INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2009/03/08

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2009年03月08日(Sun)▲ページの先頭へ
画家ハンマースホイと差異共振時空間
たまたまテレビを見ていたら、以下の番組をやっていた。ハンマースホイ、私は初めて聞く名前のデンマークの画家である。
 しかし、絵画の画面にひきつけられる。映画監督小栗康平氏の哲学的な解説が的確であった。静謐な時空間、そして、静謐な物たち、思うに、特異性を表現していると思った。あるいは、差異共振性における同一性像である。Media Pointの表現とも言えよう。セザンヌにも似ていると言えよう。物自体である。
 研究員が禅寺や茶室におけるように心が洗われるというようなことを言っていたが、それも的確である。禅に近いのである。瞑想時空間である。同一性志向性が発生する以前の自然現象時空間である。そう、差異共振時空間である。


2009年3月8日よる放送(アンコール放送)
誰もいない部屋こそ美しい
北欧の画家・ハンマースホイ
出演

小栗康平さん(映画監督)
佐藤直樹さん(国立西洋美術館主任研究員)

http://www.nhk.or.jp
/nichibi/weekly/2009
/0308_02/index.html

ヴィルヘルム・ハンマースホイ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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「Interior With Young Man Reading」1898年の作品
陽光、あるいは陽光に舞う塵 (1900)
背を向けた若い女性のいる室内 (1903-04)

ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershøi,1864年 5月15日 –1916年 2月13日 )は、デンマーク 出身の画家 。空間を意識し、空気を感じさせる細密なタッチで描いた室内画が特に印象的。その多くには背を向けた人物(その多くは彼の愛妻イーダ)が描かれている。
生涯 [編集 ]

ハンマースホイはコペンハーゲン の裕福な家庭に生まれる。8歳の時から絵画を学び始め、コペンハーゲン美術アカデミーで学ぶ。

21歳の時、妹のアナを描いた『若い女性の肖像、画家の妹アンナ・ハンマースホイ』を美術アカデミーに出品するが落選したことで物議を醸し話題となる。

1891年に画家のピーダ・イルステズ の妹イーダと結婚。1898年から1909年までストランゲーゼ30番地のアパートで暮らし、その部屋の室内風景を多く描いた。

1901年 にデンマーク美術アカデミーの総会会員に就任し、翌年には同評議員になる。1911年 、ローマで開かれた国際美術展で第一等を獲得。1910年代に入ってヨーロッパ各国で個展が開かれるようになり、評価が進んだ。

1916年 にコペンハーゲンで喉頭癌 で死去。

作品の特徴 [編集 ]

ハンマースホイの絵画の大部分は風景画でアパートの室内を描いたものが多く、しかも人物や家具など生活感をうかがわせるものがほとんどない。さらに、描かれた人物も顔のタッチがほとんどぼかされているうえ、描かれたとしても後ろ向きか視線を合わせない。このように、ハンマースホイの絵はタイトル以外、モチーフの手がかりをほとんど排除している。また、白と黒を基調としたモノトーンに近い色使いと、フェルメール の影響を受けた静謐なタッチが特徴。

エピソード [編集 ]

* 国際的人気を誇るコメディグループ、モンティ・パイソン のメンバーであるマイケル・ペイリン はハンマースホイ作品の大ファンで、BBC で『Michael Palin and the Enigma of Hammershoi』というドキュメンタリー番組を制作し、ハンマースホイの魅力を放送。ペイリン自身もハンマースホイの作品を所蔵しているらしい。

* イエンス・ロウガセン (2006-2007ANDAM AWARDを受賞)は、ハンマースホイのネオクラシカルな要素にインスパイアされたコレクションを発表した。

代表作 [編集 ]

