INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2008/10/02

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2008年10月02日(Thu)▲ページの先頭へ
検討問題:市場主義と同一性主義的金融資本主義:トランス自由主義とトランス市場主義
ポスト米国金融崩壊において、市場が問題にされている。国家規制、管理を説く論があるし、市場主義を肯定する立場も強く存在する。
 管見では、市場主義と同一性主義が混同されているように思えるのである。私は投機は原則的には禁止すべきだと思うが、市場主義は自由経済の要であると考えられるのである。
 ここでは何が問題になっているのだろうか。プラトニック・シナジー理論(以下、PS理論)から見ると、Media Pointの連続的同一性化が問題だと考えられるのである。即ち、差異と同一性との混同が問題であると考えられるのである。
 投機とは、差異という自由が同一性主義へと連続化したものと考えられる。自由主義は、差異という自由に基づくのであるが、それが、連続化のために、同一性主義になってしまうのである。
 だから、自由主義の脱連続化が必要なのである。新自由主義は、超連続化でしかなかった。いわば、トランス自由主義が必要なのである。その結果、資本は、差異共鳴志向性と同一性志向性の両極をもつことになる。だから、資本はトランス資本となる。
 そして、差異共鳴志向性のための、投資・融資は肯定されることになるし、また、同一性志向性のためのそれも肯定されることになる。だから、差異共鳴資本と同一性資本の両極が生じるのである。
 では、このとき、市場はどうなるだろうか。思うに、市場は、両極の資本(トランス資本)の転換する場となるだろう。
 わかりやすく言えば、差異共鳴資本とは、技術革新、医療・福祉・教育、文化・芸術、自然環境保持等を目的とするものである。そして、同一性資本は、生産・販売して、利益を得るものである。
 だから、トランス自由主義は基本的には二重経済である。そう、だから、市場はトランス市場となるのである。評価基準が異なるのである。正に、差異と同一性の二重基準なのである。
 今はここで留める。

参考:



エヴァ、ゲゼルの世界通貨案

エヴァと言ってもアニメではなく、ゲゼルのもう一つの代替案、世界通貨のことである。
以下、ゲゼル著相田慎一訳『自然的経済秩序』(ぱる出版p534)より
http://yojiseki.exblog.jp/7514115/
関本洋司のブログ


考察課題:差異感知性の形成の方法について:自我主義の崩壊による感性=差異の自己形成
以前にも触れたが、感覚、いわゆる、五感は、同一性と結びつきやすい。
 特に、視覚の場合、自己同一性化と結びつきやすいと考えられる。私は感覚と感性は異なると考えている。感覚は同一性と結びついたもので、いわば、同一性感覚/感覚同一性というものが考えられる。それに対して、感性は差異と結びついている。
 結局、両者の間には、本来、葛藤が生じるのであるが、近代主義は後者を抑圧して、同一性感覚を中心化している。
 感性=差異がどうして抑圧されるのかと言えば、近代的自我がそのようなものであるからである。感性=差異を否定して、同一性主義自己=自我主義を形成するのである。
 しかしながら、今日のようなハイパーの近代主義となると、否定された感性=差異は無意識化されてしまう。また、同一性主義にとって、感性=差異は恐ろしい敵のようなものである。強く言えば、殲滅すべき対象として、感性=差異は存しているのである。
 だから、感性=差異を取り戻すのは、個人にとっては、大変革である。それまでの、自我が崩壊する必要があるからである。しかし、自我の崩壊によって、感性=差異が出現して、基礎となるのである。
 現象学や芸術や宗教等は、本来、この感性=差異の目覚めを説くものであったろう。
 今はここで留める。

