INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2009/05/02

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2009年05月02日(Sat)▲ページの先頭へ
権力への意志Wille zur MachtとMedia Point:同一性志向性*差異共振志向性
思うに、「権力への意志」Wille zur Machtは、おそらく、ほとんど理解されていない、ニーチェの大天才的な概念ではないだろうか。ニーチェはほとんとPS理論に近づいていたと考えられる。端的に言えば、「権力への意志」とは、Media Pointの力学に触れていると推察できる。
思うに、「権力」Machtとは力学の「力」である。そして、意志であるが、以前触れたと思うが、自然(じねん))の「自」、即ち、「おのずから」に近いと思う。だから、自然力(じねんりょく)である。
 ニーチェの思想はきめて、自然科学的な発想に近づいているのである。それも、東洋的な自然科学というべきである。あるいは、自然哲学的である。
 ここでは簡単に触れるだけであるが、「力への意志」の「力」とは、思うに、Media Pointが生成する同一性志向性であり、また、回帰する志向性である。親鸞的に言えば、往相と還相である。
 同一性志向性とは仮象志向性(マーヤー志向性)である。可視的な現象世界の志向性である。端的に、光の志向性である。それに対して、回帰志向性とは、不可視の世界、イデアの世界、超越性の世界への回帰の志向性である。言い換えると、差異共振性・即非性への志向性である。
 思うに、同一性志向性、即ち、⇒+1とは、自然(じねん)生成であり、ある「力」である。エネルギーと言っていいだろう。この「力」=エネルギーは実在するものであり、それと、回帰する「力」=エネルギーと共に、自然を生成進展させる根源力と考えられる。
 問題は、この二つの「力」=エネルギーとは同じものなのか、それとも異質なものなのか、である。
 思うに、同一性志向性が正(プラス)の「力」=エネルギーならば、回帰志向性は負(マイナス)の「力」=エネルギーであろう。それを作用、反作用としていいか疑問である。
 思うに、正の「力」=エネルギーを陽力とすれば、負の「力」=エネルギーを陰力と呼べる。
 思うに、これは発生的なものというよりは、同時並立的なものではないだろうか。即ち、プラスの力と同時に、マイナスの力が作用しているのである。だから、極力である。
 しかしながら、人間においては、プラスの力への傾斜が特化しているのである。とりわけ、男性においてそうである。
 このために、人間においては、自然力は不均衡になっているのである。あるいは、両極端になりやすいのである。
 端的に言えば、同一性志向性が同一性主義へと転換するのである。つまり、同一性=物質主義が生まれるのである。そうすると、マイナスの力、差異共振力が否定・抑圧・排除・隠蔽されて、それが反動=狂気化するのである。
 もっとも、この傾斜があるために、「進化」があったと考えられる。物質科学・技術が発展したのである。また、戦争も拡大したのであるが。
 とまれ、ニーチェは「力への意志」の概念によって、自然の根源力、即ち、同一性志向性と差異共振志向性にほとんど到達したと思われる。
 ただし、ニーチェの場合、同一性志向性に傾斜している。そのために、権力主義肯定の方向があるのである。プラスとマイナスの極力があると見るのが正確であると考えられる。
 文明に応用すれば、西洋文明とは、同一性志向性、プラス・エネルギーに傾斜した文明であり、差異共振志向性を抑圧してきた父権文明であった。ただし、古代ギリシアやイタリア・ルネサンスにおいては、差異共振志向性、母権的志向性がはたらいていた。
 思うに、世界全体を考えれば、当然、極力の均衡作用がはたらくと言えよう。即ち、西洋文明のプラス傾斜に対して、東洋文明のマイナス傾斜がはたらくと考えられるのである。
 言い換えると、ユダヤ・キリスト教的同一性主義に替わって、「多神教」的差異共振主義が台頭するが正道・正義・正統であると考えられる。

ニーチェ全集〈12〉権力への意志 上 (ちくま学芸文庫) (文庫)
フリードリッヒ ニーチェ (著), Friedrich Nietzsche (原著), 原 佑 (翻訳)

