INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2008/09

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2008年09月18日(Thu)▲ページの先頭へ
サブプライムローンをガン細胞に喩え、それが、全身に転移して、御陀仏だと述べことがある。
以前、サブプライム問題で下した私の推測的診断であるが、サブプライムローンをガン細胞に喩え、それが、全身に転移して、御陀仏だと述べことがある。
 金融商品として証券化であるが、確かに、個々の証券のリスクが量的に小さくなったが、結局、質的リスクは変わらなかったのではないだろうか。そして、リスクが量的に小さいことを質的にリスクが小さいことと勘違いしたために、この「劇薬」を超大量に飲んでしまったのはではないだろうか。だから、そうならば、リスクは逆に、怪物的に巨大なものとなったと言えるだろう。

p.s. 今日の黙示録的時代であるが、以下の「東海アマチュア・・・」氏が述べることから思うと、生とは、ないしは、現世とは、修行・苦行の場であるということだと思う。一見理不尽なことで、そう、自分では分けのわからないことで苦しむ(又は、悲しむ)のは、身心骨髄に徹した差異共鳴叡知を得るためである。利己主義を徹底的に削ぎ落とすためである。そう、伝統的な意味での、乃至は、心理学者ユングが説く錬金術である。身心の錬成である。超絶的苦を通して、介して、叡知を身心に彫刻するのである。そこから、利己主義文明を乗り越えた叡知文明が生まれるのである。宝瓶宮文明とはそのように到来するのだろう。

警句:苦とは神の愛である。


参考:
錬金術
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索

錬金術(れんきんじゅつ、Alchemy)とは、最も狭義には、化学的手段を用いて卑金属 から貴金属 (特に金 )を精錬しようとする試みのこと。

広義では、金属に限らず様々な物質や、人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みを指す。錬金術の発達の過程で、硫酸 ・硝酸 ・塩酸 など、現在の化学薬品の発見が多くなされ、その成果は現在の化学 (Chemistry) にも引き継がれている。歴史学者フランシス・イェイツは16世紀の錬金術が17世紀の自然科学を生み出した、と指摘した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9
%8C%AC%E9%87%91%E8%A1%93



参考:

錬金術
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索

錬金術(れんきんじゅつ、Alchemy)とは、最も狭義には、化学的手段を用いて卑金属 から貴金属 (特に金 )を精錬しようとする試みのこと。

広義では、金属に限らず様々な物質や、人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みを指す。錬金術の発達の過程で、硫酸 ・硝酸 ・塩酸 など、現在の化学薬品の発見が多くなされ、その成果は現在の化学 (Chemistry) にも引き継がれている。歴史学者フランシス・イェイツは16世紀の錬金術が17世紀の自然科学を生み出した、と指摘した。

http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E9%8C%AC%E9%87%9
1%E8%A1%93


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米モルガン:ワコビアと合併協議 金融再編が活発化

 【ワシントン斉藤信宏】米証券大手モルガン・スタンレーが米金融大手ワコビアと合併に向けた協議に入ったと、複数の米メディアが17日報じた。経営危機に陥っている貯蓄貸付組合(S&L)最大手のワシントン・ミューチュアルも事実上の「身売り」に向けて複数の大手金融機関と接触を始めたという。米金融市場で信用不安が深刻化する中、金融機関の再編に向けた動きが活発化してきた。

 報道によると、モルガンはワコビアのほか複数の金融機関に合併を打診しており、条件が折り合った段階で本格交渉に入る方針。米証券大手のうち破綻(はたん)や買収を免れ、独立して存続しているのはモルガンとゴールドマン・サックスだけで、17日のニューヨーク株式市場では2社とも株価が大幅に下落した。

 ワコビアも低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)関連の損失が膨らんでいることから株価が下落している。証券大手リーマン・ブラザーズの破綻後、市場の圧力にさらされている両社が、生き残りをかけた再編を模索しているとみられる。

 一方、株価が2ドル台に低迷しているワシントン・ミューチュアルはゴールドマンに身売り先探しを依頼、米金融大手シティグループなどが関心を持っているという。

http://mainichi.jp/select/world/news
/20080918k0000e020030000c.html

参考1:転載被許可記事

★ 2008年9月18日 木曜日  7時半更新

 当地は久しぶりの雨、携帯メールブロッキング、ガイガーカウンター数値、10分平均1割マイナス、掲示板に鹿児島上村さんの危険レポートなどあり、大阪からも超大型接近宏観レポート。
 1週間ほど外出していたので、宏観状況は確認できていない。上の電波掲示板にも目立った異常伝播が報告されていないが、東北における宏観は、岩手〜北海道方面の超大型発生を疑わせるものだった。また山野井君を襲ったように、熊の出没被害激増、こうした状況はスマトラ前に酷似している。


■ リーマン破綻の影響について 評論家須田慎一郎氏コメント (ラジオ番組、宇宙の法則研究会御協力)

■ 救済によってもAIG破綻は避けられない!
 【ネバダ引用: 今、金融市場では【リーマン】・【AIG】に続く餌食を探していますが、その候補は以下の会社です。<日本時間午前1時半時点>
【シティ】       $13.35(−15%:安値更新)【モルガンスタンレー】 $17.75(−38%:安値更新)
上記巨大金融会社2社が市場の餌食になりつつあり、今や金融市場は異常な"興奮"につつまれています。
しかしながら市場はわかっていません。自分達が何を行っているのかを。ひとつ、そしてまた一つと巨大金融機関を"食べて"いけば確かに自分達は美味しい思いをするでしょうが、最終段階では食べ過ぎて動けなくなり、そこに巨大津波が襲い、窒息死することになるのです。ところで、今日、肝心の【AIG】株ですが、45%以上も暴落しており、$2.06となっており、終値でも$1台に落ち込むこともあり得ます。そうなれば【AIG】を救うことは不可能であり、米国政府はメンツをつぶすことになり、世界は【AIG】の破綻に震撼することになります。今日のNY市場の引け値は今後の動向をすべて語ってくれます。】

● 大恐慌こそ最高の金儲けどき! と喜悦しているみなさん(松浦民輔が自慢げに言った)
 上のネバダの指摘の意味が分かりますか? あなたが喜んで食べている美味しい獲物、食べ進むうちに、その正体が見えてきた。そう、それは自分自身の体だったのです。金儲けを唯一の価値と勘違いして、他人を出し抜いて狂奔してきた人たちが本当に食べたもの・・・・・ それは恐ろしい怪談になりそうです。 (-_-)


● 余談 今後、社会はどのように遷移するのか?

 リーマンに続いてAIG・USB・フリディ&マック・メリル・シティ・GM・フォードの破綻は、その額の巨大さから、いかなる救済も不可能であって決して避けられない。これが金融市場を知る者の常識である。もはや一政府ごときが、知恵を絞り出してなんとかできるレベルではない。
 この結果、証券・金融市場が閉鎖され、世界的な再編、都合の良いルール変更が行われるはずだが、それも成功しないだろう。各国の利己主義が衝突し、妥協など不可能であって、結局、軍事的対立を煽る結果にしかならない。

 世界を影で支配し続けてきたユダヤ資金集団、ロスチャイルド・ロックフェラーたちも、この大恐慌で致命的な深手を負ったはずだ。密かに集め続けた財産の大半が蒸発してしまったのだ。
 もとより、この恐慌の原因を作ったのは、彼らユダヤ秘密結社が、世界中のカネを独占し、全人類をユダヤの家畜として支配を目論んだ陰謀が、それ自身の矛盾によって破綻したということなのだ。世界を作っているのは一人一人の幸福へのモチベーションであるというのに、世界中の人々を不幸に追い込み、世界を支えてきたモチベーションを根底から破壊したことにより、ユダヤも、その基盤を失ったという、あまりに壮大で、あまりに滑稽な喜劇になったわけだ。
 つまり、彼らは金儲けのうまいエサを食べ続けた結果、それが自分自身の手足そのものであったことに気付かなかったということなのである。

 しかしながら、この大恐慌で起きる事態は、世界中の人々を巨大な地獄に貶めるものだ。莫大な数の人々が、戦火のなかで、もだえ苦しんで死んでゆかねばならない。
 世界中の財産が消滅し、あらゆる虚構が消滅するのだ。人々は人間の本当の実体が何であるのか思い知るときまで、喪失の悲劇を味わい続けることだろう。権威や金儲けが唯一の価値だと勘違いしてきた人たちの目が覚め、鱗が落ちるそのときまで、地獄が続くのである。
 だが、ある日、人々は、人生の本当の意味、真実の価値が、苦難に対して連帯して立ち向かう、そのプロセスにあることに気付き、その瞬間から人類社会の再生が始まると信じている。

 今後、年末までに、日本も含む世界中の金融機関が倒産・凍結に追い込まれるだろう。このため、世界中の企業が連鎖倒産し、生き残った企業、組織体も大きな痛手を負うことになる。
 しかし、人間が生きているうちに、その社会を支える経済が必要になるわけで、これまでのように、一部の人々が特権を手中にし、その欲望を満たすために経済社会を利用するということは不可能になる。 ただ、人々の生活を支えるために、人の善意を流通させるシステムが生き残るだけだ。

 今後、世界的な為替・金融システムが崩壊するため、国際貿易は凍結され、鎖国経済の様相を示すようになる。しかし、衣食住の必然的な需要から、第一次産業を中心とする国内産業が活性化し、当分の間、流通網は生き残り、より合理的な規模の小さいシステムに遷移してゆくだろう。
 若者の多くが、農業共同体に吸収され、第一次産業が半世紀ぶりに息を吹き返すことになる。次に死滅しかけた衣料産業も復活するだろう。

 流通の基本システムは、再び鉄道輸送が復活し、自動車は燃料確保の困難さから衰退することになる。本当に必要なものだけしか自動車を使えないことになるだろう。代わりに爆発的に伸張するのが自転車である。
 もちろん、日本は山国なので電動自転車に頼ることになり、そのインフラである太陽光発電と自転車道路網の建設が進むだろう。シャープやサンヨー電気が大躍進を遂げるだろう。

 商品流通は、基本的にインターネットによる通販が主流になるだろう。ネット販売は、店舗や雇傭などの面倒が少なく、必要なインフラはネットだけで、後は流通業者が主役となる。他の販売店舗主体の事業者よりも圧倒的に有利であって、スーパーなど大規模店が個人商店を駆逐したように、今度は個人ネット業者が大規模店舗販売システムを淘汰する結果になるだろう。

 つまり、世界は、電動自転車と太陽光発電、インターネットと農業の世界へと変わると予想している。
 さらに、ネット社会によって国境の塀はますます低いものになり、外国人の流入が激増するだろう。やがて日本列島の主役は中国人になると、これまで繰り返し指摘してきたが、あらゆる形で中国人の流入が加速するはずだ。
 これは社会的エントロピーの法則による自律的推移の必然性であって、意図的にどうにかできるものではない。つまり、水が高いところから低いところに流れるように、社会も、貧しい者は豊かなものを目指すのであり、これが社会のモチベーションとなるのだ。

 今後、世界人民の娯楽は、スポーツ以外には、登山ハイキング・温泉湯治が主流になり、日本の温泉地が中国人などに次々と買収され、日本は観光王国になるだろう。日本は、世界人民の標準的生活・娯楽を模範として示す地域になるはずだ。


書きかけ
http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/yoti01.htm

東海アマチュア無線  地震予知研究会

参考2:
09/18/2008
闇の向こうには朝日が近い

アメリカ政府がAIGを救済したが、当面の止血策にすぎない。実際は大勢の解約者が出ており、いずれは破綻するのが目に見えている。アメリカが倒産することにより日本株の投売りなど、当然暫くの間は打撃を受けるだろう。
BenjaminFulford 

参考3:転載被許可記事
◆ 2008/09/18(木) 「焼け石に水」というか「おぼれる者にワラ」
 アメリカ合衆国は,自壊し,自滅していくだろう.
 世界一豊かな金持ち国家,史上最強の軍国主義国家.世界中をアメリカ文化で染め(アメリカナイズ),世界中の知識人が憧れた,…あのアメリカが崩壊していくのだ.
 それにしてもなさけない!
 絶対に破綻させてはいけないリーマンを救えず,AIGを救おうとしたが,救済資金がたったの9兆円では「焼け石に水」というか「おぼれる者にワラ」.
 田中 宇 ではないが,アメリカは自滅したがっているようだ.
 事実は,金融危機に対処する資金と能力がなくなった,という国家としての末期症状だ.
 アメリカ (とアメリカの植民地・日本)の没落は,既定の路線になった.
 そして,経済恐慌がはじまった! …こう思ったほうがいい.
 どうしたらいいか?
 簡単だ.耐乏生活を覚悟して,平常心でいることだ.たまげることは何もない.
 あ,株は絶対に買ってはいけない! (…と,もう半年以上も前から叫んできた.)
 「アメリカ経済は大丈夫,もうすぐおさまる」…といった御用学者の評論は無視して,
 『金融危機時の賢い世渡り法』 などを,もう一度読んでほしい.
.
 ともかく,今となってはアメリカ経済の末期症状をなおす特効薬はない.
 ただし,恐ろしい劇薬がある.
 戦争とテロだ.
 突如,イスラエルがイランを爆撃し,戦争状態になる.
 羽田発大阪行きのJAL機,成田発上海行きのANA機が同時にハイジャックされて,
そのまま東京と横浜の人口密集地帯に墜落・炎上・爆発する…
 (パパブッシュとCIAが得意な)911自作自演テロの再現だ.
 苦境から脱出するために,アメリカは何でもやる.何でもやってきた.
 おそろしい国である.自滅・自壊したほうがほうがいいのだ.
http://www.geocities.jp/o1180/index.html
飯山一郎の小さなHP:低下低下=てげてげ

参考4:
米国金融産業のメルトダウン - オルトAと商業用不動産の危機へ
NY株が昨日(9/17)、また大きく値を下げた。米当局によるAIGに対する救済措置が発表され、一日だけ安堵感が漂ったが、すぐに信用不安が再燃してパニック的な株の投げ売りとなった。証券大手のUBS(スイス)に不安説が出ている。
http://critic5.exblog.jp/9520862/
世に倦む日日


2008年09月17日(Wed)▲ページの先頭へ
私説:アメリカ経済破局は、ユダヤ・キリスト教西洋文明の終焉を意味しているのではないのか
私は、哲学・神話学的見地から、これまで、ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明を唱えてきたし、最近はそれを、トランス・モダン文明への転換と考えている。
 さて、リーマン倒産に発するアメリカの経済大危機(破局)であるが、これは、文明・文化論的には、ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明を象徴するターニング・ポイントのように思える。
 私は哲学的に同一性主義を徹底的に批判してきた。ポスト・モダン哲学においては、デリダが同一性主義を脱構築した。しかし、脱構築主義は、同一性主義(ロゴス中心主義)を否定するだけでなく、同一性も否定してしまったと私は考えている。そうすると、すべての現象が否定されてしまい、一種のニヒリズムに陥ると考えられる。
 しかし、PS理論は、差異と同一性の即非様相を説くのであり、同一性を否定してはいない。同一性は認めるのである。例えば、簡単に言えば、眼前の建物は建物として認めるのである。
 とまれ、本題にもどると、リーマン倒産であるが、それは、資本主義における同一性価値を中心化して、同一性主義から生じたものと考えられるのである。
 デリバティブ等の金融商品であるが、それは、結局、同一性価値を追求するもので、同一性主義と考えられる。そして、何故、同一性主義が肯定されるのかと言えば、それは、文明・文化的に、ヤハウェ的一神教が基盤にあるからと考えられるのである。ヤハウェ的一神教が同一性主義を支えていると考えられるのである。
 ということで、簡単ではあるが、リーマン倒産とは、ユダヤ/キリスト教的価値観の破綻と考えられるのである。より精緻に言えば、ヤハウェ的同一性主義の崩壊である。
 このように見ると、リーマン倒産は、西洋文明の崩壊を意味すると考えられるのである。ヤハウェ的西洋文明の帰結として、リーマン倒産が考えられるのであり、その意味から、ポスト・アメリカ/西洋文明が考えられるのである。
 私はこれまで、同一性主義資本主義を乗り越える、差異共鳴的資本主義を唱えている。わかりやすく言えば、金儲けではなく、差異共鳴価値のための経済になるということである。金儲けはそれに包摂されなくてはならないのである。
 
