INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2008/09/09

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2008年09月09日(Tue)▲ページの先頭へ
近代合理主義/近代的自我/唯物論の敗北:「影」の逆襲とトランス・モダン
今日の日本社会の病理、そして、世界社会の病理は、ひと言で言えば、近代合理主義/近代的自我/唯物論の敗北といえる。もっとも日本の場合は、正確に言えば、封建的近代主義である。
 近代主義は、「光」であり、非近代主義を否定して、「闇」に葬り、「影」となったのである。そして、今日、この「闇」・「影」の逆襲を受けているのである。
 今日、近代主義的「光」に対して、もろもろの「闇」=「影」が発生している。そこには、強烈・激烈・酷烈に、「悪」があるのである。そして、同時に、超越光が潜んでいるのである。そう、「影」を取り戻す必要があるのである。近代主義が否定・抑圧・排除・隠蔽した「闇」には、潜在・可能的超越光が潜んでいるのである。
 哲学的には、「闇」ないしは「影」には差異(差異共鳴性)が潜むのである。しかし、当然ながら、単に差異だけではなく、否定反動を含むのである。この否定反動は、同一性主義否定暴力だけでなく、差異からの反動性を含むといえよう。(ちなみ、フロイトの死の欲動概念であるが、それは、同一性主義否定暴力と差異的反動を区別していないのではないだろうか。後で検討である。)そう、だから、いわば、近代主義/同一性主義的活断層である。(ドゥルーズ哲学の差異とは差異的反動ではないかと思う。つまり、連続的差異である。また、差異的反動=連続的差異とは、オカルト主義の「霊」ではないだろうか。とは言え、シュタイナーのアーリマンとは、この同一性主義否定暴力であり、ルシファーとは差異的反動のことではないだろうか。後で検討。)
 そして、「影」には、真正の差異、差異共鳴性が潜在している。これは、どういう様態なのだろうか。同一性主義的否定面以外の「影」ということではないだろうか。つまり、少なくとも、「影」は三重ではないだろうか。すなわち、一つは同一性主義的否定性であり、一つは反動的差異であり、一つは純正差異ではないだろうか。
 だから、「影」の純正差異に到達するには、同一性主義的否定性と反動的差異性を乗り越える必要があると言えよう。仏教が言う空や虚空とは、この乗り越えによって到達する純正差異(Media Point)と言えるのではないだろうか。
 一番の問題は、この問題の経済領域における意味である。私が批判する同一性主義的金融資本主義とは、純正差異に到達していない「影」に支配されていると思われる。暴力的であり、狂気的である。
 では、経済領域において、どうやって純正差異を発現させたらいいだろうか。理論的に言えば、差異共鳴資本をそれとして、活用することである。差異共鳴資本の活用とは何か。具体的に言えば、先にも言ったが、技術革新への転化であり、社会保障制度への消費ではないだろうか。あるいは、事業への投資があるだろう。それを同一性主義的価値化することは、反動である。どう、端的に貨幣でいうと、貨幣価値は確かに、同一性価値=交換価値であるが、そこには、差異共鳴価値が潜在・内在していることを見なくてはならない。言い換えると、イデアとしての、ないしは、即非様相としての貨幣ということになるのではないだろうか。つまり、Media Pointとしての貨幣価値である。サブプライムローンのような金融資本主義は、同一性主義的なのであり、差異を完全に喪失しているのである。
 では、具体的には、どのように差異共鳴価値としての貨幣・資本を実現するのか、である。思うに、先にも示唆したが、差異共鳴価値贈与を企業が積極的に行うことで、そうなるのではないだろうか。これこそ、小さな政府が生まれる契機ではないか。
 後は、利益に差異共鳴価値税をかけることではないだろうか。それは、累進課税である。所得税である。とりわけ、利子による利益に対しては、差異共鳴課税をかけるべきだと考えられる。
 法的には、差異共鳴価値法を制度化すべきである。そう、これこそ、民主主義の経済法である。差異共鳴価値法は、思うに、企業の純粋創造力を高めるのではないだろうか。競争は、差異共鳴力にとって換わるのではないだろうか。今はここで留める。

