INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2009/01/25

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2009年01月25日(Sun)▲ページの先頭へ
英国の同一性主義金融資本主義の崩壊と米国のトランス・モダン路線=自由・共同体主義
以下、田中宇氏の多極化論であるが、私見では、差異共振主義路線が主導的なのである。それは、「ロックフェラー」路線ということである(鍵括弧に注意)。
 同一性主義金融資本主義の崩壊を乗り越えて、差異共振的資本主義へと転換する志向性をオバマ大統領の米国はもっていると思える。
 そう、それは、米国の政治・経済の伝統的思想である自由・共同体主義への回帰なのある。らせん的回帰である。
 米国は、ポスト・同一性主義金融資本主義を明確に目指していると思う。米国トランス・モダン路線なのである。

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英国の衰退をしり目に、米国では多極主義的な言説が、オバマ就任とともに再び出てきている。キッシンジャー元国務長官は、オバマ就任日に「金融システムを世界規模で管理できる規模にまで、国際政治体制を拡大する必要がある(国際機関を強化して世界政府的な機能を持たせるべき)。新たなブレトンウッズ体制が必要だ」「世界における米国の存在感は大きすぎる」「新世界秩序のもとでは、中国の役割が重要だ。今後の世界経済秩序がどんなものになるかは、今後の数年で米中がどのような関係を持つかによって変わる。米中が対立すれば、中国は米国抜きのアジア秩序を作り、米国は保護主義に傾く。米中関係は、一つ高い水準まで引き上げられねばならない」といった主旨の、多極主義のにおいがする論文を発表した。(Henry Kissinger: The world must forge a new order or retreat to chaos )

 米中関係が新たな高水準に引き上げられる(米中戦略関係が強化される)ことは、おそらく日米関係の空洞化につながる。すでに1月22日のヘラルドトリビューン紙には、米国に依存しすぎる日本を批判する論文(U.S.-JAPAN; An alliance in need of attention )が載っている。オバマになって米中関係や日米関係がどうなりそうかについては、近いうちに分析するつもりだ。

http://tanakanews.com
/090124UK.htm
イギリスの崩壊
2009年1月24日  田中 宇


同一性主義と差異エネルギーの関係について:トランス・モダンの必然性=摂理:第二次1/4回転
余裕がないので簡単に、問題提起する。(追記:詳述することになった。)
 先に、トランス・モダン的差異とは新たなエネルギーの放出に拠ると言った。
 思いついたのは、以前に考えた回帰仮説である。即ち、Media Point において、同一性志向性が発生する。⇒+1である。これは、自発的である。そして、エンテレケイアとして、+1となる。これは、人間で言えば、身体の成長や言語的知能の発達を意味しよう。同一性形式の完成である。
 しかし、その完成は同時に、解体となる。身体や脳細胞は衰退の過程に入る。しかしながら、それは、脱同一性主義プロセスと言えるのではないだろうか。
 つまり、いったん、同一性主義が形成されると、エネルギーは脱同一性主義へと志向して、何らかの創造へと向かうのではないだろうか。
 つまり、根本的な差異エネルギーは、最初は、同一性形成へと向かい、同一性主義に帰結するが、それを終えると、脱同一性主義的創造へと向かうということではないのか。
 では、それは一体何なのか。すぐ思い浮かぶのは、精神性の形成である。同一性的言語知性が形成された後、心は、精神性の形成に向かうのではないだろうか。近代合理主義の大欠陥は、心が同一性主義的合理性に収斂して、精神性がまったく欠損することである。つまり、悪魔的知性、悪魔的自我となることである。
 しかしながら、心は、脱同一性主義志向性をもち、精神性の形成・創造へと向かう「本能」があるのである。だから、当然、近代合理主義的心は、反動化して、狂気化するのである。これは、父権的狂気と言ってもいい(麻生首相を見ればわかるだろう)。
 では、この精神性の形成とはどういうことなのだろうか。本来、Media Point において、差異共振性があり、それが、原初的な、「本能」的な倫理・道徳を形成するのである。それは、無意識の倫理・道徳と言ってもいい。プレ・モダン的倫理・道徳、まぁ、人情のようなものである。
 しかし、これが、近代化によって解体・破壊されて、近代人は悪魔・悪霊化するのである。これは、自然の摂理のなにか途方もない、超壮大な畏怖すべきスーパー・プロジェクト(グランド・プロジェクト、マスター・プラン、「インテリジェント・デザイン」)の一部である。思うに、自然の摂理は、人間が物質的世界を克服するように意図していると思えるのである。もし、同一性主義に帰結しなければ、物質的科学・技術は生まれなかったのである。近代科学・技術がなければ、未だに、水を井戸や川から汲んだり、洗濯板で洗濯をしていただろう。貯水池やダムもなく、雨乞いをしていただろう。
 これは、宗教的に言えば、ヤハウェの貢献である。ヤハウェ神がいなければ、物質主義は生まれなかったからである。
 しかし、自然の摂理はそれを乗り越えることを意図しているのである。それが、トランス・モダンである。物質主義的鏡像を乗り越えて、人間が進化することを意図しているのである。
 では、その力学はどうなるのか。同一性主義を乗り越えて、つまり、トランス同一性主義となり、いわば、ラセン的に反転するのである。高次の差異共振性(精神性)に回帰するのである。高次のMedia Pointにらせん的に回帰するのである。換言すると、知性的な精神性に回帰するのである。
 つまり、ガウス平面で言えば、最初の1/4回転(90度回転)が虚軸から実軸へのものであり、同一性主義+1(、同時に、裏では、-1)を形成したのであるが、トランス同一性主義(トランス・モダン)は、更なる、つまり、第二の1/4回転であり、実軸から虚軸へと進展的に回帰するということではないのか。(プラスとマイナスの交替が起るが、それは今はおいておく。)
 では、この1/4回転の力学の原動力は何かということが問題になる。今の思いつきで言えば、イデア、即ち、太極イデアとは、基本的に回転しているのである。そう、スピンである。問題は、連続的に回転しているのか、それとも、不連続的なのか、である。今の直感で言えば、連続的且つ不連続的ではないだろうか。回転が連続的に進行するが、1/4回転で不連続化が生起するということではないだろうか。それが、歴史的には、進化である。
 それを作業仮説とすれば、トランス・モダンとは、そのような不連続点であり、だから、更なる、つまり、第二の1/4回転(第二次1/4回転)と呼べることになる。(ポスト・モダンは、その直前の混淆期である。)
 今日、リーマン・ショックで、第二次1/4回転の世界史的進化的事件が起きたと言えよう。覆水盆に返らずであり、もはや、同一性主義金融資本主義は成立たないのである。差異共振主義的資本主義へと変換する「運命」=摂理なのである。
 今はここで留める。