* 若い女性の肖像、画家の妹アンナ・ハンマースホイ(1885)(ヒアシュプロング美術館 )
* ふたりの人物像(画家とその妻) (1898) (アロス・オーフス美術館 )
* 室内(1893)(イェーテボリ美術館 )
* 陽光に舞う塵埃(1900)(オードラップゴー美術館 )
* 室内、ストランゲーゼ(1901)(ハノーファー、ニーダーゼクセン州博物館 )
* 背を向けた若い女性のいる室内(1903-04)(ラナス美術館 )
* 休息(1905)(オルセー美術館 )
* 陽光習作 (1906) (デーヴィス・コレクション、コペンハーゲン)
* クレスチャンスボー宮殿 の眺め (1907) (コペンハーゲン国立美術館 )
* ピアノを弾くイーダのいる室内 (1910) (国立西洋美術館 )

関連項目 [編集 ]

* 2008年6月24日(火)〜9月7日(日)イギリスのRoyal Academy of Arts において、回顧展が開催される。
* 2008年9月30日(火)〜12月7日(日)東京・上野の国立西洋美術館 において、アジア初の回顧展が開催される。

同時代のデンマークの作家 [編集 ]

* ピーダ・イルステズ(Peter Ilsted, 1861年-1933年)
* カール・ホルスーウ(Carl Vilhelm Holsoe, 1863年-1935年)

外部リンク [編集 ]
ウィキメディア・コモンズ
ウィキメディア・コモンズ には、ヴィルヘルム・ハンマースホイ に関連するカテゴリがあります。

* ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情 - 展覧会公式サイト
* Art of Hammershøi Online Resource
* Palin on Hammershøi
* ハンマースホイの墓(コペンハーゲンの"Vestre Kirkegard"(西の墓地)) - Find A Grave

執筆の途中です この「ヴィルヘルム・ハンマースホイ」は美術家 ・芸術家 に関連した書きかけ項目 です。この記事を加筆・訂正 などして下さる協力者を求めています (P:美術 )。
カテゴリ : デンマークの画家 | 1864年生 | 1916年没