清酒3万本に使用、回収へ=「辰之巳」から原料購入−熊本の酒造会社

9月9日13時24分配信 時事通信

 米粉加工会社「三笠フーズ」(大阪市北区)が農薬やカビ毒に汚染された事故米を食用に転売していた問題で、熊本県城南町の「美少年酒造」が事故米混入の可能性がある破砕米32.4トンを三笠フーズの関連会社「辰之巳」(大阪市)から仕入れ、「鬼ころし」など清酒7種8品目の計約3万本を製造、出荷していたことが9日、分かった。
 緒方直明社長が記者会見し、明らかにした。
 既に全国各地に流通しているが、美少年酒造は新たな出荷を自粛するとともに、流通分については自主回収する方針。
 同社によると、今年1月から5月にかけ、辰之巳から低価格帯の清酒原料に使用するため「国産米」として購入。問題発覚後、緒方社長が辰之巳に問い合わせたところ、「事故米は一切入っていないという報告を工場から受けている」などと回答を得た。しかし、8日に九州農政局などが調査した結果、伝票などが一致。混入した可能性のあることが分かった。 
http://headlines.yahoo.co.jp
/hl?a=20080909-00000094-jij-soci


中井正一と日本哲学:伝統と革新の融合美学:トランス・モダン美学?
以前、哲学者(美学者と一般に考えられるが、美学も哲学の一部と考える)、中井正一について言及したことがあると思うが、まだ、彼の哲学的評論のごく一部しか読んでいないので、明確には、論評することはできないのであるが、しかしながら、彼の「美学入門」の最初を読んだだけで、彼が伝統性と革新性をもっていたことがことがわかる。そう、両者を融合させた新美学を説いているのである。(トランス・モダン美学とおそらく言えよう。)
 とまれ、私は、たまたまある理由で、書棚に積ん読状態であった以下の書を手に取り、「美」の捉え方に共感したので、注目したのである。そう、彼の美学の根幹には、禅があると思う。流石に、京都学派である。
 神道と禅仏教との結合に、おそらく、日本哲学の根幹があると思う。
 中井正一は、いわば、左翼であったが、それを超えて、日本伝統美学を現代化した哲学者であったように思う。また、大事な点は、哲学の言葉を民主化しようとしたことである。難解・晦渋でありがちな哲学を、民衆のものにしようとしたのであり、それは、少し読んだだけだが、成功していると思う。
 とまれ、さらに読んで深めたい。

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中井正一評論集
長田 弘 編
■青198-1
■体裁=文庫判
■定価 903円(本体 860円 + 税5%)
■1995年6月16日
■ISBN4-00-331981-8
情報の高度化によって社会が大きく変わろうとしている.すでに半世紀以前にこの事態を予見し,知のネットワークの構想を熱く語った思想家がいた.困難な時代状況のもと,つねに理想を高く掲げて未来へと発信しつづけた中井正一(一九〇〇―一九五二).「委員会の論理」「美学入門」を始め独創性と先駆性に満ちた十八篇を収録
http://www.iwanami.co.jp
/.BOOKS/33/8/3319810.html

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中井正一

『美学入門』
1975 朝日新聞社
中井正一は「きれい」を考えた。「きれい」を感じる者はいくらでもあるが、「きれい」を理論的に考察し尽くしたいと詰めたのは中井以前にはほとんどいなかった。だから中井は集団や委員会にさえ美学が必要だと説いた。有名な『委員会の論理』である。

・・・・・
すでに戦前、中井は『日本的なるもの』という長いエッセイで、次のように書いていた。「新しき欧羅巴の意味するものと、所謂日本的なるものとが一致するのではないかと云う考えは、彼地の批評家が漸く今や抱きはじめた関心である」「日本的なるものが如何なる歴史的類型を経て現在にまじれるか、そしてその凡てに対して、現代が如何なる角度をもって交渉をもつか、もし歴史の見方そのものが自ら歴史的であるとするならば、現代は現代の日本的なるものを決定すべきである」と。

http://www.isis.ne.jp/
mnn/senya/senya1068.html

松岡正剛の千夜千冊

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中井正一
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索

