INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2009/04

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2009年04月29日(Wed)▲ページの先頭へ
近代経済学崩壊と民主主義的自由主義:社会的資本主義=郷土共同体資本主義:又は絶対的差異資本主義
テーマ:新共同体主義的資本主義:トランス資本主義

以下、副島氏が、世界のケインズ理論への回帰について述べ、それでも、世界恐慌は阻止できないと述べているが、副島氏が述べているように、これまでのメインストリームの経済「仮説」が崩壊したことが、一つの重要な点である。そして、ケインズ「理論」ヘの回帰とは、結局、経済学自体の破綻を意味していると言えよう。
 PS理論的経済学についてはこれまで、何度も見取り図を書いているのでここでは詳述しないが、簡単に近代経済学の破綻の哲学的原因を述べれば、それは、他者から乖離したアトム=自我主義であることである。だから、経済が総体・全体として個々に関係していることが理解できない盲点をもっているのである。ケインズ理論は、経済の総体・全体、すなわち、社会=共同体性に少しは留意したものとは言えるが、国家統制資本主義なので、全体主義的である。
 ところで、私は先に、民主主義・即非・自由主義というトランス・モダン資本主義を提起したが、さらに言うと、社会的資本主義と呼べるのではないかと思った。
 この社会は共同体である。ただし、国家共同体ではなく、言わば、郷土共同体である。(国という言葉は、実にあいまいで、国家なのか、郷土なのか、それとも、中間なのか、わからないのである。私が亡国、売国というときの「国」は当然国家ではない。総合的な郷土というようなものである。日本島嶼という総合的郷土を意味している。だから、その中には、国家も入る。しかしながら、国家はあくまで一部に過ぎない。後で用語を整理したい。)
 だから、社会的資本主義とは郷土共同体的資本主義である。そして、それらは、共鳴圏を為すので、郷土共同体共鳴圏資本主義にもなる。当然、多元的共同体資本主義である。
 そして、これを実現するには、政治の「力」が必要である。民政を実現する立法府が必要である。企業の利益は社会、郷土共同体に還元させる立法を行うのである。そして、産業を、民主化させていくのである。
 後で精緻に検討したい。

参照:以下、スロー人氏の、目の覚めるような自由主義的資本主義肯定論を読まれたい。私も、以前、日本経済は官僚統制国家資本主義であることを述べた。
 問題は、新自由主義の唱えた「市場原理主義」である。それは、金融資本主義的市場原理主義であり、資本主義一般ではなかったと言えよう。
 とは言え、市場中心主義は、金融資本が独占することになるから、金融資本の民主・社会・共同体的制限が必要であると思う。もっとも、過渡的な方策としてである。
 とまれ、市場主義は前提としては正しい。市場資本主義である。問題はやはり金融資本である。もっとも、同一性金融資本ではなく、差異金融資本ならばいいのである。一言で言えば、資本主義の差異(絶対的差異)化にすべてかかっていると言えよう。そう、絶対的差異資本主義である。

* なぜ日本は不況のままなのか
* 資本主義経済よりも優れた経済システムはまだないのだから!
* ヒラムの儀式
* 台頭するアジアの力、賞味期限切れの日本

スロー人ロハス-Kritik der Politischen Ekonomie
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[1221]私の新刊本のこと、および、クルーグマン教授が、日本に謝罪のニューズ記事を載せる。

投稿者:副島隆彦投稿日:2009/04/26(Sun) 14:27:30

・・・・・

4月2日のロンドンでの、G20(ジー・トウエンティ)の金融サミットで、決まったことは、「抜け駆けを許さない」ようにして、マンデル・フレミングの法則に配慮しながら、開放経済体制(自由貿易体制)のまま、各国の金利と為替への監視体制を取りながら、世界全体(主要20カ国、世界GDPの90%)で、5兆ドル(500兆円)の、財政出動(公共事業、積極財政)の割り当て支出を締結したことだった。

完全に、ケインズ政策、ケインズ理論への大きな宗旨替えであり、世界全体で、ケインズ型の財政政策、一点張り、全面展開への踏み込みの大きな決定、大決断であった。 ということは、シカゴ学派のマネタリスト理論や、ネオコン派の凶暴な世界均質化政策や、ジョージ・ルーカクスの合理的期待形成理論や、竹中平蔵が新古典派とか言いながら、本当は、それとは似ても似つかぬ、強欲ユダヤ人系のデリバティブ凶悪理論(金融工学と言う名の大博打、そして大爆発した)などとは、全く対極にあるものだ。

もっと、縮(ちぢ)めて言えば、金融政策(マネタリー・ポリシー)すべてが大失敗して、大崩壊をしたので、財政政策(フィスカル・ポリシー、公共事業、実需経済)だけの、愚直な「古典的な」ケインズ政策
体系(実体経済重視の景気回復策、公共事業による大きな雇用の強制的な創出)への、一大決心による、世界的な合意のもとでの、回帰だ。

だから、3月30日に、高橋洋一(たかはしよういち)氏を、金融政策(量的緩和推進)派が、警察(=公設暴力団)を犯罪者として公然と使った、銭湯での窃盗という謀略政治 の形で、切り捨てたのだ。3月20日ごろに、根回しとして、世界的合意の上での、政策思想(ケインズ理論へ)の大転換が起きたのだ。 

これで、「アメリカ(NY)発の世界恐慌への突入」を、阻止できるとは、私は思わない。事態は、すぐに、再度の悪化を起こす。それは目に見えている。アメリカ(オバマ政権) は、80兆円(7870億ドル)の真水(まみず)での公共事情(財政出動、「グリーン・ニューディール計画」という、全土のボロボロの送電線(グリッド)の光ファイバー化、と、電気自動車、太陽光発電などへの財政資金=国庫 の投入)を行う。 それでも、一桁(ひとけた)違うだろう。
# ・気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板

「1033」 副島先生の新刊『日米「振り込め詐欺」大恐慌』(徳間書店)が発刊されました。また、6月20日(土)に、私たちの自力主催講演会「どぎつく社会の裏側を話す講演会〜言論は無制限に自由であるべきだ〜」を開催します。よろしくお願いします。2009.04.29

「副島隆彦の学問道場」
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2009年04月28日(Tue)▲ページの先頭へ
太陽活動の低下(黒点の異常な減少)と新型インフルエンザ:新黙示録
テーマ:医学・病気

私は先に、結核が流行していることを怪訝に感じた。そこで、おそらく太陽活動の低下について言及したのではないだろうか。言い換えると、「気」エネルギーが低下しているということである。
 どうも、今回の「恐怖」の豚インフルエンザの世界的拡大も、そのようなことが背景にあるのではないだろうか。
 ここで語源からinfluenzaを見てみよう。小学館ランダムハウス大辞典からである。

*****************

influenza

[1743.<イタリア語<中世ラテン語 influentia; イタリア語で16世紀始めから天体の影響とみなされる大流行の伝染病を指したが,1743年のイタリアかぜ[流感]から各国語に借用された; INFLUENCE]

influence

[中期英語<中世ラテン語 influentia 星の感化力;中世には星の光が体内に流れ込み心身に影響を与えると考えられ,のちに一般的な「影響」という意味になった; INFLUENT, INFLUENZA]

***************

つまり、インフルエンザとは天体がもつ信じられていた影響力によって生じた大流行の伝染病のことである。これは、占星術に拠る考え方である。
 占星術はそのままではあまりに不合理であるが、PS理論の視点を介すると、Media Pointにおけるエネルギーの放出が考えられるのであり、黒点が異常に減少しているというのは、太陽というMedia Pointからのエネルギーが不足しているということになり、免疫系がそれによって、弱化するということが考えられないことはない。
 道教的に言えば、「気」エネルギーが不足しているのである。そのために、免疫系が弱体化して、それまで、抑えられていたウィルス等が活性化するというのは、考えられるのである。
 そうならば、これから、さらに多くの新型インフルエンザが大流行することになるだろう。経済だけでなく、病気においても、「大恐慌」の事態となる可能性がある。私は西洋文明の終焉を唱えてきたが、それは、父権文明の終焉でもある。新黙示録的な時代になってきたと言えよう。新大洪水の時代である。

参照:次のように結核と宇宙環境の関係を示唆していた。
『結核と環境:「気」の浸透する田舎の環境
テーマ:医学・病気

結核が流行っているというのは何年も前から聞いてはいるが、感染の増加はなにか気にかかる。なにかが壊れているという直感がある。そう、日本人の身体の免疫系が壊れかけているのではないのか。それは、なんらかの自然・宇宙環境の突然変異的変化と関係しているのではないだろうか。
 中には謀略を言う人もいるが。思うに、食生活と都市環境に問題があるのではないだろうか。私はたまには、田畑や杉林に囲まれた田舎の実家に戻るが、はっきりと、「気」に浸透されているのが直覚される。東京に戻ると、「気」はほとんど感じられないのである。』
http://ameblo.jp/renshi
/entry-10238732013.html

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新型インフルQ&A:症状や感染経路、治療方法は?
豚インフルエンザ感染拡大を知らせる電光掲示板=東京・有楽町で2009年4月28日午前9時32分、尾籠章裕撮影
豚インフルエンザ感染拡大を知らせる電光掲示板=東京・有楽町で2009年4月28日午前9時32分、尾籠章裕撮影

 豚インフルエンザの世界各地への流行の広がりで注目される「新型インフルエンザ」。症状や予防法など基礎知識をまとめた。
 ◇ Q 新型インフルエンザとは何ですか?

 A 動物のインフルエンザウイルスが人に感染し、人の体内で増殖できるように変化した後、人から人へと効率よく感染できるようになった未知のウイルスによって発症するインフルエンザです。現在、流行しているインフルエンザとは異なり、人類のほとんどが新しいウイルスに対する免疫を持たないため、簡単に感染しやすく、世界的大流行(パンデミック)につながる恐れがあると警戒されています。今回は豚インフルエンザウイルスの感染が広がり、世界保健機関(WHO)が警戒レベルを引き上げました。想定されていた鳥インフルエンザから変異した新型インフルエンザとは異なりますが、日本政府は新型インフルエンザと認定しました。現代社会は、都市への人口集中、大量輸送交通機関の発達などによって、短期間で世界中にまん延する可能性が高く、WHOや各国政府は、新型インフルエンザの発生に備えた対策を進めてきました。
 ◇ Q 警戒レベル引き上げを受け、どのように行動すべきですか?

 A 現段階では、日本国内での感染者は確認されておらず、パニックになる必要はありません。厚生労働省のホームページ(http://www‐bm.mhlw.go.jp/index.html)などから正確な情報を入手して、落ち着いて行動してください。
 ◇ Q 新型インフルエンザは、どんな症状が出るのですか?

 A 高熱、頭痛、関節痛などの全身症状のほか、のどの痛みや鼻水など風邪のような症状が出ます。気管支炎、肺炎などが併せて起こり重症化することもあります。重症患者の発生割合は、ウイルスの毒性によって異なります。
 ◇ Q 新型インフルエンザは、どのように感染するのですか?

 A 主な感染経路は飛沫(ひまつ)感染と接触感染です。くしゃみやせきによって、唾液(だえき)や鼻水の細かい粒を吸い込むことと、汚染された手で鼻や目を触ることで感染すると考えられています。
 ◇ Q 新型インフルエンザの感染予防策を教えてください。

 A 厚労省が通常のインフルエンザに有効として挙げている予防策は以下の点です。

 ▽外出後には手洗い、うがいをする▽手洗いはせっけんを用いて15秒以上。水を十分にふき取る▽流行地への渡航、人ごみや繁華街への不要不急な外出をしない▽十分に休養をとり、体力や抵抗力を高め、バランスよく栄養をとる。

 新型が出現した場合も、同様の予防策に努めることが重要です。

 また他人に感染させないためにも、せきやくしゃみの症状がある人は、必ずマスクをつける「せきエチケット」の徹底を呼びかけています。
 ◇ Q 発熱など、発症が疑われる場合はどうすればいいですか?

 A 厚労省は、メキシコや米国から帰国した人などの問い合わせに応じる電話相談窓口(03・3501・9031)を設置しています。各地の保健所なども問い合わせに応じますので、指示に従って指定された医療機関で受診してください。
 ◇ Q 豚肉を食べても大丈夫ですか?

 A 豚肉や豚肉加工品を食べても、感染しません。インフルエンザウイルスは熱に弱く、通常の調理をすれば死滅するからです。WHOのホームページには、豚インフルエンザウイルスは70度で調理すれば死滅すると書かれています。また、万が一ウイルスが付着していても、インフルエンザウイルスは酸に弱いため、胃酸によって活動できなくなるためです。
 ◇ Q 今回の豚インフルエンザに感染した場合の治療法は?

 A WHOなどによると、インフルエンザ治療薬のタミフル(一般名リン酸オセルタミビル)とリレンザ(同ザナミビル)は効果があるとされます。シンメトレル(同アマンタジン)は耐性が確認され、効果が期待できません。
 ◇ Q 新型インフルエンザの発生は以前もあったのでしょうか?

 A 過去に発生した新型インフルエンザには、世界で約4000万人、日本で約39万人が死亡したスペイン風邪(1918年)や、アジア風邪(57年)、香港風邪(68年)があります。10〜40年周期で発生するとされ、警戒を求める声が高まっていました。【江口一、永山悦子】

http://mainichi.jp/select/science
/news/20090428k0000e
040074000c.html

新型インフルエンザ対策関連情報
国民の生命と健康を守るため
万全の対策を講じていきます。

「日本時間の4月27日23時、WHOにおいて専門家による緊急委員会が開催され、その結果を踏まえて公表されたWHO事務局のステートメントの中で、継続的に人から人への感染がみられる状態になったとして、フェーズ4宣言が正式になされました。

こうした事態を受け、厚生労働省としては、メキシコ、アメリカ、カナダにおいて、「感染症の予防及び感染症の患者に対する法律」に規定する新型インフルエンザ等感染症が発生したことを、ここに宣言します。

今後は。同法や検疫法に基づき、新型インフルエンザのまん延防止のため必要な措置を講じていくとともに、「新型インフルエンザ対策行動計画」等に則って、関係省庁と密接に連携しながら、国民の生命と健康を守るため、万全の対策を講じていくこととしております。」

厚生労働大臣 舛添要一


新型インフルエンザについてもっと知りたい! 新型インフルエンザQ&A


* 国・自治体としての対策
* 個人でできる対策
* 事業者・職場でできる対策

* 新型インフルエンザ対策行動計画
* 新型インフルエンザ対策ガイドライン

http://www.mhlw.go.jp/bunya
/kenkou/kekkaku-kansen
shou04/index.html
厚生労働省


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2009年04月25日(Sat)▲ページの先頭へ
日本文化の源流:一神教的父権文化と多神教的母権文化の日本二重文化:平成女神・母権文化復活へ
先に述べことの整理である。
http://ameblo.jp/renshi
/entry-10248545782.html

今はまったく勘働きで、思いつきを述べていく。先にも述べたが、東明聖王の建国伝説(神話:思うに、神話という言葉よりは伝説ないしは伝承と言う方が適切である)は、神話学者のジョセフ・キャンベルや『母権制』のバッハオーフェンの視点から言うと、明らかに、女神・母権文化を意味している。
 端的に、東明は母権的英雄であり、その点では、ケルト神話に似ていると言えよう。母権的英雄とは、大女神、大母神が背景に存している英雄であり、ギリシア神話のような父権的英雄は異なると考えられる。もっとも、ギリシア神話の英雄にも女神がついてはいるが、より父権的志向を意味していると考えられる。
 つまり、東明は、ケルト民族と同様に、女神・母権文化を体現しているということになる。それが、日本へ入ったとき、日本の土着的母権文化(卑弥呼の母権文化)と融合するのは、見やすいことである。卑弥呼の母権文化がシャーマニズム文化ならば、東明の女神・母権文化は、いわば、古代オリエント的文化である。あるいは、古代エジプト的文化である。即ち、イシスとオシリス神話的である。死んで蘇る神の神話である。死と復活の神話である。
 当然、シャーマニズムと死と復活神話は結びつきやすい。結局、女神が支配する霊魂の神話である。
 もし、そうならば、記紀にある父権神話をどう見るのかである。
 つまり、天孫降臨神話をどうみるのか、ということになる。明らかに、男尊女卑がある。それは、聖書に近いと言えよう。そうすると、女神・母権神話以外に、父権神話がやはり入っていたということになる。
 ここで考えられるのは、先にも触れたが、異質な文化、つまり、二種類の民族・文化の侵入である。一つは、東明的母権民族であり、一つは、ユダヤ的父権民族である。後者の父権意識が、記紀の男尊女卑をもたらしたのではないだろうか。しかるに、実質においては、土着的文化(卑弥呼的シャーマニズム文化)と東明的母権文化の融合に拠る母権文化がかなり濃厚にあったはずである。つまり、古代日本において、母権文化と父権文化の強烈な衝突があったのであり、その痕跡が記紀ではないだろうか。先に述べたように、ギリシア神話と似ているのである。ただし、ユダヤ的なものが入っていると、それは、ギリシア神話よりも、超越性が強化されよう。
 先に触れたが、日本書紀の日神と素戔嗚尊の争いは二つの文化の衝突を意味していて、表面的には、男尊女卑なのである。
 そうすると、古代日本においては、一神教的父権文化と多神教(以下、多神教という用語にシャーマニズム、アニミズムを含めて使用している)的母権文化が強烈に混淆したということが考えられよう。
 この考えは、先の日本二重文化論よりも展開している。先は単に、母権文化と父権文化の二重文化性を述べたに過ぎなかったが、今や、多神教的母権文化と一神教的父権文化の二重性となったからである。
 そう見ると、明治維新の社会変革が何であったかよくわかるだろう。つまり、日本二重文化の一神教的父権文化が中心となり、多神教的母権文化をともないながら、新生した史的大変革である。しかし、前者が国家神道となり、後者を否定していった歴史が近代日本ではなかったか。そして、狂気の戦争へと突入して、破滅したのである。
 そして、戦後は神道が否定されて、日本文化は魂を喪失した。しかしながら、日本二重文化の多神教的母権文化の活性化が今日考えられるのである。
 今日、日本二重文化の一神教的父権文化が支配的となり、平成ファシズム的になっているのである。今日の日本の危機を乗り越えるには、日本二重文化のいわば、基盤である女神・母権文化に回帰する必要があるのではないだろうか。今はここで留める。

参考:
東明聖王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東明聖王
ファイル:Goguryeo-monarchs(1-6).PNG
各種表記
ハングル : 동명성왕
漢字 : 東明聖王
片仮名 :
(現地語読み仮名) トンミョンソンワン
英語 : Dongmyeong-seongwang
表 ・話 ・編 ・歴

東明聖王(とうめいせいおう、(紀元前58年 - 紀元前19年 )は、高句麗 の初代国王(在位:紀元前37年 - 紀元前19年 )であり、東明王とも呼ばれる。姓は高、諱 は朱蒙(しゅもう、주몽、チュモン)または鄒牟(すうむ、추모、チュム)、衆解(しゅうかい、중해、シュンヘ)とされる。天帝の子を自称する解慕漱 (かいぼそう、해모수、へモス)の子、または扶余 の金蛙王 (きんあおう、금와왕、クムワワン)の庶子とされる。扶余の7人の王子と対立し、卒本(遼寧省 本渓市 桓仁 )に亡命して高句麗を建国し、初代の王となった。
建国神話 [編集 ]

「東明」を始祖にする建国神話・始祖伝説は、扶余・高句麗・百済 に共通して見られるが、歴史的にみれば扶余建国神話の東明と高句麗始祖の朱蒙とは別の人物だと見当がつく。しかしながら東明伝説も朱蒙伝説も筋書が構造的に共通するところが多く、その特徴は檀君 神話と同じく、王の政治的権威の源泉を天に帰属させながら、農業生産を左右する水の神霊の権威を同時に主張することである。ここでは高句麗の建国神話を『三国史記 』に基づいて記述する。扶余の建国神話については後述。百済の始祖神話については、「温祚王#建国神話 」を参照。

天の神の子 [編集 ]

朱蒙は河伯 (ハベク、水神)の娘である柳花(りゅうか、ユファ)を、天帝の子を自称する解慕漱(ヘモス)が孕ませて出来た子と言う。扶余 の金蛙王が柳花を屋敷の中に閉じ込めていると、日の光が柳花を照らし、柳花が身を引いて逃げても日の光がこれを追って照らし、このようにして柳花は身ごもり、やがて大きな卵を産んだ(古代朝鮮では卵は神聖なものとされており、この話は朱蒙を神格化するためのものであると考えられる)。金蛙王はそれを気味が悪いとし、豚小屋などに捨てさせるが、豚がおびえて近かづかなかった。金蛙王はあらゆるところに捨てようとしたが、鳥が卵を抱いて守った。終いには自らで壊そうとしたが硬くて壊せなかった。数日後卵が割れ、男の子が生まれた。それが朱蒙である。

金蛙王の7人の王子たちとの対立 [編集 ]

朱蒙の名の由来は東扶余の言葉で弓 の達人と言う意味である。朱蒙は名のとおり、弓の達人であった為に7人の王子に睨まれた。

朱蒙が20歳になったとき烏伊・摩利・陝父(オイ・マリ・ヒョッポ)の家臣ができた。ある日その3人と一緒に狩に出かけた朱蒙は金蛙王(クムワ)の7人の王子と出会ってしまった。王子たちは1匹の鹿 しか捕まえられなかったが、朱蒙は6匹の鹿を捕まえた。王子たちは落ち込んだが、もう一度狩りをすることになった。王子たちは朱蒙たちの獲物を奪い、朱蒙たちを木に縛って王宮に帰ってしまった。朱蒙は木を引っこ抜き、縄を切って3人の家来たちを助け、王宮に帰った。これを知った、7人の王子たちは父である金蛙王に讒言し、朱蒙を馬小屋の番人にしてしまった。

母親である柳花は朱蒙を脱出させようと考え、良い馬を選ばせる事を決心した。そして朱蒙はある馬屋に行って幾多の馬に鞭を振り回し、その中で一番高く飛び上がった馬の舌に針をさしておいた。その馬はまともに食べることができなくなり、痩せて格好悪くなってしまった。金蛙王がその馬を朱蒙に与えた後、朱蒙は馬の舌からやっと針を抜き出し、三日間にわたってその馬に餌を食べさせた。

亡命と建国 [編集 ]

朱蒙は烏伊・摩離・陝父らとともに旅に出た。淹D水(鴨緑江の東北)まで来たときに橋がなく、追っ手に追いつかれるのを恐れて、川に向かって「私は天帝の子で河伯(水神)の外孫である。今日、逃走してきたが追っ手が迫ろうとしている。どうすればいいだろうか」と言った。そうすると、魚や鼈(スッポン)が浮かんできて橋を作り、朱蒙たちは渡ることができた。朱蒙たちが渡り終わると魚たちの橋は解かれ、追っ手は河を渡れなかった。さらに進んで卒本に至って都邑を決め、漢 の孝元帝 の建昭 2年(西暦紀元前37年 )、新羅 祖の赫居世 21年の甲申歳(紀元前37年)に国を建て高句麗 とした。即位直後より辺方を侵略した靺鞨族を討伐して高句麗の民とし、沸流国松譲王の降参を受け、太白山(白頭山 )東南の荇人国を征伐し、紀元前28年には北沃沮を滅亡させた。

王位の継承 [編集 ]

紀元前19年5月、王子の類利(るいり、ユリ、後の瑠璃明王 )がその母(礼氏)とともに扶余から逃れてきた。朱蒙はこのことを喜び、類利を太子として後に王位を受け継がせた。同年9月に朱蒙は40歳で亡くなり、龍山に葬られて諡 号を東明聖王とされた。

建国の年 [編集 ]

『三国史記 』高句麗本紀に広開土王 は東明聖王の12世孫とするが、好太王碑(広開土王碑 )では好太王は鄒牟王の17世孫とする。このことから高句麗の建国となった甲申歳を紀元前277年にする説もある。また、『三国史記』は新羅 王室に連なる慶州金氏 の金富軾 が編纂したものであり、新羅中心主義的な記述とするために高句麗の建国年を新羅の建国よりも後にした、との見方もされている。

扶余の建国伝説との比較 [編集 ]

『後漢書 』夫余伝に見られる建国神話は、以下の通り。

昔、北方に索離国という国があり、王の婢が言われなく身籠ったため、王はこの婢を殺そうとした。婢は「天空に神聖なる気が立ちこめ、私に降り注いだために身籠ったのです」と答えた。王はこの婢を軟禁し、後に男子が生まれた。王はこの子を豚に食べさせようとして豚小屋の前に置いたが、案に相違して豚は息を吹きかけてその子を守ろうとし、死ぬことがなかった。王は今度は馬小屋に持っていったが、馬も同じようにその子を守ろうとした。王はこれは神意を表すものと思い、その母を許してその男子を東明と名づけた。東明は成長して弓術に優れたので、王は東明の勇猛振りを恐れて、これを殺そうと考えた。そこで東明は南方へ逃走し、掩D水に至った。川に向かって東明が弓を射ると、魚や鼈が浮かんできて橋を作り、東明はこれに乗って渡り逃れることができた。そして夫余の地に至って王となった。

「扶余の始祖としての東明」の伝説は、古くは『論衡 』吉験篇に見られる。また、『三国志 』夫余伝が『魏略 』からの孫引きとして伝えており、これらの史書の中の高句麗伝では、始祖伝説は見られない。『魏書 』に至って扶余伝はなくなり、代わりに高句麗伝のなかで高句麗の始祖伝説が伝えられるようになった。その伝説の骨子は、元来の東明伝説(扶余の建国神話)に、河伯(水神)の外孫であること、卵生であること、という要素が加わって、高句麗が扶余から出たこと、名を朱蒙とするというものである。また、東明伝説において東明が弓術に優れていたとするのと呼応するように、「朱蒙」という語は「善射」を意味する、とも書かれる。後に高麗 の時代になって、『三国史記 』(1145年 撰上)では、高句麗の始祖を「諱 が朱蒙、諡 が東明聖王」とするようになり、高麗の詩人である李奎報 (1168年-1241年)の叙事詩「東明王篇」(1194年 )においても、高句麗の始祖を東明王と同一視するようになった。さらには『三国遺事 』の時代になって民族的統合の象徴として檀君 に系譜化され、「東明王である朱蒙は檀君の子である」とされるようになったと考えられている。

従来より、扶余の東明伝説と高句麗の朱蒙伝説との共通構造から、両者の民族的同一性が唱えられてきた。しかしこれらの始祖伝説は単純に同一とはみなせず、高句麗の始祖伝説には南方系の卵生型説話の要素を含んでいることや、広開土王碑 文や『魏書』高句麗伝には「東明」の表現が見られないことなどから、東明伝説の構成を元に高句麗独自の概念を踏まえた始祖伝説が形成され、後には『三国史記 』には東明聖王と朱蒙とが同一視されたもの、と考えられている。

陵墓 [編集 ]

東明聖王の陵墓は平壌市 の東方25Kmの地点に推定陵墓が存在し、東明王陵と称されている。元来は集安 にあったものを、平壌遷都とともに遷されている。1993年 5月14日 に金日成 の指示により整備が行われ、敷地面積約220ha、王陵区域、定陵寺区域、陪墳区域が整備された。陵墓は1辺32m、高さ11.5mであり、周囲には中門、祭祀堂、石像などが設けられている。玄室内部には29種の壁画が描かれている。

東明聖王が登場する作品 [編集 ]

* 朱蒙 (テレビドラマ) (2006年、演:ソン・イルグク )

参考文献 [編集 ]

* 『三国史記 』第2巻 金富軾 撰 井上秀雄 訳注、平凡社〈東洋文庫425〉、1983 ISBN 4-582-80425-X
* 『朝鮮史』 武田幸男 編、山川出版社<新版世界各国史2>、2000 ISBN 4-634-41320-5


先代:
-



高句麗王
初代:前37年 -前19年



次代:
瑠璃明王


金蛙王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金蛙王(きんあおう、금와왕、クムワワン)は高句麗建国神話に現れる伝説上の人物であり、扶余 王解夫婁(かいふる、ヘ・プル)の子、東明王(東明聖王、朱蒙 )の父とされる。東明王の誕生については東明聖王 を参照のこと。
誕生 [編集 ]

解夫婁王は老いて子が無く嗣子を求めていた。ある日鯤淵(こんえん、地名)の池で、王の乗っていた馬が岩を見て立ち止まり涙を流した。王は不思議に思い、その岩を動かしてみると金色の蛙の姿をした子供がいた。王は天が私に嗣子を与えてくれたと思い、名を金蛙と名付け太子とした。

その後、宰相の阿蘭弗が「天の神が私に降臨して、『吾が子孫がいずれ国を作るだろう。この地から離れなさい。東海に迦葉原(かはばる、かしょうげん)という地がある。そこは五穀が良く実る。ここに都を遷すと良いだろう。』と言いました。」と解夫婁に進言し、王は都を迦葉原の地に遷都し国名を東扶余 とした。

このようにして扶余の都から元の王である解夫婁がなくなった後、天帝の子を自称する解慕漱(かいぼそう、へ・モス)がどこからか現れて、都を開いて扶余王となった。解慕漱がなくなった後、金蛙は扶余王となった。

名前 [編集 ]

金色のカエル の姿をした子供とは人間にとって不気味に思えるかもしれない。だが、古代中国ではカエルを神聖なものとして扱うことが多く、その文化の影響を受けた朝鮮半島でも神聖なものとして扱ったと思われる。

演じた俳優 [編集 ]

* チョン・グァンリョル (テレビドラマ『朱蒙 〜チュモン〜 』で金蛙を演じた)

参考文献及び外部リンク [編集 ]