アンドラーシュ・シフのバッハの名演奏の超廉価版:ポスト・カラヤンとトランス・モダン音楽
新宿のタワーレコードで、アンドラーシュ・シフの演奏でバッハの曲が12枚組で3590円(!)であった。なんと、CD一枚約300円である。
 演奏は見事であり(追記:これまで聴いたバッハ音楽のピアノ演奏の最高のものである。)、録音状態も申し分ない。これはいったいどういうことなのか。自然な演奏で、カリスマとなっているグレン・グールドよりはるかにいい演奏だと思う(追記:グレン・グールドの演奏は天才というよりは、鬼才的である。確かに音楽宇宙へと没入しているが、その透明な乾き切った音は、ジネンを失っていると思う。音の知に傾斜しているのである。音の叙情性が乏しいのである。言い換えると、曲という差異に対して、グールドは、差異共鳴する視点をとるのではなく、差異を自己の同一性の視点から加工して、人工美の世界に自己没入しているのである。だから、きわめて、鏡像的である。自己陶酔的なのである。確かに、近代知識人には、適合しよう。)。
 これはどういうことなのか。クラシック音楽も崩壊状態なのだろう。そう、カラヤン・バブルも崩壊したと言えよう。それで、いい演奏も巻き込まれているのだろう。気の毒であるが。
 最近、新書で、カラヤンがクラシック音楽を破壊したというようなタイトルのもの(追記:『カラヤンがクラシックを殺した』が正しい。)が出ているが、以前の私なら大賛成であった。
 しかし、カラヤンとは、いわば、形式主義の権化であり、その点で、構造主義的なのである。内容自体はひどいものであるが、クラシック音楽を形式に還元したというその行為は、切断として評価できるのである。
 だから、ポスト・カラヤンが必然なのである。

追記1:音楽評論家がこれまで実に無責任であったかは、この演奏を聴いてわかる(追記:クラシック音楽利権でインチキ評論をしてきたということだろう。)。これは珠玉のバッハ演奏である。それが、CD一枚、300円に満たないというのは、「狂気の沙汰」である。
 とまれ、今や、本物の時代が来たのである。このシフの演奏は長く聴けるものであると判断できる。

