INNOVATION OF PHILOSOPHY: GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience - 2008/01/05

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2008年01月05日(Sat)▲ページの先頭へ
「共同体と集合性:古い共同体と新しい共同体:村落共同体と差異共振共同体」
「共同体と集合性:古い共同体と新しい共同体:村落共同体と差異共振共同体」

テーマ:トランス・モダン差異共振共同体圏

共同体と集合性:古い共同体と新しい共同体:村落共同体と差異共振共同体:そして、国民国家(民族国家)あるいは、ナショナリズムについて

私が問題にしたいのは、個・差異・自己形成以前の集合的共同体と国民国家主義(ナショナリズム)と個・差異・自己に基づく差異共振共同体との関係である。端的に言えば、集合性と共同体と個のことである。
 問題は微妙な点があるので、単純化するのは危険であるが、思考実験として、単純化して考察したい。
 近代以前においては、集合的共同体があったと思われる。問題は、集合性とは、哲学的にはどういうものなのだろうか。プラトニック・シナジー理論から考察してみたい。
 集合性とは端的に、個・差異・自己がある力・権力によって、抑圧されているときに発生する集団的社会性のことではないだろうか。近代以前ならば、封建制である。父権的共同体である。上下のヒエラルキーがここでは支配的であり、そこに個・差異・自己が吸収されているのである。あるいは、村落共同体を考えてもいいだろう。村落の集団的社会性が中心化されているのである。
 問題は、この集合性の本質である。ここにある前近代的共同体とは、差異共振性ではなくて、古い太母文化社会の未分化的共振性が紐帯になっているのではないだろうか。この未分化様態がポイントである。ここには、自我もなければ、当然、個もないのである。もっとも、萌芽はある。とまれ、この未分化的共振性が紐帯となり、前近代的共同体が形成されていたとしよう。
 しかるに、西欧近代が訪れる。これは、新たなMedia Pointの発動である。これは、差異・個・自己のエネルギーが発生を意味する。しかるに、西欧文化は同一性に傾斜しているので、これは、近代的自我/近代合理主義へと主に展開したのである。もっとも、哲学、その他において、反近代主義の動きが形成されたのではあるが。
 このMedia Pointの火(「聖火」)は、集合的心性、即ち、未分化的な共振性を揺さぶり、発火させるのである。「近代」的「進化」である。とまれ、以上から、古い共同体である集合性からの脱却としての「近代」化について考察できた。
 では、「近代」化が形成した国民国家主義・ナショナリズムについて考察しよう。これは、先に、本居宣長の言説について言及したように、近代的自我に関係しているのではないかと私は考えている。とまれ、問題は、共振性にあると言えよう。前近代においては、未分化的共振性があったが、「近代」化において、新たに、Media Pointが発動して、明確な共振性が発動した考えられるのである。しかしながら、西欧近代に見られるように、これが自我同一性へと展開して傾斜をもつのである。このとき、共振性がどうなるのかが、核心的問題である。
 端的に言えば、自我同一性へと共振性は展開するのであり、それへと吸収されるのである。つまり、自我同一性感情(情感)になるのである。つまり、共振的心情(共感)から、自我に癒着した感情になると考えられるのである。これが、本居宣長の「もののあわれ」・「大和心」と通じるのではないかと思われるのである。
 とまれ、はっきりしているのは、近代化において、共振性は、自我同一性へと連続化することである。このように述べると、ここには、ポスト・モダンの問題さえ入っていると考えられるのである。(結局、ポスト・モダンとは、モダンの矛盾が先鋭化したものと考えられるのである。)
 さて、この自我同一性へと連続化した共振性が、国民国家主義/ナショナリズムの源泉・基盤・基底にあると考えられるのである。言い換えると、「もののあわれ」・「大和心」とナショナリズムは繋がっているということになるのである。
 問題は、この自我同一性と共振性との連続化の意味である。共振性とは、心的エネルギーであるから、いわば、絶対的である。端的には、宗教的である。信のエネルギーである。そして、総体として、自我中心主義を形成しているのであり、これが、国民国家主義/ナショナリズムと一如であるということになると考えられるのである。
 だから、ナショナリズムとは、同一性化された共振性(差異)をもっているのであり、自我同一性共同体主義と呼べるだろうし、又は、共振性が国民国家という集合に同一性的に吸収されていると見るならば、自我同一性集合体主義と見ることもできよう。【後で、共同体主義と集合体主義に関しては、精緻に考察したい。これは、術語の問題でもあるが、共同体を成員間の何らかの共振体(参考:間主観性・相互主観性と生活世界)と考えるならば、ナショナリズムとは、共同体というよりは、集合体である。同一性による機械主義である。】
 さて、最後に、個(差異・自己)の問題である。これは、端的に、Media Pointの発出の問題であり、プロト・モダン(原近代)の問題である。しかし、西欧近代は、自我同一性へと傾斜して、近代的自我/近代合理主義、並びに、国民国家主義/ナショナリズムを形成したのである。つまり、本源のMedia Pointが十全に発現しないで、同一性へと傾斜したのである。プロト・モダン(原近代)は、いわば、歪んだ、偏向した展開をしてしまったのである。(思うに、これを同一性近代化と言えるだろう。それに対して、プロト・モダンとは、差異近代である。)
 といういことで、同一性へと傾斜した近代主義に対して、新たなMedia Pointの発動として、差異のエネルギーの発出が考えられるのである。それは、共振性の十全の展開であり、差異共振性の展開である。このとき、近代主義である近代的自我/近代合理主義と国民国家主義/ナショナリズムは解体することになるのと考えられるのであり、その同一性共同体に換わって、差異共振共同体が創造・構築されることになると考えられるのである。これは、プロト・モダンの進展であるトランス・モダンを意味すると考えられるのである。
 以上で、本件の問題について検討を終えたこととする。