* 三國史記 高句麗本紀
* 『三国史記 』第2巻 金富軾 撰 井上秀雄 訳注、平凡社〈東洋文庫425〉、1983 ISBN 4-582-80425-X


卑弥呼
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
卑弥呼(ひみこ、175年 頃? - 248年 頃)は、日本の弥生時代 後期における倭国 の女王 (倭王)とされる人物。邪馬台国 を治めた。封号 は親魏倭王 。後継には親族 の台与 が女王に即位したとされる。本来の表記は「卑(上部の「ノ」が無い)彌呼」である。


倭迹迹日百襲媛命
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索
天皇略系図(初代 - 第10代) SVGで表示(対応ブラウザのみ)

倭迹迹日百襲媛命(やまとととひももそひめのみこと、生没年不詳)は、孝霊天皇 の皇女。




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検討問題:日本文化:母権文化と父権文化の二重性
日本文化とは何であるのか、答え出すのが難しい。私は以前、キリスト教の問題がいちばん難しいと思ったが、キリスト教の謎は今や解かれてしまい、今や、日本文化がいちばんの謎である。
 今は余裕がないので、思いつきを述べるが、日本に侵入した民族は、基本的に、二種類あったのではないだろうか。一つは、欧州におけるケルト民族と近しい民族であり、母権制・女神の文化を伝えたのである。
 もう一つは、天孫降臨の父権的民族である。
 日本列島(倭国)の母体は、おそらく、縄文/弥生的なアニミズム/シャーマニズム文化である。
 記紀からわかるのは、父権文化が母権文化を抑圧しようとしていることである。しかしながら、一神教のようには、完全に否定するものではない。つまり、統合型である。
 とまれ、いちばん単純な融合は、土着的母権文化と大陸の父権文化の融合である。そして、父権的イデオロギーが表面的には支配的になった。しかし、実質は二重文化である。土台の母権文化とイデオロギーの父権文化である。
 天皇制とは、このモデルで説明されよう。実体は、母権文化、つまり、エジプトのイシス/オシリス神話ないしは古代オリエントの女神の文化である。
 しかし、その基盤の上に父権的な天皇が支配イデオロギーとして存するのである。
 もう一つの複雑なモデルは、以上の混淆にケルト文化的な民族が入ったものである。これは意外にありえると思うのである。何故なら、折口信夫の説く日本神話ないしは古代宗教はケルト神話と酷似しているからである。
 しかしながら、そうだとしても、必ずしも、ケルト民族的なものの侵入は必要だとは言えない。基盤に女神文化があればいいからである。
 そうすると、最初のもっとも単純なモデルが仮説になりうるのである。それは、一般的ではあるが、核心は、天皇制である。天皇=日御子とは、母権神話の太陽であり、かつ、父権神話の太陽という二重性を帯びているということである。単に天皇制を否定できないのは、その面があるからである。
 また、父権文化は抽象的な文化をもたらしたと言えよう。単に母権文化ならば、イメージだけの文化になり、高度な文字文化は生じなかったであろう。だから、天皇制の母権/父権の二重性は日本文化発展にとって有意義であったと言えよう。
 問題は、この二重性を日本人が認識しているかということである。歴史の進展において、なにかあいまいになってしまったのではないだろう。私見では、日本文化・社会・歴史等は、この母権/父権の二重性から解明されるべきである。ニーチェ的に言えば、ディオニュソス/アポロ文化である。
 日本は近代化において、父権的方向をとったと考えられる。もっとも、明治維新には、母権的ルネサンスもあったと思うが。
 そして、父権的方向が狂信的になり、帝国主義化して、敗戦する。そして、米国の覇権に組み込まれる。そして、その中で、日本の官僚その他の父権的勢力が日本を支配するようになったのである。
 また、戦後は一般に神道が否定され、近代合理主義が支配的なったので、母権文化が衰退したと言える。つまり、日本の伝統的な二重文化の危機が発生したのである。
 とまれ、神道を土台にした日本/東洋的精神をもう一度復活させる必要があると言えよう。そこには、仏教、道教、儒教等も入るのである。(但し、儒教の父権性は注意しないといけない。)
 父権文化は結局、同一性=物質主義文化を生んだのであり、差異=精神文化は衰退してしまったのである。
 問題は資本主義である。それは、同一性価値=交換価値によって駆動されている父権的なものである。この点は既述であるが、差異価値化が必要であるのである。
 政治の差異価値化と同時に、資本の差異価値化が必要である。差異的民主主義、差異的資本主義が必要なのである。
 とまれ、最後に付言すると、母権性(差異)と父権性(同一性)は不連続である。日本文化二重性において、この不連続的切断が必要である。それは、日本的個の誕生を意味するのである。

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2009年04月21日(Tue)▲ページの先頭へ
民主主義*自由主義の差異共振(即非)経済としてのオバマ政権経済路線:トランス・モダン政治経済路線
以下のオバマ大統領の経済路線に対する記事であるが、それから判断すると、私が先に唱えた民主主義的資本主義ないしは民主主義的自由主義に近いものである。
http://ameblo.jp/renshi
/entry-10244621138.html
つまり、単純化すれば、民主主義(「民主党」)と自由主義(「共和党」)の極性論理(即非論理)を考えているのであり、これまでの新自由主義的な、一元論(「一神教」)的な発想から脱却して、民主主義による自由主義への介入を肯定しているのである。しかしながら、極性論理(即非論理)であるから、自由主義自体を否定するのではなく、自由主義という極性を尊重しているのである。つまり、これまで、オバマ大統領の政治路線を差異共振路線と呼んだが、これを経済へ適用しているのであり、これは、近代資本主義を乗り越える理論であり、トランス・モダン資本主義ないしはトランス資本主義と呼べるものである。
 明らかに米国は変質したと言えよう。ただし、金融資本家への高額報酬の問題等が残っている。つまり、金融資本への妥協が強いのであり、この点がオバマ政権の大問題となっているのである。つまり、「ゾンビ」銀行が存続して、新しい胎動を潰す可能性があるのである。この点で、先に述べたように、絶対矛盾的なのである。
 そう、オバマ政権は二つの絶対矛盾がある。一つは、民主主義*自由主義であり、これは創造的なものである。しかし、他方、差異共振路線と同一性金融資本主義との絶対矛盾があるのである。これが、いちばんのネックなのである。

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Redefining Capitalism After the Fall
By RICHARD W. STEVENSON
Published: April 18, 2009

The economic philosophy that Mr. Obama developed during the presidential campaign drew from across the ideological spectrum even as it remained rooted on the center-left. As that philosophy has been tested in practice through his early months in office, the president has if anything become more comfortable with an occasionally intrusive government as a counterweight to market forces that are now so powerful and fast-moving that they cannot be counted on to be self-correcting when things go wrong. He regularly rebuts conservative criticism on that score by pointing out that it was George W. Bush, just before he left the White House, who put the government in the business of deciding which financial institutions would fail and which would be allowed to survive.

Yet if Mr. Obama’s position brings the United States full circle from Ronald Reagan’s nostrum that government is the problem, it also stresses continuity and a commitment to the most basic conservative tenets: the power of markets as an engine of innovation and prosperity, and the necessity of economic growth for improving incomes and living standards.

http://www.nytimes.com/2009/04
/19/weekinreview/19stevenson

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直感とはMedia Pointの即非感性であり、言語概念(悟性)と一如であり、差異理性が生起する
私の認識方法はほとんど直感ないしは直観が源泉であり、それを論理的に展開しているものである。だから、いわゆる、客観的資料の論理的展開による実証方法とはまったく異なるのである。
 私は直感/直観には認識があると思う。それは、イメージ、ヴィジョンであり、それを論理的に言語化していく作業が哲学ないしは知的行為である。
 カント哲学で言えば、直感は感性であり、言語は概念であり、悟性である。
 ここでPS理論から解明すれば、直感=感性とは、Media Pointのもつ即非感覚ではないだろうか。例えば、ある対象を視覚したとき、それを直感=感性で知覚する。たとえば、ある人物の態度や表情を見ると、その人の性格が直覚される。たとえば、かつて小泉元首相をテレビで見たとき、これはペテン師だと私は直覚したのである。
 これは、Media Point の即非感覚が対象を知覚するとき、対象が即非感覚からズレるものがあるのであり、それが、怪しいと判断されるのである。
 つまり、即非感覚が対象によって変形されるのであり、その変形が怪しさ、ペテン師というものなのである。そう、やはり、Media Pointはプラトンの言うコーラに相当するだろう。対象を受容して、対象に即して変形するのである。
 そして、この変形された即非感覚を言語化するのが、知的認識行為=哲学行為である。
 では、即非感覚と言語はどういう関係があるだろうか。それは、正に自己認識方程式で説明されよう。⇒が即非感覚であり、⇒+1が言語であろう。先に、即非現象ということを言い、そこでは、イメージと言語と一如であると言ったが、イメージは言語を志向するのである。言い換えると、イメージをノエシス、言語をノエマと言ってもいいだろう。
 ということで、認識の根源は感性・直感・イメージであると言っていいだろう。それから言語化が為されるのである。思うに、カントは感性と悟性の二元論であるが、PS理論からは感性が先にある、ないしは、両者一如であると言える。Media Pointの即非感性が根源なのである。
 つまり、即非感性が言語概念(悟性)と一如であり、その一如において、差異理性が生起すると言えよう。カントは、即非の論理を知らなかったので、理性のアンチノミー(二律背反)を説いたが、しかし、即非論理を認めると、そこには差異理性、つまり、即非理性が発生するのであり、アンチノミーは消えるのである。PS理論は、トランス・カント哲学である。

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D カント

・・・・・

【感性 Sinnlichkeit / 悟性 Verstand】
 人間の認識能力は、基本的に、〈感性〉と、〈悟性〉に分けられる。
 〈感性〉とは、対象に触発されて、表象を受取る〈受容性 Rezeptivita゙t〉の能力であり、〈悟性〉とは、表象を自ら産み出し、概念によって思惟する〈自発性 Spontaneita゙t〉の能力である。
 〈感性〉がなければ対象は与えられず、〈悟性〉がなければ対象は思惟されない。〈直観〉なき〈概念〉は空虚であり、〈概念〉なき〈直観〉は盲目である。したがって、〈感性〉も〈悟性〉も共に認識には必要不可欠の能力である。また、〈直観〉はあくまで〈感性〉によるべきであり、〈悟性〉だけによる〈知性的直観〉などない。
 しかし、おそらく、この2つの認識の根幹は、我々には知られていないが、共通的の根元から発生したものであろう。
http://www.edp.eng.tamagawa.ac.jp
/~sumioka/history/philosophy
/kinsei/kinsei03d.html

西洋哲学詳説

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2009年04月18日(Sat)▲ページの先頭へ
日本の起源と山岳/太陽信仰:神道は原始宗教の継承である
以下、てげてげの飯山氏の記事である。「日本国」の誕生の起源の推理である。
 神話からは、Media Pointにおける太陽への信仰が源泉であると思われる。それは、例えば、後年では、山越阿弥陀等に継承されているだろう。
 もっとも、私は人類の根源的宗教は太陽信仰、太陽崇拝、太陽神信仰にあったと思っている。神道は、それを、現代・今日でも原始宗教を継承している、奇蹟的な宗教である。
 後で日本国の発生について私説を述べたいが、これまで、漠然と南方系と北方系の「融合」に日本の起源を見て、前者を縄文・アイヌ系と通じるいわば古神道を、そして、後者には、弥生や古墳的な大陸父権文化との融合を見てきたが、最近は、Kaisetsu氏や飯山氏の説明を読み、また、それから喚起されて見て神話的な解明から、どうも日本に入ったツングース/朝鮮系の民族は、父権民族というよりは、太陽崇拝的母権民族であったのではないかと考えている。そして、いわば、土着的なアニミズム/シャーマニズムの文化(南方文化)に、この高度な太陽信仰母権民族とが融合して、日本が誕生したのではないかと思えている。
 この太陽信仰民族は、古代ギリシア民族、シュメール民族(インダス文明形成民族)、ツラン民族と関係すると推測している。
 思うに、それは新しい母権民族であり、それは土着の古い母権民族と融合して、大地に根づいた母権文化社会を形成したのではなかったか。それが、「天皇制」ではないだろうか。今はここで示唆するに留める。

@@@@@@@@@@@@@@@

◆ 2009/04/18(土) 鮮やかな朝の光の下で 『日本』 は生れた…
 「飯山さん,あなた,きょうは移動日だったね? だから要点だけ話すね.」
と言うヤン教授は,気配りの紳士.こちらの予定にも心配りをしてくれる.
.
…飯山さん,東大阪市の日下(くさか)町.知ってるでしょ? 生駒山の麓にある町.
日本書紀は,この山麓一帯を草香(くさか)と記録している.
そして,「日下 (ひのもと) の草香」と,枕詞(まくらことば)をつけていた.
なぜ 日下 (ひのもと)なのか?
…早朝,難波から生駒山を見る.
朝日が昇る時,草香は,「太陽の下=日の下」となる.
生駒山をバックに,鮮やかな朝の光が,草香一帯にあふれる.
朝の太陽の下で,草香の里が光かがやく….
これが 「日下(ひのもと)の草香」 の謂れだ.
やがて,草香(くさか)が 日下(くさか)になって…,
その日下(くさか)に 「日の本(下)の」 という枕詞がつく.
「日の本の日下(くさか)」.これが 『日本』 という国名の発祥だ.
この一連の 「言葉遊び」 を,難波に上陸した百済人たちは楽しんでいた.
百済国….
国は滅亡したが,日本列島に逃れ,新しい国 『日本』 をつくり,『天皇制』 をつくった.
その 『天皇制』 は,今でも日本国の根幹をなす “日本の象徴” だ.
金正日は 『東北工程』 との “闘い” のなかで,『天皇制』 の絶大な意味を知り…,
『天皇制』 に憧れ,自分も北朝鮮の 『天皇』 になろうとしていたが…,
最近は諦めたようだ.
すると,金正日の “次の一手” は,決まってくる.
『天皇の血筋』 を,北朝鮮で蘇らせる! という “起死回生の一手” だ.
その “舞台づくり” に,いま,北朝鮮は 躍起となっている….つづく 
飯山一郎の小さなHP:低下低下=てげてげ

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(以下、ウィキペディアからの出典)
神道
神道(しんとう・かんながらのみち)とは、日本 の民俗的な信仰体系であり、日本固有の多神教 の宗教 である。
概要 [編集 ]

神道は、太古の日本から信仰されてきた固有の文化 に起源を持つ宗教 である。日本列島 に住む民族 の間に自然発生的に生まれ育った伝統的な民俗信仰 ・自然信仰 を基盤とし、豪族層による中央や地方の政治体制と関連しながら徐々に成立した。なお、神道には明確な教義や教典がなく、『古事記 』『日本書紀 』『古語拾遺 』『宣命 』などといった「神典 」と称される古典を規範とする。森羅万象 に神 が宿ると考え、天津神・国津神 や祖霊 を祀り、祭祀 を重視する。浄明正直 (浄く明るく正しく直く)を徳目とする。他宗教と比べて、現世 主義的であり、性善説 的であり、祀られるもの(神)と祀るもの(信奉者)との間の連体意識が強い、などといった特徴が見られる。

・・・・・

由来と教義 [編集 ]

「神道」という言葉は、中国の『易経 』や『晋書 』の中に見えるが、これらは「神(あや)しき道」という意味である。これは日本の神道観念とは性質が異なるものである。

日本における「神道」という言葉の初見は、『日本書紀 』の用明天皇 の条にある「天皇信佛法尊神道」(天皇、仏法を信じ、神道を尊びたまふ)である。このように外来の宗教である仏教と対になる、日本固有の信仰を指したものだった。

中国では、信仰は「鬼道 」「神道」「真道 」「聖道 」の4段階に進化すると考えられ、仏教は一番進んだ「聖道」に達していると信じられていた。一番下の段階が「鬼道」で、『魏志倭人伝 』の中にもこの語が出てくる。次の段階が「神道」」(「神(あや)しき道」)である。すなわち、『易経 』や『晋書 』の中に見える「神道」(「神(あや)しき道」)という語は、鬼道よりは進んでいるが、まだまだ劣っているという蔑称である。日本における「神道」は中国道教の「真道」「聖道」といった進化に対して保守的であり、「鬼」が蔑称文字とされても「祈祷」の字を代用するなど、他の宗教の原理主義に近い状態を維持している。

明治20年(1887年)代になると西欧近代的な宗教概念が日本でも輸入され、宗教としての「神道」の語も定着し始める。明治30年(1897年)代には宗教学が本格的に導入され、学問上でも「神道」の語が確立した [2] 。

元々、神道にはイエス・キリスト や釈迦 のようなカリスマ 的創唱者が存在しなかった。政権による土着の民俗信仰との支配的な祭政一致 が行われた神道が教義を言語で統一的に定着させなかったのは、古代より「神在随 事擧不為國」[3] だったからであるとも言われている。そのため、外来諸教と融合しやすい性格を有することになったとも言う。しかし、神道のような土着の民俗信仰と宗派宗教 の併存例は世界各地で見られるものであり、日本が特に珍しい例というわけではない。実際には仏教公伝 の当初から廃仏派の物部氏 と崇仏派の蘇我氏 の間で抗争もあった。中世には伊勢神道 をはじめとして吉田神道 などの諸派が反本地垂迹説 など複雑な教理の大系をつくりあげてゆく。近世後期には平田篤胤 がキリスト教の最後の審判 の観念の影響を受けた幽明審判思想 やアメノミナカヌシ を創造神 とする単一神教 的な観念を展開するなど近代に連なる教理の展開を遂げた。近世に大きく発展した儒家神道 は次第に大衆に支持基盤を得て尊王攘夷 思想を広め、討幕の国民的原理ともなっていった。近代には神道事務局祭神論争 という熾烈な教理闘争もあったが、結局は政府も神道に共通する教義体系の創造の不可能性と、近代国家が復古神道的な教説によって直接に民衆を統制することの不可能性を認識して大日本帝国憲法 でも信教の自由 を認めせざるを得なかった[4] 。もっともそれには、欧米列強に対して日本が近代国家であることを明らかにしなければならないという事情もあった。神社神道 では教義を明確に統一できないことに由来する神道の「掴みにくさ」は、同時に言語に強く依存した外来の諸宗教に完全には吸収同化されない、身体感覚を重視した遠い昔からの所作の現われとして現代日本社会にもなお受け継がれている。この結果、仏教や儒教 、キリスト教などの受容後も、神道的なものが日本人の精神生活に幅広く残った。これらを俯瞰すると、抱擁的側面は出雲が有し、社会制御的側面を伊勢が受け持ったともいえる。

神道における「神」 [編集 ]

神道は多神教 だが、祖霊崇拝 性が強いため、古いものほど尊ばれる。1881年 の神道事務局祭神論争 における明治天皇 の裁決によって伊勢派 が勝利し、天照大神 が最高の神格を得たが、敗北した出雲派 的なものが未だに強く残っていたり、氏神 信仰などの地域性の強いものも多い。

気象、地理地形に始まりあらゆる事象に「神」の存在を認める。いわゆる「八百万の神 」である。この点はアイヌ の宗教にも共通する。詳細は神道における神 を参照のこと。また、生前業績があった人物を、没後神社を建てて神として祀る風習なども認められる(人神 )。



古神道

古神道(こしんとう)とは、6世紀 以前の古道 ・かんながらのみち と呼称された神道 の源流である日本古来の信仰 のこと。

原始神道・縄文神道・復古神道 とも言い、密教 ・仏教 ・道教 などの外来宗教の影響を受ける以前の神道のことでもあるが、神社神道 に対峙しての古神道という使われ方などもする。現在の神道や神社神道も古神道を内包していて不可分でもある。
概要 [編集 ]

古神道は、原始宗教 ともいわれ、世界各地で人が社会を持った太古の昔から、自然発生的に生まれその様相は、押並べて同様である。その要素は自然崇拝 ・精霊崇拝 (アニミズム )または、その延長線上にある先祖崇拝 としての命 ・御魂 ・霊 ・神 などの不可知 な物質 ではない生命 の本質としてのものの概念や、常世 (とこよ・神の国や天国や地獄)と現世 (うつしよ・人の国や現実世界)からなる世界観と禁足地 や神域 の存在とそれぞれを隔てる端境とその往来を妨げる結界 や、祈祷 ・占い (シャーマニズム )による祈願祈念とその結果による政 (まつりごと)の指針、国 の創世 と人 の創世の神話 の発生があげられる。


太陽神

太陽神(たいようしん)は、 太陽 を信仰の対象とみなし神格化したもの。

概要 [編集 ]

古代より世界各地で太陽は崇められ、崇拝と伝承は信仰を形成した。とりわけ「太陽の消失」にまつわる神話は世界中に散在し、多くの場合、太陽神が月神 と敵対したことが原因となっている。

太陽神といえばギリシア神話 やエジプト神話 に登場する男神を想像されるだろう。しかし、ブライアン・ブランストン を始めとする神話学者の中には、太陽神は男神よりも女神 のほうが主流であると論ずる向きがある。男神がギリシア神話やエジプト神話などの著名な神話に登場することが原因となり、太陽神=男神という解釈が生まれたというのである。[太陽=男=光]と[月=女=闇]の二元性は、オルペウス教 やグノーシス 主義の思想を源とするヨーロッパ地方の説話に少なからず見受けられるが、例外として、太陽が女神で月が男神となっているゲルマン神話 の存在は注目に値するものである。また、日本神話 の天照大神 も太陽神、女神であり、対をなす月神に月読命 を置いている。


・・・・・


山岳信仰

山岳信仰(さんがくしんこう)とは、山 を神聖視し崇拝の対象とする信仰 。自然崇拝 の一種で、狩猟 民族 などの山岳と関係の深い民族が山岳地とそれに付帯する自然環境 に対して抱く畏敬の念、雄大さや厳しい自然環境に圧倒され恐れ敬う感情などから発展した宗教 形態であると思われる。山岳地に霊的な力があると信じ、自らの生活 を律するために山の持つ圧倒感を利用する形態が見出される。
形態 [編集 ]

これらの信仰 は主に、内陸地山間部の文化 に強く見られ、その発生には人を寄せ付けない程の険しい地形を持つ山が不可欠とされる。

そのような信仰形態をもつ地域では、山から流れる川 や、山裾に広がる森林 地帯に衣食住の全てに渡って依存した生活を送っており、常に目に入る山からの恩恵に浴している。その一方で、これらの信仰をもつ人々は、険しい地形や自然環境により僅かな不注意でも命 を奪われかねない環境にあることから、危険な状況に陥る行為を「山の機嫌を損ねる」行為として信仰上の禁忌 とし、自らの安全を図るための知識として語り継いでいると考えられる。


・・・・・

日本の山岳信仰 [編集 ]

日本の古神道 おいても、水源・狩猟の場・鉱山 ・森林 などのから得られる恵み、雄大な容姿や火山 などのに対する畏怖・畏敬の念から、山 や森を抱く山は、神奈備(かんなび)という神が鎮座する山とされ、神 や御霊 が宿る、あるいは降臨する(神降ろし)場所と信じられ、時として磐座 (いわくら)・磐境(いわさか)という常世 (とこよ・神の国や神域 )と現世 (うつしよ)の端境として、祭祀 が行われてきた。また、死者 の魂 (祖霊 )が山に帰る「山上他界 」という考えもある(この他は海上他界、地中他界など)。これらの伝統は神社神道 にも残り、長野県 諏訪大社 や奈良県 三輪山 のように、山そのものを信仰している。農村部では水源であることと関連して、春 になると山の神 が里に降りて田の神となり、秋の収穫を終えると山に帰るという信仰もある。日本人ではないのだが、カールブッセ の詩「山の彼方の空遠く、幸い住むと人のいう」という言葉が、日本人の山岳信仰の信仰観を表しているだろう。

また仏教 でも、世界の中心には須弥山 (しゅみせん)という高い山がそびえていると考えられ、空海 が高野山 を、最澄 が比叡山 を開くなど、山への畏敬の念は、より一層深まっていった。平地にあっても仏教寺院が「○○山△△寺」と号するのはそのような理由からである。

チベット仏教 でも聖なる山は信仰の対象であるが、信仰は山自体に捧げられ、その山に登るのは禁忌とされる場合が多い。一方で日本では、山頂に達することが重要視されるのは注目すべきである。日本人の場合、山自体を信仰する気持ちももちろんあるのだが、そこから早朝に拝まれるご来光 を非常にありがたがる傾向が強く、山頂のさらにその先(彼方)にあるもの(あの世)を信仰していることが原因であろう。日本ではアニミズム としての太陽信仰 と山岳信仰が結びついているのである。
深山で修行をする山伏

その後、密教 、道教 の流れをくんだ修験者 や山伏 たちが、俗世との関わりを絶ち、悟りを開くために山深くに入り修行を行った。これは、後に修験道 や呪術的宗教などを生み出している。

山岳信仰は、もともとが自然崇拝 のアニミズム 的信仰から発展してきただけに、江戸末期まで神仏習合の形態を取ってきたが、神仏習合が明治 以後の神仏分離令 により禁止されて以後、もともと真言密教 系の修験 が強かった出羽三山 も含め、寺と神社が分けられ、信仰の本体の多くは神社の形態を取って存続した。

山が神界として信仰の対象となっていた一方で、死者 の霊 の集まる他界として、イタコ の口寄せ をはじめとする先祖霊供養にも発展をみせた。なお、民衆の間でも信仰の顕れとして登山を行う習慣があり、現在でも、霊場といわれる山岳をはじめとして、山には多くの人々が登っている。


修験道
熊野 の深山にて修行中の修験者

修験道(しゅげんどう)とは、山 へ籠もって厳しい修行 を行う事により、様々な「験」(しるし)を得る事を目的とする日本独特の混淆宗教 である。修験道の実践者を修験者 または山伏 という。




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資本主義方程式:民主主義的資本主義:「量的資本」主義から「質的資本」主義への新黙示録
生産方程式は、自己認識方程式と共通であったが、果たして、市場方程式はどうなのだろうか。また、資本主義の競争と成長について考えたい。
 今は後者の方が特に重要だと思われるので、初めにそれに関して検討したい。
 資本主義生産は、利益をあげるために、経営を量的に合理化する。ここでは、量的価値が支配しているのである。貨幣による交換価値の数量が支配するのである。しかし、当然ながら、商品の質的価値が重要である。要は、量的価値と質的価値との相克が資本主義生産の力学に存していよう。量的価値を+i、質的価値を-iとすれば、やはり、資本主義方程式は、自己認識方程式となる。即ち、(+i)*(-i)⇒+1である。(追記:+iとは本来は主体的差異であるから、それを量的価値とするのは、そのままでは問題がある。しかし、正確には、量=同一性価値志向性と考えられるので、+iでも問題はないと言えよう。)
 ⇒+1が資本主義生産であり、+1は、いわゆる、利益となるだろう。そして、この+1の量的価値を追求しているのが、資本主義産業である。
 問題は、量的価値を低下させ、そして、質的価値の向上をさせることが企業の至上命令となることである(技術革新とは、両者に関係する)。量的価値を低下させるための「合理化」が為される。しかし、このとき、人件費・勤労者数を低減化し、勤労時間を増大させたり、勤労形態に生活保障を低下させたり、また、環境への配慮を無視したりすることがなされる傾向にある。
 つまり、競争において、量的価値を「合理化」することにおいて、資本主義の反社会・反自然的活動が問題となるのである。勤労者や環境や社会等も質的価値に入れられるので、結局、量的価値が質的価値を否定していくことになるのである。つまり、資本主義方程式が量主義化して、それが倒錯化するのである。即ち、(+i)*[-(-i)]⇒-1となる。つまり、これまで何度も述べてきた、同一性主義-1となるのである。
 そして、これが同一性資本主義であり、金融資本主義も同じである。
 確かに、単価を安価にすることは購買者にとってはありがたいことである。また、質的にすぐれた商品ならば、それもありがたいことである。
 結局、資本主義生産がもっている量的価値傾斜力学を否定はできないで、乗り越える必要があるのである。単純に言えば、質的価値を強化して、バランスをとることである。即ち、(+i)*{-[-(-i)]}⇒+1へと回帰すべきということになる。そう、否定の否定である。
 しかしながら、これでは、競争に負けるのではないのか。質的価値を強化すると、量的価値の「合理化」ができなくなるということになるだろう。確かにその通りである。ここに資本主義生産の最大の難問がある。
 ここで視点を変えて見ると、資本主義は資本主義のままとして、それと相補となるシステムを入れたらどうだろうかということである。民主主義とは、実は、質的価値を追求するものであり、資本主義の量的価値の追求の駆動性とは対蹠的である。そこで、(資本主義+i)*(民主主義-i)⇒+1という方程式が考えられよう。これは、経済*政治⇒社会共同体とでもなろう。
 このときの政治とは、資本主義のマイナスを取り除くものではなくてはならない。例えば、政治は資本主義経済に拠る貧富差の拡大に対して、利益を取り過ぎる企業から税金を取り、貧者に分配するような作用が必要となるだろう。これは、利益を取り過ぎる大都市から税金を取り、それを地方へと分配することが必要であるのと同様である。
 そうすると、民主主義的政治共同体形態が生まれてくることになるのではないだろうか。思うに、国家とは別に、民主主義的共同体の形成が必要なのではないだろか。ここで、諸民は学んだり、成長したりすることになるだろう。ここで、民主主義政治を形成する知性を磨くのである。民主主義政治は今のところは国家形態を取るだろう。しかし、母体は、民主主義的共同体である。これは、草の根共同体であり、国家的行政組織体ではない。
 とまれ、この民主主義共同体とは、トランス資本主義政治志向をもつと言える。何故なら、資本主義の量的価値力学を矯めて、質的価値との共振をそこへもたらすからである。つまり、量的価値に傾斜している資本主義を乗り越える作用をそれは行うことになるからである。
 これは、これまでの資本主義が父権的資本主義ならば、母権的資本主義と言えよう。しかしながら、実質は、トランス資本主義である。
 この民主主義的政治共同体に拠る政治が資本主義を矯正できれば、資本主義は完全にトランス資本主義、共同体的経済へと転換するだろう。
 ということで、資本主義内部から変革することはきわめて不可能と思われるので、外部である政治から資本主義の変容を目指すことが必要となるのである。だから、民主主義的資本主義である。資本主義は基本的には自由主義である。だから、民主主義的自由主義である。自由民主主義ではなく、民主自由主義、「民自党」になるべきである。
 とまれ、このトランス資本主義は、当然、資本主義を衰退させるだろう。しかしながら、量的資本主義から質的資本主義への変換とは言えるだろう。
 後で再考する。

