INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2009/01/06

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2009年01月06日(Tue)▲ページの先頭へ
経済哲学科学へ向けて:トランス・モダン経済哲学構築:企業共同体の可能性
私は激しい焦燥を経済学に対して、数十年持ち続けている。
 私は「まっとうな」経済学がなくてはならないという激しい焦燥を持ち続けてきた。そう、経済の哲学、科学が今日いちばん必要とされているだろう。
 何故、経済学が今日、貧困なのかと言えば、それは、哲学が欠落しているからである。他方、哲学は、今日、ほとんど観念遊戯になってしまっている。本来、哲学とは、森羅万象を対象とするものであり、遊戯ではないのである。
 とまれ、私の心の願望の一つは、トランス・モダン経済哲学の構築にある。
 具体的に理論化すべきは、資本主義経済における利益の科学についてである。これまで、差異共振的利益ということを述べてきているが、正に、これを科学化したいと思っている。経済の自然科学/自然哲学が必要なのである。
 思うに、企業が共同体的機能をもつべきである。政府は共同体の監査となればいいのだろう。もっとも、それになるまでは、政府の共同体的機能は必要だろう。
 思うに、企業共同体法を作るべきである。企業の利益を共同体へと還元する法律である。

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参照:約一年前次のように書いた。基本的な考えは変わっていないが、微妙な点で異なっている。

Thu, January 24, 2008 10:19:17
現代資本主義論とトランス・モダン経済のための諸考察:その1
テーマ:仕事・ビジネス・産業・企業・会社・職業

私は経済(尚、ここには、政治的経済ないしは経済的政治の意味が込められている)の素人であるが、素人なりに、現代経済に対して強い疑念・疑問・疑義をもっている。また、強い不安ももっている。
 端的に言えば、経済学に対する不信感が強いのである。つまり、平たく言えば、金儲けのための経済技術になっていて、経済学ではないのではないだろうか、という疑念があるのである。
 とまれ、これから、素人なりに、哲学的に、現代経済を探求していきたい。哲学・理論的研究は、ポスト・モダンを乗り越えた、トランス・モダンとなっているが、トランス・モダンの視点は、経済へ向けられたときどうなるのか、それを考察していきたい。
 
 さて、最初に、いったい現代資本主義の原動力は何か、利益のシステムとは何か、経済と社会との関係は何か、等々を考えてみたい。もっとも、本質は素人談義なので、無知は承知で考察するので、間違っている点があれば指摘していただきたい。
 先ず、哲学的に言えば、資本主義は、差異価値を同一性価値へと展開していく経済システムである。基盤は差異価値である。それが、商業的行為によって、同一性価値(貨幣価値)に還元され、その同一性価値の増加(「経済成長」)を目指すシステムであるということである。
 問題は、基盤の差異価値が同一性価値によって支配されるということである。いわば、自分の母体を食らう子供のようなものである。とまれ、この矛盾、二重価値に目を向ける必要がある。
 この二重価値性の問題は、価値の転倒に存すると言えよう。前提となる差異価値が同一性価値によって支配されて、同一性価値中心主義が生起するということである。これが、金融資本中心主義となる。今日の資本主義はこれである。同一性価値としての金融資本が、いわば、自立したもののように、グローバル経済を動かしているのである。
 この同一性価値としての金融資本は、同一性観念として存在するのであり、哲学的には、構造的なものであり、実は、物質的なものではない。だから、現代資本主義を唯物論的と呼ぶのは、正しくはない。本当は、数量的同一性構造論である。もっとも、これが、唯物論と強く結びついているのである。
 また、確認すべき重要な点は、差異価値を同一性価値へと還元するということは、必然性があるものの、そこには暴力が作用しているということである。この暴力は、自然のもつ暴力である。しかしながら、問題点は、同一性価値中心主義となり、暴力が恒常化することである。具体的に言えば、戦争が経済にとって恒常化することである。
 換言すると、差異から同一性への転換は、一つの自然の暴力である。誰でも、生存するためには、暴力をふるうのである。しかしながら、問題は、この同一性暴力が中心化されて、暴力主義が肯定されることである。この点にも注意しなくてはならない。
 整理すると、資本主義経済とは、差異価値を同一性価値へと展開し、その同一性価値が中心化された経済であり、また、差異価値から同一性価値への転換は、一つの自然の暴力であり、必然的であるが、同一性価値中心主義によって、暴力が中心化されてしまっているということである。
 このように見ると、現代資本主義の問題点がわかりやすくなるだろう。(ここで、休みを入れる。仕事がたまっている。)
http://ameblo.jp/renshi
/archive7-200801.html#main


検討問題:同一性主義自己のもつ不安について:父権主義的同一性傾斜と差異
なにかハイデガー哲学のようなタイトルであるが、いくぶん関係しよう。
 今は予見を簡単に触れるに留めるが、結局、同一性主義自己とは、自己の根源であるMedia Pointにおける諸力の「カオス」に対する「秩序」化のための一「方策」として存すると考えられる。しかし、「カオス」を抑圧する方向での「秩序」化である。
 結局、Media Pointにおけるある種の「不安」があるために、同一性主義化へと向かうのではないのか。そう、同一性志向性があるが、それは、当然、差異共振性を裏面にもち、相反するものである。
 同一性志向性は、この両義性に対して、一義性を持ちえないのである。ここで、抑圧への力学が生じると言えよう。同一性志向性は裏面を差異共振性を否定・抑圧・排除すると考えられるのである。
 言い換えると、同一性志向性が強すぎるとそうなると考えられる。同一性傾斜が差異を否定すると考えられる。
 今の段階では、やはり、父権主義がそうなるのである。父権主義にとり、つまり、同一性への傾斜的志向にとり、差異は理解できないので、抑圧すると考えられるのである。
 簡潔に言えば、同一性への傾斜(父権主義)が、差異を理解できないために、不安に感じて、否定・抑圧・排除するということではないだろうか。
 後で、整理して再考したい。

追記:問題は何故、同一性主義自己は、不安に感じるのか。その力学である。簡単に答えれば、Media Pointは、同一性主義自己に対して、否定的であるから、同一性主義自己は不安を覚えるということだと思う。
 相反する価値が生じているから、不安に感じるのである。そして、不安を解消するつもりで、他者を敵として、攻撃するのである。しかし、それは自己の影である。Media Pointの影である。
 思えば、若い時、実に、故知らぬ不安を覚えたものであるが、それは、正に、同一性主義自己が、それを否定するMedia Pointの力を感じていたからであろう。
 ここで、ハイデガー哲学に言及すると、それは、正に、同一性主義自己哲学である。デカルト哲学の延長である。フッサール哲学の超越性を否定しているので、超越性への不安が生じていると考えられる。そう、ハイデガーは近代哲学の裏面に過ぎない。


   




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カレンダ
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