+iと-iの問題:同一性=物質とは同一性自己+iの他者-iへの投影像である:PS理論的東洋身体論
私は+iだけでなく、-iにも能動性を認めると言ったが、+iが同一性の傾斜を生むとしたら、-iはどういう傾斜になるのか。それは、直感ではというか、当然、差異への傾斜である。
 今、思ったのであるが、これまで、同一性と同一性自己(意識)の区別が不明瞭な点があったが、思うに、+iが同一性自己意識の原点であり、⇒+1の+1が同一性=物質と見るべきはないか。そうすると、両者が明確に区別されるだろう。
 それを作業仮説とすれば、+iは原同一性自己(意識)となる。そして、-iは原差異自己(意識)ではないだろうか。この原差異自己とは、当然、ある認識をもっている。そう、平たく言えば、感性認識である。私が直感・直観というのは、ここから発するように思える。しかし、感性という用語はあいまいなので、精緻化する必要がある。
 『タオ・コード』では、万物との一体感を強調していたが、正に、一体となる感覚は、この原差異自己から生まれるのではないだろうか。だから、原差異「自己」というのは、少し問題があるかもしれない。
 これは、思うに、自己を無にして、空にして、他者を感受するという能力だと考えられる。虚心と言ったときの虚でもある。換言すると、同一性自己を抑えて、差異自身を肯定する感覚能力である。
 いわば、差異自体、他者自体を受容する感覚が原差異「自己」であろう。これは、わかりやすく言えば、他者と一体となる感覚、他者そのものとなる感覚である。
 とまれ、原差異「自己」-iとは、原差異感覚・原他者感覚と言うべきであろう。これは、原同一性自己+iとはまったく異質であり、正反対である。
 (ここで少し付け足すと、原同一性自己+iとは、原言語志向性と言えよう。つまり、原同一性自己性=原言語志向性となる。)
 以上から整理すると、+iとは原同一性自己=原言語志向性であり、-iとは、原差異感覚=原他者感覚=原他者一体感覚である。
 そして、両者が共振して、正当な自己認識が発生するのである。それが、+1である。しかし、+iまたは-iに傾斜すると、-1になるのである。+iの傾斜はたとえば近代合理主義に、-iの傾斜はロマン主義になるのである。
 しかし、そうすると、これまで同一性=物質が+1であると述べたことと矛盾する。即ち、正当な自己認識が+1とすると同一性=物質の+1と矛盾するということである。だから、物質と自己とは何か、という問題が生じるのである。思うに、同一性像とは何かが、肝心であろう。
 これまで、差異共振像に同一性像は包摂されると述べてきた。具体的に考えよう。たとえば、眼前に水仙の花が咲いているとしよう。この水仙の花の像はどう記述できるだろうか。これまでは、+1で表記してきたが、今やそれが疑問視されているのである。
 「わたし」は+iであり、水仙の花は-iである。同一性自己から見ると、つまり、前者から見ると、それは、同一性自己を後者に投影して見るので、それは、+i→-iとなると考えられるのである。
 そう、ここでも、両者の共振は、⇒+1でいいだろう。しかし、同一性自己傾斜になると、-iを否定することになろう。だから、(+i)・[-(-i)]⇒-1となるだろう。
 つまり、水仙の花「自体」は、+1であるが、同一性自己から見ると、それは、-1になるのである。これが、通常の同一性自己認識であると考えられる。言い換えると、意識では、水仙の花は-1であり、無意識では、+1であるということである。因みに、英国詩人ワーズワースの詩の水仙の花の群は、+1であろう。もっとも、-iへの傾斜があるが(つまり、ロマン主義的であるということである)。【追記:ここも齟齬が生じている。最初、眼前の水仙の花を-iとして、後では、+1であるとしているのである。これを整合化しないといけない。知覚・認識が生じる以前では、主観は+iであり、客観は-iである。だから、上記で正しいのである。しかし、知覚・認識が生じると、最初、差異共振像視覚(知覚・認識)が発生する。これが、⇒+1である。だから、知覚された水仙の花は初期では、+1でいいと考えられるのである。だから、言い方が悪かったのである。認識以前の主観が+iであり、対称が-i である。そして、原認識が生じると、差異共振視覚が生起する。これが、⇒+1なのである。そしてのそのときの、主観なり客観が+1なのである。
 そして、ここから、同一性自己が言語認識を形成する段階になると、差異共振性から離脱して、(+i)*[-(-i)]⇒-1となるのである。これが、同一性自己認識である。近代合理主義・近代的自我である。この倒錯・錯誤は、 +1を-1と認識しているところにあるのである。】