追記1:減価通貨導入のことを既述したので、ここでは触れない。
 日本においては、ほとんど民主主義が形式主義的であり、政治=立法府での決定を実践すべき行政府が官僚統制主義によって支配されて、逆に政治=立法府を支配しているという反民主主義的状態になっている。
 民主主義的資本主義にするには、この点を解決しないといけないのは当然である。日本の資本主義のいちばん大きな問題点は、ここにある。つまり、自由主義以前なのである。国家資本主義的であるということである。
 この国家資本主義が、政官財の反自由主義、反民主主義的構造を形成しているのである。勿論、ここには、マスメディアや外部の謀略等が絡んでいて、植草氏が説く「悪徳ペンタゴン」の「全体主義」が形成されていると見ていいだろう。
 この国家資本主義的「全体主義」は、量的価値=同一性価値によって駆動されているのであり、その点、資本主義自体の問題と結びついているのである。つまり、多元複合的量的価値=同一性価値(父権的価値)問題がここにはあるのである。
 とまれ、一言で言えば、量=同一性価値の全体主義的複合系の解体が必要であるということになる。言い換えると、父権主義文明の解体ということになる。そして、その行為はトランス・モダン文明、差異共振的新母権文明への進化と言える。現代は、文明の大転換の過程にあるのである。歴史的には少なくとも二三千年のスパンの問題である。(PS理論は、この大進化のための理論と考えられるのであるが、少数の優れた人たちは、本理論の実質を自ずから感得されているのである。)もっとも、日常現実的には、個々の絶対的差異(特異性)への苦痛への忍耐を伴った武人的な忠誠が最重要ではある。
 思うに、政治を脱同一性化=差異化することがいちばん現実的であろう。その他、なんらかの私的な共同体の形成が考えられるが、持続可能ではないだろう。
 結局、新民主主義的革新(新維新)が必要であるが、それは、差異主義的なものでなくてはならない。だから、精神性(新霊性)がそこにはなくてはならないのである。言うならば、新神道的民主主義的新維新ということになろう。
 また、民主主義も、平等というよりは、個々の差異を重視した個民主主義となるだろう。個民主義である。
 最後に、資本主義の質=差異化の問題に関して一言触れると、差異民主主義的法律を立法府で構築すべきである。それによって、量=同一性主義に傾斜した資本主義を質=差異共振的資本主義へと変質・進化させることができるようになるだろう。近代資本主義からトランス・モダン資本主義への進化的変容である。

追記2:「資本主義」とは何かという問題があるが、それは、資本主義方程式が表現していると言えるのであり、それが、近代という時代においては、量=同一性価値へと傾斜して、反民主主義的資本主義となったのである。しかるに、トランス・モダンという新時代においては、質=差異価値が中心化されるのであり、同一性資本主義に換わって、差異資本主義が構築されると考えられる。後で再検討したい。

追記3:市場方程式については触れなかったが、それは、先に示唆したように、単純に、生産者*消費者⇒売買そして商品*貨幣⇒価格、等ということで、やはり、自己認識方程式となると考えられる。

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資本主義方程式:民主主義的資本主義:「量的資本」主義から「質的資本」主義へ
生産方程式は、自己認識方程式と共通であったが、果たして、市場方程式はどうなのだろうか。また、資本主義の競争と成長について考えたい。
 今は後者の方が特に重要だと思われるので、初めにそれに関して検討したい。
 資本主義生産は、利益をあげるために、経営を量的に合理化する。ここでは、量的価値が支配しているのである。貨幣による交換価値の数量が支配するのである。しかし、当然ながら、商品の質的価値が重要である。要は、量的価値と質的価値との相克が資本主義生産の力学に存していよう。量的価値を+i、質的価値を-iとすれば、やはり、資本主義方程式は、自己認識方程式となる。即ち、(+i)*(-i)⇒+1である。
 ⇒+1が資本主義生産であり、+1は、いわゆる、利益となるだろう。そして、この+1の量的価値を追求しているのが、資本主義産業である。
 問題は、量的価値を低下させ、そして、質的価値の向上をさせることが企業の至上命令となることである(技術革新とは、両者に関係する)。量的価値を低下させるための「合理化」が為される。しかし、このとき、人件費・勤労者数を低減化し、勤労時間を増大させたり、勤労形態に生活保障を低下させたり、また、環境への配慮を無視したりすることがなされる傾向にある。
 つまり、競争において、量的価値を「合理化」することにおいて、資本主義の反社会・反自然的活動が問題となるのである。勤労者や環境や社会等も質的価値に入れられるので、結局、量的価値が質的価値を否定していくことになるのである。つまり、資本主義方程式が量主義化して、それが倒錯化するのである。即ち、
(+i)*[-(-i)]⇒-1となる。つまり、これまで何度も述べてきた、同一性主義-1となるのである。
 そして、これが同一性資本主義であり、金融資本主義も同じである。
 確かに、単価を安価にすることは購買者にとってはありがたいことである。また、質的にすぐれた商品ならば、それもありがたいことである。
 結局、資本主義生産がもっている量的価値傾斜力学を否定はできないで、乗り越える必要があるのである。単純に言えば、質的価値を強化して、バランスをとることである。即ち、(+i)*{-[-(-i)]}⇒+1へと回帰すべきということになる。そう、否定の否定である。
 しかしながら、これでは、競争に負けるのではないのか。質的価値を強化すると、量的価値の「合理化」ができなくなるということになるだろう。確かにその通りである。ここに資本主義生産の最大の難問がある。
 ここで視点を変えて見ると、資本主義は資本主義のままとして、それと相補となるシステムを入れたらどうだろうかということである。民主主義とは、実は、質的価値を追求するものであり、資本主義の量的価値の追求の駆動性とは対蹠的である。そこで、
資本主義+i*民主主義-i⇒+1という方程式が考えられよう。これは、経済*政治⇒社会とでもなろう。
 このときの政治とは、資本主義のマイナスを取り除くものではなくてはならない。
 例えば、政治は資本主義経済に拠る貧富差の拡大に対して、利益を取り過ぎる企業から税金を取り、貧者に分配するような作用が必要となるだろう。これは、利益を取り過ぎる大都市から税金を取り、それを地方へと分配することが必要である。
 そうすると、民主主義的政治共同体形態が生まれてくることになるのではないだろうか。思うに、国家とは別に、民主主義的共同体の形成が必要なのではないだろか。ここで、諸民は学んだり、成長したりすることになるだろう。ここで、民主主義政治を形成する知性を磨くのである。民主主義政治は今のところは国家形態を取るだろう。しかし、母体は、民主主義的共同体である。これは、草の根共同体であり、国家的行政組織体ではない。
 とまれ、この民主主義共同体とは、トランス資本主義政治志向をもつと言える。何故なら、資本主義の量的価値力学を矯めて、質的価値との共振をそこへもたらすからである。つまり、量的価値に傾斜している資本主義を乗り越える作用をそれは行うことになるからである。
 これは、これまでの資本主義が父権的資本主義ならば、母権的資本主義と言えよう。しかしながら、実質は、トランス資本主義である。
 この民主主義的政治共同体に拠る政治が資本主義を矯正できれば、資本主義は完全にトランス資本主義、共同体的経済へと転換するだろう。
 ということで、資本主義内部から変革することは不可能と思われるので、外部である政治から資本主義の変容を目指すことが必要となるのである。だから、民主主義的資本主義である。資本主義はもともとは自由主義である。だから、民主主義的自由主義である。自由民主党ではなく、民主自由党、民自党になるべきである。
 とまれ、このトランス資本主義は、当然、資本主義を衰退させるだろう。しかしながら、量的資本主義から質的資本主義への変換とは言えるだろう。
 後で再考する。

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高天原とオリュンポス山:虚軸ゼロ点と実軸ゼロ点:山巓がMedia Pointか?
先に閃いたことがあったが、忘れてしまった。とまれ、先に述べたことを補足しよう。
 高天原やオリュンポス山(これは、実際に存する)はMedia Pointに存すると述べたが、思うに、山巓(さんてん)に神々がいるが、それは、虚軸ゼロ点ではないだろうか。そして、降臨して到達したのが、実軸ゼロ点ではないだろうか。例えば、高千穂の峯である。
 思うに、山巓が微妙な境界である。高千穂の天の逆鉾が突き刺さっている場所が実軸ゼロ点ではないのか。ならば、虚軸ゼロ点はどこなのか。思うに、山巓に接した箇所ではないのか。それは、山巓自体ではないだろう。そう、山巓即非虚軸ゼロ点と言えるかもしれない。後で検討したい。

天逆鉾
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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天逆鉾(あまのさかほこ・あめのさかほこ)は、日本 の中世神話 に登場する矛 である。一般的に記紀 に登場する天沼矛 の別名とされているが、その位置付けや性質は異なっている。中世神話上では、金剛宝杵(こんごうほうしょ)、天魔反戈(あまのまがえしのほこ)ともいう。宮崎県 ・鹿児島県 境の高千穂峰 の山頂に突き立てられている。
諸説の変遷 [編集 ]

元来、記紀神話では、漂っていた大地を完成させる使命を持った伊邪那岐(イザナギ )と伊邪那美(イザナミ )の夫婦神が天沼矛を渾沌とした大地に突き立てかき回し、矛を引き抜くと、切っ先から滴った雫(あるいは塩)がオノゴロ島 となったとされていた(国産み )[1] 。

しかし中世に到り仏教 の影響のもと、この神話には様々な解釈が生み出され、天沼矛の性質も変容していく。

修験道 の神道書『大和葛城宝山記 』では、天沼矛を天地開闢 の際に発生した霊物であり大梵天王 を化生したとし、独鈷杵 と見なされ魔を打ち返す働きを持つとして別名を天魔反戈というとされている。更に天孫降臨 した邇邇芸命 (『日本書紀 』では瓊瓊杵尊)を瓊(宝石)で飾られた杵(金剛杵)の神と解し、「杵」を武器に地上平定する天杵尊、別名杵独王とした。

一方で両部神道 の神道書『天地麗気府録 』ではオノゴロ島に立てられた金剛杵であるとされ、これらの影響を受けた『仙宮院秘文 』では皇孫尊は天沼矛を神宝 として天下ったとされた。このため天沼矛=天逆鉾は地上にあると考えられるようになった。

所在 [編集 ]

天逆鉾の所在については『大和葛城宝山記』では天魔反戈は内宮滝祭宮にあるとされている。伊勢神道 (度会神道)の神道書『神皇実録 』ではサルタヒコ の宮処の璽(しるし)とされており、『倭姫命世記 』では天照大神 が天から天逆鉾を伊勢 に投げ下ろしたとし内宮御酒殿に保管されているとした。いずれも、伊勢神宮 に保管されていると説く。なお、北畠親房 は『神皇正統記 』の中でオノゴロ島である宝山にあると結論づけている。

高千穂の天逆鉾 [編集 ]

一方で天逆鉾が、大国主神 を通してニニギ に譲り渡されて国家平定に役立てられ、その後、国家の安定を願い矛が二度と振るわれることのないようにとの願いをこめて高千穂峰に突き立てたという伝承がある[2] 。

この矛の由来は不明だが一説によると奈良時代には既に存在していたといわれる[2] 。また、この天逆鉾、古来から誰も詳しく調べるなどとしようとした者は(多分、恐れ多くて)いなかったのだが、幕末の志士坂本龍馬 が高千穂峰を訪れた際、大胆にも引き抜いて見せたというエピソードがある。このエピソードは龍馬自身が手紙で姉に伝えており、手紙も桂浜の龍馬記念館に現存している。

なお、この天逆鉾はのちに火山の噴火で折れてしまい、現在残っているものはレプリカである。オリジナルは柄の部分は地中に残っており、刃の部分は回収され、島津 家に献上され、近くの神社に奉納されたが、その後も様々な人手を転々と渡って現在は行方不明となっている。

喜田貞吉 は、『神皇正統記 』などに触発され霧島山降臨の話を作り出した修験者 が高千穂峰の山頂に逆鉾を置いたと推察している[3] 。

兵庫県高砂市の生石神社 では、境内の石の宝殿 を天逆鉾、鹽竈神社 の塩竈 とともに「日本三奇」と称している。

脚注 [編集 ]
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1. ^ この際、本来長柄武器は刃を上にした状態が通常であるのに対し、刃を下に向けた状態、つまり逆さの向きで使ったため天逆鉾と呼ばれるという(村山 2006)。
2. ^ a b 村山 2006
3. ^ 宮崎観光情報-宮崎あっち、こっち

参考文献 [編集 ]

注釈に明記した以外は、ほぼ山本 1998に依っている。

* 山本ひろ子 『中世神話』(岩波書店 1998年)ISBN 4004305934
* 村山誠一郎  『新説 RPG幻想事典』 (ソフトバンククリエイティブ株式会社 2006年)ISBN 4797336846

関連項目 [編集 ]

* 天沼矛
* 中世日本紀
* 国産み
* 高千穂峰

執筆の途中です この「天逆鉾」は神道 に関連した書きかけ項目 です。この記事を加筆・訂正 などして下さる協力者を求めています (ポータル 神道 /ウィキプロジェクト 神道 )。


高千穂峰
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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高千穂峰
高千穂峰
標高 1,574m
位置 北緯31度53分10秒
東経130度55分09秒
所在地 宮崎県 ・鹿児島県
山系 霧島山
種類 複合火山
表 ・話 ・編 ・歴

高千穂峰(たかちほのみね)は、宮崎県 と鹿児島県 の県境に位置する複合火山 。標高は1,573メートルで、霧島 連峰の第二峰。典型的な成層火山 であり、西部に活火山 である御鉢 (おはち)、東部に二ツ石の寄生火山を従えた美しい山容を示し、霧島屋久国立公園 に属する。 行政境界が入り組んでおり、宮崎県小林市 、西諸県郡 高原町 、都城市 の境界部に鹿児島県霧島市 (旧姶良郡 霧島町 )が御鉢の部分で割って入る形となっており、さらに、都城市と高原町の境界は高千穂峰をめぐって未定となっている。

霧島連峰の第一峰である韓国岳 が山塊中の一峰であるのに比べ、高千穂峰は都城盆地 他平野部から直接望まれ、都城盆地にしばしば発生する雲海 に対し山頂部が島に見えることから霧島の名の由来ともなったとされる。天孫降臨 神話の地とされており、山頂にある青銅製の天之逆鉾が御神体として崇められている。
自然 [編集 ]
高千穂峰(2005/12/18)

更新世 の安山岩 で構成された比較的新しい火山である。山頂は溶岩ドームをなし、火口が塞がっている。一方、御鉢は直径東西約550メートル、深さ約200メートルの火口があり、1913年にも噴火を起こした。二ツ石は浸食が進み、火口の地形がほとんど残っていない。

東麓にある火山湖の御池(みいけ)周辺はヤイロチョウ 、ブッポウソウ などの野鳥 が飛来する。

植生 [編集 ]

火山活動が繰り返されているため土壌が貧弱であり、特に有史以降も活発に活動している御鉢に近い西側は荒れ地または草原となっている。北側及び東側は標高400から700メートルにかけてイスノキ とウラジロガシ 、700から1000メートルにかけてコガクウツギ とミズナラ 、1000から1500メートルにかけてキリシマヒゴタイ とニシキウツギ の林となっている。標高1000メートル以上の荒れ地にはミヤマキリシマ やマイヅルソウ が見られる。

南側山腹は標高900メートル付近までスギ 、ヒノキ 、アカマツ の人工林が多く、北側山腹も標高800メートル付近まで植林が進んでいる。東側山腹から御池にかけて広がるイチイガシ の林は植林されたものと考えられている[1] 。

神話と信仰 [編集 ]

天照大神 の孫であるニニギノミコト(瓊瓊杵尊) が、葦原中国 の統治のために降臨(天孫降臨 )した山であるとされ、『紀元節 の歌』(作詞 高崎正風)にも「雲に聳ゆる 高千穂の」と愛唱された。なお、天孫降臨の地を宮崎県北部の高千穂町 域に比定する説もある。

山頂には、ニニギノミコトが降臨したときに峰に突き立てたとされる、青銅製の天逆鉾 が立っており、山岳信仰 の舞台となった。かつて、山中には霧島峯神社が鎮座したが、噴火により社殿が焼失した。このため、山麓の鹿児島県側に霧島神宮 、宮崎県側に霧島東神社 (きりしまひがしじんじゃ)、狭野神社 (さのじんじゃ)などに分社したとされる。

坂本龍馬 が「日本最初の新婚旅行」として訪れたことが姉乙女宛の書簡に残されている。

フィクション [編集 ]

007は二度死ぬ (1967年 日英合作)において、スペクターのロケット工場のある火山島として登場。

脚注 [編集 ]

1. ^ 河野耕三 「霧島山の植生」 宮崎県総合博物館編・発行 『宮崎県総合博物館総合調査報告書 霧島山の動植物』 2004年

外部リンク [編集 ]

* 気象庁 火山の解説資料
* 国土地理院地図閲覧サービス 高千穂(鹿児島)

執事の途中です この「高千穂峰」は、日本の地理 に関連した書きかけ項目 です。この記事を加筆・訂正 などして下さる協力者を求めています (P:日本の地理 /P:日本の都道府県 )。

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2009年04月16日(Thu)▲ページの先頭へ
オリュンポス山と高天原はMedia Pointに存するのではないのか:参考:須弥山、磐座いわくら
検討問題であるが、ギリシア神話のオリュンポス山、そして、日本神話の高天原は、Media Pointに位置するのではないだろうか。また、天孫降臨の「天」であるが、これは、+iの「天」なのか、それとも、+iと-iの共鳴態としての「天」なのだろうか。文字面から見ると、天孫の「天」は、+iの父権的なものに見える。しかしながら、日本神話と東明建国神話と共通すると見ると、「天」は母権的な「天」となるだろう。
 先にも触れたが、Media Pointにおいて、天地一如、天地共鳴、天地即非となる。天は地であり、地は天であり、また、確かに、天は天であり、地は地である。そう、コスモスがここにはあるのである。これは、大元母の様態である。
 もし、天孫が大元母界からやってきたとすると、下界とは、当然、現象界である。それで、辻褄があうことになる。
 ならば、「天皇」とは何かということになる。この「天」をやはり、大元母の「天」とすると、大元母的皇帝となるだろう。これは、エジプト神話で言えば、イシスに対するオシリスである。つまり、オシリスとしての「天皇」ということになる。「日御子ひのみこ」である。とまれ、検討課題である。
 では、ギリシア神話の場合はどうなのだろうか。ゼウスを主宰神とする多神教であるが、どうみるのか。基本は、大元母としてのオリュンポス山ではないだろうか。そこへ、父権民族が入り、ゼウスが支配しているのではないだろうか。
 しかし、先に、東明建国神話関連で触れたように、ゼウスは金の雨となってダナエと交わるのであるが、それは、ゼウスを+i、ダナエを-iとすれば、それは、Media Pointの創造を意味しているのではないだろうか。
 つまり、それは、大元母のエネルゲイアを表現しているのではないだろうか。そう見ると、ギリシア神話は一見、父権的(ゼウス中心)であるが、そうではなく、母権的な原基、即ち、Media Pointの生成を表現しているのではないのか。
 とまれ、以上、問題提起である。

参照:
オリンポス山
『ウィキペディア(Wikipedia)』

オリンポス山
リトホロから眺めたオリンポス山
標高 2,917m
位置 北緯40度05分東経22度21分
所在地 ギリシャ
表 ・話 ・編 ・歴

オリンポス山(現代ギリシア語 : Όρος Όλυμπος, Óros Ólimbos, 英語 :Mount Olympus あるいは Mount Ólympos)は、ギリシャ のテッサリア 地方にある山 。現代ギリシア語による日本語 表記ではオリンボス山とも。古典ギリシア語ではオリュンポス山という。

標高は2,917m[1] で、ギリシャの最高峰 である。山麓が海面近くのため、山麓からの比高がヨーロッパで最も高い山の1つである。ギリシャ第二の都市テッサロニキ からセルマイコス湾をはさんで南西80kmのところにある。

オリンポス山は植物相がとても豊かであり、固有種 も23 種ある。固有種を含め、約1700種が生息する。最も高いピークはミティカス(MitikasまたはMytikas)と呼ばれ、ギリシア語で「鼻」を意味する。次に高いピークはスコリオ(Skolio, 標高2912m)。オリンポス山に登るには東側の山麓の町リトホロ(Λιτόχωρο、標高293m)から登る。リトホロはこの山のに登るルート上にあることから、「神の街」と呼ばれている。

神話 [編集 ]

オリンポス山は、ギリシア神話 ではオリュンポス十二神 の居所とされる山である。
この節は執筆の途中です この節は執筆中 です。加筆、訂正 して下さる協力者を求めています 。

注釈 [編集 ]

1. ^ 理科年表 平成19年、国立天文台編、丸善 ISBN 4621077635 p.567

関連項目 [編集 ]
ウィキメディア・コモンズ
ウィキメディア・コモンズ には、オリンポス山に関連するマルチメディア およびカテゴリ があります。

* オリンポス山 (曖昧さ回避) - 同名の山
* オリンポス山 (火星) - 太陽系 の最高峰
* オリュンポス十二神
* 聖火


高天原
『ウィキペディア(Wikipedia)』

高天原(たかあまはら、たかのあまはら、たかまのはら、たかまがはら)は『古事記 』の日本神話 と祝詞 に於ける天津神 の住まう場所である。

地上の人間が住む世界である葦原中国 や、地中にあるとされる根の国 ・黄泉 に対し、天上界にあったとされるが、古くから神話を現実的に解釈しようという要求から、大和、九州、北陸、富士山等実在の場所であったとの説もとなえられた。

原文は漢文であるため、どの訓が正しいかは或る程度推測にとどまる。ただし、古事記冒頭には「訓高下天云阿麻下效此」とあり、天はアマと読むように指定がある。通常は、「たかまがはら」という格助詞 【が】を用いた読み方が一般的であるが、この読み方が広まったのは歴史的には新しいとされている。
古事記における記述 [編集 ]

古事記においては、その冒頭に「天地(あめつち)のはじめ」に神々の生まれ出る場所としてその名が登場する。次々に神々が生まれ、国生みの二柱の神が矛を下ろして島を作るくだりがあるから、海の上の雲の中に存在したことが想定されていたのであろう。天照大神 が生まれたときに、高天原を治めるよう命じられた。須佐男命 にまつわる部分では、高天原には多くの神々(天津神)が住み、機織の場などもあったことが記述されており、人間世界に近い生活があったとの印象がある。葦原中国が天津神によって平定され、天照大神の孫のニニギ が天降り(天孫降臨 )、以降、天孫の子孫である天皇 が葦原中国を治めることになったとしている。

古事記以外 [編集 ]

『日本書紀 』においては本文にはほとんどみえず、わずかに第4の一書と養老4年(720年)に代々の天皇とともに持統天皇 につけられた和風諡号 「高天原廣野姫天皇」にあり、 また、『古語拾遺 』本文では1箇所天孫降臨の神勅と、他に祝詞説明の注に、現存の風土記では『常陸風土記』冒頭2語あるのみである。

所在地についての諸説 [編集 ]

高天原の所在地については古来より諸説あり、古事記における神話をどうとらえるかによりその立場が大きく異なる。

作為説 [編集 ]

神話は作られたものであるから、そこに出てくる高天原がどこにあったかなどと考えること自体が無意味であるとする説。山片蟠桃 の説が代表的なもので、古事記における神代のことは後世の作為であるとする。戦後主流となっている津田左右吉 の史観はこの考え方に基づく。現在でもほとんどの学者は、高天原神話は支配階級を天上界に由来するが故に尊いとする信仰を語ったものであるという説に与しており、思想的には別として次の天上説と実質的には同じである。

天上説 [編集 ]

高天原は神の住まう場所であるから天上に決まっており、それ以外の場所を考えるのは不遜であるとする説。本居宣長 の説が代表的なもので、戦前は皇国史観 と結びついてこの考え方が主流であった。

地上説 [編集 ]

神話は何がしかの史実を含んでおり、高天原も実在したものを反映しているとする説。現在の歴史学では、このような説は神話のつまみ食いになるだけで説得力のあるものではないとして、一般には避けられるが、前近代にはしばしば行われ、現在も愛好家の説によく見られる。新井白石 の説が代表的なもので「神とは人である」とする。地上説にはさらに国内説と海外説がある。国内説の中には、邪馬台国と高天原を関連付けて考える説もある。海外説の代表的なものは朝鮮半島説と中国南部説で、これは日本人 の起源説と共通の要素が多い。江上波夫 の騎馬民族征服王朝説 も海外説の一つである。 ちなみに、新井白石が説を唱えるまで、京都朝廷では高天原は大和国葛城 だとされていた。

日本各地の高天原 [編集 ]

* 葛城地域・金剛山高天台地区(奈良県御所市 高天 )

奈良県南部の御所市高天。金剛山麓 に広がる台地上に位置する。古くは葛城といわれた地域で、そこにそびえ立つ金剛山 は、古くは高天原山といわれていた。付近は天上の神々が住んだ高天原の伝承地で、ここに所在する高天彦神社 は、延喜式では最高の社格とされた名神[みょうじん]大社で、祭神は葛城氏の祖神高皇産霊[たかみむすび]神。社殿後方の白雲峯(694m)を御神体とする。参道の両側には杉の古木が立ち並び、神さびた雰囲気を漂わせている。江戸時代初頭までは、この地が高天原史跡 だというふうに考えられていた。高天原の史跡

* 高千穂地区(宮崎県高千穂町 )

宮崎県北部。天岩戸 や天香具山、高天原、四皇子峰等がある。高千穂神社では、天鈿女命 が舞ったことから始まったとされる高千穂の夜神楽 が伝承されている。

* 阿蘇・蘇陽地区(熊本県山都町 )

高天原神話の発祥の神宮 である「日の宮・弊立神宮 」がある。御神体は豊国文字と阿比留文字が彫られた石板であり、「アソヒノオオカミ」と「日文」が表裏に刻まれている。
なみに「弊立」とはヒモロギを意味し、太古 天の神が御降臨になった聖なる地とされている。

* 蒜山高原(ひるぜんこうげん)(岡山県真庭市 )

茅部神社の山を登ったところ。天岩戸、真名井の滝、天の浮橋等がある。

* 生犬穴(おいぬあな)(群馬県上野村)

小さな穴として従来から知られていたが、昭和4年に奥へと長く続いていることが発見された。狼の骨が多数発見されたことから命名、内部に高天原や天の安河原 などと名づけられた場所がある。

* 茨城県 多賀郡

新井白石 による説。古史通 にて高天原を常陸国多賀郡と比定。

関連文献 [編集 ]

* 鎌田東二 「高天原とは何か−聖なる他界の形成」 歴史読本臨時増刊『よみがえる神道の謎』 新人物往来社 1989年

関連項目 [編集 ]

* 高天彦神社
* 高天原山
* 高天原に神留坐す

外部リンク [編集 ]

* 高天彦神社
* 古事記・日本神話の伝承地〜高天原史跡ガイド


須弥山
『ウィキペディア(Wikipedia)』

須弥山(しゅみせん、本来の名称は須彌山、サンスクリット Sumeru、スメール山)とは古代インド(バラモン教 、仏教 、ジャイナ教 等)の世界観の中で中心にそびえる山 である。仏教の世界観では、須弥山をとりまいて七つの金 の山と鉄囲山 (てっちさん、Cakravāda)があり、その間に八つの海 がある。これを九山八海という。

「須弥」とは漢字 による音訳で意訳は「妙高」という。
仏教における須弥山世界観 [編集 ]
須弥山の概念図

『倶舎論 』によれば、風輪の上に水輪、その上に金輪がある。また、その最上層をなす金輪の最上面が大地の底に接する際となっており、これを金輪際(こんりんざい)という。なお、このことが俗に転じて物事の最後の最後までを表して金輪際と言うようになった。

我々が住むのは海水をたたえた金輪に浮かぶ贍部洲(閻浮提 、Jambūdvīpa)であり、須弥山中腹には日天と月天がまわっている。須弥山の高さは八万由旬 (yojana)といわれ、中腹に四大王天がおり四洲を守る。さらにその上の山頂の忉利(とうり)天には帝釈天 が住むという。須弥山の頂上に善見城がありインドラ (帝釈天)が住んでいる。

須弥山には甘露の雨 という雨が降っておりそれによって須弥山に住む天たちは空腹を免れる。

なお、シュメールと須弥山(Sumeru)とアンシャル にはそれぞれ類似性が指摘されている(詳しくは阿修羅 の項目を参照)

須弥山に例えられる物 [編集 ]

* カイラス山 はチベット仏教で須弥山と同一視され、周囲の山々を菩薩に見立てた天然の曼荼羅とみなし、聖地とする。
* 日本庭園 の須弥山形式 - 中央に突出する岩を須弥山に例える石組。

