトーテムであり、「女娲が天を紡いだ。」「女娲が土で人間を創造した。」

 中国の中原を最初に支配した文明は、「娲人」である。

ここで、「女偏」が重要な意義を持っている。

 女性が「天地創造」の「母体」である。

 女偏を「姓」に持つ氏族が、天孫の末裔である。

 また、倭が蛇をトーテムとし、漢委奴国王印が蛇を印の装飾に用いていることも、本来、wa が「女娲」である証拠である。

 海舌



女娲(拼音:nǚ wā),中华上古之神,人首蛇身,为伏羲之妹,风姓。起初以泥土造人,创造人类社会并建立婚姻制度;而后世间天塌地陷,于是熔彩石以补天,斩龟足以撑天。


女媧は古代中国神話に登場する女神。三皇の一人に挙げる説もある。姿は蛇身人首と描写される。伏羲とは兄妹または夫婦とされている。


女媧は中国少数民族の苗族が信奉した神

http://blog.kaisetsu.org/?eid=812179

『海舌』 the Sea Tongue @ Kaisetsu with Archaic smile

参考:
ミャオ族
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ミャオ族 / モン族
Hmong women at Coc Ly market, Sapa, Vietnam.jpg
伝統的衣装を着た花モン族。ベトナム 、サパ の市場にて。
総人口

400 - 500 万
居住地域
中華人民共和国の旗 中国 300 万
ベトナムの旗 ベトナム 790,000(1999年)
ラオスの旗 ラオス 450,000(2005年)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ 170,000(2000年)
タイ王国の旗 タイ 150,000(2002年)
フランスの旗 フランス 15,000
フランス領ギアナの旗 フランス領ギアナ 1,500
言語
ミャオ語
宗教
シャーマニズム 、仏教 、キリスト教 他

ミャオ族(ミャオぞく、苗族(びょうぞく))は中国 などに住む少数民族 である。モン族(ベトナム語 : H'Mông)ともいう。中国では貴州省 に最も多く、他に湖南省 、雲南省 、四川省 、広西チワン族自治区 、湖北省 、海南省 にも住み、タイ 、ミャンマー 、ラオス 、ベトナム などにも住む。歴史上移住を繰り返した民族である。


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歴史 [編集 ]
伝説 [編集 ]

中国の伝説では紀元前26世紀 頃、漢民族 の原型である華夏民族の君主・黄帝 が蚩尤 の民族の討伐作戦を行い、涿鹿(たくろく、河北省 と遼寧省 の省境付近)で破ったという。戦いは黄河の台地で行われた。華夏は地理の悪条件にもかかわらずコンパスを用い正確に蚩尤民族を破った。敗れた蚩尤民族はミャオ族とリー族 に分裂した。ミャオ族はこの後、南東方向に移動した。ミャオ族は漢民族 からは「蛮」と見なされ差別されたが、一部は周 王朝時代に華夏民族と同化し、一部は春秋の強国である楚 や呉 の建国に関わった可能性がある。中国の学会では楚は異民族の国とされているが、現代ミャオ族と、先史時代の伝説中の三苗や、楚や呉を構成した民族との関連は今のところ定説はない。現代のミャオ族と繋がるのは、漢代の長沙・武陵蛮以降と見られている。
揚子江定住 [編集 ]

漢人がこの流浪の民を苗(ミャオ)と呼び始めたのは先秦 時代である。そのころ苗(ミャオ)族は、苗民(ミャオミン)、尤苗(ヨウミャオ)、三苗(サンミャオ)と呼ばれ、揚子江 流域に住んでいたが、漢人に攻撃され南下した。六朝 時代、揚子江南部を支配する南朝は北方民族の侵入に苦しめられており、ミャオ族を歓迎しなかったが、五胡 による揚子江北部の破壊により、ミャオ族が大量に南朝に流入し一部は漢人と同化した。
西南中国へ移住 [編集 ]

唐 王朝時代初頭、六朝時代に同化しなかったミャオ族は貴州・雲南など西南中国へ移動した。その後ミャオ族が雲南に南詔 を建国したとする説もある。いずれにせよ、ミャオ族も他の少数民族同様に南詔で暮らしていたものだろう。[1]

ミャオ族が最も多く住む貴州・雲南一帯は13世紀 の元 王朝によって中国の版図に入った。

一方、中国南方各地で武装蜂起が起こっていた元 末の1357年 、楊完者 (ヤン・オルジョイ)率いるミャオ族の軍団が元朝の公認を受けて、徽州 にいる朱元璋 の軍を攻撃するも撃退された。その後も各地で暴れまわり、楊完者は付近の張士誠 に滅ぼされた。残ったミャオ族は朱元璋に降り、家臣ケ愈 の軍などに入れられたが、その後も反逆が相次いだ。

