INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2008/11/29

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2008年11月29日(Sat)▲ページの先頭へ
検討問題:民主主義の何が「おかしい」のか:原民主主義とポスト民主主義
すべては生々流転するということを確認しておく。
 さて、民主主義であるが、これは、フランス革命等でわかるように、封建主義ないしは絶対主義に対する個の自由の権利を説いたものである。
 対封建主義/絶対主義という文脈においては、民主主義は有意義、進歩的である。しかし、その文脈がなくなると、大資本中心主義に基づく民主主義となり、もはや、初期の意義を失うのである。つまり、民主主義は、極論すれば、大資本の走狗となるのである。 
 では、本来の民主主義を取り戻すにはどうすればいいかと言えば、それが、ポスト民主主義=自然合理主義であると私は考ええる。
 つまり、元々、民主主義とは本質的には、自然合理主義なのである。それが忘却されて、大資本主義的民主主義になったのである。
 だから、プロト・デモクラシー、原民主主義としてのポスト民主主義=自然合理主義を捉える次第である。


ポスト民主主義としての自然合理主義:帝国主義的民主主義を超えて
ポスト民主主義としての自然合理主義:帝国主義的民主主義を超えて

テーマ:自然合理主義/差異共振主義

アフガンとパキスタンの混乱を収めて、「民主化」を図るという米国の路線であるが、これは、言うならば、帝国主義的民主主義(覇権的民主主義)である。イデオロギーとしての民主主義である。これは、大資本中心的民主主義である。ということは、激しい貧富の差を作る民主主義である。
 私は今や、自然合理主義を唱えることになっている。この立場からすると、激しい貧富の差を作る民主主義には反対である。
 資本主義は自然合理主義的資本経済にならなくてはならないのである。個々民が、自由に成長できる政治経済体制が必要なのである。それが、自然合理主義である。これは、トランス・デモクラシーないしはポスト民主主義である。
 自然合理主義、これは、自然の摂理に基づくものであり、誰も否定できないものである。思うに、イエスの教えも本来、自然合理主義であったと思う。自然合理主義は叡知・智慧である。
 傲慢な帝国主義的民主主義を破砕しないといけない。

追記:民主主義とは、近代においては、確かに、「進歩」的であったが、今や、反動的であると私は考える。つまり、民主主義は、大資本の手段になるのである。だから、民主主義の本来の意味を実現するには、ポスト民主主義=自然合理主義=差異共振主義が必要なのである。すべては、生々流転するのである。
 
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From Great Game to Grand Bargain
Ending Chaos in Afghanistan and Pakistan

Barnett R. Rubin and Ahmed Rashid

From Foreign Affairs, November/December 2008

The Great Game is no fun anymore. The term "Great Game" was used by nineteenth-century British imperialists to describe the British-Russian struggle for position on the chessboard of Afghanistan and Central Asia -- a contest with a few players, mostly limited to intelligence forays and short wars fought on horseback with rifles, and with those living on the chessboard largely bystanders or victims. More than a century later, the game continues. But now, the number of players has exploded, those living on the chessboard have become involved, and the intensity of the violence and the threats it produces affect the entire globe. The Great Game can no longer be treated as a sporting event for distant spectators. It is time to agree on some new rules.

http://www.foreignaffairs.org/
20081001faessay87603/
barnett-r-rubin-ahmed-rashid
/from-great-game-to-grand-bargain.htm




農耕民族VS狩猟民族?:狩猟採集・農耕文化と遊牧文化
世界の民族を農耕民族と狩猟民族に分けて説明するというのは、あまりに通俗的である。日本人は、狩猟採集/旧石器的文化の基底の上に、農耕文化があると思う。神道・アニミズム等がベースである。
 それに対して、欧米は遊牧民族というべきである。遊牧民族は、思うに、ドライに合理的に計算する民族であると思う。そう、商業や貨幣経済は彼らから生まれたのではないだろうか。
 とまれ、以上は思いつきに過ぎない。

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このような国民性は、農耕民族と狩猟民族の違いであろうと見てい
る。日本以外の先進諸国で農耕民族が支配層を成している国はない。
欧米・中国・インドでも狩猟民族の末裔が支配層で、農耕民族は被
支配層になっている。
http://archive.mag2.com/
0000018239/200811291
10000000.html
国際戦略コラム


年金関連殺傷事件情報問題:米国同一性主義金融資本の崩壊と日本の自立の可能性
本問題は、小野寺光一氏のメルマガの情報の信憑性問題とは別に、これまでの述べたように、組織犯罪と見るべきである。
 ペットが殺された怨みで、元厚生事務次官他を殺傷するというのは、あきらかに筋が通らない。闇の権力組織が動かしていると見るべきである。CIAかどうかはわからないが、少なくとも、同一性主義金融資本権力に基づく組織と言えよう。
 今や米国同一性主義金融資本が崩壊したので、理論的には、日本が自立するチャンスではある。つまり、ポスト戦後/トランス戦後/トランス・モダン・ジャパンということになるのであるが、それは、戦後の政党政治の変換を意味する。与党と野党のなれ合いではない、政治である。それは、封建的近代主義政治の清算を意味する。補助金・助成金等による支配の清算である。そう、封建的近代主義ということでは、主要な与野党は一致していたのである。
 個民・差民・単民の「交響」に基づく政治が必要である。トランス・デモクラシーである。差異交響主義である。

