INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2008/10/29

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2008年10月29日(Wed)▲ページの先頭へ
トランス・モダンへの不連続転換:アメリカ社会の質的変化
冷泉氏のエッセイは冗長さが嫌であるが、以下は興味深い観察である。アメリカの質的変化を物語っている。国家介入主義は当然長くは続かないだろう。
 金融資本の連続的同一性主義を崩壊して、国家介入主義を経験しているアメリカであるが、根っこにある、個の原理が活性化して、差異共振志向を発揮すると思われる。それはオバマ次期大統領候補の政策と共鳴するだろう。脱同一性主義=トランス・モダンの胎動である。

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『 開拓時代の面影を残す農村で、株の暴落した週末に静かに家族と過ごしている人々を見ていると、私はそこにアメリカという土地とその人々が生み出した文明の継ぎ目があるように思えました。何か大きな変化がある、しかも不連続な継ぎ目がそこにあるのではないか、そんな風に思ったのです。今回の金融危機は、まだまだ出口が見えません。ですが、何かが大きく変わるのは間違いないでしょう。では、何が終わり、その次には何が始まるのでしょうか。

 それが分からない人間には、文明の継ぎ目というのではなく、今現在、自分たちが直面しているのは「文明の裂け目」ではないかという感覚があるのだと思います。これまで信じていたものが、瞬く間に色あせて行く中で、そこには不連続なものがあり、しかも未来は見えない、という事態の中で、ちょっと下を見れば奈落の底の暗黒しかない、もしかしたらそこに落ちていくのかもしれない、そんな恐怖があるのです。』
http://ryumurakami.jmm.co.jp
/dynamic/report/report3_1
431.html
第378回

「文明の裂け目」

配信日:2008年10月18日
from 911/USAレポート / 冷泉 彰彦


父権的同一性主義と父権宗教:父権主義と母権主義の対極性と進化
先に、古代ローマに父権的同一性主義の根源があるのではないかと言ったが、問題は、父権宗教と父権的同一性主義の関係である。思うに、ギリシア神話が重要になると思う。何故なら、ギリシア神話は父権神話と母権神話が衝突していて、その屈折が描かれていると考えられるからである。
 先に言ったが、ギリシア神話は、両方の調和を探究していると考えられる。PS理論的に言えば、トランス・モダンの探究である。
 父権文化と母権文化の調和ということは、思うに、父権知性と母権感性の調和となる。父権知性ないしは知性性が重要である。母権文化は知性というよりも、感性であったと思う。もっとも、感性に包摂された知性は存しただろう。それに対して、父権文化は、知性主義になるのである。知性主義と感性/知性主義の調和を目指していた。
 父権神話ないし父権宗教は、偶像の禁止に及ぶ。感覚ではなく、知性、それも抽象的知性である。(イデア論もこの文脈で見るべきであろう。)
 この点では、父権宗教と父権的同一性主義は同質である。そうすると、単に古代ローマだけに父権的同一性主義の根源を見るのは、誤りである。
 やはり、父権宗教=父権的同一性主義として見るべきであろう。そうすると、ユダヤ教がやはり、象徴的であるが、それがすべてではない。
 思うに、Media Pointの+iへの傾斜があり、それが、父権的知性主義を生んだのだろう。(-iへの傾斜としても同じである。)
 トランス・モダンとは、この知性主義を土台にして、新たに感覚性、差異共振感覚を形成することを意味しよう。知性が支点になっていることに注意である。単に感覚・感性ではないのである。
 ということで、父権宗教=父権的同一性主義ということであり、古代ローマだけに根源を求めることはできないということになる。
 ただし、古代ローマにおいて、父権宗教=父権的同一性主義がきわめて強力にはたらいたと考えられるのである。だから、帝国主義になったと考えられるのである。古代ギリシアにあった父権主義と母権主義の両極性が破綻して、父権主義が中心化されたと考えられるのである。
 キリスト教とは、このような背景が生まれた宗教である。
 とは言え、実際は、父権主義の潮流と母権主義の潮流の衝突が続いていたと見るのが正しいのではないだろうか。そして、父権主義の方が主導的であったために、キリスト教といういわば折衷宗教が誕生したのではないだろうか。それがカトリック教会ということになるのである。
 飛躍するが、今日、この父権主義の主導性が崩壊したと考えられるのである。だから、新母権主義が主導的になると考えられる。ただし、父権主義の形成した知性、例えば、科学・技術は基盤となるのである。