明 代、貴州・雲南一帯に移住漢族が増えると土着ミャオ族との摩擦がおこり、大小100回を越すミャオ族反乱が起こった。なかでも、1448年 に発生した反乱は大規模で、明は20万の大軍を動員して1451年 にようやく鎮圧したともいう。この他、1457年 - 1459年 、1538年 - 1551年 にも大きな反乱が発生した。明の少数民族政策は少数民族首長の世襲支配権を認める土司 政策というものだったが、清 代にはミャオ族地区への漢族移住がさらに増え、中央が地方官を任命する直接支配すなわち改土帰流 政策(土司=少数民族首長支配を改め、流官=中央任命の地方官支配に帰すこと)が進められた。同化政策に抵抗する苗族は三次(1735年 - 1738年 、1795年 - 1806年 、1854年 - 1873年 )にわたる反乱を起こした。特に張秀眉 が指導した最後の反乱は大規模で、ミャオ族人口の三分の一だけが生き残ったともいう。
中国国内のミャオ族 [編集 ]

中国国内のミャオ族(苗族)は漢・蔵(チベット)語族、苗・瑶(ヤオ)語派に属し、三つの方言集団に分かれ、各々の「自称」が異なる。湖南省西部のコーション(Qo xiong)、貴州省東南部のムー(Hmub)、貴州省西部と雲南省のモン(Hmong)である。従来は女性の服飾の色や文様に基づいて、黒苗・白苗・青苗・紅苗・花苗などと区別されることが多く、清代には『苗蛮図冊』などの図録が作成されて、当時の漢族の苗族観を知ることが出来る。地域で言えば、湖南西部(湘西)は紅苗、貴州東南部(黔東南)は黒苗、貴州西部(黔西)から雲南(文山、屏辺)では花苗・白苗・青苗などと呼ばれる。黒苗もスカートの長短から長裙苗と短裙苗に分かれる。後者の自称はガノォウ(Ghab nao)である。漢語表記の「苗族」は、各集団の自称に近い「総称」であり、民族識別によって多様な人々が「苗族」の名称でまとめられた。[2] 民族識別は1953年に始まり、54年に38の少数民族を確定し、65年に15、1982年に2つの少数民族が加わり、現在の中国は55の少数民族と圧倒的多数の漢族からなる総計56の多民族国家であるとされている。民族識別は、スターリンが提唱した言語、地域、経済生活、文化に現われる心理素質の4つの共通性が基準とされたが、問題点も多い。中国における「民族」概念は政治性を帯びており「創られた民族」の性格が強い。苗族は山地で常畑や焼畑を営む人々と、盆地や平野で水稲耕作を営む人々に分かれ、分布は広域にわたり、他民族と高度を住み分けるか交錯雑居する場合もある。焼畑を営む人々は移動がさかんで山伝いに移住した結果、現在のラオス、ベトナム、タイにも同系統の言語や類似する文化を持つ人々が生活することになった。

中国国内の苗族について考える場合、中国の古代〜近代の歴史文献上で「苗」と記述されている人々と、1949年中華人民共和国成立以降の民族識別で「苗族」と認定された人々とを区別して論じる必要がある。苗族の淵源を、漢代の『書経』「舜典」記載の「三苗」や、『後漢書』西南夷伝の長沙「武陵蛮」に遡る説もあるが、現在の苗族との連続性は明らかではない。古代の「三苗」以降、中国の史書は長い間南方民族を「蛮」と表記し、現在に繋がるとされる文献上の「苗」の初出は、宋代の紹煕5年(1194)、朱子が潭州(現在の長沙)に役人として赴任した際の、「苗」を「五渓蛮」の一つの「最軽捷者」とする記録(『朱子公集』巻71)である。ただし、「三苗」の国は揚子江中流域や、洞庭湖から鄱陽湖にかける地域(現在の湖南・湖北・江西)にあったとされ、現在でも貴州省のミャオ族には、先祖は江西にいた、もしくは東方の大きな川の畔や水辺にいたという口頭伝承が残っている。恐らく、宋代以降に漢族の南下に伴い、揚子江流域から山岳内陸部に移住してきたと考えられるが、史料上で歴史的変遷を確定するのは難しい。最近では漢族の先祖とされる黄帝と争い敗北した蚩尤を非漢族の代表と見なし、蚩尤や一緒に闘った九黎の子孫が「三苗」であるとして、ミャオ族の先祖を蚩尤に遡る説も登場したが、これは1990年代半ばに入って中華民族の多元一体を強調する中央の学説に対抗して現れたミャオ族側の知識人による新たな言説である。文字が無く口頭伝承で歴史を伝えてきた苗族には古代と現代を結ぶ客観的史料は存在しない。しかし、民族意識の高揚に伴い、蚩尤始祖説は定説の如く語られるようになってきている。