 それでは、同一性=物質とは何かと言えば、それは、+iが他者-iへ投影した自己同一性像であろう。つまり、+iのもつ同一性自己が他者へ投影した「自己」像である。つまり、同一性自己像の他者への投影が同一性=物質であるということになる。
 そして、現象とは、本来、差異共振現象であり、それを同一性=物質としているのは、同一性自己の傾斜・投影に拠ると言えよう。この同一性自己の投影像が仮象・幻像・マーヤーである。
 確かに、同一性=物質とは差異共振自然現象の仮象・幻像・マーヤーであるが、同一性自己意識のもつ同一性という点では、それは、差異共振自然現象に内包された性質であると言えるだろう。そう、問題は、同一性=物質が支配的に、近代合理主義・唯物論になることなのである。差異共振自然現象の中に、同一性=物質を配置するのは、理性的なのである。
 だから、先に述べたように、同一性=物質は、差異共振自然現象の仮象・幻像・マーヤーであるが、同時に、実質のある反映=仮象と言えよう。だから、単に無とするのは、間違いなのである。仮象であるが、無ではない。いわば、有的仮象である。
 さて、-iにもどろう。これは、原差異性・原他者性であるが、それに能動性を認めるとはどういうことなのだろうか。そう、やはり、エネルギーをもっていると考えられるのである。
 -iとは、端的に、内的差異性・内的他者性であり、必然的に、外的差異性・外的他者性へと反照されるのである。
 この内的差異性・内的他者は外的差異・外的他者を直感・直観する。「物自体」を直覚するのである。そして、また、「物自体」と一体化する傾向をもつ。それならば、単に受動感覚である。直感では、賦活された-iが存するはずである。
 つまり、+iの同一性傾斜とは+iの賦活に拠ると考えられるように、-iの賦活とは差異傾斜と考えられるだろう。だから、-i の能動性とは、差異的能動性である。そして、後期近代において、即ち、主に19世紀後半から差異的能動性が駆動するようになったと考えられるのである。それが、いわば、反近代主義的文化を形成するようになったのである。哲学では、キルケゴール、ニーチェであり、また、フッサールであり、ベルクソンである。宗教では、鈴木大拙であり、折口信夫である。(諸芸術は割愛する。)
 経済ではそれが連続化となり、社会主義や共産主義になったと言えよう。ケインズの経済も、その面があるだろう。この点は検討問題であるが。
 結局、後期近代において、-iの能動性の駆動により、同一性の反動は帝国主義、独占資本主義となり、また、差異は連続化して、社会主義、共産主義になったと言えよう。
 ということで、-i=原差異・原他者の能動性を認めることができた。
 思うに、これは、きわめて重要である。先に触れたように、詩的な『タオ・コード』は、旧い陰陽論に囚われていて、陽=能動性、陰=受動性にしてしまっているのである。陰にも能動性があるのであり、これを認めることが今日決定的に重要であると考えられるのである。陰的能動性、陰エネルギーの肯定である。
 これが思うに、たとえば、今日蔓延するうつ病等の心の病気の治療に役立つと考えられるのであるし、また、今日多く見られる人格異常の問題の解明にも指針を与えると考えられるのである。また、経済にも、性愛の問題にもそうである。いわば、一切合切である。
 うつ病の場合は、活性化する-iのエネルギーを遮蔽してしまい、エネルギーが枯渇するのである。つまり、差異共振エネルギーが枯渇するのである。そのために、生命エネルギーが欠如すると考えられるのである。
 ここで精密に言うと、活性化する-iエネルギーとは、差異共振エネルギーを志向しているということである。前期近代において、活性化した+iエネルギー(同一性エネルギー)は、もやは、役割を終えて、エネルギーが再帰するのであるが、このとき、潜在していた-iのエネルギーが賦活されて、+iとの共振・共鳴が必要となるのである。
 より的確に言えば、Media Pointにおいて、前期(往路)は、+iエネルギー(同一性エネルギー)が活性化したが、後期(復路)においては、-iエネルギー(差異エネルギー)が活性化すると考えられるのである。
 これは、Media Point における極性運動で説明できるのではないだろうか。つまり、最初は+iが優位になり、後期は交替して、-iが優位になると考えられるのである。リズムである。波動である。このMedia Point Rhythm、Media Point Wave、Media Point Oscillationが、このエネルギー交替を生んでいると考えられるのである。簡単に言えば、同一性と差異の波動である。
 そして、今日、トランス・モダンの時代にあって、差異エネルギーが活性化しているので、これを同一性と共振・共鳴させる必要があるのである。だから、正確に言えば、差異共振エネルギーが駆動されているというのではなくて、-iエネルギー=陰エネルギー=差異エネルギーが駆動しているのである(これは、つまり、Media Pointへの螺旋的回帰、高度Media Point回帰であると考えられる)。