参照:

米ゴールドマン:6−8月70%減益−助言やトレーディングが不振(2)
米証券大手ゴールドマン・サックス・グループが16日発表した2008年6−8月(第3四半期)決算は、前年同期比で70%の減益となった。M&A(企業の合併・買収)助言手数料や株式トレーディング収入の減少で、株式公開以来の9年で最大の減益幅となった。
リーマン破たんの影響が全国規模で波及−取引総額2600億円(表付)
米AIG、増資失敗すれば17日に破産法適用申請へ−CNBC
http://www.bloomberg.co.jp/
Bloomberg.co.jp


参考1:

安部芳裕の新著「金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った」のご紹介

反ロスチャイルド同盟の主催者、安部芳裕氏の新著『金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った』が発売されました。お金の仕組みと世界の構造を解き明かし、この行き詰った世の中をどのように変えてゆけば良いのかを提案している渾身の力作だそうです。
安部氏は秘密政府の研究に徹底している人物であり、この本をベストセラーにすることにより、隠された真実を多くの人に知ってもらい、ニュー・ワールド・オーダー・グループの支配計画を頓挫させ、希望ある未来が開かれることを望んでいます。
皆様のお力で是非ベストセラーに押し上げていただけ幸いです。宜しくお願いいたします。

(※ちなみに、このタイトルは出版社がつけたもので、実際はロスチャイルドが金融のしくみを全部つくったわけではありません。出版社からすれば、そう思えるぐらい影響力が強いというところを強調したかったのでしょう。ですから、このタイトルだけは事実ではないという点をご了承いただきたいそうです。)
金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った (5次元文庫 あ 3-1)

BenjaminFulford 


参考2:

★ 2008年9月16日 火曜日 10時更新

・・・・・

● 余談  二極化社会の到来

 リーマンの倒産が、アメリカのみならず、世界の資本主義体制を根幹から揺さぶっている。おそらく、年内にも世界規模で、先進国、資本主義国家の主要な産業は、金融封鎖により当座融通資金を失い、壊滅的打撃を受けて大混乱に突入するであろう。無傷ですむような企業は一つもない。あらゆる個人、組織が、倒産連鎖により取り返しのつかないほど深い痛手を負うことになる。
 1929年の大恐慌が第二次世界大戦を呼んだように、今度の大恐慌も確実に第三次世界大戦を引き起こさずにはいられない。この必然的なプロセスの中で、人類の数分の一が死滅するほどの巨大な淘汰の時代がやってくるに違いない。世界は大恐慌・大淘汰の時代に突入したのである。

 このとき、これまで社会の景気高揚に隠れて見過ごされてきた一個の人間としての姿勢が、あらゆる形で問われることになる。いかなる権威・組織・伝統も個人を守らず飾ってくれない時代がやってくるのだ。誰一人、幻想・権威・資金・資材の影に隠れて自分を塗りつぶそうとすることなどできない。生身の弱い肉体、愚かな心を持った究極の人間性が問われるのである。
 このとき、何をよりどころに生きているのか? この志操によって、その人の色彩が明らかとなり、人は選ばれることになるだろう。

 すなわち、人は天国に生きるのか? それとも、地獄に生きるのか? 選ばれ振り分けられることを覚悟しなければならない。
 年末には、仕事を奪われ、預金を奪われ、年金を奪われ、今日の食事にすら窮する人々が大勢現れ、街頭に餓死者の遺骸が散乱する事態になりかねない。今の日本政府に、大混乱を阻止し、安定した社会体制を確保できる実力は存在しない。
 また韓国やフィリピンなど、東アジアの小国のデフォルトも避けられず、その波及連鎖によって日本政府もデフォルトに追い込まれると見ている。

 こうなれば、衣食住の最低限を確保することが主題の難民生活が始まるわけで、人間同士が、すべての見栄や批判を捨てて助け合って、支え合って生きてゆく以外に生き延びるすべがない。ここに、助け合いの温かい心に天国が成立するのである。
 一方で、人を出し抜き、騙して、人の愚かさを嘲笑して、豪邸・高級車・ブランド三昧の豪奢な生活に酔いしれてきた人たちの運命はどうなるだろうか?
 この人たちには、もはや人が支え合って生きてゆくビジョンなどかけらも見えないだろう。特権階級の幻想から醒めることもできず、自分が弱いタダの人にすぎない現実も最期まで認めることができないだろう。
 これこそ、まさしく地獄の顕現に他ならない。自分だけが他人を出し抜いて、騙して蓄財にひた走り、高笑いして特権を謳歌してきた人たちが、突然、助け合って支え合って生きることなど、「ラクダが針の穴を通るより難しい」のである。他人には決して与えず、奪うことしか知らない人たちが、温かい心を取り戻すには、究極の地獄を経験し、凄まじい苦悩にのたうちまわって人生の真理を思い知るしかないのである。これを地獄と呼んでいる。

 人々は、天国か地獄か、どちらに生きるのか? 選ばなければならない。
 もちろん、日本では、すでに地獄にいる人たちが大部分であって、彼らは人助けを軽蔑する故に、自分をも助けることができない。過ちを犯した人たちを死刑によって殺せと要求してきた人たちは、今度は、生き延びるために過ちを強要される人生を体験することになるだろう。それを決して許さなかったのだから、今度は、自分自身に死刑を求めるしかないのだ。
 人の過ちを自分自身のこととして許容し、その再生、更正を願ってきた人たちは、最低限の衣食住に満足し、同じ志操を持った人たちと支え合って生き抜いてゆくことができるだろう。人間にとって、困難を克服するということは本当に楽しく充実した人生なのだ。助け合う人々は天国に生きることになるだろう。
  我々は、どちらの人生を選ぶのか? 選択を迫られているのである。
 
 年末には、その分岐点がやってくる。都市は地獄になるだろう。人々は争い、奪い合い、殺し合うことになるだろう。店という店、企業という企業がやらずぼったくりの詐欺商売を始めることになる。少しでも資産を持っていれば、すべて奪われることになる。
 もう、まっとうな人間性を愛する者たちは都会で生きてゆくことなどできない。都会はマッドマックスの世界だ。だから田舎に行くしかない。それも遠い過疎の田舎に行って、友と一緒に見捨てられた畑を耕し、芋を作り、最低の自給自足生活に甘んじなければいけない。
 贅沢を愛する者が生き延びる余地などどこにもない。最低の生活に人生最高の価値を見いだせる者だけが生き延びることができるのだ。
http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/yoti01.htm

東海アマチュア無線  地震予知研究会



私論:アメリカの経済危機は、ユダヤ・キリスト教西洋文明の終焉を意味しているのではないのか
私は、哲学・神話学的見地から、これまで、ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明と提唱してきたし、最近はそれを、トランス・モダン文明へと転換と考えている。
 さて、リーマン破綻に発するアメリカの経済大危機であるが、これは、文明・文化論的には、ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明の象徴するターニング・ポイントのように思える。
 私は哲学的に同一性主義を徹底的に批判してきた。ポスト・モダン哲学においては、デリダが同一性主義を脱構築した。しかし、脱構築主義は、同一性主義(ロゴス中心主義)を否定するだけでなく、同一性も否定してしまったと私は考えている。そうすると、すべての現象が否定されてしまい、一種のニヒリズムに陥ると考えられる。
 しかし、PS理論は、差異と同一性の即非様相を説くのであり、同一性を否定してはいない。同一性は認めるのである。例えば、眼前の建物は建物として認めるのである。
 とまれ、本題にもどると、リーマン破綻であるが、それは、資本主義における同一性価値を中心化して、同一性主義から生じたものと考えられるのである。
 デリバティブ等の金融商品であるが、それは、結局、同一性価値を追求するもので、同一性主義と考えられる。そして、何故、同一性主義が肯定されるのかと言えば、それは、文明・文化的に、ヤハウェ的一神教が基盤にあるからと考えられるのである。ヤハウェ的一神教が同一性主義を支えていると考えられるのである。
 ということで、簡単ではあるが、リーマン破綻とは、ユダヤ/キリスト教的価値観の破綻と考えられるのである。より精緻に言えば、ヤハウェ的同一性主義の崩壊である。
 このように見ると、リーマン破綻は、西洋文明の崩壊を意味すると考えられるのである。ヤハウェ的西洋文明の帰結として、リーマン破綻が考えられるのであり、その意味から、ポスト・アメリカ/西洋文明が考えられるのである。
 私はこれまで、同一性主義資本主義を乗り越える、差異共鳴的資本主義を唱えている。単純に言えば、金儲けではなく、差異共鳴価値のための経済になるということである。金儲けはそれに包摂されなくてはならないのである。


2008年09月16日(Tue)▲ページの先頭へ
年長の銀行家達は数ヶ月(何ヶ月)において米国の1000に及ぶ小さな地方銀行が破算すると信じている
年長の銀行家達は数ヶ月(何ヶ月)において米国の1000に及ぶ小さな地方銀行が破算すると信じている

テーマ:超破局/超世界恐慌/超大洪水時代

『Senior bankers in the US believe that up to 1,000 small regional American banks may fail in the coming months. Well-placed sources now believe that the US Government would now allow a retail bank to go bankrupt.』
http://www.telegraph.co.uk/money
/main.jhtml?xml=/money
/2008/09/15/bcnmeltdown115.xml
と年長者の銀行家たちが、来る数ヶ月(何ヶ月)において米国の1000に及ぶ小さな地方銀行が破算する信じていると述べているが、これでは、恐慌になるのではないだろうか。


2008年09月15日(Mon)▲ページの先頭へ
デリバティブの問題を考察している記事である:PS理論的資本主義経済哲学の奨め
デリバティブの問題を考察している記事である。後で拝読。
 一つ言えるのは、グローバリゼーションにおける能天気な新自由主義の発生である。問題は、資本主義とは、差異的価値と同一性主義価値との矛盾経済であることを認識していない「能天気さ」にあると思われるのである。
 この矛盾を看過して、同一性主義価値を盲信・妄信・狂信したのが、新自由主義であると考えられる。これまで、何度も述べてきたように、資本主義のコアには、差異的価値、差異共鳴的価値があるのであり、その結果が同一性価値=交換価値であり、この結果を中心化すると、コアが破壊されてしまうのである。つまり、同一性価値主義にすると、エントロピーが増加して、経済の生命が破壊されるのである。
 そう、原理的には、資本主義経済の哲学の欠落があると言える。「哲学の貧困」があるのである。PS理論は、実に簡潔に資本主義哲学を説いている。
 

Wall Street crisis: Is this the death knell for derivatives?

On page 62 of last year's accounts, under the heading "off balance sheet arrangements" Lehman had derivative contracts with a face value of $738bn

http://www.guardian.co.uk/
business/2008/sep/15
/lehmanbrothers.wallstreet


参考1:

転載被許可記事

★ 2008年9月15日 月曜日 19時更新

 昨日14日は、鳥海山に登山していた。滝ノ小屋コースを朝5時に出て行くと、午前7時頃、河原小屋付近で凄い地鳴りを聞いた。おおむね1時間近くもゴロゴロドンドン(ときに地を揺るがすようなゴーゴー音)と続いた。 地鳴りは、地面が鳴っているように思うが、筆者のこれまでの観察によれば、地鳴りでなく空鳴りである可能性が強いと思う。つまり雷に近い空電の音だろうと思う。震源地周辺のピエゾ電荷が誘導電荷を作り出して空中放電するのである。その証拠に、夜間の地鳴りには必ず放電発光現象を伴っている。
 さらに、写真に撮影し損ねたが、大規模な断層状雲と、相当に激しい赤焼け、を伴う核爆発のような雲を鳥海山より岩手県方面に確認した。
 これらは、数日中に、東北北部方面に大型地震が起きる前兆と判断している。岩手の超大型余震か、別のM6超級地震が迫っているように思える。

■ リーマンブラザーズ倒産
 昨年6月段階で危機を指摘され、昨年末には倒産の可能性が強いと報じられてきたリーマンが、ついに倒産した。債権規模はベアスタンを上回り1000兆円を大きく超える、そして、何よりも、郵貯・年金資金運用預託先の最大手であり、日本政府や郵貯銀行・簡保の損失は、100兆円を超える可能性がある。これで、年金資金が壊滅したと考えるべきだろう。次はメリル、シティ・AIG・UBS・GM・フォードと指摘されているが、もちろん、繰り返してきたように世界資本主義の根底的崩壊を避けることなど絶対にできない。

■ ファニー&フレディは?
【米住宅公社対象の信用デリバティブ、前倒し清算で巨額損失も(日本経済新聞) 【ニューヨーク=山下茂行】米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)を対象にした信用デリバティブ(金融派生商品)の前倒し清算に絡んで、世界の金融機関に巨額の損失が発生する可能性が出てきた。損失は数百億ドル規模にのぼるとの見方も浮上している。一部の日本の金融機関も取引しているとみられるが、実態は把握しきれず、実際の影響は不透明だ。 業界団体の国際スワップ・デリバティブズ協会(ISDA)は8日、公的管理の決定を受けた住宅公社の債券を対象とするクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)などを前倒しで清算すると決めた。(09:27) 】

 ● 他人事と聞き流さないでもらいたい。上の記事による、日本政府の負担、すなわち、日本国民一人一人に押しつけられる負担は、一人100万円の単位になると思っていただきたい。郵貯・年金、銀行預金の投資運用によって、日本人は一人100万円規模の新たな借金を背負い込むのである。これらの損失により、日本政府・銀行は100兆円を超す損失を被った。100兆円を1億人で割れば? 100万円なのだ。
 これは、日本国民がどのように支払うか? というと、今後、受け取るべき年金がもらえなくなる、という形で支払うのである。ちなみに、年金受給資格者あたりの負担額は300万円を超すはずだ。なお、100万円ですむと思うのは甘い。最終的には、300兆円規模の損失となる可能性が強い。勤労者一人あたりの負担額は1千万円に上ると思うべきだ。このカネが、日本人の資産が、アメリカ投機会社の陰謀によって空中に消えたのである。
http://www1.odn.ne.jp
/~cam22440/yoti01.htm

東海アマチュア無線  地震予知研究会

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参考2:
リーマンの破綻、米金融の崩壊
2008年9月15日  田中 宇