共感覚とMedia Point:Media Point Proto-Sense原感覚と共通感覚
共感覚、つまり、ある感覚において他の別種の感覚が喚起される状態をもつ感覚であるが、これは、Media Pointの多様な相で説明できるのではないだろうか。(この問題で想起したのは、ベルリオーズの音楽の色彩感であった。それは、正に、共感覚で説明できる。私は美空ひばりの歌声に実に変化に富む音色を感じる。それも色彩である。)
 つまり、Media Pointは、差異共振エネルギーであり、これが、諸々の感覚の根源、いわば、原感覚であると考えられるからである。Media Point Proto-Senseが共感覚のベースであり、個別の感覚は、この原感覚を刺激して、他の感覚を想起すると考えられる。
 そうすると、アリストテレスの共通感覚と近いものになると思われるのである。

追記:いちばん言おうと思っていたことを忘れていた。先の大琳派展で、酒井抱一か鈴木其一かの紅葉の絵で、葉から優美な調べを聴くことができたのである。当然、共感覚であるが、私としては、差異共鳴感覚とでも呼びたい。絵画でも、差異と差異が共振すると、視覚的な美だけではなく、聴覚的な美、すなわち、音楽的な美が発生すると考えられるのである。

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 『共感覚者の驚くべき日常』(リチャード・E・シトーウィック著/草思社)という本がある。「共感覚」とは聞き慣れないだろうが、例えば以下のような話だ。

 ある心理学者は、「S」という名の患者をずっと研究し続けている。「S」は「記憶が脳から消えない」という驚異的な“症状”を抱えていた。

 〈二〇〇〇ヘルツの音を聞かせると、Sは言った。「ピンクがかった赤い花火みたいに見える。細長い色が、ざらざらと不快な感じで、味も悪い。塩辛いピクルスに似ている。(中略)触ると手が痛くなりそうだ」。

 彼はこの共感覚で、耳から入る音のそれぞれを−−母語であるか、理解できない言語であるかにかかわらず−−あざやかに視覚化できた。記憶されるものごとは自動的に、何らの努力もなく、視覚イメージに転換された。そのイメージは永続的で、最初の遭遇から何年もあとで思い出せた。彼の能力は特異的で、同じような刺激をあたえると、まったく同一の共感覚反応を生じた。〉

http://www.nikkeibp.co.jp
/article/column/20081023
106947/

齋藤孝の「3分間」アカデミー
人間の身体はすごかった!「情動」の驚異
〜感応バージョンその2
仕事に立ち向かう身体をつくる(5)

2008年10月24日

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共感覚
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索

共感覚(きょうかんかく、synesthesia, synæsthesia)とは、ある刺激に対して通常の感覚 だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚 現象をいう。 例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする。 英語名 synesthesia は、ギリシア語 で共同を意味する接頭辞 syn- と感覚を意味する aesthesis から名づけられた。感性間知覚。

http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E5%85%B1%E6%84
%9F%E8%A6%9A


「成る」と自然(じねん):PS理論における自発生成・形成
以下、ハイデガー研究者の木田元氏の「成る」の説明であるが、東洋・日本では、自然(じねん)であり、古代ギリシアでは、フュシスであり、両者は共通すると言えよう。(古代ギリシアは単に父権主義ではなく、母権主義が根底にあった。ディオニュソス文化である。日本では、造化という考えもある。)
 これは、仏教でも同じである。解脱、直覚、大悟がポイントである。
 とまれ、PS理論は、Media Pointを介した、「成る」論を緻密に説いている。思うに、「成る」とは自発ということに言い換えられると思う。例えば、「自発的対称性の破れ」における自発である。
 ところで、ついでに言うと、女性にはこの「成る」=自然(じねん)=造化=自発性が深く刻まれているように思える。男性は同一性主義となるが、女性は差異共振性を本来内在しているだろう。
 先にも述べたが、男性は、-iに傾斜していて、劣弱さから、反動化して、同一性主義になると思われるのである。女性は本来、+iと-iが均衡していると思う。それで、造化となるのである。女性が一般にオシャレ好きで、装飾本能があるのはここに起因していると思われる。
 そう、女性の問題であるが、自己認識が必要である。男性社会の同一性主義の発想に洗脳され、一種マインドコントロールされているのである。正に、女性の解脱が必要である。思うに、女性の方が仏教はわかりやすいのではないだろうか。男性は同一性主義で自我主義から抜けられないのである。

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―― 成るというのは、仏教的なものに通ずるような気もしますが。

 木田 いや、仏教的とは限りません。『古事記』の中でも「葦牙のごとく萌えあがるものによりてなれる」という言い方をしますよね。

 葦牙というのは葦の芽がばーっと成長する、あれはものすごく早い成長の仕方をするらしいけど、葦牙のごとく萌えあがるものによりて成るというものです。古代ギリシャのソクラテス時代の思想家たちも、やはりphysis(フィシス)というものは、自然というものはおのずから生成する、成るものなんだと。 phyenという言葉からphysisという言葉がきて、そのphyenというのは、花が開くとか、草が萌え出るとか、ですから植物的な生成になるものなのですね。だから仏教とは関係なさそうですね。

http://business.nikkeibp.co.jp/
article/topics/20081028/
175475/?P=4&ST=money
【ニュースを斬る】
シリーズ――ポスト・サブプライム(1)