 そして、両者の共振・共鳴のためには、-iを肯定する「精神」が必要なのである。それは、おおまかに言えば、身体であるが、正しくは、精神身体である。身体というとき、一般には、物質身体を意味するからである。
 この問題も精緻に考える必要がある。-iは差異であり、他者であるが、内的には何であろうか。いったい、他者をそのまま肯定する「認識」とは何が行うのだろうか。
 思うに、ここには、「うつす」という「認識」があると思う。いわば、ミメーシス、リアリズム、写実である。一つの鏡面である。そう、鏡面認識である。この鏡面が森羅万象を「映す」と考えられるのである。この差異鏡面認識を担っているのは何か。
 同一性認識はMedia Pointの実軸ゼロ点に拠点があると考えられるが、差異認識はMedia Pointの虚軸ゼロ点に拠点があるのではないだろうか。
 否、そうではない。同一性認識は、+iが1/4回転して形成されるのである。-1である【(+i)*(+i)⇒-1であろう】。だから、やはり、MPの実軸ゼロ点が拠点でいいのだろう。
 では、差異認識はと言えば、-iの認識であるから、MPの虚軸ゼロ点に拠点があると言えよう。では、具体的にそれは何処にあるのかである。MPの実軸ゼロ点は、頭脳(脳細胞・脳神経)でいいと思うが、それに対して、MP虚軸ゼロ点は、直感では、内的身体(精神身体)にあると思えるのである。
 物質身体は同一性認識による外的身体であるから、そこには、差異認識の拠点はないのである。また、単に心に、差異認識の拠点があるのでもないだろう。
 以前、+iが原光で、-iは原闇であると言ったが、それから見ると、差異認識は(原)闇認識であると言えよう。つまり、可視光的視覚認識ではないと言えよう。そう、パラドクシカルな言い方であるが、闇の不可視光(「闇の光」)があるのではないだろうか。
 「闇の光」を見るのが、内的身体ではないだろうか。つまり、内的視覚というものがあるのではないだろうか。
 そして、直感では、この内的視覚の器官が、内臓であると思えるのである。内臓とは、単に物質器官ではなく、精神器官でもあるだろう。つまり、精神身体器官としての内臓である。
 東洋身体論では、精神身体器官としての内臓を捉えていると考えられる。日本文化の「肚」とは、そのようなものである。また、通俗的であるが、心臓=心ということで、やはり、精神身体器官としての心臓である。
 だから、まとめると、同一性認識の器官が脳細胞・脳神経であるのに対して、差異認識の器官が内臓であり、それは、精神身体器官である。(平明に言えば、ストレスで胃痛が起るのは胃が精神身体器官であるからであると言えよう。)
 ということで、-iの差異認識とは、「闇の光」の視覚であり、内的視覚であると作業仮説的に考えられる。結局、-iの拠点であるMPの虚軸ゼロ点とは、内的身体・内臓に存するのである。だから、現象的には、上下が反対になっているのである。本来、「天」である虚軸ゼロ点が、下部にあり、本来、「地」である実軸ゼロ点が上部にあるのである。
 ということで、差異エネルギーが賦活されているトランス・モダン・エイジとは、内的身体=内臓精神身体を陶冶する必要があるのである。そう、差異エネルギーとは「闇の光」のエネルギーであり、いわば、不可視光である。しかしながら、私見では、この「闇の光」とは、超越光に関係するのである。端的に、超越光自体かどうかが問題である。
 そう、「闇の光」=原闇は、当然、新しい原光を伴っていると考えられるのである。これまでの光は、旧い光であり、衰退したものである。
 しかし、差異エネルギー=原闇(源闇)が活性化されると必然的に、新たな同一性エネルギー=原光(源光)を伴うと考えられるのである。
 だから、「闇の光」は、超越光と関係するのである。もっとも、超越光自体ではないが。
 私がこれまで、超越光が見えると述べたが、それは、差異エネルギー(源闇)を介して、新しい差異共振エネルギー=超越光を見ているからではないだろうか。内的身体=内臓の内的視覚を介して、超越光を見ていると言えよう。ヴィジョンの光とも言えよう。
 思うに、ルドルフ・シュタイナーが20世紀前期から人々は「キリスト」の光を見ることになると予言したが、思うに、東洋文化に深く影響されたシュタイナーであるから、「キリスト」とは、端的に、超越光とすればいいのである。それは、日本・東洋文化的には、アマテラスであり、大日如来であり、阿弥陀如来等々である。
 比喩的に言えば、闇を介して、新たな光が到来するのである。ただし、闇とは、源闇=内的身体=精神身体、即ち、-iである。


