INNOVATION OF PHILOSOPHY: NEW PLATONIC SYNERGY THEORY - 2008/05/26

PROTOMODERN PHILOSOPHY:




2008年05月26日(Mon)▲ページの先頭へ
言説批判論としての新歴史主義とトランス・モダン理論:PS理論はトランス・モダン言説批判論でもある
以下の冒頭の「ディケンズと新歴史主義批評」における、新歴史主義理論の理念は興味深い。文学テクストとそれ以外のテクストのジャンル分けをせずに、同時代のイデオロギー言説とみなし、それが、権力空間を包摂しているということである。
 きわめて明快な説明である。私はそれはマルクス主義における史的唯物論的歴史主義ではないかと思っていたが、勘違いだったようである。イデオロギー批判では、両者共通するが、新歴史主義とは、唯物論ではなく、いわば、言説論を中心とした言説批判論ということになるだろう。
 そうすると、先に言及したが、プラトニック・シナジー理論における差異/同一性哲学をそこに正に適用することができると考えられる。言説は、同一性主義というイデオロギーに染めらる傾向が強いので(とりわけ、政治経済的言説はそうである)、PS理論のトランス・モダン的パースペクティブの適用によって、言説批判論としての新歴史主義はより明晰なものになると考えられる。
 思うに、Kaisetsu氏やtoxandori氏がブログで論考していることは、言説批判である。思うに、新歴史主義とは、ポスト・モダンの一種の進展であろう。なぜなら、ポスト・モダンには、本来、言説批判が含まれていたからである。
 そう考えると、新歴史主義において、トランス・モダンの視点がきわめて重要であると考えられる。ポスト・モダンの視点を継承しているならば、それは、真のイデオロギー批判になりえないと考えられるからである。差異と同一性と同一性主義を明晰にしない限り、言説批判は、十分なものにはならないと考えられるのである。
 思うに、私が新歴史主義批評に対して違和感を感じるのは、このポスト・モダンを引きずっていることに原因があるのではないだろうか。とまれ、言説批判論ということで、それは、トランス文学研究である。結局、今日、人文科学の向かっている方向は、トランス・モダンであり、文理統一知へと向かっていると言えよう。思うに、そこでは、トランス・モダン哲学、ないしは、トランス・モダン数理哲学が中心的役割をもつだろう。

p.s. 文学批評ないしは文学理論であるが、直感では、PS理論で説明できると思われるのである。PS理論の数理で説明できると思われるのである。

****************


「ディケンズと新歴史主義批評」 より抜粋(HTML版 )

新歴史主義とは、

@文学以外のテクストを文学テクストと区別せず,どちらも時代の言説の一部をなすものとして分析する.

Aこうして言説が生み出す権力空間は,あらゆるものを包みこむ全体的なものであり,そこから逃れるものはないと考える.

http://katase.tamacc.chuo-u.ac.jp
/~snakamura/hihyo01.htm


はじめに
 文学理論入門の第一二回は、「文学研究の社会化と歴史化」ですが、次回休講のため、第十三回「カルチュラル・スタディーズと文化研究」についても簡単に説明いたします。
したがって、ここで扱うのは、新歴史主義、文学場、カルチュラル・スタディーズです。
一、新歴史主義

http://www.kokugo.aichi-edu.ac.jp/
nishitaya/lec/2000/intro3c12.htm

Metaphor Murders
メタファーはなぜ殺される
巽 孝之
第3回
第3章
ポストモダンの倫理と新歴史主義の精神
ミッチェル・ブリトウィーザー『マザーとフランクリン』を読む

http://www.inscript.co.jp/
tatumi/t3%20Breitwiser.htm

 黒人文学 気鋭の研究者 Ashraf RushdyのRemembering Generations (2001)を読んでいる。前著も素晴らしい力作だったが、今作も素晴らしい。「新奴隷 体験記」の研究者 としてはおそらく第一線に立つ人だろう。アメリカでの評価は詳しくは知らないが、Gates、Baker、Gilroyらの後続を走る代表的論客 になるはずである。今作では、「亡霊」として回帰する奴隷 制に焦点を合わせ、歴史・社会・文化的側面から同時代の時代状況と新奴隷 体験記の関係を綿密に読んでいる。私が最も尊敬する批評家である。
http://d.hatena.ne.jp/pilate/20051027


5 I

新歴史主義、ポストコロニアル批評、フェミニズム
http://jp.encarta.msn.com/
encyclopedia_761566673_4____18/
content.html#s18