 9月14日、アメリカで4番目に大きな投資銀行であるリーマンブラザーズが破綻した。リーマンは、米の不動産相場の悪化を受けて商業不動産関連投資の損失が拡大し、デリバティブ資産の価値も下落し続けていた。今週末、他の金融機関に買収してもらうことで破綻を回避しようとしたが、失敗した。リーマンの持ち株会社は15日未明(日本時間15日午後)、破産申請することを発表した。(関連記事その1、その2)

 14日夜、ニューヨークのリーマン本社ビルからは、社員たちが次々と大きなカバンに書類を詰めて持ち出した。本社前に集まった報道陣から、立ち去る社員たちに対し、カバンの中の大量の書類は何かと質問が浴びせられたが、箝口令が引かれており、誰も答えなかった。会社側の指示で、重要書類(倒産後、法的な問題となりそうな取引の書類?)を家に持ち帰って焼却処分するのかもしれない。リーマンのような投資銀行は、当局の監督をほとんど受けていないので、証拠となる取引書類がなくなれば、不正行為があっても暴露されないまま倒産できる。(関連記事)
http://tanakanews.com/080915Lehman.htm



ウォール街の「最後の審判」とトランス・モダン文明への大転換
ウォール街の「最後の審判」とトランス・モダン文明への大転換

テーマ:超破局/超世界恐慌/超大洪水時代

いよいよ、「最後の審判」が近づいた。しかし、これは、近代主義の「最後の審判」であり、トランス・モダンの日の出である。

参照:

『米金融・債券市場展望=金融システムの安定策に関心集まる
・・・・・

マクドネル・インベストメント・マネジメントのポートフォリオマネジャー、ジム・グラボバック氏は「信用収縮は終わりに近づいているというのは希望的観測だ。今年初めに考えていたよりも、終わりはずっと先のことになりそうだ。市場のレバレッジ解消の動きに沈静化の兆しは見られない」と言明した。

 ウォール街の銀行マンは誰も、自身のキャリアの中で、金融機関がこれほどもろく、融資市場がこれほど機能しなくなった時期を経験したことがない。

 米住宅市場の低迷や景況感の落ち込み、失業率の上昇を考えると、現在の筋書きは大恐慌以来最悪の不況になる恐れを示している。

 銀行と景気に対する見方は一段と厳しくなっており、米金融当局が現行水準の2%以下に金利を引き下げるとの見通しが強まっている。

 サリバン氏は「これらの問題は非常に根が深く深刻なため、当局が金融システムへの流動性供給を強化する必要性が出てくるかもしれない。これにはフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標引き下げも含まれる」と述べた。』
http://jp.reuters.com/article/
topNews/idJPJAPAN-33746
720080915

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After Frantic Day, Wall St. Banks Falter

In one of the most dramatic days in Wall Street’s history, Merrill Lynch agreed to sell itself on Sunday to Bank of America for roughly $50 billion to avert a deepening financial crisis, while another prominent securities firm, Lehman Brothers, said it would seek bankruptcy protection and hurtled toward liquidation after it failed to find a buyer.
http://www.nytimes.com/
2008/09/15/business/
15lehman.html?hp


ポスト麻生と「構造改革」路線と差異共鳴的変革路線
ポスト麻生と「構造改革」路線と差異共鳴的変革路線

テーマ:福田政権とポスト福田

これでは、「構造改革」路線と旧弊の近代主義的公共投資借金路線の「野合」であり、水と油ではないだろうか。これは、解体するだろう。「構造改革」路線の復活は考えられてくるだろう。
 衆民が、脱「構造改革」路線、差異共鳴的変革路線を選択することができるかが岐路である。

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小池氏は重要閣僚、石原氏は党要職に…麻生氏構想

9月14日3時3分配信 読売新聞

 自民党総裁選で優位に立つ麻生太郎幹事長は、次期首相に就任した場合、総裁選を争う小池百合子・元防衛相ら4候補すべてを閣僚か党役員に起用する意向を固めた。

 麻生氏周辺が13日、明らかにした。小池氏は重要閣僚での処遇、石原伸晃・元政調会長は幹事長など党の要職での処遇を検討している。与謝野馨経済財政相は再任か他の閣僚への横滑り、石破茂・前防衛相は閣僚への起用が有力だ。

 麻生氏は総裁選で、国会議員票の過半数を固めている。地方票も優位に立っているとみられ、新総裁に選ばれるのは確実な情勢となっている。

 麻生氏に近い議員らによると、同氏は「総裁の座を堂々と争い、結果が定まれば、新総裁のもとで一致団結するのが党の良き伝統だ」とし、挙党体制を築くため、4氏を閣僚や党の要職に起用する考えだという。

 麻生氏は総裁選の勢いを維持して衆院選を戦う狙いから、「10月3日衆院解散−10月26日衆院選」という早い日程を念頭に置いている。総裁選を戦った小池氏らを起用するのも、引き続き衆院選の遊説やテレビ出演などに党の「顔」として臨ませるためだ。この観点から、特に清新さをアピールできる小池、石原両氏の処遇を重視している。

 また、民主党では小沢代表が無投票で3選されながら、小沢氏への批判がくすぶっており、麻生氏はこうした民主党との「体質」の違いを示すことも狙っているとみられる。

 これに関連し、麻生氏に近い安倍前首相は13日、新潟県十日町市で記者団に、小池氏ら他候補の処遇について、「それぞれ才能のある人なので、(要職で)働いてもらった方がいい」と語った。

最終更新:9月14日3時3分
読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/
hl?a=20080913-00000051-yom-pol


モーツァルトとバッハ:小林愛実の演奏スタイルはミューズ的な天流出、天飛流である
モーツァルト弾きは、概して、バッハ演奏が単調になるが、この少女(小林愛実)は、見事に、硬質な響きをもって、バッハの名曲を歌っている。驚異的にすばらしい。
 一言、演奏スタイルについて言っておこう。いわば、ミューズ(詩神たち)から、直截に純粋に流れているのである。流れるというのでは、足りない。奔流というのとも違う。ただただ、純粋に、流出、表出されるのであり、矢のようにすばやく流出するのである。飛ぶような流出である。造語して、飛流、矢流である。そう、天流、天流出、天飛流である。そう、宝瓶宮(ほうへいきゅう:水瓶座)から流出する霊感の天水流とも言えようか。ギリシア神話で言えば、ペガスス(天馬)のようである。天翔るスタイルである。

p.s.  言い換えると、Media Pointを体現しているのである。Media Pointがミューズである。また、mediaの単数のmediumの語源は霊媒である。天の調べの媒介となっているのである。Media Point Styleである。これが、トランス・モダンの演奏スタイルであろう。

Aimi Kobayashi plays Bach
Aimi Plays Bach's French Suite n°5 in a "private recital" in Moscow
http://jp.youtube.com/watch?v
=w1lNZCo6yIM&feature=related


2008年09月14日(Sun)▲ページの先頭へ
天下り体制について:官僚と政治改革:近代主義とトランス・モダン
小野寺氏は、以下のように、「天下り」体制について、肯定的に述べている。
 そして、『日本の教育 制度では、上に行くほど、「自分の頭で考える」ようになっているためこのコイズミ偽装改革が「うそだ」と真っ先に見抜いていたのは官僚の人たちであった。』と、官僚が小泉「構造改革」の嘘を見抜いていたと述べている。ここがポイントである。
 これまで、小泉「構造改革」は官僚、とりわけ、財務省主導で行なわれたと考えられている。だから、問題は、小泉「構造改革」と財務省を中心とする官僚との関係であるが、やはり、後者は前者を利用した面は否定できないのではないだろうか。
 結局、売国・亡国集団と官僚の関係は、互いに利用した面があるのではないだろうか。犠牲にされたのが、国民であるし、国益である。
 また、『日本の教育 制度では、上に行くほど、「自分の頭で考える」ようになっている』という点であるが、官僚の知性であるが、私見では、近代主義的知性、即ち、同一性主義的知性であり、今日のトランス・モダンの時代に必要な、差異的知性、差異共鳴的知性をもっていないと考えられるのである。
 確かに、『コイズミ偽装改革が「うそだ」と真っ先に見抜いていたのは官僚の人たちであった』という面は考えられるが、それには反対しないで、利用したというのが真相ではなかったか。
 とまれ、これは、今の時点での推察である。

p.s. 公明党に関する小野寺氏のコメントであるが、確かに、公明党の平和志向という面や「構造改革」によって、社会保障が破壊された面に対する抗議はあるだろうが、それも、公明党にすれば、党内権力支配のために、利用されるのではないだろうか。つまり、公明党の問題は、政策理念は、反「構造改革」であっても、それを利用する権力欲望にあるのであり、これが主導的に、自民党を動かすのではないのか。
 小野寺氏の戦略は、少し権謀術数的なのではないだろうか。政治変革においては、理念を明確にする必要があり、戦術においては、「妥協」的な方策がありえるだろう。
 
*****以下、引用***** 

【天下り制度についてもそうだ。これについては


これは東大生を官庁の安月給では雇えないので
トータルでフジテレビや電通、野村證券などと同じくらいの
給与水準にしているだけである。

そして、日本の教育 制度では、
上に行くほど、「自分の頭で考える」ようになっているため
このコイズミ偽装改革が「うそだ」と真っ先に見抜いていたのは
官僚の人たちであった。

民主党は「天下り廃止」についてはもしそれを唱えると
強大な官僚組織が「政権交代にならないように」しようとして
動くだろう。そういった政権をとらないうちから、
天下り防止といっても邪魔にあうだけだ。

とにかくこの天下り制度は、実態とかなり違うように思われる。】
http://archive.mag2.com/
0000154606/200809140
73650000.html
国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」

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参照:

小沢氏国替え「可能性十分」=1次公認から外れる−民主・鳩山氏

 民主党が12日に決めた衆院選小選挙区の第1次公認候補から、岩手4区選出の小沢一郎代表が外れた。鳩山由紀夫幹事長は記者会見で、小沢氏の国替えの「可能性は十分ある」との認識を示した。小沢氏については、公明党の太田昭宏代表の地盤である東京12区からの出馬説が取りざたされた経緯があり、衆院選に向けて同党を揺さぶる狙いがありそうだ。
 民主党の赤松広隆選対委員長によると、小沢氏の公認漏れは「本人の強い意志」に基づく。選対が作成した原案には岩手4区での公認を明記していたが、小沢氏は「おれのところは空けて、どういうふうにでも動ける態勢にしておいてほしい」と指示したという。 
 これに関し、鳩山氏は会見で「小沢氏は(民主党の選挙戦に)一番効果的な選挙区を選ぶのではないか。背水の陣を敷く小沢氏の思いを象徴するような形で、選挙区を決定するのではないか」と語った。(了)
(2008/09/12-21:13)

http://www.jiji.com/jc/zc?k=
200809/2008091201041&
rel=y&g=pol


2008年09月13日(Sat)▲ページの先頭へ
資本主義方程式:差異共鳴資本主義方程式と同一性主義資本主義方程式
これは思いつきであるが、差異共鳴資本主義とは、正に自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1で表現でき、同一性主義資本主義は、(+i)*[-(-i)]⇒-1で表現できるのではないだろうか。
 サブプライムローン等の金融工学は、後者である。それは、-1の経済であり、それは、本来の資本主義の+1を侵食するのではないだろうか。即ち、(+ 1)+(-i)⇒0(ゼロ)になるのではないだろうか。本来、資本主義が創造的に産出する価値は、+1であるが、同一性主義的金融資本主義では、-1となり、本来の肯定・積極的価値+1を蚕食して、ゼロにしてしまうのではないだろうか。
 今は、問題提起に留める。


ネット経済と多元的地方国家システム:近代国家からトランス・モダン差異共鳴地方国家圏への転換
私は、洋書を、ある都合で、小売店経由で購入したら、ネット価格(amazon)なら、3000円代の本が、5000円代になったことで、がっくりし、悔しい思いをしたことがあり、未だに、根にもっている。
 結局、卸売り業者が入ることで、当然、マージンの「付加価値」がつくのである。思うに、ネット・エコノミー(ネットコノミー又はネッコノミー)とは、同一性価値の付加を減らすのであり、差異共鳴価値に近くなるということだろう。
 これは、敷延して、政府を卸売り業者と見ると面白いだろう。日本では、官僚複合体が卸売り業者であり、それが、マージン=マイナス付加価値となり、税金が高くなるのである。
 税金が社会的資金として、直接、社会に公正潤滑に行き渡るようにするのが理想である【p.s. ここでは、創造的知性(質)を省略して述べている。社会的資金(量)を真に生かすには、創造的知性が必要である。単に、量的資本の問題ではなく、質的資本(情報資本)が重要なのである。】それは、「無政府主義」や「小さな政府」を意味しうるが、私は、国民国家(近代国家)を多元的地方国家に分けることがいいのではと思う。つまり、国民国家の多元的不連続化である。不連続な地方国家の共立・共鳴・共振が新しい、トランス・モダン法的社会制度ではないだろうか。連邦という考えは古いと思う。差異共鳴圏制度こそ、新しいだろう。近代国家から差異共鳴共生圏への転換である。

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本を買うなら大型書店とネット経由〜厳しい個人書店の実情

本屋イメージC- NEWSは9月12日、読書に関する調査結果の一部を発表した。それによるとどこで本(雑誌やマンガ、電子書籍は除く)を購入するかという問いに対し、もっとも多くの人が回答した項目は「チェーンの大型書店」であることが明らかになった。「ネット上での購入」が続き、「個人経営の書店」は全体で2割にも満たないという結果も出ている。個人経営形態の小型書店の経営の難しさが、ここにも現れているといえよう(【発表リリース】 )。

続きを読む "本を買うなら大型書店とネット経由〜厳しい個人書店の実情"

http://www.gamenews.ne.jp/ar
chives/2008/09/post_3932.html
株式投資を中心にゲーム業界、ウェブテクノロジー、モバイル分野など、他愛もない情報(Garbagenews)をお知らせするサイト


「じたばた騒いでいない」と自民党政治家の精神的劣化
絶望的な太田農相の言説であるが、以前、原爆投下は、「しょうがない」と言って、辞めた大臣(H元防衛大臣)がいた。
 どうも、自民党の政治家には、政治家にふさわしい精神・倫理や知性や論理や言語能力が欠落している節がある。自民党の政治精神的劣化ないしは退化があると考えられる。
 私は「じたばた騒いでいない」という日本語が、その意味内容とは別に、この文脈で使用されたことに注意したいのである。
 「じたばた騒ぐ」とは、この場合、端的に、追いつめられた悪党が、悪あがきすることと考えられる。そうすると、太田農相は、無意識の内で、自分が悪党であることを感じていることになるだろう。そう、無意識は賢者なのである。理性的なのである。
 やはり、影(シャドウ)に支配されていると考えられる。影は三相である。一つは同一性主義的否定(暴力)であり、一つは反動的差異であり、一つは超越光(理性)である。「じたばた騒いでいない」という発言は、同一性主義的否定と理性とが重なった影の発言ということになるだろう。
 とまれ、簡単に言うと、太田農相は、政治家にふさわしい精神・知性・日本語力が欠落・欠損しているのである。 

