INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2009/01/12

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2009年01月12日(Mon)▲ページの先頭へ
資本経済の真の合理性とは何か:差異共振合理性と同一性主義不合理性:共同体的資本主義へ向けて
近代資本主義は、差異共振性と同一性主義との混淆で「あった」。(これは、先に述べたように、宗教的にはキリスト教的様態である。「分裂症」的様態である。即ち、「子」における分裂様態である。P.S. 思うに、差異共振資本主義とは、「聖霊」的資本主義と言えよう。)
 そして、グローバリズムはデリバティブ等を駆使して、差異共振主義(「子」の精神的側面)を否定して、同一性主義を中心化させてきた。新自由主義や「市場原理主義」がそういうイデオロギーであった。それは、資本主義の原理をまったく見ていない不合理な政治・経済理念である。資本主義に内在する差異共振性VS同一性主義の矛盾(分裂)力学を見ない政治経済理念は誤り以外のなにものでもない。
 とまれ、同一性主義金融資本主義が崩壊・瓦解・解体した今、再生・新生のためには、資本主義の根本原理に基づく発想が必要となる。問題は、差異共振主義と同一性主義との「活断層」、即ち、不連続性の存在である。この点で、資本主義は未完成の経済体制なのである。だから、好況と不況ないしは恐慌を繰り返すのである。
 私がこれまで述べているトランス・モダン経済とは、資本主義の一方の極の差異共振性に注目して、それを強化することである。この差異共振性が資本主義の共同体主義なのである。しかるに、同一性主義は資本主義の利己主義なのである。
 そして、法律や国家権力の思想・理念は後者に傾斜して、前者を軽視ないしは無視しているのである。確かに、資本主義の差異共振性=共同体性に注目してきた視点はきわめて少なかったと言えよう。
 私が資本主義の差異共振性に気づいたのは、プルードンの社会集合力という概念やシュタイナーの資本主義の分業という形態の指摘、その他からである。(マルクス主義は、二項対立、弁証法の発想である。そう、プルードンには、系列弁証法という発想があり、それは、極性論であり、差異共振主義である。)
 とまれ、一般に経済学は哲学的視点を欠いているので、資本主義の共同体性を理解していないと考えられる。結局、資本主義の共同体性がもつ合理性を正しく理解して、同一性主義によるその破壊を防がなくてはならないのである。
 同一性主義に傾斜した近代主義的資本主義が今や崩壊したので、差異共振性=共同体性の合理性の視点をもつトランス・モダン経済の構築が必要とされているのである。
 これまでの政党政治は自由・民主主義と社会主義の二項対立が支配してきたと言えよう。しかし、社会主義(ソ連型社会主義)が終焉して、政党政治における混迷・混乱が起ったのである。
 自由・民主主義の発想は自由主義が中心となり、民主主義は補完的である。前者が主で、後者が従である。結局、前者が中心化して今日の大危機が起きているのである。
 問題は、資本主義の差異共振性=共同体性の合理性の軽視・無視にあるのである。民主主義は資本主義のもつ差異共振性=共同体性の合理性を哲学・科学(「philosophience」)的に認識していないので、自由主義に支配されるのである。民主主義が実効性をもつためには、その認識をもつ必要があるのである。
 結局、ポスト近代資本主義として、共同体的資本主義の経済理念が生まれるのである。これは、社会主義ではなく、資本主義に内在している合理性を積極的に取り出したものであり、それこそ、実は、資本主義の価値を生む源泉・根源なのである。
 この資本主義の源泉・根源に立ち返った新経済が今日必然と言えるのである。このためには先に述べたように、差異共振性=共同体性を主導する諸法律の形成が必要なのである。そう、言い換えると、トランス資本主義と言えよう(トランスとは超越的包摂性という意味でもある)。

