INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2008/09/17

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2008年09月17日(Wed)▲ページの先頭へ
私説:アメリカ経済破局は、ユダヤ・キリスト教西洋文明の終焉を意味しているのではないのか
私は、哲学・神話学的見地から、これまで、ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明を唱えてきたし、最近はそれを、トランス・モダン文明への転換と考えている。
 さて、リーマン倒産に発するアメリカの経済大危機(破局)であるが、これは、文明・文化論的には、ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明を象徴するターニング・ポイントのように思える。
 私は哲学的に同一性主義を徹底的に批判してきた。ポスト・モダン哲学においては、デリダが同一性主義を脱構築した。しかし、脱構築主義は、同一性主義(ロゴス中心主義)を否定するだけでなく、同一性も否定してしまったと私は考えている。そうすると、すべての現象が否定されてしまい、一種のニヒリズムに陥ると考えられる。
 しかし、PS理論は、差異と同一性の即非様相を説くのであり、同一性を否定してはいない。同一性は認めるのである。例えば、簡単に言えば、眼前の建物は建物として認めるのである。
 とまれ、本題にもどると、リーマン倒産であるが、それは、資本主義における同一性価値を中心化して、同一性主義から生じたものと考えられるのである。
 デリバティブ等の金融商品であるが、それは、結局、同一性価値を追求するもので、同一性主義と考えられる。そして、何故、同一性主義が肯定されるのかと言えば、それは、文明・文化的に、ヤハウェ的一神教が基盤にあるからと考えられるのである。ヤハウェ的一神教が同一性主義を支えていると考えられるのである。
 ということで、簡単ではあるが、リーマン倒産とは、ユダヤ/キリスト教的価値観の破綻と考えられるのである。より精緻に言えば、ヤハウェ的同一性主義の崩壊である。
 このように見ると、リーマン倒産は、西洋文明の崩壊を意味すると考えられるのである。ヤハウェ的西洋文明の帰結として、リーマン倒産が考えられるのであり、その意味から、ポスト・アメリカ/西洋文明が考えられるのである。
 私はこれまで、同一性主義資本主義を乗り越える、差異共鳴的資本主義を唱えている。わかりやすく言えば、金儲けではなく、差異共鳴価値のための経済になるということである。金儲けはそれに包摂されなくてはならないのである。
 
参照:

米ゴールドマン:6−8月70%減益−助言やトレーディングが不振(2)
米証券大手ゴールドマン・サックス・グループが16日発表した2008年6−8月(第3四半期)決算は、前年同期比で70%の減益となった。M&A(企業の合併・買収)助言手数料や株式トレーディング収入の減少で、株式公開以来の9年で最大の減益幅となった。
リーマン破たんの影響が全国規模で波及−取引総額2600億円(表付)
米AIG、増資失敗すれば17日に破産法適用申請へ−CNBC
http://www.bloomberg.co.jp/
Bloomberg.co.jp


参考1:

安部芳裕の新著「金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った」のご紹介

反ロスチャイルド同盟の主催者、安部芳裕氏の新著『金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った』が発売されました。お金の仕組みと世界の構造を解き明かし、この行き詰った世の中をどのように変えてゆけば良いのかを提案している渾身の力作だそうです。
安部氏は秘密政府の研究に徹底している人物であり、この本をベストセラーにすることにより、隠された真実を多くの人に知ってもらい、ニュー・ワールド・オーダー・グループの支配計画を頓挫させ、希望ある未来が開かれることを望んでいます。
皆様のお力で是非ベストセラーに押し上げていただけ幸いです。宜しくお願いいたします。

(※ちなみに、このタイトルは出版社がつけたもので、実際はロスチャイルドが金融のしくみを全部つくったわけではありません。出版社からすれば、そう思えるぐらい影響力が強いというところを強調したかったのでしょう。ですから、このタイトルだけは事実ではないという点をご了承いただきたいそうです。)
金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った (5次元文庫 あ 3-1)

BenjaminFulford 


参考2:

★ 2008年9月16日 火曜日 10時更新

・・・・・

● 余談  二極化社会の到来

 リーマンの倒産が、アメリカのみならず、世界の資本主義体制を根幹から揺さぶっている。おそらく、年内にも世界規模で、先進国、資本主義国家の主要な産業は、金融封鎖により当座融通資金を失い、壊滅的打撃を受けて大混乱に突入するであろう。無傷ですむような企業は一つもない。あらゆる個人、組織が、倒産連鎖により取り返しのつかないほど深い痛手を負うことになる。
 1929年の大恐慌が第二次世界大戦を呼んだように、今度の大恐慌も確実に第三次世界大戦を引き起こさずにはいられない。この必然的なプロセスの中で、人類の数分の一が死滅するほどの巨大な淘汰の時代がやってくるに違いない。世界は大恐慌・大淘汰の時代に突入したのである。

 このとき、これまで社会の景気高揚に隠れて見過ごされてきた一個の人間としての姿勢が、あらゆる形で問われることになる。いかなる権威・組織・伝統も個人を守らず飾ってくれない時代がやってくるのだ。誰一人、幻想・権威・資金・資材の影に隠れて自分を塗りつぶそうとすることなどできない。生身の弱い肉体、愚かな心を持った究極の人間性が問われるのである。
 このとき、何をよりどころに生きているのか? この志操によって、その人の色彩が明らかとなり、人は選ばれることになるだろう。