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「性について:+iがオス・男根・精子で、-iがメス・女陰・卵子だろう」

テーマ:ジェンダー

性について:+iがオス・男根・精子で、-iがメス・女陰・卵子だろう:Media Pointは、両性共振点(交差点)であろう

性交や受精とは、本来、差異共振シナジーを意味しただろう。だから、子とは、差異共振シナジーの成果である。だから、神の子とは、太極的神の子である。イザナミとイザナギ。イシスとオシリス。天照と日御子(スサノオ)。父の子という考えは、同一性(+i)へと傾斜した偏向した考えである。
 聖母マリアや処女神は、太母神であり、Media Point自体ないしはそのエネルギー(エネルゲイア)であると思われる。


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「検討問題:新太母神を迎える詩:新太陽太母神への讃歌」

テーマ:詩・俳句・連詩

検討問題

1) 新太母神を迎える詩:新太陽太母神への讃歌

2) 七元論ないしは八元論:自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1から:
 1:+i:アーリマン又はヤハウェ(ここは特に説明がいるが、ヤハウェは同一性魔神である)
 2:-i:エローヒーム
 3:⇒:ルシファー(積)
 4:*:太極(太母)
 5:+1:個・自己・差異:子
 6:-1:自我主義・自己中心主義・利己主義
 7:総体:太母子コスモス


検討問題:資本主義のリミットと脱資本主義:トランス・モダン/差異共振共同体へ向けて
***引用開始***

「よく指摘されるように、今、マネーの世界では実体経済の価値より数倍に膨れ上がったバーチャルなマネーが世界中を駆け巡っています。というか、駆け巡ることで、こういうバーチャルなマネーは生き続けることができるのです。


