INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2008/09/11

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2008年09月11日(Thu)▲ページの先頭へ
考察課題:テレビの視聴覚情報の洗脳力を哲学的に分析する
以下、飯山氏が、自民党総裁選のテレビ・メディアによる政治洗脳から悲観的になっているが、私見では、小泉元首相の政権のときのような一種ファシズム現象はないと見ているが(社会保障の破壊・崩壊で、衆民が無惨な思いをしていることがその大きな理由である)、それでも、テレビの視聴覚情報洗脳力は侮れないので、ここで、それを哲学的に分析、考察してみたい。
 以前から私は、テレビを視聴することは、直感的に、意識にとって、きわめて危険であると思っている。害毒・害悪が意識に垂れ流されるのである。
 視聴覚とは、緩衝回路がないので、直(じか)に感覚・知覚・意識に作用すると考えられる。しかし、直に作用するなら、自然現象もそうであるが、それは、危険の反対で、浄化作用をもつことが多い。
 テレビと自然現象の相違は、当然、人間の表現の介在の有無である。人間の表現、それも、放送局を介した人間の表現の介在、ここに問題がある。
 放送局が日本の場合、多くの人が指摘するように、政治経済支配権力と癒着しているのである。これは、メディアにおける封建的近代主義(国家統制主義)である(この点では、日本人は、簡単には、北朝鮮体制を笑えないのである)。
 今は、簡単に触れるに留めるが、テレビを介した言葉、表情等は、いわば、自然現象のように視聴者に届くのである。この「自然現象のように」というのが、たいへんな曲者である。すなわち、無批判に受容するということがここには生じているのである。
 これは、批判的思考をもっていない人は、そのようにテレビ視聴覚情報を信じてしまうのである。また、批判的思考をもっている人も、受容という点では、最低限は洗脳はされるのである。
 言い換えると、テレビ視聴覚情報は、人間のもつ素朴な受容力に作用して、それに取り入ってしまうという性質をもっていると考えられる。
 だから、情報化の現代、批判的思考を積極的にもつことが重要なのである。
 小泉構造改革のときに起った狂信的な現象であるが、私は、小泉元首相を見て、直感的に胡散臭いと感じた。おそらく、明晰な批判思考をもたなくても、直感力をもつならば、テレビ・メディアに洗脳されることはないと考えられるのである。
 勿論、批判的思考は形成されるべきであるが、それ以前に直感思考が必要だと思うのである。それは、端的には、差異の感性である。差異の感性があれば、直感的に、小泉元首相がパフォーマンスを行っているのが、わかるのである。
 そう、差異の感性とは、真の芸術的感性である。今日、真の芸術的感性が衰退しているので、このようなテレビによるメディア災禍(メディア・ハザード)が起るとも言える。(p.s. より的確に言えば、知的感性である。感性が個の基盤であるが、それを不連続化した知性における感性である。言い換えると、特異性の感性に基づく知性であり、知的感性、知的直感性である。Media Pointの感性である。p.p.s. 知的感性ないしは差異感性であるが、そこには、Media Pointが存するので、倫理的である。今日、マスメディアは、倫理が欠落しているのである。3p.s.  詩人シラーが説くように、芸術的感性と倫理は共通しているのではないだろうか。今日の社会のカオスの根源には、根本の精神性、芸術的感性と倫理との根本的共通性の認識の欠落があるのではないだろうか。すべては、近代的同一性主義、封建的近代的同一性主義による混濁・汚染・混乱に拠るのではあるが。)
 今はここで留める。もっと、後で緻密に検討したい。一言いうと、現象認識の問題である。皮相的な同一性主義認識に留まれば、当然、テレビ視聴覚情報に踊らされるのである。あるいは、言い換えると、個を形成していないとそうなるのである。結局、近代日本の問題、即ち、封建的近代主義という近代日本文化・社会の問題があるのである。(p.s. 結局、個の倫理の形成・確立の必要があるのである。個的倫理が形成・確立されなければ、法律は単に形式主義になるのである。個的倫理、差異的倫理、特異性の倫理が必要なのである。カントの実践理性とは、実は、Media Pointの差異共鳴能動力である。)

P.S.