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宗教 [編集 ]

ミャオ族の多くは独自の精霊信仰 を維持し、祖霊や祖先を信仰しているが、漢族文化に影響を受けた人々もおり、一部の人々はキリスト教 、仏教 に改宗している。地域により精霊信仰の信仰概念、用語が異なる。
タイのミャオ族の精霊信仰 [編集 ]

以下では特にタイのミャオ族の精霊信仰について述べる。タイのミャオ族は中国文化に影響を受けた精霊崇拝を行っている。[15] さらにシャーマンによる儀礼を持つ。タイのミャオ族は大きく白ミャオ族と青ミャオ族に分けられるが信仰は似通っている。

世界観は陰界(yeeb ceeb)と陽界(yaj ceeb)によって構成されており、さらに天界(ntuj)をつけ加える場合もある。 陰界は精霊と死んだものが行くあの世のことである。ミャオの信仰において、あの世は山の中もしくは地下にあると考えられている。陽界は精霊と人間の住むこの世と考えられている。

精霊は基本的にダー(Dab)と呼ばれるが、さまざまな種類と呼び名がある。

* 陰界の精霊

陰界にはツォー・ニュン(Ntxwj Nyug)と呼ばれるあの世を統括する精霊がおり、死者の魂を審判し、転生の先を決めるとされている。さらにニュー・ヴァー・トゥアム・テーム(Nyuj Vaj Tuam Teem)がその仕事を補佐しており、魂の年齢を管理している。シャーマンの守護精霊(Siv Yis)もここに住むといわれる。

* 陽界の精霊

基本的には善意のある守護霊(Dab quas)と森などに住む悪意のある精霊(Dab qus)に分かれる。守護霊は家の柱、竈などさまざまな場所を守護していると考えられている。また、それぞれの男系の氏族長が祖先霊(Dab xwm kab)の祭壇を持っている。祖先霊の祭壇の隣には薬の精霊(Dab tshuaj)を作ることもある。さらに女性の寝室には結婚生活を守護する精霊(Dab roog)が祀られている。また、外界と家内をつなぐ家の入り口の敷居には敷居の精霊(Dab txhiaj meej)がおり、悪い精霊が家内に入ってくることを防いでいる。森の中には悪い精霊(Dab qus)がすんでいるとされる。特に、ポン・ツォーン(Pog Ntxoog)呼ばれる老女の精霊は恐れられている。
また、病気や驚いた際に人体より抜け出てしまうプリン(plig)と呼ばれる魂の概念があり、タイのピー信仰のクワン に近い。治療の際にはシャーマンによるフー・プリン(Hu plig)と呼ばれる招魂が行われる。

* 天界の精霊

天界には、人間を助けるヨーム・スア(Yawm Saub)という精霊がいるとされている。この精霊はミャオの洪水神話や、初めての結婚などの神話に登場する。
また雨をつかさどる龍(Zaj Laug)や虹(Zaj sawv)もいるとされるが、在所は海の下もしくは湖の下の宮殿であるとされている。その他にも太陽の精霊(Nkauj Hnub)、月の精霊(Nrang Hli)、雷神(Xob)などが知られている。

神話 [編集 ]

* 洪水神話:太古の洪水の際にミャオ族の一組の男女が天の精霊(ヨーム・スア Yawm Saub(タイ・ミャオ族))の指示に従い、瓢箪(船、太鼓の場合もある)にのって逃れる神話がある。
* 射日神話:ミャオ族の英雄(カー・ユウアム Kaj Yuam(タイ・ミャオ族))が太古に九つあった太陽を八つ射落とした神話がある。中国の射日神話と類似している。

・・・・・

外部リンク [編集 ]

* レコードチャイナ:ミャオ族(苗族) (日本語)
* チャイニーズ・オデッセイ (英語)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A3%E3%82%AA%E6%97%8F



