INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2009/01/03

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2009年01月03日(Sat)▲ページの先頭へ
宇宙という他者:崇高壮麗なオリオン座、シリウス、スバル、他:田舎で見る星空と畏怖
明日は東京へ帰るが、今、帰省中で田舎にいるが、農村地帯で、周囲は田畑が中心である。今、スーパーから帰ったところであるが、冬の夜空に壮麗壮大に輝く「オリオン座」とその周辺の星を見てきた。
 子どもの頃、この田舎で星空を見て育ってきたが、ここ十年に渡り、実家に帰ることが多くなり、夜空の星座、とりわけ、オリオン座の壮麗さに目を見張ることが多くなった。これは何だろうか。子どもの頃は、理科で習った星座の、いわば、図形にすぎなかったが、今は、その壮麗さに驚くのである。
 どうやら、今はオリオン座が他者になり、壮麗に冬の夜空に輝く姿に感銘を受けているということだと思われる。子どもの頃は、単なる風景の一つであったが、今は、他者としての壮麗な光景になったと言える。
 でも、この変化は何なのだろうか。思ったのは、壮麗な形姿に見えるというのは、魂から見ているからではないのか。いわば、心眼から見ているからではないのか。日常の肉眼から見ると、単なる星座の図形である。しかし、心眼で見ると、壮麗なる他者としてのオリオン座なのである。宇宙的な地上という感覚が生じる。コスモポリタンとは本来そういうことなのだろう。宇宙市民である。

追記1:壮麗、驚異という形容や他者という用語でも足りない。そこには、おそれがあるのである。畏怖である。そう、崇高という形容があてはまる。

追記2:今、ラッスス(ラッソ)の曲を聴いているが、荘重な音楽であるが、崇高という形容があてはまる。ルネサンス/バロック音楽には、崇高さをもつ音楽が多いのである。


言語構造特異性とナルシシズム(鏡像同一性化)の関係について:自己同一性志向性エネルギーの自己陶酔感情負荷化:付録:言語構造形式の視覚と聴覚との相違:デリダのロゴス中心主義批判の試み:聴覚・音楽解放に向けて
『言語構造特異性とナルシシズム(鏡像同一性化)の関係について:自己同一性志向性エネルギーの自己陶酔感情負荷化:付録:言語構造形式の視覚と聴覚との相違:デリダのロゴス中心主義批判の試み:聴覚・音楽解放に向けて』

Media Point における同一性志向性は同一性形態をもつ。それが、言語構造特異性に規制される。
 丁寧に言うと、Media Point における自己同一性志向性が自己同一性形態をもつが、それが、言語構造特異性(以下、言語構造形式)によって規制・制約・規定される。
 言語構造形式とは鏡面ではないだろうか。この鏡面に自己同一性志向性が投影されて、自己同一性鏡像が生まれるのではないのか。言い換えると、自己同一性志向性が言語構造形式=鏡面に同化吸収される、あるいは、「癒着」するということではないか。
 もちろん、ここで問題にしていることは、連続的同一性の形成のことでもある。あるいは、ナルシシズムの事象である。つまり、自己同一性陶酔のことである。この陶酔の力学を明らかにしたいのである。
 ここで思考実験するが、自己同一性志向性が言語構造形式=鏡面に投影されるということは、感覚的快であるということではないか。ウィリアム・ブレイクは、エネルギーは歓喜であると述べているが、自己同一性志向性というエネルギーが言語構造形式=鏡面に投影され、同化吸収されることは感覚的快、ブレイクの認識に沿えば、感覚的歓喜ではないのか。
 この感覚的快/歓喜がナルシシズムの原因ではないだろうか。つまり、言語構造形式に制約された契機における感覚的快/歓喜が原因ではないのか。言語構造形式は既述したように同一性主義の契機であるから、そのように考えられるのである。言い換えると、自己同一性志向性エネルギーが言語構造形式=同一性主義に収斂して、自己陶酔感情に転換するということではないのか。簡約して言えば、自己同一性志向性エネルギーが言語構造形式に「癒着」して、自己陶酔感情に変換するということである。
 ここで、言語構造形式(言語構造特異性)=鏡面の自己同一性投影像は、同一主義化されたものであるが、それは、自己陶酔感情負荷されたものであるということになる。
 この視点から、以前疑問にした、「何故、視覚が同一性主義に強く関係しているのか」という問いに明確に答えることができる。言語構造形式=鏡面に投影される自己同一性像が、同一性主義の原点ないしは起点にあるということが解答である。
 それでは、聴覚はどうなのだろうか。デリダによれば、音声言語は「ロゴス中心主義」=同一性主義と結びついているということであるから、この問題は重要である。
 言語構造形式(超越論的形式)においては、エネルギーは同一性形式に閉ざされて、同一性主義化する。だから、聴覚もここにおいて同一性形式に収斂(収縮)される。しかし、視覚のような鏡面はここにはないのである。思うに、ここに聴覚が視覚とは異なる性質が存すると考えられよう。
 ここでも思考実験するが、思うに、言語構造形式の同一性主義は視覚の場合は厳格に作用するが、聴覚の場合、音声的鏡面というものがありえないために、同一性主義はいわば破綻しているのではないだろうか。つまり、いわば、穴が存しているのではないだろうか。言い換えると、Media Point は視覚のように、閉鎖されていずに、開いているということではないか。自己同一性志向性エネルギーにおいて、差異共鳴性が残響しているということではないだろうか。いわば、天のハーモニーが内包されているのではないだろうか。
 ならば、音声言語には、差異共鳴ロゴス、即ち、Media Point Logosが潜在しうるだろう。しかるに、西洋哲学史においては、音声における差異共鳴ロゴスは視覚による同一性主義の影響を被って、デリダの指摘する「ロゴス中心主義」に陥ったのではないか。
 この思考実験を作業仮説にすれば、デリダの批判は正反対になっていると考えられる。音声言語ではなく、視覚的言語(エクリチュール)が「ロゴス中心主義」を生んだのであり、それが逆に、差異共鳴ロゴスをもつ音声言語を「ロゴス中心主義」化したのであると考えられる。
 思うに、平明に解明すれば、西洋文明ないしは父権文明は視覚(同一性主義)が聴覚(差異共鳴性)を支配しているのであるから、それからの解放とは、最初に聴覚の解放が起こらねばならず、それによって、視覚も解放されて、差異共鳴化するということではないだろうか。
 だから、今日では、音楽のトランス・モダン的解放が必要であると言えよう。ウィリアム・ブレイクは束縛された芸術は束縛された体制を生むと述べていたが、それに倣って、ここでは、束縛された音楽は束縛された体制を生むと言える。日本的音楽を創造する必要があると言えよう。私的には、演歌、浪曲、謡曲、筝曲、声明(しょうみょう)他を知性化して、トランス・モダン・ジャパン・ミュージックを創造すべきではないかと思う。また、クラシック音楽で言うと、ルサンス/バロック音楽に回帰して、トランス・モダン・クラシックを創造すべきである。思えば、ニーチェの『悲劇の誕生』の初版のタイトルは『音楽の精神からの悲劇の誕生』であり、ニーチェの主旨は、音楽(ディオニュソス)から美術(アポロ)が生まれるということでもある。


   




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カレンダ
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