中井 正一(なかい まさかず、1900年 2月14日 -1952年 5月18日 )は日本 の美学者 、評論家 、社会運動家 。広島県 出身。

西田学派 の流れを汲みつつ、中井美学と呼ばれる独自の美学理論を展開した。その理論は極めて広範多様な対象への実践的な視点で知られる。1936年 に発表した代表的論文『委員会の論理 』をはじめとして、その著作は戦前戦後を通じて、いわゆる進歩的文化人 を中心に広く影響をあたえた。京都帝国大学文学部、相愛女子専門学校(現、相愛女子短期大学 ・相愛大学 )講師。1948年 、羽仁五郎 の推薦で国立国会図書館 副館長に就任し、その基盤確立に尽力した。

近年、中井のメディア論 が再び注目されており、再評価の動きが高まっている。長男は情報科学者 、図書館学者 の中井浩 (なかいひろし)。
略歴

* 1900年 2月14日、大阪市の緒方病院で帝王切開 にて誕生。本籍は広島県 賀茂郡 竹原町(現・竹原市 )。
* 1918年 、広島高師付属中学 卒業。
* 1922年 、第三高等学校 文科甲類を卒業。京都帝国大学 文学部 哲学科 に入学。深田康算 、九鬼周造 らに師事する。
* 1925年 、京都帝国大学を卒業。同大学院に進む。
* 1933年 、滝川事件 。処分に反対する院生グループの中心メンバーとして活動。
* 1934年 、京都帝国大学文学部講師に就任。
* 1936年 、『委員会の論理』を発表。
* 1937年 、左翼活動 により治安維持法 違反の疑いで検挙される。
* 1940年 、裁判で懲役2年、執行猶予2年の判決。以後、終戦まで当局の監視下に置かれる。
* 1945年 、尾道に疎開。尾道市 立図書館館長に就任。
* 1946年 、広島県地方労働委員長となる。
* 1947年 、広島県知事選挙に立候補(落選)。
* 1948年 、国立国会図書館副館長に就任。
* 1949年 、日本図書館協会理事長に就任。
* 1951年 、『美学入門』刊。
* 1952年 、胃癌 (肝臓癌 説あり)により、5月18日午前4時50分逝去。

[編集 ] 業績

中井は大学院進学後、恩師深田康算の依頼によって『哲学研究 』の編集にかかわり、この頃よりカントからマルクスの研究へと関心を深めていった。

深田の没後、『深田康算全集』の編集に参加。この時のメンバーを中心として1930年 に『美・批評 』を創刊。同誌は美術史 研究を中心としながら、現象学 、記号論 、新カント派 やフランクフルト学派 などの思潮、新即物主義 などの芸術実践を含めた幅広い視野を持っていた。中井自身も貴志康一 らと実験的な色彩映画の製作を行うなど、著述にとどまらない活動を展開した。

1933年、滝川事件に際して京大院生グループの中心人物として活動。以後、社会情勢のファシズム 化に抗して左翼文化活動への関与を深める。1935年 、滝川事件後、一時停滞していた『美・批評』は久野収 、新村猛 、真下信一 、武谷三男 らを迎えて『世界文化 』と改題、再創刊され国際的な反ファシズム文化運動の紹介などを端緒に左翼文化誌としての性格を先鋭化させていく。

1937年、斎藤雷太郎 らと週刊誌『土曜日 』を創刊。同誌は左翼運動の大衆 啓蒙 を目的としており、記述平明なタブロイド誌 として多くの読者を獲得した。同年11月、治安維持法違反の容疑で新村、真下らと共に検挙。以後、終戦まで活動の場を実質的に失う。

1945年、郷里にほど近い疎開先、尾道市の市立図書館長に就任。民衆文化の地方からの再生を掲げて社会教育活動を推進した。

1948年、参議院図書館運営委員長であった羽仁五郎の推薦で国立国会図書館副館長に就任。日本図書館協会 理事長にも選出され、図書館を通じた文化復興に尽力した。羽仁の腹案では中井を館長として招聘する予定であったが、中井の左翼活動の経歴が問題視され、保守層からの強い反対が起こった。そのため、参議院議長 松平恒雄 らがまとめた金森徳次郎 を館長に据え中井を副館長とする案で妥協したという[1] 。就任後もこの問題が後をひき、幾多の妨害に悩まされた。また設立早々の国会図書館には課題が山積し、それにあたる激務から体調を崩し病状を悪化させた。