記憶:唯物科学と超越科学:記憶の領域としてのMedia Point
テーマ:ポスト唯物論/唯物論の超克へ向けて

今日の科学は、一般に、唯物論なので、記憶の場も、当然、脳神経に求めてしまうと言えよう。しかし、今、ベルクソンの代表作・主著である『物質と記憶』を読むと、記憶は精神の領域にあるのであり、物質(神経)の領域にはおいていないのが、明確にわかるのである。
 PS理論は当然ながら、記憶は精神の領域であるが、Media Pointなのか虚軸なのか、少し疑問である。しかしながら、記憶は端的に、Media Pointにあるとするのがいいだろう。Media Pointとは、前近代的な言い方をすれば、魂である(霊は虚軸に存するMedia Pointであろう。だから、虚軸ゼロ点であろう。また、心と言った場合は、同一性=物質を認識を含めてのMedia Pointであろう。つまり、現象化しているMedia Pointと言えよう。そうすると、Media Point現象学というものが考えられよう。)。
 とまれ、記憶はここにおいて蓄積されるが、睡眠時には、過去の記憶と直近の記憶との共振が起り、創造が生まれるのではないだろうか。モーツァルトは典型であろう。この点は夢について述べたときに言及していると言えようが、いつか、考察してみたい。
 ベルクソンの記憶であるが、それは、確かに、Media Pointに近いが、『物質と記憶』の段階では、超越性、虚軸性の要素はほとんどないと思われる。晩年の代表作である『道徳と宗教の二源泉』において、宗教性や芸術性が明確に入ったのだろう。

追記:因みに、ベルクソンの家系は父がポーランド系ユダヤ人で、母がイギリス人とアイルランド系ユダヤ人の混血である。だから、一般的なフランス人ではない。
 私はベルクソンに霊的なものを直感するのであるが、それは、ユダヤとアイルランドの「血」に由来するのではないだろうか。

**************

清野 仁與(エディター)

【第9回】 2009年02月05日
“昼寝”が創造性を高める!?
「睡眠」と「記憶力」の“深〜い”関係

――果報は“寝て”待て?

 週末の予定は決まりましたか? 特に予定もないし「昼寝でも」しようかな・・・、とちょっと小声になってしまう貴方、罪悪感は必要ありません、堂々と昼寝をしましょう。なぜなら「昼寝」にはすばらしい恩恵があるからです。

 仮眠または昼寝をすることで、創造性につながる洗練されたタイプの記憶力が高まるという研究報告があります。

 クリエイティブ(創造)は、簡単にいえば、新しく何かをつくりだすことですが、まったくゼロの状態から何かが生まれるわけではなく、内に蓄えられた経験に新しい関係性が与えられること、つまり過去の記憶から「新しい記憶」が創造されることであるとわかってきました。

 昼寝の間にも、あなたの脳では記憶の“編集作業”がおこなわれているのです。
睡眠は「質」が大事
http://diamond.jp
/series/seino/10009/


アンリ・ベルクソン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ノーベル賞 受賞者 ノーベル賞
受賞年: 1927年
受賞部門: ノーベル文学賞
受賞理由:

アンリ=ルイ・ベルクソン(Henri-Louis Bergson, 1859年 10月18日 - 1941年 1月4日 )は、パリ 生まれのフランス の哲学者 。
生涯 [編集 ]

幼少期 [編集 ]