麻生エンタメ政治:給付金大盤振る舞い:日本プレ・モダンとしてのトランス・モダン復興へ
これはいかにも選挙対策であり、また、定額減税を行いたくない、国家権力の意向である。
 根本的な経済対策をせずに、目先だけの対策である。これもエンタメ政治と呼べよう。
 また、衆院解散延期で、自民党の封建的近代主義のアンシャンレジームが継続する。いったん切断する必要がある。ただエゴイズムの惰性だけの政治である。
 私はあえて日本的プレ・モダンを唱える。何故なら、そこには、一種トランス・モダンの差異共振文化社会があったと考えられるからである。どうも、新室町時代に突入か?

定額減税、給付金方式へ変更 政府・与党、大筋合意(1/2ページ)

新総合経済対策の目玉である定額減税について、政府・与党は「給付金方式」に変更する方向で大筋合意した。減税方式では対象から漏れる低所得者層を救えるうえ、税法改正の手間も省けるためだ。ただ、納税者以外にも一律に配る形になるため、減税以上のバラマキと批判される可能性もある。
 
 自民党の保利耕輔、公明党の山口那津男両政調会長と与謝野経済財政相らが28日、この問題を協議した際、自民党側が給付金方式への変更を提案した。理由として、(1)減税方式では対象外になる課税最低限以下の人にも広く届く(2)国会での税法改正手続きなどが省け、より早く給付できる――などの長所を挙げた。
http://www.asahi.com/politics
/update/1029/TKY2008102
80431.html

与党に募る不満=展望なき解散先送り−首相決断

 麻生太郎首相が28日、衆院選の「11月18日公示−同30日投開票」を見送る意向を固めたのは、世界的な金融危機への対応を優先したためだ。同時に、今解散しても、与党で過半数を維持するのは微妙との情勢分析も背景にあるとみられる。しかし、準備を進めてきた自民党内の一部や公明党には不満が募るほか、解散先送りに反発する民主党が国会で対決姿勢に転じるのは確実だ。首相を取り巻く状況は厳しさを増しかねず、展望なき先送りと言えそうだ。
 「どんな困難があっても、解散しないで経済対策をやりたい」。自民党の大島理森国対委員長は28日、公明党の漆原良夫国対委員長と会談し、首相のメッセージを伝えた。首相としては、国内的には30日にまとめる追加経済対策の着実な実施により、対外的には来月15日に米国で開かれる金融サミットなど一連の首脳会議で積極的に発言することで、自らの指導力をアピールし、解散に打って出る環境を整える作戦とみられる。
 首相は当初、今国会での冒頭解散を念頭に置いていた。それを見送ったのは、9月下旬に自民党が実施した世論調査で、厳しい結果が出たのも一因だ。自民党選対筋は「今、衆院選をやればさらに悪い結果が出る」と分析しており、首相が今回、こうした状況も考慮したのは間違いない。
 もっとも、与党内では首相の判断を疑問視する声が少なくない。自民党町村派の中川秀直元幹事長は「何のために福田康夫前首相が退陣したのか」と首相を批判している。
 公明党も同様だ。28日の衆院議員団会議で対応を協議したが、出席者から「もうくたくただ」「納得する理由がないと早期解散の旗は降ろせない」と首相への不満が噴出した。
 与党内では衆院選の時期について(1)2009年度予算編成終了後の12月下旬解散、来年1月選挙(2)1月の通常国会冒頭解散(3)予算関連法案成立後の4月以降(4)9月の任期満了−などが取りざたされている。ただ、肝心の経済情勢が今後、上向く保証はない。こうした状況を踏まえ、早期解散を求めていた自民党の実力者の中からは「党内から『辞めろ』という声がいずれ上がってこないとも限らない」(参院幹部)と、「麻生降ろし」に言及する声も漏れ始めた。(了)
(2008/10/28-21:49)

http://www.jiji.com/jc
/c?g=pol_30&k=20081
02801046&j1


同一性主義と利己主義:同一性である欲望の同一性主義化=私利私欲化:差異維新へ向けて
この問題は愚問かもしれない。同一性主義と私的欲望主義の関係はいかにという問題である。
 同一性主義は他者を否定して、自己同一性=自我を中心化する。自我欲望はどう発生するのか。差異共振性は、純粋なエネルギーであるが、自我欲望は、そのエネルギーが変換された同一性主義の暴力エネルギーに結びついていると考えられる。
 つまり、簡単に言えば、欲望が同一性主義化されるということである。欲望は本来同一性である。それが、同一性主義化された欲望主義=私利私欲主義になるのである。
 日本の中枢的「指導層」は、このタイプである。差異維新、差異共振維新、トランス・モダン維新が必要である。


   




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