P.S. 先に検討問題としたが、鏡像「光学」について、検討する必要がある。この問題も中心的であり、精緻に解明する必要があるのである。
 ここで、一点をあげれば、鏡像に自己投影して、同化するときの「力」とは何かという問いである。
 ここで簡単に考えると、同一性志向性があり、それが、鏡像において、「自己」を映し、見いだすということではないだろうか。そう、以前よく用いた用語で言えば、連続的同一性である。連続的同一性の志向性がMedia Pointから発すると考えられるのである。
 そして、鏡像への同化であるが、この同化の力学・光学は何か、である。これは一種の一体感ではないだろうか。ここで、発生的に考えると、Media Pointにおいて、差異共振性がある。それは、即非様相をもっている。そして、連続的同一性志向性は、外的な同一性対象を求めているということではないだろうか。つまり、自身における同一性志向性は、同一性対象を求めるのであり、後者が鏡像であるということではないだろうか。
 これは、(+i)*(-i)⇒(+i)→(-i)⇒+1ということではないだろうか。(それとも、-1にすべきなのか。この点はおいておく。)
 +iが-iと連続化して、一致してしまう事態、これが鏡像自己形成ではないだろうか。ここでは、自己と他者が一致してしまう事態が生じているのであり、差異の喪失したまったく同一性の世界である。鏡像と同化する「力」であるが、それは、仮に、連続力と呼ぼう。それは、正に、外的現象力である。いわば、マーヤーの力である。映像力と言っていいが、外的映像力ないしは物質的映像力であり、夢のもつ内的映像力、ヴィジョン(精神)的映像力とは異なると思われる。
 とまれ、連続力が何らかの外的対象に結像することを求めると考えられる。そう、思うに、この連続力であるが、本来は、他者への志向性であるが、それが、同一性志向性へと変換していると思われるのである。
 つまり、他者志向性に裏打ちされた同一性志向性(連続力)であり、本来は他者志向性の帰結としての鏡像同化のはずである。
 本体は、差異共鳴性であるが、それが連続力のために、差異が同一性化するのである。
 思うに、ここにおいて、錯誤が生じているのである。つまり、差異と同一性とが一致するという混同が生じていると考えられるのである。これが、正に、連続的同一性である。上述した鏡像との一体感とは正に、このことを意味しよう。
 差異と同一性との一致・混同という錯誤ないし錯視、ここに、自我の根本問題があると言えよう。だから、例えば、精神と欲望の区別がつかなくなるのである。精神的心情と欲望の区別がつかなくなるのである。そして、ここで、独善性や利己主義が生まれるのである。
 差異のもつ倫理性が同一性の欲望と一致して、倫理と欲望の区別がつかなくなっているのである。
 私が近代的自我の狂気と呼んだものの実相はこのようなものである。そして、今日、これが、蔓延しているのである。
 ここで、省察・内省・瞑想の問題があるのである。差異と同一性を区別する能力の形成の問題である。
 ここで、唯物論に囚われると、不可能になる。ポイントは、特異性の保持である。自己に内在する特異性の心性を維持することである。ここが、自己の基盤なのである。正に、差異なのである。
 これは、正しくは、超越的なのである。そして、同時に、同一性的である。これを『般若心経』は色即是空、空即是色と簡潔に説いている。
 そう、唯物論を廃棄しなければ、この特異性心性さらには、差異共鳴心性を形成することはできない。つまり、精神性が物質性に対して、優位にあることを認めなければ、不可能であるということである。
 物質が精神に対して、優位になると、心性は同一性化されるのであり、特異性が自己中心主義になる。
 自己精神の本源性を認識することで、差異と同一性の区別が可能になりだすのである。
 では、自己精神の本源性にはどうやって気づくのだろうか。ここで、すぐれた芸術の効用があるのである。音楽であり、詩であり、小説であり、美術である。また、自然の効用である。そして、哲学であり、神話である。
 自己心性に潜在している精神の種を芽生えさせる必要があるのである。そう、精神の栄養を与える必要がある。自己精神涵養の必要である。
 しかし、今日、物質主義のために、自己精神は眠ったままである。この自己精神の発現があって、民主主義は生きるのである。トランス・モダン・デモクラシーである。