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★ 2008年11月27日木曜日 9時更新

・・・・・

● 小野寺光一メルマガ引用で、山口元厚生事務次官が年金問題で証人喚問予定だったとの情報は、間違いであるとの報告が寄せられた。他にも靴のサイズなどいい加減な情報があり、小野寺情報の信憑性に疑念が強まった。他に、別の方から後藤組関係の情報もあるが、これも未確認推測情報である。

 若い頃シンナーや覚醒剤に溺れた人たちは、50歳を過ぎると多くに腎臓障害が現れて透析に移行するケースが多い。暴力団幹部のほとんどが顔色の悪い理由は、そういうことだ。シンナー暴走族なども還暦頃までには必ず腎疾患を発症する。、
 戦後、CIAが日本の闇勢力を支配するのに、覚醒剤を導入し暴力団裏社会に流した。これでCIA情報網が確立したのだ。CIA日本最高幹部は正力松太郎であった。後は岸信介・笹川良一・児玉誉士夫(いずれも統一協会・国際勝共連合創始者)などだ。北朝鮮に覚醒剤を作らせたのもCIAだと言われている。スーパーノート偽札も、ワシントン近郊で印刷されて北朝鮮に持ち込まれたものだ。すべて情報支配のための陰謀であった。(統一協会もCIAの下部組織である)ブッシュ政権の北朝鮮政策弱腰姿勢は、そうした事情を暴露されたくなかったからだ。
 日本の年金の意図的なデタラメ管理による数十兆円にのぼる闇資金捻出も、すでに1950年代朝鮮戦争後から始まっており、すべてCIAが画策し、今回の殺人も背後で糸を引いているのはCIAだと言われる。抜き取られた年金はアメリカ軍とCIAの闇資金となった。彼らが手足として使うのは暴力団で、覚醒剤で腎臓がボロボロになり、アメリカでの移植と引き替えに、闇社会の情報漏洩と、こうした殺人を依頼するのだという。
 半年前に、後藤組長がアメリカに腎移植に行った。その後、山口組から破門絶縁となった。その事情は、言われるような組行事欠席などというちゃちなものではない。おそらく、今回の事件に関係があると見ている。
http://www1.odn.ne.jp/
~cam22440/yoti01.htm
東海アマチュア無線  地震予知研究会


検討問題:原同一性とは+iではないのか:+iの原光の視覚と-iの原闇の視覚との共鳴として精神視覚
後で検討したいが、簡単に予見を言うと、差異という「対象」に対して、自己同一性を投影するということは、自己において、同一性が存するということではないのか。
 フッサールで言えば、ノエシスが同一性ないしは原同一性ではないのか。そして、ノエマが、同一性の感覚ではないのか。そして、「対象」の差異は、カントの物自体に当たるだろう。
 そう見ると、同一性ないしは原同一性は、+iではないかと思えるのである。通勤の帰りの車内で想起したのは、+iの原光は投影するのにふさわしいだろう。そして、これが、差異-iに自己投影して、(+i)*(-i)⇒+1になるということだろう。
 しかし、そうすると、差異共振によって同一性+1が生起するのことになる。ここは微妙である。私は、+iが-iを認識しようとして、自己同一性を投影すると考えたのである。
 思うに、+iを原同一性、そして、+1を同一性とすればいいのではないか。思うに、+iに言語の本源もあるように思えるのである。それは、原光に関係するのである。だから、言語的認識は、一般に、-iを認識できないのである。それは、原闇なのである。そして、この認識と精神性とが関係するのである。そう、精神と原闇が関係するのである。やはり、(+i)*(-i)⇒+1 は、知性と精神との一致と見るべきではないか。
 今は、問題提起をするだけなので、思いついたことをさらに追っていこう。-iが原闇であり、これが、精神や魂と関係するのではないのか。+iが原光であり、原知性/原同一性である。それに対して、-iが原闇であり、原精神/原魂である。
 問題は、内的差異-iと外的差異-iが区別がつかないことである。これはおいておこう。
 私が感じたのは、視覚において、同一性視覚と差異視覚があり、後者は-iと関係するということである。つまり、例えば、私が田舎で、晩秋か初冬で、透明な西空いっぱいの夕焼けを感じたとき、それは、単に赤色だけではなく、精神的なものを意味するのである。この夕焼けの精神性が-iの原闇と関係すると思えたのである。-iの原闇の感覚と夕焼けの視覚が共振して、精神性を感じているように思えたのである。
 これは、夕焼けの光の視覚と原闇の視覚の共鳴ではないのか。+iの原光の視覚と-iの原闇の視覚との共振ではないのか。夕焼けの赤色は、+iの原光で知覚しているが、精神性は、-iの原闇で知覚しているのではないだろうか。
 このようなことは音楽にも適用できると思う。バッハの音楽を聴くと、音自体は、+iの聴覚で聴き、精神性は-iの聴覚で聴くのではないだろうか。
 今はここで留める。

追記:妙な考え方かもしれないが、-iの原闇の視覚を夕焼けに投影するということもあるのではないだろうか。+iの原光の視覚を投影し、且つ、-iの原闇の視覚を投影して、夕焼けの精神美を把捉するのではないだろうか。このとき、+iと-iが共鳴融和していると考えられる。この共鳴融和が、+1ではないのか。そうすると、自己認識方程式は、美学方程式でもある。


   




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