ニーチェの『権力の意志』とMedia Point Energy:自然合理エネルギー






2008年12月10日(Wed)
ニーチェの『権力の意志』とMedia Point Energy:自然合理エネルギー
この書を拾い読みしたが、正に、活力を与えられる著書である。このような本はめったにない。高次のエネルギーに溢れていると言えよう。
 ニーチェの著書を読むときは、とりわけ、字義に囚われないことである。ニーチェの批判は、同一性主義に対する容赦ない徹底したものである。
 宗教批判、道徳批判、民主主義批判、等々、それらは、いわば、日本刀の切れ味がある。
 問題は、ニーチェのいう「権力」である。これは、Machtであり、日本語にしにくいのである。力としては、弱いのである。
 直感で言えば、それは、Media Point Energy ないしは、Media Point Trans-Energy のことである。
 ニーチェの言葉は矛盾しているが、それは、Media Pointから発していると考えれば、整合性があるのである。
 端的に言うと、Media Pointとは、精神であり、身体であるのである。精神、即非、身体なのである。この即非力学は、言語化はきわめて困難なのである。それを表現しようとすると、矛盾した言い方になるのである。
 弁証法は、それの同一性主義からの見方である。ヘラクレイトスの哲学も結局は、Media Pointの視点から理解されるべきである。
 とまれ、今の私はこの本を、通俗的に言えば、元気の出る本として、推薦したい。

追記:「意志」であるが、これは、自然(じねん)=自発として取られるべきである。ニーチェはきわめて東洋的なのである。東洋的天才である。ドイツ人とは、西洋の東洋人なのである。だから、全体主義になるのである。これは、イタリア人も同様である。

続追記:「権力」、「力」を明晰な用語で言いたい。思うに、神話的用語であるディオニュソスが、直感的にはわかりやすい。あるいは、イシス・オシリスと言ってもいい。そう、今の私は、自然と言いたい。自然、じねんとしての自然である。これは、自然合理主義と同じことである。だから、「権力への意志」、「力への意志」とは、自然合理エネルギーと言い換えられるだろう。
 

ニーチェ全集〈12〉権力への意志 上 (ちくま学芸文庫) (文庫)
フリードリッヒ ニーチェ (著), Friedrich Nietzsche (原著), 原 佑 (翻訳)

ニーチェ全集〈13〉権力への意志 下 (ちくま学芸文庫) (文庫)
フリードリッヒ ニーチェ (著), Friedrich Nietzsche (原著), 原 佑 (翻訳)


力への意志
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力への意志(ちからへのいし、ドイツ語:Wille zur Macht)は、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ の主要な哲学的概念のひとつであり、「我がものとし、支配し、より以上のものとなり、より強いものとなろうとする意欲」[1] があらゆるものの根源であるという思想 である。
解説

この言葉が公刊された著書に初めて出てくるのは『ツァラトゥストラはこう語った 』第2部「自己超克」の章である [2] 。 そこでニーチェは、「賢者」たちが全ての物事を思考可能なものにしようとする「真理への意志」の正体が、一切を精神に服従させようとする「力への意志」であると批判している[3] 。すなわち、力への意志はルサンチマン と密接に関係している概念である。 このようにニーチェは、力への意志を初めのうちは否定的なものとして記していた。しかしやがて肯定的な概念としてとらえなおす。

力への意志は権力の意志と訳されることもあるが、この「力」は人間が他者を支配するためのいわゆる権力のみを指すのではない。また「意志」は、個人の中に主体的に起きる感情のみを指すのではない[4] 。力への意志は自然現象を含めたあらゆる物事のなかでせめぎあっている[5] 。力への意志の拮抗が、あらゆる物事の形、配置、運動を決めている。つまり、真理は不変のロゴス として存在するものではなく、力への意志によりその都度産み出されていくものなのである。この思想はジル・ドゥルーズ の差異の哲学に受け継がれた[6] 。

ニーチェは、キリスト教 主義、ルサンチマン的価値評価、形而上学 的価値といったロゴス的なものは、「現にここにある生」から人間を遠ざけるものであるとする。そして人間は、力への意志によって流転する価値を承認し続けなければならない悲劇的存在であるとする。だが、そういった認識に達することは、既存の価値から離れ、自由なる精神を獲得することを意味する。それは超人 へ至る条件でもある[7] 。

力への意志という概念はナチス のイデオロギー に利用されたが、現在ではニーチェの哲学を曲解したものであるとする見方が強い[7] 。

[編集 ] 著書

ニーチェは『力への意志』を著すために多くの草稿を残したが、本人の手による完成には至らなかった。ニーチェの死後、これらの草稿が妹のエリーザベト によって編纂され、同名の著書として出版された[8] 。 ただし、力への意志という言葉は『ツァラトゥストラはこう語った』や『人間的な、あまりにも人間的な』の中でも登場し、その概念をうかがい知ることができる。

[編集 ] 脚注

1. ^ ニーチェ著、原佑訳 『権力への意志』下巻、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、1993年、p.216。
2. ^ 今村仁司編 『現代思想を読む事典』 講談社〈講談社現代新書〉、1988年、pp.423-424。
3. ^ ニーチェ著、氷上英廣訳 『ツァラトゥストラはこう言った』上巻、岩波書店〈岩波文庫〉、1967年、pp.193-194。
4. ^ 貫成人 『真理の哲学』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2008年、第1章§2。
5. ^ 貫成人 『図解雑学 哲学』 ナツメ社、2004年、p.134。
6. ^ 『わかりたいあなたのための現代思想・入門』 別冊宝島44、宝島社、1984年、pp.22-23。
7. ^ a b フリードリヒ・ニーチェ#思想 を参照。
8. ^ 日本語訳: ニーチェ著、原佑訳 『権力への意志』上下巻、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、1993年。

[編集 ] 関連項目

* フリードリヒ・ニーチェ
* エリーザベト・フェルスター=ニーチェ
* ツァラトゥストラはこう語った
* イデオロギー

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