ポーランド 系ユダヤ人 を父、イギリス 人を母として、パリのオペラ座 からそう遠くないラマルティーヌ通りで生まれる(妹のミナは、イギリス のオカルティストマグレガー・メイザース と結婚し、モイナ・メイザース と名乗った)。誕生後数年は、家族とイギリス・ロンドンで生活を送る。イギリスで母ととても早くから親密な関係を築く。彼が9歳になる前に、彼の家族は、フランス、バス=ノルマンディー地方 マンシュ県 に移り居を構える。

学生時代 [編集 ]

リセ で古典学と数学を深く修めたあとに入学した高等師範学校 では、カント を奉じる新カント派 一色であった当時の教授陣への反発と、ハーバート・スペンサー の著作を熟読して受けた実証主義・社会進化論の影響のもとに、自己の哲学を形成する。1881年 に受けた教授資格国家試験 では、現代心理学の価値を問う試問に対し、現代心理学のみならず心理学 一般を強く批判する解答をしたため、審査員の不興を買うことになった。結果、ベルクソンは2位で合格する。

『時間と自由』 [編集 ]

合格後、リセ 教師となった彼は、教師として教えるかたわら、学位論文の執筆に力を注ぐ。そして1888年 、ソルボンヌに学位論文『意識に直接与えられたものについての試論』(英訳の題名『時間と自由意志』)を提出し、翌年、文学博士号を授与される。この著作の中で彼は、これまで「時間 」と言われてきたものは、分割できないはずのものを空間的な認識を用いて分節化することによって生じたものであるとして批判し、空間的な認識である分割が不可能な意識の流れを「持続 」("durée")と呼び、ベルクソンはこの考えに基づいて、人間の自由意志 の問題について論じた。この「持続」は、時間/意識の考え方として人称的なものであり、哲学における「時間」の問題に一石を投じたものといえる。

『物質と記憶』 [編集 ]

その後1896年 には、哲学上の大問題である心身問題 を扱った第2の主著、『物質と記憶』を発表。ここでベルクソンは失語症 についての研究を手がかりに、物質と表象の中間的存在として「イマージュ("image")」という概念を用いつつ、心身関係という哲学上の大問題と格闘している。

すなわち、ベルクソンは、実在を持続の流動とする立場から、心(記憶)と身体(物質)を持続の緊張と弛緩の両極に位置するものとして捉えた。そして、その双方が持続の律動を通じて相互にかかわりあうことを立証した。

コレージュ・ド・フランスへ [編集 ]

1900年 よりコレージュ・ド・フランス 教授に就任し、1904年 にはタルド の後任として近代哲学の教授に就任する。1914年 に休講(1921年 正式に辞職)するまでそこで広く一般の人々を相手に講義をすることになる(ベルクソンは結局、大学の正式な教授になることはなかった)。その講義は魅力的なものであったと伝えられ、押しかける大勢の人々にベルクソン本人も辟易するほどの大衆的な人気を獲得した。主にこの時期に行った講演がベースとなる『思想と動くもの』という著作で「持続の中に身を置く」というベルクソン的直観が提示されることとなる。

『創造的進化』 [編集 ]

スペンサーの社会進化論 から出発し、『試論』で意識の流れとしての「持続」を提唱し、『物質と記憶』で意識と身体を論じてきたベルクソンは、考察を生命論の方向へとさらに押し進め、1907年 に第3の主著『創造的進化』を発表する。これはベルクソンにおける意識の持続の考え方を広く生命全体・宇宙全体にまで押し進めたものといえる(そこで生命の進化を押し進める根源的な力として想定されたのが「生の飛躍("élan vital")」である)。

国際舞台での活躍 [編集 ]