追記2:カラヤンの構造主義は、ベルリン・フィルのそれと関係しているだろう。両者で、クラシック音楽を切断したのである。ただただ、形式美を両者は目指したのであり、音楽の内容(差異、質)を破壊したのである。

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カラヤンがクラシックを殺した(光文社) 宮下 誠著
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アンドラーシュ・シフ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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アンドラーシュ・シフ(Andras Schiff, Schiff András, 1953年 12月21日 - )はハンガリー 出身のピアニスト 。磨かれたタッチと、知性的でありながら愉悦感あふれる表現で、バッハ 、モーツァルト 、シューベルト などドイツ のバロック音楽 及び古典派音楽 を中心とするレパートリーで傑出したピアニストの一人。優れた室内楽 奏者としても知られる。
略歴

* ブダペスト 生まれ。5歳からピアノを始め、フランツ・リスト音楽院 でパール・カドシャ、ジェルジ・クルターク 、フェレンツ・ラードシュらに学ぶ。さらに、ロンドン でジョージ・マルコムに師事。
* 1974年、第5回チャイコフスキー国際コンクール のピアノ部門で第4位入賞。
* 1975年、リーズ国際コンクール で第3位入賞。
* 1977年、初来日。
* 1988年、ザルツブルク音楽祭 でロベルト・シューマン を集中的に取り上げる。
* 1989年から1998年にわたって室内楽フェスティバル「ムジークターゲ・モントゼー」の芸術監督。
* 1991年、バルトーク賞受賞。
* 1996年、ハンガリー最高の栄誉であるコシュート(Kossuth)賞受賞。
* 1997年、コペンハーゲンでレオニー・ゾンニング音楽賞受賞。

[編集 ] 主な活動

1970年代に各コンクールでの活躍が始まると、ほぼ同年代のゾルターン・コチシュ 、デジュー・ラーンキ と並んでハンガリーの「若手三羽ガラス」として売り出された。当時の社会主義国家ハンガリーはコンクール出場を若手ピアニストに強制しており、「このコンクール歴は必ずしも自分の本意ではありません」と当時を回想している。

最年少のシフは、当初は3人のうちでも目立たない存在だったが、1980年代にイギリスのデッカ・レーベルと契約後、モーツァルトのピアノ・ソナタ全集の録音で俄に注目を集め、続いて一連のバッハ作品の録音によって、「グールド 以来のバッハ解釈者」との名声を得、確固たるものとした。その後、1990年前後にはシューベルトのピアノソナタの演奏・録音、バルトーク のピアノ協奏曲全曲、1999年から2005年にかけて、ザルツブルク・モーツァルテウム創立記念モーツァルト週間に、シフ自身が編成したオーケストラとモーツァルト のピアノ協奏曲を全曲演奏するなど、スタンダードナンバー演奏で高い評価を受けた。

近年はハインツ・ホリガー と共演でシャンドール・ヴェレシュ 作品を紹介したり、ミクローシュ・ペレーニ との共演など、祖国ハンガリーにちなむ活動も盛んである。

教育活動にも力を注ぎつつあり、現在はドイツのデトモルト 音楽大学教授、ミュンヘン音楽大学 の客員教授という要職ポストに就いている。 またザルツブルク ・モーツァルテウム 音大をはじめ、各地でマスタークラスを開き、好評を得ている。

[編集 ] 録音

* 器楽作品は、DECCA(LONDON)レーベルにバッハ、モーツァルト、シューベルトなどの一連の録音がある。
* 協奏曲では、Deccaレーベルに同郷のシャーンドル・ヴェーグ 指揮ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ と残したモーツァルトのピアノ協奏曲全集が代表的。Teldecレーベル移籍後は、バルトークのピアノ協奏曲(イヴァン・フィッシャー 指揮ブダペスト祝祭管弦楽団 )、ベートーヴェンのピアノ協奏曲録音(ベルナルト・ハイティンク 指揮シュターツカペレ・ドレスデン )がある。
* 室内楽では、塩川悠子 (シフ夫人)とのバルトークのヴァイオリン・ソナタ第1番、ヤナーチェク のヴァイオリン・ソナタ(DECCA)、また、チェロ のペレーニを加えた三重奏でシューベルトの2曲のピアノ三重奏曲(Teldec)、幻想曲 ハ長調(ECM)を録音している。
* 2008年にベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を完成させ大きな反響を呼んだ。

[編集 ] 外部リンク

* 招聘会社によるプロフィール

カテゴリ : ハンガリーのクラシック音楽のピアニスト | イギリスのクラシック音楽のピアニスト | 1953年生


   




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