ニーチェ全集〈13〉権力への意志 下 (ちくま学芸文庫) (文庫)
フリードリッヒ ニーチェ (著), Friedrich Nietzsche (原著), 原 佑 (翻訳)

力への意志
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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力への意志(ちからへのいし、ドイツ語:Wille zur Macht)は、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ の主要な哲学的概念のひとつであり、「我がものとし、支配し、より以上のものとなり、より強いものとなろうとする意欲」[1] があらゆるものの根源であるという思想 である。
解説 [編集 ]

この言葉が公刊された著書に初めて出てくるのは『ツァラトゥストラはこう語った 』第2部「自己超克」の章である [2] 。 そこでニーチェは、「賢者」たちが全ての物事を思考可能なものにしようとする「真理への意志」の正体が、一切を精神に服従させようとする「力への意志」であると批判している[3] 。すなわち、力への意志はルサンチマン と当初密接な関係があり、否定的なものとして記されていた。しかしやがてニーチェは力への意志を肯定的な概念としてとらえ直す。

力への意志は権力への意志と訳されることもあるが、力への意志の「力」は、人間が他者を支配するためのいわゆる権力のみを指すのではない。また「意志」は、個人の中に主体的に起きる感情のみを指すのではない[4] 。力への意志は自然現象を含めたあらゆる物事のなかでせめぎあっている[5] 。力への意志の拮抗が、あらゆる物事の形、配置、運動を決めている。つまり、真理は不変のロゴス として存在するものではなく、力への意志によりその都度産み出されていくものなのである。この思想はジル・ドゥルーズ の差異の哲学に受け継がれた[6] 。

ニーチェは、キリスト教 主義、ルサンチマン的価値評価、形而上学 的価値といったロゴス的なものは、「現にここにある生」から人間を遠ざけるものであるとする。そして人間は、力への意志によって流転する価値を承認し続けなければならない悲劇的存在であるとする。だが、そういった認識に達することは、既存の価値から離れ、自由なる精神を獲得することを意味する。それは超人 へ至る条件でもある[7] 。

力への意志という概念はナチス のイデオロギー に利用されたが、現在ではニーチェの哲学を曲解したものであるとする見方が強い[7] 。

著書 [編集 ]

ニーチェは『力への意志』を著すために多くの草稿を残したが、本人の手による完成には至らなかった。ニーチェの死後、これらの草稿が妹のエリーザベト によって編纂され、同名の著書として出版された[8] 。 ただし、力への意志という言葉は『ツァラトゥストラはこう語った』や『人間的な、あまりにも人間的な』の中でも登場し、その概念をうかがい知ることができる。

脚注 [編集 ]

1. ^ ニーチェ著、原佑訳 『権力への意志』下巻、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、1993年、p.216。
2. ^ 今村仁司編 『現代思想を読む事典』 講談社〈講談社現代新書〉、1988年、pp.423-424。
3. ^ ニーチェ著、氷上英廣訳 『ツァラトゥストラはこう言った』上巻、岩波書店〈岩波文庫〉、1967年、pp.193-194。
4. ^ 貫成人 『真理の哲学』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2008年、第1章§2。
5. ^ 貫成人 『図解雑学 哲学』 ナツメ社、2004年、p.134。
6. ^ 『わかりたいあなたのための現代思想・入門』 別冊宝島44、宝島社、1984年、pp.22-23。
7. ^ a b フリードリヒ・ニーチェ#思想 を参照。
8. ^ 日本語訳: ニーチェ著、原佑訳 『権力への意志』上下巻、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、1993年。

関連項目 [編集 ]

* フリードリヒ・ニーチェ
* エリーザベト・フェルスター=ニーチェ
* ツァラトゥストラはこう語った
* イデオロギー

執筆の途中です この「力への意志」は、哲学 に関連した書きかけ項目 です。この記事を加筆・訂正 して下さる協力者を求めています 。(Portal:哲学 )


   




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