芸術は倫理的であり、

倫理は芸術的である。

芸術と倫理と

批判的知性は

三位一体となる。

PS理論的

新真善美論である。


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転載被承認記事

◆ 2008/09/11(木) テレビ局.自民党のイメージアップに全面協力.
bansoko1
「絆創膏」から
koike1
「クールビズ」へ
 昨日から,テレビ局は,自民党の政策宣伝メディアになった.
 自民党総裁選の政策論争をニュースとして伝えるのではなく,自民党の政策を宣伝している.
 そうして,自民党のイメージアップに全面協力している.
 現代の選挙は,テレビを上手に活用した政党が勝つ.
 “テレビを利用する技術”は,自民党と公明党が圧倒的に上手だ.
 民主党の“テレビを利用する技術”. これは最低だ.
 党首の小沢一郎のテレビうつり. これも最低だ.
 そこで,今日の結論.
 (1)近々行われる衆議院選挙で,自民党は負けない.
 (2)政権交代は,ない.
 (3)日本の政治は何も変らない.
http://www.geocities.jp
/o1180/index.html
低下低下=てげてげ


時代精神の変化?:モダニズム的形式主義の終焉とトランス・モダンの新しい歌
YouTubeを載せたブログを以下を見られたい。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10137812486.html

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いったい何の風の吹き回しか、モーツァルトを、それも、ピアノ協奏曲を取り憑かれたように聴いている。
 私はつい最近までは、モーツァル音楽に何の感銘を受けない状態であったのであるが、この突然の「豹変」は何なのか。なにか、時代精神の変化があるのではないだろうか。もう少し言えば、宇宙精神の変化である。
 私は、これまで、内田光子の演奏をあまり評価してこなかったが、今は感銘を受ける。(とは言え、以下のラトル指揮ベルリン・フィルとの演奏は、問題があるが、それでも、聴ける演奏ではある。)
 思うに、モーツァルトの音楽に対する興味が失せていたのは、演奏の質に拠るのかもしれない。思うに、演奏の質の変化が、ここ数十年においてあったのではないだろうか。形式主義が終って、新しい歌が始まったのではないだろうか。私は、マルゲリッチやポリーニの演奏は形式主義で古いものだと思う。悪しきモダニズムだと思う。
 しかし、内田光子の演奏は、新しい歌がある。そう、形式ではなく、歌が復活したのである。しかし、それは、反動ではなく、モダニズム的形式を経由した後の、新しい歌である。つまり、トランス・モダン的歌ということになるだろう。
 とまれ、内田光子とベルリン・フィルはミスマッチである。危険である。アバドが、ベルリン・フィルの指揮者となり、アバドの指揮者生命がほとんど潰されてしまったのである。ベルリン・フィルは、クラシック界の伏魔殿である。それは、同一性主義的なものを強くもっているのである。
 ところで、思うに、私はまったくカラヤンの演奏は、晩年を除いて、化粧演奏なので、批判しているが、思うに、ベルリン・フィルのもつ形式主義性=モダニズムに影響されてしまった面もあるのではないだろうか。
 そう、カラヤンが悪いというより、ベルリン・フィルが元凶ではないだろうか。

p.s. 以下にあるレクイエムの演奏はすばらしい。カール・ベーム以来の優れた演奏ではないだろうか。魂の演奏である。すばらしい。感性と知性が調和した見事な演奏である。納得の出来る演奏に出会えたという思いである。

p.p.s. モダニズムは、二面性をもっている。形式主義性とトランス・モダン性である。前者が、今日まで、悪しき影響をもたらしてきたと思う。後者の側面を喪失してきたのである。


   




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