2010年11月22日(Mon)▲ページの先頭へ
「暴力装置」について:精神的権力論と唯物論的権力論
テーマ:近代合理主義/唯物論/ポスト・モダン批判

私は「暴力装置」という概念は、唯物論的であるし、機械論的であると述べたし、この考えを変えるつもりはない。
 「自衛隊」、国防軍、防衛軍、軍部を「暴力装置」と呼ぶのは実に一面的、皮相に過ぎない。
 そもそも、「装置」とは、物質的器具のことであり、「自衛隊」、他は生きた人間の組織や営為を意味するのであるから、物質的器具ではありえないのであるから、暴力「装置」は誤りである。
 また、「暴力」であるが、これは、明らかに、悪としての物理的強制力を意味するのであり、「自衛隊」等をそう呼ぶのは、誤解以外の何ものでもない。
 確かに、権力はこれまで暴力を振るってきた。戦争や死刑等がそうである。
 しかしながら、外国の国家暴力に対して、自国が武力的に対抗しないのは、当然、自滅的である。この武力を暴力と呼ぶのは、明らかに誤謬である。それは、自衛・防衛のための物理的力能である。それは、自衛・防衛・国防という精神性・理念をもつものであり、それを単に道徳的に悪を意味合いをもつ暴力と形容することは間違いである。
 確かに、物理的、物質的に見れば、自衛・防衛・国防は「暴力」である。しかし、それは、物理的・物質的還元であり、精神現象を捨象しているのである。正に、唯物論的視点以外の何ものでもないのである。
 マックス・ウェーバーが、トロツキーの「暴力装置」を採用したということは、正に、それは、唯物論的概念ということであり、ウェーバーの社会学の精神性とは、異質なものであると言える。言い換えると、ウェーバーが、「暴力装置」概念を採用したとき、彼は唯物論的であったと言えるのである。
 とまれ、「暴力装置」概念がウェーバーに拠るのではなく、永久革命論者のトロツキーのものであるというのは、この概念の唯物論性の決定的証拠である。


参照:

『◆ 2010/11/21(日) 『イデアル・ティップス』 って知ってる?

・・・・・

じつは、「暴力」という言語に関しては、マックス・ヴェーバー自身が、左翼が言い出した政治用語だと書いているのだ。次がヴェーバーの文章だ。

 「すべての国家は暴力の上に基礎づけられている」 と トロツキーは こう喝破したが、この言語は実際正しい。 (『職業としての政治』)

 「極左暴力主義者」のことを「トロツキスト」と言うときの あのトロツキー である。
ここで、ヴェーバーは、別に過激なトロツキストを擁護し、弁護しているのではない。

 ヴェーバーは、次のように言いたいのである。ヴェーバーの意図するところは、
「 “暴力・violence” という激しい言葉でしか表現できない荒々しい物理的強制力を、国家という共同体は独占している!
国家が独占している究極の強制力こそ “暴力” なのだ!」 と。
 ここでヴェーバーの意図するところは、
「国家が独占する究極の強制力は、“暴力・violence” という言葉でしか表現できない。
“force” や ”power”、また “武力” や ”威力” では、意味が薄くなるので駄目!」 ということである。』


たたかう老人! 飯山一郎の ハッタリなしの 口演会場 _


2010年11月21日(Sun)▲ページの先頭へ
母権的霊的文化と父権的物質文化
先に

「追記:古代ギリシアの場合、プラトン哲学の超越空間が開けたのである。インドの場合は、土着的民族にアーリア民族が侵入して、ブッダの超越空間が開けたと思う。
 ここには、母権と父権の差異共立・共振に拠る第三の主権が生まれたのではないか。
 母権だけだと、感覚界志向となり、父権だけだと抽象・観念界志向となるだろう。」
http://ameblo.jp/renshi/entry-10710622845.html

と書いたが、下線部は勘違いである。母権的文化は感覚的、イメージ的でありながらも、霊性をもつ文化である。
 そして、父権的文化は、同一性志向が強く、世俗的物質的文化である。
 後で再考したい。

追記:先に、古代ギリシアの父権的民族をアーリア民族と呼んだが、今はその呼称は、ヨーロッパ人には適用されないということなので、訂正したい。
 インド・ヨーロッパ語族のインド・イラン系をアーリア人と呼ぶということである。『アーリア人』青木健著 講談社選書メチエ

追記2:問題は、一神教の父権文化である。それは、確かに、物質文化に帰結したが、超越性は保持しているのである。だから、一神教の父権文化の超越性とは何か、が問題である。
 しかし、これは、実は、母権的多神教の超越性が下敷きにあると考えられる。つまり、一神教のベースには、母権的霊的文化があると考えられる。

追記3:ヤハウェからわかるように、唯一神は嫉む神である。それは、母権的神を嫉むのだろう。


2010年11月20日(Sat)▲ページの先頭へ
「自我」と個人と個:自己問題:母権制と父権制:差異、精神、東洋回帰:脱西洋文明
テーマ:ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明