追記:新共同体資本主義と「新」を付けた方が的確であろう。


共同体主義と社会主義の違い:自由主義*共同体主義:「市場化された場における共同体主義」
今は簡単に問題提起するが、社会主義と共同体主義とは混同されているのではないだろうか。例えば、オバマ新大統領の「新ニューディール政策」であるが、それを社会主義だと言われるが、それは誤りであろう。それは、米国国家・経済・社会・国民を救済するための措置、即ち、共同体主義的政策と考えられるのである。社会主義ならば、自由主義の極が否定されるのであるが、オバマ新大統領の場合、自由主義を否定するということはありえないだろう。
 だから、経済においては、自由主義VS社会主義(全体主義)という二項対立だけではなく、自由主義*共同体主義(*は対極・両極性、即ち、共振・共鳴性を意味する)という極性があるということである。この点は、Kaisetsu氏の「市場化された場における共同体主義」を参照されたい。http://blog.kaisetsu.org/?cid=28821
 日本経済の場合、官僚的国家統制経済であり、これこそ、社会主義と呼べるものであり、共同体主義ではない。端的に、反共同体主義としての官僚社会主義である。
 そうすると、資本主義とは何かといったとき、政治経済的には、自由主義と民主主義をペアとして捉えられるが、民主主義が曲者である。
 自由主義に対して、共同体主義が対極として存在しなければ、民主主義は自由主義の牙に利用されるイデオロギーとなるのである。ブッシュ政治を見れば火を見るより明らかである。
 結局、共同体主義の視点を取り入れることで、資本主義の変革・変・「進化」が考えられるのである。それが、差異共振主義的資本主義であり、トランス・モダン経済である。
 だから、共同体主義的法をどしどし生み出していく必要があると言える。トランス・モダン政治・経済とは一言で、自由共同体主義と言える。後で補足等したい。


百七十万人の雇用者が削減される可能性:同一性主義資本主義から差異共振主義資本主義へ
同一性主義資本主義だから、派遣切りが多く生ずると言えようし、また、それがもともと派遣型雇用制度を生んだと言えよう。
 差異主義資本主義にしないといけないのであるが、差異主義にしたとき、資本はもはや、同一性主義資本(貨幣資本等)ではなく、差異共振主義資本となる。問題は、競争である。同一性利益は差異共振主義資本経済では、少なくなるが、実際、差異共振価値には寄与しているのである。ここをどう評価するか、である。やはり、税法、雇用法、商法等の改正が必要であろう。差異共振主義資本経済の企業を評価するような税法等を作るべきである。そうしないと、同一性主義資本主義に競争では負けることになる。
 そう、同一性主義的自由主義を否定して差異共振主義的自由主義へと転換すべきである。

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09年問題 春から失職激増

2009年1月12日 朝刊

 自動車などの製造業を中心に多くの非正規労働者が職を奪われる中、製造業に労働者を派遣できる法律の見直しが、大きな焦点になってきた。製造業に派遣された人たちの契約は三月以降に一斉に切れることから「二〇〇九年問題」と呼ばれていて、失職者が増えるのは避けられそうにない。

 製造業への派遣は、派遣法改正で〇四年三月に解禁された。〇七年三月以降は最長雇用期間が一年から三年に延長され、〇六年三月にさかのぼって最長三年の派遣受け入れを始められる仕組みになった。この規定で〇六年に派遣労働者を受け入れる企業が急増した。

 それまでは、企業が別会社に任せる「請負」という形が多かった。しかし、請負は、仕事の指示を直接労働者にはできず、別会社を通じる仕組みになっていて、直接指示する偽装請負がキヤノンなどで発覚。社会問題化したことで直接指示のできる「派遣」への切り替えが進んだ。

 この結果、〇五年に約七万人だった製造業の派遣労働者は〇六年に約二十四万人、〇七年に約四十六万人と二年で六・六倍に膨れ上がった。〇六年に派遣となった労働者は今年三月以降、次々と契約の期限切れを迎えることになる。

 厚生労働省の調査では、三月末までに職を失う非正規労働者は少なくとも八万五千人(先月十九日現在)。厚労省は昨年九月、二〇〇九年問題で、派遣期間が満了しても、その仕事が一時的なものでなく、恒常的なら「本人と直接雇用契約するか、請負にすべきだ」とする通知を出したものの、効果は懐疑的。業績悪化を理由に雇い止めや契約の中途解除をする企業はさらに増えそうだ。

 大和総研の渡辺浩志エコノミストは「製造業への派遣が可能になったため『雇用の調整弁』として大幅削減ができるようになった」と指摘、「未曾有の生産悪化に連動して、昨年十一月から今年六月までの八カ月間で、百七十万人の雇用者が削減される可能性がある」と話している。

http://www.tokyo-np.co.jp
/article/national/news
/CK2009011202000080.html

参考:
そもそも単年度の資本剰余金の累積である内部留保は、それを創出したのは、現場で働いて製品を生産した労働者であり、配当を貰って家で遊び暮らしている株主ではない。新自由主義の原理で持続可能な社会を運営することが無理だと分かった現在、われわれがなすべきは、資本主義を公共的な性格に変えて行くことであり、生産して得た利益を社会的に公正に再配分するよう仕組みを変えることである。76兆円とか240兆円という膨大な内部留保を、製造業派遣禁止の法改正を担保する原資にすればよいのだ。政府は1円の費用も税金から拠出する必要はない。責任は企業経営者にある。
http://critic5.exblog.jp
/10171800/
世に倦む日日critic5.exblog.jp


