INNOVATION OF PHILOSOPHY: NEW PLATONIC SYNERGY THEORY - 2008/08/03

PROTOMODERN PHILOSOPHY:




2008年08月03日(Sun)▲ページの先頭へ
天下り根絶主義と天地二項対立に対する超構築主義としてのトランス・モダン維新:平成超維新へ向けて
天下り根絶主義と天地二項対立に対する超構築主義としてのトランス・モダン維新:平成超維新へ向けて

テーマ:福田政権とポスト福田

植草一秀氏は、実に鋭く、官僚封建社会主義による、福田改造内閣の問題を指摘している。
 思うに、ブログは、言説イメージ批判メディア空間の意味をもっている。御用メディアのマスコミに対して、ブログ・メディア空間は、鋭敏な認識メディアの意味をもっている。
 天下り根絶主義、ここに国民経済の未来が懸かっているといっても過言ではないだろう。そう、思うに、これは、「天皇制」の打破になるのではないだろうか。「天下り」とは、端的に、天と地とのヒエラルキーを意味している。天(お上)が優位であり、地(民)が劣位である。この二項対立の打破が実践哲学的な問題である。
 天下り根絶(打破)とは、日本人の意識の変革と同時である。天地ヒエラルキーを打破しなくてはならない。それは内なる同一性主義の破壊である。私見では、内なる神道の覚醒を意味する。「天皇制」と神道は異なる。内なる神道の覚醒とは、新国民経済を意味するだろう。
 そう、「天皇制」とは、父権主義を意味していると思う。しかし、「天皇制」とは内なるものである。父権主義、同一性主義である。これこそ、乗り越えるべきものである。超維新が必要である。

 新神道の覚醒、これが、新国民経済を創造するだろう。
 
************


三つの問題点を指摘しておく。

@不況に突入した日本経済の悪化を回避するには、腰の据わった対応が必要だ。伊吹財務相は本日のNHK日曜討論で、「歳入の手当てのない政策発動はありえない」と発言したが、財政バランスに影響を与えない景気支持政策の経済支持効果は極めて限定的である。

財政政策の景気支持効果の大きさは、財政バランスの変化で測られる。財政収支に影響を与えない景気支持政策のマクロ経済への影響は極めて小さい。

A政府の無駄排除政策の最大の対象は「天下り」利権である。「天下り」機関に1年あたり12.6兆円の財政資金が投入されている。国民生活重視の政策を実現するための最大の財源がここに隠されている。

「政府の無駄排除」に向けての福田政権の基本姿勢は「天下り問題」への対応に示されることになる。「無駄ゼロ会議」 を何度開こうとも、「天下り」を断ち切らなければ、「ざるのなかに水を蓄える」論議になる。

B弱肉強食奨励、セーフティーネット排除の「小泉改革」路線と明確に訣別するのかが不明確である。高齢者、障害者、非正規雇用者などを中心に、「小泉改革」は国民の生存権を脅かしてきた。

http://uekusak.cocolog-nifty.com
/blog/2008/08/post_a81f.html
植草一秀の『知られざる真実』


コーンウォールの海
イギリスの西南端にあるケルト文化圏のコーンウォール(アーサー王伝説の発祥地である)は、紺碧の海が神秘的に美しく、また、深いやすらぎを感じるところである。特にペンザンスがいい。私はコーンウォールに住みたいと思ったほどである。魚介類がとれて(ゆでた?蒸した?巻貝をプラスチック・ケースに入れて売っていたスタンドが海辺の道路の端にあった。美味であった。)、食事がイギリスでも例外的においしかったところである。シーフード・リゾット(名前は、 smuggler's risottoか、burglar's risottoか? 前者だろう)がおいしかった。
 以下では、南仏かバルバドスのような感じがすると書いてあるが、私も南仏のような印象をもった。海がいわば深淵的に澄んでいてすばらしいのである。また、人々もケルト民族ということで、温和・温厚な感じであった【p.s.  書店の初老のご婦人たちは、ほんとうにやさしい感じで、日本の地方(どちらかと言えば、「辺鄙」な地域)の人たちを想起したのである。ユーモアがあって、クレジットカードがすんなり読み込めなかったとき、日本人はハイテクで、自分たちはローテクと微笑みながら言っていた。】。アングロ・サクソンの「攻撃」性はないと感じた。
 因みに言えば、このブログで使用しているヒースの咲く土地の写真の場所もコーンウォールである。

UK seaside: 10 best cafés by the beach
There's a welcome breed of café serving affordable fare by the English seaside. Andrew Purvis makes his choice.