以前、本題について論じたが、まだ不明確に感じられるので、再考したい。とは言え、余裕がないので、一言、二言(結局、長文になったが)述べるに留める。
 PS理論の凸i*凹i⇒+1(or 凸)の自己認識方程式であるが、凸iが自我と言えよう。凹iは非自我、無私性、共感性、他である。
 父権とは凸iに傾斜していると考えられる。そのために、凸i⇒+1の傾向をもつのである。つまり、物質+1に同化する傾向があるのである。
 少し説明が必要である。同一性とはどうも、凸iの傾斜に拠るのではないだろうか。つまり、差異共振において、Media Point(MP1)において、凸iの傾斜、自我の傾斜が、他者凹iを抑圧して、⇒+1へと帰結するのではないか。(だから、差異共振による同一性形成とは、一般的ではなく、凸i傾斜に拠るもののように考えれる。)
 凸i=自我はそれにおいては絶対的差異である。しかるに、原言語性をもつので、同一性へと傾斜すると考えられる。
 だから、自我は同一性へと帰結するのである。これが、自我同一性(凸i⇒+1)であり、所謂、利己主義とはここから生まれると言えよう。
 近代合理主義の場合、自我同一性が物質+1と結びついているのであり、唯物論的自我同一性=近代的自我の形成と一致する。
 
 では、それに対して、個とは何か。これは、個人とは異なる。個人主義の個人は、私見では、近代的自我と個との未分化の様態である。そして、今日、個人と個の区別が形成されていないと考えている。
 では、個とは何か。これは、実は、自我凸iと他者凹iとの即非関係、共立・共振関係にあると考えられる。
 また、個は即非性や共立性から⇒-1への共融へと向かうのであり、人間認識図では、第三象限領域を志向する、つまり、超越界を志向すると考えられる。言い換えると、個とは、超越的「個人」なのである。
 ここで留意すべき点は、自我凸iが存するが、それは、同一性や物質と結合するのではなく、あくまで、他者である無我・無私・共感性と関係するのであり、絶対的差異凸iと絶対的差異凹iとの関係であり、同一性や物質はまったくここには関与していないと見るべきである。(-1は暗黒物質、反物質の可能性があるが、超物質、トランス・マターとも言えるかもしれない。)
 ただし、個はMedia Pointを介して、当然、物質界に関係するのである。物質界に関係する個とはどういう様態Modeなのだろうか。
 絶対的差異である個、絶対的超越的である個が物質界と関係するとき、それは、一般的には自我凸iと自我同一性凸⇒+1を介して、関与するだろう。
 つまり、絶対的差異的個とは不連続的に、自我、自我同一性を擬態として設定して、物質界と対処するということではないだろうか。つまり、個において、自我同一性が仮構されるということである。
 しかし、それは、唯物論的自我同一性ではないだろう。何故なら、元基には、超越性が存するからである。ただ、物質+1に対処するために、自我同一性⇒+1を利用すると考えられるのであり、自我同一性は唯物論的ではない。
 しかし、厳密に考えると、果たして、自我同一性によって、物質界に対処するのだろうか。
 それは間違いだろう。そうではなく、自我差異凸iによって、物質界に対処すると考えられる。確かに、凸iである自我は同一性への傾斜をもつが、それ自体は差異、絶対的差異の知性である。
 故に、同一性=言語を介しながらも、自我差異の視点によって、物質界に対処すると考えられる。
 だから、個とは、徹底して、差異、絶対的差異によって、物質界に対処すると考えられる。(追記:個を個者、個子、個単子、等と言えよう。)
 