・・・・・

磐座
『ウィキペディア(Wikipedia)』

磐座(いわくら)とは、日本に古くからある自然崇拝(精霊崇拝・アニミズム)である古神道 のなかの一つの信仰をさす。

巨岩に対する基層信仰 の一種である。自然への信仰の例は岩 以外にも、禁足地 としての鎮守の森 (モリ自体が神社をさし、杜は鎮守の森自身である)や山に対する信仰、火(火山 )に対する信仰である三輪山 や富士山 などの神名火 (カムナビ)、滝などから、風雨 ・雷 という気象 現象までの多岐に渡るものである。

岩にまつわるものとして他にも磐境(いわさか)があるとされるが、こちらは磐座に対してその実例がないに等しい。そのため同一のものと目されることもある。日本書紀では磐座と区別してあるので、磐座とは異なるなにか、「さか」とは神域との境であり、神籬の「籬」も垣という意味で境であり、禁足地の根拠は「神域 」や「常世 と現世 」との端境を示している。

神事において神を神体である磐座から降臨させ、その依り代 (神籬 という)と神威をもって祭りの中心とした。時代とともに、常に神がいるとされる神殿 が常設されるに従って信仰の対象は神体から遠のき、神社そのものに移っていったが、元々は古神道からの信仰の場所に、社 (やしろ)を建立している場合がほとんどなので、境内 に依り代として注連縄 が飾られた神木や霊石が、そのまま存在する場合が多い。

現在ではご神木 などの樹木や森林または、儀式の依り代 として用いられる榊 などの広葉常緑樹を、神籬信仰や神籬 と言い、山や石・岩などを依り代として信仰することを磐座という傾向にある。


・・・・・

* 磐座・巨石、磐座、磐境、石神、巨石 - 磐座や磐境の写真を集めてあるサイト

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アトランティスとプラトンとシュタイナー:神話は精神的真実である
プラトンがアトランティス大陸のことを述べている。これを単なるお話・お伽噺とするのか、深い神話とするのかとでは大違いである。
 精神科学のシュタイナーははっきりとアトランティス文明を説いていて、現代は、ポスト・アトランティス時代であると述べている。神話は精神的な真実である。
 
1万2000年前に海底に沈んだアトランティス大陸の謎

R25 4月15日(水) 12時 0分配信 / エンターテインメント - エンタメ総合
今年の2月、英国の航空技師が「Google Earth 5.0」でアフリカ沖に街路跡らしきものを発見。それが世界中で、伝説の島『アトランティス』の発見なのでは? と話題になった。事の大きさにグーグルは渦中の跡を「海底調査の跡」と否定したが、もし伝説の発見なら何とも夢のある話。そこでアトランティス伝説がどんな伝説なのか、『世界一おもしろい海洋博物館』の著者、中江克己さんに聞いてみた。

「アトランティス伝説とは、今から約1万2000年前、現在のジブラルタル海峡の西にアトランティスという巨大な島があり、そこに高度な文明を持った王国が存在したという伝説。この国はあまりにも栄えたため、国王も人々も堕落。それが神の怒りに触れ、大地震・大洪水を起こされ、一昼夜にして島ごと沈没したとされています」

この“神の怒りに触れるほどの文化”は、豊富な穀物、果物、香料の収穫ができ、金や銀、金に次ぐ希少な金属「オリハルコン」をも産出する、アトランティス大陸の恵まれた大地により育まれたという。それを背景にアトランティス王国は多数の戦車や軍船を抱え、100万を超える兵士を持つ巨大な軍事国家を築き上げたそうだ。この話は、古代ギリシャの哲学者プラトンが自著で紹介し広まった。19世紀ごろからは歴史家などから所在についての諸説が唱えられ、地中海説、黒海説、北海説、南米説、約1万2000年前に太平洋に存在したという伝説の大陸「ムー大陸」と同一説などが挙がった。ただ、いずれも証拠は出てきておらず、一般的には伝説との見方が強いらしいが…。

「とはいえ、トロイやポンペイなど何千年もの間、神話にすぎないとされてきた古代都市が発掘された例はあります。このような前例があるため、アトランティス伝説は今なお多くの人を魅了しているのでしょう」

いまだ存在の有無は未解明だが、夢物語とも言い切れないアトランティス伝説。どうやら“信じるか信じないかはあなた次第”のようだ。
(R25編集部)

※コラムの内容は、フリーマガジンR25から一部抜粋したものです
http://zasshi.news.yahoo.co.jp
/article?a=20090409-000000
04-rnijugo-ent
◇Google Earthでの発見騒動
・ 「Google Earth」で伝説の島アトランティス発見?--グーグルは否定 - CNET Japan(2月23日)
・ Google Earthのアトランティス発見騒ぎは公式見解も怪しさムンムン - ギズモード・ジャパン(3月23日)

◇アトランティス大陸について
・ アトランティス大陸 - 超常現象の謎解き
・ アトランティス伝説 - 古代の不思議

◇そのほかの伝説の大陸
・ 伝説上の大陸 - フレッシュアイペディア

参考:
アフラ・マズダとミトラは、アトランティス時代の秘儀によって見出された「陽と陰」の神であり、「太陽と月」、「上位の神界と下位の神界」の神であることが解ります。そして、古代エジプトの秘儀やゾロアスター教の時代に、この流れが一つになり、後に、イエス・ベン・パンディラ(弥勒菩薩が転生した人物)が出現し、イエス・キリストの誕生へと時代が向っていったことになります。
http://blogs.yahoo.co.jp
/sakimorikeikan/55811414.html
地球の救い方・・・R.シュタイナーの人智学に学ぶ

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2009年04月15日(Wed)▲ページの先頭へ
国家資本主義(社会主義)路線は破綻する:差異主義市場と共利共恩経済:減衰通貨制度へ向けて
テーマ:超破局/超世界恐慌/超大洪水時代

オバマ政権の社会主義路線の、GMやクライスラーの株を国有化する考えであるが、確かに破産から崩壊へと向かう可能性が強いので、そうすると思うが、しかし、企業価値が乏しいものを、単に象徴的なものを守るために、国有化するのは、問題である。
 これは、やはり、役職等へ高額報酬がちらつくのである。しかしながら、不思議なのは、役職者が高額報酬をもらったとしても、例えば、ハイパー・インフレになったら、あるいは、新通貨体制になったら、意味がないのである。思うに、現在の金融大崩壊は、哲学的に、同一性主義=父権主義の崩壊なのである。つまり、個人が他者と関係なく存在しうるという同一性自我主義の終焉なのである。有り体に言えば、金があれば生きていけるという思想の崩壊なのである。
 PS理論が明らかにしたように、個とは、他者との共振関係で成り立っているのである。しかしながら、西洋近代主義は、他者との関係を否定する独我主義だったのであり、それが、サブプライム、デリバティブ、レバレッジ等を生み、崩壊したのである。
 結局、他者との相互関係で経済・社会が成り立っていることを無視して、独我主義=同一性主義価値で突き進んだのである。ある意味で単純素朴な真実がわかっていないのである。精神的盲目である。
 そして、今、市場主義がだめだから、国家主義へと転換している。古典派からケインズ派への逆行であるが、これは、うまくいかないことは自明である。
 結局、同一性主義市場経済だから、サブプライム等が生まれたのである。だから、差異主義市場経済ということが考えられるのである。この点は、減衰通貨論で述べたので、繰り返さない。そう、あるいは、兌換通貨体制の回帰が考えられるが、この点も既述した。
 そう、新経済哲学が今日必要なのである。それがないために、単なる同一性主義経済が生まれてしまったのである。
 結局、思うに、「利己主義」をどう見るのかが根本的であろう。私は「利己主義」を利我主義(造語)と呼んでいる。思うに、利個主義が必要なのではないか。個とは、差異共振的なのである。つまり、個であることは、他者との共鳴関係であるということである。即ち、「わたし」と自然、「わたし」と社会、「わたし」と経済、「わたし」と政治、等々が条件にあるのである。問題は、個とは、個的発展が望まれるのであり、それは、同時に、他者共鳴的な発展である必要があるのである。
 予感では、道徳的資本主義に転換すると思う。自分が儲けることというよりは、共利志向になると思うのである。「わたし」も「他者」も益する経済である。利他主義というのとは異なる。共利主義である。
 そのためには、貧者には、贈与する必要がある。銀行救済よりは、貧者に直接贈与して救済する必要があるだろう。投資一本主義ではなく、贈与も視点に入れるのである。いわば、高利貸しのスクルージからクリスマスのスクルージへの転換である。投資(追記:融資の方がいいだろう)と贈与の均衡をもった共利経済が必要と考えられる。
 では、具体的にはどうなのか。端的に言えば、減衰通貨制度がいいのである。金儲けという発想を無くす必要あるのである。共利主義が必要なのである。
 
政府、GM株など取得も=米紙報道

4月15日5時49分配信 時事通信

 【ニューヨーク14日時事】米紙デトロイト・フリー・プレス(電子版)は14日、米政府が経営危機にある自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)とクライスラーの株式を大量に取得する可能性があると報じた。破産法保護下に入る場合でも入らない場合でも取得の可能性があるという。関係筋の話として伝えた。
 ただ同紙は、どちらの企業に関しても政府がどれくらい株を取得するか、あるいは他の対策を選ぶかどうかは現段階では不明だとしている。金融機関救済の際には財務省はおおむね、優先株を取得している。 
http://headlines.yahoo.co.jp
/hl?a=20090415-00000

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「東明」を始祖にする建国神話・始祖伝説:母権的英雄神話?
東明や朱蒙の建国神話は興味深い。ギリシア神話に似ている。ゼウスが金の雨になってダナエーと交わったという神話がある。
 思うに、ここにあるのは、基底の母権神話と父権神話の混交である。あるいは、母権神話への父権神話の侵入である。日の光、金の雨は当然、父権的なものである。そして、豚は女神神話の聖獣と考えられる。馬は、両方に関係しよう。
 また、そこから生まれた王(英雄)の、東明・朱蒙は、母権と父権との融合を感じさせないことはない。私が先に、日本文化に関して、母権制と父権制の融合の可能性を示唆したことに通じよう。
 また、東明とは夜明け・黎明・曙光・払暁であり、朱蒙とは、夕日・夕焼け・落陽・日の入りではないだろうか。つまり、太陽神である。ギリシアでは、アポロンである。
 やはり、母権と父権の融合としての太陽神が考えられるだろう。いわば、文武両道である。平和主義者であり、武人である。
 では、問題は、母権的父権、父権的母権とは何だろうか。それは、実は、自己認識方程式で表現されているのではないだろうか。(+i)*(-i)⇒+1これが、それではないだろうか。これは、先に母権的な本性とした。しかし、⇒+1は差異共振性をもつ光であり、超越光且つ光、超越光・即非・光と考えられる。そう、いわば、ディオニュソス的アポロで、ニーチェが『悲劇の誕生』で示唆していたものと言えよう。
 では、さらに考えると、龍退治の英雄は何だろうか。一見、それは、父権的英雄である。それは、母殺しである。その点では、確かに、父権的英雄である。
 しかしながら、龍退治をしない英雄、龍的な英雄がいるはずである。それが、母権的英雄ではないか。どうも、東明・朱蒙は、そのようなものではないのか。そして、それが、日本の神話と関係するのではないのか。
 日本に渡ったのは、父権的民族というよりは、母権的民族ではなかったか。
 さらに問題は、父権的な神道の発生因である。平田篤胤の国学(神道)には、キリスト教が入っているという説がある。どうやら、明治の父権的神道は、キリスト教譲りかもしれない。
 本来の母権的神道が、その陰にあったのではなかったか。当然、後で再考したい。

東明聖王
『ウィキペディア』
東明聖王
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image:Goguryeo-monarchs(1-6).PNG
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各種表記
ハングル : 동명성왕
漢字 : 東明聖王
平仮名 :
(日本語読み仮名) {{{hiragana}}}
片仮名 :
(現地語読み仮名) トンミョンソンワン
ラテン文字転写 : {{{latin}}}
英語 : Dongmyeong-seongwang

東明聖王(とうめいせいおう、(紀元前58年 - 紀元前19年 )は、高句麗 の初代国王(在位:紀元前37年 - 紀元前19年 )であり、東明王とも呼ばれる。姓は高、諱 は朱蒙(しゅもう、주몽、チュモン)または鄒牟(すうむ、추모、チュム)、衆解(しゅうかい、중해、シュンヘ)とされる。天帝の子を自称する解慕漱 (かいぼそう、해모수、へモス)の子、または扶余 の金蛙王 (きんあおう、금와왕、クムワワン)の庶子とされる。扶余の7人の王子と対立し、卒本(遼寧省 本渓市 桓仁 )に亡命して高句麗を建国し、初代の王となった。
建国神話 [編集 ]

「東明」を始祖にする建国神話・始祖伝説は、扶余・高句麗・百済 に共通して見られるが、歴史的にみれば扶余建国神話の東明と高句麗始祖の朱蒙とは別の人物だと見当がつく。しかしながら東明伝説も朱蒙伝説も筋書が構造的に共通するところが多く、その特徴は檀君 神話と同じく、王の政治的権威の源泉を天に帰属させながら、農業生産を左右する水の神霊の権威を同時に主張することである。ここでは高句麗の建国神話を『三国史記 』に基づいて記述する。扶余の建国神話については後述。百済の始祖神話については、「温祚王#建国神話 」を参照。

天の神の子 [編集 ]

朱蒙は河伯 (ハベク、水神)の娘である柳花(りゅうか、ユファ)を、天帝の子を自称する解慕漱(ヘモス)が孕ませて出来た子と言う。扶余 の金蛙王が柳花を屋敷の中に閉じ込めていると、日の光が柳花を照らし、柳花が身を引いて逃げても日の光がこれを追って照らし、このようにして柳花は身ごもり、やがて大きな卵を産んだ(古代朝鮮では卵は神聖なものとされており、この話は朱蒙を神格化するためのものであると考えられる)。金蛙王はそれを気味が悪いとし、豚小屋などに捨てさせるが、豚がおびえて近かづかなかった。金蛙王はあらゆるところに捨てようとしたが、鳥が卵を抱いて守った。終いには自らで壊そうとしたが硬くて壊せなかった。数日後卵が割れ、男の子が生まれた。それが朱蒙である。

金蛙王の7人の王子たちとの対立 [編集 ]

朱蒙の名の由来は東扶余の言葉で弓 の達人と言う意味である。朱蒙は名のとおり、弓の達人であった為に7人の王子に睨まれた。

朱蒙が20歳になったとき烏伊・摩利・陝父(オイ・マリ・ヒョッポ)の家臣ができた。ある日その3人と一緒に狩に出かけた朱蒙は金蛙王(クムワ)の7人の王子と出会ってしまった。王子たちは1匹の鹿 しか捕まえられなかったが、朱蒙は6匹の鹿を捕まえた。王子たちは落ち込んだが、もう一度狩りをすることになった。王子たちは朱蒙たちの獲物を奪い、朱蒙たちを木に縛って王宮に帰ってしまった。朱蒙は木を引っこ抜き、縄を切って3人の家来たちを助け、王宮に帰った。これを知った、7人の王子たちは父である金蛙王に讒言し、朱蒙を馬小屋の番人にしてしまった。

母親である柳花は朱蒙を脱出させようと考え、良い馬を選ばせる事を決心した。そして朱蒙はある馬屋に行って幾多の馬に鞭を振り回し、その中で一番高く飛び上がった馬の舌に針をさしておいた。その馬はまともに食べることができなくなり、痩せて格好悪くなってしまった。金蛙王がその馬を朱蒙に与えた後、朱蒙は馬の舌からやっと針を抜き出し、三日間にわたってその馬に餌を食べさせた。

亡命と建国 [編集 ]

朱蒙は烏伊・摩離・陝父らとともに旅に出た。淹D水(鴨緑江の東北)まで来たときに橋がなく、追っ手に追いつかれるのを恐れて、川に向かって「私は天帝の子で河伯(水神)の外孫である。今日、逃走してきたが追っ手が迫ろうとしている。どうすればいいだろうか」と言った。そうすると、魚や鼈(スッポン)が浮かんできて橋を作り、朱蒙たちは渡ることができた。朱蒙たちが渡り終わると魚たちの橋は解かれ、追っ手は河を渡れなかった。さらに進んで卒本に至って都邑を決め、漢 の孝元帝 の建昭 2年(西暦紀元前37年 )、新羅 祖の赫居世 21年の甲申歳(紀元前37年)に国を建て高句麗 とした。即位直後より辺方を侵略した靺鞨族を討伐して高句麗の民とし、沸流国松譲王の降参を受け、太白山(白頭山 )東南の荇人国を征伐し、紀元前28年には北沃沮を滅亡させた。

王位の継承 [編集 ]

紀元前19年5月、王子の類利(るいり、ユリ、後の瑠璃明王 )がその母(礼氏)とともに扶余から逃れてきた。朱蒙はこのことを喜び、類利を太子として後に王位を受け継がせた。同年9月に朱蒙は40歳で亡くなり、龍山に葬られて諡 号を東明聖王とされた。

建国の年 [編集 ]

『三国史記 』高句麗本紀に広開土王 は東明聖王の12世孫とするが、好太王碑(広開土王碑 )では好太王は鄒牟王の17世孫とする。このことから高句麗の建国となった甲申歳を紀元前277年にする説もある。また、『三国史記』は新羅 王室に連なる慶州金氏 の金富軾 が編纂したものであり、新羅中心主義的な記述とするために高句麗の建国年を新羅の建国よりも後にした、との見方もされている。

扶余の建国伝説との比較 [編集 ]

『後漢書 』夫余伝に見られる建国神話は、以下の通り。

昔、北方に索離国という国があり、王の婢が言われなく身籠ったため、王はこの婢を殺そうとした。婢は「天空に神聖なる気が立ちこめ、私に降り注いだために身籠ったのです」と答えた。王はこの婢を軟禁し、後に男子が生まれた。王はこの子を豚に食べさせようとして豚小屋の前に置いたが、案に相違して豚は息を吹きかけてその子を守ろうとし、死ぬことがなかった。王は今度は馬小屋に持っていったが、馬も同じようにその子を守ろうとした。王はこれは神意を表すものと思い、その母を許してその男子を東明と名づけた。東明は成長して弓術に優れたので、王は東明の勇猛振りを恐れて、これを殺そうと考えた。そこで東明は南方へ逃走し、掩D水に至った。川に向かって東明が弓を射ると、魚や鼈が浮かんできて橋を作り、東明はこれに乗って渡り逃れることができた。そして夫余の地に至って王となった。

「扶余の始祖としての東明」の伝説は、古くは『論衡 』吉験篇に見られる。また、『三国志 』夫余伝が『魏略 』からの孫引きとして伝えており、これらの史書の中の高句麗伝では、始祖伝説は見られない。『魏書 』に至って扶余伝はなくなり、代わりに高句麗伝のなかで高句麗の始祖伝説が伝えられるようになった。その伝説の骨子は、元来の東明伝説(扶余の建国神話)に、河伯(水神)の外孫であること、卵生であること、という要素が加わって、高句麗が扶余から出たこと、名を朱蒙とするというものである。また、東明伝説において東明が弓術に優れていたとするのと呼応するように、「朱蒙」という語は「善射」を意味する、とも書かれる。後に高麗 の時代になって、『三国史記 』(1145年 撰上)では、高句麗の始祖を「諱 が朱蒙、諡 が東明聖王」とするようになり、高麗の詩人である李奎報 (1168年-1241年)の叙事詩「東明王篇」(1194年 )においても、高句麗の始祖を東明王と同一視するようになった。さらには『三国遺事 』の時代になって民族的統合の象徴として檀君 に系譜化され、「東明王である朱蒙は檀君の子である」とされるようになったと考えられている。

従来より、扶余の東明伝説と高句麗の朱蒙伝説との共通構造から、両者の民族的同一性が唱えられてきた。しかしこれらの始祖伝説は単純に同一とはみなせず、高句麗の始祖伝説には南方系の卵生型説話の要素を含んでいることや、広開土王碑 文や『魏書』高句麗伝には「東明」の表現が見られないことなどから、東明伝説の構成を元に高句麗独自の概念を踏まえた始祖伝説が形成され、後には『三国史記 』には東明聖王と朱蒙とが同一視されたもの、と考えられている。

陵墓 [編集 ]

東明聖王の陵墓は平壌市 の東方25Kmの地点に推定陵墓が存在し、東明王陵と称されている。元来は集安 にあったものを、平壌遷都とともに遷されている。1993年 5月14日 に金日成 の指示により整備が行われ、敷地面積約220ha、王陵区域、定陵寺区域、陪墳区域が整備された。陵墓は1辺32m、高さ11.5mであり、周囲には中門、祭祀堂、石像などが設けられている。玄室内部には29種の壁画が描かれている。


・・・・・


先代:
-



高句麗王
初代:前37年 -前19年



次代:
瑠璃明王



温祚王
『ウィキペディア』
温祚王
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Image:Baekje-monarchs(1-5).PNG
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各種表記
ハングル : 온조왕
漢字 : 温祚王
平仮名 :
(日本語読み仮名) おんそおう
片仮名 :
(現地語読み仮名) オンジョワン
ラテン文字転写 : Onjo-wang
{{{alphabet-type}}}: {{{alphabet}}}

温祚王(おんそおう、生年未詳 - 後28年 )は百済 の初代の王(在位: 前18年 - 後28年 )。源流を扶余 に求める神話を持ち、氏 は扶余、または余とする。
建国神話 [編集 ]

百済の始祖については、少なくとも3種の異なる系譜が伝えられているが、いずれも扶余 につながるものとなっている。また、後に日本に渡来した百済系の人たちの間では、その始祖を都慕王(ともおう、朱蒙)としていたとも伝わる。

『三国史記 』百済本紀 [編集 ]

温祚の父は鄒牟または朱蒙 (高句麗 の始祖)といい、北扶余から逃れて卒本扶余(遼寧省 本渓 市桓仁県)に着いた。扶余王には男児が無く娘が3人いたが、朱蒙の人となりを見て非凡の人であるとして二番目の娘を嫁がせた。その後、扶余王が亡くなったので朱蒙が王位について、二人の子をなした。長子を沸流(ふつりゅう、ビリュ)、次子を温祚といった。朱蒙がかつて扶余にいたときの子(後の高句麗の第2代瑠璃明王 )が朱蒙の下に来て太子となったため、沸流・温祚はこの太子に受け容れられないことを恐れて、烏干・馬黎らの10人の家臣と大勢の人々とともに南方に逃れた。漢山(京畿道 広州市 )まできて負兒嶽に上り、居留地として相応しいかどうかをみることとした。沸流は海浜に住みたいと言い出し、10人の家臣はこの地が都とするに相応しいと諌めたが聞かず、引き連れた人々を分けて、弥鄒忽(びすうこつ、ミチュホル、仁川広域市 )まで行ってそこに国を建て、温祚は漢山の地で慰礼城 (いれいじょう、ウィレソン、京畿道 河南市 )に都を置き、国を起こした。これが前漢 の鴻嘉 3年(前18年 )のことであり、初め10人の家臣に援けられたので国号を「十済」としたが、のちに沸流の下に従った人たちも慰礼城に帰属し、百姓を受け容れたので国号を「百済」と改めた。系譜が扶余に連なるので、氏の名を扶余とした。

* この記事の中にも分注 として、朱蒙が卒本扶余に至った際に越 郡の娘を得て二子をもうけたとする異説を載せている。

『三国史記』百済本紀の分注の別伝 [編集 ]

ある本では百済の始祖について次のように伝える。百済の始祖は沸流王であり、父は優台(ゆうだい、ウデ)といって北扶余王解扶婁(かいふる、ヘ・ブル)の庶孫である。母の名は召西奴(しょうせいぬ、ソソヌ)といって、卒本扶余の延陁勃(えんしぼつ、ヨンチボル)の娘であり、はじめ優台のもとに嫁いで沸流・温祚の二人をなした。優台が死んでから召西奴は卒本で独り暮らしをしていたが、朱蒙が高句麗国を建てたのち、召西奴を引き寄せて王妃とした。国づくりの初期において王妃の功があったので朱蒙は王妃を愛で、沸流ら二人を我が子のように待遇した。しかし、朱蒙が扶余にいた時に礼氏(禮氏)との間に儲けた子の孺留(後の高句麗2代目の瑠璃明王 )が来ると孺留を太子とし、朱蒙の死後は孺留が王位を継いだ。そこで沸流は温祚とともに別に国を建てることを図り、家臣を率いて高句麗を逃れて浿水(鴨緑江 ? 臨津江 ?)・帯水(漢江 )を越え、弥鄒忽に至ってそこに住んだ。

* この記事は、前掲の百済本紀の始祖伝説本文に続けて分注 で記される。

『隋書 』百済伝 [編集 ]

百済の祖先は高麗国(高句麗 )から出た。(以下、扶余の建国神話である東明伝説を要約したと見られる記事が続く。東明伝説については「東明聖王#扶余の建国伝説との比較 」を参照。)東明の後に仇台(きゅうだい、クデ)という慈悲深い人が現れた。初めは国を帯方郡の故地に建てたが、後漢の遼東太守の公孫度が娘を嫁がせ、東夷の強国となった。百家とともに海を渡ったのに因んで「百済」と号した(初以百家濟海,因號百濟)。

* 『三国史記』百済本紀の分注では、上掲の「沸流を始祖とする伝説」に続けて「『北史 』や『隋書』に、東明の後に仇台あり・・・東夷の強国となった」と記され、かつ、「未知孰是」(ある本の伝えるのと、『北史』『隋書』の伝えるのとどちらが正しいのか分からない)ということばで分注を締めくくっている。
* 『隋書』(656年 )よりわずかに早く編纂された『周書 』(636年 )には、「百済の祖先は恐らく馬韓 の属国であり、扶余の別種である。仇台(きゅうだい、クデ)というものがあって、帯方郡 の地に国を興した」とある。また、風俗を記して「毎年四回、始祖である仇台の廟を祭る」ともしており、この祖先祭祀記事は『隋書』百済伝にも受け継がれている。井上訳注本では、『三国志』夫余伝の「漢末に公孫度 が勢力を増したとき、扶余王の慰仇台(いきゅうだい、ウィクデ)が遼東郡に服属した。公孫度が高句麗・鮮卑を牽制するために一族の娘を扶余王の妻とした」と言う記事を、『隋書』が誤って百済の記事に混同させたものとする。(→井上訳注1983)




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2009年04月12日(Sun)▲ページの先頭へ
戦後日本の問題:同一性主義的権力と日本母権文化
以下、いつもの「東海」節であり、人情、農業共同体、反資本主義、等が説かれている。
 結局、「東海」氏が憤激しているのは、戦後のハイパーな近代合理主義である。というか、官僚主導的近代合理主義である。岸信介の統制経済が戦後生きているのであり、今日もそれに抑えられているのである。
 思うに、農民の暗愚な保守主義が問題である。マインドコントロール的な封建主義が根強く残っている。このために、日本の政治が戦後、ほとんど自民党専制になったと考えられる。
 そう考えると、現在の経済崩壊は、日本人の覚醒につながる可能性はある。誰も苦痛を感じないと他人事ですますのである。しかし、全体主義の傾向も強いとはいえる。
 とまれ、「東海」氏の人情論はよくわかるのである。確かに、かつての人情はとっくに日本人から消えている。とりわけ、都会人からは。
 「近代的自我は狂気である」という持論であるが、それは、「東海」氏の発想とは近いのである。同一性主義の暴力が都会を支配し、日本を支配しているのである。
 いったい、それがどこで生まれたのか。精神を喪失して、近代合理主義に洗脳された心性はどこから生まれたのか。やはり、既述したように、日本の社会の父権主義だと思う。これは、母権文化を強く否定するのである。
 日本の周縁には、母権文化のまだいくばくか残っているだろう。知識人や文化人は、日本母権文化を軽蔑してきたのである。そう、やはり、脱亜入欧の西洋崇拝が要因の一つである。当然、戦後の占領政策によって、神道が否定されたこともたいへん大きな要因である。
 すると、封建主義、父権主義、近代合理主義/神道排除、そして、なによりも官僚統制主義、これらがコングロマリットとなって、日本社会を同一性的全体主義化したと言えよう。

追記:私見では、70年代後半に日本社会は、同一性資本主義が強化されて、経済中心主義になったのである。そして、日本人の話し方が、役人的になり始めたのである。つまり、心性を抑えた、型に嵌まった話し方になったのである。つまり、被疎外の心性となったのである。同一性経済権力が支配的になったのである。先にも述べたが、当時、ロッキード事件が起ったのである。私はCIAの陰謀があると思っている。米国が、日本の母権的な資本主義を壊して、同一性主義的資本主義を強制したのではなかったか。何か、当時の社会空気の変化は、突然で、怪しく異様なものであったから、そう推察したくなるのである。西洋文明の覇権の恐ろしさを認識する必要があるのである。西洋父権文明は、世界の母権文明を破壊する執念深い、ヤハウェ的暴力的志向性をもっているのである。日本はその点で、米国の重大なターゲットである。
 母権神道の復興を恐れているのは、米国である。


★ 2009年4月12日 日曜日 9時半更新

 ・・・・・

  ● NHK教育TV 「美しい棚田が消えてゆく」を見て

 今日は、久しぶりに素晴らしい討論番組を見た。日本農業の本質的課題に迫る問題提起だ。
 内橋克人・金子勝・榊田みどり・JA埼玉ひびきの代表理事組合長、鯨井武明と、考えられる最高のメンバーで、投機金儲け社会を賛美するばかりの新自由主義者やアホ評論家もおらず、本当に内実のある、たくさんの有益なヒントに溢れていた。