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事故米転売 太田農相、事態軽視?「じたばた騒いでない」

9月12日21時22分配信 毎日新聞

事故米転売 太田農相、事態軽視?「じたばた騒いでない」

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閣議出席のため首相官邸に入る太田誠一農相=2008年9月12日午前9時57分、藤井太郎撮影
 太田誠一農相は12日、衛星放送「BS11デジタル」の番組収録で、汚染米の転売問題に関連し「(汚染米から検出されたメタミドホスは)低濃度で、人体への影響はないと自信をもって言える。だから、あまりじたばた騒いでいない」などと発言した。転売問題では、農林水産省の検査体制や汚染米の売却先に関する情報公開が不十分だとの批判が強く、事態を軽視しているともとれる発言が更なる反発を招く可能性もある。

 太田農相は、今回の汚染米から検出されたメタミドホスの濃度が中国製冷凍ギョーザ事件の約60万分の1であることなどを説明し「私が言うと、いいかげんに問題を扱っていると言われそうだから、あまり安全だと言わないが、でも安全なんだ」などと述べた。同農相は収録後、記者団に対し「国を揺るがす大問題で、省を挙げて取り組んでいる。軽視しているのではなく、沈着冷静に対応しているという意味だ」と説明した。

 太田農相は就任後間もない8月10日にNHKの討論番組で、食の安全について「消費者がやかましいから徹底する」と発言し、批判を浴びた経緯がある。【工藤昭久】
http://headlines.yahoo.co.jp
/hl?a=20080912-00000034
-maip-soci


実質的衆院選挙の開始と脱売亡国路線:トランス封建的近代主義とトランス・モダン路線へ向けて
自民党総裁選は、まるで国会議員選挙のようであり、それは、越権的と感じたが、以下、小野寺氏が説くような衆院選挙の実質的開始は、説得力がある。
 どうも、自民党には、したたかな広報情報力が存在している。悪知恵宣伝情報力である。見せることに長けている情報力である。倫理なき広報情報力である。日本のテレビ・メディアは悪魔に乗っ取られたのである。

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すでに衆議院選挙は始まっている。
先日、小泉チルドレンが、言っていたが、
「前半戦のこの党首選をがんばって、後半戦の総選挙につなげたい」
といっていた。

<冒頭解散>

つまり、国会冒頭解散をするつもりで自民党は動いているのである。

だから、この自民党党首選を、実は、「一方的にテレビを使って
の自民党広報」と位置づけているのである。

だから、この場合、国会の冒頭解散をすることで
民主党より、2倍長く選挙を行えるというわけだ。

<すでに衆院選挙前半戦スタート>
http://archive.mag2.com/0000
154606/20080913074739000.html
国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」


問題提起:世界経済危機の意味:差異共鳴的金融資本主義と同一性主義金融資本主義の相克過程
《▼イギリスをEUに幽閉する

 アメリカが金融崩壊していくと、同じ金融システムに乗っているイギリスも連鎖的に崩壊する。以前の記事 に書いたように、イギリスは今年、金融財政の危機になると予測されている。スコットランドでは、イギリスから分離独立を目指す動きも続いており、独立支持の元俳優ショーン・コネリーは最近、77歳の自分が死ぬ前にスコットランドは独立すると発言している。(関連記事 )

 米英同盟の崩壊、金融財政危機と国土縮小の末、イギリスはアメリカを操作して世界を間接支配することができなくなり、EUに本格加盟せざるを得なくなるだろうが、EUでは今、リスボン条約などによって、政治統合が着々と進んでいる。独仏はすでに軍事外交の統合で合意しており、イギリスもEUに本格加盟するなら、軍事外交の権限をEU本部に明け渡さねばならない。

 これは、イギリスが外交力を駆使してアメリカを牛耳ることを永久に不可能にする。アメリカの資本家から見れば、いまいましいイギリスをEUに永久に幽閉することができる。

 イギリスは、EUを牛耳って覇権の謀略を続けようとするかもしれないが、かつて二度もイギリスに引っかけられて潰された上、50年の東西分割の刑に処されたドイツは、もう騙されないだろう。サルコジのフランスも、親英的なふりをしつつ実際には多極化の方に乗る狡猾な戦略を展開している。独仏とも、イギリスの長年の謀略から解放されたいはずである。

 アメリカは、イギリスとイスラエルから解放されて国際不干渉主義に戻っていくだろうし、ロシアや中国や中東(GCC+イラン+トルコ)も、米英覇権から抜け、独自の地域覇権の勢力になっていくだろうから、たとえイギリスがEUを牛耳れたとしても大したことはできず、世界は多極化していくだろう。アメリカを好戦的にしていたイギリスとイスラエルが無力化されることで、世界は今より安定した状態になることが期待できる。》

http://tanakanews.com/080228capital.htm
資本の論理と帝国の論理
2008年2月28日  田中 宇

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以上、田中宇(さかい)氏の多極化論の視点であるが、それと今日の世界経済危機を合わせると、当然、後者は、多極化路線にあるということになる。

 確かに、サブプライムローン問題は、あまりに非合理・不条理な事象であり、腑に落ちない感じがあり、多極化論から見れば、それなりに整合性は考えられよう。

 田中氏は、「資本の論理」と「帝国の論理」を対立させているが、私の考えでは、差異共鳴資本の論理と同一性主義資本の論理との対立があるのではないかと思われる。言い換えると、前者は、差異共鳴的金融資本主義であり、後者は同一性主義金融資本主義である。前者は資本主義のコアであり、後者は資本主義の「ガン細胞」である。

 この視点を作業仮説すると、今日の世界経済危機は、後者による自滅・自壊的な解体・崩壊過程であり、前者による転換が進展しているということかもしれない。

 以上、問題提起に留めておく。


自民総裁選:政界再編にらみ? 小泉元首相の小池氏支持
自民総裁選:政界再編にらみ? 小泉元首相の小池氏支持

テーマ:福田政権とポスト福田

ニュースでは、「政界再編」の動きを報じているものが多い。私は以前、第三の政党の可能性を述べていて、政界変革は大いにあり得ると考えられる。
 キーポイントは、売国・亡国集団(売亡国団)と公明党を、第三の政党から外すことが出来るかどうかである。
 また、問題は、売亡国団と公明党との関係である。これは、いったいどうなっているのだろうか。封建的近代主義、同一性主義という点では、当然、共通する。そして、おそらく、実質的には、利害関係が一致するのではないだろうか。今はここで留める。

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自民総裁選:政界再編にらみ? 小泉元首相の小池氏支持
自民党の(後列左から)佐藤ゆかり衆院議員、小池百合子元防衛相、猪口邦子元少子化担当相の3氏の共著の出版を祝うパーティーであいさつする小泉純一郎元首相(手前)=東京都内のホテルで2008年7月10日午後6時10分、山本晋撮影
自民党の(後列左から)佐藤ゆかり衆院議員、小池百合子元防衛相、猪口邦子元少子化担当相の3氏の共著の出版を祝うパーティーであいさつする小泉純一郎元首相(手前)=東京都内のホテルで2008年7月10日午後6時10分、山本晋撮影

 小泉純一郎元首相が12日、自民党総裁選で立候補している小池百合子元防衛相の支持を示したのは、麻生太郎幹事長が優位に進める選挙戦に一石を投じるとともに、衆院選前後の政界再編を視野に入れ小池氏支持勢力の拡大を狙ったものとみられる。小池氏支援の中川秀直元幹事長が党内で孤立するのを防ぐ狙いもありそうだ。

 総裁選で、中川氏や武部勤元幹事長らは小泉氏に小池氏の支援を再三要請してきた。小泉氏は明確な態度表明をしてこなかったが、12日午前、東京都内で武部氏らと会談した際「小池総裁なら小沢民主党といい勝負ができる」と語り、小池氏支持を鮮明にした。

 小泉氏は「(自民党は)大変な危機なのに、危機感がまだ足りない」とも指摘し、「派閥談合」の様相も見える総裁選に強い懸念を示した。小池選対の会議で、中川氏は「さすが小泉さんだと改めて尊敬の念を深くした」と興奮気味に語り、小池氏も記者団に「とても心強い」と述べた。

 麻生氏を推す森喜朗元首相はこれまで、小泉氏が小池氏支援に回ると警戒する議員に「大丈夫だ。小泉氏は動かない」との見通しを示していたが、12日は周辺に「知らん。(支持)するならすればいいじゃないか」とぶぜんとした表情で語ったという。

 小泉氏は首相時代の05年9月、当時の前原誠司・民主党代表に「大連立」を呼びかけたこともあり、民主党の若手改革派と気脈を通じている。今回の総裁選の敗者を軸に民主党を巻き込んだ政界再編が起こり得るとの状況認識が小泉発言の背後にありそうだ。

http://mainichi.jp/select/today/
news/20080913k0000m0
10146000c.html


2008年09月11日(Thu)▲ページの先頭へ
考察課題:テレビの視聴覚情報の洗脳力を哲学的に分析する
以下、飯山氏が、自民党総裁選のテレビ・メディアによる政治洗脳から悲観的になっているが、私見では、小泉元首相の政権のときのような一種ファシズム現象はないと見ているが(社会保障の破壊・崩壊で、衆民が無惨な思いをしていることがその大きな理由である)、それでも、テレビの視聴覚情報洗脳力は侮れないので、ここで、それを哲学的に分析、考察してみたい。
 以前から私は、テレビを視聴することは、直感的に、意識にとって、きわめて危険であると思っている。害毒・害悪が意識に垂れ流されるのである。
 視聴覚とは、緩衝回路がないので、直(じか)に感覚・知覚・意識に作用すると考えられる。しかし、直に作用するなら、自然現象もそうであるが、それは、危険の反対で、浄化作用をもつことが多い。
 テレビと自然現象の相違は、当然、人間の表現の介在の有無である。人間の表現、それも、放送局を介した人間の表現の介在、ここに問題がある。
 放送局が日本の場合、多くの人が指摘するように、政治経済支配権力と癒着しているのである。これは、メディアにおける封建的近代主義(国家統制主義)である(この点では、日本人は、簡単には、北朝鮮体制を笑えないのである)。
 今は、簡単に触れるに留めるが、テレビを介した言葉、表情等は、いわば、自然現象のように視聴者に届くのである。この「自然現象のように」というのが、たいへんな曲者である。すなわち、無批判に受容するということがここには生じているのである。
 これは、批判的思考をもっていない人は、そのようにテレビ視聴覚情報を信じてしまうのである。また、批判的思考をもっている人も、受容という点では、最低限は洗脳はされるのである。
 言い換えると、テレビ視聴覚情報は、人間のもつ素朴な受容力に作用して、それに取り入ってしまうという性質をもっていると考えられる。
 だから、情報化の現代、批判的思考を積極的にもつことが重要なのである。
 小泉構造改革のときに起った狂信的な現象であるが、私は、小泉元首相を見て、直感的に胡散臭いと感じた。おそらく、明晰な批判思考をもたなくても、直感力をもつならば、テレビ・メディアに洗脳されることはないと考えられるのである。
 勿論、批判的思考は形成されるべきであるが、それ以前に直感思考が必要だと思うのである。それは、端的には、差異の感性である。差異の感性があれば、直感的に、小泉元首相がパフォーマンスを行っているのが、わかるのである。
 そう、差異の感性とは、真の芸術的感性である。今日、真の芸術的感性が衰退しているので、このようなテレビによるメディア災禍(メディア・ハザード)が起るとも言える。(p.s. より的確に言えば、知的感性である。感性が個の基盤であるが、それを不連続化した知性における感性である。言い換えると、特異性の感性に基づく知性であり、知的感性、知的直感性である。Media Pointの感性である。p.p.s. 知的感性ないしは差異感性であるが、そこには、Media Pointが存するので、倫理的である。今日、マスメディアは、倫理が欠落しているのである。3p.s.  詩人シラーが説くように、芸術的感性と倫理は共通しているのではないだろうか。今日の社会のカオスの根源には、根本の精神性、芸術的感性と倫理との根本的共通性の認識の欠落があるのではないだろうか。すべては、近代的同一性主義、封建的近代的同一性主義による混濁・汚染・混乱に拠るのではあるが。)
 今はここで留める。もっと、後で緻密に検討したい。一言いうと、現象認識の問題である。皮相的な同一性主義認識に留まれば、当然、テレビ視聴覚情報に踊らされるのである。あるいは、言い換えると、個を形成していないとそうなるのである。結局、近代日本の問題、即ち、封建的近代主義という近代日本文化・社会の問題があるのである。(p.s. 結局、個の倫理の形成・確立の必要があるのである。個的倫理が形成・確立されなければ、法律は単に形式主義になるのである。個的倫理、差異的倫理、特異性の倫理が必要なのである。カントの実践理性とは、実は、Media Pointの差異共鳴能動力である。)

P.S.

芸術は倫理的であり、

倫理は芸術的である。

芸術と倫理と

批判的知性は

三位一体となる。

PS理論的

新真善美論である。


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転載被承認記事

◆ 2008/09/11(木) テレビ局.自民党のイメージアップに全面協力.
bansoko1
「絆創膏」から
koike1
「クールビズ」へ
 昨日から,テレビ局は,自民党の政策宣伝メディアになった.
 自民党総裁選の政策論争をニュースとして伝えるのではなく,自民党の政策を宣伝している.
 そうして,自民党のイメージアップに全面協力している.
 現代の選挙は,テレビを上手に活用した政党が勝つ.
 “テレビを利用する技術”は,自民党と公明党が圧倒的に上手だ.
 民主党の“テレビを利用する技術”. これは最低だ.
 党首の小沢一郎のテレビうつり. これも最低だ.
 そこで,今日の結論.
 (1)近々行われる衆議院選挙で,自民党は負けない.
 (2)政権交代は,ない.
 (3)日本の政治は何も変らない.
http://www.geocities.jp
/o1180/index.html
低下低下=てげてげ


時代精神の変化?:モダニズム的形式主義の終焉とトランス・モダンの新しい歌
YouTubeを載せたブログを以下を見られたい。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10137812486.html

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いったい何の風の吹き回しか、モーツァルトを、それも、ピアノ協奏曲を取り憑かれたように聴いている。
 私はつい最近までは、モーツァル音楽に何の感銘を受けない状態であったのであるが、この突然の「豹変」は何なのか。なにか、時代精神の変化があるのではないだろうか。もう少し言えば、宇宙精神の変化である。
 私は、これまで、内田光子の演奏をあまり評価してこなかったが、今は感銘を受ける。(とは言え、以下のラトル指揮ベルリン・フィルとの演奏は、問題があるが、それでも、聴ける演奏ではある。)
 思うに、モーツァルトの音楽に対する興味が失せていたのは、演奏の質に拠るのかもしれない。思うに、演奏の質の変化が、ここ数十年においてあったのではないだろうか。形式主義が終って、新しい歌が始まったのではないだろうか。私は、マルゲリッチやポリーニの演奏は形式主義で古いものだと思う。悪しきモダニズムだと思う。
 しかし、内田光子の演奏は、新しい歌がある。そう、形式ではなく、歌が復活したのである。しかし、それは、反動ではなく、モダニズム的形式を経由した後の、新しい歌である。つまり、トランス・モダン的歌ということになるだろう。
 とまれ、内田光子とベルリン・フィルはミスマッチである。危険である。アバドが、ベルリン・フィルの指揮者となり、アバドの指揮者生命がほとんど潰されてしまったのである。ベルリン・フィルは、クラシック界の伏魔殿である。それは、同一性主義的なものを強くもっているのである。
 ところで、思うに、私はまったくカラヤンの演奏は、晩年を除いて、化粧演奏なので、批判しているが、思うに、ベルリン・フィルのもつ形式主義性=モダニズムに影響されてしまった面もあるのではないだろうか。
 そう、カラヤンが悪いというより、ベルリン・フィルが元凶ではないだろうか。

p.s. 以下にあるレクイエムの演奏はすばらしい。カール・ベーム以来の優れた演奏ではないだろうか。魂の演奏である。すばらしい。感性と知性が調和した見事な演奏である。納得の出来る演奏に出会えたという思いである。

p.p.s. モダニズムは、二面性をもっている。形式主義性とトランス・モダン性である。前者が、今日まで、悪しき影響をもたらしてきたと思う。後者の側面を喪失してきたのである。