 次に、この問題をジェンダー論的に、文化史論的に、人類学的に考えると、母権文化とは、凸iと凹iとの均衡の取られていた、差異の文化である。
 それに対して、父権文化とは、凸iに傾斜して、同一性志向、物質志向の文化であると考えられる。
 何度も既述したが、母権文化だけでは、物質主義文化、近代科学・技術は生まれなかったと言えよう。つまり、父権文化の必然性があるのである。確かに、母権制が続くならば、平和共存の社会・世界が継続した可能性がある。しかしながら、それは、停滞の社会でもある。
 父権制は母権制の停滞する差異共存の社会を破壊して、同一性・物質文化の基盤を形成して、いわゆる、文明社会を形成することになったと考えられる。
 問題は西洋文明なのである。これは、強力な父権制文化をもつが、同時に、基礎に母権制をもつのである。
 この母権制が古代ギリシア文化の栄光を産み出し、また、イタリア・ルネサンスの大文化を産み出したと考えられる。しかし、正確に言えば、父権的圧力の下に、母権的エネルギーが開花したと見るべきである。私見では、民主主義もベースは母権制にある。
 とは言え、西洋文明は、父権制優位、母権制劣位であることは言うまでもないし、この父権制優位ないし支配が近代資本主義の怪物を産み出したと考えられる。言い換えると、父権的同一性主義が近代資本主義を形成したのであり、その同一性的メカニズムは、差異を抹殺していくのである。
 ここに、脱西洋文明の力学の必然性があるのである。それは、脱同一性であり、差異への回帰である。新母権制である。新東洋回帰である。それは、霊主体従である。精神が主であり、物質が従である。そして、PS理論は正にそれに相応しい理論である。
 最後に、キリスト教について触れておこう。実は、数十年前から、キリスト教は矛盾した宗教であると直観していた。
 端的に、「父」(ヤハウェ)と「子」(イエス・キリスト)が矛盾しているのである。即ち、前者が父権制であり、後者が母権制である。しかるに、前者が後者を支配しているのである。ここに、キリスト教の精神的歪みがある。
 脱西洋文明志向(トランス・モダン・シフト)において、キリスト教が瓦解することになると考えられる。何故なら、トランス・オクシデントの志向とは新母権制的であり、いわば、「子」(イエス・キリスト)が「父」(ヤハウェ)を凌駕すると考えられるからである。そして、それこそが、「聖霊」の時代(フィオーレのヨアキム)である。
 因みに、ルドルフ・シュタイナーは、キリストとは、アフラ・マズダーであると説いている。
 それは、D. H. ロレンスで言えば、dark God, dark sunである。それは、-1の超越的太陽であると考えられる。プラトンでは、洞窟外の太陽である。
 仏教で言えば、大日如来であり、神道では天照大神である。

Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Amaterasu_cave.JPG
Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation


2010年11月16日(Tue)▲ページの先頭へ
農産物自由貿易問題:巨大資本自由主義と中小資本自由主義を区別せよ
テーマ:日本民族第一次産業防衛:地域経済共同体

自由貿易というと聞こえはいいが、実際は、グローバル超巨大資本が支配的であるのは言うまでもない。
 つまり、自由貿易はグローバル超巨大資本主義のためにあるのであり、各国民族的農業は壊滅的な打撃を受ける。
 日本において、JAが反発しているが、それは説得力がないし、そもそも言う資格がない。それは、これまでの社会主義農業政策の恩恵を被ってきたからである。JAが日本の農業の阻害・悪化の要因である。
 だから、問題は複雑である。戦後日本は工業化のために、農業の主体的発展を犠牲にして、社会主義化政策を行ってきたのである。つまり、農業市場主義を損なってきたのである。
 だからとは言え、いきなり、自由貿易を肯定するのは、無理である。その備えがないからである。超巨大農業産業に破壊されるだろう。
 ここで、欧米はそれなりに農業国でもあることを考えるべきである。つまり、欧米諸国は民族的農業を保持しているのである。だから、日本においても、当然、民族的農業の創造的保持を行うべきである。
 思うに、これまでの経済の理念ではこれからの時代は立ちゆかない。トランス・モダン民族主義とトランス・モダン共同体主義とトランス・モダン民族共立主義、等をもつ必要がある。
 農業に関して言えば、民族的農業の復興が必要である。そのためには、それを志向する者への支援が必要である。この点では、民族的自由主義農業支援である。
 そして、それは、地域・地方の経済共同体の創設を考慮すべきである。民族的自由主義農業創造が地域・地方経済共同体の創設と結びつくべきである。
 このためには、中小資本への支援も必要である。このためには、中小資本への融資の積極化の法律を形成する必要がある。
 また、以前述べたが、多元的通貨制の必要である。有利子通貨、無利子通貨、マイナス利子通貨があればいいのではないだろうか。もちろん、法定通貨としてである。
 民族自由主義農業的地域経済共同体のためには、無利子通貨やマイナス利子通貨がふさわしいように思う。
 以上、思いつきである。

追記:共同体の創設には、経済以外に、精神次元の共同体という意味がなくてはならない。民族的精神教育の重要性がここにある。

*
【第153回】 仮にTPPが流れても日本の農業は生き残れない?
「自由貿易のバス」に乗り遅れた政治の機能不全ぶり 

[2010年11月16日]
環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加につい賛否が分かれるなか、民主党政権は農業分野を含めた原則関税撤廃を目指す協議開始を決めた。しかし真の問題は、TPPというよりも日本の農業政策そのもの機能不全ぶりだ。