The Three Mackerel, Falmouth, Cornwall
'Cornwall feels more like the South of France or Barbados from the Three Mackerel's terrace - a bleached timber deck with blue umbrellas'
http://www.telegraph.co.uk/travel/
destinations/europe/uk/2480786/
UK-seaside-10-best-cafes-by
-the-beach.html


PS理論は形而上学ではない:トランス形而上学としての即非モード学
PS理論は、一見、新しい形而上学に見える。超越的差異形而上学と呼ばれるかもしれない。しかしながら、Media Pointのコンセプトから見ると、形而上学ではないのである。何故なら、超越性(差異)と同一性が即非様相で関係しているからである。もし、新形而上学ならば、超越性と同一性が切断されていて、前者が優位、後者が劣位の二項対立になるだろう。しかし、前者と後者は即非モードで関係しているのである。この絶妙な関係があるので、トランス形而上学と言える。

p.s. 以下で、Media Pointにおける即非的超構築のことに言及した。
http://ameblo.jp/renshi/
entry-10122829836.html
 結局、即非的超構築主義とは、同一性は形成するが、同一性主義になろうとすると、超越的差異が介在するので、脱同一性主義となり、脱構築(脱構造化)されるのである。だから、ポスト構造主義・トランス構造主義と言えるだろう。
 だから、端的に言えば、同一性と差異との即非様態がそこには出現しているのである。決定的ポイントは、同一性主義が脱構築されていることである。これはいくら強調しても強調しすぎることはない。以前にも指摘したが、同一性主義と同一性は決定的にことなるのである。
 とまれ、Media Pointにおける同一性と差異との即非様態(即非Mode)であるが、この、新たに創造される即非様態を、即非的超構築と暫定的に呼んだわけであるが、確かに、きわめて特異な構築であると言えよう。これは、形而上学的発想に囚われていると、理解できない事象であると考えられるのである。
 一般に構築とは同一性的構築・同一性システムを捉えられているが、この即非様態「構築」とは、それとはまったく異質な「システム」である。同一性主義でもないし、差異主義でもないのである。同一性と差異との即非共振(即非共鳴)様態の発現があるのである。
 これは、まったく新しい事象と言わなくてはならない。もっとも、それは、西洋文明中心にした場合である。日本文化、東洋文化は、根源的には、即非様態文化であると考えられる。しかし、それは、原始的な即非様態文化であり、近代化によって、古くさくなってしまったとは言えよう。しかしながら、今日、トランス・モダンとしての新しい即非共振様態の創造が出現したと考えられるのである。
 そう、古い即非様態とは、近代化されて、連続性を帯びてしまったのと思うのである。そこで、政治経済的には、不正・腐敗等が蔓延ると考えられるのである。


財政学批判的学習:裁量支出とプログラム支出と天下り根絶:PS原理、PSPrinciple:Ver3
財政学批判的学習:裁量支出とプログラム支出と天下り根絶:PS原理、PSPrinciple

テーマ:福田政権とポスト福田

以下、鋭敏な経済学者植草一秀氏のトランス官僚主義のための「教科書」である。財政について実に明快に説明しているし、天下り根絶の意味も明快に説明されている。官僚封建的同一性主義への脱構築主義であると同時に、国民経済再構築主義(差異共鳴国民経済)のための指針が説かれている。
 そう、PSセオリー的政治経済学と言えよう。

p.s. 再構築や新構築であるが、Media Point差異共鳴主義とは、差異と同一性との即非共鳴関係をもつので、この新しい構築は、同時に、脱構築であろう。つまり、再構築・即非・脱構築であろう。どうも、語弊があるので、微妙なところがまだ的確に表現されていない。
 つまり、Media Point差異共鳴主義という「再構築」は、確かに、脱構築後の新構築でありえるが、「再構築」とは言え、即非的構築なので、同一性主義は解体しているのである。そう、だから、造語して、即非的「再構築」ないしは、即非的非構築と言うべきかもしれない。後で精緻に検討したい。

p.p.s. トランス構築、超構築とでも言うべきかもしれない。あるいは、即非的脱・再構築である。即非的脱⇔新構築主義か? 脱⇔新構築ないしは脱⇔再構築という表記はありうるだろう。逆にして、新⇔脱構築、再⇔脱構築の方がいいかもしれない。