2008年09月09日(Tue)▲ページの先頭へ
近代合理主義/近代的自我/唯物論の敗北:「影」の逆襲とトランス・モダン
今日の日本社会の病理、そして、世界社会の病理は、ひと言で言えば、近代合理主義/近代的自我/唯物論の敗北といえる。もっとも日本の場合は、正確に言えば、封建的近代主義である。
 近代主義は、「光」であり、非近代主義を否定して、「闇」に葬り、「影」となったのである。そして、今日、この「闇」・「影」の逆襲を受けているのである。
 今日、近代主義的「光」に対して、もろもろの「闇」=「影」が発生している。そこには、強烈・激烈・酷烈に、「悪」があるのである。そして、同時に、超越光が潜んでいるのである。そう、「影」を取り戻す必要があるのである。近代主義が否定・抑圧・排除・隠蔽した「闇」には、潜在・可能的超越光が潜んでいるのである。
 哲学的には、「闇」ないしは「影」には差異(差異共鳴性)が潜むのである。しかし、当然ながら、単に差異だけではなく、否定反動を含むのである。この否定反動は、同一性主義否定暴力だけでなく、差異からの反動性を含むといえよう。(ちなみ、フロイトの死の欲動概念であるが、それは、同一性主義否定暴力と差異的反動を区別していないのではないだろうか。後で検討である。)そう、だから、いわば、近代主義/同一性主義的活断層である。(ドゥルーズ哲学の差異とは差異的反動ではないかと思う。つまり、連続的差異である。また、差異的反動=連続的差異とは、オカルト主義の「霊」ではないだろうか。とは言え、シュタイナーのアーリマンとは、この同一性主義否定暴力であり、ルシファーとは差異的反動のことではないだろうか。後で検討。)
 そして、「影」には、真正の差異、差異共鳴性が潜在している。これは、どういう様態なのだろうか。同一性主義的否定面以外の「影」ということではないだろうか。つまり、少なくとも、「影」は三重ではないだろうか。すなわち、一つは同一性主義的否定性であり、一つは反動的差異であり、一つは純正差異ではないだろうか。
 だから、「影」の純正差異に到達するには、同一性主義的否定性と反動的差異性を乗り越える必要があると言えよう。仏教が言う空や虚空とは、この乗り越えによって到達する純正差異(Media Point)と言えるのではないだろうか。
 一番の問題は、この問題の経済領域における意味である。私が批判する同一性主義的金融資本主義とは、純正差異に到達していない「影」に支配されていると思われる。暴力的であり、狂気的である。
 では、経済領域において、どうやって純正差異を発現させたらいいだろうか。理論的に言えば、差異共鳴資本をそれとして、活用することである。差異共鳴資本の活用とは何か。具体的に言えば、先にも言ったが、技術革新への転化であり、社会保障制度への消費ではないだろうか。あるいは、事業への投資があるだろう。それを同一性主義的価値化することは、反動である。どう、端的に貨幣でいうと、貨幣価値は確かに、同一性価値=交換価値であるが、そこには、差異共鳴価値が潜在・内在していることを見なくてはならない。言い換えると、イデアとしての、ないしは、即非様相としての貨幣ということになるのではないだろうか。つまり、Media Pointとしての貨幣価値である。サブプライムローンのような金融資本主義は、同一性主義的なのであり、差異を完全に喪失しているのである。
 では、具体的には、どのように差異共鳴価値としての貨幣・資本を実現するのか、である。思うに、先にも示唆したが、差異共鳴価値贈与を企業が積極的に行うことで、そうなるのではないだろうか。これこそ、小さな政府が生まれる契機ではないか。
 後は、利益に差異共鳴価値税をかけることではないだろうか。それは、累進課税である。所得税である。とりわけ、利子による利益に対しては、差異共鳴課税をかけるべきだと考えられる。
 法的には、差異共鳴価値法を制度化すべきである。そう、これこそ、民主主義の経済法である。差異共鳴価値法は、思うに、企業の純粋創造力を高めるのではないだろうか。競争は、差異共鳴力にとって換わるのではないだろうか。今はここで留める。

清酒3万本に使用、回収へ=「辰之巳」から原料購入−熊本の酒造会社

9月9日13時24分配信 時事通信

 米粉加工会社「三笠フーズ」(大阪市北区)が農薬やカビ毒に汚染された事故米を食用に転売していた問題で、熊本県城南町の「美少年酒造」が事故米混入の可能性がある破砕米32.4トンを三笠フーズの関連会社「辰之巳」(大阪市)から仕入れ、「鬼ころし」など清酒7種8品目の計約3万本を製造、出荷していたことが9日、分かった。
 緒方直明社長が記者会見し、明らかにした。
 既に全国各地に流通しているが、美少年酒造は新たな出荷を自粛するとともに、流通分については自主回収する方針。
 同社によると、今年1月から5月にかけ、辰之巳から低価格帯の清酒原料に使用するため「国産米」として購入。問題発覚後、緒方社長が辰之巳に問い合わせたところ、「事故米は一切入っていないという報告を工場から受けている」などと回答を得た。しかし、8日に九州農政局などが調査した結果、伝票などが一致。混入した可能性のあることが分かった。 
http://headlines.yahoo.co.jp
/hl?a=20080909-00000094-jij-soci


中井正一と日本哲学:伝統と革新の融合美学:トランス・モダン美学?
以前、哲学者(美学者と一般に考えられるが、美学も哲学の一部と考える)、中井正一について言及したことがあると思うが、まだ、彼の哲学的評論のごく一部しか読んでいないので、明確には、論評することはできないのであるが、しかしながら、彼の「美学入門」の最初を読んだだけで、彼が伝統性と革新性をもっていたことがことがわかる。そう、両者を融合させた新美学を説いているのである。(トランス・モダン美学とおそらく言えよう。)
 とまれ、私は、たまたまある理由で、書棚に積ん読状態であった以下の書を手に取り、「美」の捉え方に共感したので、注目したのである。そう、彼の美学の根幹には、禅があると思う。流石に、京都学派である。
 神道と禅仏教との結合に、おそらく、日本哲学の根幹があると思う。
 中井正一は、いわば、左翼であったが、それを超えて、日本伝統美学を現代化した哲学者であったように思う。また、大事な点は、哲学の言葉を民主化しようとしたことである。難解・晦渋でありがちな哲学を、民衆のものにしようとしたのであり、それは、少し読んだだけだが、成功していると思う。
 とまれ、さらに読んで深めたい。

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中井正一評論集
長田 弘 編
■青198-1
■体裁=文庫判
■定価 903円(本体 860円 + 税5%)
■1995年6月16日
■ISBN4-00-331981-8
情報の高度化によって社会が大きく変わろうとしている.すでに半世紀以前にこの事態を予見し,知のネットワークの構想を熱く語った思想家がいた.困難な時代状況のもと,つねに理想を高く掲げて未来へと発信しつづけた中井正一(一九〇〇―一九五二).「委員会の論理」「美学入門」を始め独創性と先駆性に満ちた十八篇を収録
http://www.iwanami.co.jp
/.BOOKS/33/8/3319810.html

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中井正一

『美学入門』
1975 朝日新聞社
中井正一は「きれい」を考えた。「きれい」を感じる者はいくらでもあるが、「きれい」を理論的に考察し尽くしたいと詰めたのは中井以前にはほとんどいなかった。だから中井は集団や委員会にさえ美学が必要だと説いた。有名な『委員会の論理』である。

・・・・・
すでに戦前、中井は『日本的なるもの』という長いエッセイで、次のように書いていた。「新しき欧羅巴の意味するものと、所謂日本的なるものとが一致するのではないかと云う考えは、彼地の批評家が漸く今や抱きはじめた関心である」「日本的なるものが如何なる歴史的類型を経て現在にまじれるか、そしてその凡てに対して、現代が如何なる角度をもって交渉をもつか、もし歴史の見方そのものが自ら歴史的であるとするならば、現代は現代の日本的なるものを決定すべきである」と。

http://www.isis.ne.jp/
mnn/senya/senya1068.html

松岡正剛の千夜千冊

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中井正一
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中井 正一(なかい まさかず、1900年 2月14日 -1952年 5月18日 )は日本 の美学者 、評論家 、社会運動家 。広島県 出身。

西田学派 の流れを汲みつつ、中井美学と呼ばれる独自の美学理論を展開した。その理論は極めて広範多様な対象への実践的な視点で知られる。1936年 に発表した代表的論文『委員会の論理 』をはじめとして、その著作は戦前戦後を通じて、いわゆる進歩的文化人 を中心に広く影響をあたえた。京都帝国大学文学部、相愛女子専門学校(現、相愛女子短期大学 ・相愛大学 )講師。1948年 、羽仁五郎 の推薦で国立国会図書館 副館長に就任し、その基盤確立に尽力した。

近年、中井のメディア論 が再び注目されており、再評価の動きが高まっている。長男は情報科学者 、図書館学者 の中井浩 (なかいひろし)。
略歴

* 1900年 2月14日、大阪市の緒方病院で帝王切開 にて誕生。本籍は広島県 賀茂郡 竹原町(現・竹原市 )。
* 1918年 、広島高師付属中学 卒業。
* 1922年 、第三高等学校 文科甲類を卒業。京都帝国大学 文学部 哲学科 に入学。深田康算 、九鬼周造 らに師事する。
* 1925年 、京都帝国大学を卒業。同大学院に進む。
* 1933年 、滝川事件 。処分に反対する院生グループの中心メンバーとして活動。
* 1934年 、京都帝国大学文学部講師に就任。
* 1936年 、『委員会の論理』を発表。
* 1937年 、左翼活動 により治安維持法 違反の疑いで検挙される。
* 1940年 、裁判で懲役2年、執行猶予2年の判決。以後、終戦まで当局の監視下に置かれる。
* 1945年 、尾道に疎開。尾道市 立図書館館長に就任。
* 1946年 、広島県地方労働委員長となる。
* 1947年 、広島県知事選挙に立候補(落選)。
* 1948年 、国立国会図書館副館長に就任。
* 1949年 、日本図書館協会理事長に就任。
* 1951年 、『美学入門』刊。
* 1952年 、胃癌 (肝臓癌 説あり)により、5月18日午前4時50分逝去。

[編集 ] 業績

中井は大学院進学後、恩師深田康算の依頼によって『哲学研究 』の編集にかかわり、この頃よりカントからマルクスの研究へと関心を深めていった。

深田の没後、『深田康算全集』の編集に参加。この時のメンバーを中心として1930年 に『美・批評 』を創刊。同誌は美術史 研究を中心としながら、現象学 、記号論 、新カント派 やフランクフルト学派 などの思潮、新即物主義 などの芸術実践を含めた幅広い視野を持っていた。中井自身も貴志康一 らと実験的な色彩映画の製作を行うなど、著述にとどまらない活動を展開した。

1933年、滝川事件に際して京大院生グループの中心人物として活動。以後、社会情勢のファシズム 化に抗して左翼文化活動への関与を深める。1935年 、滝川事件後、一時停滞していた『美・批評』は久野収 、新村猛 、真下信一 、武谷三男 らを迎えて『世界文化 』と改題、再創刊され国際的な反ファシズム文化運動の紹介などを端緒に左翼文化誌としての性格を先鋭化させていく。

1937年、斎藤雷太郎 らと週刊誌『土曜日 』を創刊。同誌は左翼運動の大衆 啓蒙 を目的としており、記述平明なタブロイド誌 として多くの読者を獲得した。同年11月、治安維持法違反の容疑で新村、真下らと共に検挙。以後、終戦まで活動の場を実質的に失う。

1945年、郷里にほど近い疎開先、尾道市の市立図書館長に就任。民衆文化の地方からの再生を掲げて社会教育活動を推進した。

1948年、参議院図書館運営委員長であった羽仁五郎の推薦で国立国会図書館副館長に就任。日本図書館協会 理事長にも選出され、図書館を通じた文化復興に尽力した。羽仁の腹案では中井を館長として招聘する予定であったが、中井の左翼活動の経歴が問題視され、保守層からの強い反対が起こった。そのため、参議院議長 松平恒雄 らがまとめた金森徳次郎 を館長に据え中井を副館長とする案で妥協したという[1] 。就任後もこの問題が後をひき、幾多の妨害に悩まされた。また設立早々の国会図書館には課題が山積し、それにあたる激務から体調を崩し病状を悪化させた。

1951年に『美学入門 』、1952年に『日本の美 』を刊行するなど活動意欲は最後まで衰えなかったが、1952年5月18日、胃癌により逝去した。

[編集 ] 著書

* 近代美の研究(三一書房、1947年)
* 回想の三木清(三一書房、1948年、共著)
* 回想の戸坂潤(三一書房、1949年、共著)
* 学校図書館運営の実際と読書指導(西荻書店、1950年、共著)
* 美学入門(河出書房、1951年)
* 日本の美(宝文館、1952年)
* 美学的空間(弘文堂、1959年)
* 芸術論集(河出書房新社、1961年、共著、桑原武夫編)
* 美と集団の論理(1962年)
* 現代日本思想大系第14巻(筑摩書房、1964年、共著、矢内原伊作編)
* 中井正一全集(美術出版社、1964年-1981年、久野収・中井浩編、全4巻)
* 戦後日本思想大系第1巻(筑摩書房、1968年、共著、日高六郎編)
* 戦後日本思想大系第12巻(筑摩書房、1969年、共著、羽仁進編)
* 生きている空間(てんびん社、1971年)
* 現代日本映画論大系第1巻(冬樹社、1971年、共著)
* 論理とその実践 組織論から図書館像へ(てんびん社、1972年)
* アフォリズム(てんびん社、1973年)
* 中井正一評論集(岩波書店、1995年)
* 中井正一エッセンス(こぶし書房、2003年)

[編集 ] 脚注

1. ^ 中井の就任に難色が示された記録としては昭和23年3月25日の衆議院図書館運営委員会において『國立國会図書館の副館長は、館長を補佐する必要上、人格の高邁なること、偏傾ならざる思想の所有者たることを要し、同時に図書館業務につき多年の経驗と知識を持つ有資格者を任命せられんことを決議する。』と中井の思想について問題視する決議までなされているものがある。

[編集 ] 外部リンク

* 中井 正一:作家別作品リスト (青空文庫 )

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%
AD%E4%BA%95%E6%AD%A
3%E4%B8%80 " より作成
カテゴリ : 日本の哲学者 | 戦前・戦中の言論弾圧 | 1900年生 | 1952年没 | 広島県出身の人物