 マネー(投機資金)は、まるで泳ぐの止めたら呼吸ができなくなり死亡するサメのようです。止まることができない、それがマネーの宿命です。」

http://ameblo.jp/adco/day-20080105.html
スロー人 ロハス

***引用終了***

以上のようにスロー人ロハス氏が述べられているが、これは、現代資本主義の実相であり、これは科学的な事実である。
 私が推測しているのは、このマネー・ゲームと恐慌との関係である。サブプライムローンは、大恐慌の引き金になるかもしれないし、また、小恐慌のかもしれない。景気の落ち込みは始まっているだろう。
 確かに、投機によって資本主義は「拡大」、「成長」してきた。それは、認めるとしよう。しかし、それは、同一性価値の交換によって、為されたものであり、人間は近代的自我を形成してきて、差異・特異性を喪失しているのである。
 近代的自我とは、同一性自我であり、個がないのである。そして、また、他者を排除するので、社会倫理・道徳は崩壊していくのである。
 それは、昔から言われていること新味はないが、問題は、資本主義のマネー・ゲームの行方である。私はサブプライムローン問題を、魔女の予言に誑(たぶら)かされてダンカン王を暗殺する、シェイクスピアのマクベスの思惑(speculation:投機の意味がある)からマクベス投機の問題と呼んだりした。
 シェイクスピアの天才は、近代主義の問題を的確に捉えていると思われるのである。つまり、心の差異を否定して、自我拡大を図るのである。それは、明らかに、社会・共同体の破壊である。そして、膨れ上がった近代的自我は、狂気に晒されるのである。アナーキズムやカオスが齎されるのである。
 そして、今日のカオスから、新たな秩序が生まれようとはしていると考えられるのである。カオスモスである。
 私は差異共振社会を唱えているが、それは、今日、徐々に形成されていると思う。このブログでさえ、ミクロな差異共振社会と考えることができる。つまり、現実的な日常社会ではなく、ブログという差異的メディアを介して、差異共振社会が生まれていると思われるのである。これは、文学で言えば、連詩である。(連詩とは、簡単に言えば、日本の伝統的な連句や連歌を方法論を現代詩に適用したものである。)
 私が推測しているのは、今日のマネー・ゲームは早晩続かないということである。つまり、カジノ資本主義はということである。何故なら、EU、ロシア、中国、インド等々と多極化して、ドル一辺倒ではなくなるからである。なんらかマネー・ゲームは収束すると思われるのである。
 私のイメージ・直感では、マネーが差異共振社会構築へと投資されるようになるということである。つまり、投機マネーではなくて、差異共振共同体創造・構築のために、投資ないし消費されるということが起ると思っている。
 これは、差異から起ると思っている。個と個との共振から起ると思っている。投機マネーは同一性価値の獲得を目指しているが、そうではなくて、マネーが差異共振価値へと投資されるということである。
 かつて、渋沢栄一が道徳に根差した資本主義を志向したが、それと少し似ているかもしれない。しかしながら、差異共振経済とは、資本主義的な同一性価値を追求するのではなく、差異共振価値を追求するためにマネーを投資・消費するのである。
 今はここで留めておきたい。さらに検討を続けたい。


参照記事:

本年は「激動の年」になるだろう。世界の政治・経済勢力図の大変動が起きる年になる。

近代史はスペイン、ポルトガル、イギリス、そして現在アメリカに世界の勢力が移動してきた。本年はアメリカの勢力衰退が始まると同時に中国を中心にアジア勢が台頭してくる。

今までの列強の勢力を支えてきたのは軍事力を背景とした経済力であった。植民地がいい例である。植民地の資源と労働力を支配、運営することで国力(勢力)を増大させてきた。

戦後植民地は開放されて独立国家となったが、現在では経済的植民地時代の様相となっている。世界戦争後の疲弊した世界の中で唯一本土の生産施設に被害を受けなかったアメリカが世界中の復興需要と資金需要を満たしたことで世界覇権を手にした。ドルは世界の基軸通貨となり、世界共通通貨の発行権をアメリカが握ることで世界はドルの植民地になったのである。20世紀が終わろうとする1999年、ヨーロッパに共通通貨が誕生した。

ユーロである。ヨーロッパのローカル通貨とは言え、人口でアメリカを越す地域の共通通貨はドル市場の縮小を意味した。

21 世紀になってドルの植民地の一角に反乱が起きた。反乱軍はイラクであった。2000年10月、イラク大統領サダム・フセインはイラクの原油の決済通貨をドルからユーロに切り替えると宣言したのである。この宣言をきっかけに、それまで為替市場でドルに対して10%以下であったユーロが上昇に転じたと思いきや、ドルを追い越してしまった。

これを見たOPEC諸国は、2001年後半になってドルが対ユーロで上昇の見込みがなくなったのを見て、ドル建て外貨準備の目減りの加速をおそれ、一斉にイラクに追従しようと動き出した。日産3000万バーレルを越す中東の原油代金がドル建てであるということは、それだけ毎日ドル需要が増大することであり、それだけアメリカはドル価を下げることなく借金返済のためにドルを印刷できることを意味する。

だからOPEC諸国がイラクに追従して原油の決済通貨をユーロに代えられたら、ドル崩壊はおろか、アメリカ経済破綻の可能性さえあったのである。サダム・フセインの反乱はまさにアメリカのアキレス腱を狙った致命的一撃だったのである。私はかつて「時事直言」で今世紀最大の政治家はサダム・フセインと金正日である述べたことがある。

アリが象を倒すこともできないことはないのである。

急所を突かれた巨像アメリカは自らの巨体に火を放ち(9/11)気違いのように暴れまわり、途中でアフガンを蹴散らし、反乱軍サダム・フセインを叩き潰して見せた。

これを見た原油輸入国も産油国も決済通貨はドルになったのでアメリカの一難はさった。

そのため2003年からドル安は止まり回復に向かったのである。ところが今またドル安になってきた。いつものようにドル安は半年で底をうって反転するだろうか。

サダム・フセインによって世界がアメリカのアキレス腱を知った以上アメリカのドル植民地時代は終わったのである。ローソクの火が消える前の一瞬強く炎が上がるように、アメリカは最後の戦争をすることになる。

(2008年01月01日)

http://www.chokugen.com/

増田俊男の世界


   




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