 農村の疲弊は何によってもたらされたか?
 それは、自民党池田内閣における高度経済成長路線以来、実に50年間、ひたすら資本主義思想による輸出産業優先、農業社会撲滅の政策を自民党と官僚が推進してきた結果であると内橋克人が明確に指摘した。
 筆者は、この人の見識こそ、日本の真の学問を代表するものだと評価してきた。まさしく、愚かな金儲けの欲望が、人を癒す明るく楽しい農村社会を破壊してきた歴史であると、明確に指摘されたのである。

 自民党保守勢力は、日本の古き良き人情社会が大嫌いだった。
 「世界に冠たる強い日本、凄い日本」の自己満足、ナルシズムこそ彼らの疎外された人間性を癒す最高のビジョンであった。強大な軍事力を構築し、民衆をギリギリまで追い立てて世界が畏敬する強国日本を作りたがった。
 このため、大衆が、のほほんとした人情に溢れた農村社会を楽しむことなど許さず、徴兵して鍛え上げ、天皇のために命を捧げるよう洗脳し、産業のためにこき使い、競争に追い立てて優秀な製品を作らせて世界を席巻させなければならなかった。追い立てられて突っ走るお駄賃として、アメリカ流文化生活、豪華な家、車、美人妻を与えたのだ。

 「強国日本」こそ彼らの共同幻想であり妄想であり、社会のすべては、この価値観を共有するように洗脳することが教育の本質であった。このため弱者の切り捨てが行われた。
 1960年代までの、かつての農業社会では、この世に生を受けた、あらゆる存在を愛し、慈しみ、大切に育て、決して無理させず、あるがまま、なすがままに暖かい心で生きる人生こそ最高の価値であった。
 一つの集落は、みんな家族のような共同体であり、子供たちはみんなの子供であり、老人たちも、みんなの老人であった。私利私欲に走る人は軽蔑され、人は他人に奉仕する利他主義に生きてきた。

 日本人は基本的に大家族であった。西日本では夜這い習慣が普通であって、性的に実に大らかな習俗であり、生まれてくる子供の父親が誰であっても気にしなかった。夜這いに来た者のなかから、母が気に入った者を勝手に父親に指名する権利があった。
 だから、子の父が誰であっても関係ない。それは集落全体の子であり、みんなで育てたのだ。そこには孤独などひとかけらも存在しなかった。

 こんな大家族は、産業にとって邪魔であり、企業の求めに応じて自由に転勤し、苛酷な拘束に堪える小家族が求められるようになった。大企業に雇用された労働者は、その生活のすべてを企業利益に捧げるよう強要され、家族や里のための時間を奪われていった。
 企業によって水と空気は汚染され、農林省により、朝鮮戦争で余った火薬資材が農薬肥料に化けて農業に使用を強制されるようになったために作物は不味くなり、栄養価も落ちた。
 輸出産業の金儲けのために、外国の農産物が異様な安さで輸入されるようになり、これが農家の生活を直撃した。あらゆる農産が値段で勝負できず売れなくなった。

 このため、自民党・農林省は農民票が自民党離れを起こして政権が社会党に移ることを阻止するため、農村にあらゆる補助金を出してバラマキと買収を行ったのである。
 地方の農村は、すべて補助金漬けになり、それと引き換えに農林省の細かい指示を受け入れる必要から、農薬や化学資材にのめりこんでいった。
 このため、伝統的な日本農業のエコロジー、リサイクルの利点が失われ、化学肥料・農薬・人工資材一辺倒の高生産性農業に変化し、それについてこれない小規模農家を淘汰し、農村社会を根底から支えた昔ながらの自給自足農村文化が廃れていった。

 若者たちは、テレビで宣伝される文化生活や車に憧れて、より高収益、高賃金を求めて、大企業に雇用される道を選び、次々と農村を離れ、年寄りだけが残されていった。
 農村の生きる道は、どんどん狭められ、都市で消費する野菜や付加価値の高い果実などに特化するようになり、効率化一辺倒の官僚指導により、大昔から伝えられてきた種子でさえ、ユダヤ資本の支配するF1ハイブリッド種に占領されるようになり、労働力・種子・肥料・農薬・育生資材とすべて外国資本の支配下に組み込まれる結果となった。

 だが、今日のNHK番組での主題、「美しい棚田」の持つ意味は、実は日本人が、日本の土地で子供の未来を用意するために、もっとも大切な思想を含んでいたのだ。
 それは、山村の棚田こそ、都市の水源を守り、浄化し、健康に寄与するものであって、棚田農業に依存した明るい農村社会が、人情社会として人の心を癒し、日本という国家を支える基礎にあったという真実を示すものであった。
 
 株式日記や宮崎正弘らが主張するように、子供たちを追いつめて競争させ、他国を圧倒する日本の技術力を磨いて「世界に冠たる強い日本」を作ることなど絶対にできない。それは人々の心を荒ませ、日本を愛する心を見失わせ、人を利己主義に追いやって殺伐とした今のような社会を作ることしかできないのである。
 本当に「素晴らしい日本」を作りたければ、まずは地方の棚田を大切にし、農村地域共同体社会を強固に作り出し、癒しの故郷を作ることなのだ。

 追いつめられるでなく、素直な心で、人間を愛し、故郷を愛する心を育てられる棚田の風景と、そこから採れる作物を食べてこそ、真に日本を愛する心が作られるのである。

 今日の討論番組で、金子勝が明確に指摘した。
 世界経済が大破滅した現在、すでに、貿易輸出だけに頼った工業立国日本の幻想は、完全に崩壊したのであり、我々は、地方の破壊された農業と農村社会を再構築しない限り、生き延びる基本的な条件を失う。
 もはや世界は輸出商品を購買する能力を失った。こうなれば、基本は自給自足なのであり、日本は内需に依存し、食料やその他物資を完全に自給しない限り、他国から購入する余力さえ失うことになる。
 日本には2000兆円、勤労者一人あたり6000万円という世界最高の借金があり、もはや国債を発行しても誰も買ってくれない。円が下がり、ドルも暴落し、やがて金利に押しつぶされて、ハイパーインフレの嵐がやってくる。
 こうなれば、カネでモノが買える社会は終わりを告げ、モノをすべて自給しなければならなくなる。

 かつて、日本の農村社会は、自給率が100%であった。あらゆる生活必需品を自作自給することができた。今では、当時のような技術を持っている人はほとんどいなくなったが、これから、我々は再び自給率100%の社会を強要されるのである。
 だから、再び、かつてのような大家族、共同体の農村社会を復活させなくてはならない。
 筆者は、このことを当HP13年間のなかで繰り返し指摘してきたつもりだ。
 「もうすぐ国家が崩壊する、あらゆる組織が崩壊する」
 だから、我々の生き延びる道は、過疎の田舎に行き、信頼のおける仲間と団結して、農業共同体を結成して、みんなで助け合って生活するしかないのだと。
 
 当初の見込みよりも、社会の崩壊が遅れている事情は、結局、年金や貯金資産などを無茶苦茶に使って株を買い上げ、それで金融投機業者を救済しているからだ。
 しかし、それは断じて問題解決ではなく、ますます結果を深刻化させる破滅の道でしかない。やがて凄まじい社会崩壊がやってくる。
 夏場になれば、ほとんどの企業が経営不能に陥り、輸出入も途絶えるだろう。
 今、筆者は、20キロのタネジャガイモを植え付け、生活恐慌に備えているが、本当に食料の入手できない時が目前に迫っている。みんなで力を合わせて、助け合いに依存して生きるしかないのだ。

 これまで他人を出し抜いて、自分だけの金儲け、特権階級を目指して、豪邸に住み、ベンツやレクサスを乗り回し、金融詐欺でボロ儲けしたカネで超高級レストランに行っていた人たちは、残念ながら団結など絶望的であり、滅びる運命しか残されていない。
 これから生き抜くことのできる人たちは、友を大切にし、支え合う経験を積んだ人たちだけだ。すなわち、社会の底辺で辛苦を舐めてきた人たちだけだ。天は、このときのために、路頭に迷わせるような試練を与えたのだ。
 生き残るのは苦しんだあなたがただけだ。利他主義に人生の喜びを見いだせる人たちだけだ。利己主義者には、これから真の地獄が訪れる。一人も助からないだろう。

東海アマチュア無線  地震予知研究会

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物質とは何か:自然現象と人工物:精神現象・イデア現象の唯物論的解釈に基づく物質科学・技術
先に、物質とは仮象であり、自然とは感覚態であり、精神現象であると言った。
 では、例えば、機械やそれによって作られた人工物は、どう捉えたらいいのだろうか。
 例えば、都市における物体・「モノ」は何なのか、である。それも精神現象なのだろうか。物質科学・技術によって作られた、例えば、コンクリートのビルとは、精神現象なのか?
 先には、街路樹は精神現象であると言ったが、ビルはどうなのか。物質科学・技術とは、⇒+1の+1、即ち、同一性=物質を抽象する科学・技術である。即ち、自然という精神現象・差異共振現象・即非現象から、同一性=物質を抽象し、加工する科学・技術である。
 問題は、⇒+1と+1との関係である。⇒を外すことが抽象である。では、⇒を外すとは、実際どういうことなのか。
 具体的に言えば、石灰石が多い山を考えよう。物質科学・技術(・産業)は、その山を石灰石という物質がある山と考えて、山を切り崩して、石灰石を採石するのである。
 これが、端的に、⇒を外すことである。精神現象・感覚態としての山は破壊され、山から物質の石灰石が採集されたのである。そう、山という精神現象・感覚態を炭酸カルシウムCaCO3に抽象・還元したのである。
 問題は、物質の「科学」である。それは一体何なのか。カルシウムと炭素と酸素が結合して、炭酸カルシウムが形成されるが、その結合の科学とは何なのか。
 それは、イオン結合である。そして、イオンとは、電荷のことであり、電子の力学である。そして、電子とは、端的に何かと言えば、それは、エネルギーである。+iと-iの対差異イデア・エネルギーということになる。
 つまり、イオン結合において、⇒が存するのであり、炭酸カルシウムとは、⇒炭酸カルシウムであり、やはり、精神現象ないしはイデア現象の結果として存することになるのである。つまり、物質科学・技術とは、実は、精神現象・イデア現象を唯物論的に解釈したものということになるだろう。言い換えると、物質科学・技術は、精神現象・イデア現象の終点を抽象化したものであり、あくまで、仮象ないしは仮構科学・技術に過ぎないのである。
 ということで、物質とは何かという問いであるが、精神現象・イデア現象・対差異共鳴現象の終点を抽象化したものということができよう。いわば、精神現象・イデア現象の外面が抽象されたものということになる。言い換えると、精神現象を同一性化したものが物質なのである。
 だから、コンクリート・ビルであるが、それは、精神現象の諸対象を、抽象原理(線形科学)によって、組み立てたものである。つまり、精神現象の抽象化としての同一性=物質を同一性=物質的原理(抽象科学・技術)によって、組み立てたものである。
 つまり、コンクリートのビルは、同一性=物質原理によって、貫徹されたものと言えるのである。だからこそ、都市生活は、精神を圧迫するのである。そこには、悪魔の波動があると言えよう。
 後で整理したい。

追記:しかしながら、真正な芸術的建築家が設計した「ビル」には、差異・差異共鳴原理が入るので、その「ビル」は、精神現象化して、美的感動を与えるのである。だから、トランス・モダン化として、都市の差異共鳴原理化が必要になると言えよう。
 西洋で言えば、中世やルネサンス期の大寺院・大聖堂は、差異共振原理の形状をもつと考えられる。
 そう、同一性=物質抽象原理を超えて、差異共振原理・Media Point原理を万象に渡って適用させるべきである。トランス・モダナイゼーションである。

石灰石
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索
結晶質石灰岩(大理石)

石灰石(せっかいせき、limestone)は、鉱物 である方解石 ・霰石 、あるいは岩石 である石灰岩 ・結晶質石灰岩 (大理石)を、資源として扱うときの鉱石 名または商品名。
物質名 鉱物名 岩石名 鉱石名・
商品名 産状
堆積岩名 変成岩名
炭酸カルシウム
(CaCO3) 方解石
霰石 石灰岩 結晶質石灰岩
(大理石) 石灰石
大理石 鍾乳石・石筍など

関連項目 [編集 ]

* 炭酸カルシウム
* 鉱物 - 方解石 ・霰石
* 岩石 - 石灰岩 、結晶質石灰岩 (大理石)
* 鉱石
* 露天掘り

参考文献 [編集 ]

* 野瀬重人・沼野忠之  『岡山の岩石』 日本文教出版〈岡山文庫〉、2001、ISBN 4-8212-5212-0 。

外部リンク [編集 ]

* 石灰石鉱業協会
* 炭酸塩アトラス
* 石灰石・ドロマイトとは (吉澤石灰工業株式会社)

執筆の途中です この項目「石灰石」は、地球科学 に関連した書きかけの項目 です。加筆・訂正 などをして下さる協力者を求めています 。(Portal:地球科学 )


イオン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
イオン(ion, 発音記号 áiən)は、原子 あるいは分子 が、電子 を授受することによって電荷 を持ったものをいう。電離層 などのプラズマ 、電解質 の水溶液 、イオン結晶 などのイオン結合 性を持つ物質内などに存在する。
イオンの種類 [編集 ]

電荷による種類 [編集 ]

陽イオン [編集 ]

電子を放出して正の電荷を帯びた原子、または原子団を陽イオン(ようイオン、positive ion)、あるいはカチオン (cation) と呼ぶ。金属イオンはすべて陽イオンである。

陰イオン [編集 ]

電子を受け取って負の電荷を帯びた原子、または原子団を陰イオン(いんイオン、negative ion)あるいはアニオン (anion) と呼ぶ。ハロゲン はすべて陰イオンとなる。

気相のイオン [編集 ]

物理学 、化学物理学 の分野では、気相 のイオンに対して、陽イオンの代わりに正イオン(せいイオン、positive ion、カチオン)、陰イオンの代わりに負イオン(ふイオン、negative ion、アニオン)が多く用いられる。大気電気学 では、気相のイオンを大気イオン (たいきイオン、atmospheric ion)と呼ぶ。

「マイナスイオン」に関する注意 [編集 ]

流行語にもなった「マイナスイオン 」は、定まった科学的定義がないために科学用語として認められていない和製英語 である。しかし一部では負イオン(負の大気イオン)の意味で「マイナスイオン」が使われる場合があり、2002年前後を中心に国内の学会で日本の多くの研究者が使用した実態があった。

構成による種類 [編集 ]

単原子イオン [編集 ]

一つの原子からなるイオン

多原子イオン [編集 ]

複数の原子団からなるイオン

錯イオン [編集 ]

電子を放出したり、受け取ったりして正または負の電荷を帯びた錯体 を錯イオン(さくイオン、complex ion)と呼ぶ。

クラスターイオン [編集 ]

電荷を帯びたクラスター をクラスターイオン(cluster ion)と呼ぶ。

イオンの表し方 [編集 ]

化学式の右肩に価数を記す。ただし、1価の場合は符号のみ記す。

* 水素イオン(1価の陽イオン) - H+
* 硫酸イオン(2価の陰イオン) - SO42−

イオンの名称は、陽イオンについては「元素名+イオン」(例:水素イオン)、陰イオンについては「元素名 − 「素」 + 化物イオン」(例:硫化物イオン)と表す。ただし、どちらも例外が多い。原子1個のイオンを単原子イオン、複数の原子で構成されるイオンを多原子イオンと呼ぶ。

また、主なイオンの名称とイオン式を覚えておけば、物質名から化学式がある程度推測できる。

* 硝酸ナトリウム ⇒ ナトリウムイオン + 硝酸イオン

NaNO3 → Na+ + NO3−

* 水酸化マグネシウム ⇒ マグネシウムイオン + 水酸化物イオン

Mg(OH)2 → Mg2+ + 2OH−

イオン化 [編集 ]

電荷的に中性な物質が、正または負の電荷をもつ原子あるいは原子団に変化する物理現象をイオン化 (ionization)、または電離と呼ぶ。正と負のイオンから構成される電解質 (塩 )の結晶が溶液中で溶解したり、融解したりして正または負のイオンとして個々に振舞うことも電離という。

中性原子がイオン化する場合、原子に属していた1個あるいは数個の電子が他の原子または原子団に移る。このとき、イオンの持つ電荷量は電気素量(すなわち電子の持つ電荷量)の整数倍に等しい。電子を受け取った原子または原子団は負電荷に帯電して陰イオンとなり、電子を放出した方は正電荷に帯電して陽イオンとなる。電子を放出する際には原子核からのクーロン力の束縛から解放される為に、電子は光子 を吸収したり、原子同士の衝突によりエネルギーを受け取って励起される必要がある。逆に電子を受け取る場合は、励起エネルギーの分を放出して安定化する。

一方、原子の方は電子構造 により安定化の度合いが異なるので、励起に必要なイオン化エネルギー の値や、電子を受けとる際の安定化エネルギーである電子親和力 の値は、元素の種類やイオン化の進行状況の違いによってそれぞれ異なるエネルギー値をとる。一般的には、電子構造 が閉殻やオクテットの構造をとるとき原子は安定化されるので、典型元素 においては価電子が閉殻やオクテットの構造をとることで電子配置的に安定なイオンとなる。例えば、アルカリ金属 はイオン化エネルギーが小さいため陽イオンになりやすく、反対にハロゲン やカルコゲン は陰イオンになりやすい。

また、個々のイオンは物質の高次構造においては正負の電荷が対(電気的に中性)を形成することで安定化する機構を有する。例えばイオン結晶 の中では、イオンはクーロン力 によってイオン結合 し規則正しい結晶 構造を形成することで、巨視的な電荷の偏りが中和され安定化している。代表例である塩化ナトリウム では、ナトリウム と塩素 が両者ともイオン化し、それらが静電的相互作用 によってイオン結合 している。

あるいは、極性溶媒ではイオンの電荷は溶媒分子を配向させるので(溶媒和 )、気相や非極性溶媒よりも安定化される。あるいは溶媒分子を配位する場合はより安定化する。



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母権文化について:くら、から、「コーラ」、産む・海、womb等:ὥρα "time, hour
(タイトルの一部が文字化けしているので、以下のサイトを参照されたい。
http://ameblo.jp/renshi
/entry-10241002423.html


バハオーフェンが、母権制について、産む大地性=物質性を説いたことを、私は批判し、母権制は精神的であると言ったが、それは、PS理論から言えば、 Media Point性をもつということと考えられる。つまり、産む能力とは、正に、Media Pointの根源的能力(natura naturans:能産的自然)だからである。造化の力である。そして、それは、kura(蔵・倉・内蔵・鞍:追記:kurasu暮すも関係するのではないか。kurai暗いも関係しよう)、kara(殻)、ana(穴)、hora(洞)、saya(鞘)、fukuro(袋・嚢)等と関係しよう。【プラトンが説くコーラ(受容力や形成力)は、偶然の一致ではなく、同源ではないだろうか。古代ギリシア語、サンスクリット語、等々を調べる必要があるが。】
 端的に言えば、「神の子」が宿る場である。「神の子」とは、「光」である(参照:日御子ひのみこ)。これは、正に、(+i)*(-i)⇒+1の⇒である。精神の場である。
 これを、バハオーフェンは、大地・物質性と勘違いしたのである。⇒はkuraという点では、大地と関係するが、しかし、それは、物質ではなく、精神としての大地である。【追記:ギリシア神話のガイアは、正に、⇒のkuraないしは、コーラであろう。また、ガイアはカオス(亀裂)から生まれるのである。思うに、ガイアとカオスは一如・即非である。】
 地母神という考え方も同様である。それは、結局、父権的宗教(天空神=「父」)の視点から、母権的宗教を見た場合に生じるものであり、いわば、差別的な視点である。当然、二項対立の視点である。
 先に述べたように、自然を物質としたのは、父権的宗教・父権文化である。それは、同一性知性=言語知性を精神としたのであり、そのために、自然が物質化されたのである。
 先に、この点に関して、シャーマニズムが問題であると言った。母権制にも、父権制にもシャーマニズムがあると言った。農耕民族にも、遊牧民族にも、シャーマニズムがある。これをどう見るのか。今の私の知識では、的確に洞察することができないので、想像するしかないが、思うに、狩猟採集民族に、シャーマニズムが本来あったのかもしれない。これが、農耕民族、遊牧民族にもなんらかの形で形象されたのではないだろうか。
 農耕民族は、当然、母権制となり、遊牧民族は父権制傾斜を帯びたと考えられる。この問題は検討課題である。
 とまれ、シャーマニズム(あるいは、アニミズム)は、Media Pointの文化ということで、本来、普遍的と考えられる。宗教の発生因は、シャーマニズムと関係しているのではないだろうか。預言者にしろ、イエスにしろ、シャーマニズム的ではないだろうか。
 また、さらに敷延して見ると、同一性主義とは、いわば、シャーマニズムの延長ではないのだろうか。何故なら、同一性主義とは、⇒+1の終点の+1が独立したものであり、⇒を意識していない点では、憑かれた(憑依した)状態=狂信状態と考えられるからである。(私が「近代的自我は狂気である」というのは、この点からも言えることである。)
 とまれ、以上から見ると、近代文明の問題は、根源のMedia Pointを抑圧・排除・隠蔽しているために、自己自身盲目・狂信の状態になっている点であろう。それは、当然、偽善・欺瞞・独善的な暴力(戦争)を生むのである。父権文明=同一性=物質の「光」の文明は、実は、闇の文明なのである。ニーチェがいみじくも唱えたように、アポロ(父権的光)は、ディオニュソス(Media Point 母権的超越光)から生まれるのであるが、ディオニュソスを排除した、キリスト教文明や父権文明は、ディオニュソスに復讐・逆襲されて、狂気に陥るのである。
 今はここで留める。

追記:西田幾多郎の「場所」も、Media Pointに関係していよう。絶対矛盾的自己同一の概念とは、正に、Media Pointに近いのであるから。思うに、tokoro(所)という言葉も、Media Point的ではないだろうか。
 また、思うに、相対性理論も量子力学も結局は、Media Pointの科学であると言えよう。だから、トランス・モダン・サイエンスであり、トランス・マテリアリズムである。ニュー・プラトニック・サイエンスである。
 因みに、光が重力に影響されるというのは、⇒+1が逆転して、+1⇒ということだろう。
 また、量子論の波動と粒子の相補性(追記:相補性というよりは、即非性と呼ぶ方が的確である。だから、波動と粒子の即非原理ということになる。)であるが、粒子は⇒+1と見るべきであり、それを、+1として見ると、言い換えると、粒子を独立させると、唯物論的になるのである。⇒が波動であろう。だから、波動粒子と見る方が適切であろう。素粒子も同様である。波動素粒子である。また、当然、波動とは、(+i)*(-i)のイデア=対差異のエネルゲイア(エネルギー)化=共鳴化したものである。

追記2:ホロスコープのホロ、カイロス(内的時間)、クロノス(時計時間)、等も関係するのではないだろうか。また、エジプト神話のイシスとオシリスの子のホルス(太陽神)も関係があるように思われる。因みに、エジプト神話では、太陽神ラーは、舟に乗って天空を「航海」するのである。この舟は容れ物であり、やはり、Media Pointを示唆しよう。

追記2の参照:

Horoscope

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Etymology
The word Latin horoscopus, ultimately from Greek ὡρόσκοπος "nativity, horoscope", literally "observer of the hour [of birth]", from ὥρα "time, hour" and σκόπος "observer, watcher". In Middle English texts from the 11th century, the word appears in the Latin form, and is anglicized to horoscope in Early Modern English . The noun horoscopy for "casting of horoscopes" has been in use since the 17th century (OED ). In Greek, ὡρόσκοπος in the sense of "ascendant " and ὡροσκοπία "observation of the ascendant" is in use since Ptolemy (Tetrabiblos 33, 75).

追記2の参照2:
「太陽の船」
・・・・・

朝起きて、NHKのルーブル美術館のエジプトの本を出して見ると、太陽の舟の舳先に立って前を 見ているのは、イビス神である。イビスとは、エジプトの鳥の名前で、知識・文学・科学・記録の神であり、さらに月神として時の計測を司り、また宇宙の組織 をも司るとされている。日本のトキ(鴇・朱鷺)と良く似ている。
鳥のトキが、時の計測を司り、宇宙の組織をも司るとされているのであれば、日本のトキが時(トキ)と同じ発音である事も無関係ではないだろう。
http://star.ap.teacup.com
/170606/132.html

前のメッセージ
追記2の参照2の追記:
エジプト神話では、知恵の神はトート神(ギリシア神話のヘルメス神、日本では道祖神)である。トートの聖獣は、朱鷺である。思うに、イビス神とトート神の関係であるが、イビス神はトート神と一如であろう。また、イビスとエビスは関係するかもしれない。
http://plaza.rakuten.co.jp
/20060129/diary/20090114/

追記2の参照2の追記の参照:

ヘルメス・トリスメギストス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヘルメス・トリスメギストス(Hermes Trismegistos)は、神秘思想 ・錬金術 の文脈に登場する神人であり、伝説的な錬金術師である。
ギリシャ神話 のヘルメス 神と、エジプト神話のトート 神がヘレニズム 時 代に融合し、さらにそれらの威光を継ぐ人物としての錬金術師ヘルメスが同一視されてヘルメス・トリスメギストスと称されるようになった。意味はそれら3つ のヘルメスを合わせた者という意味で「3倍偉大なヘルメス」と訳される。(三人の賢者(ヘルメス)の伝説(三重の知恵のヘルメス))


続追記:

カラコルム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
カラコルム (Qaraqorum) は、モンゴル高原 中央部のモンゴル国 首都ウランバートル から西へ400km、アルハンガイ県 のオルホン河 畔に位置する都市。カラコルムとはテュルク語 ・モンゴル語 で「黒い砂礫」を意味する。ペルシア語 資料では قراقوروم Qarā-qūrūm と表れ、漢語 資料では哈剌和林、略して和林と表記される。また現代モンゴル語 ではハラホリン (Хархорин) と表記される。


続追記2:コーランの語源が興味深い。啓示である。やはり、シャーマニズム的である。そう、言わば、お筆先である。
http://en.wikipedia.org
/wiki/Qur%27an

参考:

絶対矛盾的自己同一

西田幾多郎
     一

 現実の世界とは物と物との相働く世界でなければならない。現実の形は物と物との相互関係と考えられる、相働くことによって出来た結果と考えられる。しか し物が働くということは、物が自己自身を否定することでなければならない、物というものがなくなって行くことでなければならない。物と物とが相働くことに よって一つの世界を形成するということは、逆に物が一つの世界の部分と考えられることでなければならない。例えば、物が空間において相働くということは、 物が空間的ということでなければならない。その極、物理的空間という如きものを考えれば、物力は空間的なるものの変化とも考えられる。しかし物が何 処(どこ)までも全体的一の部分として考えられるということは、働く物というものがなくなることであり、世界が静止的となることであり、現実というものが なくなることである。現実の世界は何処までも多の一でなければならない、個物と個物との相互限定の世界でなければならない。故に私は現実の世界は絶対矛盾 的自己同一というのである。
http://www.aozora.gr.jp/cards
/000182/files/1755.html

参考2:(尚、参考2から参考5までは、Wikipediaからの転載である。)

特殊相対性理論
特殊相対性理論(とくしゅそうたいせいりろん、ドイツ語 : Spezielle Relativitätstheorie)は、アルベルト・アインシュタイン が1905年 に発表した物理学 の理論 である。光速度不変の原理 (こうそくどふへんのげんり)「真空中の光の速さは、光源の運動状態に影響されない一定値cである。」と、特殊相対性原理 (とくしゅそうたいせいげんり)「お互いに等速度で運動しているすべての慣性系において、すべての基本的物理法則は、まったく同じ形で表される。それらの慣性系のなかから、なにか特別なものを選び出すことはできない。」の二つを指導原理 とする理論である。


参考3:

一般相対性理論
一般相対性理論(いっぱんそうたいせいりろん、独語 :Allgemeine Relativitätstheorie、英語 :general theory of relativity)は、一般相対論(General relativity)ともいい、アルベルト・アインシュタイン が、1905年の特殊相対性理論 に続いて1915年 〜1916年 に発表した物理学 の理論。ニュートン力学 と比較すると、運動の速度が速い場合や、重力 が大きい場合の現象を正しく記述できる。


参考4:

量子力学
量子力学(りょうしりきがく、独語 :Quantenmechanik、英語 :Quantum mechanics)は、古典力学 で説明しきれない電子 や原子核 などの間の微視的 現象を説明するために開発された物理学 の理論 である。


参考5:

素粒子

物理学 において素粒子(そりゅうし)とは、物質 を構成する最小の単位のことである。
最小の単位であるということは、それより小さな存在がないということであり、従って内部構造を持たず空間的な大きさを持たないとされるのだが、超弦理論 においては全ての素粒子は有限な大きさを持つひもの振動状態であるとされる。


参照:

コーラ こーら(読書 )
編集

χώρα
プラトン 『ティマイオス 』に出てくる言葉。絶対差異の無限 参照(の場)。
母=器としての準備を整え、あらゆる種類のものを受容するために姿形を持たない。
穀物と不純物を分け、それぞれを異なった場所へと運ぶ篩でもある。

• 作者: ジャックデリダ , Jacques Derrida , 守中高明
• 出版社/メーカー: 未来社
http://d.hatena.ne.jp/keyword
/%A5%B3%A1%BC%A5%E9

参照2:

デリダ『コーラ』

コーラ―プラトンの場 (ポイエーシス叢書)
(2004/04)
ジャック デリダ

商品詳細を見る

プラトン『ティマイオス』における「コーラ」=「場」について論じているよう
「場」とは、「同一性」「二項対立」を逃れ去るものである
フェミニズム、建築とも関わるらしい
よく分からん
西田の「場」の論理とはなんか関係があるの?
「同一時間、同一空間には、二つのものが存在できない」とか