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『中井正一のメディア論』(後藤嘉宏著)学文社
日本の生んだ数少ない独創的思想家の一人といわれる中井正一(1900-52)のメディア論を、彼の京大時代の恩師深田康算の美学からの影響、及び中井の在学・在職当時京大で影響力のあった西田幾多郎・田辺元の弁証法理解への批判、あるいは三木清などの先輩や、新村猛、和田洋一、久野収、武谷三男などの友人とのかかわりから解き明かす。本書は、九州大学より博士の学位を受けた論文「中井正一におけるメディウムとミッテルに関する一考察――中井の2つの媒介概念と、資料、官庁資料、本、図書館 」を大幅に増補・改稿したものであり、中井研究において一定の意義あるものであると同時に、日本の現代のメディア状況を照らすものとなるべく努めた。

******************

論文題目  中井正一におけるメディウムとミッテルに関する一考察

――中井の2つの媒介概念と、資料、官庁資料、本、図書館 


氏名 後藤嘉宏

論 文 内 容 の 要 旨

国立国会図書館初代副館長(1948-52在任)を務めた中井正一(1900-52)は、京都大学哲学科美学専攻に学び、戦前、映画づくりを実践するなかで、映像メディアを射程に組み込んだ、独自の美学理論を構築したとされている。さらに、戦前、彼は『美・批評』(1930-35)『世界文化』(1935-37)などの同人誌を実質的に主宰し、『土曜日』(1936-37)という隔週刊新聞を出すことで、言論活動を実践した。とくに『土曜日』は読者の積極的な投稿によって作られる新聞をめざしたという点で、画期的な試みがなされたと評される。このように中井の戦前の理論と実践は、戦後において、美学分野のみならず、マス・コミュニケーション論(新聞学)の分野で大いに着目された。

http://www.slis.tsukuba.ac.jp
/~ygoto/study-mainachievement-dr.htm


2008年09月07日(Sun)▲ページの先頭へ
躁鬱病と差異共鳴エネルギー:Media Pointの開閉と差異エネルギーの放出
自己愛性人格障害と言われているものの症状であるが、私の感じでは、躁病に近いのではないかと思う。うつ病であるが、躁鬱病という方が適切ではないだろうか。(p.s.  以下の説明では、うつ病と躁鬱病が別の病気である。私も、そう見た方がいいと思う。思うに、躁鬱病の場合、Media Pointの何らかの開きがあり、差異エネルギーが賦活されてはいるが、それを、同一性主義が抑圧する様態であるが、差異エネルギーが抑圧のダムを超えた時が躁状態で、それの放出が終った時が、鬱状態ではないだろうか。)
 後で、PS理論ないしは精神経済(宇宙精神経済)の視点から検討したい。予見を言うと、やはり、同一性主義が個人のMedia Pointを抑圧しているが、しかし、差異エネルギーが賦活されるとき、同一性主義が増進して、躁状態になり、差異エネルギーが枯渇すると、鬱状態になるのではないだろうか。

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躁病
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ご自身の健康問題に関しては、専門の医療機関に相談してください。免責事項 もお読みください。

躁病(そうびょう、mania)とは、精神疾患 の気分障害 の一つ。気分が高揚し支離滅裂な言動を発したりする状態になる。

自分では精神科医による治療の必要は感じないが、放っておくと極端なうつ状態に落ち込む(症状は人それぞれ)ために早期の治療が必要である。

躁病の症状は人間関係を著しく損ねる可能性があるため、その社会的予後はうつ病よりも悪いとされる。

[編集 ] 症状

躁病の主な症状を以下に挙げる。

感情障害

* 気分の異常な高揚
* 自己の過大評価
* 他者への干渉

思考障害

* 観念奔逸(考えが次から次へと浮かび、話題の方向性が変わる)
* 錯乱
* 妄想(誇大妄想、血統妄想、発明妄想、宗教妄想など)

欲動障害

* 多動・多弁
* 行為心迫(何か行動しなければと急いている状態)→行為未完成
* 作業心迫(何か作業しなければと急いている状態)→作業未完成

その他

* 睡眠障害(早期覚醒、睡眠時間減少、不眠の訴えなし)
* 食欲・性欲の亢進
* 錯覚(幻覚なし)
* 集中力がなくなる

[編集 ] 関連項目

* うつ病
* 双極性障害

執筆の途中です この項目「躁病」は、医学 に関連した書きかけの項目 です。加筆・訂正 などをして下さる協力者を求めています(ポータル 医学と医療 /ウィキプロジェクト 医学 )。
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BA%81%E7%97%85 " より作成
カテゴリ : 医学関連のスタブ項目 | 精神疾患

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躁病 mania
 躁病についての研究は少ない。
 だいたい、躁ってのは見かけが楽しそうであんまり深刻そうには見えないせいか、不当に軽視されているようだ。実際、分裂病やうつ病の研究は山ほどあるし、うつ病がメインで躁には申し訳程度に触れただけの論文も掃いて捨てるほどあるんだけど、躁病に焦点をあてた研究ってのは非常に少ない。だから、代表的な論文を20本も読めば、躁病に関しては全貌が見渡せてしまうといってもいいくらいだ。
http://homepage3.nifty.com
/kazano/mania.html

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双極性障害
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双極性障害(そうきょくせいしょうがい、英:bipolar disorder)は、躁状態とうつ状態を繰り返す精神疾患 であり、気分障害 の一つである。躁うつ病(そううつびょう)あるいは双極性感情障害(そうきょくせいかんじょうしょうがい)とも言う。WHO国際疾病分類第10版(ICD-10 )ではF31。双極性障害の生涯有病率は0.2〜1.6%であるとされ、うつ病 の6〜15%と比べると、低めではあるが、けっして珍しい疾患ではない。一旦回復しても、再発することが多く、生涯にわたる薬物投与による予防が必要となることが普通である。
症状と診断

双極性障害は、躁状態を伴う双極I型障害と、軽躁状態を伴う双極II型障害に区分される。

後述の躁状態が1回認められれば、双極I型障害と診断がなされる。1回の躁状態で終わる症例は稀であり[要出典 ]、一般には、うつ状態と躁状態のいずれかが、症状のない回復期を伴いつつ、繰り返していくことが多い。躁状態から次の躁状態までの間隔は数カ月単位という場合から、数十年という場合もある。また、うつ状態と躁状態が混ざって存在する混合病相が生じる場合もある。

これに対して、うつ状態と軽躁状態のみが認められる場合を、双極II型障害と呼ぶ。ただし、この双極II型障害については、軽躁状態そのものが、患者や家族には認識されていないことも多く、自覚的には反復性のうつ病であると考えている患者も多い。

症例によっては季節に左右されることもある。うつ状態から急に躁状態になること(躁転)はまれでなく、一晩のうちに躁転することもある。また1年のうちに4回以上うつ状態と躁状態を繰り返すものを急速交代型(Rapid Cycler)と呼ぶ。これがひどくなると、躁とうつが混ざった「混合状態」に陥ることもある。

躁状態

躁状態とは、気分の異常な高揚が続く状態である。躁状態の初期には、患者は明るく開放的であることもあるが、症状が悪化するとイライラして怒りっぽくなる場合も多い。本人の自覚的には、エネルギーに満ち快いものである場合が多いが、社会的には、種々のトラブルを引き起こすことが多い。DSM-IV-TR による躁状態の診断基準は、以下の症状が3ないし4つ以上みられる状態が1週間以上続き、社会活動や人間関係に著しい障害を生じることである。

1. 自尊心 の肥大:自分は何でも出来るなどと気が大きくなる
2. 睡眠欲求の減少:眠らなくてもいつも元気なまま過ごせる
3. 多弁:一日中喋りまくったり、手当たり次第に色々な人に電話をかけまくる(メールのやりとりをするケースもある)
4. 観念奔逸:次から次へ新しい考え(思考)が浮かんでくる
5. 注意散漫:気が散って一つのことに集中できない
6. 活動の増加:仕事などの活動が増加し、良く動く
7. 快楽的活動に熱中:クレジットカードやお金を使いまくって買物をする、性的逸脱行動に出るケースもある

1)、2)、6)の症状によって事業を起こすなどの行動をとり、ごく例外的に大きな成果をあげることもあるが、たいていは失敗に終わり、負債 を抱えたり社会的信用を失う結果に終わる。3)の症状では電話をかけられる人が迷惑なばかりか、電話で約束したことを本人が忘れていることが多く、患者本人の信用失墜につながる。本人が忘れている場合はもちろん、躁状態であるが故に架電の相手方に不審に思われ本人ではなく家族や親近者に苦情が行きまわりが苦労することも多い。また、7)の症状は、本人ばかりか家族や会社等も巻き込んで後に経済的に苦しむこととなり注意を要する。

軽躁状態

基本的に躁状態と同じ症状であるが、社会的・職業的機能に影響のない程度のものを、軽躁状態と定義する。

うつ状態

詳細はうつ病 を参照

基本的には、エネルギーが高まった躁状態に対して、うつ状態はエネルギーの低下状態と理解できる。

その他の症状

不安(不安障害 )、強迫観念(強迫性障害 )、などが同時に現れることもある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/
%E5%8F%8C%E6%A5%B5
%E6%80%A7%E9%9A%9C%
E5%AE%B3

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躁うつ病ってなに


どんな病気なの

医学的には「気分障害」というジャンルに入ります。うつ病と同じジャンルですが、うつ病とは全く違う病気です。
普通のうつ病は、「単極性うつ病」(うつの症状のみ)。
躁うつ病は、躁(ハイ状態)とうつ(ロー状態)を繰り返す病気です。最近は「双極性障害」と呼ばれます。
http://www.seri.sakura.ne.jp
/~lisa/souutu/souutu.html
躁鬱病とこころの部屋
Living with Bipolar Disorder


生命場とMedia Point共鳴圏:宇宙生命とMP Resonance Dimension
たまたま見たが、生命場の考え方が興味深い。ホリスティック医学を提唱されているが、私は、PS理論から解明を試みたい。
 結局、造語して、Media Point Resonance Sphere(Media Point共鳴圏)がポイントであろう。これは、伝統的には、コスモス、宇宙霊anima mundiと呼ばれたものであろう。結局、宇宙生命の問題であるが、これを、PS理論的に精緻化したい。
 因みに、帯津良一氏の本を「気」関係から90年代には読んだことがある。明快に整理されて本であった。しかし、まだ、理論的にはかなり不十分だと感じたし、今も感じる。詰めが弱いのである。
 結局、生命場、総合的な生命場は、集合的観念である。しかし、個・差異の問題がそこには欠けていると感じる。だから、差異共鳴生命場というように、個と総合性を統合する発想が必要だと思う。

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こころの時代〜宗教・人生「いのちへの旅路」
チャンネル :教育/デジタル教育1
放送日 :2008年 9月 7日(日)
放送時間 :午後2:00〜午後3:00(60分)
ジャンル :ドキュメンタリー/教養>カルチャー・伝統文化


▽臓器中心の医学から全人的な医療へ。患者と共に歩んで見いだした、虚空へと続くいのちのエネルギー 【出演】帯津三敬病院名誉院長…帯津良一,【きき手】山田誠浩
詳細
出演者ほか
帯津三敬病院名誉院長…帯津 良一, 【きき手】山田 誠浩
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program
/p.cgi?area=001&date=
2008-09-07&ch=31&eid=30290



アメリカ自由主義経済の破綻:同一性主義資本主義から差異共鳴資本主義へ:トランス資本主義へ向けて
アメリカ自由主義経済破綻:国家資本主義へ:問題は何か。後で検討。一言いうと、自由主義経済という同一性主義のもつ、差異共鳴性の破壊、言うならば、差異合理性を破壊する非合理主義性が問題点である。
 同一性合理性と差異合理性(差異共鳴合理性)の二つの合理性があるが、同一性主義は、同一性合理主義によって、差異合理性を破壊して、非合理主義に陥るのである。
 政治・経済に、差異合理性を導入する必要があるのである。

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実質的な政府管理下に=公的資本注入を検討−米住宅金融会社支援で最終調整

 【ワシントン5日時事】米財務省は5日、政府系住宅金融会社、連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)を実質的に政府管理下に置く方向で最終調整に入った。四半期ごとに段階的に公的資本を注入することも検討されているという。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)などが関係筋の話として報じた。米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)によると、両社への支援は「全米史上最大の企業救済」となり、納税者の負担は数百億ドル(数兆円)に上る恐れがある。政府管理下に置かれた場合、両社の普通株、優先株はほとんど無価値になるという。
 経営陣も刷新し、ファニーメイのマッド、フレディマックのサイロン両最高経営責任者(CEO)は辞任する見通し。支援策は早ければ今週末にも発表され、低所得者向け高金利型(サブプライム)住宅ローン問題は連邦政府が米住宅金融の中核を担う両社を直接救済するという異例の事態に発展することになる。(2008/09/06- 12:45)

http://www.jiji.com/jc/zc?k=200
809/2008090600076&rel=j&g=int


2008年09月06日(Sat)▲ページの先頭へ
マーヤーと夢:現実と夢:現実とは何か:夢象としての現実
マーヤーと夢:現実と夢:現実とは何か:夢象としての現実

この問題は、哲学の中心にあると言えよう。いったい現実とは何か。私はよく夢を見るので、夢の世界で、いわば、生きているのであり、その時は、夢が現実である。夢から覚めると、現実に戻ることになる。
 ヒンドゥー神話・哲学では、ヴィシュヌの夢が、この世である。マーヤー(仮現)である。この齟齬をどう考えたらいいだろうか。この問題は、物質とは何かということと関係する。
 わかりやすい例を出せば、現実とされる色彩であるが、それは、現実ではなく、主観的構造によって、形成されるものである。そう、カント哲学から言えば、超越論的形式が、現象形式を構成しているのである。これは、ほとんど構造主義的発想である。
 ゲーテの色彩論は、補色関係を明らかに、いわば、色彩相対性理論を作ったと言えよう。これは、PS理論では、(+i)*(-i)⇒光と言えるのではないだろうか。例えば、+iが赤色であり、-iが緑色である。赤色と緑色が共振して、太陽光となっているのである。
 つまり、赤色は緑色と対になっているということである。だから、色彩は現実ではないのである。
 では、現実とは何か、となる。現実とは、本来、極性的同一性であるが、それを同一性主義として捉えたものであろう。つまり、仮象である現象を固定化したものが現実であろう。だからこそ、マーヤー(仮現)と言えるのだろう。
 だから、その意味では、現実とは共同幻想である。確かに、バナナはバナナであるが、それは、バナナではないものと一体である。非バナナである。バナナ*非バナナ⇒バナナ仮象である。
 あえて言えば、仮象=現象は、造語して、夢象(むしょう)である。だから、同一性主義的金融資本主義は、この夢象を現実として考えている、いわば、虚構的経済と言えよう。
 差異価値、差異共鳴価値こそ、源泉であるのに、結果の夢象を現実と考えているのである。錯誤である。共同幻想資本主義である。