 すなわち、人は天国に生きるのか? それとも、地獄に生きるのか? 選ばれ振り分けられることを覚悟しなければならない。
 年末には、仕事を奪われ、預金を奪われ、年金を奪われ、今日の食事にすら窮する人々が大勢現れ、街頭に餓死者の遺骸が散乱する事態になりかねない。今の日本政府に、大混乱を阻止し、安定した社会体制を確保できる実力は存在しない。
 また韓国やフィリピンなど、東アジアの小国のデフォルトも避けられず、その波及連鎖によって日本政府もデフォルトに追い込まれると見ている。

 こうなれば、衣食住の最低限を確保することが主題の難民生活が始まるわけで、人間同士が、すべての見栄や批判を捨てて助け合って、支え合って生きてゆく以外に生き延びるすべがない。ここに、助け合いの温かい心に天国が成立するのである。
 一方で、人を出し抜き、騙して、人の愚かさを嘲笑して、豪邸・高級車・ブランド三昧の豪奢な生活に酔いしれてきた人たちの運命はどうなるだろうか?
 この人たちには、もはや人が支え合って生きてゆくビジョンなどかけらも見えないだろう。特権階級の幻想から醒めることもできず、自分が弱いタダの人にすぎない現実も最期まで認めることができないだろう。
 これこそ、まさしく地獄の顕現に他ならない。自分だけが他人を出し抜いて、騙して蓄財にひた走り、高笑いして特権を謳歌してきた人たちが、突然、助け合って支え合って生きることなど、「ラクダが針の穴を通るより難しい」のである。他人には決して与えず、奪うことしか知らない人たちが、温かい心を取り戻すには、究極の地獄を経験し、凄まじい苦悩にのたうちまわって人生の真理を思い知るしかないのである。これを地獄と呼んでいる。

 人々は、天国か地獄か、どちらに生きるのか? 選ばなければならない。
 もちろん、日本では、すでに地獄にいる人たちが大部分であって、彼らは人助けを軽蔑する故に、自分をも助けることができない。過ちを犯した人たちを死刑によって殺せと要求してきた人たちは、今度は、生き延びるために過ちを強要される人生を体験することになるだろう。それを決して許さなかったのだから、今度は、自分自身に死刑を求めるしかないのだ。
 人の過ちを自分自身のこととして許容し、その再生、更正を願ってきた人たちは、最低限の衣食住に満足し、同じ志操を持った人たちと支え合って生き抜いてゆくことができるだろう。人間にとって、困難を克服するということは本当に楽しく充実した人生なのだ。助け合う人々は天国に生きることになるだろう。
  我々は、どちらの人生を選ぶのか? 選択を迫られているのである。
 
 年末には、その分岐点がやってくる。都市は地獄になるだろう。人々は争い、奪い合い、殺し合うことになるだろう。店という店、企業という企業がやらずぼったくりの詐欺商売を始めることになる。少しでも資産を持っていれば、すべて奪われることになる。
 もう、まっとうな人間性を愛する者たちは都会で生きてゆくことなどできない。都会はマッドマックスの世界だ。だから田舎に行くしかない。それも遠い過疎の田舎に行って、友と一緒に見捨てられた畑を耕し、芋を作り、最低の自給自足生活に甘んじなければいけない。
 贅沢を愛する者が生き延びる余地などどこにもない。最低の生活に人生最高の価値を見いだせる者だけが生き延びることができるのだ。
http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/yoti01.htm

東海アマチュア無線  地震予知研究会



私論:アメリカの経済危機は、ユダヤ・キリスト教西洋文明の終焉を意味しているのではないのか
私は、哲学・神話学的見地から、これまで、ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明と提唱してきたし、最近はそれを、トランス・モダン文明へと転換と考えている。
 さて、リーマン破綻に発するアメリカの経済大危機であるが、これは、文明・文化論的には、ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明の象徴するターニング・ポイントのように思える。
 私は哲学的に同一性主義を徹底的に批判してきた。ポスト・モダン哲学においては、デリダが同一性主義を脱構築した。しかし、脱構築主義は、同一性主義(ロゴス中心主義)を否定するだけでなく、同一性も否定してしまったと私は考えている。そうすると、すべての現象が否定されてしまい、一種のニヒリズムに陥ると考えられる。
 しかし、PS理論は、差異と同一性の即非様相を説くのであり、同一性を否定してはいない。同一性は認めるのである。例えば、眼前の建物は建物として認めるのである。
 とまれ、本題にもどると、リーマン破綻であるが、それは、資本主義における同一性価値を中心化して、同一性主義から生じたものと考えられるのである。
 デリバティブ等の金融商品であるが、それは、結局、同一性価値を追求するもので、同一性主義と考えられる。そして、何故、同一性主義が肯定されるのかと言えば、それは、文明・文化的に、ヤハウェ的一神教が基盤にあるからと考えられるのである。ヤハウェ的一神教が同一性主義を支えていると考えられるのである。
 ということで、簡単ではあるが、リーマン破綻とは、ユダヤ/キリスト教的価値観の破綻と考えられるのである。より精緻に言えば、ヤハウェ的同一性主義の崩壊である。
 このように見ると、リーマン破綻は、西洋文明の崩壊を意味すると考えられるのである。ヤハウェ的西洋文明の帰結として、リーマン破綻が考えられるのであり、その意味から、ポスト・アメリカ/西洋文明が考えられるのである。
 私はこれまで、同一性主義資本主義を乗り越える、差異共鳴的資本主義を唱えている。単純に言えば、金儲けではなく、差異共鳴価値のための経済になるということである。金儲けはそれに包摂されなくてはならないのである。


   




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