文学言語と身体:トランス・モダン文学理論:新歴史主義的研究を乗り越えて
文学を身体化する必要があるのではないのか。また、言語の数理とは何か。言語は+1なのだろうか。+1は共一性=同一性であるが、ここにおいて、原認識は完結しているのではないのか。そこに言語があるのか。直感では、言語は要らないのである。では、何故、言語が必要となるのか。これまでは、+iに傾斜していることが原因であると考えてきた。つまり、図式化すると、(+i)*(-i)の原共振においては、確かに、+iが傾斜しているが、傾斜のまま共振するのではないだろうか。そして、出生後、-iにおいて、苦・悲が生じ、ルサンチマンが起こり、同一性が独立する。即ち、(+i)*-(-i)⇒-1となるのでないだろうか。この-1が言語となる。しかし、物質が-1ではないだろうか。思うに、正しく言えば、-1は物質主義における物質ではないだろうか。そして、+1はイデアから生じる物質現象を意味するのではないだろうか。物質形式は、正しくは、+1であるが、今日、唯物科学が中心なので、物質形式は-1と倒錯しているのである。比喩的に言えば、本体+1の裏返しと言えるのではないだろうか。
 とまれ、そうすると、言語と物質とは等価となる。では、文学言語とは何か。それは、+1であろう。そうならば、それは、物質=言語ではない。思うに、文学言語とは、+1の原言語ではないだろうか。上では、+1は、原意識が完結していて、言語は不要であると言ったが、それは訂正されなくてはならない。以前では、+1は詩言語と言った。それは、叙情言語であろう。あるいは、韻文である。それが、自己疎外して、散文言語-1になるということだろう。
 では、文学言語の身体化について考えよう。私がこのようなことを言うのは、今日は、文学言語は、一般の現実から浮いているように感じられ、なんとか、現実化する必要があると感じているからである。それが、身体化の意味するものである。例えば、映画は身体化だと思える。では、身体化とは一体何か。これまで、Media Point が精神・即・身体であると言った。しかし、文学言語の身体化とは、そのような意味の身体化を意味していない。
 文学言語の数理は、+1である。これを身体化するとはどういうことなのか。有り体に言えば、物質化・現象化することである。おそらく、現象化が適切であるように思える。+1は現象ではあっても、心的現象である。精神現象である。だから、物質現象になっていないのである。身体化とは、この物質現象化を意味するように思える。これは一体何を意味しているのだろうか。思うに、一つには、文学言語を現実言語に変換することを意味するように思える。物質現象化するとは、現実現象化することである。言い換えると、物質的現実を与えることである。言い換えると、文学言語を、現実言語化することである。
 では、これは何であろうか。脱文学言語化ではないだろうか。脱文学としての「文学」を考えているのではないだろうか。トランス文学である。あるいは、「脱構築」である。
 どうも私は、混乱している。文学言語は、+1ではないのである。+1を装うのである。だから、文学言語の身体化とは、物質現象化ではなくて、共一性=同一性と差異共振性の取り戻しではないだろうか。
 最近、文学研究は、いわゆる新歴史主義中心になっている。しかしながら、これは、唯物論的だと思う。歴史を反映するイデオロギーとしての文学という考えである。確かに、歴史を確認することは必要であるが、それは本質ではないだろう。第一義的なことは、文学言語の差異論的批評である。文学言語のトランス・モダン化である。以前、文学理論が流行していて、それは、単純であった。しかしながら、今日の、いわば、ポスト文学理論的な新歴史主義的研究は、唯物論ないしは史的唯物論への回帰であるように思える。

p.s. 後で整理したい。

付録:

《芸術鑑賞とは何か:感覚をMedia Point化することによって、感覚に超越エネルギーを与えることではないか》

結局、感覚を介して、対象にMedia Resonance(メディア共鳴)することが鑑賞であろう。これによって、超越エネルギーが発現して、感銘等を生むのである。これは、単に美術や音楽や文学だけでなく、料理や香も芸術対象となるだろうし、当然、自然も芸術対象となるだろう。
 だから、芸術は、トランス芸術となる。トランス・アートである。そして、これは、生活一般や社会・政治・経済にも適用されよう。それらの差異共振化である。生活・社会・政治・経済等のトランス・アート=差異共鳴化である。Total Media Resonanciationである。


   




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カレンダ
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