検討問題:超越的次元と物質的次元:精神軸と気軸と物質
先に以下のように書いたが、少し補足しよう。
 物質が有機体なら、有機体の上位概念=理念(イデア)がMedia Pointに存すると考えられる。タンパク質ならタンパク質の理念が存することになる。
 しかし、この理念が微妙である。何故なら、一方では、差異共立の高次超越領域をもち、他方では、差異共振=同一性⇒+1の物質志向性をもつからである。
 確定しているのは後者であり、前者は揺れ動いているのであろう。
 他者との反応を起こすのは、前者においてであろう。生命体においては、この理念が気であり、知的生命体においては、さらに上位概念の精神性が作用していると考えられる。
 そうすると、やはり、以前示唆したが、三次元を考えたくなる。つまり、精神次元と気次元と物質次元である。即ち、精神次元が気次元に作用し、それが、さらに物質次元に作用するということであり、物質次元には、精神次元と気次元の二つの超越的次元が作用していることになる。
 とまれ、有機体の問題にもどると、差異共立領域ないし差異共立次元に、有機体の主導エネルギー情報が存すると思われる。ここは、また、変容の領域であり、他者との共立を形成すると考えられる。
 例えば、混血とは、この領域における差異共立の変容であると思われる。差異共立情報A=「遺伝子」A=「血」Aと差異共立情報B=「遺伝子」B=「血」 BがMedia Pointの虚軸において、交叉して、新しい差異共立情報C=「遺伝子」C=「血」Cが形成されるということではないだろうか。もっとも、混血でなくても、このことは一般に考えられる。(「遺伝子」であるが、DNAとは物質化された上位概念であろう。だから、「遺伝子」は、本来、精神的情報であると考えられる。)
 とまれ、有機体においては、MP1の理念がMP2において同一性変換されて、物質化過程へと転化すると考えられる。
 ここで、動物と人間の差異について考えると、人間においては、明らかに、MP1の理念に精神・知性・感情が入ることである。
 ここで、仮説であるが、精神軸を考えたい。そこに、自己と他者の共立を考えるのである。
 また、それとは別に、気軸を考えたい。これが、これまでの凸i*凹iである。
 だから、作業仮説的に、精神軸は、Spirit凸i*Spirit凹i、略して、S凸i*S凹iとなり、気軸は、Qi凸i*Qi凹i、略して、Q凸i*Q凹iとなる。
 整理すると、(S凸i*S凹i)#(Q凸i*Q凹i)⇒+1である。ただし、#とは、直交的並立を意味するとする。
 直観では、SとQはまったく異質であり、Qから物質+1が生まれるようには、SからQは生まれないのではないだろうか。ただし、両者はなんらかの関係がある。
 思うに、SはQに働きかけるが、QはSにはたらきかけないのではないだろうか。だから、一方通行、非可逆的である。
 ここでスピノザ哲学を考えると、スピノザはSとQをまったく混同していると思う。精神が身体に作用するのは、当然であるが、身体や気が精神にはたらきかけるかけることはないだろうからである。スピノザの心身平行論は、精神の優位、物質の劣位を把捉していないと言えよう。
 では、植物と有機体についてどう見るかである。植物は気軸に上位概念=理念があると考えられる。生命体とである植物と生命体を構成する有機体は明らかに異なる。
 思うに、気軸の気は生命体の上位概念=理念であり、Media Pointの実軸MP2に発生する同一性が、なんらかの有機体概念ではないだろうか。言い換えると、物質体の概念が同一性であるということではないだろうか。
 とまれ、簡単に整理すると、精神と気と同一性と物質の四つ構成要素が存することになる。
 以上、思考実験である。後でさらに考察を続けたい。
 
**************************

物質と「気」(エーテル体):+1と⇒:物質体を構成するのは超越的エネルギー体であろう
テーマ:精神的フィルターとVector Mode

物質とはPS理論では、+1である。これは、絶対的に明確である。そして、近代科学、唯物論的科学をこれを土台にして、形成されてきた。今日でも、唯物論が土台である。
 しかし、私は、物質が物質体を構築しているのではないと直観する。つまり、物質を構成する上位の指導・主導的エネルギー体があると直観されるのである。
 PS理論では、それは、凸i*凹iと考えるのである。ここに上位の主導的情報エネルギーがあるのであり、これが、物質+1を導くと考えられるのである。
 だから、化学物質の場合、上位の主導的情報エネルギーは凸i*凹iであると考えられるのである。そして、それが、化学物質を包摂しているのではないだろうか。
 だから、例えば、ビタミンというとき、物質のビタミンと食物におけるビタミンは異なると考えられる。即ち、ビタミンCとレモンの中のビタミンCは異なると考えられる。つまり、後者には、凸i*凹iが存すると考えられるのである。高次ビタミンがあると考えられるのである。
 思うに、物質の上位概念は「気」であろう。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10708262627.html