3p.s. もっとも、それならば、端的に、即非的構築で済むのではないだろうか。あるいは、即非的超構築である。


参考:
[選挙フラッシュニュース] 最新 福田首相が内閣改造 国民目線で「安心実現」を目指す

p.s. 思うに、PSセオリーとはPS原理、PSPrinciple(PSP)と言えるのではないだろうか。多様な現象の原型を取りだしているのではないだろうか。端的に言えば、Media Point ArchitypeないしはMedia Point Prototypeではないだろうか。即ち、Media Pointから生まれる同一性現象と差異現象の関係を捉えているのではないだろうか。つまり、図式化すれば、

1.差異共鳴現象の発現
2.同一性主義現象の発現
3.同一性現象と差異共鳴現象との併存(後者が新たに賦活される)
4.高次の差異共鳴現象(1とは同類の現象であるが、レベルが上がった状態。いわば、ラセン的回帰である。)

このように変化する動きがPS原理ではないだろうか。中心核は、Media Pointである。後で検討。

p.p.s. Kaisetsu氏の用語を用いれば、Media Point Mode(MPM)が、このMedia Point Architype ないしはMedia Point Prototypeではないだろうか。
 とまれ、Media Pointを入れて、再図式化すれば、

Media Point Mode

1.Media Point Resonance Energy:(+i)*(-i)

2.差異共鳴現象(差異共振現象):⇒+1:原始共同体・多神教・母権・原自己・精神文化・平和志向・自然文明

3.同一性主義現象:(+i)*〔-(-i)〕⇒-1:一神教・父権・自我・国家・「モダン」・「物質主義」・戦争志向・都市文明

4.同一性主義現象と新差異共鳴現象の併存:(-1)&(+1):ポスト・モダン

5.同一性主義現象を包摂した高次の差異共鳴現象:(+j)*(-j)⇒+1:トランス・モダン:新自己

6.New Media Point Resonance Energy:(+j)*(-j)

と仮に表記しておこう。
 これは、実は、神話や物語の図式にもなるのである。そう、オールマイティではないだろうか。

*****************

福田新体制は「アンシャン・レジーム」である。「霞が関政治」に復古した。旧来の自民党政治への回帰だ。「福田−伊吹−与謝野」のトライアングルが「財務省政治」を取り仕切る。

「財務省政治」の基本方針は上述したように、@官僚利権の温存、A国民福祉の切り捨て、B消費税増税の断行、である。

財務省の歳出削減政策と「無駄ゼロ政策」 は表裏一体の関係にある。財務省の歳出削減対象の「御三家」は、@公共事業、A地方、B社会保障費、である。国民生活に直結する費目が優先して切り込まれる。

他方、財務省の裁量支出は拡張される。「裁量支出」こそ「財務省権力の源泉」なのだ。道路特定財源の「一般財源化」、概算要求基準における「重点枠」は「財務省の自由裁量枠」である。財務省は「予算配分権」こそ「権力の源泉」と認識し、「自由裁量枠」拡張を熱望している。

「社会保障支出」は「プログラム支出」 とも呼ばれる。制度を確定すると支出金額が自動的に決定される。最も透明性の高い支出だが、財務省は「プログラム支出」を嫌う。「プログラム支出」には「予算を配分する権力」をふりかざす余地がないからだ。

歳出削減で真っ先に切り込まれるのが「プログラム支出」だ。国民からすれば、利権の温床になる「裁量支出」を切り込み、「プログラム支出」を温存してもらいたいのだが、財務省は正反対の方向を向いている。なぜなら、財務省は国民の幸福ではなく財務省の幸福のために行動しているからだ。

    ・・・・・

日本の国会財政は天下り機関に11兆円を超す資金を投入している。「天下り」と「天下り機関」の根絶は想像を超す歳出削減効果を生む。

福田政権は「財源論を伴わない社会保障制度再構築論議」は無責任だと民主党を批判するが、

「天下り根絶を伴わない消費税増税論議」の方がはるかに国民に対して無責任である。

 「天下り根絶」によって、大きな財源を生み出すことが可能だ。また、対米隷属の外貨準備運用が8年間で100兆円の機会損失を生み出した。「100兆円損失」の責任も追及しなければならない。

 福田政権は衆議院選挙対策として745億円原油高対策を決定したが、「裁量支出」=「利権支出」=「バラマキ支出」政策の典型だ。最も優れた原油高対策は「ガソリン税暫定税率撤廃」である。

http://uekusak.cocolog-nifty.
com/blog/2008/08/post_fef1.html


植草一秀の『知られざる真実』


   




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カレンダ
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