国の内外で名声の高まっていったベルクソンは、公の場にも引っぱり出されるようになる。第一次世界大戦 中の1917年 ・1918年 には、フランス政府の依頼でアメリカを説得する使節として派遣された。また大戦後の1922年 には国際連盟 の諮問機関として設立された国際知的協力委員会の委員に任命され、第1回会合では議長となって手腕を振るった(当時の国際連盟事務次長であった新渡戸稲造 とも面識があった)。1930年 、フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章を授与される。

またベルクソンは自身の著作において言葉をとても大切にしながら書いていて、その文章は明快かつ美しい文章で書かれ散文としても素晴らしいものとなっており、1927年 にはノーベル文学賞 を受賞した。

『二源泉』 [編集 ]

こうした公的活動の激務のなかでも、ベルクソンの著作を書く意欲は衰えず、1932年 に最後の主著として発表されたのが『道徳と宗教の二源泉』である。この著作では、社会進化論・意識論・自由意志論・生命論といったこれまでのベルクソンの議論を踏まえたうえで、人間が社会を構成する上での根本問題である道徳と宗教について「開かれた社会/閉じた社会」「静的宗教/動的宗教」「愛の飛躍("élan d'amour")」といった言葉を用いつつ、独自の考察を加えている。

すなわち、創造的進化の展開のうち、エラン・ビタール、そして天才・聖人らの特権的個人によって直観される持続としての神的実在が緊張の極に置かれ、かかる特権的個人の行為を通じて発出するエラン・ダムールによる地上的持続の志向と参与を真の倫理的・宗教的行為であるとした。

晩年 [編集 ]

1939年 に第二次世界大戦 が始まると、ドイツ軍の進撃を避け田舎へと疎開するが、しばらくしてパリの自宅へ戻っている。反ユダヤ主義の猛威が吹き荒れる中、同胞を見棄てることができなかったからだといわれている。清貧の生活を続けるも、1941年 年頭、凍てつく寒さの中、ドイツ軍占領下のパリの自宅にて風邪をこじらせひっそりと世を去った。占領下ということもあって、参列者の少ないきわめて寂しい葬儀のあと、パリ近郊のガルシュ墓地に葬られた。
パンテオンに刻まれたベルクソンの碑文

葬儀に参加したポール・ヴァレリー は、

「アンリ・ベルクソンは大哲学者、大文筆家でしたが、それとともに、偉大な人間の友であった」

と弔辞を述べて、ベルクソンを讃えている。

ベルクソン死後26年を過ぎた1967年 、その功績が讃えられ、パンテオン にベルクソンの名が刻まれ、祀られることとなった。

「その著作と生涯によって、フランスおよび人類の思想に栄誉をもたらした哲学者 ― アンリ・ベルクソン」(パンテオンに刻まれた碑文)

思想 [編集 ]

生きた現実の直観的把握を目指すその哲学的態度から、ベルクソンの哲学はジンメル などの「生の哲学 」といわれる潮流に組み入れられることが多く、「反主知主義」「実証主義を批判」などと紹介されることもある。だが実際のベルクソンは、当時の自然科学にも広く目を配りそれを自分の哲学研究にも大きく生かそうとするなど、決して実証主義の精神を軽視していたわけではない(アインシュタイン が相対性理論を発表するとその論文を読み、それに反対する意図で『持続と同時性』という論文を発表したこともある)。

一方で、ベルクソンは新プラトン主義 のプロティノス から大きな影響を受けていたり、晩年はカトリシズム へ帰依しようとするなど、神秘主義 的な側面ももっており、その思想は一筋縄ではいかないものがある(ベルクソンは霊 やテレパシー などを論じた論文を残してもおり、それらは『精神のエネルギー』に収められている)。 因みに、1913年 、英国心霊現象研究協会 の会長に就任している。

こうした点から、ベルクソンの哲学は、しばしば実証主義的形而上学、経験主義的形而上学とも称される。


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カテゴリ : アカデミー・フランセーズ | フランスの哲学者 | ユダヤ系フランス人 | ノーベル文学賞受賞者 | 1859年生 | 1941年没



   




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