1951年に『美学入門 』、1952年に『日本の美 』を刊行するなど活動意欲は最後まで衰えなかったが、1952年5月18日、胃癌により逝去した。

[編集 ] 著書

* 近代美の研究(三一書房、1947年)
* 回想の三木清(三一書房、1948年、共著)
* 回想の戸坂潤(三一書房、1949年、共著)
* 学校図書館運営の実際と読書指導(西荻書店、1950年、共著)
* 美学入門(河出書房、1951年)
* 日本の美(宝文館、1952年)
* 美学的空間(弘文堂、1959年)
* 芸術論集(河出書房新社、1961年、共著、桑原武夫編)
* 美と集団の論理(1962年)
* 現代日本思想大系第14巻(筑摩書房、1964年、共著、矢内原伊作編)
* 中井正一全集(美術出版社、1964年-1981年、久野収・中井浩編、全4巻)
* 戦後日本思想大系第1巻(筑摩書房、1968年、共著、日高六郎編)
* 戦後日本思想大系第12巻(筑摩書房、1969年、共著、羽仁進編)
* 生きている空間(てんびん社、1971年)
* 現代日本映画論大系第1巻(冬樹社、1971年、共著)
* 論理とその実践 組織論から図書館像へ(てんびん社、1972年)
* アフォリズム(てんびん社、1973年)
* 中井正一評論集(岩波書店、1995年)
* 中井正一エッセンス(こぶし書房、2003年)

[編集 ] 脚注

1. ^ 中井の就任に難色が示された記録としては昭和23年3月25日の衆議院図書館運営委員会において『國立國会図書館の副館長は、館長を補佐する必要上、人格の高邁なること、偏傾ならざる思想の所有者たることを要し、同時に図書館業務につき多年の経驗と知識を持つ有資格者を任命せられんことを決議する。』と中井の思想について問題視する決議までなされているものがある。

[編集 ] 外部リンク

* 中井 正一:作家別作品リスト (青空文庫 )

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%
AD%E4%BA%95%E6%AD%A
3%E4%B8%80 " より作成
カテゴリ : 日本の哲学者 | 戦前・戦中の言論弾圧 | 1900年生 | 1952年没 | 広島県出身の人物

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『中井正一のメディア論』(後藤嘉宏著)学文社
日本の生んだ数少ない独創的思想家の一人といわれる中井正一(1900-52)のメディア論を、彼の京大時代の恩師深田康算の美学からの影響、及び中井の在学・在職当時京大で影響力のあった西田幾多郎・田辺元の弁証法理解への批判、あるいは三木清などの先輩や、新村猛、和田洋一、久野収、武谷三男などの友人とのかかわりから解き明かす。本書は、九州大学より博士の学位を受けた論文「中井正一におけるメディウムとミッテルに関する一考察――中井の2つの媒介概念と、資料、官庁資料、本、図書館 」を大幅に増補・改稿したものであり、中井研究において一定の意義あるものであると同時に、日本の現代のメディア状況を照らすものとなるべく努めた。

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論文題目  中井正一におけるメディウムとミッテルに関する一考察

――中井の2つの媒介概念と、資料、官庁資料、本、図書館 


氏名 後藤嘉宏

論 文 内 容 の 要 旨

国立国会図書館初代副館長(1948-52在任)を務めた中井正一(1900-52)は、京都大学哲学科美学専攻に学び、戦前、映画づくりを実践するなかで、映像メディアを射程に組み込んだ、独自の美学理論を構築したとされている。さらに、戦前、彼は『美・批評』(1930-35)『世界文化』(1935-37)などの同人誌を実質的に主宰し、『土曜日』(1936-37)という隔週刊新聞を出すことで、言論活動を実践した。とくに『土曜日』は読者の積極的な投稿によって作られる新聞をめざしたという点で、画期的な試みがなされたと評される。このように中井の戦前の理論と実践は、戦後において、美学分野のみならず、マス・コミュニケーション論(新聞学)の分野で大いに着目された。

http://www.slis.tsukuba.ac.jp
/~ygoto/study-mainachievement-dr.htm


   




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