・たぶん、コーラとは「神」「最高存在」のことだろう
・あなたも、「女」であることをやめて「神」になれる。きっと

・『ティマイオス』の宇宙開闢説におけるロゴスの終りたるテロス
・ヘーゲルの論理学とアリストテレスの形而上学
・イデア的、叡智的なものと、感性的なものの間の深淵
・感性的でも叡智的でもない「母」という「場」
・ソフィストは固有の「場」を持たない
・プラトンはアリストテレス的な真面目さに対して、「戯れ」/「真面目なもの」という対立措定の同一の使用を成す
・コーラは、乳母でも母でも女でもなく、カップルを成さず、独自の個物である
・存在の二つの形式に対する、第三のジャンル

守中高明
・コーラは、延長のうちに位置付けることができず、存在者としての限定を欠く
p.103「コーラをめぐる記述を「教育的なメタファー」と見なす伝統を批判しつつ、それが告げている事態を字義通りに読み解くデリダ に よれば、「叡智的なもの」でもなく「感性的なもの」でもない「第三のジャンル」とプラトンが呼ぶものは、存在者の三つ目のジャンルではないし、存在の反対 物=非存在でもない。また、この点が肝心だが、フィクションとして想定され、やがてしかるべき仕方でロゴスへと止揚されるべき神話素なのでもない。それ は、それ自体としてのいかなる実質も欠いた何か、ロゴスの言説によってはただ「〜でも〜でもない」としか表現され得ないような非‐固有性そのものであり、 したがってそれは、弁証法に対してある特異な関係を持っている」「いわばそれは対立措定の非‐対照的な外部を構成している」
http://literaryspace.blog101.
fc2.com/blog-entry-212.html

文芸空間
参照3:

シャーマニズム
シャーマニズム(英 : Shamanism, シャマニズムとも)は、シャーマン (巫 師・祈祷師 )の能力 により成立している宗教 。シャーマンはツングース語 「šaman, シャマン」に由来し、トランス状態 に入って霊 (超自然的存在)と交信する現象を起こすとされる。この現象自体や現象に基づく思想 をシャーマニズムと呼ぶこともある(ミルチャ・エリアーデ など)。


参照4:


日本の神籬・磐座

 日本では古代祭場のことを昔は神籬(ひもろぎ)と申しました。これは霊天降域、すなわち神が天から降臨される場所という意味で、それは聖なる岩や土地、また御神木でした。なかでも巨石で構築された神籬を、磐座(いわくら)・磐境(いわさか)と呼ぶことがあります。すなわち磐座とは木材による神社建築が始まるはるか以前、縄文草創期以前に古代人が巨石をもって築いた自然(太陽)崇拝の祭場のことで、磐境とは、垣根のように磐座を取り囲んで配置されている添え石です。外国で一般に良く知られているものとしてメンヒル、menhir(立石)やドルメン、dolmenn(机石)やクロムレック、cromlech(半円形の列石)、トリリトン、tririton(2個の立石の上に横長の石を載せたもの)またストーン・サークル(環状列石)が挙げられます。英国のストーン・ヘンジやフランスのカルナック列石またケルト人の残した巨石建造物のなかには同じ流れを継ぐものがあります。山の多い日本では、その多くは天に近い山上に構築されています。ずっと後世になって木材を使って社殿が建てられるようになると、人々は便利にしたがって山麓に下宮を造るようになります。さらに人々の間に便利主義が高まり、自分たちの住んでいる里の近くに里宮を造り、次第に山麓の下宮を忘れ、山頂にある元宮としての磐座をも忘れ果ててしまったのです。しかし、奈良の大神神社のように、両者が密接しているところでは、背後の三輪山の磐座を神社の本殿として祀り、その山麓にある社殿は拝殿のみを置くとしています。
http://www15.ocn.ne.jp
/~kodaiisk/iwakura.html


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検討問題:母権文化について:くら、から、コーラ(プラトン)、産む・お産、womb(子宮)等
バハオーフェンが、母権制について、産む大地性=物質性を説いたことを、私は批判し、母権制は精神的であると言ったが、それは、PS理論から言えば、 Media Point性をもつということと考えられる。つまり、産む能力とは、正に、Media Pointの根源的能力(natura naturans:能産的自然)だからである。造化の力である。そして、それは、kura(蔵・倉・内蔵:追記:kurasu暮すも関係するのではないか。kurai暗いも関係しよう)、kara(殻)、ana(穴)、hora(洞)、saya(鞘)等と関係しよう。【プラトンが説くコーラ(受容力や形成力)は、偶然の一致ではなく、同源ではないだろうか。古代ギリシア語、サンスクリット語、等々を調べる必要があるが。】
 端的に言えば、「神の子」が宿る場である。「神の子」とは、「光」である(参照:日御子ひのみこ)。これは、正に、(+i)*(-i)⇒+1の⇒である。精神の場である。
 これを、バハオーフェンは、大地・物質性と勘違いしたのである。⇒はkuraという点では、大地と関係するが、しかし、それは、物質ではなく、精神としての大地である。
 地母神という考え方も同様である。それは、結局、父権的宗教(天空神=「父」)の視点から、母権的宗教を見た場合に生じるものであり、いわば、差別的な視点である。当然、二項対立の視点である。
 先に述べたように、自然を物質としたのは、父権的宗教・父権文化である。それは、同一性知性=言語知性を精神としたのであり、そのために、自然が物質化されたのである。
 先に、この点に関して、シャーマニズムが問題であると言った。母権制にも、父権制にもシャーマニズムがあると言った。農耕民族にも、遊牧民族にも、シャーマニズムがある。これをどう見るのか。今の私の知識では、的確に洞察することができないので、想像するしかないが、思うに、狩猟採集民族に、シャーマニズムが本来あったのかもしれない。これが、農耕民族、遊牧民族にもなんらかの形で形象されたのではないだろうか。
 農耕民族は、当然、母権制となり、遊牧民族は父権制傾斜を帯びたと考えられる。この問題は検討課題である。
 とまれ、シャーマニズム(あるいは、アニミズム)は、Media Pointの文化ということで、本来、普遍的と考えられる。宗教の発生因は、シャーマニズムと関係しているのではないだろうか。預言者にしろ、イエスにしろ、シャーマニズム的ではないだろうか。
 また、さらに敷延して見ると、同一性主義とは、いわば、シャーマニズムの延長ではないのだろうか。何故なら、同一性主義とは、⇒+1の終点の+1が独立したものであり、⇒を意識していない点では、憑かれた(憑依した)状態=狂信状態と考えられるからである。(私が「近代的自我は狂気である」というのは、この点からも言えることである。)
 とまれ、以上から見ると、近代文明の問題は、根源のMedia Pointを抑圧・排除・隠蔽しているために、自己自身盲目・狂信の状態になっている点であろう。それは、当然、偽善・欺瞞・独善的な暴力(戦争)を生むのである。父権文明=同一性=物質の「光」の文明は、実は、闇の文明なのである。ニーチェがいみじくも唱えたように、アポロ(父権的光)は、ディオニュソス(Media Point 母権的超越光)から生まれるのであるが、ディオニュソスを排除した、キリスト教文明や父権文明は、ディオニュソスに復讐・逆襲されて、狂気に陥るのである。
 今はここで留める。

追記:西田幾多郎の「場所」も、Media Pointに関係していよう。絶対矛盾的自己同一の概念とは、正に、Media Pointに近いのであるから。思うに、tokora(所)という言葉も、Media Point的ではないだろうか。
 また、思うに、相対性理論も量子力学も結局は、Media Pointの科学であると言えよう。だから、トランス・モダン・サイエンスであり、トランス・マテリアリズムである。ニュー・プラトニック・サイエンスである。
 因みに、光が重力に影響されるというのは、⇒+1が逆転して、+1⇒ということだろう。
 また、量子論の波動と粒子の相補性(追記:相補性というよりは、即非性と呼ぶ方が的確である。だから、波動と粒子の即非原理ということになる。)であるが、粒子は⇒+1と見るべきであり、それを、+1として見ると、言い換えると、粒子を独立させると、唯物論的になるのである。⇒が波動であろう。だから、波動粒子と見る方が適切であろう。素粒子も同様である。波動素粒子である。また、当然、波動とは、(+i)*(-i)のイデア=対差異のエネルゲイア(エネルギー)化=共鳴化したものである。

参考:
絶対矛盾的自己同一
西田幾多郎
     一

 現実の世界とは物と物との相働く世界でなければならない。現実の形は物と物との相互関係と考えられる、相働くことによって出来た結果と考えられる。しかし物が働くということは、物が自己自身を否定することでなければならない、物というものがなくなって行くことでなければならない。物と物とが相働くことによって一つの世界を形成するということは、逆に物が一つの世界の部分と考えられることでなければならない。例えば、物が空間において相働くということは、物が空間的ということでなければならない。その極、物理的空間という如きものを考えれば、物力は空間的なるものの変化とも考えられる。しかし物が何処(どこ)までも全体的一の部分として考えられるということは、働く物というものがなくなることであり、世界が静止的となることであり、現実というものがなくなることである。現実の世界は何処までも多の一でなければならない、個物と個物との相互限定の世界でなければならない。故に私は現実の世界は絶対矛盾的自己同一というのである。
http://www.aozora.gr.jp
/cards/000182/files/1755.html

参考2:
特殊相対性理論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索

特殊相対性理論(とくしゅそうたいせいりろん、ドイツ語 : Spezielle Relativitätstheorie)は、アルベルト・アインシュタイン が1905年 に発表した物理学 の理論 である。光速度不変の原理 (こうそくどふへんのげんり)「真空中の光の速さは、光源の運動状態に影響されない一定値cである。」と、特殊相対性原理 (とくしゅそうたいせいげんり)「お互いに等速度で運動しているすべての慣性系において、すべての基本的物理法則は、まったく同じ形で表される。それらの慣性系のなかから、なにか特別なものを選び出すことはできない。」の二つを指導原理 とする理論である。ニュートン力学 で仮定されていなかった光速度不変の原理を導入する妥当性については本節で述べる。特殊相対論または特殊相対性原理とも呼ばれる。

この理論を提唱した最初の論文は Zur Elektrodynamik bewegter Körper (動いている物体の電気力学)で、1905年にドイツ の学術誌・Annalen der Physik 第17巻 pp.891〜921 に掲載された。特殊相対性理論自体は、これを含めた数編の論文からなる。この理論を「特殊」と呼ぶのは、相対性理論で慣性系 にのみ言及していることによる。また、発表から10年後にアインシュタインは、一般座標系を含む理論である「一般相対性理論 」を発表した。

http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E7%89%B9%E6%AE%8A
%E7%9B%B8%E5%AF%BE
%E6%80%A7%E7%90%86
%E8%AB%96

参考3:
一般相対性理論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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質量(地球)が空間の幾何学をゆがめている様子を2次元に落とし込んで描いたところ 歪んだ幾何学自体が重力と解釈できる

一般相対性理論(いっぱんそうたいせいりろん、独語 :Allgemeine Relativitätstheorie、英語 :general theory of relativity)は、一般相対論(General relativity)ともいい、アルベルト・アインシュタイン が、1905年の特殊相対性理論 に続いて1915年 〜1916年 に発表した物理学 の理論。ニュートン力学 と比較すると、運動の速度が速い場合や、重力 が大きい場合の現象を正しく記述できる。

http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E4%B8%80%E8%88%AC
%E7%9B%B8%E5%AF%BE
%E6%80%A7%E7%90%86
%E8%AB%96

参考4:
量子力学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索
水素原子核を回る電子の波動関数
ウィキブックス
ウィキブックス に量子力学 関連の教科書や解説書があります。

量子力学(りょうしりきがく、独語 :Quantenmechanik、英語 :Quantum mechanics)は、古典力学 で説明しきれない電子 や原子核 などの間の微視的 現象を説明するために開発された物理学 の理論 である。

http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E9%87%8F%E5%AD%90
%E5%8A%9B%E5%AD%A6

参考5:
素粒子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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曖昧さ回避 この項目では物質を構成する最小の単位について記述しています。このほかの素粒子については素粒子 (曖昧さ回避) をご覧ください。

物理学 において素粒子(そりゅうし)とは、物質 を構成する最小の単位のことである。

最小の単位であるということは、それより小さな存在がないということであり、従って内部構造を持たず空間的な大きさを持たないとされるのだが、超弦理論 においては全ての素粒子は有限な大きさを持つひもの振動状態であるとされる。

現在のところ物質を構成する素粒子と考えられているものは、クォーク とレプトン である。だが、これらに内部構造が存在することが発見されれば、その内部構造を構成するもののほうが素粒子と呼ばれ、クォークやレプトンは素粒子ではないということになる。

たくさんの粒子が、実は自然界にそのまま安定的に存在しているわけではないので、宇宙線 の観測や加速器 による生成反応により発見・研究された。素粒子の様々な性質を実験で調べ、それを理論的に体系化していくこと、及び理論的に予言される素粒子を実験で探索していくことが、素粒子物理学 の研究目的である。

http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E7%B4%A0%E7%B2%92
%E5%AD%90


参照:
コーラ こーら(読書 )
nutra Shouldgo 編集


χώρα

プラトン 『ティマイオス 』に出てくる言葉。絶対差異の無限 参照(の場)。

母=器としての準備を整え、あらゆる種類のものを受容するために姿形を持たない。

穀物と不純物を分け、それぞれを異なった場所へと運ぶ篩でもある。
コーラ―プラトンの場 (ポイエーシス叢書)

コーラ―プラトンの場 (ポイエーシス叢書)

* 作者: ジャックデリダ , Jacques Derrida , 守中高明
* 出版社/メーカー: 未来社
* 発売日: 2004/04
* メディア: 単行本

http://d.hatena.ne.jp
/keyword/%A5%B3%
A1%BC%A5%E9

参照2:
デリダ『コーラ』
コーラ―プラトンの場 (ポイエーシス叢書) コーラ―プラトンの場 (ポイエーシス叢書)
(2004/04)
ジャック デリダ

商品詳細を見る

プラトン『ティマイオス』における「コーラ」=「場」について論じているよう
「場」とは、「同一性」「二項対立」を逃れ去るものである
フェミニズム、建築とも関わるらしい
よく分からん
西田の「場」の論理とはなんか関係があるの?
「同一時間、同一空間には、二つのものが存在できない」とか

・たぶん、コーラとは「神」「最高存在」のことだろう
・あなたも、「女」であることをやめて「神」になれる。きっと

・『ティマイオス』の宇宙開闢説におけるロゴスの終りたるテロス
・ヘーゲルの論理学とアリストテレスの形而上学
・イデア的、叡智的なものと、感性的なものの間の深淵
・感性的でも叡智的でもない「母」という「場」
・ソフィストは固有の「場」を持たない
・プラトンはアリストテレス的な真面目さに対して、「戯れ」/「真面目なもの」という対立措定の同一の使用を成す
・コーラは、乳母でも母でも女でもなく、カップルを成さず、独自の個物である
・存在の二つの形式に対する、第三のジャンル

守中高明
・コーラは、延長のうちに位置付けることができず、存在者としての限定を欠く
p.103「コーラをめぐる記述を「教育的なメタファー」と見なす伝統を批判しつつ、それが告げている事態を字義通りに読み解くデリダ によれば、「叡智的なもの」でもなく「感性的なもの」でもない「第三のジャンル」とプラトンが呼ぶものは、存在者の三つ目のジャンルではないし、存在の反対物=非存在でもない。また、この点が肝心だが、フィクションとして想定され、やがてしかるべき仕方でロゴスへと止揚されるべき神話素なのでもない。それは、それ自体としてのいかなる実質も欠いた何か、ロゴスの言説によってはただ「〜でも〜でもない」としか表現され得ないような非‐固有性そのものであり、したがってそれは、弁証法に対してある特異な関係を持っている」「いわばそれは対立措定の非‐対照的な外部を構成している」
http://literaryspace.blog101
.fc2.com/blog-entry-212.html
文芸空間


参照3:
シャーマニズム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索

シャーマニズム(英 : Shamanism, シャマニズムとも)は、シャーマン (巫 師・祈祷師 )の能力 により成立している宗教 。シャーマンはツングース語 「šaman, シャマン」に由来し、トランス状態 に入って霊 (超自然的存在)と交信する現象を起こすとされる。この現象自体や現象に基づく思想 をシャーマニズムと呼ぶこともある(ミルチャ・エリアーデ など)。広義には地域 を問わず同様の宗教、現象、思想を総合してシャーマニズムと呼ぶ。アニミズム を伴うことが多く、実際の宗教形態においてはシャーマニズムのみが存在するということはほとんどない。


参照4:

日本の神籬・磐座

 日本では古代祭場のことを昔は神籬(ひもろぎ)と申しました。これは霊天降域、すなわち神が天から降臨される場所という意味で、それは聖なる岩や土地、また御神木でした。なかでも巨石で構築された神籬を、磐座(いわくら)・磐境(いわさか)と呼ぶことがあります。すなわち磐座とは木材による神社建築が始まるはるか以前、縄文草創期以前に古代人が巨石をもって築いた自然(太陽)崇拝の祭場のことで、磐境とは、垣根のように磐座を取り囲んで配置されている添え石です。外国で一般に良く知られているものとしてメンヒル、menhir(立石)やドルメン、dolmenn(机石)やクロムレック、cromlech(半円形の列石)、トリリトン、tririton(2個の立石の上に横長の石を載せたもの)またストーン・サークル(環状列石)が挙げられます。英国のストーン・ヘンジやフランスのカルナック列石またケルト人の残した巨石建造物のなかには同じ流れを継ぐものがあります。山の多い日本では、その多くは天に近い山上に構築されています。ずっと後世になって木材を使って社殿が建てられるようになると、人々は便利にしたがって山麓に下宮を造るようになります。さらに人々の間に便利主義が高まり、自分たちの住んでいる里の近くに里宮を造り、次第に山麓の下宮を忘れ、山頂にある元宮としての磐座をも忘れ果ててしまったのです。しかし、奈良の大神神社のように、両者が密接しているところでは、背後の三輪山の磐座を神社の本殿として祀り、その山麓にある社殿は拝殿のみを置くとしています。
http://www15.ocn.ne.jp
/~kodaiisk/iwakura.html


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2009年04月11日(Sat)▲ページの先頭へ
「愛国心」と「愛郷心」:「国」とは、国家や郷土という対蹠的概念が併存する言葉である
村野瀬氏が「愛国心」等の問題を考えるリンク集を作成していられるが、ちょっと「愛国心」なるものを考えてみよう。
 私には、端的に、「愛国心」はない。「愛郷心」ならば、人一倍ある。「国」という言葉は、国家と故郷の「くに」等が混交しているのであり、あいまいである。「愛国心」が「愛国家心」なのか「愛郷心」なのか、区別がつかないのである。ある意味で、未分化的に混融していると言えよう。だから、この未分化混融性を国家権力は利用しているとも言えよう。(追記:国民国家ネイション・ステイトとは、この未分化混合状態を取り込んだものではないだろうか。愛郷心を国家主義へと結びつけているものであるから。)
 とまれ、私は国家権力の横暴さに批判的であるので、「愛国心」はないのである。

追記:「愛郷心」と「愛国心」の不連続化が必要なのである。近代意識では、両者を連続化させてしまい、中央集権主義、全体主義へと転化することになると言えよう。
 そう、不連続的差異論は、この切断をまず作れるだろう。そして、PS理論によって、不連続化された「個」・特異性が他者と共鳴する関係が形成されると言える。つまり、不連続的差異論/PS理論による切断/共鳴によって、新しい共同体、新しい郷土が生まれることになるだろう。それは、当然、国家主義を超越したものである。異民族・異文化が共鳴する新共同体(ニュー・コミューン)が誕生すると言えよう。

追記2:「愛郷心」は、「愛土心」でもいいだろう。あるいは、「愛天地(あめつち)心」である。

[04/11]国旗、国歌、国家意識(「愛国心」)を考えるリンク集 New!!
村野瀬玲奈の秘書課広報室
参考:
くに【国/▽邦】
「くに」を大辞林でも検索する

1 国家。また、その占めている地域。国土。「―の財政」「海の彼方の―」

2 地方。地域。「北の―」

3 古代から近世までの行政区画 の一。大化の改新によって定められ、明治維新まで続いた。「駿河の―」

4 生まれ育った土地。郷里。故郷。「盆と正月には―へ帰る」「―は富山です」

5 (主に、天(あめ)に対して)地。大地。

・ 「天の壁(かき)立つ極み、―の退(そ)き立つ限り」〈祝詞・祈年祭〉

6 国府。また、そこの役人。

・ 「―に仰せ給ひて、手輿(たごし)作らせ給ひて」〈竹取 〉

7 任国。領国。知行所。

・ 「紀伊守―に下りなどして」〈源 ・空蝉〉

8 国の政治。国政。

・ 「尾張に下りて―行ひけるに」〈宇治拾遺 ・三〉

9 帝位。天皇の位。また、その政務。

・ 「御―譲らむこと近くなり侍りぬるを」〈宇津保 ・国譲中〉

[下接語] 葦原(あしはら)の中つ国 ・天つ国・浦安の国 ・御(お)国 ・御伽(おとぎ)の国 ・華胥(かしょ)の国 ・神の国 ・唐(から)国 ・異(こと)国 ・言霊(ことだま)の幸(さきわ)う国 ・玉垣の内つ国 ・常世(とこよ)の国 ・外(と)つ国 ・根の国 ・日出(い)ずる国 ・日の入る国 ・御(み)国 ・瑞穂(みずほ)の国 ・黄泉(よみ)の国 ・我が国 (ぐに)北国 ・島国 ・山国 ・雪国

[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?
enc=UTF-8&p=%E9%82%A6&
stype=0&dtype=0

参考2:

出典: フリー多機能辞典『ウィクショナリー日本語版(Wiktionary)』
漢字



* 部首 : 囗 + 8 画
* 総画 : 11画
* 異体字 : 国 (簡体字 , 新字体 ), 圀 (別字 )囶 (異体字 ) 囯

* 筆順

(日本における筆順):
(台湾における筆順)

[編集 ] 字源

* 会意形声 。囗 (かこい 、領域 )+音符「或 (ワク)」。「或」は、「弋 」(くい )+「囗」(かこい)+「―」で領域を区切ることを意味する会意文字。域 の原字。
o 元、「或」を「くに」と読んだ。「戈」は矛で武力、「一」は土地、「口」は領土を表す。しかし、中原は争いが已まないので、領土は不安定なものであった。よって「あるいは」と読む。やがて統一が進むとより強固な領土を保有する。それが国構えをつけた「國」である。

[編集 ] 意義

1. くに

国家 、国土

2. 諸侯 の領地
3. 故郷

http://ja.wiktionary.org
/wiki/%E5%9C%8B

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2009年04月10日(Fri)▲ページの先頭へ
検討問題:バハオーフェンの母権制の大地・地下・物質性について:母権制はMedia Point的だ
先にも述べたが、バハオーフェンは、母権制は、大地・地下・物質的であると述べている。この考えは、-iとしての母権制ということになると思う。
 しかしながら、大地・地下・物質とバハオーフェンが言うのは、実は、抑圧され、潜在するMedia Pointではないかと考えた。
 この問題は、地母神ないしは大地母神の問題である。母なる神を大地の神とするのは、いわば、通俗的である。地下界という発想は、ロマン主義的である。これは、二元論の裏返しである。光としての精神に対する、闇としての大地・地下・物質という二元論である。
 しかし、これは、間違っていると考えられる。大地・地下・物質というのは、実は、否定されて抑圧されているMedia Point であると思われるのである。これが、抑圧する主体である傾斜した+iから見ると、否定された-iに見える。つまり、-(-i)である。そして、-iを大地・地下・物質とバハオーフェンは考えたのではないだろうか。
 しかしながら、-(-i)は、実は、本来、差異共振性ないしはMedia Pointの否定と考えられる。そして、、-(-i)とMedia Pointを連続化させると、ドゥルーズの「差異」になると思う。
 バハオーフェンは、ドゥルーズのように、Media Point を連続化させて、それを、大地・地下・物質にしていると思えるのである。そのために、先に述べたように、叙述が不整合になったと考えられるのである。つまり、-iとMedia Pointを一致させてしまったのである。
 そう、これは、ゲーテも『ファウスト』で犯していることだと思う。「母の国」が地下にあるのである。
 正確に言えば、地下にあってもいいのであるが、地下における超越光=精神と言うべきなのである。そう、母権制は、物質的ではなく、精神的であると言わなくては鳴らないのである。
 後で、明快に説明をしたい。

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2009年04月09日(Thu)▲ページの先頭へ
減衰通貨導入へ向けて:脱資本主義=差異共振共同体経済:虚構経済/父権経済から真理経済/母権経済へ
テーマ:シルヴィオ・ゲゼル『自然的経済秩序』

今日の経済の根源的危機を見るに、やはり、減衰する通貨の導入がいちばんの解決策ではないのかと思ったりする。
 同一性資本主義の問題は、+1の拡大を目指すことにある。+1は虚構価値である。虚構価値を真正価値と錯誤していることが大問題である。倒錯経済なのである。
 だから、貨幣の量的拡大という虚構経済を廃止するためには、貨幣の減衰性を提示するのがいちばんドラスティックではないか。
 わかりやすく言えば、貨幣を身体と考えればいいのである。身体は、生成し、衰退して、死滅するのである。このような生成消滅性を貨幣にもたすべきということである。
 そのとき、貯蓄することは、価値が減衰するということがわかるだろう。また、企業も、減衰する価値を求めるということはなくなるだろう。
 そう、だから、減衰通貨経済とは、脱資本主義ということができるだろう。それは、差異共振的共同体経済となるだろう。
 今日は問題提起に留める。

参考:
貨幣の機能として価値の保存機能と価値の交換機能がありますが、もともと「価値を保存する」という発想自体が現実世界に沿っていないのだと思います。
保存しておいても価値が減らないのですから、そりゃ無理してまで人に貸そうとはしませんよね。だから「利子」を取ろうとするのだと思います。

これが食料だったら、必要以上に持っていても腐ってしまうので、格安、もしくは不要な分は単に人に分け与える事でしょう。保存しておいても価値が減っていくからです。それが自然の摂理です。
http://chikura.fprog.com
/index.php?UID=11049
95173
福井プログラマー生活向上委員会

参考2:

第5章 もうひとつの「お金」は可能だ!−目次 >>忘れられた経済学者シルビオ・ゲゼル
忘れられた経済学者シルビオ・ゲゼル

<2005.09.20>

シルビオ・ゲゼルは、1862年、ザンクト・フィット(当時はドイツで、現在はベルギーのリエージュ州)で、プロイセン人の父とワロン人の母の間に、9人兄弟の7人目の子供として生まれました。幼い頃から独仏以外のさまざまな言語に親しみ、ベルリンの郵便局に勤めた後、兄の商店のもとで商売を学んで、その後スペインのマラガに特派員として2年滞在。ブラウンシュヴァイクやハンブルクでも商売の経験を積み、24歳の時にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに渡って兄の商店の支店を開きました。

http://www.anti-rothschild.net
/truth/part1/05/part1_49.html

反ロスチャイルド同盟について


参照:

週刊ダイヤモンド編集部

【第108回】 2009年03月17日
CDS、CMBSに繰延税金資産
「損失のデパート」と化したAIG

「AIGはヘッジファンドだった」。バーナンキFRB(米連邦準備制度理事会)議長は、3月3日に米国上院予算委員会で怒りを込めて吐き捨てた。同社は、2008年第4四半期に616億ドルの最終赤字を計上。

 政府当局は、これまでの400億ドルの公的資金注入、ニューヨーク連銀からの600億ドルの特別融資枠に加え、300億ドルの追加優先株発行枠設定などの支援策を再び打ち出さざるをえなくなった。巨額損失はなぜ発生したのか。

 同社は金融機関に証券を貸し付け、その担保に受け取った現金を本来、国債のような安全・確実な資産で運用すべきところを、RMBS(住宅ローン担保証券)で運用していた。

そのため、RMBSの値下がりで多額の損失を計上してきた。加えて、スーパーシニアCDO(債務担保証券)を保証するCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を大量に売っていた。

CDOの値下がりで巨額損失を計上したことから見ても、適切なリスク管理が行なわれていたとは言いがたい。ヘッジファンドとレッテルを貼られるのも無理はない。

 救済の一環として08年12月、ニューヨーク連銀との共同出資会社に対しRMBSとCDOの売却が進められてきたが、その間にも両資産の下落は続き、第4四半期に75億ドルの評価損が生じた。

 さらには、CMBS(商業不動産担保ローン債券)などの損失186億ドル、損失計上が続いたことによる繰延税金資産の取り崩し210億ドルなどが加わり、600億ドルを超える赤字計上に至った。まさに損失のデパートだ。

「業績不振が続く大手銀行でも繰延税金資産取り崩しは、今後、予想される」(藤岡宏明・大和証券SMBC金融市場調査部次長)。その意味でAIGは“金融危機の先駆け”ともいえる。

 CMBSなどからの損失の発生は今後も続く。AIGは、公的資金を吸収し続けるブラックホールと化す。

(『週刊ダイヤモンド』編集部 竹田孝洋)

http://diamond.jp/series
/inside_e/09_03_21_002/


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封建主義的日本政治:形式民主主義と差異共振主義:日本女性と母権神道精神復活
私がいつも不思議に思うのは、大事な仕事をしている人たちへの援助が足りないことである。例えば、看護師は夜勤制などたいへん心身にきつい仕事をしているが、それを解消する法がないのである。
 はっきり言って、日本の政治家は国民のことを考えていないのである。端的に、自民党がそうである。また、国民がダメ国民で、自国をいい国にしようという気概がないのである。臆病な利我主義者である。
 私は、直感では、日本の男性より、女性に問題があると思っている。もちろん、男性も問題ではあるが。どういうことかと言えば、女性の本性である差異共振精神が欠落しているからである。母権神道精神に目覚める必要があるのである。
 また、以下、スロー人氏が日本人の精神の問題点を鋭く抉っているので、参照されたい。夏目漱石も、個人主義を説いていた。私はマスメディアにいちばん、封建的国家主義を感じるのである。マスメディアの記者が個として独立していないのである。マスではなく、ミクロ・メディア、インディヴィジュアル・メディアにならなくてはならないのである。