市場主義VS連帯主義:第三の経済:差異共鳴主義経済としての自由共同体主義
この問題は、PS理論において、根本的に追求したものである。自由主義と共同体主義との差異共鳴主義をPS理論は提唱するのである。
 後で考察を行いたい。

*******************


【米金融危機】問われる哲学 「市場主義」苦悶の姿
2008.10.1 21:02

 米国発の金融危機は、冷戦後のグローバル化に乗って世界に広がった米英流の「市場主義」のあり方そのものをも問い直す契機になろうとしている。欧米の指導者やメディア、識者たちは、市場を参加者の自由意思に委ねれば最善の結果が得られるという、この経済哲学の是非を盛んに論じだしている。

 「もし、まだ自由な市場の下での資本主義の崩壊を目撃していないとしても、われわれは間違いなく、過去20年にわたって米国で発展し、一部は英国でも取り入れられた、資本主義の特定の形が、最後の苦悶(くもん)にあえぐ姿を熟視している」。9月26日付の英紙インディペンデント社説(電子版)はこんな刺激的表現で、今回の危機の底流にある根本的問題をえぐってみせた。

 ここでいう「資本主義の特定の形」とは、減税や民営化を推し進めて「小さな政府」を実現、市場や産業への国家の介入を徹底して排し、大幅な規制緩和を実施して投資を呼び込むという経済政策だ。1980年代の世界を主導した米英首脳の名を取って「レーガノミックス」、「サッチャリズム」とも呼ばれた。

 とりわけ米国は、自由放任主義に軸足を置いた「市場主義」の効用を他国に説き回り、それは冷戦終結後の90年代に始まったグローバル化の流れとも相まって各国に浸透していった。その“伝道師”が今、政府系住宅金融2社を国有化し、不良債権買い取りのため最大7000億ドルもの税金をつぎ込もうとしている。米誌タイム10月6日号は、そんな米国の姿を、「フランス合衆国」と皮肉った。

 フランスは「市場主義」の波に洗われつつも、産業政策や福祉政策を重んじて米英と一線を画してきた欧州大陸諸国の中心にある。

 サルコジ仏大統領は「いかなるルールや政治的介入にも縛られないという、市場を絶対だとする発想はばかげている。市場は常に正しいという発想もだ」と述べ、「ともに規制された資本主義を再建しようではないか」と呼びかけている。

 9月28日付の米紙ニューヨーク・タイムズの社説(電子版)も「何十年にもわたって、規制に反対するレーガン革命の信奉者たちが重要な法律を排除し、必要とされていた規制の法令化を妨げ、法的な職権の行使を拒絶してきた」と、過剰な規制緩和策を批判している。

 だが、行き過ぎた「市場主義」への反動から、政府が必要以上に投資家への締め付けを強めることに対する警戒感も根強くある。

 27日付の英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は「自由な市場を称賛する」と題した長文の一本社説を掲げ、「具体的に批判すべきだ。『とめどない資本主義』だとか、『足かせをはずされた欲望』などというが、そうした言葉が具体的に何を指すのか明確にする作業を避けている」と、抽象的な批判に反論した。そのうえで、「市場の自由はイデオロギーではなく、仕組みであり、この200年間、その価値を繰り返し証明してきた。FTは今日もなお、市場の自由を支持する」とうたいあげた。

 30日付FTは、個人主義を尊ぶ米英と、社会における連帯に重きを置く他の欧州諸国やアジアとの価値観の相違も「市場主義」批判の背景にあると指摘する経済学者チャールズ・ウィプロス氏の寄稿を掲載した。

 FTはまた、「ニューヨークとロンドンを見限ってはならない」との同日付のコラムでも、(1)金融市場では英語が共通語だ(2)法人の権利を守る法が整っている(3)金融知識豊富な人材が集中している−との理由を挙げて、「次の30年は違ったものになるだろうが、ニューヨークとロンドンは復活する」と断言している。

(犬塚陽介)

http://sankei.jp.msn.com/
economy/finance/081001/
fnc0810012104022-n1.htm

MSN Japan


   




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