イエス・キリストとは何か:父ヤハウェと母「イシス」の子としてのイエス(仮説):聖霊教の誕生へ
以下、「イエスは人に過ぎず、全能の神は天と地を作られた偉大な建築家であり、十字架に架けられたりはしていない。」とあるが、私の解釈では、イエスは確かに人であったが、Media Pointの大悟者である。しかし、ユダヤ教やヘレニズムやローマ帝国のコンテクストで見る必要がある。
 今思ったのは、イエスはユダヤ教的教育を受けていながら、東洋的な秘儀(母権的秘儀:例えば、イシスの秘儀)を受けた人物ではなかっただろうか。つまり、「父」(ヤハウェ)と東洋的な秘儀が、イエスにおいて、混淆的合体(しかし、矛盾態である)をしたのではないだろうか。だから、イエスには、「父」(ヤハウェ)の極と秘儀の極(イシス)の極の両極分裂があったのではないだろうか。
 これは、いわば、水と油の関係である。しかし、それがイエスにおいて合体しているのである。だから、一種の統合失調症であると考えられるのである。言い換えると、父権制と母権制の混淆としてのイエスが存していたのではないだろうか。
 PS理論的に言えば、同一性主義と差異共振主義との、不可能な合体である。
 これを作業仮説すれば、キリスト教は本質的に、「分裂症」的なのである。ヤハウェの顔になったり、イシスの子の顔になったりするのではないだろうか。「私は剣をもたらすためにこの世に来た」というイエスの言葉はヤハウェの顔である。
 そう見ると、やはり、キリスト教は乗り越えられるべきものである。同一性主義を乗り越えて、差異共振主義を純化すべきなのである。私はイエス教が生まれると言ったが、それは訂正されなくてはならないだろう。やはり、聖霊教が生まれるだろう。

追記:想起するのは、英国の「異端」・反逆の作家D. H. ロレンスの王冠の思想である。彼は英国の紋章を利用して、独特の三位一体論を形成した。即ち、「父」と「子」との絶対矛盾があるが、それを調和させる原理として「聖霊」を考えたのである。「父」は同一性主義(物質原理ないしは自我原理)であり、「子」は差異共振主義(精神原理)である。これは、正に、差異と連続的同一性の矛盾様態である。
 ロレンス自身、この分裂に苦悩していたと言える。だから、この混連続的分裂様態において、あるときは、「父」の極へ傾斜し、あるときは「子」の極へ傾斜したと言えよう。そして、両者の調和の試みとして、「聖霊」への志向があったと思われるのである。
 しかしながら、きわめて、分裂的な様態であると考えられる。連続性を引きずったまま、「聖霊」へ志向して、神秘主義に陥ったと考えられる。例えば、「闇の神」dark Godや「力」powerの衝動という発想がそのようなものだろう。ここでは、連続性、とりわけ、同一性主義が内在していると考えられる。
 しかし、以前述べたが、最晩年において、脱連続化、脱同一性主義化して、純粋な「聖霊」化を行ったと考えられる。つまり、差異共振主義が生まれたと考えられる。ロレンスはトランス・モダンの先駆者の一人と見なされよう。ドゥルーズではなく、ロレンスの方が、不連続性を理解したと言えよう。

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一体
テンプル騎士団はどのような秘密をソロモンの神殿で手に入れたのでしょうか。
 それは、テンプル騎士団の総長であるジャック・ド・モレーがいったという次の言葉
に隠されていると思われます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−
      イエスは人に過ぎず、全能の神は天と地を作られた偉大な建築
      家であり、十字架に架けられたりはしていない。
                      ――ジャック・ド・モレー
−−−−−−−−−−−−−−−−−
 やがて、フィリップ4世は、大変な暗闘を経て教皇庁を自分の支配下に置き、意のま
まになる教皇クレメンス5世と組んで、テンプル騎士団を潰しにかかります。そして、
テンプル騎士団にとって運命の日、1307年10月13日(金)、テンプル騎士団の
団員は全員逮捕されてしまうのです。
http://www.intecjapan.com
/blog/2009/01/post_661.html
異文化研修のインテクジャパン


   




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カレンダ
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