ウォルター・クレイン:ネプチューンの馬






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2009年05月24日(Sun)
ウォルター・クレイン:ネプチューンの馬
画像は以下を参照されたい。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10267242587.html


File:Walter Crane 001.jpg

クリックすると拡大します。
http://commons.wikimedia.org
/wiki/File:Walter_Crane_001.jpg

何の音楽が忘れたが、以上の絵の一部がCDのジャケットになっていた。初めて見る絵であった。以下の説明では、リヴァプール出身(ビートルズと同じ)とある。私はケルト系ではないかと思い、調べたのである。今、英語版で調べてみる。おそらく、ケルト系、即ち、アイルランド系かスコットランド系かウェールズ系である。
 残念ながら、英語版には記されていない。とまれ、この絵はギリシア神話に題材をとっているが、波と馬の動きがダイナミックに、かつ、繊細に捉えられている、独創的な絵である。
 ウィリアム・モリスらのアーツ・アンド・クラフツに参加し、また、多色刷り版画(浮世絵?)の影響を受けたということである。確かに、東洋的である。ほとんど知られていないのではないだろうか。

ウォルター・クレイン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ウォルター・クレーン 1886年頃

ウォルター・クレイン(Walter Crane, 1845年 8月15日 - 1915年 3月14日 )は、イギリス の芸術家である。絵画、イラストレーション、児童書、陶磁器タイル、その他多くの装飾芸術を制作し、アーツ・アンド・クラフツ に深く関わった。

前半生と影響 [編集 ]
Princess Belle-Etoile

ウォルター・クレインは細密肖像画家のトーマス・クレインの次男としてリヴァプール に生まれた。早くからラファエル前派 の影響を受けており、ジョン・ラスキン の信望者であった。13歳の時に著名な彫版師ウィリアム・ジェームズ・リントンに弟子入りし、3年間工房で働いた。14歳のときにはテニスン の『シャロットの姫』のカラーページを手がけ師の認可を得ている。この工房で彼は同時代のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 、ジョン・エヴァレット・ミレー 、ジョン・テニエル や、イタリア・ルネッサンス美術の作品などを彫版し経験を積んだが、より深い影響を受けたのは大英博物館 に収蔵されていたエルギン・マーブル であった。また彼は浮世絵 を研究し、その技法を子供向けのトイ・ブックスに生かし新たな流行を生み出した。
絵画とイラストレーション [編集 ]

1864年から1876年にかけて、クレインは彫版師エドムンド・エヴァンズと組んで3色刷りのトイ・ブックス(童謡やおとぎ話を扱った児童向け絵本)を多数制作し大きな成功を収めた。とくに『カエルの王子さま』(1874年)から始まるシリーズには、画面構成や大胆な平塗りなど、浮世絵の影響が強く現れている。また1876年にはケイト・グリーナウェイ やジョン・テニエル らと共同で挿絵本を制作している。
『カエルの王子さま』1874年

挿絵画家としてのクレインは、画面上で文章と絵・装飾とを調和させることに腐心し、『幼子のオペラ』(1877年)『3つのRの物語』(1886 年)などの作品はその後の児童向け絵本のデザインの基礎となった。このような挿絵本のうち、友人であるジョン・ワイズの『5月1日:妖精の仮面劇』(1881年)ではグラビア印刷の技術が使われ、クレインの手がけた本の中でもひときわ美しい物となっている。またグリムの『家庭のメルヘン』(1882 年)で使用されたガチョウ番の娘の絵は後にウィリアム・モリス がタペストリー に仕上げ、現在はヴィクトリア・アンド・アルバート美術館に収蔵されている。このほかワイルドの『幸福の王子、その他のお話』(1888年)、ホーソーンの『ワンダーブック』(1892年)、スペンサーの『妖精の女王』(1894年-1896年)など、クレインは数多くの挿絵本を手がけた。

社会主義運動との関わり [編集 ]

1880年代よりクレインはウィリアム・モリス の影響から社会主義運動に関わり、彼とともに社会のすべての階層にデザインを浸透させようとした。この観点から彼は織物 や壁紙 、室内装飾などを手がけることに没頭し、また『ジャスティス』や『コモン・ウィール』などの社会主義者の組織のために長期にわたり漫画を寄稿したほか、美術家同盟(Art Workers Guild)や自身が設立したアーツ・アンド・クラフツ展示協会のために精力的に活動した。

クレインは、「装飾芸術家はできるだけ自然から離れて、自身の経験によって選び抜かれた形態を学ぶべきだ」という考えのもと、レリーフ 、タイル 、ステンドグラス 、陶器 、壁紙 、織物 などで数多くのデザインを手がけた。彼の作品の展示会は1891年にボンド・ストリートで行われたものをはじめ、クレイン自身によってアメリカでも開催され、のちにドイツ 、オーストリア およびスカンジナビア でも催された。また1898年から1899年にかけて刊行されたかれの講義録は以後40年の間読まれ続け、当時の芸術家に多大な影響を及ぼした。ジョージ・フレデリック・ワッツ による有名なクレインの肖像画は1893年にノイエ・ギャラリーで展示されている。

外部リンク [編集 ]
ウィキメディア・コモンズ
ウィキメディア・コモンズ には、ウォルター・クレイン に関連するマルチメディアがあります。

* SurLaLune Fairy Tale Pages: Fairy Tale Illustrations of Walter Crane
* Walter Crane: Artist & Socialist - From the Working Class Movement Library Website
* プロジェクト・グーテンベルク における Walter Craneの作品

* この記述には、パブリックドメイン の百科事典『ブリタニカ百科事典第11版 』本文を含む。

カテゴリ : イギリスの芸術家 | イギリスのイラストレーター | 1845年生 | 1915年没 | ブリタニカ百科事典第11版


   




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