<女性医師>6割以上が育児休暇取らず 日医が初の調査

4月8日20時43分配信 毎日新聞

 子供がいる女性勤務医のうち6割以上が育児休暇を取得した経験がないことが、日本医師会が初めて実施した女性医師勤務実態調査で分かった。子育て中に勤務時間や勤務日数を減らした女性医師もそれぞれ2割前後しかおらず、日医は「国家試験合格者の3割を超える女性医師が出産しても仕事ができる環境を作ることが、医師不足解消には不可欠」と指摘している。

 08年12月と09年1月、国内全病院の女性勤務医を対象に調査、7467人から回答を得た。3119人に出産経験があり、その約3分の2に育児・介護休業法施行(92年)後に生まれた中学生以下の子供がいるが、育休を取っていたのは37%。全業種を対象にした厚生労働省の07年調査では、出産した女性の90%が育休を取っており、医療界の対応の遅れが著しい。

 出産後の働き方を複数回答で聞いたところ最多は「変化なし」の38%。勤務日数を減らしたのは22%で、時間短縮勤務は17%だった。

 一方、子育て中の女性医師の約2割は勤務の軽減を望んでおらず日医は「同僚に迷惑をかける、自分のキャリアを守りたい、といった子育て優先をためらう意識も、女性側にあるのではないか」と分析している。【清水健二】
http://headlines.yahoo.co.jp
/hl?a=20090408-00000111
-mai-soci

参照:
日本が変われない理由
テーマ:政治

 現代人が知っている政治体制で民主主義が大衆に最も優しいシステムであるとぼくは信じている。


 しかしながら、日本人、その他のアジアの人々などは、案の定、民主主義を嫌う人が少なくない。なぜなら、日本人を含むアジアの人間は、歴史的・社会的なバックグランドはもちろん、それと同様、いやそれ以上に生物的・生まれつき的に「個人主義」ではないからのように思えるからだ。

http://ameblo.jp/adco
/entry-10239059716.html
スロー人ロハス-Kritik der Politischen Ekonomie

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復活祭:パスハとイースター(オステルン):Easterとeast(東)同語源である
英語でイースターEasterのEastと、ドイツ語でオステルンOsternのオストOstは、ラテン語のauroraとギリシア語のauos(夜明け)と同根ということである。
 とまれ、ここには、イエス・キリストと太陽との関係が示唆されているだろう。もともと、ローマ帝国では、太陽崇拝のミトラス(ミトラ)教とキリスト教が争ったのである。シュタイナーはキリスト・イエスは太陽霊であると述べている。シュタイナーの精神科学は、実は東洋的である。だから、太陽霊は超越光となるから、大元母の光である。天照大神と同じであろう。後でさらに考察を行いたい。

復活祭
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索
曖昧さ回避 イースターバニーはこの項目へ転送 されています。準惑星の旧仮称についてはマケマケ (準惑星) をご覧ください。
イエス
関連項目
Jesus
イエス・キリスト /史的イエス /メシア /救世主イエス・キリスト
新約聖書と
イエスの歴史的受容
受胎告知
キリストの降誕
イエスの洗礼
荒野の誘惑
最後の晩餐
キリストの磔刑
キリストの墓
復活
キリストの昇天
聖遺物
表 ・話 ・編 ・歴
「黄泉降り」のイコン 。上方にキリスト が復活した情景、下方にキリストがアダム の手を取り人々を地獄から引き上げる情景。主・神であるキリストにより、旧約の時代の人々にまで遡って復活 の生命が人類に与えられたという正教会 の伝承に基づいている。17世紀 ・ヤロスラヴリ のもの。

復活祭(ふっかつさい)はキリスト教 の典礼暦 における最も重要な祝い日で、十字架 にかけられて死んだイエス・キリスト が三日目によみがえったことを記念する。「復活 の主日 」、あるいは英語で「イースター」とも言われる。復活祭は基本的に「春分 の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、年によって日付が変わる移動祝日である。2009年の復活祭は西方教会 では4月12日 、東方教会 では4月19日 。

正教会 の復活祭(復活大祭)に関しては復活大祭 の項も参照のこと。なお正教会では「イースター」よりも「パスハ 」の呼称の方が好まれる。
名称と起源 [編集 ]
キリストの復活、マイスター・フォン・メスキルヒ 画

英語 とドイツ語 以外のヨーロッパ諸言語における「復活祭」という言葉は、すべてギリシャ語 の「パスハ(Πάσχα)」に由来しており、その言葉も元をたどれば、アラム語 の「パスハ(pascha)」で、これはユダヤ教 の「過越 (すぎこし)の祭り」を表す「ペサハ」(Pesach)というヘブライ語 の言葉から来ている。つまり、キリスト教の復活祭がユダヤ教の「過越の祭り」から生まれた祝い日であることを示している。ギリシャ正教会 で復活大祭 を「パスハ(Πάσχα)」と呼ぶのは勿論のこと、ロシア正教会 ・ロシア語 でも復活大祭はヘブライ語・ギリシャ語起源の「パスハ(Пасха)」と呼ばれ、日本正教会 でも復活大祭をパスハと呼ぶ。

一方、復活祭を表す英語「イースター(Easter)」およびドイツ語「オステルン(Ostern)」はゲルマン神話の春の女神「エオストレ(Eostre)」の名前、あるいはゲルマン人 の用いた春の月名「エオストレモナト(Eostremonat)」に由来しているといわれる。8世紀 の教会史家ベーダ・ヴェネラビリス はゲルマン人が「エオストレモナト」に春の到来を祝う祭りをおこなっていたことを記録している。実際、復活祭の習慣の中には、このゲルマン人の祭りに由来すると思われるものもある。たとえば、復活祭に色をつけた卵を配るイースター・エッグ や多産の象徴であるウサギ (イースターバニー)が復活祭のシンボルとされていることがそうであると考えられる(「習合 」を参照)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/
%E5%BE%A9%E6%B4%BB
%E7%A5%AD

参考:
●キリスト教の創立者/コンスタンティヌス(EJ第1895号)
 コンスタンティヌス帝について調べてみると、この皇帝は大変
聡明で、優れた政治家であったことがわかってきます。当時ロー
マ帝国は西と東があり、西はコンスタンティヌス帝、東はリキニ
ウス帝です。
 あるとき、コンスタンティヌスはリキニウスと話し合い、キリ
スト教徒の迫害をやめないかと提案し、リキニウスはそれに同意
したのです。そのときリキニウスは「変だな」と感じたのです。
どうしてかというと、そのときキリスト教徒の迫害など、ほとん
どなくなっていたからです。
 しかし、やがてリキニウスはコンスタンティヌスの意図を知る
ことになります。コンスタンティヌスは、リキニウスがこの約束
に背いたことを理由に、リキニウスを殺害してしまったのです。
帝国の基盤を磐石なものにするには、ローマ帝国はひとつである
必要があるとコンスタンティヌスが考えたからです。
http://intec-j.seesaa.net
/article/114315662.html
INTEC JAPAN/BLOG


参考:
ミトラ教
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索

ミトラ教またはミトラス教 (−きょう,英語:Mithraism) は、インド ・イラン の古代よりの神話に共通する、太陽神 ミトラ(ミスラ )を主神とする宗教 である。ヘレニズム の文化交流を通じて、地中海 世界 に入り、主にローマ帝国 治下で、紀元前1世紀 より5世紀 にかけて大きな勢力を持つ宗教となったが、実体については不明な部分が多い。
ローマ帝国治下のミトラス教 [編集 ]

ローマ帝国の領土において広範に流布した宗教でミトラス教と呼ばれており、主に軍人を中心に普及し、初期キリスト教 とローマ帝国の国教 の地位を争ったほどに古代のおいては優勢な宗教であった。しかし、キリスト教の勝利と共に忘却され、近代になってフランツ・キュモンがローマ帝国時代の遺跡の碑文を丹念に蒐集し、ミトラスに関する記述に基づいて研究を行った。(この神は、ラテン語では、Mithras であり「ミトラス」と表記するのが妥当であるが、キュモンはフランス人であったのでフランス語読みで「ミトラ」となり、「ミトラ教」とも呼ばれる)。

キュモンの研究により、古代の大宗教であったミトラス教の存在が再び明らかになったが、古代ローマのミトラス教は「密儀宗教」の面が強く、その実体については未だによく分かっていない。(男性の入信しか認めず、非常に閉鎖的であったらしい[要出典 ])

アーリア人の神ミスラ [編集 ]

元々、ミトラス神は、アーリア人 の古い神話に登場する光明の神であり、イランの『アヴェスター 』においても、インドの『リグ・ヴェーダ 』においても登場する有力な神であった。ゾロアスター教 でも、ミトラは中世ペルシア語 でミフルヤズドと呼ばれ、重要な役割を持ち、多数の神々のなかでも特殊な位置付けであった。

ミトラに対する信仰というものは当然存在したが、ミトラを主神とするミトラ中心の宗教が存在したのかどうか、学問的に確かなことが分からない。

仏教の弥勒信仰 [編集 ]

仏教 には、弥勒菩薩 が存在し、「弥勒信仰」がある。この弥勒は、サンスクリット語 ではマイトレーヤというが、マイトレーヤとは、ミスラ の別名である。またはミスラから転用された神名であり、仏教では菩薩 として受け入れられ、マイトレーヤを軸とした独特の終末論的な「弥勒信仰」というものがある。

マイトレーヤ信仰とミトラ教 [編集 ]

仏教の弥勒信仰以外にも、イランやインドではミトラ信仰があり、マイトレーヤ信仰があったことは分かっている。マイトレーヤ信仰または弥勒信仰が中国に伝わり、独特な宗教を構成したとする考えも、かなりの歴史的妥当性を持って確認できる。

しかし、仏教のなかの弥勒信仰であり、またインドにしてもイランにしても、それぞれの伝統宗教を背景としたミトラ信仰であり、マイトレーヤ信仰であった。ローマ帝国治下のミトラス教は、独立した宗教であったことは明らかである。しかし、メソポタミア 、イラン 、インド 、西域 、中国 などにも流布されたとされる「ミトラ教」とは、どのような宗教であったのか、独立した宗教として捉えてよいのかどうか、疑問の余地がある。

クリスマスとミトラ教  [編集 ]

12月25日 はイエス・キリスト の誕生日としてキリスト教 の祭日となっている。しかし実際にはイエス・キリスト がいつ生まれたかは定かではなく、12月25日 をクリスマス として祝うのは後世に後付けされた習慣である。聖書 にもイエス・キリストが生まれた日付は記述されていない。

前述のローマ帝国時代において、ミトラ教では冬至を大々的に祝う習慣があった。これは、太陽神ミトラが冬至 に「生まれ変わる」という信仰による。(短くなり続けていた昼の時間が冬至を境に長くなっていくことから)

この習慣をキリスト教が吸収し、イエス・キリスト の誕生祭を冬至に祝うようになったとされる。

参考文献 [編集 ]

* フランツ・キュモン 『ミトラの密儀』 平凡社
* 小川英雄 『ミトラス教研究』 リトン

土偶 - 太古の宗教の痕跡 この「ミトラ教」は、宗教 関連の書きかけ項目 です。この記事を加筆・訂正 して下さる協力者を求めています (ウィキプロジェクト 宗教 )。 現代の様々な宗教のシンボル

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2009年04月07日(Tue)▲ページの先頭へ
バハオーフェンの『母権制序説』私説:超越神と天地分離:大元母は天地一如態
『母権制序説 』(ちくま学芸文庫) (文庫) J.J. バハオーフェン (著), Johann Jakob Bachofen (原著), 吉原 達也 (翻訳)
タイトルの論考はもうすぐ読了するが、最初は鋭敏な洞察が展開され、すばらしいが、その後、怪しくなってくる。元々、ローマ法学者であったというが、哲学が足りないのである。
 不整合がひどく目立つのである。例えば、母権制とは、精神性をもっていたと言っていたが、後から、母権制は物質的であると述べているのである。
 また、天地の区別、すなわち、父=天、母=地という二項対立の発想していて、この二元論=二項対立は正に、父権制の発想なのである。
 思うに、母権制は、最初は、やはり、(+i)*(-i)で考えるべきではないだろうか。
 問題は、父権制の発生の意味である。やはり、能動性と物質性ではないだろうか。-1と+1の発生を意味するのではないだろうか。(追記:ここでの問題は、例えば、ユダヤ教は「倫理」を重視する宗教であると考えられている点である。ヤハウェは、ユダヤ民族が崇拝していた母権的宗教【バアル神信仰:追記:正確に言えば、広義の母権的宗教であろう。バアル神自体は男性神である。しかし、これは、女神の子と考えられる。そういう意味で広義の母権的宗教である。】を憎んだ。それは、偶像崇拝である。確かに、母権宗教は、現象的であり、映像が重要になるだろう。それをヤハウェは否定したのである。この点で、「感覚」的でなく、「倫理」的ということになるのだろう。ユダヤ教は、言語的ということになるだろう。つまり、言語同一性主義であり、これが、即非現象を物質現象に転ずると言えよう。だから、やはり、物質的なのである。母権宗教のイメージ性とは、差異共振現象・即非現象を重視するところから来ていると考えられる。ついでに言えば、美術が蘇るには、共振知覚・即非知覚の美術に回帰する必要があるのである。その点、日本伝統美術は大宝庫である。
追記:正確に言えば、ユダヤ教は、精神と物質の絶対的二元論化を形成したと言えよう。近代心身二元論の根源であろう。端的に言えば、超越神と現象界の二元論化である。しかし、このとき、現象界を物質界にしているだろう。だから、超越性をもった「倫理」はあるが、同時に、物質性を形成したと言えよう。しかし、超越性をもった「倫理」とは、端的に言えば、同一性倫理であろう。これは、いわば、独善的な倫理である。今はここで留める。)
 とまれ、本書から言えることは、バハオーフェンは母権制という概念を提起したことでは確かに画期的であろう。しかしながら、論理が明晰ではなかったので、純粋な母権制までに達しなかったと思われるのである。
 もっとも、区分については考慮すべきものがある。後で、付け加えたい。

追記:最初、母権制は精神性があると述べられている点は、私が考える初期差異共振性にあたるだろう。これは、+iと-iの調和的均衡である(和衡という言葉を造語したい感じだ)。ただ、バハオーフェンが提起する、娼婦制やアマゾン制等の説明をどうするかである。
 とまれ、後で、バハオーフェンの時代区分を考察したい。

追記2:超越神の超越性の発生力学は何だろうか。-iを否定する+i の上昇力学ではないのか。-iを抑圧したとき、+iは上昇するのではないのか。それが、「天」ではないのか。もっとも、問題は微妙である。思うに、源泉として、Media Pointがあるのであるが、それが、+iへと傾斜化されるのが、超越神の超越性ではないのか。つまり、超越性とは、やはり、Media Point(母権宗教)から発しているのではないだろうか(思いつきでは、これがエローヒームに当たるのではないだろうか。そして、+iの傾斜がヤハウェであろう。)。この点は後でさらに検討したい。

追記3:超越神の超越性の根源をMedia Pointとして考えていこう。+iの傾斜によって同一性志向性が発生する。そのとき、Media Pointは現象から切り離されるのではないだろうか。本来、差異共振現象は、Media Point を原点とする現象である。しかし、+iの傾斜があると、Media Pointの超越光は、現象へと向かわないと考えられる。+iの傾斜は自乗となり、-1となる。思うに、Media Pointと-1が連続化するのではないだろうか。そして、これが、超越神ではないだろうか。
 そして、⇒+1の母権宗教は否定されるのである。つまり、-1があるから、⇒がとれて、+1が生じる。これが、物質界である。そして、-1と連続化したMedia Pointが「天」となるのではないだろうか。
 そうならば、-1とMedia Pointの連続化とは何か、である。それは、Media Pointと+1との即非性の切断ということではないだろうか。本来、Media Pointは+1へと志向する。しかしながら、+iの傾斜の結果の-1が生じると、+1への志向が否定されると言える。言い換えると、Media Pointが現象から切断されるということである。そして、この切断されたMedia Pointが超越神の超越性ということになるだろう。このMedia Pointは、-1と結合しているので、同一性自己的Media Pointである。そして、これが、唯一神としての超越神ではないか。そして、同一性自己は言葉(ロゴス)と通じている(初めに言葉【ロゴス】ありき)。どうも、この、作業仮説である同一性自己的Media Point(「父」)が西洋的思考の原型となったのではないだろうか。(思うに、イエス・「子」は本来、純粋Media Pointの体現者であるが、それが、「父」に吸収されているのではないだろうか。だから、聖霊の時代が来るという発想は正しいと言えよう。聖霊とは、純粋Media Pointエネルギーである。)
 結局、分離された+1が「地」となり、本来、天地一如(陰陽・乾坤・コスモス)であったが、Media Pointと+1が切断されたので、それぞれ、「天」と「地」になったのではないだろうか。言い換えると、純粋Media Pointとは、天地一如であり、いわば、上下に揺らいでいるのである。上昇したり、下降したりしているのである。天を志向したり、地を志向したりしているのである。そう、天地即非である。
 しかるに、超越神が発生すると、それが切断分離されて、「天」・「父」と「地」・「母」にされるのであるが、「地」・「母」はユダヤ教では否定されることになるのである。そう、「地」・「母」がないのがユダヤ教と言えよう。母なし宗教である。
 以上のように見ると、+iが「天」・「父」、-iが「地」・「母」と言ってもいいのではないだろうか。
 ただし、本来の母権宗教は、天地一如・父母一如・宇宙(コスモス)宗教である。これが、大女神が表現していたものである。そして、神道・母権神道は、正に、これの表現であると考えられる。思うに、大女神は、元母と考えるべきである。大元母である。

追記4:思うに、一神教の発生の意義は、母権宗教・自然宗教・多神教が、差異共振感覚から同一性=物質感覚に堕していき、超越性=精神性を喪失して、社会が衰退が起ったときに、新たに超越性を注入することにあったのではないだろうか。偶像崇拝禁止からわかるように、感覚からの切断の意味があるだろう。キリスト教が生まれたとき、パーン神(牧羊神)が死んだという伝承があるが、思うに、パーン神崇拝は、卑しい世俗主義に堕していたのではなかったか。


参考:
金の子牛
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索
金の子牛の崇拝。ニコラ・プッサン 画

金の子牛(きん−こうし/ヘブライ語 :עגל הזהב)とは、旧約聖書 の『出エジプト記 』32章に登場する牛を模った黄金の像である。カナン へ向かう途上のシナイ砂漠 でイスラエル民族 によって造られたとされ、同書では鋳造の子牛(עגל מסכה)とも呼ばれている。
概要 [編集 ]
金の子牛 ニュルンベルク年代記 の挿絵

『出エジプト記』によると、モーセ がシナイ山 において神から十戒 の石版を授与されるまでには四十日の期間を要したとされているのだが、麓に残されたイスラエルの民は時間の経過と共に忍耐力を失い、ついには、モーセは死んだと思うようになった。ハザル は同書の注釈において、このときサタン が現れ、雲の上に立つモーセの幻影をイスラエルの民に見せたとしている。不安になった民はアロン のもとに相談に出向き、苦肉の策として民族を導いてくれる新しい神の制作を懇願する。アロンはそれに応じ、全民衆から貴金属の提出を命じる。こうして鋳造の金の子牛が完成したのである。

これを知った神は、一刻も早く下山するようモーセに命じる。モーセが下山して宿営地に戻ったところ、民衆は宴に興じながら金の子牛を拝んでいた。怒りに満ちたモーセは十戒 の石版を破壊するやいなや、金の子牛を燃やし、それを粉々に粉砕して水に混ぜ、イスラエルの民衆に飲ませた。そして彼はレビ族 の者を集め、偶像崇拝に加担した民衆の殺害を命じる。同書では、そのとき死んだ民衆の数を三千人であった述べている。

背景 [編集 ]

一般的な解説では、金の子牛が誕生した理由にモーセの帰還が遅れたことを挙げるのだが、これは裏返せば、イスラエルの民衆がかねてより認識可能な民族の象徴、すなわち実体のある神を望んでいたことを意味している。エジプト で生まれ育ち、エジプトでの宗教を体験した彼らにとっての神という観念は、モーセが示した実体のない神という新しい観念とは隔絶の間があったに違いない。一説によれば、『出エジプト記』の幕屋 建設に関する指示は、金の子牛の事件の反省から、より実体性のある信仰を民衆に与えざるを得なくなったからだとしている。

雄牛を崇拝する信仰自体は古代世界では決して珍しいものではなく、例えばメンフィス では豊穣の神、聖牛アピス を守護神として奉っていた。サカーラ にある王家の墓では、地下に埋葬された石棺の中から防腐処置を施された約六十頭もの雄牛が発見されている。その各々が生神として扮せられており、傍らには双子の処女が殉葬されていた。こういった風土での信仰が金の子牛のインスピレーションの源泉となったことは容易に察せられよう。

その他 [編集 ]

* 旧約聖書ではイスラエル民族によって金の子牛が鋳造された事例が他にも記録されている。それは統一国家分断後のイスラエル で、ヤロブアム がベテル とダン に設置した二体の金の子牛である。
* 金の子牛という概念は、今日においては単に偶像崇拝を意味しているだけではなく、物質崇拝、拝金主義、唯物論 の比喩としても用いられている。

関連項目 [編集 ]

* 出エジプト記
* モーセ
* アロン
* 古代エジプト



バアル
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シリア  パルミラ遺跡  バール寺院

バアル (ウガリット語 形 b‘l [ba‘alu])とは、カナン 地域を中心に各所で崇められた嵐と慈雨の神。その名はセム語で「主」を意味する。「バール」「ベール」の表記も。

もともとはハッドゥ (hd [haddu])という名であった。この名は恐らく雷鳴の擬音と考えられる。しかしハッドゥが主神、すなわちバアルと呼ばれ崇められているうちに、その呼称が固有名詞化し、後にはもっぱらバアルと呼ばれるようになった。

本来、カナン人 の高位の神だったが、その信仰は周辺に広まり、旧約聖書 の列王記 下などにもその名がある。また、エジプト神話 にも取り入れられ同じ嵐の神のセト と同一視された。フェニキア やその植民地カルタゴ の最高神モロク をバアル・ハンモンと結びつける説もある。さらにギリシア でもバアル (Βάαλ)の名で崇められた。足を前後に開き右手を挙げている独特のポーズで表されることが多い。
ウガリット神話におけるバアル [編集 ]

ウガリット神話 では最高神イル と全ての神々の母アーシラト またはアスタルト の息子と呼ばれる。またダゴン の子バアル(b‘l bn dgn)とも呼ばれる。勝利の女神アナト の兄にして夫。またアスタルトを妻とする解釈もある。

彫像等では、右手で矛を振りかざし、左手に稲妻を握る戦士の姿で表される。豊穣神として崇められ、竜神ヤム・ナハル や死の神モート の敵対者とされる。 ヤムとの戦いは彼が荒々しい自然界の水を征する利水・治水の神である事を象徴し、モートとの戦いは彼が慈雨によって実りをもたらし、命を養う糧を与える神である事を象徴する。

聖書におけるバアル [編集 ]

旧約聖書の列王記下では、預言者エリヤ がバアルの預言者と争い、神の偉力をもってバアル信者を打ち滅ぼしたことが書かれている。バアルは旧約聖書の著者達から嫌われており、もともと「バアル・ゼブル」(崇高なるバアル)と呼ばれていたのを「バアル・ゼブブ」(蝿のバアル)と呼んで嘲笑した。新約聖書では蝿の姿をした悪魔の王ベルゼブブ となる。

また、人身供犠を求める偶像神として否定的に描かれ、「異教の男神」一般を広く指す普通名詞としてバアルの名が使われる場合もある。

グリモワールにおけるバアル [編集 ]

バアルは旧約聖書に現れる異教の神として悪魔学 でも重視される。ソロモンの小さな鍵 ではバエル(Baël)の名で現れる。ソロモン72柱 の魔神の1柱で、東方を支配する魔王アマイモン 第一の配下にして、66の軍団を率いる序列1番の大いなる王で剣術の達人とされる。

カエル 、猫 、そして王冠 を被った人間の頭をもった蜘蛛 の姿で現れ、しわがれた声で話す。そして自分を呼び出した者に様々な事に関する知恵と、全てを見通す力、必要であれば体を透明に出来る力を与えると言う。

また、一説にはあらゆる秘術の創造主で、本や書物に力を与えるとされている。

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差異共振現象ないしは即非現象と同一性=物質的仮象の問題:ただ犀の角の如く歩め
後で検討したいが、知覚の根本問題である。例えば、ある現象を見るとき、それを差異共振現象と見るのか、同一性=物質「現象」と見るのかでは、当然ながら、全く異なる。
 同一性=物質「現象」と見ると、それは、単に同一性自己(自我)の利用対象となるだろう。量化されるのである。しかし、差異共振現象と見ると、それは、差異的であり、精神化されるのである。
 今日の日本では、同一性=物質的知覚が支配的になっていよう。これが、社会を荒廃させている内的要因である。これは、ルシファー/アーリマンの知覚である。
 この知覚が差異共振エネルギーを表現するものに対したとき、どうなるだろうか。そう、それは、知覚できないはずであり、さらに、抑圧している差異共振性を刺激するので、反感を覚えるだろう。これが、同一性自己主観のもつ差別性に当然つながるだろう。
 同一性自己主観は、優れたものを排斥するのである。そう、悪貨が良貨を駆逐するのである。同一性自己に溢れた社会は悪質化して、暴力化し、全体主義化すると言えよう。
 差異共振知覚を取り戻さないといけない。思うに、世人に影響するには、芸術の機能が必要である。とりわけ、美術の機能が必要である。
 しかしながら、今日、日本の美術は、差異共振「美」を喪失して、空虚なグロテスクなものとなっているのである。
 また、美術だけでなく、音楽も文学もそうである。いったい具体的にどうしたら、差異共振知覚を人々に形成させることができるのだろうか。
 私見では、日本だけに居ては、その知覚形成はほとんど難しいだろう。
 私見では、イタリアの地方都市等に行くことを勧める。音楽的にも美しいイタリア語の響きを耳に触れることを勧めるし、その透きとおった太陽の輝きを目にすることを勧めたいし、庶民の差異共鳴的な心性に触れるといいだろう。ツアーで行ってはだめである。単独で行くべきである。ただし、周知の通り、大都市は泥棒の巣である。 
 基本的には、《個》・特異性になることである。原始仏典にある、「ただ犀の角の如く歩め」が必要である。


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2009年04月06日(Mon)▲ページの先頭へ
日本の封建制:母権神道精神(ディオニュソス)の土台から封建制精神(アポロ)が生まれたのではないか
テーマ:歴史

西欧の封建制と日本の封建制との違いは、昔、世界史で習ったが、前者は契約的で、一ヶ所の土地に束縛されず、後者は領主(主君)に、一所懸命に、忠誠を誓うものとされた。
 前者の精華は騎士道であり、後者の精華は武士道であろう。派手さと渋さが好対照ではある。
 とまれ、封建制で問題になるのは、その隷属性である。とりわけ、村落共同体における集団的な束縛である。しかしながら、他方、忠君という徳もあったのである。私が思いついたのは、忠君・忠誠・忠義という「徳」は、母権神道精神が基盤・源泉にあるのではないかということである。因みに、騎士道の源泉も西欧の基層の母権文化にあることは理解しやすい(例えば、宮廷風恋愛とは、貴婦人崇拝であり、これは、母権文化から発していると言えよう。古ヨーロッパは、前アーリア民族の母権文化である。)
 神道の神観念が主君と重なっているのではないだろうか。そして、これが、近代天皇制まで連綿としていたのではないだろうか。
 そう、基盤は母権神道精神であるが、それが、父権的統合されたものが日本封建制の精神ではないのか。
 だから、国家神道を全否定したとき、母権神道精神を日本人は喪失したのではないか。
 とまれ、ここでは、問題提起に留めよう。

参考:
封建制
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封建制(ほうけんせい)とは、中国 など漢字文化圏 における政治思想において主張された、周 王朝を規範とする政治制度。転じて近現代になると西欧中世 社会を特徴づける社会経済制度であるフューダリズム(Feudalism)の訳語にも援用された。両者は本質的に異なる概念であるため、詳細はそれぞれの節に記す。
中世封建制度(フューダリズム) [編集 ]

フューダリズム(Feudalism)とは歴史学 において中世 ヨーロッパ社会特有の支配形態を指した用語であり、「封建制」と訳出される。土地を媒介とした国王・領主・家臣の間の緩い主従関係により形成され、近世以降の絶対王政 の中で消失した。

マルクス主義 歴史学(唯物史観 )においては、生産力と生産関係の矛盾 を基盤として普遍的な歴史法則を見いだそうとするため、この理論的枠組みを非ヨーロッパ地域にも適用して説明が試みた。この場合、おおよそ古代の奴隷制 が生産力の進歩によって覆され、領主が生産者である農民を農奴 として支配するようになったと解釈される社会経済制度のことを示す。