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現象を哲学する:夢と現象:夢としての現象


現象とはまことに不思議である。テレビを見れば、画像があり、それに見入る。そこには、アナウンサーがニュースを伝えている。
 これは現象であり、現実である。確固としたものとして、それを捉えている。虚像ではなく、実像として見ている。
 それは確かに同一性像ではあるが、それを確固としたものと見ると、それは、もうマーヤーである。そこにあると捉えているのは、「わたし」の主観的構造である。これは、カントの功績である。
 私は何が言いたいのかと言うと、眼前のリアルな、現実の映像のことである。
 先に述べたことと共通するが、夢の映像とどう違うのか。確かに、現実の映像は物質があり、夢の映像には、物質がない。しかし、物質とは何か、である。
 この問題は、他者問題である。思うに、主観的他者と客観的他者があるだろう。主観的他者の場合、それは、イデアである。それに対して、客観的他者とは、イデアではなく、同一性となった他者である。おそらく、このイデアと同一性との違いではないだろうか。
 言い換えると、夢の映像とはイデア的であり、現実の映像は同一性(物質)的であるということではないだろうか。
 考察を展開させると、この同一性の他者の認知であるが、そのままでは、同一性の他者であり、差異はない。しかし、他者は本来、差異である。この点をどうみるのか。
 差異としての他者とは、結局、イデアとしての他者である。ここにおいて、現実の映像は、仮象となるのではないだろうか。私は眼前の対象、たとえば、子どもを見る。しかし、それは、同一性としては、単に子どもに過ぎない。しかし、差異=イデアとして見るならば、眼前の子どもは、仮象的になると言えよう。言い換えると、子どもという対象は、イデアのシンボル(象徴)となるのである。
 もっとも、この点は、PS理論から、即非性として、既に理論化されている。
 とまれ、そうすると、現象も、夢と同質のものになるということである。ヒンドゥー神話のヴィシュヌの夢は、真実なのである。


心の闇と同一性主義=交換価値主義:暗黒の同一性主義金融資本主義から光明の差異共鳴的「資本主義」へ
心の闇と同一性主義=交換価値主義とは結びつくと思う。先には、ヤハウェと同一性主義との関連でそれを述べたが。
 心理学ないしは精神経済的に言えば、トラウマ(心的外傷)の闇が、悪魔的反動化して、同一性主義=交換価値主義へと転換すると思われる。
 同一性主義の金融資本主義の心理=精神経済性には、このいわばブラックホール的な闇が存しているのではないかと思う。本来、光、超越光であったものが、否定的な体験によって、闇に覆われてしまったのである。
 Media Pointの暗黒化と言えよう。イデアの光は本来あるのであるが、それを受けとるMedia Pointが、衝撃を受けて、否定の闇に包まれていると考えられる。
 同一性主義金融資本主義の非合理主義=狂気・暴力から脱する必要があるが(資本主義のトランス・モダン化)、暗く閉ざされたMedia Pointを開く、精神経済性が必要である。Positive Media Point Economy、換言すると、差異共鳴的トランス資本主義である(そう、資本主義は乗り越えられなくてはならないだろう。何故なら、投資主義は、社会・自然・文化を破壊するからである。投資と贈与の極性経済が必要ではないのか。)。
 あらゆる領域において、差異共鳴化が必要になる。経済で言えば、政治における理念を差異共鳴化し、経済が差異共鳴化する指針を形成すべきであろう。しかし、自由主義/民主主義は、差異共鳴的理念をもっているのではないのかと問われるかもしれない。
 問題は、トランス・モダン化なのである。自由主義/民主主義は、近代主義(日本の場合は、「封建的近代主義」)のために、同一性主義化してしまっているから、自由主義/民主主義が本来もっている差異共鳴性を復活させるためには、トランス・モダン化が必要なのである。言い換えると、不連続な個と不連続な個との共鳴する様態があらゆる分野に必要であるということである。
 経済で言えば、資本を差異共鳴する必要があるのである。同一性主義資本主義から差異共鳴的「資本主義」への転換である。そして、これが、トランス資本主義になるということになる。
 今は簡単に言うが、経済活動から生まれた利益であるが、それは、差異共鳴的経済活動によって、生まれたものであり、それは、同一性主義価値へと展開されてはならず、それは、差異共鳴価値の創造のために、投資と贈与がされるべきである。例えば、技術革新は、そのような投資であるし、医療・福祉・教育への注入はそのような贈与であると考えられるのである。この点は検討課題である。


2008年09月05日(Fri)▲ページの先頭へ
新母権的「乱婚・乱交」文明へ: トランス・モダンとは、男性・父権的世界を御破算にすることである。
新母権的「乱婚・乱交」文明へ: トランス・モダンとは、男性・父権的世界を御破算にすることである。

テーマ:ジェンダー

以下の「東海アマチュア無線地震予知研究会」氏の論は大絶賛である。
 私も新母権制文明を説いているが、性の問題までは、踏み切れずにいる。確かに、結婚制度は、財産制度であり、権力者のためにできていると言えよう。
 トランス・モダンとは、男性・父権的世界を御破算にすることである。とまれ、すばらしい、めざましい論考である。

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★ 2008年9月4日 木曜日  13時半更新

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● 余談 「凄いもの病」

 競争に晒された若者たちは、例外なくコンプレックスに打ちのめされ、自分が他人より劣っているのではないかと激しく悩むことになる。
 それで、より強いもの、凄いものに憧れ、より強い、凄い自分を目指して切磋琢磨したり、「虎の威を借りる狐」のように組織の力を利用しようとしたりする。いわゆる「極道」組織の大半は、そうした「凄いもの病」に罹患した若者たちを集めるのだ。

 どうして、人は強いもの、凄いものに憧れるようになるのか? この原理が問題なのだ。

 もちろん、原因は、学校教育のなかに競争主義が持ち込まれ、人を特権を謳歌できるエリートと、奴隷かゴミのように扱われるオチコボレの差別ランキングに押し込めようとすることであって、このため、若者たちは幼いうちから、他人を出し抜いて、より高みに向かおうとする習性ができあがり、人は競争によって淘汰されるのが当然と洗脳され、オチコボレは殺してもよいのだと勘違いするようになる。
(この意味で、若者たちがホームレスを襲って殺害する理由は、学校教育の競争主義そのものにあることを、みんな気付いているはずだ)

 それでは、どうして競争主義が持ち込まれたのか? このメカニズムこそ、現代社会の病理の本質なのである。

 筆者は、社会差別の根元に「女性差別」があると繰り返し指摘してきた。
 すなわち、人間社会に貧富の格差や差別がないうちは、基本的に女性優位の母系氏族社会ができあがる。この理由は、財産を相続させる意味がないため、男女の自由な性交を疎外するものはなく、生まれた子供の父親が特定できず、母親だけが特定できるため、母系氏族の大家族ができあがるからだ。人類史の99%は、この意味で「母系氏族社会」であった。

 ところが、氏族社会のなかで、戦争が積み重なり、強い者の地位が向上し、貧富強弱の格差ができてくると、強い男性による王権が発生し、王は自分の子供に自分の権力と財産を相続させようとする。
 このため、自由な乱婚では男の子が誰なのか分からないため、女を性的に束縛し、自分の子供を産ませるシステムを作り出す。これが一夫多妻制の始まりであり、後に一夫一婦制に至る結婚制度が成立するのである。

 王権が確立し、女性が性的に隷属させられるようになれば、これが母系から男系氏族社会に変わったということである。
 このときから、母系人類史は男性権力のための歴史となり、歴史とは男系社会における国家の歴史であり、その90%は男系国家主義の歴史になってしまうのだ。
 人類の大部分が男系氏族社会になったのは、少なくとも12000年前に始まった、この文明にあっては、おそらく3000年ほど前であろう。このときから強力な国家権力が成立し、女性隷属社会が始まったのである。

 男性は社会の主人公になった。女性より劣ることは恥辱となったのである。
 ところが、本当の女性の能力とは、例えば、谷亮子や吉田沙保里を見れば分かるように、体力ですら、それほど男性と変わるものではないわけで、女性を隷属化する根拠に能力差を持ってくるのは無理がある。
 しかし、「男性は女性より上」という観念、洗脳だけが男系社会の根拠なのであって、この常識を守るために、男性に対して、強烈な競争主義の洗礼を浴びせて、無理矢理能力を引き出し、女性に対しては、競争から遠ざけて、「どうせ女は・・・・」と自己規制してでしゃばらないような慎ましい「期待される女性像」を作り出す必要があった。

 これが、男系社会、国家主義社会における、競争主義導入の本当の理由なのである。
 したがって、社会が男性優位の、男性の子供を特定するために女性の性的自由を束縛する隷属化社会になっているうちは、男性は競争主義の亡霊に追いかけ回され、死ぬまで競争に勝ち抜くため無理に無理を重ねて走り抜かねばならず、女性は、男性の権力に関与するような出しゃばりが許されないという事態になるわけだ。

 そこで、男系社会における価値というのは、「どれほど凄い男か」という虚構を追求する価値観となる。
 これが、この社会における、他人出し抜き病、凄い者、強い者に憧れ病の最大の理由という結論を見いだせるわけである。

 それならば、こうした無意味な競争、虚構の価値をなくし、「みんな、今日から無理しなくていいんだよ、タダの人でいいんだよ」と金子みすずの幽霊がみんなにささやきかけてくれる社会を作り出すために、どうしたらいいのか?
 もちろん、男性優位、凄いものなんて、本当はこの世にないんだ。本当に強い者は、ヒョードルやヒクソンではなくて、そこらで無茶苦茶汚いトイレ掃除のボランティアをしてるオバチャンなんだという価値観を、我々は再発見する必要があるのだ。

 本当に凄い者、強い者は誰? アンタね、ボケジイイの下痢便の始末ができるかい? ヒョードルだって、ヒクソンだって、猪木だって、力道山だって、ブラッシーだって裸足で逃げ出すよ。これが、できる者が一番強い! 凄い! ということに気付いたそのときから、真の人間解放、母系氏族社会への回帰が始まるわけだ。
http://www1.odn.ne.jp
/~cam22440/yoti01.htm

東海アマチュア無線  地震予知研究会


2008年09月04日(Thu)▲ページの先頭へ
検討問題:フロイトの死の欲動とは何か:精神経済の視点から:攻撃と自殺を超えた差異共鳴共同体構築へ
PS理論は、私見では、精神分析を乗り越えていると自負しているが、フロイトの仮説でいちばん重要なのは、死の欲動であろう。昔、よくエロスに対して、タナトスと呼ばれたものである。
 不連続的差異論誕生以前、私はよく死の欲動の仮説を使用したものである。しかし、それ以後、ほとんど使用しなくなった。今、気になったので、考察テーマとしたい。
 思うに、自殺する人は、この死の欲動=タナトスが強いのではないだろうか。もっとも、政治・経済的原因も忘れてはならないが、今は内因を考えたい。先に述べた精神経済性という視点で言えば、精神経済の内的ないしは主観的側面を考察したいのである。【しかしながら、資本主義自体に、死の欲動はないのかとふと思うのである。この点は検討問題である。】
 さて、死の欲動であるが、それは、端的には、原点回帰ではないだろうか。精神的郷愁ではないだろうか。ある意味で死から生が生じたのであるから、原点の死への郷愁があってもおかしくないのである。
 今日の風潮では、死を避けるが、果たして、死とは悪いものなのかである。自殺する人が日本では、年間三万人を言われる。確かに、小泉「構造改革」が経済的要因とは考えられる。
 しかし、生きる意欲があれば、なんとかすれば、生きられるものである。だから、経済的要因以外に、内因的動機があると思うのである。そして、それが、死の欲動の可能性があるのである。
 ここでは、検討課題ということで、思いつきを述べて、精緻な検討は後で行いたい。
 思いつきとは、死の欲動とは、同一性主義志向性と関係しているのではないのか、ということである。あるいは、根源的に言えば、差異共鳴エネルギーとは、実は、死の欲動ではないのか、等々ということである。しかし、そういうことは、齟齬・矛盾である。
 観点を変えてみよう。例えば、仏陀の教えは、死の欲望に拠るのではないだろうか。輪廻から解脱するというのは、生の否定、生の乗り越えである。
 思うに、イデア界は、根源的調和界、大調和界であり、そこから、不調和の現世へと人間は生まれることになるのであるが、その意味は何なのか。
 どうして、根源的調和があるのに、不調和の現世へと生まれる必要があるのか、という考えが浮かぶのである。
 結局、物質化の問題となるだろう。これは、自我主義化と同質だと思う。これは、いったい何か。物質的自己(自我)の形成とは何か。
 とまれ、直感では、この物質的自己形成の力が死の欲動である。差異共鳴エネルギーという生エネルギーを否定しているから、そのように思われるのである。つまり、同一性主義志向性である。
 これは、確かに破壊的志向性である。暴力である。しかし、問題は複雑である。以上の視点から見ると、同一性主義化は、死の欲動によるが、実は、これは、これまでの考察からみると、差異共鳴性の影から発しているのである。光が受けた翳りである。反動である。
 思うに、この差異共鳴性の影であるが、それは、一方では、同一性主義的な暴力、外的な攻撃衝動となるのではないだろうか。他方では、根源的な大調和界(イデア界)への郷愁としての自殺的欲動となるのではないだろうか。
 そうならば、攻撃性と自殺はメダルの両面である。共通根源は、差異共鳴性における翳りである。通俗的に言えば、トラウマ(心的外傷)である。
 この攻撃と自殺のチェラビスとカリュブデスの危機を避けるにはどうしたらいいのか。
 それは、差異共鳴エネルギーが純粋に開花する世界を創ることではないだろうか。経済で言えば、差異共鳴経済社会の構築である。

参照1:

「死の欲動」の概念は、フロイトによって、かつての「性欲動」と同じやり方で探求されたわけではなかったので、その構造や機能についてはまだ明らかになっていない部分もあります。 しかし、フロイトは、大雑把にいって、次のような主張を行ないました。 「死の欲動」は、それ自体は生命体の中で沈黙していて、「生の欲動」と結びつかなければ、私たちには感知されません。 けれども、「生の欲動」が生命体を守るために「死の欲動」を外部へ押し出してしまうと、「死の欲動」はたちまち誰の目にも明らかに見えるようになります。 それは、他者への攻撃性(暴力)という形をとるのです。ところが、他者への攻撃には、当然危険も伴います。 他者が仕返しをしてくるかもしれないし、別の仕方で罰が与えられるかもしれません。それゆえ、これはとりわけ人間の場合ですが、自我は他者への攻撃を断念して、「死の欲動」を自分のうちに引っ込めるということも覚えねばなりません。 しかし、自我の内部には、この自分のうちに引っ込められた「死の欲動」のエネルギーを蓄積する部分ができ、それがやがて自我から独立して、このエネルギーを使って今度は自我を攻撃するようになります。 この部分のことを、フロイトは「超自我」と名づけました。 「超自我」は、フロイトによって、もともと両親(とりわけ父親)をモデルとして心の中に作られる道徳的な存在として概念化されていましたが、フロイトはここに至って、超自我のエネルギーが、実は「死の欲動」に由来するという考え方を示したのです。

 今日の社会状況の中には、「死の欲動」の存在を裏づけるかのような現象が頻発しています。 それはたんに、凶悪犯罪やテロリズムの増加といったことばかりではありません。 超自我のメカニズムは、鬱病 や依存(中毒)といった病理に密接に関係しています。 私たちはいまこそ、「死の欲動」の概念と本気で向かい合わねばならない時代にさしかかっているのではないでしょうか。

http://d.hatena.ne.jp/
ueyamakzk/20061111
Freezing Point
参照2:
だが、この論考において、フロイトは死の欲動を有機体の根源的な欲動として捉えた。欲動は、「欲望」というような積極的なものではなく、フロイトによると、「生命のある有機体に内在する脅迫」である。だから、死の欲動は死を「希求」したりしない。むしろ、生命の初期状態への回帰として、死へと戻ろうとするのだ。
http://blog.shunsukesasaki.
com/?p=188


