INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2010/03/18

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2010年03月18日(Thu)▲ページの先頭へ
「近代」の発端の中国人と近代の末端の日本人:脱近代=トランス・モダン、又は魂の資本主義
スロー人氏は以下、いい点をついている。結局、今の日本は近代末期であり、且つ、脱近代の志向が消失している状況なのである。精神科学的に言えば、魂・精神の喪失状態である。
 私見・管見では、中国の人々は今や、「高度成長」を迎えているのである。しかしながら、問題点は、近代主義の外向性にある。同一性=唯物論である。内的には、魂、つまり、Media Pointから発しているが、「自己」は+1の自我、物質を志向するということである。これは、日本を繰り返しているのである。
 結局、脱近代、トランス・モダンを視野に入れる必要があるのである。そして、日本の復活は一重にこの点にかかっていると言えよう。明治維新並びに戦後を介して、魂=精神を喪失した日本人が再び、魂=精神を見いだして、生まれ変われるかである。
 
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本当はチャンスがいっぱいある時代なのだ
中国の若者たちは歯を食いしばってがんばるが、日本の若者たちはカンタンにあきらめるのだとか。


 たしかにそんな感じはします。日本は、豊かになって、わがままになって、がんばれる人が少なくなったように感じられる。


 結局、日本の停滞の背景には、こういう人的な要素も関係しているように感じられるときもある。


 確かに今は働く者にとって、働きやすい環境ではなくなった。夢を追うことすら、まじめに考えられないような時代になった。


 そういう意味では、今の若者たちはとても可哀想だと思う。


 だからこそ、かつての日本のように、若者たちが夢をもって、懸命にがんばれるようにするにはどうすればよいのだろうか、と思う。


 すでにモノづくりの重心は日本からアジアに移転してしまった。


 そんな日本で若者たちが夢を描けるようになるためにはどうすればいいのか。


 若者たちと一緒に大人も自分の責任であると自覚して、改善するように努力するべきなんだと思う。


 しかし、口ばかりの大人が多い。とくにこの不景気下にあっても、生活が保障されているような恵まれた大人には、若者が直面している不安定さに実感が持てない。


 他人ごとだ。


 こういう連中が、自分らの利益ばかりを考えて、世の中を動かしている。

 というか、なにが建設的で前向きな考えなのかが、分からない大人が増えた。


 だから、この国は少しもよくならない。


 だから、この国の若者たちには江戸末期の若者たちの姿に注目してもらいたい。国を変えることができるのは、20〜30代なんだという誇りを。


 大人は現状肯定だ。こんな人たちに、この苦しさを改善する意欲などまったく沸かない。


 実は、最初に紹介した方によれば、中国には、気概のある日本の若者が増えてきているという。


 小さくはまとまるのではなく、自分の可能性に賭けてみたいという日本の若者もまだまだいるのだ。


 この腐った日本では芽の出ない人も、世界に羽ばたけば、違った人生を見つけ出すことができるのかもしれないと思う。


 残って未来がない人生か、それとも、海外に出て、夢、可能性に賭けてみるか…。そんな選択がある時代になったのだ。

http://ameblo.jp/adco/entry-10484907670.html
スロー人ロハス-自由と資本主義と礼節


シュタイナー精神科学をPS理論的に「翻訳」する
神秘学概論 (ちくま学芸文庫) (文庫)
ルドルフ シュタイナー (著), Rudolf Steiner (原著), 高橋 巖 (翻訳)


今、久しぶりに本書を読んでいるが、以前と比べて、たいへん読みやすくなっていると感じた。これは、翻訳の違いに拠るかもしれないが、それとは別に、私見では、PS理論の深化に拠ると感じるのである。
 例えば、シュタイナーがルシファーやアーリマンと名指した「悪魔」であるが、これは、PS理論で説明できると思った。
 シュタイナーは哲学博士であり、また、自然科学を専攻した人間であることを考えると、彼の「オカルト」・宗教・神秘学的用語は、PS理論的に哲学・科学的に転換できるのもある意味で当然である。
 後で、それを少し提示したい。

追記:ひと言言えば、ルシファーとは、個の原理であると言えよう(正確に言うと、Media Pointと同一性の連続志向性である)。そして、アーリマンとは、同一性=物質の原理である。そして、キリストは、ルシファーの連続性を切断したときに生じるの不連続性に拠る差異共振性であると言えよう。
 また、エーテル体は、⇒+1の⇒であり、アストラル体は、-1であると思われる。

追記2:おそらく、いちばんの問題は、シュタイナーの「自我」をどう捉えるかである。
 PS理論では、自己を重視する。それは、自我とは全く異なるものである。思うに、シュタイナーの自我とは、+iのことだと思う。これが、近代においては、+1と等価となると考えられる。即ち、+i⇒+1である。
 思うに、シュタイナー精神科学に欠けているのは、不連続性、即非性、他者-i、Media Point等の概念である。


追記3:不連続性や即非性の概念がないために、修行者が誤謬に陥らないように、即ち、幻想と真実とを混同しないように、執拗に慎重な注意深さを説いていると考えられる。PS理論の視点からは、より明晰に解明することができよう。


   




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