ヨーロッパ [編集 ]
騎士と聖職者

古ゲルマン人 社会の従士制度 (軍事的奉仕)と、ローマ帝国 末期の恩貸地制度 (土地の保護)に起源を見いだし、これらが結びつき成立したと説明されることが多い。国王 が諸侯 に領地の保護(防衛)をする代償に忠誠を誓わせ、諸侯も同様の事を臣下たる騎士 に約束し、忠誠を誓わせるという制度である。この主従関係は騎士道物語 などのイメージから誠実で奉仕的な物と考えられがちだが、実際にはお互いの契約 を前提とした現実的なもので、また両者の関係が双務的であった事もあり、主君が臣下の保護を怠ったりした場合は短期間で両者の関係が解消されるケースも珍しくなかった。

更に「臣下の臣下は臣下でない」という語に示されるように、直接に主従関係を結んでいなければ「臣下の臣下」は「主君の主君」に対して主従関係を形成しなかった為、複雑な権力構造が形成された。これは中世社会が(今日的な視点で見れば)極めて非中央集権 的な社会となる要因となった。

西欧中世においては、特にその初期においてノルマン人 、イスラーム教徒 、マジャール人 などの外民族のあいつぐ侵入に苦しめられた。そのため、本来なら一代限りの契約であった主従関係が、次第に世襲化 ・固定化されていくようになった。こうして、農奴制 とフューダリズムを土台とした西欧封建社会 が成熟していった(ただし、実際には各農村ごとにかなり相違があったと考えられている上、多くの農村では農奴 だけでなく自由農民も相当数存在していた)。

日本 [編集 ]

ヨーロッパでのフューダリズム(封建制)が、外民族の移動・侵入などと強く結び付いて形成されたのに比し、日本の封建制はむしろ武士 による統治などの国内的要因が主となって形成された(天皇 を始めとする貴族は武士の権威を根拠付ける存在である)。西欧のフューダリズムで複数の契約関係や、短期間での契約破棄・変更がみられたのと同様、日本でも実際のところ戦国時代 まで主従関係は流動的なものであり、「二君にまみえず」という語に示されるような主君への強い忠誠が求められたのは、江戸時代 に入ってからである。

日本の封建制の成立をめぐっては、いくつかの説がある。鎌倉幕府 の成立によって御恩と奉公 からなる封建制が成立したとする説で、戦前以来、ほとんどの概説書で採用されていた。この考え方では、古代律令社会の解体から各地に形成された在地領主 の発展を原動力として、領主層の独自の国家権力として鎌倉幕府 が形成されたとみなす。従って承平天慶の乱 (承平5年、935年 )がその初期の現われとみなされる。

日本中世史と日本近世史の間で、1953年 から1960年代 にかけて日本封建制成立論争 が展開した(太閤検地論争とも呼ばれる)。その口火を切った安良城盛昭 は、太閤検地 実施前後の時期の分析から荘園制社会を家父長的奴隷制社会(=古代 )とし、太閤検地 を画期として成立する幕藩体制 を日本の封建制と規定した。しかし、激しい反論を生み、院政期 以降を成立期とする説(戸田芳実 など)、南北朝 内乱期を成立期とする説(永原慶二 など)が提起された。歴史学の関心が拡散する中でこの論争は明確な解答を得ぬまま終息した。

日本の領主の封建制は「税の徴収権」に過ぎず(参照→職の体系 )、つまり西欧に見られるような領地の私有と領民への農奴としての隷属的支配権は存在しなかったので、本当の意味の封建制は存在しなかったとする説もある。

中国における発展段階論 [編集 ]

周の封建制(後述)とは別に、中国史 において唯物史観的発展段階論を適用した場合の封建制について述べる。

近代以降、中国史 を専攻する学者たちは、マルクス により押された、「アジア的停滞」の烙印を何とかして剥がそうと試みた。

そのさきがけとなったのが郭沫若 である。郭沫若はその著書『中国古代社会史研究』の中に於いて中国史に発展段階論を適用し、西周 を奴隷制 の時代とし、春秋時代 以降を封建制とした。これに対して呂振羽 は殷 を奴隷制、周 代を封建制の社会だとして反論し、この論争は結論を見ないままに終わることになる。

これに対して日本 では内藤湖南 により魏晋南北朝時代 ・隋 唐 時代を封建制の時代とすべきと言う論が出された(唐宋変革論)。これに対して唐 末期から五代十国時代 を奴隷制から封建制へ切り替わりと捉える前田直典 の論が出され、戦前から1970年代に渡って激しい論争が繰り広げられた。

これらの論の基準となる所は封建制の特徴とされる農奴 の存在である。魏晋南北朝時代を封建制と捉える立場からは後漢 の豪族 たちによって使われていた小作農たちを奴隷とみなし、後漢の滅亡によりそれが変化したと見る。宋以後を封建制と見る立場からは均田制 の下におかれた農民たちを奴隷とみなし、宋に入って登場した佃戸制 を農奴とみなす。

長い論争が繰り広げられたが、結局明確な結論は出ないまま論争は下火になり、現在ではほとんど行われていない。理由はいろいろ考えられるが、最も大きな理由はマルクス主義 の魅力が薄れ、中国史に発展段階論を当てはめることの意義を疑い始めたからであろう。また、マルクス主義の立場をとる研究者からも、在地の地主 に裁判権などの権力が備わっておらず、それらが国家権力の手に集中されており、封建制の重要な内容である領主 権力が存在しないため、中国史における封建制概念を否定する見解が出された。封建制に代わる、中国史上の経済制度を特徴づける概念や歴史像はいまだ構築されていないが、最近では階級構造を描き出そうとする従来の方法に代わって、地域社会の中における地主 の役割に注目した研究がなされている。

中国史における「封建制」 [編集 ]

中国王朝でおこなわれた封建制は君主 が貴族 に領域支配を名目的に認める制度。同時に封建された貴族は君主の名目的な支配下に入る。西洋の法的な封建制度であるレーエン制 とは異なり、軍事 奉仕 を期待するものではなく、一定の領地と観念的に結びついた爵位 が授与されるが、それが土地支配権を伴うとは限らない。したがって血縁的な関係の延長上に形成されたとする見方もある。

殷・周 [編集 ]

殷 代からすでに封建がおこなわれてたという指摘がされているが、殷代封建制については詳しいことはわからない。殷代には封建された国とは別に方国という国が存在しており、これらを外様あるいは異民族の国とする説がある。殷を方国の連盟の盟主と見る場合、封建された国はより殷の支配の強い国々であったと考えられ、したがって殷代には同族や直接支配下にあった部族の有力者が封建されたと考えられる。殷代の封建された土地について地名を特定しようという研究が続いており、さまざまな説が唱えられているがはっきりしたことはわからない。

周 の時代には中国的な封建制度は活期を迎えたと考えられており、各地に邑 を基盤とした血族共同体が広汎に現れ、周はこれらと実際に血縁関係をむすんだり、封建的な関係をむすぶことによって擬制的に血縁関係をつくりだし、支配下に置いたと考えられている。長子相続を根幹とした血族共同体を基礎としたこの関係を宗族 制度といい、宗族制度と封建制度が密接に関係していたであろうことは概ね認められている。しかし、邑制国家の実態および宗族制度がいつごろ一般的となったかについては定説がない。

このような周の封建制度を西洋的なフューダリズムと比較することはよくおこなわれる。たとえばマルクス主義 的な発展段階論 においては周代中国を奴隷社会であるか古代荘園社会であるかが論争となったが、これは周代におこなわれたという井田制 の解釈と密接に関連しており、実在を疑う向きさえある井田制の性格があまりはっきりしない以上決着をつけることは容易でない。

春秋・戦国時代 [編集 ]

宗族組織の解体とともに中国的な封建制度が崩壊していったことは、おおむね認められている。宗族制度がいつごろ活期を迎えたかについては定説がないが、春秋あるいは戦国初期のころには原始共同体が完全に解体され、邑を中心として貴族支配が確立されていたとする見方が一般的である。戦国中期頃から核家族の存在が確認されはじめ、客や遊侠といった誠実関係を中心とした支配-被支配の関係が見出されるようになった。宗族的関係も儀礼を中心としたものに変質したとする説もある。

また春秋時代には会盟政治 と呼ばれる政治形態が出現した。これは覇者 とよばれる盟主的国家によってほかの封建国家に誠実関係を築くものであるが、従来の封建関係以上に強力な支配-被支配を生み出すものと考えられている。会盟の誓約は神の権威を借りて会盟参加者に命令をできる関係を築くものと考えられている。しかし覇者の性格については定説がなく、あらたに台頭した後進地域の指導者あるいは異民族支配者であるとする見方もある。五覇 については五行思想 との関連から戦国時代になってから形成されたものであるという見方もある。

秦以後 [編集 ]

戦国末期には宗族組織はほとんど崩壊あるいは変質していたため、諸侯は支配地の住民を宗族に基づいて支配するのではなく、個別人身的な支配関係を構築していったとされる。封建制度は意味をなさなくなり、郡県制 に置き換えられた。秦 の始皇帝 は中国を統一すると全国全てを郡と県に分け、中国全土を完全な中央集権 的郡県制で支配した。その秦を滅ぼした前漢 では郡県を布く地方と新たに諸侯王を封建する地方とに分ける郡国制 を行った。当初郡国制では諸侯に貨幣鋳造権や軍事権が認められていたが、徐々にこのような権力は回収された。後漢時代にはすでに恩給と変わらないものとなっており、それも形骸化して、爵位だけを授ける封爵制 として存続した。

周の礼制 を規範とする儒教 では周の封建制を重視するが、官僚となり中央集権政治を担うようになった儒者たちにとって大きな矛盾をはらみ、たびたび封建論 あるいは郡県論として論議された(ここでいう封建制・郡県制は歴史学上の実際のものではなく儒教思想上の理念として語られたものである)。特に明 の東林党 や遺老の学が有名であり、そこでは官僚が責任者として自発的に地方統治を行うための制度として封建制が議論された。顧炎武 は「封建の意を郡県に寓す」という郡県制のなかに封建制を組み込ませ、地方分権型の政治体制を主張している。

関連項目 [編集 ]

* 農奴制
* 封建領主
* 領主
* 荘園制
* レーエン
* 宗族
* 宗法
* 冊封
* 自治都市
* 都市の空気は自由にする
* 封建主義
* サーク島 (2008年 現在においても封建制が存続している島)

"http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E5%B0%81%E5%BB%BA
%E5%88%B6 " より作成

騎士道
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岐路に立つ騎士(ヴィクトル・ヴァスネツォフ 画,1878)

騎士道(きしどう、英:Chivalry)とは、中世 ヨーロッパで成立した行動規範 。

騎士 たる者が従うべきとされたもので、決して現実の騎士の行動が常に騎士道に適っていたわけではない。むしろ(ブルフィンチ などが指摘するように)剣 等の武器 、鎧 を独占する荘園 領主などの支配層は、しばしば逆の行動、つまり裏切り、貪欲、略奪、強姦 、残虐行為などを行う事を常としていた。だからこそ彼等の暴力を抑止するため、倫理 規範、無私の勇気、優しさ、慈悲の心といったものを「騎士道」という形で生み出したとも言える。通常の騎士であれば遵守する事は難しく、騎士道に従って行動する騎士は周囲から賞賛され、騎士もそれを栄誉 と考えた。

騎士に似た階級としては日本 の武士 が挙げられ、彼らが持っていた武士道 と良く対比される。




武士道
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この記事の内容に関する文献や情報源 を探しています。ご存じの方はご提示ください。出典を明記する ためにご協力をお願いします。

武士道(ぶしどう)とは、封建社会の日本における武士 階級の倫理及び価値基準の根本をなす体系化された思想一般をさす。

教育者で思想家の新渡戸稲造 など文学・思想に大きな足跡を残したキリスト者達(新渡戸、内村鑑三 、植村正久 など)による異文化接合の形として顕われたのが、もう一つの「武士道」である(詳細は武田清子 の「人間観の相克」を参照)。


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2009年04月05日(Sun)▲ページの先頭へ
オバマ政権とロックフェラー「帝国」路線:同一性主義資本主義の終焉と差異資本主義の胎動
最近のオバマ政権の動きを見て、なんとなく、全体像がつかめてきた。やはり、「ロスチャイルド」VS「ロックフェラー」であり、金融崩壊とは、ロスチャイルド金融崩壊であったと思われるのであり、それを崩壊させて、乗っとるというのが後者の狙いだったのではないだろうか。
 確かに、田中宇氏の多極主義の視点はそれなりに正鵠を射ていただろう。ただし、「多極主義」は、ロックフェラー「帝国」路線である。
 そう見ると、アフガンへ軍を派遣する理由がよくわかると言えよう。つまり、アメリカは、ロスチャイルド的英国・イスラエル覇権主義に換わって、実質的な新覇権を目指しているのである。
 それが、「多極主義」の意味である。田中氏は資本の論理ということで説明しているが、資本の論理なら、ロスチャイルドも資本の論理に入る。同一性資本の論理ではなく、差異資本の論理へと発展させようというのが、「ロックフェラー」路線ではないだろうか。
 しかしながら、覇権という点では、やはり、帝国主義的歪みが出てくるのではないだろうか。日本はそれに利用されることになると言えよう。
 とまれ、「帝国」路線は、新しい通貨体制を取るだろう。兌換通貨が戻ってくるように思われる。
 同一性主義になった資本主義からトランス・モダン資本主義へと転換するとは、大局的には言えると思う。しかし、ロックフェラー「帝国」路線も、同一性主義に陥れば、やはり、崩壊するだろう。
 後で、緻密に考えたい。

参考:
◆急落する世界経済とG20
 【2009年4月3日】  まだ世の中には「米経済はいずれ回復し、再び世界を牽引する圧倒的な経済大国に戻る」と思う人が多いだろう。だが米オバマ大統領は、G20サミット前日の記者会見で「米国は巨額の財政赤字を抱え、国民の貯蓄率も低いので、今後長いこと、赤字を減らす独力を続けねばならない」「米経済が今後回復するとしても、それは米国自身のために回復するのであって、世界から頼ってもらうために回復するのではない」「世界は、もはや米国を旺盛な消費市場だと思って頼ることはできない」と宣言している。

◆顕在化するドルとポンドの崩壊
 【2009年3月27日】 ドルは世界の基軸通貨としての地位を失いかけている。「ドルに代わる通貨がないのだから、ドル崩壊はあり得ない。世界がドル崩壊を食い止める」と信じている人がまだ多いが、世界はドル崩壊を食い止められない。代わりの基軸通貨のことなど考えずに、ドルは勝手に崩壊しつつある。

世界がドルを棄てた日(3)
 【2009年3月24日】 全米各地で「連邦政府に税金を払う必要はない」「政府は腐敗した銀行家を税金で助けるな」と主張する「ボストン茶会」の運動が始まっている。米国民の怒りはAIGのボーナス問題で煽られ、納税拒否運動は広まる一方だ。税金が集まらなくなると、米政府は窮する。国債の償還が危うくなるので外国人も米国債を買わなくなり、米国は財政破綻が近づき、ドルは世界の基軸通貨として使えなくなる。

◆世界がドルを棄てた日(2)
 【2009年3月21日】・・・やはりG20サミットの底流は「ドル以後の基軸通貨体制の話し合い」であると思わせる出来事が最近あった。ロンドンG20サミットの開催を2週間後に控えた3月18日、国連の「国際通貨改革専門家会議」が、25日の会合で、ドルが国際基軸通貨である従来の状態を棄てて、新たにEUのユーロができる前に採られていたECUやIMFの特別引き出し権のような、世界の諸通貨を加重平均した新しい国際共通通貨を創設すべきだという提案がなされることになった。


ラジオデイズ・田中宇の「世界はこう読め」4月号・・・アメリカの内部分裂と、世界の覚醒
田中宇の国際ニュース解説

On European Trip, President Tries to Set a New, Pragmatic Tone
By Michael D. Shear and Scott Wilson
Washington Post Staff Writers
Sunday, April 5, 2009; Page A10
STRASBOURG, France , April 4 -- In four days abroad, President Obama has worked side by side with foreign leaders to stabilize the world economy while acknowledging America's role in causing the crisis. He has inaugurated a new round of strategic arms-control talks with Russia , a sharp departure from the Bush administration, which withdrew from one nuclear treaty.
http://www.washingtonpost.
com/wp-dyn/content/article
/2009/04/04/AR200904040
0700.html?wpisrc=newsletter

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2009年04月04日(Sat)▲ページの先頭へ
生産とは何か:(+i)*(-i)⇒+1は生産方程式でもある:近代資本主義は+1⇒+1⇒+1・・・
テーマ:トランス・モダン経済:差異共振資本経済

一般に資本主義(正確には、近代資本主義)は、同一性価値を基礎として、その拡大的成長を目指している。しかし、米国金融崩壊で、近代資本主義が崩壊したと言える。
 これまで、「トランス・モダン資本」主義を提唱しているが、精緻な検討は余裕のあるときにして、今、簡単に生産とは何か考えたい。
 先に、古事記(日本書紀もそうであるが)の三柱の神とMedia Point Threefold Dynamics(MP三元力学)が相応するという仮説を述べたが、三柱の神=Media Point Threefold Dynamics(MP三元力学)は、生産の根源公式と言ってもいいのである。
 +i(例えば、高皇産霊神)と-i(神産霊神)とがMedia Point(天之御中主神)で共振して、造化(⇒+1)=生産が行なわれるのである。+iに資本家や経営者、-iに勤労者を入れれば、資本主義の生産様式である。あるいは、+iに企業、-iに自然ないしは社会を入れてもいいだろう。応用はたくさんある。
 結局、これまで述べてきたように、⇒+1と+1の相違が、絶対的に決定的なのである。近代資本主義は、後者の価値を基盤にしているのである。これまで述べてきたように、同一性主義である。
 しかしながら、同一性=物質+1とは仮象・仮構・仮想・虚構・幻像(マーヤー)・虚像・幻想なのである。つまり、近代資本主義はマーヤーによって「成り立ってきた」のである。そして、その帰結が米国金融資本主義であり、当然ながら、崩壊したのである。
 この意義は絶対切断的に進化的である。この同一性=物質主義の崩壊が意味することを理解している人はどれだけいるだろうか。一般の人たちは「太平の夢」を見ているので、まったくわかっていない。
 とまれ、同一性価値が崩壊した今、端的に、資本主義はどうなるのか、である。そう、近代資本主義は完全に崩壊したのである。
 結局、⇒+1の差異共振個価値=特異性価値へと転換することになるだろう。資本家・経営者・勤労者等々の差異共振個価値=特異性価値が評価される必要があるのである。
 有り体に言えば、利益とは、差異共振利益・特異性利益なのであり、具体的な現象である。
 例えば、利益が一億円生じたとしよう。しかし、これは、⇒一億円なのである。近代資本主義では、単に、一億円であったが、トランス・モダンでは、⇒一億円なのである。この⇒の意味するところが絶対的に決定的なのである。
 つまり、差異共振利益・特異性利益であるから、差異共振生産・特異性生産へと再帰する(フィードバック)する必要があるのである。つまり、+1⇒(+i)*(-i)へと反転する必要があるのである。これが、抽象的だが、トランス・モダン資本主義の本質である。
 言い換えると、モダン資本主義は、+1⇒+1⇒+1⇒+1⇒+1・・・と量的拡大(成長)を図ってきたのであり、これは、(+i)*[-(-i)]⇒- 1(悪魔ルシファー)を契機に生じるものであり、差異共振性=特異性を破壊するものであり、結局、社会・自然・人間が、つまり、地球が破壊される公式なのである。とまれ、同一性=物質価値の幻像が崩壊して、今や、大転換の時代である。
 差異共振生産=特異性生産に螺旋的回帰する必要があるのである。そうすると、官僚独裁主義が実にこれを阻害していることが理解されるだろう。
 つまり、官僚とは、悪霊=悪魔-1であり、+1の金・利権の亡者・悪鬼・ゾンビなのである。
 今はここで留めておく。後で、トランス・モダン・キャピタリズムの具体像を検討していきたい。

Latest from Ambrose Evans-Pritchard
The G20 moves the world a step closer to a global currency

The world is a step closer to a global currency, backed by a global central bank, running monetary policy for all humanity.

03 Apr 2009

A single clause in Point 19 of the communiqué issued by the G20 leaders amounts to revolution in the global financial order.

"We have agreed to support a general SDR allocation which will inject $250bn (£170bn) into the world economy and increase global liquidity," it said. SDRs are Special Drawing Rights, a synthetic paper currency issued by the International Monetary Fund that has lain dormant for half a century.
http://www.telegraph.co.uk/finance
/comment/ambroseevans_pritchard
/5096524/The-G20-moves-the-
world-a-step-closer-to-a-global
-currency.html

Only a united front can save the world from ruin

Industrial production is collapsing faster than during the Great Depression. Social and political devastation will not be far behind, unless the G20 can heal global divisions, writes Ambrose Evans-Pritchard.

28 Mar 2009


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戦後教育の致命・亡国的大失敗:父権神道回帰的明治維新と母権神道回帰的新維新(トランス・モダン)
松下幸之助は、文脈を無視して言えば、「松下とは人を創るところで、モノづくりはそれといっしょにあります」ないしは、「・・・、モノづくりは、その後にあります」というような内容のことを述べていた。
 結局、戦後教育の問題は、ここに尽きると言って言い過ぎではない。松下幸之助は、思うに、独創的というよりは、日本伝統社会の継承者なのである。この伝統が戦後断ち切られたのである。
 私が漠然と言えるのは、明治維新までは、各藩、人づくりをしてきた。しかし、明治維新政府ができると、日本の指導者たちはおそろしく慢心してしまったと思う。なにか、伝統的な日本の知恵がなくなってしまう状態に彼らはなったと思う。そう、やはり、脱亜入欧主義という、軽薄なイデオロギーが作用しているのではないだろうか。
 そう、もし自虐史ということがあるなら、そのときが、もっとも自虐的である。
 母権神道文化、これこそが、日本文化の神髄・精髄だと思うが、これを復興させる必要がある(日本仏教は、この基礎と結びついていると考えられる。神仏習合である。もっとも、仏教だけでなく、道教、神仙思想も、儒教も結びついていよう。)。明治維新は、父権神道文化に傾斜して、軍国主義へと突進した思われるのである。
 今日の皇室はいろいろ問題があるが、やはり、ベースは、母権神道文化である。この新生が必要である。

追記:以上の発想は、整合性が欠けている。すなわち、日本伝統社会・文化の知恵の切断の原因が明治維新変革にあるのか、戦後変革にあるのか、不明確である。
 日本伝統社会・文化の知恵の決定的切断は戦後近代合理主義化にあると言えよう。しかし、明治維新的変革の脱亜入欧路線によっても、それが、大きく阻害されたことも事実であろう。もっとも、先に述べたように、明治維新は、二重の変革で、ルネサンスと「プロテスタンティズム」が同時生起したのである。(正確に言えば、「プロテスタンティズム」というのは、誤謬である。それは、父権神道という言うべきである。父権神道とは、なにか、ユダヤ教に似ているのである。それは、いわば、ヤハウェ教である。しかしながら、ユダヤ教の母胎には、母権的ユダヤ教[おそらく、エローヒーム教である]があると思われる。ユダヤ教もそれに回帰する必要が思われる。この点は、検討課題である。)だから、日本伝統社会・文化の保持はあったのである。決定的な喪失はやはり、戦後であり、三島由紀夫が慨嘆した「断絃の時」がそれであろう。


参考:
J・J・バッハオーフェン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索
J・J・バッハオーフェン

J・J・バッハオーフェン(Johann Jakob Bachofen、1815年 12月22日 - 1887年 11月25日 )はサヴィニー に強く影響を受けた歴史法学 派の一員。

本業は法学者 であるが、古代法の研究を通して古代 社会 についての造詣を深め、これをもとにした著作を発表して文化人類学 に影響を与えた。特に、古代においては婚姻 による夫婦関係は存在しなかったとする乱婚制 論や、母権制 論を説いた。
人物 [編集 ]

バッハオーフェンの研究はルイス・モルガン による発展を介して、ヴァルター・ベンヤミン 、エーリッヒ・フロム 、トーマス・マン 、ロバート・グレーヴス 、ライナー・マリア・リルケ 等に多大な影響を与えた。エンゲルス は『家族・私有財産・国家の起源 』の序文でバッハオーフェンについて大きく言及している。

バッハオーフェンは、文化進化の4つの段階を提案した

1) Hetairism。共産主義 的で一夫多妻 とバッハオーフェンによって特徴付けられた未開の「地球人」の段階。バッハオーフェンは、プロトアプロディーテー を土着の支配的神と考えた。

2)Das Mutterecht。農業に基づいて、常習的神秘的カルト と法律 の出現とバッハオーフェンに特徴付けられた女性支配の「月の」段階。バッハオーフェンは初期のデメテル を支配的神と考えた。

3)Dionysian。家長制度が誕生し始めたので父権化する。オリジナルのディオニュソスを支配的神と考えた。

4)Apollonian。過去のMatriarchalとDionysianのすべての痕跡が消える、そして、現代の文明が出てきた父権的な「太陽の」段階。

このモデルは実証主義から反論が出されるまで影響力を持った(→地母神#母権制と女神の歴史 、天空神#概念の歴史 )。

ジョゼフ・キャンベルの「西洋の神話学」その他によって注意されたように、バッハオーフェンの理論は宗教、文化と社会のアーリア民族の起源論への急進的な反対において立っている。

経歴 [編集 ]

* 1815年 都市貴族の息子としてスイス のバーゼル に生まれる
* 1841年 - 1844年 バーゼル大学 ローマ法 教授 に就任
* 1842年 - 1845年 バーゼル刑事裁判所判事
* 1845年 - 1866年 バーゼル控訴裁判所判事

訳書 [編集 ]

* 『母権制序説』 吉原達也訳、創樹社 1989年、ちくま学芸文庫 2002年
* 『母権論 序論 リュキア ・クレタ 』 佐藤信行ほか訳 三元社 、1992年
* 『母権論 古代世界の女性支配に関する研究 その宗教的および法的本質』

 岡道男 監訳、河上倫逸 監訳、みすず書房 全3巻、1991−95年

* 『母権制 古代世界の女性支配 その宗教と法に関する研究』

 吉原達也 .平田公夫訳 白水社  上・下巻 1992−93年 日本翻訳文化賞 受賞

* 『古代墳墓象徴試論』 平田公夫.吉原達也訳、作品社  2004年

関連項目 [編集 ]

* フリードリヒ・ニーチェ
* ヤーコプ・ブルクハルト
* カール・グスタフ・ユング
* カール・ケレーニイ
* ヴァルター・ベンヤミン

いずれも影響、関連がある。

* 上山安敏  研究で著名


カテゴリ : 法学者 | ローマ法学者 | 裁判官 | 19世紀の社会科学者 | 1815年生 | 1887年没

参考2:

バハオーフェン『母権制序説』について


この記事の初出は翻訳フォーラムWEB掲示板四号です。
http://homepage2.nifty.com
/delphica/greece/mater.html

参考3:
現在の文化人類学や歴史学では、先史時代も含めて母権制が支配的であった時代は存在しないと考えられていますが、日本の古代史に卑弥呼のような女王が見られたことや平安時代の貴族階級に女性居宅への「通い婚」の風習があったこと、世界各地に女神崇拝の神話や女王支配の歴史、シャーマニズムの儀礼が残されているところから、局所的(地域的)には女性が社会的優位に立つ文化規範が生まれていた可能性があります。
http://charm.at.webry.info
/200702/article_9.html
C.G.ユングの太母(グレートマザー)とバッハオーフェンの『母権論』が紡ぐ女性原理の宗教性
参考4:
男社会はいかにして成立したのか

人間の社会においては、有史以来、男が女よりも主導的な働きをしてきたというのが常識である。現代でも、建前はともかく、相変わらず男社会が続いている。女性が要職に就くたびに、「これからは女の時代だ」とマスコミが騒ぐのは、逆に、女性が依然として低く見られている証拠である。しかし、人類の歴史全体を通して、常に男尊女卑であったわけではない。有史以前は、むしろ女尊男卑の時代だった。

http://www.nagaitosiya.com
/a/bachofen.html

参考5:

編集長・坪内隆彦氏の『アジア英雄伝』出版記念会で考えたことなど…。
文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』

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2009年04月02日(Thu)▲ページの先頭へ
マヤの予言とコスモス:コスモスとは何か:+iと-iとの共振する超多重世界としてのコスモス
「東海」氏の記事にマヤの予言に関する文章が転載されていた。以下、一部転載させていただく。後で少しコメントしたい。

追記:昨日、漠然と、-iはミクロコスモスではないかとか、考えていて、結局、+iと-iの共振エネルギー様態がコスモスではないかと思った。人間の Media Pointは、内的身体、精神身体にあると思う。それが、ミクロコスモス(マイクロコスモス)であり、それと呼応する大宇宙としてマクロコスモスが存するだろう。
 問題はこの場合のコスモス(宇宙)の意味である。これは、虚軸=超越性につながった宇宙全体というほどの意味である。そう、ただ漠然と感じられるだけで、そこに何があるのか、普通はわからないだろう。私もわからない。今、思いついたのは、Media Pointのポール(柱)のようなものがないだろうかということである。ガウス平面に垂直にZ軸が生じるとしよう。これが時間軸としよう。どうも、このZ軸とマクロコスモスは関係しないだろうか。
 そう、二重螺旋のようにマクロコスモスが存しているのかもしれない。いまはここで留める。

@@@@@@@@@@@@@@

マヤ長老会の経典「ポップ・ウッジュ」には次のようにある。「いま夜明けの時である。仕事を完成させるために夜を明けさせよ」われわれ一人一人は宇宙と関係をもっている。この関係が、われわれの態度が他の人達と調和しているかどうかに反映するのだ。変化のときはきた。相互に互いを理解し、より人間的になるときがきたのである。
マヤ長老会代表、ドン・エルハンドロ氏のメッセージ (04/02)
カナダのインディアン「ファーストネーションズ」物語

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