町村派の亀裂:公明党と「構造改革」路線の対立:自民党解体へ?:国民と企業の差異共鳴経済へ向けて
町村派の亀裂:公明党と「構造改革」路線の対立:自民党解体へ?:国民と企業の差異共鳴経済へ向けて

テーマ:福田政権とポスト福田

町村派の亀裂のようなものであるが、森喜朗元首相は、おそらく、公明党との関係に気を使っているのではないだろうか。
 中川氏が小池氏を擁立すると、その関係にひびが入ることになるのではないだろうか。
 そう見ると、問題は、公明党と「構造改革」路線の関係である。公明党は麻生氏を支持するだろうから、当然、「構造改革」路線とは対立する。
 この二つの対立で、総裁選を行うと、自民党はエネルギーを消耗して、痛手を被るだろう。そうなると、衆院選挙は闘えないだろう。
 政治が不毛、貧困なのは、政策が、旧態の公共投資路線と亡国の「構造改革」路線の二項対立でしかないことである。第三の政策、すなわち、差異共鳴路線が必要である。小沢民主党は、その点を志向している向きがある。すなわち、他者のある政策である。
 自民党は完全にアンシャン・レジーム状態である。封建的近代主義である。トランス・モダンの差異共鳴路線、国民と企業との共鳴主義を志向する創造的政策が必要である。
 
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スコープ 最大派閥に亀裂

2008年9月4日 紙面から

 自民党最大派閥の町村派(八十八人)が難局に直面している。最高顧問の森喜朗元首相が三日、中川秀直元幹事長らが模索する同派の小池百合子元防衛相擁立の動きに公然と疑問を投げかけた。総裁派閥として八年以上結束してきた同派だが、福田康夫首相の退陣を機に、派内の足並みの乱れが見えてきた。 (篠ケ瀬祐司)

 発端は、森、中川両氏や安倍晋三前首相ら同派幹部による二日夜の会合。この席で、総裁選で派としては候補を擁立しないことと、当面は党内の動きを静観することを決めた。

 中川氏らに近い議員らはこの決定を、「自主投票」と解釈。「誰の推薦人になろうと構わない」(同派幹部)と受け止めて公然と小池氏の擁立に動き始めようとした。

 しかし、同派の代表世話人の一人である中川氏が候補者擁立を加速させれば「静観」の決定が有名無実化してしまう。このため、森氏は三日午後、記者団に「自主投票とは決めていない」と強調。同時に「代表世話人が小池さんに出なさいというのは、微妙なところがある」と、中川氏の動きに、不快感をあらわにした。

 森氏が問題視するのは、中川氏が「改革派から誰か立てないといけない」と、麻生太郎幹事長の対抗馬を改革派候補と位置付けている点だ。

 中川氏は、構造改革による経済成長を重視する立場から、麻生氏の財政出動優先での景気回復路線に対抗しようとしている。このまま中川氏が対抗馬の擁立に走れば、総裁選は「麻生」対「改革派」の対決構図になる。この展開は、麻生氏にとっても、党にとっても好ましくないと、森氏は考えている。

 「改革派を出さなければいけないというが、麻生氏は改革派ではないのか」という森氏の発言には、そのいらだちが感じ取れる。

 ただ、森氏の思いをよそに、中川氏は三日夜も都内で記者団に「いい総裁選ができるといい」と、小池氏を含めた対抗馬擁立に動きを止めることはなかった。派内からも「それぞれ、信念に従ってやればいい」(閣僚経験者)と自主投票を求める声が強まっている。

 森、小泉、安倍、福田と四代続けて首相を輩出してきた派閥は今、確実に遠心力が働き始めている。http://www.tokyo-np.co.jp
/article/politics/scope
/CK2008090402000125.html

与謝野氏擁立の動き 自民総裁選 小池氏、出馬へ調整

2008年9月4日 朝刊

 福田康夫首相(自民党総裁)の後任を決める党総裁選は三日、麻生太郎幹事長や出馬を検討している小池百合子元防衛相のほか、与謝野馨経済財政担当相の擁立を目指す動きが表面化した。小池氏は立候補に必要な二十人の推薦人が確保できれば出馬したい意向で、推薦人確保に全力を挙げている。 

 麻生氏は八日に正式表明し、公約を発表する方向。

 小池氏に対しては、中川秀直元幹事長らが擁立を模索。ただ、小池、中川両氏が所属する町村派の森喜朗元首相は三日、記者団に「派がまとまって誰かを推すことは避けなければならない」と述べ、同派としての統一候補は見送るべきだとの考えを示した。同派の全面支援が見込めないことで、小池氏の推薦人集めは難航。中川氏に近い同派議員は同日夜、「推薦人集めは難しい」と述べた。

 与謝野氏に対しては、財政再建を重視する政策に同調する議員らが出馬を促し、推薦人集めの準備に入った。

 また、候補として名前が挙がっている石原伸晃元政調会長は、塩崎恭久元官房長官ら若手・中堅議員と協議。派閥の枠にとらわれない形で、複数の候補者が政策論争できるような総裁選の実現を党側に要請することを決めた。古賀誠選対委員長、山崎拓前副総裁、加藤紘一元幹事長も会談し、複数候補による選挙が必要との考えで一致した。

 同日午後の両院議員総会では、一部の若手が総裁選の在り方について、党員投票の実施を求めたが、十日告示、二十二日投開票の日程は了承された。
http://www.tokyo-np.co.jp/
article/politics/news/
CK2008090402000127.html


参考1:

[09/03]福田退陣の次に来る政治に警戒を続ける。
村野瀬玲奈の秘書課広報室

参考2:
公明党東京都議会議員の口利き疑惑


  今日の新聞で私が注目したのは、何といっても読売新聞のスクープである。

  公明党の東京都議会議員が、新東京銀行からの融資を巡って、献金と引き換えに口利きをしていた事実を、独自の調査に基づいてすっぱ抜いた。

http://www.amakiblog.com
/archives/2008/09/04/#001119

天木直人のブログ


以下転載被許可記事

◆ 2008/09/04(水) 「小池はマダムスシの一件で愛想が尽きた」
おぞましい女達
 政治を「好き嫌い」で語る.これが最も間違いやすいことなのだが…,
 私的には,上の三人は,好き嫌いどころか嫌悪感で一杯になる.
 これに片山さつきが入ったりしたら,嘔吐感におそわれるだろう.
 こういう感覚は,日本のおばちゃんやオッサン達にはない.
 小池百合子嫌いは,若年層に多い.巨大掲示板の書き込みには…,
 「小池のやつ環境大臣のときに亀田ファンを公言し、環境省のポスターに亀田使ってただろ。あの騒動のあとまったく言わなくなったわ」
 「小池はマダムスシの一件で愛想が尽きた」
 「小池百合子はインタビュー聞いてても、記者を小ばかにするような発言や薄ら笑いが多く、なんだか女・福田チンパンのような匂いがして嫌いだ」
 (チンパンとはチンパンジー.巨大掲示板で「チンパン」とは福田首相のこと.)
 「福田退陣後はマスコミが詰め掛けるのを予想してか、すっごい厚化粧で腹話術の人形みたいな顔してたな」
 「小池百合子なんてただの政界妾じゃねえかよ.世界中の笑い者になる」
 …といった書き込みが目立つ.
 いっぽう,テレビ局は,またもや世論を操作し,「小泉フィーバー」の時のような「小池フィーバー」を招来させようとしている.
 要注意である.
http://www.geocities.jp
/o1180/index.html
飯山一郎の小さなHP:低下低下=てげてげ



2008年09月03日(Wed)▲ページの先頭へ
減価通貨と差異共鳴生成消滅エネルギー方程式:(+i)*(-i)⇒±1⇒0
減価通貨と差異共鳴生成消滅エネルギー方程式:(+i)*(-i)⇒±1⇒0

テーマ:差異通貨・貨幣論

以下が、ゲゼルの減価する貨幣(消滅貨幣)論の一部である。
 論旨はよくわかるのである。交換価値主義的金融資本主義の否定である。ただただ、商品の交換主義に根差していて、そのために貨幣をもそれに従属させる必要から減価させるのである。
 PS理論から見ると、差異共鳴エネルギーが、商品にはあるのであり、それは、生成消滅するものである。また、売買によって交換される貨幣は、差異共鳴エネルギーを生成消滅的に保持しているということになるのではないだろうか。
 だから、それは、同一性価値ではあっても、同一性主義価値ではないのである。生成消滅する価値としての同一性価値=貨幣価値である。
 この生成消滅性を数式化する必要がある。自己認識方程式では、+1=同一性は生まれるが、生成消滅性が出てこない。
 思うに、左辺にそれが考えられるかもしれない。かつて、Kaisetsu氏がエネルギー保存則に言及したが、それを考えると、+1に対して、-1が発生すると言えるのではないだろうか。同一性主義である。これが、同一性と相殺して、ゼロになるということではないだろうか。
 つまり、(+1)+(-1)⇒0(ゼロ)ということになるのではないだろうか。これが生成消滅の数式化ではないだろうか。つまり、自己認識方程式を書き換えて、

(+i)*(-i)⇒±1⇒0

ということになるのではないだろうか。これは、差異共鳴生成消滅エネルギー方程式と名付けることが出来よう。今はここで留めるが、後で再検討したい。
 
****************

新聞が古くなり、ジャガイモが腐り、鉄が錆び、エーテルが蒸発するように劣化するお金だけがジャガイモや新聞や鉄やエーテルの交換手段として認められる。そのようなお金は、消費者からも商品の販売者からも好まれない。お金に対して商品を提供するのは、お金を交換手段として使うからであり、お金の所有に伴う利点を期待しているからではない。

お金を交換手段として改良するためには、商品同様お金を劣化させなければならない。

商品の所有者が常に急いで交換をする必要性がある以上、公平を望むなら、交換手段の所有者も同じように急いで取引をさせるようにするべきだ。供給は直接的で固有の強制力に支配されているが、需要のほうにも同じ強制力を持たせなければならない。
http://www3.plala.or.jp
/mig/gesell/nwo4-1-jp.html

〜代表作「自然的経済秩序」〜
第4部 自由貨幣・お金のあるべき、そして可能な姿
4-1 自由貨幣
シルビオ・ゲゼル研究室


一神教の問題:キリスト教三位一体と太元・太極的三位一体:トランス一神教的新太元文明の黎明
この問題は、東方キリスト教(正教会)と西方キリスト教(カトリック教会、プロテスタンティズム)との対立にも関係する重大な問題であるが、以下、本問題の解明の試論である。
 PS理論では、根源的三元性ないしは三一性を説く。それは、自己認識方程式の左辺に明確に現われている。即ち、(+i)*(-i)である。+iが一つの根源要素であり、-iがそれと対となる根源要素であり、双極を形成していて、その極性様態事象(根源事象)が、いわば、太元(太極)である。換言すると、根源的陰陽性(超越的極性)である。古事記では、これは、三柱の神として表現されていると考えれるのである。
 この根源事象を三位一体と呼ぶことができるだろうか。それは可能である。ならば、キリスト教の三位一体とはどう関係することになるのか、である。
 キリスト教の三位一体論は、推察では、この根源的三位一体論から発生しているが、それとの関係はいかなるものだろうか。すなわち、「父」と「子」と「聖霊」の三位一体と根源的三位一体との関係はいかに。
 「父」が問題であるが、「父」は、結局、太元・太極であると考えられる。つまり、「父」は本来「母」である。これが、キリスト教ないしは一神教の大問題点の一つである。
 「子」であるが、それは、根本的には、「母」の「子」である。これは、⇒+1の+1と推察できる。
 「聖霊」であるが、それは、端的に、差異共鳴エネルギーと考えられるので、Media Pointである。
 「父」が唯一神・超越神ヤハウェになっているのであるが(聖書には、本来、ヤハウェとは別に、エローヒームが存する)、ここにキリスト教ないしは一神教の最高度の問題があると言っても過言ではない。
 唯「独り」の神と言った時、それは、「子」の+1と混合されやすいだろう。言い換えると、「一(いつ)」の問題である。
 太元・太極を「一」と見ることは可能であるが、それは、「一」即「双極」なのである。だから、唯一神の「一」とは異質である。言い換えると、唯一神の「一」とは、端的に言えば、同一性主義なのである。超越的同一性主義なのである。差異=神々を排除して形成された超越的同一性主義である。
 だから、作業仮説的であるが、キリスト教三位一体性とは、根源的三位一体性とは異なるものであると言わなくてはならない。
 唯一神=超越神の超越的同一性主義を、根源的三位一体論から「脱構築」することができるのであるし、今日、それが必要になっていると考えられるのである。トランス一神教である。
 ヤハウェは、新しい太元・太極、即ち、新母神に包摂されることになるのである。もっとも、既述したように、ヤハウェは実際は、太元・太極・太母の極端な一面、物質主義的側面だったのである。それが、今や、生成回帰によって、本源的な双極様相を復活し始めたと言えるのではないだろうか。
 新たな「天の岩戸」の開扉である。ヤハウェが基盤・「インフラ」となり、新しい太母文明(新超越光文明)の黎明となっていると考えられるのである。


どうして、世界は異常で、争いが絶えないのか:トランス同一性主義と文明超転換/超進化の時代
この問題の解明は既述したが、ここで簡潔に説明したい。
 結局、いわゆる、文明と呼ばれるものが、実際は父権的文明であるということであり、それ以前に、母権的文明があったと考えられるが、母権的文明は文字をもたなかったので、その痕跡が美術や考古学に残っているが、精神的文明であったと考えられるので、父権的文明(物質的文明)の視点からは理解が難しいものになっていて、ほとんど明確に理解されていないと考えられる。
 とまれ、父権的文明とは、同一性主義文明である。あるいは、自我主義(エゴイズム)文明であり、国家主義文明である。【仏教はこれに対する、「脱構築主義」を説いたし、キリスト教のイエスの教えも本来、これだと思うが、一神教(ユダヤ教は単純には一神教とは呼べないと思う)に取り込まれた。】
 これは、端的に暴力的文明なのである。差異(他者)を否定するところから同一性主義が生まれるのであるから、当然、そうなのである。
 父権的文明の初めに、暴力ありき、なのである。男性は、思うに、同一性へと傾斜しているので、暴力である同一性主義が発生すると考えられるのである。女性は本来は、差異共鳴主義であるが、男性の同一性主義によって支配されて今日に至っているのである。【もっとも、今日は、新しい母権的文明が生まれる前夜である。】
 経済で言えば、投資主義が父権主義だと思う。投資主義は、贈与することを忘れて、盲目に非合理主義的に突き進むのであり、例えば、サブプライム問題を発生させるのである。だから、新母権的経済学が必要である。【新母権的経済学は検討課題である。】
 世界を平和にするには、トランス同一性主義=差異共鳴主義が必要である。そう、今日、現代は、人類文明の超転換=超進化の時代と言えよう。


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カレンダ
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