2010年11月13日(Sat)▲ページの先頭へ
永遠性とは何か:その他、諸々のこと:もろもろ草
私は高校生のとき、教室の机で、後何年かしたら、もうここにはいないというようなことをよく感じていた。それは不思議であった。
 その時は居ないのに、今居るという感覚が不思議であった。これは、一種の即非感覚と言えよう。
 また、人間の感情は、ずっとあるのではないかとも思った。つまり、過去において、誰かが感じた感情はいわば永遠ではないのかと。
 これは、PS理論で言えば、虚軸のもつ永遠性、あるいは、Media Pointのもつ永遠性ではないだろうか。人間認識図で言えば、四つの象限の永遠性であろう。しかし、正確には、第三と第四象限であろう。
 とまれ、永遠という感覚がある。唯物論では、到底認められない感覚である。
 そう、単純に、永遠の感覚を肯定すればいいのではないだろうか。物質主義の視点からは、それは妄念・妄想と見なされるだろう。
 今は、「わたし」は、現在の物質界に制限されているが、「わたし」が物質的身体から解放されれば、新しい意識をもつようになるのではないだろうか。
 思うに、霊魂とはMedia Pointであろう。それは、霊界-1に通じていよう。
 解脱とは、物質性からの脱却である。それは、MP1へと到達することであり、さらに、-1へと参入することではないだろうか。
 根源的エネルギー、元エネルギーが、物質的身体に陥入し過ぎると、物質的欲望の虜になると言えよう。貨幣欲もそれと同等であろう。
 根源的エネルギー、元エネルギーを精神性へと反転することが必要であろう。
 ここで、精神的修行ないし芸術の問題がある。
 今、芸術の問題に簡単に触れたい。芸術は精神的修行と違って、感覚性を保持する。問題は、感覚性、あるいは、感性とは物質的なのか、ということである。
 一見、感覚とは物質的と取られるだろう。果たして、そうなのか。
 例えば、秋の夕焼けは空気が澄み切っているので、鮮明で美しい。その美的感覚とは物質的なのか。
 感覚と物質の関係について解明する必要がある。
 Media Pointにおいて、差異共振は同一性を形成し、それが、物質へと展開する。同一性は原物質である。しかし、感覚は同一性なのか。
 例えば、眼前に、樹林があるとしよう。樹林という認識は、同一性であり、眼前の樹林は差異である。
 そして、感覚、視覚は、樹林の形象に惹きつけられる。視覚は樹林と一如になる。
 このとき、視覚経験は、樹林を同一性とは認識せずに、ただ、緑の形象として感覚するだろう。つまり、ここには、差異はあるが、同一性はない。ただし、言語表現するときは、樹林や緑や梢、等々の同一性を使用する。
 ということは、感覚、感性とは、同一性ではない。それは、なおさら、物質ではない。感覚、感性とは差異である。つまり、精神性に属すると言えるだろう。
 感覚、感性が物質と関係するのは、同一性認識と結びついたときである。例えば、眼前のグラスはグラスという物質的同一性をもち、感覚はそれに限定される。
 つまり、感覚、感性を物質性と結びつけるのは、同一性である。しかし、感覚、感性は同一性と不連続である。
 思うに、この認識がないために、これまでの哲学、科学の認識は混乱してきたのではないのか。つまり、感覚、感性は、同一性⇒物質+1と連続化されてきたのであり、いわば、無理やり、物質と接合されてきたのではないか。
 そうすると、実に新しい地平・視野が広がるのではないのか。つまり、精神的感覚、精神的感性が本来的であり、ここにこそ、芸術の本質があると考えられるのである。
 ここで、D. H. ロレンスの文学を考えると、彼の表現する性とは、実は、精神的感覚、精神的感性ではないのか。言い換えると、精神的性である。これは、同一性・物質的性とはまったく異質である。
 これは、差異共振ではなく、差異共立、さらには、差異共融の表現であると思われるのである。
 近代は同一性・物質的性に取り憑かれていた。しかし、トランス・モダンは、精神的性へと転化すると考えられる。
 思うに、最近の女性のポップスにはその傾向が感じられる。例えば、レディー・ガガの表現は精神的性の表現と考えられる。
 後で、感覚と精神について、緻密に解明したい。


   




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